夏が終わっても

師走こなゆき

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「わたしが先ですね」

 向き直る前に一瞬、女の子はわたしを見た。前髪で陰って口元しか見えなかったけど、少しも笑っていなかった。

「わたしは学校で虐められていました。毎日毎日辛くて悲しくて、泣きながら吐いて学校に行けなかったこともありました」

 それまで、一部不気味な話をした人もいたとはいえ、どちらかといえばふざけていた雰囲気だったのに、しんと水を差したように静まり返った。闇の中に女の子の声だけが吸い込まれていく。

「でも、一番悲しかったことは、一番の友だちだと思っていた子に裏切られたこと。ずっと、友達だと思ってたのに……」

 そこまで言って、女の子は言葉をつまらせて黙ってしまった。俯いて肩を震わせる少女に掛ける言葉が見つからないのか、誰も口を開かない。

 わたしも顔を背ける。

 虐められていた。過去形で話せるってことは、今はもう解決したってことだよね。心に浮かんだけれど、確認なんてできるはずがない。

 慰めになるとは思えないけれど、わたしはもう一度、女の子の手を握った。今度は優しく包むように。

「ありがとう」

 女の子がぼそっと呟いたので、わたしは自分の行動は間違ってなかったのだと安心した。

「さ、さーて、次にいこうか」

 センカさんが沈んでしまった空気を吹き飛ばすように明るい声を出した。夜中の山奥だってことを忘れているのか。センカさんがこちらに顔を向けたので、わたしは頷いて応える。

「わたしだね」

 女の子に向かって言うと「ん」と小さく答えが返ってきた。

 輪の中心に向き直る。しかし、何を話すか決めていなかったわたしは口を開けたまま固まってしまう。

 特に誰かに告白したい何かも、聞いてほしいこともない。かといって、他人を笑わせられるような冗談を言う話術もわたしには備わっていない。てきとうに当たり障りのない嘘を言って、お茶を濁そうか。

「ヒロさん」

 声を出そうとした瞬間、女の子がこちらを見ずにわたしを呼ぶ。。

「何?」

 意識していなかったわたしは、驚いて肩を揺らした。

「逃げないでくださいね」

 小さな子の発してはいけないような、他人の心を突き刺さんばかりのひどく冷たい声だった。反射的にわたしの背中が粟立つ。逃げようとしていた心を見透かされたのか。ふざけることは許されない気がした。

 誰かに告白したい何かはない。けれど、他人に話せない秘密の一つや二つはある。誰にだって。わたしにだって。

 観念したわたしは、一度大きく呼吸をしてから口を開いた。
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