彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

1‐13

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「見張り、厳重だね」


 メイドが砦の内部にいる姿は不自然なものだが、隣に兵士の格好をした男がいるだけで、意外にもそれほど追及はされることはなかった。

 偏にモーリッツ・ベーデガーの人格が大きいらしく、話をした兵士曰く、「急にこっちに来ることになったからなぁ。あの人は女好きだし、館のメイドが恋しくなったのかぁ」だそうである。


「太ってて女好きか。まるで映画に出てくる悪役みたいだな」

「うーん。話の判らない人じゃなさそうだけどなぁ」


 カナタとトウヤがエトランゼと知りながら、彼は問答無用で殺すことを避けた。それが結果としてエレオノーラを取り逃がすことに繋がったといっても過言ではない。


「だからって話しあいで解決はできないだろ。向こうは姫様を狙ってるわけだし」


 敷地内に立ち並ぶ兵舎や倉庫の影を縫うように二人は移動する。例え変装をしていたとしても、できるだけ人目を避けた方がいいだろうと考えてのことだった。


「モーリッツさんを人質に取るなんて、大胆だよね」

「お前さ」


 トウヤが立ち止って、カナタを咎めるように睨む。


「敵地でそんなこと声に出す奴がいるかよ。聞こえたら一発でアウトだぞ」

「で、でも……。なんか喋ってないと不安で」

「気持ちは判るけど……」

「助けてくれ!」


 懇願するような叫び声と、それに続いて何かを殴打するような音が聞こえてきて、二人の会話はそこで終わった。

「な、なに?」

「あ、おい」


 トウヤが止める間もなく、カナタは建物の間から顔を出して、モーリッツがいる砦中央の前に広がる小さな広場を覗き見た。

 見ればエトランゼと見える男女二人組が、身体中を砂まみれにしながら転がり、それを取り囲むように兵士達が並んでいる。


「薄汚いエトランゼが! まだ吐かぬか!」


 痛々しい殴打音が響き、そう叫んだ男は手に持った鞘に入ったままの剣でエトランゼの男の方を殴りつけた。

 エトランゼの身体が地面を転がり、見かねた女の方がその姿を庇うように覆いかぶさる。


「もうやめてください! わたし達は本当に知らないんです!」

「ふんっ、エトランゼの言葉が信用できるものか! 外から現れ神の加護も受けぬ貴様等の言葉は、余りにも薄っぺらいわ!」

「……あいつ、確かカーステン……!」


 エレオノーラと一緒にいたエイスナハル信者の男は、今ここでもトウヤ達にしたように……いや、それよりも苛烈にエトランゼ達に対して憎しみを向けていた。


「それに、あの人達だけじゃない」


 見れば折に入れられたエトランゼが他にもいて、その様子を痛々しげに見守っている。既に同じように折檻をされた後の者もいるようで、檻の中でぐったりとしている者もいた。


「検問で捕まえたエトランゼを拷問してるのかよ……。幾ら何でも酷すぎる」


 トウヤが吐き捨てるように言った。


「でも、あの人達には悪いけど……。今は助けてられないな。まずはモーリッツを……」


 既にその場にカナタはいない。

 嫌な予感がしてカーステンの方に視線を向ければ、短いスカートを翻して走り去っていくメイド服の少女が一人。


「ああもう! なんでこうなるんだよ!」 

 
 ▽


 モーリッツ・ベーデガー。

 オルタリアの五大貴族の一人で、ベーデガー家の現当主である。

 ふくよかな腹をした青年は、その見た目から誤解されがちだが、決して動くことが嫌いなわけではない。ただ、食べることが好きなだけだ。王宮で無精者と評されていることに関しては、密かに不本意に思っている。

 そんな彼は今、ヘルフリートと他の五大貴族の命令によりフィノイ河の検問の指揮を命じられている。


 フィノイ河の畔に建てられた砦は歴史も古く、今日に至るまでほぼ、ここに停められた船の船着き場扱いされていたような場所だった。

 おざなりな柵に囲まれた敷地内の、一階を倉庫とした二階建ての建物。その一室が辛うじて指揮官の部屋として使えるだけで、他の部屋は会議室や見張り台などしかない。

 だが、そんなことはそれほど問題ではない。

 何度も反乱の鎮圧に兵を出したこともあるモーリッツは、オルタリア中心部の貴族としては戦いの経験は豊富な方だろう。

 故に野営にも慣れているし、それに比べれば屋根があって新鮮な魚が食べ放題のここに詰めることは苦ではない。


「ただなぁ。あんなものを見せられるのは些かなぁ」


 ソテーされた川魚にフォークを突き刺しながら、窓の外を見て溜息をつく。

 それを傍で聞いていた彼の副官は苦笑いで答えた。


「カーステン卿は敬虔なエイスナハルの信徒ですから……。やはりあの方からすればエトランゼは忌むべき異物なのでしょう」

「異物も何も、最早この世界に来てしまった者なんだから受け入れるしかないのだろうがな」

「なかなか、そう割り切れる者達ばかりではないのでしょうね」


 窓の下では、カーステンがエトランゼ達に対して暴行を加えている。そして万が一にも抵抗されないように、モーリッツの部下達がそれを囲んでみていた。


「あんなものを間近で見せられる部下達には同情するぞ。まったく、まさか教会が無理矢理カーステン卿を私達に同行させるとは思わなかったぞ。あの方はエレオノーラ姫の護衛ではなかったか?」

「カーステン卿は王家と教会と繋ぐ家柄ですので、仕方なくといったところだったのでしょうな。いやはや、果たして今日までどのような気持ちで姫様に仕えていたのか」

「ふんっ。どちらにせよ、八つ当たりは程々にしてほしいものだ」


 川魚のソテーを咥えて、一口で半分を噛み千切る。

 エトランゼを苛烈に弾圧すればするほど、その波は大きくなってやがてオルタリアに反ってくるだろう。

 反乱ならばまだいいが、他の国と手を組んで侵略してくるようなことがあれば、手が付けられたものではない。


「奴等にはギフトがある」

「……不可思議な力ですな。とはいえ、我々には魔法技術があります。それ自体がエトランゼによってもたらされたというのがまた、皮肉な話ですが」


 魔装船を初めとする様々な魔法技術は、ここ数十年で爆発的に進歩したものだ。

 それにはエトランゼの存在が深く関わっている。元居た世界で技術者だった者、またそれにまつわるギフトを持った者達が、自らの地位や金のためにそれらを研究した。

 結果として魔法技術は発展し、それによって作られた武器の数々は、エトランゼ自身のギフトの価値を著しく下げた。


「当の本人はそんなことは思っていないだろうがな。魔法技術の開発を進めたエトランゼ達がいなければ、連中の地位ももっと高いものだったろうに」

「……かも知れませんな」


 勿論、そんなことがあればこの国はエトランゼに支配されていたかも知れない。貴族たるモーリッツとしては当然、今の方が都合がいい。


「それにしても食事が不味くなる。付近の街に使いを出して、明日までにカーテンを買ってこさせるか」

「それがよろしいかと……いえ」


 モーリッツが窓から目を逸らし、代わりに副官がカーステンの蛮行を覗き見る。一応、エトランゼが死んでしまわないように監視の義務もあるからだ。


「……どうやらカーステン卿の行いもここまでのようですが……これはどういった事態でしょうな?」


「なにぃ?」


 呑気にそんなことを言ってのける副官だが、彼の眼下では突然乱入してきたメイド姿の少女が、カーステンとエトランゼの間に立ちはだかっていた。


 少し遅れてモーリッツがそれを見ると、目を見開いて驚く。その少女と、後からやってきた兵士の格好をした少年剣士に見覚えがあった。
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