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遊郭阿片事件編
遊郭阿片事件七
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源心と左近はそれぞれ手分けして情報収集に当たり、左近は羅生門河岸(らしょうもんがし)沿いで聞き込みをしていた。
ここは反対側に位置する浄念河岸(じょうねんがし)と共に下級遊女たちの吹き溜まりと言われ、吉原の中でも知らない者がうっかり入ったら見ぐるみ剥がされると言われる危険区域である。
芸者に扮した左近は目の前にいた二人の遊女を呼び止める。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何だい?あんたこの辺じゃみかけない顔だね?中見世あたりの芸者かい?」
「まあ、そんなところね。この数ヶ月の間に急に体調を崩したとか姿を見かけなくなった仲間はいない?」
その問いに二人の遊女は互いを見合い、左側の遊女が答える。
「ああ、いるよ。おくにとおたかだね」
「その二人は今どこに?」
「さあ、知らないね。わたしらは自分の事だけで精一杯なんでね。他人の事まで知ったこっちゃないよ」
その言葉を聞いて確かにここの遊女たちではその日暮らしで精一杯。
みんな生きるのに必死で他人の様子なんて構っていられないだろうと左近は思った。
病気にかかっても誰も面倒を見る者もいない。
これ以上この二人に何か聞いても知らないものは答えようがないだろうと左近は他の遊女を当たることにした。
「たしかにそうね。すまなかったね。これとっておきな」
左近はそう言って一分金を二人の遊女に一枚ずつ渡した。
「あんた、やっぱりいいところの人間だね。この界隈でこんな大金、気前よく渡せる奴はいない」
一分金は四枚で一両になる。
その日暮らしの遊女たちにしてみれば大金だ。
御庭番にはこういうための資金が渡されている。
倹約令はあっても必要なところで使う金は使う。
それが吉宗の方針であった。
左近が聞き込みを続けようとその場を後にしようとしたとき、思わぬ言葉が出てきた。
「おくにたちはもう三週間くらい姿を見ていない。最後に見たのは先月中頃だったよ。一つだけ気になる事を教えてやる。おくにたち、おそらく危ない薬に手を出したと思うよ」
右側の遊女がそう言うと左側の遊女が続けて話してきた。
「あいつらの顔を見てわかった。あたしたちは薬で身を滅ぼした奴を何人も見てるからね。あんたがもし二人を助けられるなら助けてやってくれ」
左近は少し驚くが、二人の遊女はそれだけ言うと立ち去っていった。
「出来るだけの事はやってみるよ。ありがとう」
その後も河岸周辺で聞き込みをしたが、羅生門で五人、浄念で二人の合わせて七人もの下級遊女がこのひと月の間に姿を見せなくなっていた。
普通なら足抜けですぐに追手が総出で探し出し、見つけ出されて折檻されているだろう。
この吉原から遊女が逃げられるのはほとんど不可能に近い。
まったくゼロではないが、ほぼゼロと言っていい。
それほど各見世の情報網と追手の追跡能力は長けている。
にも関わらず、七人もの遊女の行方が不明なのに追手が出ている様子もない。
「という事は行方不明の遊女たちはこの吉原から出ていない。さらにあらかじめ見世も了承済みという事か。。」
羅生門や浄念河岸の最低ランクの切見世楼主や遊女では大見世楼主である玉屋霧右衛門に逆らえないであろう。
「霧右衛門は下級遊女を切見世から安く買い上げて何かに利用している」
左近はそう推測していた。
⭐︎⭐︎⭐︎
一方の源心は玉屋の賄い人たちに話しを聞いた。
「ちょっと聞いたいんだが、この羅生門河岸沿いにある離れの事で何か知っていれば教えてもらえないか?」
「ああ、あの離れは労咳や瘡毒〔梅毒〕にかかった遊女の養生に使ってるって話しだぜ」
「労咳や瘡毒の遊女?誰だかわかるか?」
「そこまではわからねえよ。うちの見世の遊女なら一人残らず全員の顔と名前を知っているが、西河岸や羅生門の下級遊女なんざ顔も名前も知らねえからな。うちの楼主はそういった下級遊女まで面倒見てる変わり者だ。
旦那も知っての通り、普通なら労咳や瘡毒〔梅毒〕にかかった遊女はまずは鞍替え先を探すんだが、労咳を患った遊女なんぞ引き取る妓楼なんざ最下級の河岸見世でもありはしねえ。
死んだ後の後始末が大変だからよ。
結局は建前の二朱の祝儀を手渡して年季がきた事にして一本締めで大門から追い出される事になる。その後はどうなろうと知った事じゃないってのが通例よ。
おそらくは霧右衛門さんは誰かがやらなきゃならねえから引き取り手のいない遊女を看取るつもりでやってるんだろうよ」
なるほど、それなら世間体もいいし単なる善意でやっていると見られる。
実際には病気の遊女など連れ込んでいないだろうが。
「あんたは離れに行った事はないのか?」
「冗談じゃない。ただでさえ危険な羅生門河岸の上に労咳の遊女がいる離れになんぞいったら俺まで命取りだ。あそこに行くのは楼主と長安先生しかいねえよ」
「もう少し聞きてえんだが、五年前にいた穂花大夫は知ってるか?」
「穂花太夫ね、覚えているよ。何しろ俺がこの見世に来た時のお職だったからね。綺麗な人だったよ。気立も良くてね。でもあと少しで年季って時に原因不明の病にかかって亡くなったんだ。気の毒によ」
「原因不明っていうくらいだから原因はわからねえんだろうな」
「まあ、長安先生はヤブだからな。実際のところは瘡毒〔梅毒〕あたりだと思うぜ」
「最後にもう一つ。ここにおふじという禿がいたと思うが、何故死んだのか知ってるか?」
「おふじちゃんね。足抜けした罰で折檻されて死んでしまったんだ。気の毒によ。しかし足抜けはここでは大罪だ。それを承知でしたからには余程ここが嫌だったんだろうよ」
「おふじに何か変わった事はなかったか?」
「さあ、そこまではわからねえ。遊女の世界には色々なしきたりがあるからな。俺なんかには理解出来ない悩みもあったんだろうよ。
あ、そう言えば、その日金を払わなかった客が居たとかで男衆が桶を持って歩いているのを見かけたな。まあこの遊郭じゃ毎度の事だから気にもとめなかったけどな」
「桶?桶伏せ〔金の払えなかった客を桶に閉じ込めて、上に重石を乗せて出られなくして晒し者にする罰〕か?」
「そうだろうよ。まあ、金もないのに遊郭に来る奴が悪いんで同情の余地もねえな」
源心はおふじがその桶に入れられてどこかに運ばれ殺害されたのではと推測した。
「わかった、ありがとうよ」
源心はこの賄いに一分金を一枚手渡すと男は大喜びでお礼を何度も言ってきた。
「桶伏せに見せかけて運んで殺害したか。。やはり離れが怪しいな。誰も近寄らないように労咳患者がいるようにしていると言う訳か」
⭐︎⭐︎⭐︎
源心が夜の闇に隠れて屋根つたいに離れに向かおうとすると、少し先に遊女らしき姿を見つけた。
しばらく様子を見ていると遊女は紅玉であった。
「あれは?確か大夫の紅玉」
源心は紅玉のあとをつけて行った。
紅玉は江戸町二丁目の表通りから羅生門河岸沿いに入っていく。
「離れに行くのか?紅玉が離れに何の用だ?」
紅玉はいつものように辺りを見回して誰もいない事を確認すると離れの中に入っていく。
源心は離れの屋根から屋根裏に侵入する。
屋根裏から中を覗き込むと、そこには二階の部屋を四畳半仕切りにして商人らきし人物と遊女と思われる女性たちが一部屋に一組ずつ、合わせて六組十二人でキセルを燻らせていた。
「これは魔窟だ。。やはり阿片はここにあったのか」
そんな中に紅玉の姿を見つける。
紅玉は一人で一部屋を借り切り、キセルを取り出し、小さな茶色の固形物を詰め込むと火をつけて吸い始めた。
「紅玉まで阿片に手を染めていたのか。。」
源心はいったん離れから離脱して左近と合流し、互いの情報を交換し合った。
「そうか。。穂花大夫は阿片を吸わされて無理矢理年季を引き延ばしされたのを苦に自殺を。。」
「明日、長安が霧右衛門に阿片を渡す手筈になっているから、そこを抑えれば阿片を押収出来るよ」
「これで霧右衛門と平田長安の関係と離れの現場を抑えた。大岡様に報告の後、桜と合流して互いの情報共有して、次の手を決めるとするか」
⭐︎⭐︎⭐︎
南町奉行内にある大岡越前の邸宅に源心が訪れたのは四つ時〔夜九時〕過ぎであった。
「大岡様、夜分に失礼致します」
「源心か」
「はっ。これまでわかった事をご報告に参りました。玉屋に阿片を持ち込んでいたのは巡回医師の平田長安。霧右衛門はそれを見世の常連客に売りつけて阿片中毒にし、金儲けするというやり口でございます。
羅生門河岸にある離れが巣窟となっており、その近隣の下級遊女たちも阿片を吸わされて客たちの接待役にされておりました」
「やはり彩雲の申した通り、巡回医師による持ち込みであったか。証拠となる阿片の回収は出来そうか?」
「明日、平田長安が霧右衛門へ阿片を渡す手筈になっているということで、私と左近で長安を捕らえて阿片を回収致します。
それと霧右衛門は長安の依頼で上州屋の娘の暗殺を企んでおります。これには左近が対応しており、霧右衛門と離れの遊女たちの保護は桜に任せようと考えております」
「よし、阿片を回収出来たらすぐに玉屋霧右衛門の捕縛に向かう。源心、平田長安を捕らえよ。それと上州屋の娘の保護は三浦たちを使わせる。引き続き頼むぞ」
「はっ!」
⭐︎⭐︎⭐︎
夜見世に備えて準備をしている朝霧の元に紅玉の禿、おうめが訪ねてきた。
「朝霧姐さん」
「おうめ、どうしたでありんすか?」
おうめはもじもじしながら話しあぐねていたが、意を決したのか話し始めた。
「紅玉姐さんが最近様子が変なんでありんす。突然怒り出したり、そうかと思えば泣き出したり。どこか身体に悪いところでもありんしょうか?」
言われてみれば朝霧にも思い当たるふしがあった。桜へ突っかかっていった時である。
日頃の紅玉なら人気芸者がいようが知らぬ顔を決め込んでいるのに、あの時はイライラした様子で桜に因縁を付けていた。
「紅玉はんは今どこに?」
「わかりんせん。二、三日に一度わっちに何も言いなんすにいなくなりんす。帰って来ても黙っておいでなんすから」
「わかりんした。紅玉はんはわっちが探してくるでありんすから、おうめは夜見世の支度に取り掛かるでありんす」
「あい。よろしくお願いしなんす」
〔二、三日に一度いなくなる。突然怒り出す。。まさか紅玉はん、阿片に侵されているんじゃござりんせんよね。。〕
朝霧はふと離れを思い出した。
「誰にもいいなんすにこっそり抜け出すとすれば、離れに行きなんした可能性がござりんすな」
ここは反対側に位置する浄念河岸(じょうねんがし)と共に下級遊女たちの吹き溜まりと言われ、吉原の中でも知らない者がうっかり入ったら見ぐるみ剥がされると言われる危険区域である。
芸者に扮した左近は目の前にいた二人の遊女を呼び止める。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何だい?あんたこの辺じゃみかけない顔だね?中見世あたりの芸者かい?」
「まあ、そんなところね。この数ヶ月の間に急に体調を崩したとか姿を見かけなくなった仲間はいない?」
その問いに二人の遊女は互いを見合い、左側の遊女が答える。
「ああ、いるよ。おくにとおたかだね」
「その二人は今どこに?」
「さあ、知らないね。わたしらは自分の事だけで精一杯なんでね。他人の事まで知ったこっちゃないよ」
その言葉を聞いて確かにここの遊女たちではその日暮らしで精一杯。
みんな生きるのに必死で他人の様子なんて構っていられないだろうと左近は思った。
病気にかかっても誰も面倒を見る者もいない。
これ以上この二人に何か聞いても知らないものは答えようがないだろうと左近は他の遊女を当たることにした。
「たしかにそうね。すまなかったね。これとっておきな」
左近はそう言って一分金を二人の遊女に一枚ずつ渡した。
「あんた、やっぱりいいところの人間だね。この界隈でこんな大金、気前よく渡せる奴はいない」
一分金は四枚で一両になる。
その日暮らしの遊女たちにしてみれば大金だ。
御庭番にはこういうための資金が渡されている。
倹約令はあっても必要なところで使う金は使う。
それが吉宗の方針であった。
左近が聞き込みを続けようとその場を後にしようとしたとき、思わぬ言葉が出てきた。
「おくにたちはもう三週間くらい姿を見ていない。最後に見たのは先月中頃だったよ。一つだけ気になる事を教えてやる。おくにたち、おそらく危ない薬に手を出したと思うよ」
右側の遊女がそう言うと左側の遊女が続けて話してきた。
「あいつらの顔を見てわかった。あたしたちは薬で身を滅ぼした奴を何人も見てるからね。あんたがもし二人を助けられるなら助けてやってくれ」
左近は少し驚くが、二人の遊女はそれだけ言うと立ち去っていった。
「出来るだけの事はやってみるよ。ありがとう」
その後も河岸周辺で聞き込みをしたが、羅生門で五人、浄念で二人の合わせて七人もの下級遊女がこのひと月の間に姿を見せなくなっていた。
普通なら足抜けですぐに追手が総出で探し出し、見つけ出されて折檻されているだろう。
この吉原から遊女が逃げられるのはほとんど不可能に近い。
まったくゼロではないが、ほぼゼロと言っていい。
それほど各見世の情報網と追手の追跡能力は長けている。
にも関わらず、七人もの遊女の行方が不明なのに追手が出ている様子もない。
「という事は行方不明の遊女たちはこの吉原から出ていない。さらにあらかじめ見世も了承済みという事か。。」
羅生門や浄念河岸の最低ランクの切見世楼主や遊女では大見世楼主である玉屋霧右衛門に逆らえないであろう。
「霧右衛門は下級遊女を切見世から安く買い上げて何かに利用している」
左近はそう推測していた。
⭐︎⭐︎⭐︎
一方の源心は玉屋の賄い人たちに話しを聞いた。
「ちょっと聞いたいんだが、この羅生門河岸沿いにある離れの事で何か知っていれば教えてもらえないか?」
「ああ、あの離れは労咳や瘡毒〔梅毒〕にかかった遊女の養生に使ってるって話しだぜ」
「労咳や瘡毒の遊女?誰だかわかるか?」
「そこまではわからねえよ。うちの見世の遊女なら一人残らず全員の顔と名前を知っているが、西河岸や羅生門の下級遊女なんざ顔も名前も知らねえからな。うちの楼主はそういった下級遊女まで面倒見てる変わり者だ。
旦那も知っての通り、普通なら労咳や瘡毒〔梅毒〕にかかった遊女はまずは鞍替え先を探すんだが、労咳を患った遊女なんぞ引き取る妓楼なんざ最下級の河岸見世でもありはしねえ。
死んだ後の後始末が大変だからよ。
結局は建前の二朱の祝儀を手渡して年季がきた事にして一本締めで大門から追い出される事になる。その後はどうなろうと知った事じゃないってのが通例よ。
おそらくは霧右衛門さんは誰かがやらなきゃならねえから引き取り手のいない遊女を看取るつもりでやってるんだろうよ」
なるほど、それなら世間体もいいし単なる善意でやっていると見られる。
実際には病気の遊女など連れ込んでいないだろうが。
「あんたは離れに行った事はないのか?」
「冗談じゃない。ただでさえ危険な羅生門河岸の上に労咳の遊女がいる離れになんぞいったら俺まで命取りだ。あそこに行くのは楼主と長安先生しかいねえよ」
「もう少し聞きてえんだが、五年前にいた穂花大夫は知ってるか?」
「穂花太夫ね、覚えているよ。何しろ俺がこの見世に来た時のお職だったからね。綺麗な人だったよ。気立も良くてね。でもあと少しで年季って時に原因不明の病にかかって亡くなったんだ。気の毒によ」
「原因不明っていうくらいだから原因はわからねえんだろうな」
「まあ、長安先生はヤブだからな。実際のところは瘡毒〔梅毒〕あたりだと思うぜ」
「最後にもう一つ。ここにおふじという禿がいたと思うが、何故死んだのか知ってるか?」
「おふじちゃんね。足抜けした罰で折檻されて死んでしまったんだ。気の毒によ。しかし足抜けはここでは大罪だ。それを承知でしたからには余程ここが嫌だったんだろうよ」
「おふじに何か変わった事はなかったか?」
「さあ、そこまではわからねえ。遊女の世界には色々なしきたりがあるからな。俺なんかには理解出来ない悩みもあったんだろうよ。
あ、そう言えば、その日金を払わなかった客が居たとかで男衆が桶を持って歩いているのを見かけたな。まあこの遊郭じゃ毎度の事だから気にもとめなかったけどな」
「桶?桶伏せ〔金の払えなかった客を桶に閉じ込めて、上に重石を乗せて出られなくして晒し者にする罰〕か?」
「そうだろうよ。まあ、金もないのに遊郭に来る奴が悪いんで同情の余地もねえな」
源心はおふじがその桶に入れられてどこかに運ばれ殺害されたのではと推測した。
「わかった、ありがとうよ」
源心はこの賄いに一分金を一枚手渡すと男は大喜びでお礼を何度も言ってきた。
「桶伏せに見せかけて運んで殺害したか。。やはり離れが怪しいな。誰も近寄らないように労咳患者がいるようにしていると言う訳か」
⭐︎⭐︎⭐︎
源心が夜の闇に隠れて屋根つたいに離れに向かおうとすると、少し先に遊女らしき姿を見つけた。
しばらく様子を見ていると遊女は紅玉であった。
「あれは?確か大夫の紅玉」
源心は紅玉のあとをつけて行った。
紅玉は江戸町二丁目の表通りから羅生門河岸沿いに入っていく。
「離れに行くのか?紅玉が離れに何の用だ?」
紅玉はいつものように辺りを見回して誰もいない事を確認すると離れの中に入っていく。
源心は離れの屋根から屋根裏に侵入する。
屋根裏から中を覗き込むと、そこには二階の部屋を四畳半仕切りにして商人らきし人物と遊女と思われる女性たちが一部屋に一組ずつ、合わせて六組十二人でキセルを燻らせていた。
「これは魔窟だ。。やはり阿片はここにあったのか」
そんな中に紅玉の姿を見つける。
紅玉は一人で一部屋を借り切り、キセルを取り出し、小さな茶色の固形物を詰め込むと火をつけて吸い始めた。
「紅玉まで阿片に手を染めていたのか。。」
源心はいったん離れから離脱して左近と合流し、互いの情報を交換し合った。
「そうか。。穂花大夫は阿片を吸わされて無理矢理年季を引き延ばしされたのを苦に自殺を。。」
「明日、長安が霧右衛門に阿片を渡す手筈になっているから、そこを抑えれば阿片を押収出来るよ」
「これで霧右衛門と平田長安の関係と離れの現場を抑えた。大岡様に報告の後、桜と合流して互いの情報共有して、次の手を決めるとするか」
⭐︎⭐︎⭐︎
南町奉行内にある大岡越前の邸宅に源心が訪れたのは四つ時〔夜九時〕過ぎであった。
「大岡様、夜分に失礼致します」
「源心か」
「はっ。これまでわかった事をご報告に参りました。玉屋に阿片を持ち込んでいたのは巡回医師の平田長安。霧右衛門はそれを見世の常連客に売りつけて阿片中毒にし、金儲けするというやり口でございます。
羅生門河岸にある離れが巣窟となっており、その近隣の下級遊女たちも阿片を吸わされて客たちの接待役にされておりました」
「やはり彩雲の申した通り、巡回医師による持ち込みであったか。証拠となる阿片の回収は出来そうか?」
「明日、平田長安が霧右衛門へ阿片を渡す手筈になっているということで、私と左近で長安を捕らえて阿片を回収致します。
それと霧右衛門は長安の依頼で上州屋の娘の暗殺を企んでおります。これには左近が対応しており、霧右衛門と離れの遊女たちの保護は桜に任せようと考えております」
「よし、阿片を回収出来たらすぐに玉屋霧右衛門の捕縛に向かう。源心、平田長安を捕らえよ。それと上州屋の娘の保護は三浦たちを使わせる。引き続き頼むぞ」
「はっ!」
⭐︎⭐︎⭐︎
夜見世に備えて準備をしている朝霧の元に紅玉の禿、おうめが訪ねてきた。
「朝霧姐さん」
「おうめ、どうしたでありんすか?」
おうめはもじもじしながら話しあぐねていたが、意を決したのか話し始めた。
「紅玉姐さんが最近様子が変なんでありんす。突然怒り出したり、そうかと思えば泣き出したり。どこか身体に悪いところでもありんしょうか?」
言われてみれば朝霧にも思い当たるふしがあった。桜へ突っかかっていった時である。
日頃の紅玉なら人気芸者がいようが知らぬ顔を決め込んでいるのに、あの時はイライラした様子で桜に因縁を付けていた。
「紅玉はんは今どこに?」
「わかりんせん。二、三日に一度わっちに何も言いなんすにいなくなりんす。帰って来ても黙っておいでなんすから」
「わかりんした。紅玉はんはわっちが探してくるでありんすから、おうめは夜見世の支度に取り掛かるでありんす」
「あい。よろしくお願いしなんす」
〔二、三日に一度いなくなる。突然怒り出す。。まさか紅玉はん、阿片に侵されているんじゃござりんせんよね。。〕
朝霧はふと離れを思い出した。
「誰にもいいなんすにこっそり抜け出すとすれば、離れに行きなんした可能性がござりんすな」
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