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第一章

3.ということで拾われ溺愛狙います

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 ぼんやりと外を見ていたところで、ぽつりぽつりと雨が降り始める。

 実は、先ほどから雷鳴だけは遠くで聞こえていたので、それがやってきたのだろう。メイベルが見上げる窓に、点々と水滴が張りつく。

 満月の夜で、まんまるのお月様が半円形の窓にいい具合に映っていたのが、水滴で少しずつゆがんでいく。

 それが知らない間に侍女に嵌められていた己の姿と重なれば、暗雲はあっという間に星空を覆い隠し、大粒の雨がこれでもかも窓を打ち鳴らした。

 ピカリ。空が光る。音はすぐに聞こえた。

 メイベルは雨に濡れるのもお構いなしに窓を開けた。風が雨ごと吹き込んで、涼しいより先に冷たいと感じる。

 それで良かった。雨に濡れていないより、雨に濡れている自分の方が今の心境に合う。
 捨てられた子犬が雨の中、くぅん、と鳴いているような。こんなにも冷たい雨だ。哀愁を誘う。これはもう拾うしかないだろう。

 閃光が鳴った。それくらい光と音が重なった時、メイベルの胸裏にそれは閃く。メイベルはぐっと拳を胸元で握りしめた。

「そうだわ。これはもう、神君竜王が現れて、気紛れに私を拾うのよ!」

 そして腕を組み、うんうん、と満足げに深くうなずく。

「様々な種族を平等に救ったと言われる神君竜王だもの。その御心は広いから、きっと人が犬を拾うように可愛がってくれるに違いないわ」

 正直、そう思っていないと、ちょっとやってられない。

 古来より紡がれる、竜王の救済伝説は枚挙にいとまがないのだから、王都から追放され実家からも勘当され、片田舎のボロ屋敷に追いやられた今くらい、妄想したって罰は当たらないだろう。

 救済される側は、たいてい強者に虐げられた民草なのは言いっこなしだ。救われる貴族の逸話だってないこともない。


 風がいっそう強くなり、部屋のカーテンとメイベルの長髪がバサバサとはためいた。雨粒も無遠慮に部屋へ侵入し、外と同じような有様になっていく。

 質の良い絨毯が変色していったが、メイベルは、まあいいか、と視線を外に戻した。先日に擦り付けられた悪役令嬢の、趣きを感じてのことだった。

 この家に家主は居ない。或いは、メイベルが新しい主人ということかもしれなかった。

 この部屋がびしょ濡れになり、家の中の物が傷んでしまおうが、すべてはメイベルの意志一つなのだ。メイドも居ないのだから、手を煩わせる人を考える必要もない。

 広い屋敷で独りぼっち。
 部屋を替えれば遠く町の灯火が見えたかもしれないが、メイベルが今居る部屋は明かりがついておらず木々を正面に真っ暗闇だった。

 満月だけが、雨雲にかろうじて遮られずメイベルに光を差し込んでいる。

 いまさら窓を閉め明かりを灯そうという気にもなれなかった。

 生まれたての捨てられた子犬が、軒下に吹き込む冷たい雨から逃れる術を持たないように。
 ダンジョンに捨て置かれて、一人で踏破するしかなかったように。

 あの時ほど、神君竜王を奉った壁画に感動したことはない。壁画は薄汚れていたが、青白い燐光を散らし美しかった。

 だから人間が、雨に降られた哀れな子犬を気紛れで拾うように。神君竜王がメイベルを拾ってくれないかと夢想するのだ。

 きっと拾ってくれるに違いない。
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