上 下
11 / 18

P11

しおりを挟む
 日葵が何かを自身の内側へと押し込めて、隠したのには気がついた。日葵の言う裏切り者という単語に敵意は感じなかった。私に向けられた言葉とも思えない。なら、誰が誰を裏切ったんだろう。

 でも、私は何も問わずに少女の後に付いて行く。

 きっと、それは私が軽々しく踏み込んではいけない日葵のプライベートな領域で、必要があれば私にも話してくれるだろう。

 今度は走らずに歩いて、山へと続く真っ直ぐな道へと戻った。

 二人横に並んで歩く。

 手に持ったペットボトルはほとんど飲み尽くしていて、私が腕を振る度にチャポチャポと炭酸ジュースの揺れる音がしていた。

「龍神様の花嫁ってなんなの? 言い伝えか何かあるんでしょ?」

 私が尋ねると、日葵は顎に手を当てて考える素振りを見せた。

「ううんとね、よく知らない」

「は?」

 予想外の返答に、私の口からは変な声が出ていた。

「知らないって、今から龍神様の花嫁に会いに行くんだよね?」

「うん。つまらない昔話だったから、忘れちゃった」

「よく知らない相手に会いに行くの?」

「……うん」

 もしかしたら、龍神様の花嫁に会いに行くというのは出鱈目で、山に向かう理由は他にあるんじゃないのか。気になった私は日葵を問い詰める。

「よく知らないのに、何処に居るのかは知ってるの? それって、変じゃない。そもそも、本当にそんな非科学的な生物は存在してるの?」

「……うっるさいなあっ」

 日葵は顔を真っ赤にして叫んだ。しまった。怒らせてしまった。

「居るったら、居るんだよっ。疑うんだったら帰ったら良いでしょっ。お姉さんに付いてきてほしいなんて、あたしは頼んでないんだからっ」

 そっぽを向いた日葵は、競歩のような早足で私を置き去りに大股でズンズンと歩いてゆく。

 やってしまった。そもそも、日葵が山に一人で行くのを勝手に心配して、勝手に着いてきたのは私なんだ。日葵からすれば、邪魔な人間だったのかもしれない。

 紗奈に対する暗い気持ちを打ち明け、受け止めてくれたことで、日葵と仲良くなれたのだと勘違いしてしまった。距離感を間違えた。

「ごめんね」

 言い過ぎたと謝るけれど、日葵は「ふんっ」と唇を尖らせて鼻を鳴らすだけで、それからは声を掛けても返事をしなくなった。

 もう一つ尋ねたいことがあったけど、答えてはもらえなさそうだし、日葵をこれ以上怒らせるのも良くないと思って私は口を噤んだ。

 どうして、龍神様やお守りは迷信だって信じていなかったのに、龍神様の花嫁は信じているの?

♯♯♯

 道の側に続いていた田んぼは、いつしか雑多な草花の生い茂る草むらに変わっていた。たどり着けないんじゃないかとすら思えていた山も、今は目の前に広がっている。

 真っ直ぐの道は山の奥まで続いており、車一台くらいならなんとか通れそう。

 温くなって炭酸の抜けた甘ったるい液体を、残り全て喉に流し込む。

「ね、日葵ちゃん」

 何度目かの呼びかけ。けれど、日葵はまだ意地を張っており、知らんぷりで顔をこちらに向けることすらしない。

 日葵の取り付く島のない態度に、私は紗奈を重ねて思い出していた。

 もうずっと会話らしい会話をしていない。私への当てつけのようにお母さんやお父さん、友達とは楽しそうに話すけれど、私の顔を見ると顔を強ばらせて、目を逸らすだけ。

 子供の頃は何処に行くにも一緒だったのに。今は互いに――いや私だけかもしれないが――意地を張ってしまい、どう態度を軟化させれば良いのか、そもそも紗奈と仲良かった頃の私はどんな顔で、どんな声で接していたのかすら分からなくなっていた。

 一緒に住んでいる紗奈にすら声のかけられない私が、さっき出会ったばかりの他人。その上、歳の離れた子と仲直りするなんて出来るはずがない。

「あのさ、日葵……」

 ――ガサガサっ。

 何度目かも分からない私の呼びかけは、突然少し遠くの茂みが震えた音によって止められてしまった。

 驚いた私たちは、ほぼ同時に肩を跳ねさせ、揺れた茂みを見た。

 音のした方向を見るけれど、背の高い草むらに遮られて正体は分からない。ただ、着実ににじり寄ってくる。生き物には間違いなさそうだ。

「ね、あれ、何?」

「し、知らないよ。見えないんだから、分かるわけ無いじゃん」

 意地を張っている余裕もなくなったらしく、日葵は震えた声で私の声に答えた。

 風で揺れたにしては、草むらの揺れが局所的すぎる。人が隠れるには、草むらの高さは低すぎる。なら、動物……。

 そこまで考えて、私は最悪の想像をした。

「この山って、熊出るの?」

 首をブンブンと縦に振って日葵は答える。

「見たこと無いよ」

 日葵の否定に、私は少し安心した。それなのに、

「でもたまに、大人の人たちが熊が出たぞって大騒ぎしてるよ」

 安心した心はすぐに打ち消された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〜女子バレー部は異端児〜 改編

古波蔵くう
青春
異端の男子部員蓮太が加わった女子バレー部は、代表決定戦で奮闘。蓮太は戦勝の瞬間、部長三浦に告白。優勝し、全国大会へ進出。異例のメンバーが団結し、全国での激戦に挑む。男女混成の絆が、郭公高校バレー部を異端児として輝かせる。

ジャグラック デリュージョン!

Life up+α
青春
陽気で自由奔放な咲凪(さなぎ)は唯一無二の幼馴染、親友マリアから長年の片想い気付かず、咲凪はあくまで彼女を男友達として扱っていた。 いつも通り縮まらない関係を続けていた二人だが、ある日突然マリアが行方不明になってしまう。 マリアを探しに向かったその先で、咲凪が手に入れたのは誰も持っていないような不思議な能力だった。 停滞していた咲凪の青春は、急速に動き出す。 「二人が死を分かっても、天国だろうが地獄だろうが、どこまでも一緒に行くぜマイハニー!」 自分勝手で楽しく生きていたいだけの少年は、常識も後悔もかなぐり捨てて、何度でも親友の背中を追いかける! もしよろしければ、とりあえず4~6話までお付き合い頂けたら嬉しいです…! ※ラブコメ要素が強いですが、シリアス展開もあります!※

赫然と ~カクゼント

茅の樹
青春
昭和の終わりに新人類と称された頃の「若者」にもなりきれていない少年たちが、自分自身と同じような中途半端な発展途上の町で、有り余る力で不器用にもぶつかりながら成長していく。  周囲を工事中の造成地にかこまれている横浜の郊外にある中学校に通う青野春彦は、宇田川、室戸 と共にUMA(未確認生物)と称されて、一部の不良生徒に恐れられていて、また、敵対する者ものも多かった。  殴り殴られ青春を謳歌する彼らは、今、恋に喧嘩に明け暮れ「赫然と」輝いている。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

サンスポット【完結】

中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。 そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。   この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。    ※この物語は、全四章で構成されています。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

これからの僕の非日常な生活

喜望の岬
青春
何の変哲もない高校2年生、佐野佑(たすく)。 そんな彼の平凡な生活に終止符を打つかのような出来事が起きる……!

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

処理中です...