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キャリーバッグからメモとペンを取り出すと、住所、電話番号、メールアドレス、メッセージアプリのアカウント等、思いつく限りの個人情報を書き連ねて渡した。
「電話でも手紙でも、いつでも連絡してきてよ。相談相手くらいにはなるからさ」
受け取ると日葵は、書かれている内容を何度も確認してから、宝物を貰った時のように愛おしそうにメモを胸に抱きしめた。
こんなに喜んでくれるなら、粗末なメモじゃなくて、もっとちゃんとした紙にすれば良かった。
「うん。決めた」
大きく頷いて、日葵はその大きな目を輝かせて、まっすぐに私を見つめる。
「あたし、街の高校を受験する。お姉ちゃんが何に憧れてたのか、何を目指してたのかも分からないよ。それでも、村の外に出てみれば何か分かるかもしれないから。お姉ちゃんの出来なかったことを、あたしが代わりにするんだ。それでね、いつかお姉ちゃんに話してあげるの」
胸を張り、誇らしげに少女は語った。
「あたしも裏切り者って呼ばれるかもしれない。でもね、あたしはちゃんと話すから。お姉さんに辛いことも、助けてほしいってことも」
決意を述べる日葵を止める理由は、私にはない。少女の将来に幸があるよう願い、少女からの救援要請があれば、あたしのできる限りのことをしてあげようと思う。
「高校生になって、街に出たらお姉さんの所に行くから。その時はよろしくねっ」
は?
日葵の発言に呆気にとられる。私を置いてけぼりに、少女はクスクスと愉快そうに笑った。
「お守りを奪ったんだから、責任取ってよね。あたしはお姉さんのもの。なんでしょ」
昨日、川で叫んだことを思い出して、今更恥ずかしくなった。咄嗟のことで何も考えられなくて、自分が自分でないみたいな、大層なことを言ったものだ。
反論しようとしたけれど、いたずらに笑う日葵を見ると、どうでも良くなってしまった。
全く、この子は勝手に……。
「乗るの? 乗らないの? どっちかにしてくれるか?」
私たちの勝手な都合でバスを止められていた運転手さんが焦れて、苛立った口調で急かす。
「あ、すみません。乗ります」
申し訳なく言って、バスに乗り込んだ。
「またね。日葵」
ステップを登りきったところで、振り返って手を振る。
「うん。またね」
日葵も手を振り返した。
最後方の席に向かうと、私が座る前にバスはドアを閉めて発車した。よほど急いでいたのだろう。突然走り出したので、よろめいて転倒しそうになる。
後方の窓から後ろを見ると、日葵は道路の真ん中に出て、大きく手を振り続けていた。私も小さく手を振りかえす。
日葵の姿が道の先に見えなくなるまで、私は手を振り続けた。日葵の未来が良いものになるように、数年後に再会するときにはお互いに笑顔で会えるように、願いを込めて。
日葵が、龍神様の川が、祖母の家が遠く小さく消えてゆく。
さよなら。もう二度と来ることはないだろう、私の故郷。
もう二度と戻ることはないのだと思うと、急に寂しさが込み上げてきた。前方に向き直り、膝を抱えて座る。
窓の外を流れる、緑色の風景を眺める。
別れがたい気持ちなんて無い。むしろ不便な村は今でも嫌いだ。後悔もしていない。ただ、故郷に対してよく知らないままに嫌い、改善するきっかけを失ったのかと思うと、少し寂しい。
目を瞑って、不規則なバスの揺れに体を預ける。
思い返せば、凄い体験をしたのかもしれない。十八年間生きてきて、龍神様の花嫁なんてファンタジーな存在には関わり合いにもならなかった。川で溺れたこともない。あんなに必死に少女を助けた経験なんて初めてだ。
村での体験を思い出して、鼓動が高鳴る。心が弾む。
堪えきれなくなって、ニシシと笑った。
バックミラー越しに、不審者を見る目をした運転手と目が合った。恥ずかしくなって、私は前の座席の陰に顔を隠した。
今でもドキドキしている。ふわふわとした浮遊感。今なら何でも出来そうな全能感。走り出したい。大声で叫びたい。誰かに村での体験を話したい。心が落ち着かない。
スマートフォンを取り出し、画面を確認する。いくつものヒビが入った画面。電源を入れると、起動してくれた。故障していなかったみたいだ。
瞬間、お母さんからの不在着信の知らせが何件も届いたけど、今は無視をした。
知らせが届いたということは、圏外じゃない。
通話画面を開き、紗奈の連絡先を探しだして電話を掛ける。
何度か発信音が鳴って、相手が応答した。繋がった。
「……もしもし? お姉ちゃん?」
電話から、訝しげな紗奈の声が聞こえた。
私を嫌い、睨む紗奈の目を思い出して、私の中に満ちていた全能感が萎んでゆく。また嫌われたら、今度こそ元の通りの姉妹には戻れないんじゃないかと怯えてしまう。
窓の外に目を向ける。入道雲がゆったりと泳ぐ、どこまでも澄んだ夏空。
日葵の笑顔を思い出す。
見ず知らずの少女とも仲良くなれたんだ。家族である妹と仲直りできないはずがない。それに、話せる内に話しておかないと、日葵と和奏のように離れ離れになって、話すことすらできなくなってしまうかもしれない。
うん。私は大丈夫だ。
スマートフォンを握る手に、ぎゅっと力を込める。
私は恐る恐る、妹の名を呼んだ。
「紗奈? あのね……」
「電話でも手紙でも、いつでも連絡してきてよ。相談相手くらいにはなるからさ」
受け取ると日葵は、書かれている内容を何度も確認してから、宝物を貰った時のように愛おしそうにメモを胸に抱きしめた。
こんなに喜んでくれるなら、粗末なメモじゃなくて、もっとちゃんとした紙にすれば良かった。
「うん。決めた」
大きく頷いて、日葵はその大きな目を輝かせて、まっすぐに私を見つめる。
「あたし、街の高校を受験する。お姉ちゃんが何に憧れてたのか、何を目指してたのかも分からないよ。それでも、村の外に出てみれば何か分かるかもしれないから。お姉ちゃんの出来なかったことを、あたしが代わりにするんだ。それでね、いつかお姉ちゃんに話してあげるの」
胸を張り、誇らしげに少女は語った。
「あたしも裏切り者って呼ばれるかもしれない。でもね、あたしはちゃんと話すから。お姉さんに辛いことも、助けてほしいってことも」
決意を述べる日葵を止める理由は、私にはない。少女の将来に幸があるよう願い、少女からの救援要請があれば、あたしのできる限りのことをしてあげようと思う。
「高校生になって、街に出たらお姉さんの所に行くから。その時はよろしくねっ」
は?
日葵の発言に呆気にとられる。私を置いてけぼりに、少女はクスクスと愉快そうに笑った。
「お守りを奪ったんだから、責任取ってよね。あたしはお姉さんのもの。なんでしょ」
昨日、川で叫んだことを思い出して、今更恥ずかしくなった。咄嗟のことで何も考えられなくて、自分が自分でないみたいな、大層なことを言ったものだ。
反論しようとしたけれど、いたずらに笑う日葵を見ると、どうでも良くなってしまった。
全く、この子は勝手に……。
「乗るの? 乗らないの? どっちかにしてくれるか?」
私たちの勝手な都合でバスを止められていた運転手さんが焦れて、苛立った口調で急かす。
「あ、すみません。乗ります」
申し訳なく言って、バスに乗り込んだ。
「またね。日葵」
ステップを登りきったところで、振り返って手を振る。
「うん。またね」
日葵も手を振り返した。
最後方の席に向かうと、私が座る前にバスはドアを閉めて発車した。よほど急いでいたのだろう。突然走り出したので、よろめいて転倒しそうになる。
後方の窓から後ろを見ると、日葵は道路の真ん中に出て、大きく手を振り続けていた。私も小さく手を振りかえす。
日葵の姿が道の先に見えなくなるまで、私は手を振り続けた。日葵の未来が良いものになるように、数年後に再会するときにはお互いに笑顔で会えるように、願いを込めて。
日葵が、龍神様の川が、祖母の家が遠く小さく消えてゆく。
さよなら。もう二度と来ることはないだろう、私の故郷。
もう二度と戻ることはないのだと思うと、急に寂しさが込み上げてきた。前方に向き直り、膝を抱えて座る。
窓の外を流れる、緑色の風景を眺める。
別れがたい気持ちなんて無い。むしろ不便な村は今でも嫌いだ。後悔もしていない。ただ、故郷に対してよく知らないままに嫌い、改善するきっかけを失ったのかと思うと、少し寂しい。
目を瞑って、不規則なバスの揺れに体を預ける。
思い返せば、凄い体験をしたのかもしれない。十八年間生きてきて、龍神様の花嫁なんてファンタジーな存在には関わり合いにもならなかった。川で溺れたこともない。あんなに必死に少女を助けた経験なんて初めてだ。
村での体験を思い出して、鼓動が高鳴る。心が弾む。
堪えきれなくなって、ニシシと笑った。
バックミラー越しに、不審者を見る目をした運転手と目が合った。恥ずかしくなって、私は前の座席の陰に顔を隠した。
今でもドキドキしている。ふわふわとした浮遊感。今なら何でも出来そうな全能感。走り出したい。大声で叫びたい。誰かに村での体験を話したい。心が落ち着かない。
スマートフォンを取り出し、画面を確認する。いくつものヒビが入った画面。電源を入れると、起動してくれた。故障していなかったみたいだ。
瞬間、お母さんからの不在着信の知らせが何件も届いたけど、今は無視をした。
知らせが届いたということは、圏外じゃない。
通話画面を開き、紗奈の連絡先を探しだして電話を掛ける。
何度か発信音が鳴って、相手が応答した。繋がった。
「……もしもし? お姉ちゃん?」
電話から、訝しげな紗奈の声が聞こえた。
私を嫌い、睨む紗奈の目を思い出して、私の中に満ちていた全能感が萎んでゆく。また嫌われたら、今度こそ元の通りの姉妹には戻れないんじゃないかと怯えてしまう。
窓の外に目を向ける。入道雲がゆったりと泳ぐ、どこまでも澄んだ夏空。
日葵の笑顔を思い出す。
見ず知らずの少女とも仲良くなれたんだ。家族である妹と仲直りできないはずがない。それに、話せる内に話しておかないと、日葵と和奏のように離れ離れになって、話すことすらできなくなってしまうかもしれない。
うん。私は大丈夫だ。
スマートフォンを握る手に、ぎゅっと力を込める。
私は恐る恐る、妹の名を呼んだ。
「紗奈? あのね……」
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