彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

2‐27

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 いつの間にか空は夕焼け。煉瓦造りの屋根の上を、少女を乗せた箒はゆっくりと飛んでいく。

 アーデルハイトにどんな意図があってその速度で飛んでいるのか、カナタには判らない。

 ただ、なんとなく後ろから見えるその背中は、カナタに話を聞いてほしそうにしていると、そう思えた。


「素直になればいいのに」

「……なんの話よ」

「ヨハンさんのこと。そんなに深刻に怒ってるわけじゃないんでしょ?」

「貴方に何が判るの?」


 言いながらも箒の速度は変わらない。優しく、カナタがしがみつかなくても振り落とされない程度の速度で、王都上空をゆっくりと飛行していた。

 眼下には帰り支度をする人々、手を繋いで買い物をする母子。食料品を全て売り捌くために声を張り上げる商人。

 多くの人が、平和な生活を過ごしていた。


「いやぁ、判るよ。うん、なんとなくだけど」

「……どうして?」

「友達とか家族と喧嘩しちゃったりするとさ、なんか素直に謝れないんだよね。冷静に考えると別にどっちが悪いってわけじゃないんだけどさ。……そう言うときってだいたい、『どっちも』悪いんだけどね」

「この怒りに対してわたしに落ち度はないわ」

「理由教えてくれなきゃ判らないよ」


 カナタは苦笑する。そのアーデルハイトの姿は、完全に拗ねた子供そのものだった。

 箒の高度が上昇する。

 下からの音が遠ざかり、代わりに風の音が一際強くなった。

 それはまるで、アーデルハイトが他の誰にも聞こえないようにそうしたようだった。今までの高さでも下に聞こえることは絶対にないのだが、それでも彼女にとっては足りなかったのだろう。


「ずっと、待っていたの」


 懐かしむような声。

 しかし、そこには確かな怒りや悲しみが込められている。


「彼が旅立ったとき、辛かった。連れていって欲しいって泣いて頼んだけど、お前には無理だと言われて諦めた。だからわたしは、足りないって自分に言い聞かせて、いつか一緒に並び立てるようになりたくて、魔法学院で学んだわ。一切の妥協を許さずに、全身全霊で」


 それから、アーデルハイトは自嘲する。


「そうしたら天才とか、神童とか呼ばれてね。あまりにも興味なかったから無視してたらやっかみの対象になって、あんな感じよ」

「よしよし」

「頭を撫でないで」

「いやー。いい子だなぁって思って」

「話はこれで終わりね。それじゃあここから落とすから、頑張って家に帰りなさい」

「酷い! 続き聞かせてよ!」


 落ちるものかとぐっとアーデルハイトの細い腰にしがみつく。


「帰ってきていることは知っていたの。……風の噂で、失敗したことも。でもそれから数年間、彼はこっちに一切の連絡を取ってこなかった。きっと彼の中でわたしに価値なんかなくて、思い出したくもない過去の一つになっていたのね」


 二度目の自嘲の声は先程よりも遥かに重苦しく、自分を誤魔化そうとしながらも全くそれができていない。

 その声は小さな涙声になっていた。


「そんなわけないじゃん」

「なら、貴方は何か知っている? 彼と一緒にいた貴方は彼がわたしについて何か言っていたりとか」

「いや、ないけどさ」

「……ほらね」

「違う違う。アーデルハイト間違っているよ。うん、いやこれヨハンさんも大概なんだけどさ、アーデルハイトも正直ちょっとどうかと思うよ」

「なにを……!」


 激高しそうになるアーデルハイトを抑えつけるように箒の上で器用に態勢を変えたカナタは、横座りをして自分の肩をアーデルハイトの背中に強く押し付ける。

 間近に感じる体温が、逆立ってた彼女の神経を落ち着けた。


「だってそういう人じゃん、ヨハンさん。ボクがヨハンさんと一緒に暮らしてて、それから独り立ちしたときも一度も向こうからは連絡なんてくれなかったしね。でもこっちから行くと、嫌そうな顔しながら珈琲入れてくれるし」

「家族のような関係だったのよ? 少なくともわたしはそう思ってた」

「いや、だからさ」


 聞き分けのない子供を諭すように、ゆっくりと。


「家族ってそんなもんでしょ。何かあったら頼る。けど不必要に干渉しない。会いたかったら自分で行けばよかったのに」


 何の捻りもない、当たり前の結論。

 アーデルハイトが辿り付けなかった――正確には辿り付いたが、何かと理由を付けて拒否していた――その答えを、はっきりとカナタは口にした。


「気に入らないわ」

「ほんとのこと言われたからって怒んないでよー。ねえねえ」


 つんつんと頬をつつく。


「うわ、頬っぺた柔らか……」


 今度は調子に乗って引っ張りはじめた。アーデルハイトを論破したので、カナタの判定勝ちと勝手に決めつけて。


「ねえねえ、仲直りしちゃいなよー」

「……はん、ひ、」


 頬を伸ばされてちゃんと発音できないながらも、それが何かのカウントダウンであることは理解できた。

 嫌な予感がして、カナタは即座に手を離すと、態勢を変えてアーデルハイトの腰に思いっきりしがみつく。


「一。ゼロ」

「うえあえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!」


 夕焼けの空に、カナタの悲鳴が木霊する。

 アーデルハイトの箒は一気に高度を落とし、建物の間を高速で飛行。看板や洗濯物を干すためのロープに引っかかりそうになりながらも、それを通り抜ける。

 それから今度は急上昇。そして急降下。

 また低空飛行から高高度へと上昇。

 ジェットコースターのような軌道を描き、自由に空をぐるぐると飛びまわる。

 天地がひっくり返り、自分が今何処にいるのかも判らない。

 景色を楽しむ余裕などはなく、ただただ振り回されて悲鳴を上げることしかカナタには許されなかった。

 ただ、風を切る感覚が心地よい。

 天高く舞い上がる身体は軽く、まるで自分が風になったかのようだった。

 余りにも乱暴な空のドライブを強制的に堪能させられてから、二人を乗せた箒はいつの間にかそれまでいた場所とは随分と遠くでゆっくりと速度を落とした。


「あのさ」

「なに?」

「幾らボクに言い負かされたからって、強制的に黙らせるのは酷いと思うよ」


 反論を許さず、くるりと箒が一回転。カナタはまたも驚いてアーデルハイトに掴まった。


「その話はお終いよ。わたしに落ち度があったことは百歩譲って認めても、やっぱり彼のことを許せないもの」

「うわ、強情……。っていうかめんどくさい」

「なら放っておけばいいのに」

「いやー、それができないんだよね。なんか昔の友達に似ててさ。その子もアーデルハイトみたいに細かいことでぐちぐち言うし、強情だし、喧嘩すると絶対向こうから謝ってこないし。後、ボク達以外に友達がいないところも一緒」

「……わたしの貴方の友達の代替品にしないで欲しいのだけど?」


 冷ややかな言葉で拒絶するアーデルハイトだが、カナタは全く気にした様子もない。

 何故なら、彼女がそう語る理由もよく知っているから。勿論、それは黙っておくが。


「うん。知ってるよ。だってアーデルハイトとその子は違う人だし。違う、友達だよ」


 箒が空中で止まる。


「わたしにも選ぶ権利はあるわ」

「いや、ないよ」


 理屈にもなっていない言葉に、アーデルハイトはそれ以上の反論をしなかった。そこに込められた感情が諦めか、それともまた異なる何かなのか。

 背中から表情を見ることのできないカナタには判断できなかったが、特に気にも留めない。


「だからさー。ちゃんと学校行って卒業したら、ボク達のところ来ようよ。ヨハンさんと仲直りしてさ」

「残念だけど、それは無理ね」

「なんで?」

「卒業後のことに関しては、わたしに選択権は殆どないわ。オルタリアにとって魔法使いは重要だもの。生活と安全と、それから名誉は保証されるけど自由はない」


 考えて見ればそれは当然のことで。

 長い時間と投資の末に手に入れた魔法使いという戦力を、手放す理由はない。

 自由に教育を受けるのではなく、教育の代償として自由が失われる。

 カナタからすればそれは全く理解できないが、アーデルハイトや他の多くの魔法使いの卵達からすれば当然のこと。

 誰でも望むままに教育を受けて、それを放棄してもいい自由などは存在しない。


「大丈夫よ。成績はいいもの。きっと研究者か、お爺様の後を継いで宮廷魔術師になるのかも知れないし……。そうして、そのうちに誰かと結婚して、幸せに暮らすわ」


 自分に言い聞かせるように、そう言葉を結んだ。


「……そっか」


 それは寂しいものだが、カナタは我が儘を言わない。

 ただそれは、アーデルハイトの表情が見えなかったから。

 もし仮にここが箒の上でなく、アーデルハイトの顔を正面から見れる場所で喋っていたとしたのなら。

 その全てを諦めたような、寂しげな顔を見たカナタは、いつも通りに後先を考えずに彼女を手を引いて走りだしていただろう。

 いつの間にか二人は魔法学院の上空をゆっくりと回遊していた。

 その象徴ともなっている高い時計塔が、二人を覆うようにすぐ傍に聳えている。

 既に辺りは暗く、遅くまで残っていた生徒達も寮へと姿を消していく。灯りの消えた学院の研究棟は昼間までとは全然違い、不気味な静けさに満ちていた。


「……ねえ、あれなにかな?」


 偶然下を見たカナタの目に留まったのは、ろくに明かりもないなか学院内を歩いていく複数人の姿だった。

 アーデルハイトもそれに習ってその方向を見て、不思議そうな顔をする。

 好奇心に突き動かされた二人は、どちらから示し合わせるまでもなく、箒で彼等の傍に着地する。

 できるだけ音を立てないように建物の影に降りてから、その人物達を確認する。

 恰幅の良い、老年の男性に案内されて金髪の男が先を進む。その周囲には護衛と思しき黒装束の男達が数人付き従っていた。


「あれ、王様だよね?」


 忘れるわけもない。その金髪の男はカナタと初対面で鼻で笑い、一秒も会話せずに退室を命じたこの国の王、ヘルフリートだった。


「一緒にいるのは学院長ね」


 老年の男はぺこぺこと頭を下げながら、ヘルフリートを宥めるように先を案内する。

 ここからでは会話も表情も読み取ることはできないが、こんな時間に王と魔法学院の長が、その学内で人目を忍ぶように会うのはどう考えても奇妙だった。


「どうしよう……? 後を追った方がいいのかな?」

「やめておいた方がいいわ。護衛も連れているし、少なくとも二人で敵う相手ではなさそうよ」

「でも、あれって絶対悪いことしてるよね?」

「……そうとは限らないけど」


 断定はしないが、ほぼその方向で間違いないとアーデルハイトも踏んでいた。

 学院内では何かが行われている。それが先日のキメラの件に関わりがあるかはまだ判らないが。


「取り敢えず、今日のところは戻りましょう。カナタ、貴方はこのことを彼に報告して」

「ヨハンさんだよね。うん、判った」


 横に倒した箒に乗り込むと、二人の身体は浮かび上がり、夜空へと消えていった。
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