3 / 55
第一章
3.ということで拾われ溺愛狙います
しおりを挟む
ぼんやりと外を見ていたところで、ぽつりぽつりと雨が降り始める。
実は、先ほどから雷鳴だけは遠くで聞こえていたので、それがやってきたのだろう。メイベルが見上げる窓に、点々と水滴が張りつく。
満月の夜で、まんまるのお月様が半円形の窓にいい具合に映っていたのが、水滴で少しずつゆがんでいく。
それが知らない間に侍女に嵌められていた己の姿と重なれば、暗雲はあっという間に星空を覆い隠し、大粒の雨がこれでもかも窓を打ち鳴らした。
ピカリ。空が光る。音はすぐに聞こえた。
メイベルは雨に濡れるのもお構いなしに窓を開けた。風が雨ごと吹き込んで、涼しいより先に冷たいと感じる。
それで良かった。雨に濡れていないより、雨に濡れている自分の方が今の心境に合う。
捨てられた子犬が雨の中、くぅん、と鳴いているような。こんなにも冷たい雨だ。哀愁を誘う。これはもう拾うしかないだろう。
閃光が鳴った。それくらい光と音が重なった時、メイベルの胸裏にそれは閃く。メイベルはぐっと拳を胸元で握りしめた。
「そうだわ。これはもう、神君竜王が現れて、気紛れに私を拾うのよ!」
そして腕を組み、うんうん、と満足げに深くうなずく。
「様々な種族を平等に救ったと言われる神君竜王だもの。その御心は広いから、きっと人が犬を拾うように可愛がってくれるに違いないわ」
正直、そう思っていないと、ちょっとやってられない。
古来より紡がれる、竜王の救済伝説は枚挙にいとまがないのだから、王都から追放され実家からも勘当され、片田舎のボロ屋敷に追いやられた今くらい、妄想したって罰は当たらないだろう。
救済される側は、たいてい強者に虐げられた民草なのは言いっこなしだ。救われる貴族の逸話だってないこともない。
風がいっそう強くなり、部屋のカーテンとメイベルの長髪がバサバサとはためいた。雨粒も無遠慮に部屋へ侵入し、外と同じような有様になっていく。
質の良い絨毯が変色していったが、メイベルは、まあいいか、と視線を外に戻した。先日に擦り付けられた悪役令嬢の、趣きを感じてのことだった。
この家に家主は居ない。或いは、メイベルが新しい主人ということかもしれなかった。
この部屋がびしょ濡れになり、家の中の物が傷んでしまおうが、すべてはメイベルの意志一つなのだ。メイドも居ないのだから、手を煩わせる人を考える必要もない。
広い屋敷で独りぼっち。
部屋を替えれば遠く町の灯火が見えたかもしれないが、メイベルが今居る部屋は明かりがついておらず木々を正面に真っ暗闇だった。
満月だけが、雨雲にかろうじて遮られずメイベルに光を差し込んでいる。
いまさら窓を閉め明かりを灯そうという気にもなれなかった。
生まれたての捨てられた子犬が、軒下に吹き込む冷たい雨から逃れる術を持たないように。
ダンジョンに捨て置かれて、一人で踏破するしかなかったように。
あの時ほど、神君竜王を奉った壁画に感動したことはない。壁画は薄汚れていたが、青白い燐光を散らし美しかった。
だから人間が、雨に降られた哀れな子犬を気紛れで拾うように。神君竜王がメイベルを拾ってくれないかと夢想するのだ。
きっと拾ってくれるに違いない。
実は、先ほどから雷鳴だけは遠くで聞こえていたので、それがやってきたのだろう。メイベルが見上げる窓に、点々と水滴が張りつく。
満月の夜で、まんまるのお月様が半円形の窓にいい具合に映っていたのが、水滴で少しずつゆがんでいく。
それが知らない間に侍女に嵌められていた己の姿と重なれば、暗雲はあっという間に星空を覆い隠し、大粒の雨がこれでもかも窓を打ち鳴らした。
ピカリ。空が光る。音はすぐに聞こえた。
メイベルは雨に濡れるのもお構いなしに窓を開けた。風が雨ごと吹き込んで、涼しいより先に冷たいと感じる。
それで良かった。雨に濡れていないより、雨に濡れている自分の方が今の心境に合う。
捨てられた子犬が雨の中、くぅん、と鳴いているような。こんなにも冷たい雨だ。哀愁を誘う。これはもう拾うしかないだろう。
閃光が鳴った。それくらい光と音が重なった時、メイベルの胸裏にそれは閃く。メイベルはぐっと拳を胸元で握りしめた。
「そうだわ。これはもう、神君竜王が現れて、気紛れに私を拾うのよ!」
そして腕を組み、うんうん、と満足げに深くうなずく。
「様々な種族を平等に救ったと言われる神君竜王だもの。その御心は広いから、きっと人が犬を拾うように可愛がってくれるに違いないわ」
正直、そう思っていないと、ちょっとやってられない。
古来より紡がれる、竜王の救済伝説は枚挙にいとまがないのだから、王都から追放され実家からも勘当され、片田舎のボロ屋敷に追いやられた今くらい、妄想したって罰は当たらないだろう。
救済される側は、たいてい強者に虐げられた民草なのは言いっこなしだ。救われる貴族の逸話だってないこともない。
風がいっそう強くなり、部屋のカーテンとメイベルの長髪がバサバサとはためいた。雨粒も無遠慮に部屋へ侵入し、外と同じような有様になっていく。
質の良い絨毯が変色していったが、メイベルは、まあいいか、と視線を外に戻した。先日に擦り付けられた悪役令嬢の、趣きを感じてのことだった。
この家に家主は居ない。或いは、メイベルが新しい主人ということかもしれなかった。
この部屋がびしょ濡れになり、家の中の物が傷んでしまおうが、すべてはメイベルの意志一つなのだ。メイドも居ないのだから、手を煩わせる人を考える必要もない。
広い屋敷で独りぼっち。
部屋を替えれば遠く町の灯火が見えたかもしれないが、メイベルが今居る部屋は明かりがついておらず木々を正面に真っ暗闇だった。
満月だけが、雨雲にかろうじて遮られずメイベルに光を差し込んでいる。
いまさら窓を閉め明かりを灯そうという気にもなれなかった。
生まれたての捨てられた子犬が、軒下に吹き込む冷たい雨から逃れる術を持たないように。
ダンジョンに捨て置かれて、一人で踏破するしかなかったように。
あの時ほど、神君竜王を奉った壁画に感動したことはない。壁画は薄汚れていたが、青白い燐光を散らし美しかった。
だから人間が、雨に降られた哀れな子犬を気紛れで拾うように。神君竜王がメイベルを拾ってくれないかと夢想するのだ。
きっと拾ってくれるに違いない。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる