83 / 178
第二章 魔法使いの追憶
2‐27
しおりを挟む
いつの間にか空は夕焼け。煉瓦造りの屋根の上を、少女を乗せた箒はゆっくりと飛んでいく。
アーデルハイトにどんな意図があってその速度で飛んでいるのか、カナタには判らない。
ただ、なんとなく後ろから見えるその背中は、カナタに話を聞いてほしそうにしていると、そう思えた。
「素直になればいいのに」
「……なんの話よ」
「ヨハンさんのこと。そんなに深刻に怒ってるわけじゃないんでしょ?」
「貴方に何が判るの?」
言いながらも箒の速度は変わらない。優しく、カナタがしがみつかなくても振り落とされない程度の速度で、王都上空をゆっくりと飛行していた。
眼下には帰り支度をする人々、手を繋いで買い物をする母子。食料品を全て売り捌くために声を張り上げる商人。
多くの人が、平和な生活を過ごしていた。
「いやぁ、判るよ。うん、なんとなくだけど」
「……どうして?」
「友達とか家族と喧嘩しちゃったりするとさ、なんか素直に謝れないんだよね。冷静に考えると別にどっちが悪いってわけじゃないんだけどさ。……そう言うときってだいたい、『どっちも』悪いんだけどね」
「この怒りに対してわたしに落ち度はないわ」
「理由教えてくれなきゃ判らないよ」
カナタは苦笑する。そのアーデルハイトの姿は、完全に拗ねた子供そのものだった。
箒の高度が上昇する。
下からの音が遠ざかり、代わりに風の音が一際強くなった。
それはまるで、アーデルハイトが他の誰にも聞こえないようにそうしたようだった。今までの高さでも下に聞こえることは絶対にないのだが、それでも彼女にとっては足りなかったのだろう。
「ずっと、待っていたの」
懐かしむような声。
しかし、そこには確かな怒りや悲しみが込められている。
「彼が旅立ったとき、辛かった。連れていって欲しいって泣いて頼んだけど、お前には無理だと言われて諦めた。だからわたしは、足りないって自分に言い聞かせて、いつか一緒に並び立てるようになりたくて、魔法学院で学んだわ。一切の妥協を許さずに、全身全霊で」
それから、アーデルハイトは自嘲する。
「そうしたら天才とか、神童とか呼ばれてね。あまりにも興味なかったから無視してたらやっかみの対象になって、あんな感じよ」
「よしよし」
「頭を撫でないで」
「いやー。いい子だなぁって思って」
「話はこれで終わりね。それじゃあここから落とすから、頑張って家に帰りなさい」
「酷い! 続き聞かせてよ!」
落ちるものかとぐっとアーデルハイトの細い腰にしがみつく。
「帰ってきていることは知っていたの。……風の噂で、失敗したことも。でもそれから数年間、彼はこっちに一切の連絡を取ってこなかった。きっと彼の中でわたしに価値なんかなくて、思い出したくもない過去の一つになっていたのね」
二度目の自嘲の声は先程よりも遥かに重苦しく、自分を誤魔化そうとしながらも全くそれができていない。
その声は小さな涙声になっていた。
「そんなわけないじゃん」
「なら、貴方は何か知っている? 彼と一緒にいた貴方は彼がわたしについて何か言っていたりとか」
「いや、ないけどさ」
「……ほらね」
「違う違う。アーデルハイト間違っているよ。うん、いやこれヨハンさんも大概なんだけどさ、アーデルハイトも正直ちょっとどうかと思うよ」
「なにを……!」
激高しそうになるアーデルハイトを抑えつけるように箒の上で器用に態勢を変えたカナタは、横座りをして自分の肩をアーデルハイトの背中に強く押し付ける。
間近に感じる体温が、逆立ってた彼女の神経を落ち着けた。
「だってそういう人じゃん、ヨハンさん。ボクがヨハンさんと一緒に暮らしてて、それから独り立ちしたときも一度も向こうからは連絡なんてくれなかったしね。でもこっちから行くと、嫌そうな顔しながら珈琲入れてくれるし」
「家族のような関係だったのよ? 少なくともわたしはそう思ってた」
「いや、だからさ」
聞き分けのない子供を諭すように、ゆっくりと。
「家族ってそんなもんでしょ。何かあったら頼る。けど不必要に干渉しない。会いたかったら自分で行けばよかったのに」
何の捻りもない、当たり前の結論。
アーデルハイトが辿り付けなかった――正確には辿り付いたが、何かと理由を付けて拒否していた――その答えを、はっきりとカナタは口にした。
「気に入らないわ」
「ほんとのこと言われたからって怒んないでよー。ねえねえ」
つんつんと頬をつつく。
「うわ、頬っぺた柔らか……」
今度は調子に乗って引っ張りはじめた。アーデルハイトを論破したので、カナタの判定勝ちと勝手に決めつけて。
「ねえねえ、仲直りしちゃいなよー」
「……はん、ひ、」
頬を伸ばされてちゃんと発音できないながらも、それが何かのカウントダウンであることは理解できた。
嫌な予感がして、カナタは即座に手を離すと、態勢を変えてアーデルハイトの腰に思いっきりしがみつく。
「一。ゼロ」
「うえあえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!」
夕焼けの空に、カナタの悲鳴が木霊する。
アーデルハイトの箒は一気に高度を落とし、建物の間を高速で飛行。看板や洗濯物を干すためのロープに引っかかりそうになりながらも、それを通り抜ける。
それから今度は急上昇。そして急降下。
また低空飛行から高高度へと上昇。
ジェットコースターのような軌道を描き、自由に空をぐるぐると飛びまわる。
天地がひっくり返り、自分が今何処にいるのかも判らない。
景色を楽しむ余裕などはなく、ただただ振り回されて悲鳴を上げることしかカナタには許されなかった。
ただ、風を切る感覚が心地よい。
天高く舞い上がる身体は軽く、まるで自分が風になったかのようだった。
余りにも乱暴な空のドライブを強制的に堪能させられてから、二人を乗せた箒はいつの間にかそれまでいた場所とは随分と遠くでゆっくりと速度を落とした。
「あのさ」
「なに?」
「幾らボクに言い負かされたからって、強制的に黙らせるのは酷いと思うよ」
反論を許さず、くるりと箒が一回転。カナタはまたも驚いてアーデルハイトに掴まった。
「その話はお終いよ。わたしに落ち度があったことは百歩譲って認めても、やっぱり彼のことを許せないもの」
「うわ、強情……。っていうかめんどくさい」
「なら放っておけばいいのに」
「いやー、それができないんだよね。なんか昔の友達に似ててさ。その子もアーデルハイトみたいに細かいことでぐちぐち言うし、強情だし、喧嘩すると絶対向こうから謝ってこないし。後、ボク達以外に友達がいないところも一緒」
「……わたしの貴方の友達の代替品にしないで欲しいのだけど?」
冷ややかな言葉で拒絶するアーデルハイトだが、カナタは全く気にした様子もない。
何故なら、彼女がそう語る理由もよく知っているから。勿論、それは黙っておくが。
「うん。知ってるよ。だってアーデルハイトとその子は違う人だし。違う、友達だよ」
箒が空中で止まる。
「わたしにも選ぶ権利はあるわ」
「いや、ないよ」
理屈にもなっていない言葉に、アーデルハイトはそれ以上の反論をしなかった。そこに込められた感情が諦めか、それともまた異なる何かなのか。
背中から表情を見ることのできないカナタには判断できなかったが、特に気にも留めない。
「だからさー。ちゃんと学校行って卒業したら、ボク達のところ来ようよ。ヨハンさんと仲直りしてさ」
「残念だけど、それは無理ね」
「なんで?」
「卒業後のことに関しては、わたしに選択権は殆どないわ。オルタリアにとって魔法使いは重要だもの。生活と安全と、それから名誉は保証されるけど自由はない」
考えて見ればそれは当然のことで。
長い時間と投資の末に手に入れた魔法使いという戦力を、手放す理由はない。
自由に教育を受けるのではなく、教育の代償として自由が失われる。
カナタからすればそれは全く理解できないが、アーデルハイトや他の多くの魔法使いの卵達からすれば当然のこと。
誰でも望むままに教育を受けて、それを放棄してもいい自由などは存在しない。
「大丈夫よ。成績はいいもの。きっと研究者か、お爺様の後を継いで宮廷魔術師になるのかも知れないし……。そうして、そのうちに誰かと結婚して、幸せに暮らすわ」
自分に言い聞かせるように、そう言葉を結んだ。
「……そっか」
それは寂しいものだが、カナタは我が儘を言わない。
ただそれは、アーデルハイトの表情が見えなかったから。
もし仮にここが箒の上でなく、アーデルハイトの顔を正面から見れる場所で喋っていたとしたのなら。
その全てを諦めたような、寂しげな顔を見たカナタは、いつも通りに後先を考えずに彼女を手を引いて走りだしていただろう。
いつの間にか二人は魔法学院の上空をゆっくりと回遊していた。
その象徴ともなっている高い時計塔が、二人を覆うようにすぐ傍に聳えている。
既に辺りは暗く、遅くまで残っていた生徒達も寮へと姿を消していく。灯りの消えた学院の研究棟は昼間までとは全然違い、不気味な静けさに満ちていた。
「……ねえ、あれなにかな?」
偶然下を見たカナタの目に留まったのは、ろくに明かりもないなか学院内を歩いていく複数人の姿だった。
アーデルハイトもそれに習ってその方向を見て、不思議そうな顔をする。
好奇心に突き動かされた二人は、どちらから示し合わせるまでもなく、箒で彼等の傍に着地する。
できるだけ音を立てないように建物の影に降りてから、その人物達を確認する。
恰幅の良い、老年の男性に案内されて金髪の男が先を進む。その周囲には護衛と思しき黒装束の男達が数人付き従っていた。
「あれ、王様だよね?」
忘れるわけもない。その金髪の男はカナタと初対面で鼻で笑い、一秒も会話せずに退室を命じたこの国の王、ヘルフリートだった。
「一緒にいるのは学院長ね」
老年の男はぺこぺこと頭を下げながら、ヘルフリートを宥めるように先を案内する。
ここからでは会話も表情も読み取ることはできないが、こんな時間に王と魔法学院の長が、その学内で人目を忍ぶように会うのはどう考えても奇妙だった。
「どうしよう……? 後を追った方がいいのかな?」
「やめておいた方がいいわ。護衛も連れているし、少なくとも二人で敵う相手ではなさそうよ」
「でも、あれって絶対悪いことしてるよね?」
「……そうとは限らないけど」
断定はしないが、ほぼその方向で間違いないとアーデルハイトも踏んでいた。
学院内では何かが行われている。それが先日のキメラの件に関わりがあるかはまだ判らないが。
「取り敢えず、今日のところは戻りましょう。カナタ、貴方はこのことを彼に報告して」
「ヨハンさんだよね。うん、判った」
横に倒した箒に乗り込むと、二人の身体は浮かび上がり、夜空へと消えていった。
アーデルハイトにどんな意図があってその速度で飛んでいるのか、カナタには判らない。
ただ、なんとなく後ろから見えるその背中は、カナタに話を聞いてほしそうにしていると、そう思えた。
「素直になればいいのに」
「……なんの話よ」
「ヨハンさんのこと。そんなに深刻に怒ってるわけじゃないんでしょ?」
「貴方に何が判るの?」
言いながらも箒の速度は変わらない。優しく、カナタがしがみつかなくても振り落とされない程度の速度で、王都上空をゆっくりと飛行していた。
眼下には帰り支度をする人々、手を繋いで買い物をする母子。食料品を全て売り捌くために声を張り上げる商人。
多くの人が、平和な生活を過ごしていた。
「いやぁ、判るよ。うん、なんとなくだけど」
「……どうして?」
「友達とか家族と喧嘩しちゃったりするとさ、なんか素直に謝れないんだよね。冷静に考えると別にどっちが悪いってわけじゃないんだけどさ。……そう言うときってだいたい、『どっちも』悪いんだけどね」
「この怒りに対してわたしに落ち度はないわ」
「理由教えてくれなきゃ判らないよ」
カナタは苦笑する。そのアーデルハイトの姿は、完全に拗ねた子供そのものだった。
箒の高度が上昇する。
下からの音が遠ざかり、代わりに風の音が一際強くなった。
それはまるで、アーデルハイトが他の誰にも聞こえないようにそうしたようだった。今までの高さでも下に聞こえることは絶対にないのだが、それでも彼女にとっては足りなかったのだろう。
「ずっと、待っていたの」
懐かしむような声。
しかし、そこには確かな怒りや悲しみが込められている。
「彼が旅立ったとき、辛かった。連れていって欲しいって泣いて頼んだけど、お前には無理だと言われて諦めた。だからわたしは、足りないって自分に言い聞かせて、いつか一緒に並び立てるようになりたくて、魔法学院で学んだわ。一切の妥協を許さずに、全身全霊で」
それから、アーデルハイトは自嘲する。
「そうしたら天才とか、神童とか呼ばれてね。あまりにも興味なかったから無視してたらやっかみの対象になって、あんな感じよ」
「よしよし」
「頭を撫でないで」
「いやー。いい子だなぁって思って」
「話はこれで終わりね。それじゃあここから落とすから、頑張って家に帰りなさい」
「酷い! 続き聞かせてよ!」
落ちるものかとぐっとアーデルハイトの細い腰にしがみつく。
「帰ってきていることは知っていたの。……風の噂で、失敗したことも。でもそれから数年間、彼はこっちに一切の連絡を取ってこなかった。きっと彼の中でわたしに価値なんかなくて、思い出したくもない過去の一つになっていたのね」
二度目の自嘲の声は先程よりも遥かに重苦しく、自分を誤魔化そうとしながらも全くそれができていない。
その声は小さな涙声になっていた。
「そんなわけないじゃん」
「なら、貴方は何か知っている? 彼と一緒にいた貴方は彼がわたしについて何か言っていたりとか」
「いや、ないけどさ」
「……ほらね」
「違う違う。アーデルハイト間違っているよ。うん、いやこれヨハンさんも大概なんだけどさ、アーデルハイトも正直ちょっとどうかと思うよ」
「なにを……!」
激高しそうになるアーデルハイトを抑えつけるように箒の上で器用に態勢を変えたカナタは、横座りをして自分の肩をアーデルハイトの背中に強く押し付ける。
間近に感じる体温が、逆立ってた彼女の神経を落ち着けた。
「だってそういう人じゃん、ヨハンさん。ボクがヨハンさんと一緒に暮らしてて、それから独り立ちしたときも一度も向こうからは連絡なんてくれなかったしね。でもこっちから行くと、嫌そうな顔しながら珈琲入れてくれるし」
「家族のような関係だったのよ? 少なくともわたしはそう思ってた」
「いや、だからさ」
聞き分けのない子供を諭すように、ゆっくりと。
「家族ってそんなもんでしょ。何かあったら頼る。けど不必要に干渉しない。会いたかったら自分で行けばよかったのに」
何の捻りもない、当たり前の結論。
アーデルハイトが辿り付けなかった――正確には辿り付いたが、何かと理由を付けて拒否していた――その答えを、はっきりとカナタは口にした。
「気に入らないわ」
「ほんとのこと言われたからって怒んないでよー。ねえねえ」
つんつんと頬をつつく。
「うわ、頬っぺた柔らか……」
今度は調子に乗って引っ張りはじめた。アーデルハイトを論破したので、カナタの判定勝ちと勝手に決めつけて。
「ねえねえ、仲直りしちゃいなよー」
「……はん、ひ、」
頬を伸ばされてちゃんと発音できないながらも、それが何かのカウントダウンであることは理解できた。
嫌な予感がして、カナタは即座に手を離すと、態勢を変えてアーデルハイトの腰に思いっきりしがみつく。
「一。ゼロ」
「うえあえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!」
夕焼けの空に、カナタの悲鳴が木霊する。
アーデルハイトの箒は一気に高度を落とし、建物の間を高速で飛行。看板や洗濯物を干すためのロープに引っかかりそうになりながらも、それを通り抜ける。
それから今度は急上昇。そして急降下。
また低空飛行から高高度へと上昇。
ジェットコースターのような軌道を描き、自由に空をぐるぐると飛びまわる。
天地がひっくり返り、自分が今何処にいるのかも判らない。
景色を楽しむ余裕などはなく、ただただ振り回されて悲鳴を上げることしかカナタには許されなかった。
ただ、風を切る感覚が心地よい。
天高く舞い上がる身体は軽く、まるで自分が風になったかのようだった。
余りにも乱暴な空のドライブを強制的に堪能させられてから、二人を乗せた箒はいつの間にかそれまでいた場所とは随分と遠くでゆっくりと速度を落とした。
「あのさ」
「なに?」
「幾らボクに言い負かされたからって、強制的に黙らせるのは酷いと思うよ」
反論を許さず、くるりと箒が一回転。カナタはまたも驚いてアーデルハイトに掴まった。
「その話はお終いよ。わたしに落ち度があったことは百歩譲って認めても、やっぱり彼のことを許せないもの」
「うわ、強情……。っていうかめんどくさい」
「なら放っておけばいいのに」
「いやー、それができないんだよね。なんか昔の友達に似ててさ。その子もアーデルハイトみたいに細かいことでぐちぐち言うし、強情だし、喧嘩すると絶対向こうから謝ってこないし。後、ボク達以外に友達がいないところも一緒」
「……わたしの貴方の友達の代替品にしないで欲しいのだけど?」
冷ややかな言葉で拒絶するアーデルハイトだが、カナタは全く気にした様子もない。
何故なら、彼女がそう語る理由もよく知っているから。勿論、それは黙っておくが。
「うん。知ってるよ。だってアーデルハイトとその子は違う人だし。違う、友達だよ」
箒が空中で止まる。
「わたしにも選ぶ権利はあるわ」
「いや、ないよ」
理屈にもなっていない言葉に、アーデルハイトはそれ以上の反論をしなかった。そこに込められた感情が諦めか、それともまた異なる何かなのか。
背中から表情を見ることのできないカナタには判断できなかったが、特に気にも留めない。
「だからさー。ちゃんと学校行って卒業したら、ボク達のところ来ようよ。ヨハンさんと仲直りしてさ」
「残念だけど、それは無理ね」
「なんで?」
「卒業後のことに関しては、わたしに選択権は殆どないわ。オルタリアにとって魔法使いは重要だもの。生活と安全と、それから名誉は保証されるけど自由はない」
考えて見ればそれは当然のことで。
長い時間と投資の末に手に入れた魔法使いという戦力を、手放す理由はない。
自由に教育を受けるのではなく、教育の代償として自由が失われる。
カナタからすればそれは全く理解できないが、アーデルハイトや他の多くの魔法使いの卵達からすれば当然のこと。
誰でも望むままに教育を受けて、それを放棄してもいい自由などは存在しない。
「大丈夫よ。成績はいいもの。きっと研究者か、お爺様の後を継いで宮廷魔術師になるのかも知れないし……。そうして、そのうちに誰かと結婚して、幸せに暮らすわ」
自分に言い聞かせるように、そう言葉を結んだ。
「……そっか」
それは寂しいものだが、カナタは我が儘を言わない。
ただそれは、アーデルハイトの表情が見えなかったから。
もし仮にここが箒の上でなく、アーデルハイトの顔を正面から見れる場所で喋っていたとしたのなら。
その全てを諦めたような、寂しげな顔を見たカナタは、いつも通りに後先を考えずに彼女を手を引いて走りだしていただろう。
いつの間にか二人は魔法学院の上空をゆっくりと回遊していた。
その象徴ともなっている高い時計塔が、二人を覆うようにすぐ傍に聳えている。
既に辺りは暗く、遅くまで残っていた生徒達も寮へと姿を消していく。灯りの消えた学院の研究棟は昼間までとは全然違い、不気味な静けさに満ちていた。
「……ねえ、あれなにかな?」
偶然下を見たカナタの目に留まったのは、ろくに明かりもないなか学院内を歩いていく複数人の姿だった。
アーデルハイトもそれに習ってその方向を見て、不思議そうな顔をする。
好奇心に突き動かされた二人は、どちらから示し合わせるまでもなく、箒で彼等の傍に着地する。
できるだけ音を立てないように建物の影に降りてから、その人物達を確認する。
恰幅の良い、老年の男性に案内されて金髪の男が先を進む。その周囲には護衛と思しき黒装束の男達が数人付き従っていた。
「あれ、王様だよね?」
忘れるわけもない。その金髪の男はカナタと初対面で鼻で笑い、一秒も会話せずに退室を命じたこの国の王、ヘルフリートだった。
「一緒にいるのは学院長ね」
老年の男はぺこぺこと頭を下げながら、ヘルフリートを宥めるように先を案内する。
ここからでは会話も表情も読み取ることはできないが、こんな時間に王と魔法学院の長が、その学内で人目を忍ぶように会うのはどう考えても奇妙だった。
「どうしよう……? 後を追った方がいいのかな?」
「やめておいた方がいいわ。護衛も連れているし、少なくとも二人で敵う相手ではなさそうよ」
「でも、あれって絶対悪いことしてるよね?」
「……そうとは限らないけど」
断定はしないが、ほぼその方向で間違いないとアーデルハイトも踏んでいた。
学院内では何かが行われている。それが先日のキメラの件に関わりがあるかはまだ判らないが。
「取り敢えず、今日のところは戻りましょう。カナタ、貴方はこのことを彼に報告して」
「ヨハンさんだよね。うん、判った」
横に倒した箒に乗り込むと、二人の身体は浮かび上がり、夜空へと消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
異世界転移魔方陣をネットオークションで買って行ってみたら、日本に帰れなくなった件。
蛇崩 通
ファンタジー
ネットオークションに、異世界転移魔方陣が出品されていた。
三千円で。
二枚入り。
手製のガイドブック『異世界の歩き方』付き。
ガイドブックには、異世界会話集も収録。
出品商品の説明文には、「魔力が充分にあれば、異世界に行けます」とあった。
おもしろそうなので、買ってみた。
使ってみた。
帰れなくなった。日本に。
魔力切れのようだ。
しかたがないので、異世界で魔法の勉強をすることにした。
それなのに……
気がついたら、魔王軍と戦うことに。
はたして、日本に無事戻れるのか?
<第1章の主な内容>
王立魔法学園南校で授業を受けていたら、クラスまるごと徴兵されてしまった。
魔王軍が、王都まで迫ったからだ。
同じクラスは、女生徒ばかり。
毒薔薇姫、毒蛇姫、サソリ姫など、毒はあるけど魔法はからっきしの美少女ばかり。
ベテラン騎士も兵士たちも、あっという間にアース・ドラゴンに喰われてしまった。
しかたがない。ぼくが戦うか。
<第2章の主な内容>
救援要請が来た。南城壁を守る氷姫から。彼女は、王立魔法学園北校が誇る三大魔法剣姫の一人。氷結魔法剣を持つ魔法姫騎士だ。
さっそく救援に行くと、氷姫たち守備隊は、アース・ドラゴンの大軍に包囲され、絶体絶命の窮地だった。
どう救出する?
<第3章の主な内容>
南城壁第十六砦の屋上では、三大魔法剣姫が、そろい踏みをしていた。氷結魔法剣の使い手、氷姫。火炎魔法剣の炎姫。それに、雷鳴魔法剣の雷姫だ。
そこへ、魔王の娘にして、王都侵攻魔王軍の総司令官、炎龍王女がやって来た。三名の女魔族を率いて。交渉のためだ。だが、炎龍王女の要求内容は、常軌を逸していた。
交渉は、すぐに決裂。三大魔法剣姫と魔王の娘との激しいバトルが勃発する。
驚異的な再生能力を誇る女魔族たちに、三大魔法剣姫は苦戦するが……
<第4章の主な内容>
リリーシア王女が、魔王軍に拉致された。
明日の夜明けまでに王女を奪還しなければ、王都平民区の十万人の命が失われる。
なぜなら、兵力の減少に苦しむ王国騎士団は、王都外壁の放棄と、内壁への撤退を主張していた。それを拒否し、外壁での徹底抗戦を主張していたのが、臨時副司令官のリリーシア王女だったからだ。
三大魔法剣姫とトッキロたちは、王女を救出するため、深夜、魔王軍の野営陣地に侵入するが……
薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話のパート2、ここに開幕!
【ご注意】
・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。
なるべく読みやすいようには致しますが。
・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。
勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。
・所々挿し絵画像が入ります。
大丈夫でしたらそのままお進みください。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる