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第一章 エトランゼ
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その翌日、早朝と呼んでも差し支えないほどの朝早くに、ヨハンは外から聞こえてきた物音により目を覚ました。
隣に眠るエレオノーラの肩を揺すり、彼女を起こす。
「んぅ……。後生だ。後少しだけ眠らせてくれ」
「姫様。様子がおかしい。まずは起きてください」
頭をひっぱたいて起こしたくなる感情を抑えながら、できるだけ穏やかに声を掛ける。
「ん……。様子?」
目を擦りながら身体を起こすその姿は子供そのもので、それには微笑ましさを覚えたが、今はその愛嬌にかまけている場合ではない。
「様子が変です。何か揉め事が起こっているような、そんな声がしています。様子を見てくるのでここで隠れていてください」
幾つかの魔法道具を鞄から取り出し、それをローブの裾にしまい込む。カナタに着せたメイド服と同じ要領で、ヨハンのローブのあちこちには空間を歪ませた特殊な収納スペースが用意されている。
そこにできるだけ物を入れて準備を整えてから、未だ寝ぼけているエレオノーラの前に水の入った瓶を置いて、納屋を後にした。
村の中心部に行ってみると、そこに広がっていたのは予想していたよりも奇妙な光景だった。
オルタリアの兵士の格好をした一団が、二つに分かれて向かい合っている。その様子はとてもではないが友好的とは言えず、片側の数が少ない方に至っては槍を構えてもう片側を牽制していた。
彼等の視界に入らないように移動して、オロオロとその様子を見守っていたこの村の村長である、白髪に髭を蓄えた老人に小声で話しかける。
「これはどういった事態ですか?」
「おぉ、昨日の……。いや、これは……」
村長もどう説明したらいいか答えあぐねているようで、話を聞くよりも成り行きを見守った方が早いと判断して、両者の会話に聞き入る。
数が多い方はにやにやと笑い、手の中でそれぞれの獲物を玩びながら数が少ない方の兵達に挑発するような視線を向けている。
「何度も同じことを言わせるなよ、反逆者。俺達は正規軍として、税の取り立てにやってきている」
隊長と思しき、最も立派な飾り兜をした男がそう言うと、今度は数が少ない方のオルタリア兵の中の中心となっている、若い兵士が声を張りあげた。
「ここはディッカー・ヘンライン卿の領地である! お前達にここを好き勝手にする権利はない」
「その者は既にイシュトナル要塞の司令官を解任されている。然るに、この地を統べる資格を失ったということだ」
「例えそうだとしてもこの地はヘンライン卿が王家より賜った地だ。お前達が踏み荒らしていい理由はない。第一に」
若い兵士が見渡すように振り返る。
彼等の様子を遠巻きに眺める住人達は皆、怯えた顔をして嵐が過ぎ去るのを待ち続けていた。
「お前達が正規の方法を取って定められた量の税を治めさせているのならば、彼等のこの怯えようはなんだ? 何故、本来ならば互いに共生関係あるべき双方がこのような歪な形になるのだ?」
「ふんっ。田舎貴族の部下は頭が固い。いちいち説明するのも面倒だ。おい、お前達!」
彼の後ろに控えてた兵達が次々と前に出る。
ある者は剣を抜き、粗暴な態度を隠そうともせずに村人達に向かってゆく。
「さあ食料を出せ! それから織物や金もあれば持っていくぞ!」
「は、話が違うではありませんか!」
ヨハンの横に立っていた村長が、杖を突きながらよたよたと隊長の元へと近付いていく。
「作物を渡せば、他の物には手を出さないと、以前はそう約束してではありませんか」
「俺以外の奴が勝手にした口約束など知ったことか! 充分な量を用意できなければ子供や女をいただくからな」
「貴様! オルタリアの兵士としての本分を忘れたか! その行い、野盗の類と何が違うか言ってみろ!」
若い兵士がそう叫んでも、隊長は全く気にも留めない。
彼は判っている。この戦力差で手を出したところで、彼等に勝ち目がないこと。
仮にこの場を何とかしたとしても、イシュトナル要塞にいる者達が正規軍である以上、反逆者の汚名を着せることなど容易いことを。
一先ずは様子を見るしかない。ヨハンもそう判断して踵を返そうとしたところで、事態の把握を優先するあまり、最も警戒すべきを怠っていたことを思い知らされる。
「お前達、これはどういうことだ?」
淀んだ空気を裂く一矢とでも表現すればいいのか。
彼女の声は決して怒鳴っているわけではなく、厳かでありながらその場の全ての注目を得るだけの迫力があった。
「……は……?」
「……貴方、は……」
両兵達がその姿を見て固まる。
それも無理もないだろう。果たしてこちらにどの程度情報が流れてきているかは判らないが、この国の王族であるエレオノーラが、村娘のような格好をしてこの場に立っているのだから。
「貴族や軍が徴収できる税率は厳密に定められているはずだ。今妾が話を聞いていたところ、お前達が奪おうとしているそれらはとっくに限界を超えている。国の基盤となる民を苦しめる者に、オルタリアの旗を背負う資格はないと知れ!」
一瞬驚いた顔をした隊長だったが、その表情はすぐに先程のようなにやにやとした薄ら笑いへと変わっていく
。
エレオノーラの身体を舐めるように見てから、彼は嫌らしく口を開いた。
「エレオノーラ陛下……。まさか自ら俺の手柄になりに来てくれるとはありがたい」
「貴様……。妾の言葉を聞いて、なおもまだその蛮行をやめぬつもりか?」
「やめる理由が何処にありましょうか? 元より王家の飾り物であった貴方は、今やそれですらない。力を持たぬただの小娘一人、その恰好がお似合いですな!」
「貴様!」
怒りのままに声を張り上げるエレオノーラだが、その先の言葉は出てこなかった。
彼の言葉は正しいのだ。今のエレオノーラは数人の部下とも呼べない者達を引き連れているだけの少女に過ぎない。
「最早貴方を傷つけたとて、誰にも咎められはしない。むしろ称賛すらされるでしょう。おい、お前等。物は後にしろ」
隊長の言葉を受けて、略奪をしようとしていた兵達が渋々こちらに集まってくる。
「王家より討伐の命が出ているエレオノーラを語る馬鹿な村娘が一人いる。そんな愚か者が一人ここから消えたところで、誰がそんなことを気に止める?」
「誰も、気にも留めないでしょうな」
「そうだろう? 殺すなよ。色々と価値がある女だ」
演技めいたやり取りをしてから、彼等はエレオノーラを包囲していく。
「誰もお前を護らない。エトランゼ保護なんかを唱え続けてきたお前は、今やイカれた小娘に過ぎないんだからなぁ!」
悪意と欲望の塊が、彼等からエレオノーラに放たれる。
その悍ましさ、そして改めて自分が立たされている現状を把握してしまったエレオノーラは言葉を失い、ただ子供のように辺りを見回すことしかできなかった。
彼女は王家の子女として、ずっとそうしてきた。誰かに当然のように助けられて生きてきた。
それは権利であり、その代わりにその身を削って国ために尽くす義務を背負わされて生まれてきた。
だが、今は違う。
彼女を護っていた王家という名の強固な鎧は存在しない。そればかりではなく、エレオノーラの名には様々な報酬がついて回る。
柔肌を晒したまま荒野に投げ出されたようなものだ。すぐに獣に喰われて、骨だけにされてしまうだろう。
ここまでの旅路で、彼女はそれを理解しながらも自覚できていなかった。
カナタがいて、トウヤがいた。彼等のやり取りを聞いていれば気分が紛れていたし、その前向きな態度はどんな状況で何とかなるものかと錯覚させた。
現実はそのようには行かない。
どれだけ勢いを付けようと、どうにもならないものはあるのだ。
隣に眠るエレオノーラの肩を揺すり、彼女を起こす。
「んぅ……。後生だ。後少しだけ眠らせてくれ」
「姫様。様子がおかしい。まずは起きてください」
頭をひっぱたいて起こしたくなる感情を抑えながら、できるだけ穏やかに声を掛ける。
「ん……。様子?」
目を擦りながら身体を起こすその姿は子供そのもので、それには微笑ましさを覚えたが、今はその愛嬌にかまけている場合ではない。
「様子が変です。何か揉め事が起こっているような、そんな声がしています。様子を見てくるのでここで隠れていてください」
幾つかの魔法道具を鞄から取り出し、それをローブの裾にしまい込む。カナタに着せたメイド服と同じ要領で、ヨハンのローブのあちこちには空間を歪ませた特殊な収納スペースが用意されている。
そこにできるだけ物を入れて準備を整えてから、未だ寝ぼけているエレオノーラの前に水の入った瓶を置いて、納屋を後にした。
村の中心部に行ってみると、そこに広がっていたのは予想していたよりも奇妙な光景だった。
オルタリアの兵士の格好をした一団が、二つに分かれて向かい合っている。その様子はとてもではないが友好的とは言えず、片側の数が少ない方に至っては槍を構えてもう片側を牽制していた。
彼等の視界に入らないように移動して、オロオロとその様子を見守っていたこの村の村長である、白髪に髭を蓄えた老人に小声で話しかける。
「これはどういった事態ですか?」
「おぉ、昨日の……。いや、これは……」
村長もどう説明したらいいか答えあぐねているようで、話を聞くよりも成り行きを見守った方が早いと判断して、両者の会話に聞き入る。
数が多い方はにやにやと笑い、手の中でそれぞれの獲物を玩びながら数が少ない方の兵達に挑発するような視線を向けている。
「何度も同じことを言わせるなよ、反逆者。俺達は正規軍として、税の取り立てにやってきている」
隊長と思しき、最も立派な飾り兜をした男がそう言うと、今度は数が少ない方のオルタリア兵の中の中心となっている、若い兵士が声を張りあげた。
「ここはディッカー・ヘンライン卿の領地である! お前達にここを好き勝手にする権利はない」
「その者は既にイシュトナル要塞の司令官を解任されている。然るに、この地を統べる資格を失ったということだ」
「例えそうだとしてもこの地はヘンライン卿が王家より賜った地だ。お前達が踏み荒らしていい理由はない。第一に」
若い兵士が見渡すように振り返る。
彼等の様子を遠巻きに眺める住人達は皆、怯えた顔をして嵐が過ぎ去るのを待ち続けていた。
「お前達が正規の方法を取って定められた量の税を治めさせているのならば、彼等のこの怯えようはなんだ? 何故、本来ならば互いに共生関係あるべき双方がこのような歪な形になるのだ?」
「ふんっ。田舎貴族の部下は頭が固い。いちいち説明するのも面倒だ。おい、お前達!」
彼の後ろに控えてた兵達が次々と前に出る。
ある者は剣を抜き、粗暴な態度を隠そうともせずに村人達に向かってゆく。
「さあ食料を出せ! それから織物や金もあれば持っていくぞ!」
「は、話が違うではありませんか!」
ヨハンの横に立っていた村長が、杖を突きながらよたよたと隊長の元へと近付いていく。
「作物を渡せば、他の物には手を出さないと、以前はそう約束してではありませんか」
「俺以外の奴が勝手にした口約束など知ったことか! 充分な量を用意できなければ子供や女をいただくからな」
「貴様! オルタリアの兵士としての本分を忘れたか! その行い、野盗の類と何が違うか言ってみろ!」
若い兵士がそう叫んでも、隊長は全く気にも留めない。
彼は判っている。この戦力差で手を出したところで、彼等に勝ち目がないこと。
仮にこの場を何とかしたとしても、イシュトナル要塞にいる者達が正規軍である以上、反逆者の汚名を着せることなど容易いことを。
一先ずは様子を見るしかない。ヨハンもそう判断して踵を返そうとしたところで、事態の把握を優先するあまり、最も警戒すべきを怠っていたことを思い知らされる。
「お前達、これはどういうことだ?」
淀んだ空気を裂く一矢とでも表現すればいいのか。
彼女の声は決して怒鳴っているわけではなく、厳かでありながらその場の全ての注目を得るだけの迫力があった。
「……は……?」
「……貴方、は……」
両兵達がその姿を見て固まる。
それも無理もないだろう。果たしてこちらにどの程度情報が流れてきているかは判らないが、この国の王族であるエレオノーラが、村娘のような格好をしてこの場に立っているのだから。
「貴族や軍が徴収できる税率は厳密に定められているはずだ。今妾が話を聞いていたところ、お前達が奪おうとしているそれらはとっくに限界を超えている。国の基盤となる民を苦しめる者に、オルタリアの旗を背負う資格はないと知れ!」
一瞬驚いた顔をした隊長だったが、その表情はすぐに先程のようなにやにやとした薄ら笑いへと変わっていく
。
エレオノーラの身体を舐めるように見てから、彼は嫌らしく口を開いた。
「エレオノーラ陛下……。まさか自ら俺の手柄になりに来てくれるとはありがたい」
「貴様……。妾の言葉を聞いて、なおもまだその蛮行をやめぬつもりか?」
「やめる理由が何処にありましょうか? 元より王家の飾り物であった貴方は、今やそれですらない。力を持たぬただの小娘一人、その恰好がお似合いですな!」
「貴様!」
怒りのままに声を張り上げるエレオノーラだが、その先の言葉は出てこなかった。
彼の言葉は正しいのだ。今のエレオノーラは数人の部下とも呼べない者達を引き連れているだけの少女に過ぎない。
「最早貴方を傷つけたとて、誰にも咎められはしない。むしろ称賛すらされるでしょう。おい、お前等。物は後にしろ」
隊長の言葉を受けて、略奪をしようとしていた兵達が渋々こちらに集まってくる。
「王家より討伐の命が出ているエレオノーラを語る馬鹿な村娘が一人いる。そんな愚か者が一人ここから消えたところで、誰がそんなことを気に止める?」
「誰も、気にも留めないでしょうな」
「そうだろう? 殺すなよ。色々と価値がある女だ」
演技めいたやり取りをしてから、彼等はエレオノーラを包囲していく。
「誰もお前を護らない。エトランゼ保護なんかを唱え続けてきたお前は、今やイカれた小娘に過ぎないんだからなぁ!」
悪意と欲望の塊が、彼等からエレオノーラに放たれる。
その悍ましさ、そして改めて自分が立たされている現状を把握してしまったエレオノーラは言葉を失い、ただ子供のように辺りを見回すことしかできなかった。
彼女は王家の子女として、ずっとそうしてきた。誰かに当然のように助けられて生きてきた。
それは権利であり、その代わりにその身を削って国ために尽くす義務を背負わされて生まれてきた。
だが、今は違う。
彼女を護っていた王家という名の強固な鎧は存在しない。そればかりではなく、エレオノーラの名には様々な報酬がついて回る。
柔肌を晒したまま荒野に投げ出されたようなものだ。すぐに獣に喰われて、骨だけにされてしまうだろう。
ここまでの旅路で、彼女はそれを理解しながらも自覚できていなかった。
カナタがいて、トウヤがいた。彼等のやり取りを聞いていれば気分が紛れていたし、その前向きな態度はどんな状況で何とかなるものかと錯覚させた。
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