さくらの剣

葉月麗雄

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ラストエピソード 〜last episode sakura〜

桜の追憶2 中編

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そして指定された当日、和歌山城に一人で向かう桜。
その桜から少し後に付くように紗希が笠で顔を隠して一緒に向かう。
表向きは一人で向かうように見せて紗希がサポートする形で行動した。
だが、この動きは桜たちを狙う武士たちの予想通りであった。
美村紗希が桜を離れたところから補佐するであろう事は武士たちも想像に難くなかったからだ。

「美村紗希はおそらく松平桜を背後から護衛するような形でついてくると予想される。我々の目的は松平桜の殺害ではあるが、弟子を殺されて怒りに燃える美村紗希に和歌山城まで乗り込んで来られでもしたら厄介な事になる。この際だ、まとめて始末してしまった方がいいだろう」

「だが、美村紗希は手強い。かなりの人数を割かなければならぬぞ」

武士たちは全員で二十人いたが、美村紗希にはそのうちの過半数以上、十四人を回すことにした。
実践経験のない桜は六人もいれば十分だろうと考えられたのである。
当然ながら一部の武士たちから疑問が出た。

「たかが十五歳の小娘一人を始末するのに六人も必要か?」

「小娘とは言え、あの美村紗希から免許皆伝を受けているのだ。それなりに人員は揃えておいた方がいい。確実に仕留めるためにもな」

この一言で全員が納得した。

⭐︎⭐︎⭐︎

一方の源心は和歌山城に忍び込んでいた。

「殿」

突然の天井からの声に宗直は上を見上げて声を上げる。

「何奴だ!」

源心が天井裏から顔を出して部屋に降り、宗直の前で平伏する。

「私は上様が新たに創設された御庭番の者で村雨源心と申します。このような形での突然の訪問、無礼ではございますが任務ゆえ、ご容赦頂きたく存じます」

「御庭番?噂には聞いていたが、お主がその御庭番なのか?」

「はい。厳密には私はまだ見習いの身でございますが」

「その御庭番が余に何の用事だ?」

源心が桜に届いた招待状の件を話した。

「そのような招待状、余は出しておらぬ」

「なんですと?」

「松平桜と申す者は上様が連れてきた者であろう。上様が認めて松平の姓を与えた者を余がどうして非難しよう。それに桜にはまだ上様が紀州におられる時に、すでに祝いの書状を送っている」

初めて聞く事に源心も驚きを隠さなかった。

「殿が送られたというその書状は桜の元には届いておりません」

「ぬう。。余の知らぬところで何者かが妨害しているという訳か。余の配下の謀反であれば、桜の身が危うい。すぐに奉行所に手配して同心たちを総動員させる」

「早速のご対応感謝致します。して、その武士たちが斬りかかって来た場合には?」

「その時はやむを得ぬだろう。斬り倒されたとしても非はこちらにある。桜には自分の身を守ることを優先せよと伝えるがよい」

「はっ!」

宗直は源心の報告を受けてすぐに山田奉行所の同心を総動員して一部謀反者の暴挙を止めようと手を打った。

⭐︎⭐︎⭐︎

「来たぞ」

「よし、気配を消せ。ここに隠れているのを見つけられたら逃げられるぞ」

武士たちは息を潜めて桜が目の前に来るのを待った。

「美村紗希は乙組に任せて、我々甲組は松平桜を討ち倒す」

この時の桜では、まだ気配を消した者を察知するのは難しかった。
身を潜めていた六人の武士たちの気配に気づく事なく近づいてしまっていた。


「紗希さん」

先回りして監視をしていたみやが急ぎ紗希の元に報告に来る。

「みや、どうした?」

「この先に松平家の者とも思われる武士たちが十数人潜んでいます」

「桜はどうした?」

「それが。。どういう訳かその武士たちは桜をやり過ごしました」

「やはり罠だったか。そいつらの狙いは私だろう。桜をやり過ごしたのは別の人間がさらに先で待ち伏せているって事か。奴ら私が桜の護衛に付くことを予想して、二手に分かれて来やがった」

「そうなると先に和歌山城に向かった桜が危険です」

「その十何人だかは私が片付ける。みやは桜を追ってくれ。すぐに追いつく」

「紗希さん、そんな大人数を一人でを相手にするつもりなんですか?」

「私にとっては大根切り程度だ。心配するな。早く行け」

「はい!」

⭐︎⭐︎⭐︎

美村紗希がしばらく歩いていると、突然行手を十四人の武士たちが塞いだ。

「美村紗希。お前にはここで死んでもらう」

「てめえら、私が美村紗希と知って襲い掛かるとはいい度胸だ」

紗希の鋭い眼光に怯む武士たち。
長(おさ)と思われる男が周りの人間を鼓舞する。

「怯むな。こっちは十四人いるんだ。いくら紀州最強の剣客といえ、数には勝てまい」

「阿呆かお前は。雑魚が何匹群れたところで一頭の巨鯨に食われるのがオチだろうが」

「かかれ!」

「後悔は死んでからしても手遅れだぜ」

紗希の豪剣が唸りを上げる。
桜の桜流抜刀術がカミソリのような鋭利な切れ味だとしたら紗希の剣は斧で吹き飛ばすような破壊力であった。

「美村流抜刀術迅雷(みむらりゅうばっとうじゅつじんらい)」

まるで雷が落ちたかのような斬撃音と目にも止まらない速さの剣が武士たちを襲う。
武士たちには紗希が剣を抜いたのすら見えない居合からの一撃と返す二撃目で一瞬のうちに四人が倒されていた。
紗希は猛然と武士たちに向かって行く。

武士たちは剣を構えるが、「構えただけ」で終わっていた。
刀で何とか受けようとするも刀ごと頭を割られる脅威の膂力。
目にも止まらない速さに受ける事すら出来ない斬撃。
武士たちの恐怖は頂点に達していた。

「こ。。これは?」

長の武士にはそれが無数の閃光に見えた。
否、刀に反射した陽の光であったが、紗希の剣速の凄まじさでいくつもの光の曲線のように目に映ったのだ。
その閃光が止んだ時、既に自分以外は全員打ち倒されていた。

「残るはお前だけだぜ」

長の武士は後悔の念に駆られた。
美村紗希が紀州最強の剣客と呼ばれる事を。
そして紗希だけは絶対に手を出してはいけなかった事を。
江戸中期の武士たちは剣術と言っても刀は魂とか精神統一といった精神論的なものを学ぶのみで、実験経験も実際に刀で人を斬る事もほぼ無かった。

それに対して美村紗希の剣は暗殺剣であり、人斬りの剣術である。
その力量の違いは現代で言うところのプロの格闘家と高校の部活ほどの差があるであろう。
戦いを挑むこと自体が無謀であったのだ。

長の武士がそれを理解した時にはすでに時遅しであった。
男の目に一直線の光が縦に走ったのが見えた瞬間、右目と左目に映る景色がずれて目の前が赤く染まっていった。

「美村流抜刀術幻月(みむらりゅうばっとうじゅつげんげつ)」

男は真っ向斬りで真っ二つに斬られ絶命した。

「この分じゃ桜にも刺客がいってるな」

紗希は急ぎ桜の元へ向かう。

⭐︎⭐︎⭐︎

「みや!」

「紗希さん?もう追いつくなんて」

「言ったろう。十数人くらい大根を切る程度だと」

みやは何事もなかったかのようにそう笑って話す紗希の実力に驚きを隠せなかった。

〔私たち、とんでもない人に修業つけてもらっているんだな〕

この人が敵にまわったら戦わずして逃げるしかないなと苦笑いするしかなかった。

「みや、桜が危ねえ。先に行くぞ」

ダン!と強力な足音とともに紗希が一気に加速する。

「は、早い。。全然追いつかない」

みやも全力で走っているのにまったく追いつかないどころが引き離されていく。

「く。。私も急いで行かないと。これじゃ何の役にも立たずに終わってしまう」

みやは懸命に紗希の後を追いかけた。
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