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もう、良いや。帰ろうか。
……どこに?
ストレス発散の小旅行。ひとり旅。身勝手に聞こえの良い言葉に変換しているが、要は気まずい関係の妹から、迫りくる受験勉強から、私を取り巻く現実から逃げ出しただけだ。その逃げ出した先である祖母の家からも、逃げ出して私は何処に行けばいいの?
家に帰ったところで、私を待ってる人間は居ない。誰にも歓迎されない。
孤独感が私に覆いかぶさる。胸が締め付けられ、背中がゾワゾワと粟立ち、涙が溢れ出しそうになる。
……ああっもうっ
私は勢いをつけて上半身を起こし、頭を乱暴に掻いた。
――ガサガサっ。
同時に縁側の向こうの庭から、葉っぱが激しく擦れ合うような音が聞こえて、驚いた私は肩をビクリと震わせた。
野良猫、かな。もしかして、泥棒?
何者かに気取られぬよう息を殺して、物音を立てずにゆっくりと動く。恐る恐る四つん這いで縁側に出て、閉じたままになっている半分の雨戸に隠れる。
――ガサッガサッ。
伸び放題の草花をかき分けて歩く音。物音は徐々に近づいてきている。
小さく悲鳴を上げそうになって、慌てて私は両手で口を塞いだ。バクバクと忙しく動く鼓動の音で、私がここに隠れていると何者かにバレてしまうんじゃないかと焦ってしまう。
縁側の直ぐ側まで来たところで、足音が止まった。
私は身を縮こまらせて、息を潜めながら、祈る。
お願いだから、早く何処かに行って。まさか、家に上がってくる気じゃないよね。
数秒の沈黙。蝉の声と何処かで走るスクーターのエンジン音が耳につく。
「……神様、見守っていてください」
女の子の小さな祈る声が聞こえた。
カミサマ?
その女の子の声から危険はないだろうと判断し、私はゆっくりと網戸から身を出して、様子を窺う。
胸の前で手を組んで、祈る少女と目が合った。
私より低い身長や幼さの残る顔つきから、小学校の高学年くらいだろうかと推測した。純白のワンピース――庭の草花を突っ切って来たためだろう、所々に葉っぱがついている――を着た女の子。
ワンピースはサイズが合っていないのか、裾が地面に付きそうなほど長い。半袖シャツの袖のあたりに日焼け跡と白い肌がくっきりと分かれているから、ノースリーブワンピースはあまり着ないのかもしれない。
肩から腰まで掛かった、橙色のみかんの形をした小さなショルダーポーチが可愛らしい。
何処であったのかは思い出せないが、何となく見覚えのある顔。私は腕を組んで考える。
「あの、誰?」
少女が驚いて大きな目をパチクリさせながら、私に尋ねた。
「それは、こっちの台詞。ここは私の祖母の家。勝手に人の家の庭に入るなんて。田舎では普通なの?」
「その……ごめんなさいっ」
勢いよく頭を下げて謝罪をする少女を見て、私は悪い子ではないんだなと思った。いや、誰も住んでいないからと言って、他人の家の敷地に侵入したのは褒められないけど。
「ここを通ると近道になるから、いつもおばあちゃんに通らせてもらってたの」
「ふうん。近道ねえ」
少女が後方の生け垣を見たので、私も同じ方向を見る。緑の生け垣の一部分に子供一人が通れるくらいの大きさの穴が開いていた。子供たちが近道だと何度も通って出来た獣道。不用心。
「あ、あの……」
少女が上目遣いに恐る恐る尋ねる。大きなまん丸の目に、長い睫毛。子供らしく可愛らしい顔立ち。
「もしかして、神様の孫ですか?」
――今日はどこ行くー?
――ね、カミサマの家はー?
――いやでも、カミサマもう居ないしさあ。
神様という単語で、少女とどこであったのか思い出した。村に降り立ってすぐにすれ違った子供たちだ。
「ああ。あの時の子」
「今更気づいたの? 私は最初から気づいてたよ。だって、この村でお姉さん見たこと無いもん」
言って、少女は得意げに鼻を鳴らした。
「仕方ないでしょ。服も着替えてるし、友達も居ないしさ」
先ほどすれ違った時、少女はTシャツにハーフパンツという、ひと目では男の子か女の子か見分けのつかない服装をしていた。今は女の子らしい真っ白なノースリーブのワンピース。
それなのに、地面に着いてしまいそうな程に長い裾のせいか、違和感があり、Tシャツとハーフパンツの方が似合っていた気さえする。
「あんなの、友達じゃないよ。仕方ないじゃない。村で生きてくには、周りに合わせないとさ……」
不貞腐れたように、暗い声で少女は言った。妙に大人びた子を言う子。
これは初対面の私が踏み込んではいけない領域だと判断し、私は話を逸した。
「……ところでカミサマって? 誰のこと?」
「黒滝のおばあちゃん」
……どこに?
ストレス発散の小旅行。ひとり旅。身勝手に聞こえの良い言葉に変換しているが、要は気まずい関係の妹から、迫りくる受験勉強から、私を取り巻く現実から逃げ出しただけだ。その逃げ出した先である祖母の家からも、逃げ出して私は何処に行けばいいの?
家に帰ったところで、私を待ってる人間は居ない。誰にも歓迎されない。
孤独感が私に覆いかぶさる。胸が締め付けられ、背中がゾワゾワと粟立ち、涙が溢れ出しそうになる。
……ああっもうっ
私は勢いをつけて上半身を起こし、頭を乱暴に掻いた。
――ガサガサっ。
同時に縁側の向こうの庭から、葉っぱが激しく擦れ合うような音が聞こえて、驚いた私は肩をビクリと震わせた。
野良猫、かな。もしかして、泥棒?
何者かに気取られぬよう息を殺して、物音を立てずにゆっくりと動く。恐る恐る四つん這いで縁側に出て、閉じたままになっている半分の雨戸に隠れる。
――ガサッガサッ。
伸び放題の草花をかき分けて歩く音。物音は徐々に近づいてきている。
小さく悲鳴を上げそうになって、慌てて私は両手で口を塞いだ。バクバクと忙しく動く鼓動の音で、私がここに隠れていると何者かにバレてしまうんじゃないかと焦ってしまう。
縁側の直ぐ側まで来たところで、足音が止まった。
私は身を縮こまらせて、息を潜めながら、祈る。
お願いだから、早く何処かに行って。まさか、家に上がってくる気じゃないよね。
数秒の沈黙。蝉の声と何処かで走るスクーターのエンジン音が耳につく。
「……神様、見守っていてください」
女の子の小さな祈る声が聞こえた。
カミサマ?
その女の子の声から危険はないだろうと判断し、私はゆっくりと網戸から身を出して、様子を窺う。
胸の前で手を組んで、祈る少女と目が合った。
私より低い身長や幼さの残る顔つきから、小学校の高学年くらいだろうかと推測した。純白のワンピース――庭の草花を突っ切って来たためだろう、所々に葉っぱがついている――を着た女の子。
ワンピースはサイズが合っていないのか、裾が地面に付きそうなほど長い。半袖シャツの袖のあたりに日焼け跡と白い肌がくっきりと分かれているから、ノースリーブワンピースはあまり着ないのかもしれない。
肩から腰まで掛かった、橙色のみかんの形をした小さなショルダーポーチが可愛らしい。
何処であったのかは思い出せないが、何となく見覚えのある顔。私は腕を組んで考える。
「あの、誰?」
少女が驚いて大きな目をパチクリさせながら、私に尋ねた。
「それは、こっちの台詞。ここは私の祖母の家。勝手に人の家の庭に入るなんて。田舎では普通なの?」
「その……ごめんなさいっ」
勢いよく頭を下げて謝罪をする少女を見て、私は悪い子ではないんだなと思った。いや、誰も住んでいないからと言って、他人の家の敷地に侵入したのは褒められないけど。
「ここを通ると近道になるから、いつもおばあちゃんに通らせてもらってたの」
「ふうん。近道ねえ」
少女が後方の生け垣を見たので、私も同じ方向を見る。緑の生け垣の一部分に子供一人が通れるくらいの大きさの穴が開いていた。子供たちが近道だと何度も通って出来た獣道。不用心。
「あ、あの……」
少女が上目遣いに恐る恐る尋ねる。大きなまん丸の目に、長い睫毛。子供らしく可愛らしい顔立ち。
「もしかして、神様の孫ですか?」
――今日はどこ行くー?
――ね、カミサマの家はー?
――いやでも、カミサマもう居ないしさあ。
神様という単語で、少女とどこであったのか思い出した。村に降り立ってすぐにすれ違った子供たちだ。
「ああ。あの時の子」
「今更気づいたの? 私は最初から気づいてたよ。だって、この村でお姉さん見たこと無いもん」
言って、少女は得意げに鼻を鳴らした。
「仕方ないでしょ。服も着替えてるし、友達も居ないしさ」
先ほどすれ違った時、少女はTシャツにハーフパンツという、ひと目では男の子か女の子か見分けのつかない服装をしていた。今は女の子らしい真っ白なノースリーブのワンピース。
それなのに、地面に着いてしまいそうな程に長い裾のせいか、違和感があり、Tシャツとハーフパンツの方が似合っていた気さえする。
「あんなの、友達じゃないよ。仕方ないじゃない。村で生きてくには、周りに合わせないとさ……」
不貞腐れたように、暗い声で少女は言った。妙に大人びた子を言う子。
これは初対面の私が踏み込んではいけない領域だと判断し、私は話を逸した。
「……ところでカミサマって? 誰のこと?」
「黒滝のおばあちゃん」
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