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第二章 魔法使いの追憶
2‐12
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ヨハンの部屋へと駆けていくカナタを見送ると、今度は入れ替わるように長い黒髪を揺らしながらエレオノーラがその場に現れた。
彼女は今日も会議に出席するために紺色の地味な、その上で決して王族としての華を失うことはないロングスカートのドレスを身に纏い、その豊かな胸を組んだ腕の上に乗せるようにして、ジトっとした目でヨハンを見ていた。
「エレオノーラ様。どうしましたか?」
「前々から思っていたのだが、ヨハン殿は少しカナタに対して甘いのではないか?」
「……否定はしませんが、特に問題のあることではないでしょう」
柔らかい脇腹を突かれて、これ以上の追及を避けるためにその場を立ち去ろうとすると、エレオノーラも後を付いてくる。
「それはそうなのだが……。そなた、その優しさをもう少し妾へも分け与えるわけにはいかなないか? そうだな、具体的には今日の会議を全て肩代わりしてくれるとか」
「いいわけないでしょう」
「あう」
くるりと回り込むエレオノーラの頭をぽこんと軽く叩く。
ついやってしまったことだが、叩きやすいところにエレオノーラが頭を持って来ているようにしか思えないほどに絶妙な位置にあった。
「ふふっ。王族にこうも簡単に手を上げられるのはこのオルタリアではヨハン殿ぐらいのものだな。妾もまた、それを許す唯一であろう」
「だから何だ……?」とは思っても口には出さない。
二人は廊下を歩きつつ、エレオノーラの希望は全く無視して、今日の会議の最終打ち合わせをしていた。
「なるほど。最終的な目的としてはエトランゼの保護のために、オルタリア南方を譲り受けるという形にすればいいわけだな?」
「はい。結局のところ、ヘルフリート陛下の政策では排斥したエトランゼの具体的な処遇は何一つ決定されていません。それをこちらで保護するという名目ならばおかしくもないかと」
「妾が言うのもなんだが……。それにしては随分と広大な領地ではないか?」
「ついでに未開拓の領地を解放し、更なる国力の増強に努める。それ自体は悪いことではありません。それに場合によっては領地の狭い貴族に分け与えてもいいのです」
「なるほど! それを条件にしてこちらの味方に付く貴族を増やすわけか!」
ヨハンが頷くと、エレオノーラも満足そうにそれに習った。どうやら、自分で答えを出せたのが嬉しいらしい。
そのために必要なことを幾つか話しあうと、急にエレオノーラは声のトーンを変える。
「なぁ、ヨハン殿。先程の話だが、そなたはカナタについてどう思っている?」
「どうもこうも……」
適当に誤魔化そうとして、それを躊躇った。
こちらを見上げているエレオノーラの顔は強張り、ヨハンの答えを聞き逃すまいと待ち構えていた。
「……あいつは、まだ子供です。エレオノーラ様のように信念があるわけでもない、ただやりたいようにやっているだけ。エトランゼとして、それが悪いこととは思えません。俺には」
「……だが、英雄だ」
「小さな英雄でしょう?」
「オル・フェーズに来てからというもの、民や若い貴族達が妾に対して贈り物をしてくれることが増えた。今日も既に何件もの訪問客が訪れている。……それ自体は実にありがたいことだ」
言葉を切って、エレオノーラはその中にある一つの事実を告げる。
「ほんの少し、十あれば一。百あれば十程度の数ではあるが、そこには小さな英雄宛の贈り物も含まれているのだ」
それ自体は嬉しいことだ。カナタがしたことが認められているのなら、ウァラゼルに立ち向かうという勇気を見せた彼女に対しての何よりの報酬となる。
それでも何処か浮かない顔をするエレオノーラの内心を、ヨハンは理解していた。
英雄になる。
英雄にされてしまう。
本人の意思に関わらず。
それが意味するところを、ヨハンはよく知っていた。
その贈り物はお礼であり、人々の善良な心であり、彼女に英雄であり続けてほしいという無辜なる願いだ。
そしてその願いは重なり、英雄は英雄であり続ける。
願いは重圧となって英雄を押し潰す。
やがて英雄は倒れ、人々の記憶からは消えていく。
何処かの誰かがそうであったように。
「……大丈夫でしょう」
それは、ヨハンらしからぬ言葉だった。
頭の中で嫌な靄がかかっているにも関わらず、その原因を探ることもせずにただ闇雲に言葉を発した。
その場しのぎの誤魔化しなどは、今のヨハンの立場では最もやってはならないものだと判っていながら。
それ以上はエレオノーラも何も言わなかった。
何よりも、二人には今日挑まなければならない戦場がある。三度目のヘルフリートとの対峙で彼を言い負かし、ここに来た目的を果たさねばならない。
カナタのことは今しばらく保留でもいいだろう。そうすぐに悪いことが起きるはずもない。
そうして封じ込めた嫌な予感を、ヨハンは後悔することになる。
彼女は今日も会議に出席するために紺色の地味な、その上で決して王族としての華を失うことはないロングスカートのドレスを身に纏い、その豊かな胸を組んだ腕の上に乗せるようにして、ジトっとした目でヨハンを見ていた。
「エレオノーラ様。どうしましたか?」
「前々から思っていたのだが、ヨハン殿は少しカナタに対して甘いのではないか?」
「……否定はしませんが、特に問題のあることではないでしょう」
柔らかい脇腹を突かれて、これ以上の追及を避けるためにその場を立ち去ろうとすると、エレオノーラも後を付いてくる。
「それはそうなのだが……。そなた、その優しさをもう少し妾へも分け与えるわけにはいかなないか? そうだな、具体的には今日の会議を全て肩代わりしてくれるとか」
「いいわけないでしょう」
「あう」
くるりと回り込むエレオノーラの頭をぽこんと軽く叩く。
ついやってしまったことだが、叩きやすいところにエレオノーラが頭を持って来ているようにしか思えないほどに絶妙な位置にあった。
「ふふっ。王族にこうも簡単に手を上げられるのはこのオルタリアではヨハン殿ぐらいのものだな。妾もまた、それを許す唯一であろう」
「だから何だ……?」とは思っても口には出さない。
二人は廊下を歩きつつ、エレオノーラの希望は全く無視して、今日の会議の最終打ち合わせをしていた。
「なるほど。最終的な目的としてはエトランゼの保護のために、オルタリア南方を譲り受けるという形にすればいいわけだな?」
「はい。結局のところ、ヘルフリート陛下の政策では排斥したエトランゼの具体的な処遇は何一つ決定されていません。それをこちらで保護するという名目ならばおかしくもないかと」
「妾が言うのもなんだが……。それにしては随分と広大な領地ではないか?」
「ついでに未開拓の領地を解放し、更なる国力の増強に努める。それ自体は悪いことではありません。それに場合によっては領地の狭い貴族に分け与えてもいいのです」
「なるほど! それを条件にしてこちらの味方に付く貴族を増やすわけか!」
ヨハンが頷くと、エレオノーラも満足そうにそれに習った。どうやら、自分で答えを出せたのが嬉しいらしい。
そのために必要なことを幾つか話しあうと、急にエレオノーラは声のトーンを変える。
「なぁ、ヨハン殿。先程の話だが、そなたはカナタについてどう思っている?」
「どうもこうも……」
適当に誤魔化そうとして、それを躊躇った。
こちらを見上げているエレオノーラの顔は強張り、ヨハンの答えを聞き逃すまいと待ち構えていた。
「……あいつは、まだ子供です。エレオノーラ様のように信念があるわけでもない、ただやりたいようにやっているだけ。エトランゼとして、それが悪いこととは思えません。俺には」
「……だが、英雄だ」
「小さな英雄でしょう?」
「オル・フェーズに来てからというもの、民や若い貴族達が妾に対して贈り物をしてくれることが増えた。今日も既に何件もの訪問客が訪れている。……それ自体は実にありがたいことだ」
言葉を切って、エレオノーラはその中にある一つの事実を告げる。
「ほんの少し、十あれば一。百あれば十程度の数ではあるが、そこには小さな英雄宛の贈り物も含まれているのだ」
それ自体は嬉しいことだ。カナタがしたことが認められているのなら、ウァラゼルに立ち向かうという勇気を見せた彼女に対しての何よりの報酬となる。
それでも何処か浮かない顔をするエレオノーラの内心を、ヨハンは理解していた。
英雄になる。
英雄にされてしまう。
本人の意思に関わらず。
それが意味するところを、ヨハンはよく知っていた。
その贈り物はお礼であり、人々の善良な心であり、彼女に英雄であり続けてほしいという無辜なる願いだ。
そしてその願いは重なり、英雄は英雄であり続ける。
願いは重圧となって英雄を押し潰す。
やがて英雄は倒れ、人々の記憶からは消えていく。
何処かの誰かがそうであったように。
「……大丈夫でしょう」
それは、ヨハンらしからぬ言葉だった。
頭の中で嫌な靄がかかっているにも関わらず、その原因を探ることもせずにただ闇雲に言葉を発した。
その場しのぎの誤魔化しなどは、今のヨハンの立場では最もやってはならないものだと判っていながら。
それ以上はエレオノーラも何も言わなかった。
何よりも、二人には今日挑まなければならない戦場がある。三度目のヘルフリートとの対峙で彼を言い負かし、ここに来た目的を果たさねばならない。
カナタのことは今しばらく保留でもいいだろう。そうすぐに悪いことが起きるはずもない。
そうして封じ込めた嫌な予感を、ヨハンは後悔することになる。
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