夏と幽霊と裏切りもの

師走こなゆき

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 この一人で住むには広すぎる家に、祖父が亡くなってから、祖母は独りで住んでいたんだと想像すると、なんだか寂しくなった。生きている内に一度くらいは、会いに来ても良かったかな。

 一通り見て回ってから、庭に面した縁側のある和室にたどり着いた。錆びて動かしにくい雨戸を半分だけ力いっぱい押して開くと、眩しすぎる太陽の光で、目が眩んだ。

 眩しさに目が慣れてくると、手入れをしておらず、様々な草花が自由奔放に伸び切った庭が目に入った。

 この家で一番明るい部屋。その部屋の中でも直接日があたって一番明るい畳の上で、手足を放り出して寝転がった。女の子が大の字ではしたないでしょ。なんて注意する人間はここには居ない。

 キャリーバッグからペットボトルのお茶を取り出し、飲んだ。自分で思っていた以上に喉が渇いたらしく、五百ミリリットルのペットボトルの半分も飲んでいた。

 スマートフォンを取り出し、時間を確認する。まだ昼過ぎ。

 今、一人で旅行してるんだよ。と、友達に自慢してやろうと思ったけれど、電気が来てないってことは充電もできないのか、とバッテリーの残量を気にしてやめた。

 ほつれた畳の目がささくれのように尖って、ゴワゴワと背中に刺さってこそばゆい。冷房を点けたいけれど、冷房器具も取り外されていてそれも出来ない。

 この家で祖母はどんな暮らしをしていたんだろう。長女は遠くに嫁ぎ、次女は逃げ出したこの家で。居所付き合いがあったろうから、寂しくはなかったのだろうか。周りの人間には家族がいるのに、自分には居ないのはどんな気持ちなんだろう。

 自分の考えを曲げてでも娘に謝って、一緒に住むという選択肢はなかったのだろうか。

 きっと、出来なかったんだろうな。よく分からない意地を張って、きっかけもなくて。

 ……私と妹みたいに。

 あ、天井のあそこ。木目が人の顔みたいに見える。幼い頃の私はあの木目がおばけだと信じて疑わなくて、時々不気味に笑っているように見えて怯えていた気がする。これは、本当の記憶なんだろうか。それとも、また思い込みの捏造?

 私は目を瞑った。

 身体が畳の中に沈み込んでゆく感覚に陥る。セミの合唱コンクールが徐々に遠く、小さくなってゆく。それに反して、自分の心臓の鼓動の音と呼吸音が徐々に大きく近づいてくる。汗が引いてゆく。

 この村に帰って来るなんて思わなかったな。

 私たち家族は以前、この田舎の村に住んでいた。と言っても、住んでいた期間は私が四歳になるまでなので、記憶なんてほぼない。

 覚えているのは自然が豊かで緑の配色の多かったという、ぼんやりとした田舎の風景。村を出て行く私たち、主にお母さんに対して、その胸に抱かれて縮こまって泣き喚く三歳の妹にはばかること無く、鬼の形相で罵詈雑言を浴びせる祖母。そして親を捨てて村から出ていく裏切り者だと、冷たい視線を浴びせ、容赦なく陰口を言う村の人達。

 良い思い出もあったのかもしれない。きっと友達だって居たはずだ。

 でも、その記憶は恐ろしい祖母に吹き飛ばされ、その上、お母さんから口癖のように何度も繰り返し、閉鎖的だの陰湿だのといった田舎への愚痴を聞かされるうちに、悪いイメージが上書きされた。

 妹を泣かせて、母に嫌な思いをさせた祖母が大嫌いになった。

 そんな私が再びこの村に帰ってきたのは、祖母が亡くなったからだ。いや、正確には祖母はもう数ヶ月も前に亡くなっている。通夜や葬式といった葬儀は、嫁入りして実家を出てからも、高齢の祖母を何かと気に掛けていた伯母が行った。

 私たち家族は祖母から勘当に近い扱いをされていたため、祖母が亡くなったという知らせが村から来ることはなかった。伯母は知らせてくれたけど、母は「あの人。死んだんだ」と何処を見るでもなくポツリと呟いただけで、葬儀に出席はしなかった。

 もしお母さんが参加すると言ったら、私はどうしただろうか。それでも、嫌いな祖母の葬儀には参加しなかったかもしれない。

 数日前に住む者の居なくなった祖母の家を売るため、最後に見てきてはどうかと伯母から連絡があった。お母さんは「あんな辛気臭い家、思い出すのも嫌だわ」と、拒絶反応を露わにしていた。

 私も初めは来るつもりじゃなかった。

 けれど、大学受験模試の成績が芳しくなく、勉強にもやる気が出ず。その上、それを妹の紗奈さなにあたってしまい、家にも居づらくなってしまった。

 そのため、気分転換になるかもと祖母の家に行くことにした。要はストレス発散の小旅行だ。

 何も思い出せなくても、生まれ故郷に降り立てば何かしらの記憶が浮かんできて、ノスタルジックな気分に浸れるものだと思っていた。形の無い柔らかな何かが、私を包んで癒してくれるものだと信じ込んでいた。

 けれど、この家には私を癒してくれる誰かも、懐かしむべき物も、なんにも無かった。寧ろ、幼い頃に住んでいた家のはずなのに、親しくない他人の家にお邪魔しているような居心地の悪さすらある。
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