彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第四章 空と大地の交差

4‐19

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 部屋を出て階段を降りて、エントランスを通って庭へと出る。

 その辺りでようやく、ヨハンは口を開いた。


「いいのか?」

「なにが?」


 クラウディアは今気づいて、握っていたヨハンの手を放す。


「船を出してくれると言う話だ」

「ああ。そんなこと」


 前を歩いていたクラウディアはくるりと振り返り、悪戯っぽい笑顔でヨハンを上目遣いに見上げた。


「やっぱ嘘って言ったら、どうする?」

「……どうもこうも」


 以前の自分ならどうしていただろうか?

 波風を立てず失った力を認められず、管理するような有り様で。きっと利口そうな言葉を選んで、無駄な遠回りをしようとしていたことだろう。

 だけど、今は違う。


「頼みこむだけだ。船を出せるのがお前達しかいないのなら」

「それでも駄目なら?」

「無理矢理にでも一隻奪って行く」

「……ふーん」


 それを聞いて何か満足したのか、クラウディアは背を向けて歩きはじめる。

 彼女が向かった先には、恐らくここに来るのに使ったであろう馬車が一台。幌が取りつけられた座席部分からは片目を覆う、蒼銀色の髪をした少女がクラウディアを見つけて手を振っていた。

 クラウディアを先頭に馬車を乗り込むと、行く先を告げる間もなく走り出す。

 クラウディアともう一人の少女が隣同士に座り、向かい合わせになる形でヨハンが座る。


「はじめまして。わたしはクラウディアさんの武装商船団の副官で、ラニーニャと申します。こう見えてもエトランゼなんですよ」


 すらりとした体系の少女は、そう言って自分の胸に優雅な仕草で掌を当てた。


「ヨハンだ。一応は、イシュトナルでエレオノーラ姫の副官のような仕事をしている」

「ええ、存じていますよ。エレオノーラ王女と共にイシュトナルを奪取し、そこに自治区を築いて辣腕を振るっているらしいですね。他にも突然目覚めた御使いとの戦いでも最大限の功労を収めたとか」

「辣腕かはどうかは判らないがな。やれることをやっているだけだ」

「御使いの件に関しては?」

「俺は大したことをしていない」

「ふーん。……では、一体誰がそれだけ強大な力を持つ存在を倒すことができたのでしょうね? まさか、みんなの協力が成せた技、とは言えないでしょう?」


 先回りで言葉を封じられて、ヨハンは一度押し黙った。

 ラニーニャの表情は笑顔だが、その裏にどのような考えがあるのかを読み取ることはできそうにない。


「小さな英雄、カナタちゃんは光の剣を振るらしいですね」

「……そうだな。で、それがどうかしたか?」

「いいえ。どうしてそんな少女が海賊に協力し、今は捕まっているのか心当たりがないのかと思いまして」

「あいつが何を考えているかまでは俺は理解できないさ。それについ最近まで行方不明になっていたんだぞ」

「管理不行き届き、だったのでは? それだけの力を持つ少女を手元に置かない理由が何か?」

「……今会ったばかりの奴に答える必要はないと思うが」

「ちなみに噂によると、ヨハンさん随分と女性関係にだらしないみたいですし。その辺りで何か……怒っちゃいました?」


 ヨハンの表情が変わったのを目ざとく察して、ラニーニャは追及を一度取りやめる。

 一方のヨハンは、傍から見ている分には判らないが、別段彼女に対して怒りを抱いたわけではない。


「いや。以前もそんな話をされたからな。少し自分の生活を改める必要があると思ったんだ」

「あらら。意外とメンタルよわよわですね」

「女性関係とは無縁だったからな。いきなりそんな噂を立てられて戸惑っている」

「嫌ではないと?」

「モテるという話が広まっているなら、光栄なことだ。……現実とのギャップを考えれば寂しいものがあるが」

「なるほどなるほど。クラウディアさん。この人、結構当たりです。三割ぐらいは信用できますよ」

「ふぇ?」


 話に入れないことで退屈して、窓から外を眺めていたクラウディアは、突然話を振られて間抜けな声でこちらに顔を向ける。


「そうなの? アタシとしてはもう充分だったんだけど」

「クラウディアさんは警戒心がなさ過ぎです。そんなんだから……」

「お説教はなしで行こうよ。だってよっちゃんは自分の仕事よりも女の子を優先してるんでしょ? アタシ的にはその辺り、気に入ったよ」

「いや、それは幾ら何でも警戒心低すぎでしょう」

「前に海に分投げた官吏は何かというと貴族だとか、ヘルフリートがどうとか言ってたしさー。そう言うのがないのも、うん、好感触だね」

「ハードル低すぎませんか?」

「いいのいいの。それにこれから一緒に海に出る仲間なんだしさ。……気に入らなかったらそこで放り捨てればいいだけだし」


 と、最後にきちんと小声で怖いことを付け加えるあたり、彼女も相当なものだ。


「……信用してもらえたようで何よりだ。それで、そろそろ作戦を考えるためにこちらの戦力を知りたいんだが」

「ちょっと待ってね。ほら」


 クラウディアが指を伸ばして窓の外を指し示すと、いつの間にか馬車は街中を通り抜けて、港へとやって来ていた。

 倉庫が立ち並ぶ港の一区画。そこにあったのは波止場に繋がれた一台の帆船。

 三本のマストが立ったキャラベル船は、そこに輝かしい一つの旗を風に靡かせながら、威風堂々と浮かんでいた。


「出せる船はこの一隻。アタシの船さ」

「その名はトルエノ・エスパーダ。このラニーニャさんが名付けたのです! 格好いいでしょう!」

「いや、まぁ……。一隻だけか?」

「武装商船団って言ってもやっぱり他の船を出すにはパパの許可とか、船員に払う給料とかの相談が必要になるしね。ましてやアタシ達の個人的な事情だし……」


 出てきた時の雰囲気から言って、今から戻ってそんな話をできる雰囲気ではないだろう。それに未だにオルタリアかイシュトナルかで悩んでいるマルクが、私財と人員を導入してヨハンのために海賊と戦ってくれる理由はない。


「おやおやクラウディアさん。こちらの殿方は、ハーフェンで最も海賊を打ち取ったトルエノ・エスパーダとその乗組員、そしてその船の船長と副船長であり、海の女神もかくやと言わんばかりの美貌を持つ二人を持ってしても不満と申していますよ」

「誰も不満とは言っていないが」

「もう。ノリが悪いですね。作戦会議をするのならば、まずはお互いの戦力を把握してからでしょう。お食事でもして、軽く自己紹介をしてからと参りましょう」


 ラニーニャの言葉に誤りはない。焦っても事を仕損じるだけだ。

 そう考えたヨハンは、特に反論もせずに停止した馬車から降りていく。


「ラニーニャ、なんか元気だね?」

「……なんか、わくわくしませんか?」

「わくわく?」


 先を歩くヨハンの背中越しに、広い海が見える。

 これまで幾度も船を出し、時には戦って傷つき、時にはその恵みを享受した偉大なる青い世界。


「海賊と、イシュトナルからの使者と……。あの女の子。何かが変わるような、そんな予感がするんです」

「予感かぁ……。うん、アタシもちょっとだけ、判るかも」

「でしょう?」


 大海賊ベアトリスとの戦い。

 それは船乗り達にとっては恐怖以外の何でもないはずなのに、この勇敢な女船乗り二人はそれ以外の高揚を感じていた。

 それだけの女が、大海賊が自分達を名指しで指定した。

 その事実だけが、今は彼女達を海へ駆り立てる。海賊であろうとそうでなくても関係ない。

 未知へと、雄大なものへの挑戦は、海で生きる者達の魂を躍らせる。そう言うものだ。
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