10 / 67
忍耐の決壊 後編
しおりを挟む
「あなたが西巻明日香ね。あなたの恨み辛みはわからないでもないけど、私の目の前でこれ以上被害者は出させないよ」
斧を片手に明日香は聖菜を恫喝する。
「みんないなくなればいい。そうすれば私を見下した態度を取る奴もいなくなる」
「否定はしないわ。でも、いちいち気に食わないからと言って殺してたらキリがない。人間社会は、ほんのひと握りの人たちによってその他大勢が動かされている世界。やるなら頭となる人間一人を討ち取ればいいだけ。あとは日和見なんだから」
「お前も消してやる」
「消えるのはあなたの方よ」
聖菜はそう言ったものの、かなりの霊力を感じ取っていた。
〔理性がまだ残っているとは言え、かなり凶悪化してる。まずいな、このままだと恨みと関係ない人たちまで巻き添えにしてしまう〕
明日香の目が一瞬光り、聖菜は何かを感じたのか、明日香の視線から外れるように横に飛ぶと、聖菜の後ろに立っていた標識が突然折れ曲がった。
「これはポルターガイスト現象?いや、念力のようなものを使っている」
聖菜は舌打ちした。
迂闊に近寄れないのと視界の範囲内に入るとあの念力からの攻撃を受けてしまうからだ。
まともに受けたらたとえ聖菜でも手足はおろか、首の骨も簡単に折れてしまうだろう。
再び明日香の目が光ると同時に聖菜は聖剣神楽で自分の目を塞いだ。
「あの目は厄介ね」
絵里奈も安西もこれにより見えない力で動けなくなったところをやられたのだ。
神楽で目を隠せば念力は喰らわない代わりに明日香の姿が見えないため攻撃が出来ない。
聖菜は式札を取り出して式神を召喚した。
「涅槃より甦れ般若。我が命に従いともに戦え」
聖菜の召喚で式札から般若が現れる。
般若の面を被る彼は明日香の目を見ずに攻撃仕掛ける事が出来る。
般若は扇子を取り出すと明日香の顔目掛けて飛ばした。
扇子で視界が遮られたところを聖菜が一気に前に詰め寄る。
だが、明日香はその攻撃を読んでいた。
扇子を手で弾き飛ばすと聖菜を睨みつける。
聖菜は再び神楽で目を隠すが、そこを狙っていたかのように明日香が斧で切りつけた。
「ご主人様」
般若が咄嗟に横から聖菜の身体を押したので、辛うじて避けられたが、左肩を切られてしまった。
「ちっ。。」
聖菜は思わず舌打ちする。
霊体の強さはその人間の念の強さでもある。
明日香の恨みの念は想像以上に深い。
「ご主人様、お怪我は大丈夫ですか?」
「般若、ありがとう。助かったよ」
般若が咄嗟に横から押してくれなかったら胴体を切られていただろう。
「私が前に出ます。ご主人様は後ろから攻撃を」
般若は見た目はまだ十二、三歳の男の子のようだが、実際には三百歳を超える年齢である。
聖菜の式神の中でも最強の彼は主の危機に猛然と明日香に向かっていく。
斧を振り回す明日香に般若は刀で打ち返す。
途中で般若を念力で飛ばそうとするが、般若は横に横に円を描くように移動しながら戦い、明日香の視界内に入らないように動く。
それでも明日香は般若と互角に渡り合う。
聖菜は二人の間に割って入るように明日香に神楽を振り抜き、二人ががりで左右から攻撃を仕掛けた。
目による念力の的を絞らせないためだ。
神楽と斧が激しくぶつかり合う金属音が鳴り響く。
聖菜が剣を掲げて空中に格子を描くと糸状の格子が現れて明日香の身体に絡みつく。
「く。。小癪なまねを」
明日香が強引に斧で格子の糸を切り裂く。
「普通なら絶対に切られない格子糸を切り裂くとは大したものね」
これは八咫姫の怨念よりも強いかも知れない。
西巻明日香という人間が普段どれだけの屈辱に耐えていたか、その忍耐が破裂した時の怨念のエネルギーの凄さからも想像に難くない。
般若が明日香を引きつけて聖菜が攻撃を仕掛けるが、視界に入らないように動かなくてはならないため、決定的な攻撃が出来ないでいた。
「聖菜」
聖菜を呼ぶ声がして、那由多が聖菜にある物を渡した。
「これを使って。。」
「わかった、やってみる」
明日香はこれまで聖菜が戦った霊の中で間違いなく最強と言っていい相手であった。
「般若、一瞬でいい。あいつを引きつけて。目が光る瞬間に思いっきり横に飛んで」
「わかりました」
般若が聖菜の前に立ち、明日香に攻撃を仕掛ける。
「首をへし折ってやる」
明日香の目が般若に向けられた瞬間に般若は横に飛び、その後ろから聖菜が走って来る。
聖菜の目には那由多から渡されたサングラスがかけられていた。
明日香の目が光るがサングラスに弾き返されてそこに映った自分に念力をかけてしまい、首がへし折れる鈍い音がした。
「うぐ。。」
「今だ!」
聖菜は神楽で明日香の霊体を袈裟斬りにした。
折れた首のせいで断末魔の悲鳴をあげることもままならず、明日香の霊は蒸発するように消えていった。
〔。。認めてほしかったわけじゃない。。わかってほしかった〕
聖菜は最後にそう聞こえたような気がした。
「そうね。。自分の存在意義を否定されるのは悲しみも怒りもない。ただ虚しいだけ」
誰にともなくそう言うと聖菜はその場にへたり込んだ。
精魂尽き果てた激しい戦いであった。
「般若、ありがとう」
役目を終えた般若は再び式札へと姿を変えた。
「聖菜、大丈夫か?」
那由多の呼びかけに「ええ、何とか」と答えるのが精一杯であった。
さすがに自力で帰るのがきつく、零と麻里奈を電話で呼んで来てもらう事となった。
三十分ほどして零と麻里奈が迎えに来て、疲労困憊の聖菜を見て驚くのだった。
「聖菜さん、その腕の怪我。。大丈夫ですか?」
「零、麻里奈。来てくれて助かったよ」
「私たちは必ず助けに来ますから困った時はいつでも頼って下さいね」
「ありがとう。麻里奈」
聖菜は零と麻里奈に抱えられながら神社へと帰宅した。
「これは。。」
目が覚めると明日香は自分の身体を不思議そうな目で見ていた。
「私は死んだんじゃなかったの」
部屋の中でベッドに寝ていた明日香は、これまで起きた事は夢。そう思っていた。
しかし翌日出社すると同僚のほとんどが通り魔殺人の被害で亡くなったと聞いて青ざめる。
「あれは夢じゃなかったの。。私。。とんでもない事をしてしまった」
警察に自首しようと考えた明日香はお昼で早退して近くの交番へと向かうために会社の出入り口まで来ると、目の前に聖菜が立っていた。
「あなたは。。」
「一度死んでやり直しの人生の気分はどう?」
「一度死んで。。」
「私が殺したのはあなたの心の闇の部分。昨日までの自分に別れを告げて今日から新しい西巻明日香として生きる事ね」
「私はたくさんの人を殺してしまった。その償いをするために自首するつもりです」
「無駄よ。あれは幽体離脱した霊がやった事。自首したところで証拠が何もないからまともに取り合ってもらえず帰されるだけ」
「でも。。」
「死んだ人たちは自分のまいた種を回収しただけの事。天罰と思えばいいよ」
そうは言われても明日香はやはり心が晴れないのだった。
「まあ、気にやむのは仕方ないわね。あなた次第だけど償いをすると言うのならご自由にすればいい。私はこれであなたと会う事はないと思うから」
「あ、あの。。ありがとうございます」
「お礼を言われる筋合いはないわ。私はもう一人のあなたを殺したんだから」
聖菜はそれだけ言うと明日香の前から立ち去った。
「昨日までと違う私。。」
明日香は自分の身体に何か新しい力が芽生えた事を感じていた。
自分の両手をしばらく見つめながら考える。
やってしまった事は取り返しがつかない。
ならば私は私に出来る償いをこれからやっていこう。
そう思うのだった。
「人間社会には少なからず差別が存在する。差別されている者はその辛さを押し殺して日々を過ごしている。私だってこんな力がなかったら。。」
聖菜はぐっと拳を握りしめた。
目をつぶると見える白黒の太陰対極のような模様に呪文のような文字。
聖菜の不思議な力の源と呼べるものかも知れないが、彼女にはそれは鬱陶しいだけであった。
斧を片手に明日香は聖菜を恫喝する。
「みんないなくなればいい。そうすれば私を見下した態度を取る奴もいなくなる」
「否定はしないわ。でも、いちいち気に食わないからと言って殺してたらキリがない。人間社会は、ほんのひと握りの人たちによってその他大勢が動かされている世界。やるなら頭となる人間一人を討ち取ればいいだけ。あとは日和見なんだから」
「お前も消してやる」
「消えるのはあなたの方よ」
聖菜はそう言ったものの、かなりの霊力を感じ取っていた。
〔理性がまだ残っているとは言え、かなり凶悪化してる。まずいな、このままだと恨みと関係ない人たちまで巻き添えにしてしまう〕
明日香の目が一瞬光り、聖菜は何かを感じたのか、明日香の視線から外れるように横に飛ぶと、聖菜の後ろに立っていた標識が突然折れ曲がった。
「これはポルターガイスト現象?いや、念力のようなものを使っている」
聖菜は舌打ちした。
迂闊に近寄れないのと視界の範囲内に入るとあの念力からの攻撃を受けてしまうからだ。
まともに受けたらたとえ聖菜でも手足はおろか、首の骨も簡単に折れてしまうだろう。
再び明日香の目が光ると同時に聖菜は聖剣神楽で自分の目を塞いだ。
「あの目は厄介ね」
絵里奈も安西もこれにより見えない力で動けなくなったところをやられたのだ。
神楽で目を隠せば念力は喰らわない代わりに明日香の姿が見えないため攻撃が出来ない。
聖菜は式札を取り出して式神を召喚した。
「涅槃より甦れ般若。我が命に従いともに戦え」
聖菜の召喚で式札から般若が現れる。
般若の面を被る彼は明日香の目を見ずに攻撃仕掛ける事が出来る。
般若は扇子を取り出すと明日香の顔目掛けて飛ばした。
扇子で視界が遮られたところを聖菜が一気に前に詰め寄る。
だが、明日香はその攻撃を読んでいた。
扇子を手で弾き飛ばすと聖菜を睨みつける。
聖菜は再び神楽で目を隠すが、そこを狙っていたかのように明日香が斧で切りつけた。
「ご主人様」
般若が咄嗟に横から聖菜の身体を押したので、辛うじて避けられたが、左肩を切られてしまった。
「ちっ。。」
聖菜は思わず舌打ちする。
霊体の強さはその人間の念の強さでもある。
明日香の恨みの念は想像以上に深い。
「ご主人様、お怪我は大丈夫ですか?」
「般若、ありがとう。助かったよ」
般若が咄嗟に横から押してくれなかったら胴体を切られていただろう。
「私が前に出ます。ご主人様は後ろから攻撃を」
般若は見た目はまだ十二、三歳の男の子のようだが、実際には三百歳を超える年齢である。
聖菜の式神の中でも最強の彼は主の危機に猛然と明日香に向かっていく。
斧を振り回す明日香に般若は刀で打ち返す。
途中で般若を念力で飛ばそうとするが、般若は横に横に円を描くように移動しながら戦い、明日香の視界内に入らないように動く。
それでも明日香は般若と互角に渡り合う。
聖菜は二人の間に割って入るように明日香に神楽を振り抜き、二人ががりで左右から攻撃を仕掛けた。
目による念力の的を絞らせないためだ。
神楽と斧が激しくぶつかり合う金属音が鳴り響く。
聖菜が剣を掲げて空中に格子を描くと糸状の格子が現れて明日香の身体に絡みつく。
「く。。小癪なまねを」
明日香が強引に斧で格子の糸を切り裂く。
「普通なら絶対に切られない格子糸を切り裂くとは大したものね」
これは八咫姫の怨念よりも強いかも知れない。
西巻明日香という人間が普段どれだけの屈辱に耐えていたか、その忍耐が破裂した時の怨念のエネルギーの凄さからも想像に難くない。
般若が明日香を引きつけて聖菜が攻撃を仕掛けるが、視界に入らないように動かなくてはならないため、決定的な攻撃が出来ないでいた。
「聖菜」
聖菜を呼ぶ声がして、那由多が聖菜にある物を渡した。
「これを使って。。」
「わかった、やってみる」
明日香はこれまで聖菜が戦った霊の中で間違いなく最強と言っていい相手であった。
「般若、一瞬でいい。あいつを引きつけて。目が光る瞬間に思いっきり横に飛んで」
「わかりました」
般若が聖菜の前に立ち、明日香に攻撃を仕掛ける。
「首をへし折ってやる」
明日香の目が般若に向けられた瞬間に般若は横に飛び、その後ろから聖菜が走って来る。
聖菜の目には那由多から渡されたサングラスがかけられていた。
明日香の目が光るがサングラスに弾き返されてそこに映った自分に念力をかけてしまい、首がへし折れる鈍い音がした。
「うぐ。。」
「今だ!」
聖菜は神楽で明日香の霊体を袈裟斬りにした。
折れた首のせいで断末魔の悲鳴をあげることもままならず、明日香の霊は蒸発するように消えていった。
〔。。認めてほしかったわけじゃない。。わかってほしかった〕
聖菜は最後にそう聞こえたような気がした。
「そうね。。自分の存在意義を否定されるのは悲しみも怒りもない。ただ虚しいだけ」
誰にともなくそう言うと聖菜はその場にへたり込んだ。
精魂尽き果てた激しい戦いであった。
「般若、ありがとう」
役目を終えた般若は再び式札へと姿を変えた。
「聖菜、大丈夫か?」
那由多の呼びかけに「ええ、何とか」と答えるのが精一杯であった。
さすがに自力で帰るのがきつく、零と麻里奈を電話で呼んで来てもらう事となった。
三十分ほどして零と麻里奈が迎えに来て、疲労困憊の聖菜を見て驚くのだった。
「聖菜さん、その腕の怪我。。大丈夫ですか?」
「零、麻里奈。来てくれて助かったよ」
「私たちは必ず助けに来ますから困った時はいつでも頼って下さいね」
「ありがとう。麻里奈」
聖菜は零と麻里奈に抱えられながら神社へと帰宅した。
「これは。。」
目が覚めると明日香は自分の身体を不思議そうな目で見ていた。
「私は死んだんじゃなかったの」
部屋の中でベッドに寝ていた明日香は、これまで起きた事は夢。そう思っていた。
しかし翌日出社すると同僚のほとんどが通り魔殺人の被害で亡くなったと聞いて青ざめる。
「あれは夢じゃなかったの。。私。。とんでもない事をしてしまった」
警察に自首しようと考えた明日香はお昼で早退して近くの交番へと向かうために会社の出入り口まで来ると、目の前に聖菜が立っていた。
「あなたは。。」
「一度死んでやり直しの人生の気分はどう?」
「一度死んで。。」
「私が殺したのはあなたの心の闇の部分。昨日までの自分に別れを告げて今日から新しい西巻明日香として生きる事ね」
「私はたくさんの人を殺してしまった。その償いをするために自首するつもりです」
「無駄よ。あれは幽体離脱した霊がやった事。自首したところで証拠が何もないからまともに取り合ってもらえず帰されるだけ」
「でも。。」
「死んだ人たちは自分のまいた種を回収しただけの事。天罰と思えばいいよ」
そうは言われても明日香はやはり心が晴れないのだった。
「まあ、気にやむのは仕方ないわね。あなた次第だけど償いをすると言うのならご自由にすればいい。私はこれであなたと会う事はないと思うから」
「あ、あの。。ありがとうございます」
「お礼を言われる筋合いはないわ。私はもう一人のあなたを殺したんだから」
聖菜はそれだけ言うと明日香の前から立ち去った。
「昨日までと違う私。。」
明日香は自分の身体に何か新しい力が芽生えた事を感じていた。
自分の両手をしばらく見つめながら考える。
やってしまった事は取り返しがつかない。
ならば私は私に出来る償いをこれからやっていこう。
そう思うのだった。
「人間社会には少なからず差別が存在する。差別されている者はその辛さを押し殺して日々を過ごしている。私だってこんな力がなかったら。。」
聖菜はぐっと拳を握りしめた。
目をつぶると見える白黒の太陰対極のような模様に呪文のような文字。
聖菜の不思議な力の源と呼べるものかも知れないが、彼女にはそれは鬱陶しいだけであった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
声を聞いた
江木 三十四
ミステリー
地方都市で起きた殺人事件。偶然事件に巻き込まれた女性占い師みさと。犯人を追う益子君と福田君という幼なじみの刑事コンビ。みさとは自分の占いに導かれ、2人の刑事は職務と正義感に従い犯人を追いつめていく。
黙秘 両親を殺害した息子
のせ しげる
ミステリー
岐阜県郡上市で、ひとり息子が義理の両親を刺殺する事件が発生した。
現場で逮捕された息子の健一は、取り調べから黙秘を続け動機が判然としないまま、勾留延長された末に起訴された。
弁護の依頼を受けた、桜井法律事務所の廣田は、過失致死罪で弁護をしようとするのだが、健一は、何も話さないまま裁判が始まった。そして、被告人の健一は、公判の冒頭の人定質問より黙秘してしまう……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる