霊媒巫女の奇妙な日常

葉月麗雄

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藤村桐子 中編

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桐子が白い光に連れられて行った先は自分の入院している東病棟と反対側の西病棟であった。
そのうちのひと部屋に光が入っていくのを確認して、桐子もその部屋に入ると、昼間リハビリ室で話していた女性が寝ていた。
最初は何だろうと思っていた桐子であったが、しばらくして様子がおかしい事に気がつく。

「おばちゃん、大丈夫?」

身体を揺すっても声をかけても返事がないとわかるとすぐにナースコールを鳴そうとした。
ここで鳴らすと、なぜ桐子がこの部屋にいたのか説明に面倒くさそうだったが人の命には変えられない。

そしてナースコールから一分もしないうちにすぐに看護師たちが部屋に駆けつけた。

「どうしました?」

看護師の一人が部屋にいる桐子を怪訝な表情で見ていたが、桐子はそれには目もくれず簡潔に説明する。

「部屋の前を通りかかったらこの人がが苦しんでいるのを見つけたからナースコールを鳴らしたの。早く見てあげて」

「何故、あなたがここにいるのかしら?」

思った通り、医師と看護師たちはなぜこの部屋に居たのかを聞いて来たが、その中でも一人の看護師が桐子に食ってかかって来た。

「眠れなかったから夜の病棟を歩いていたら、たまたま見つけたのと、この人が昼間のリハビリで知り合いだったからよ。それ以外に理由はないわ」

「なぜこの部屋に居たのかと聞いているんだけど」

「居てはいけないのかしら?」

「本来あなたの病棟は反対側のはず。来る理由がわからないんだけど」

「来る理由がなければ来てはいけないと言う理屈がわからないわ。私がここでこの人を発見したらいけない理由があるのかしら?それとも私がやったとでも?」

「あなた以外に誰がやれるの?」

「ここの医者や看護師なら誰でもやれるんじゃない?なんなら警察に言って監視カメラの映像を確認してもらえばわかるでしょう」

二人の言い合いに看護師長が割って入る。

「いい加減にしなさい。理由はどうであれ藤村さんは危険なところを発見してくれたのですよ。誰がやったのかは警察に調べてもらえばはっきりする事です。余計な詮索はやめなさい」

師長にそう言われて看護師は形の上では引いたが、桐子はその態度が怪しく感じた。

〔まるで私を犯人に仕立て上げようとしている素振りだったわね〕

その時、桐子にはその看護師の背後に漂う白い光が見えていた。

〔この看護師、何か怪しいな〕

その後、医師たちの手当てによって女性は一命を取り留め、翌日リハビリ室で女性は桐子に助けてもらったお礼を述べた。

「藤村さんのおかげで助かったよ。それにしても点滴の投入量を間違えたなんてあり得ないわね。宿直の看護師は何をしてたんだか。そもそも怪我も治っているのにいきなり点滴をやりますって言われたから変だなとは思ってたけど」

「その点滴をやるって言ったのは担当医なの?」

「いや、森新子(もりしんこ)っていう看護師だったけど」

〔森新子?あの時の看護師ね〕

「とりあえずはおばさんが無事で良かったわ。私がたまたま夜に病棟内を散歩してた時、偶然見つけたんだけど、ここの病院は要注意ね」

「やっぱり早めに退院した方がいいかしらね。主人に言って今日中にでも退院する事にするわ」

「そうした方がいいと思います」

桐子のおかげで助かった女性はその日のうちにご主人の迎えが来て退院して行った。


それから二日後。
桐子の部屋にまた白い光が見えていた。

「あなたたちが来たと言う事はまたあの森という看護師何かしでかしたのね」

桐子が光の後を追っていくと、幾つもの白い光が途中で合流し、一ヶ所に集まって行った。
光は病院の屋上へと向かっていく。

桐子が屋上の扉を開ける。
ここは普段は患者たちが洗濯物を干すために利用していて、自由に出入り出来るようになっている。
病院は五階建てで十五メートルほどの高さはあるだろうか。

屋上には例の看護師が立っていた。
先日の一件で桐子を犯人にしようとしていた森新子であった。

「また会ったわね」

桐子の言葉に新子は狂気の顔を見せる。

「藤村桐子。お前は霊体が見えるようだからね。ここにあれば必ず来ると思ったよ」

「なるほど、お見通しってわけね」

新子の周りに白い光が集まっていく。
この光は何かを訴えている。

「この病院で断続的に起きている医療ミスもこの前の女性を殺そうとしたのもあなたね。看護師の立場を利用して患者を殺害してたという事か」

「証拠でもあるの?」

「証拠はないわ。ただ、その周りの光はあなたが今まで殺してきた人の霊魂」

「だから何?こんなの証拠にならないし、生きている価値のない人間が死んだところで何も起きやしないわ」

本音が出たなと桐子は思った。

「病人や怪我人は生きている価値がないんだ」

「治療して社会復帰出来るならまだしも、治療しても治らない病気や怪我人が何の役立つの?私はそんな無駄な連中を少しでも減らしているだけよ」

「そんなあなたが何故看護師になったのかしら?」

「医療ミスに見せかけて人が殺せるからに決まってるじゃない。バレたところで医者の責任にすれば良い。私は医者の指示通りにやりましたってね」

「戦前ならともかく今や科学捜査の技術は日進月歩よ。そんな嘘が通じると思っているならあなたはどうかしている」

「私が警察に捕まると思ってたら大間違いよ。私には特別な力があるんだから」

桐子は私と同じようにこの女も本体から幽体離脱しているのだと予測した。
聖菜という子に言わせれば、この霊体は新子本人の闇の不部分。

表向きは天使のような笑顔で患者に接していても心の中はそう思ってたというわけだ。

「あなたのような人間が看護師になれるとしたら、日本中の看護学校は生徒に精神鑑定させてから入学させた方がいいわね」

桐子の皮肉にも新子は何ら感情を表さない。

「いちいちうるさいわね。あなたも死んで。そうね、病気を苦に自殺した事にしようかしら。ここから飛び降りてね」

「あいにくと、私は病気でもなんでもないんでね。ちょっと前までは病気だったかも知れないけど、今はすっきりしてるわ」

「そんなの知ったことじゃない。死ねば死人に口無しよ」

新子の顔に殺気がこもった笑みがこぼれる。

「人を殺すことに悦楽を感じている一番厄介な人間ね。ならば私も本気でいくわ。私はかつて連続殺人を犯した犯人。今さらもう一人殺したところで一緒よ」


その頃、病院の入り口には聖菜の姿があった。

「ここの上から異様な霊気を感じる。さらに何体もの霊魂の気配も」

「何が起こってるのかな」

「とにかく行ってみよう」

聖菜は猫の式神、那由多と共に病院内に入り込んだ。
式神の那由多はドアをすり抜けて中から施錠を外すくらい朝飯前だ。

新子が包丁を振り回して桐子に襲いかかるが、桐子はそれを巧みにかわしていく。
狂気に歪んだ新子を見て桐子は自分もついこの前までは同じような事をしていたんだなと思い出していた。

「私もこんな狂気に歪んだ顔をしていたのかと思うと恥ずかしいわね」

その時、再び屋上の扉が開いた。

「何をしているの?」

低く、落ち着いた聞き覚えのある声に桐子はやっと来たのかとため息をつく。

「遅かったわね。待ち侘びたわよ、刀祢聖菜」
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