霊媒巫女の奇妙な日常

葉月麗雄

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神宮寺稀過去編

神宮寺稀が誕生するまで 一

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今から二年前。

一人の少女が日本三大霊山の一つに数えられる青森県の恐山に立っていた。
硫黄の匂いが立ち込め、死者の霊が集まる霊場と言われているこの地に相応しい岩だらけの景色。

「恐山に近づくほど硫黄の匂いが強くなってくる。そして何とも言えないこの雰囲気。やっぱり来なければ良かったのかな。。」

佐々木和花はあまりの硫黄の匂いと岩だらけの景色に内心ビクビクしていた。

この岩ばかりの景色は、恐山霊場の火山ガスの影響で草木が生えず動物もほとんどいないことから、これらが地獄や霊場と同一視されるようになった。

中学、高校時代の親友であった。いや、厳密に言えば自分なんかを友人としてくれた刀祢聖菜に憧れてあんな力を手に入れたいと、高校卒業後は大学には行かずに聖菜と別れて単身でこの恐山に修行に来てみたものの山々から感じる異様な雰囲気に早くも心が挫けそうになっていた。

和花はとりあえず宿泊する宿坊に向かった。
宿坊とは恐山近隣の宿で夜は十時就寝、朝は六時起床。食事は精進料理で夕食後の飲酒は禁止などのルールが設けられている恐山周辺に点在する宿である。

「とりあえずはひと休みするかな」

長旅をするのも初めて、一人旅も初めての和花は宿の部屋についた途端に一気に疲れが出てしまった。

「こんな事でこの先修行なんて出来るんだろうか。。」

和花は疲労のせいか不安になってきた。

「とにかく今日はゆっくり休もう。本格的な修行は明日からだ」

自分にそう言い聞かせる


翌日から朝5時に起床。
朝、昼、晩に水垢離を行い、身を清めて穀物や塩を断ち、小屋に篭って経文を唱える生活が始まった。
これは精神を研ぎ澄まして霊力を高めるための修行である。
和花は無論、こんな断食修行をやった事がないので、お腹は空くし気が散って集中出来ない。

「聖菜さんも毎日こんな修行をしていたのかな」

和花は霊媒巫女としての聖菜の強さ、霊力もだが心の強さに尊敬していた。
何者にも動じない、どんな奇異の目で見られようと意に介しない精神力に。
そして中学二年生の時、勇気を出して話しかけたのがきっかけで友人となった。

怖いイメージがあったので凄く緊張しながら話しかけたのだが、いざ話してみると穏やかでむしろ表情からは想像もつかないほど優しい人であった。

「みんなは絶対に聖菜さんの事を誤解している」

確かに彼女は人前では普段は笑顔もほとんど見せないし、クールでお高く人を寄せ付けないイメージだけど話せば良い人だし優しいし。
何より責任感が人一倍強い。
霊媒巫女という危険な仕事柄、周りの人間を危険に目に合わせないためにあえて人との交流をしない。
そんな責任感の強さからあんな感じになってしまうんだろう。

それを知ってから和花は刀祢聖菜という人物が非常に魅力的に、そして同じ年として尊敬出来る人間になっていった。

「だから、私は聖菜さんに少しでも近づきたくで、こうして修行をしている。自分に霊力があるとは思わないけど、心を鍛えることによって強い自分になりたい」

和花は霊力の修業をしに来たというよりも己の精神の鍛錬をするためにこの恐山に来ていた。
もちろん、ここで修行をしていくうちに何か自分の能力が発見出来ればという期待もあったが。

そんなある日、小屋で経文を唱える修行中に和花は空腹から意識を失いかけていた。

「ダメだ、ダメ。。」

意識を失いかけて、これはいけないと思い何度も首を振ったり顔を叩いたりして我慢していたが、すでに精神よりも体力に限界が来ていた。
唐突に頭がくらっとなったと思った時には、ふっと意識が切れるような感覚に陥り、目の前が暗くなった。
和花はとうとう意識を失ってしまう。

どれくらい時間が経ったであろう。
和花はふと目を覚ました。

「私、どうしたんだろう。。」

「大丈夫?」

誰も居ないはずの小屋から突然女性の声がして和花はびっくりした。

「え? あなたは誰ですか? どうしてこの小屋に?」

「驚かせちゃったかな? ごめんなさい。でもあなたが危険だと思ったから」

「いえ、危ないところを助けて頂いてありがとうございます」

女性は見た目二十代後半くらいであろうか。
ロングヘアを後ろにまとめてポニーテールにしているのだが、それが実年齢よりも若い印象に見える。

「私もここで修業中でね、ちょうど休憩するのにこの小屋があったんで入ったらあなたが倒れていたからびっくりしたわ。見たところ怪我はなかったし、修業に慣れてないから倒れてしまったんだとわかってほっとしたけど」

そうだ、この小屋は公共の場。
たまたま和花一人しか利用していなかったというだけであった事を今さらながら思い出した。

「あなたもここで修行をしているのね。もし良かったら一緒に修行しない? 私、一人で退屈してたんだ」

「いいんですか? 実は一人で不安だったんです。このやり方でいいのか、こんなので力が身につくのか。誰かいてくれたら心強いです」

「よし、じゃああなたの体調が回復したら二人で修行しよう。私、蓮香って言うんだ。中国人の名前だけど、れっきとした日本人。実は孤児で親の顔も名前も知らないんだけどね」

「そうなんですか。。私は佐々木和花と言います。のどかって呼んでくれていいですよ」

「のどかさんね。私も蓮香でいいわよ。よろしくね」

こうして蓮香と和花は偶然に出会った事から二人で修行する事となった。

☆☆☆

蓮香は回復能力を持っていて、和花が体力が落ちたり怪我をすると力を使って治してくれた。
歳もひと回り上でとても頼もしいお姉さんであった。

そんな蓮香から和花は意外な言葉を聞く事になる。

「え? 私に霊力があるんですか?」

「ええ。私の見立てではあなたの潜在能力はかなり高い霊力を秘めている。ここでの修行次第ではかなりの霊力を使えるようになると思うわ」

「私に。。そんな力が」

「あなたはその能力を開花させるためにここに修行しに来たんじゃなかったの?」

「いえ。。私は自分にそんな才能があるなんて思ってなくて。ただ自分の弱い心を少しでも鍛えるためにと思って来たのです」

「そうか。。自分の隠れた才能を知らなかったんだね。まあ大抵の人はそうなんだけど、あなたはもしからしたらそういう運命にある人なのかもね」

「そういう運命?」

「その力が目覚める事によって世の中を救える人間になれる人。困っている人や苦しんでいる人たちを助けられる。そんな宿命の元にいる人は数少ない。あなたはその数少ない力を持っている」

それを聞いて不思議な感覚を覚えた。

〔私が聖菜さんと同じ力を持っているというの?〕

「実は数年前にこの恐山で聖剣らしき物を見つけたんだけど、私の力では抜く事が出来なくて。。霊力の高い人を探していたところだったの。あなたはまだ未熟だけど潜在能力は高いと見たから声を掛けたんだけどね」

「聖剣? 聖菜さんの神楽のような感じなのかな」

神楽という名前を聞いて女性は驚きの表情を隠せなかった。

「神楽? 神楽を知っているの? じゃあ刀祢美里さんも知っているとか?」

「刀祢美里さんは私の友人である聖菜さんのお母さんです。でももう亡くなられてお会いした事はありません」

それを聞いて女性は思わず和花に抱きつく。

「え? どうなさったんですか?」

「刀祢聖菜さんの友人にこんなところで会えるなんて。。何かの縁としか思えない」

「聖菜さんを知っているの?」

「聖菜さんがまだ幼かった頃に一度だけ見た事があるんだ。だけど、私も一緒に戦った仲間たちも美里さんを助けられなかった。。あの悪鬼から」

それから和花は事の次第を蓮香に聞いて驚きを隠せなかった。

「そんな事が。。聖菜さんはその事を知っているんですか?」

「それはわからない。彼女の親族がどうそれを伝えたかまで私はわからないから。でも今の和花の話を聞いている限りでは知らないんでしょうね。彼女の母の命を奪った相手。狭間法元の事を」

「狭間法元。。カルト教教団の教祖というくらいしか私は知らなかったけど、まさか聖菜さんの家とそんな関わりがあったなんて。。」

「私たちは美里さんが命がけで封じてくれた結界が効いている間に各自で修行をしなおし、いずれ復活した時に今度こそ必ず倒すと誓っている。そのためにあの聖剣が必要なの」

「私にその聖剣を持つ資格がありますか?」

「それはやってみないとわからない。とりあえず今のまま修行を続ければあなたは自分でも信じられないくらいの力を身につけると思うから、頑張りましょう」

「はい!」


それからも毎日朝、昼、晩に滝に浸かり、身を清めて精神を研ぎ澄まし、霊力を高めるための修行を行った。
一年が過ぎた頃には和花の霊力は自分でもはっきりとわかるほどにまで上がっていた。

蓮香が霊波動で作り上げた霊弾を和花に向けて放つとそれを防御壁を作って弾き返す。
さらに霊剣で攻撃してもその結界防御で防ぎ、逆に和花が霊力で作った霊弾で反撃も行う。

もはや霊力では蓮香は和花に及ばなくなっていた。

「見事よ、和花。もう霊力に関しては私よりもはるかに上のレベルになっている」

自分でも信じられない力に和花はまだ半信半疑であった。
だが、自分の力で確実に霊力をコントロール出来るところまで来ている自覚はあった。

「これなら聖剣を手に出来るかも知れない。蓮香さん、明日にでも私をその聖剣のある場所に連れて行って下さい」

和花の言葉に蓮香もうなずいた。
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