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お姫さまに大変身
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わたしの体感で、たぶん一時間後。
大きな鏡の前で、わたしはポーッとしていた。
鏡のなかに、レースがついたかわいらしいドレスに身を包む、ひとりの女の子が映っていたのだった。それは、大変身したわたしだ。
「おじょうさま、いかがでございますか?」
ホンモノのお姫さまみたい……。
胸元には宝石がキラキラと輝いている。お母さんが持っているネックレスよりも、ずっと豪華だった。
「え、ええと、なんていうか……」
感想を言いたくても、コトバがなかなか出てこなかった。しどろもどろになっていると、女のひとたちが下がり、マエダさんがうやうやしく進みでてきた。
「あの、マエダさん、本当にいいんですか? このドレスといい、部屋といい、こんなに親切にしてもらっちゃって……」
「もちろんでございます。王さまの思し召しですから」
マエダさんは、キッパリと断言した。
「王さまの?」
なんかちょっとこわいなあ。この世界は何もかも、王さまの思いのままになっちゃうんだ。
それにしても、なんでこんなに親切にしてくれるんだろう。
汗が肌をチクチク刺すのを感じた。
「それでは、おじょうさま。しばらくおくつろぎくださいませ。また、あとでまいります」
「はあ」
わたしが間の抜けた返事をすると、マエダさんはいそいそと部屋を出ていく。
とびらが閉まり、その姿が見えなくなってから、
「あっ、わたしのワンピース!」
自分が着ていた服を持っていかれたことに気づいた。
お気に入りなんだから、返してもらわないと。
家に帰るとき、こんな高価そうなドレスを着ていけないし。
わたしはマエダさんを追いかけていこうとした。けれども、ドレスのすそを踏んづけてしまい、前につんのめってしまう。
「ととっ!」
踏んばろうとしたけれど、そのまま見事にビターン! と転んじゃった……!
布がたっぷりのドレスのおかげでケガをしなかったのがさいわいだった。
「やだあ、動きにくい! なんなの、このドレス。ちっとも実用的じゃない」
お姫さまって、いつもこんなのを着ているんだ。大変だなあ。
しみじみ、そう思ったときだ。ポロッと涙がでてきた。
わたし、家に帰れるのかな?
「おばあちゃん……」
ドレスのなかに忍ばせていた書斎のカギを取りだし、ギュッとにぎりしめる。
すると。
どこからか、クスクスという笑い声が聞こえてきて。
わたしはハッと顔をあげた。
おばあちゃんの書斎で聞いた声と同じだ。もしかすると、こんなとんでもない状況になっているのは、この声の主のせい?
わたしのこと、おもしろがって見ているんじゃ……?
そうだとしたら、サイアクだ!
ピンきたわたしは、ドレスのすそを両手で持ちあげながら、えいやっと立ちあがった。
「だれ? だれかいるんでしょ?」
大きな声でさけぶと、笑い声がピタッと止んだ。
あっ、逃げられちゃう?
そうはさせないんだから!
「隠れて見ているなんてずるいよっ。こうなったのは、あなたのしわざなの? 怒らないから姿を見せて!」
仁王立ちになり、ぐるりと部屋を見まわす。
「だれなの? でてきて!」
わたしの声だけがひびく。
「あなた、チカゲにそっくりな顔をしているのに性格はぜんぜんちがうのね」
とつぜん、耳もとで声がした。
「わっ!」
おどろいたひょうしに、また、ドレスのすそに足をとられて、ずべっと転んでしまう。
「ななな、何!? いま、声がした!」
よつんばいになって見あげて、コトバを失った。
「あらあら、たいへん」
虫のように薄い羽が背中についた、小さな人間――どう見ても女の子――が、宙に浮かんでいた。わたしに向かって、肩をすくめて笑っている。
これは、まさか。
「妖精? えっ、妖精なの?」
頭のなかに浮かんだコトバをそのままつぶやく。
「フフッ、あたり! わたしは妖精よ」
そう言うと妖精は、わたしの顔のまわりをすいーっと飛んだ。
「フフッ、フフフフッ」
羽が動くのにあわせて、金色のキラキラ光る粉のようなものが舞い、筋となって円を形づくる。それはらせんになって、風のようにくるくると渦巻いた。
「わあ、キレイ……!」
ウットリするほど、ステキな光景だった。まるで雪みたい。金色の雪。
息が止まりそう……。
手のひらで光る粉を受けとめたら、やっぱり雪のように、はかなく消えてなくなった。
怒っていたことも忘れて、とても感動しちゃった。
「妖精なんて、本のなかでしか見たことがなかった。本当にいたんだね……って、あっ!」
見とれている場合じゃなかった!
「ねえ、教えて!」
わたしは部屋のどこかにいる妖精に向かって、声を張りあげた。
「あなたなの? おばあちゃんの書斎で笑っていたのは。それに千景って、おばあちゃんの名前だよ? どうして知っているの?」
一筋の光がスーッとおりてきて、わたしの正面でそれは止まった。
「あらあら、あなた。相当のあわてんぼさんね。もしくは、せっかちさん? いちどにたくさん聞かれても答えられないわ」
妖精は、もったいぶったような言い方をした。
「あ、ごめんなさい……」
「フフッ。まあ、いいわ。こっちに来るのは、はじめてなんだもの。知らないことだらけよね。ちゃんと教えてあげるから心配しないで。では、まず自己紹介から」
妖精は茶目っ気たっぷりに片目を閉じて、ウフッと肩をすくめた。
「わたしはティファニー。チカゲはわたしの友だちなのよ。だから、あなたとも友だちになってあげる。よろしくね、チトセ」
「え、ええっ?」
わたしは目を見ひらくばかりで、しばらく口がきけなかった。
大きな鏡の前で、わたしはポーッとしていた。
鏡のなかに、レースがついたかわいらしいドレスに身を包む、ひとりの女の子が映っていたのだった。それは、大変身したわたしだ。
「おじょうさま、いかがでございますか?」
ホンモノのお姫さまみたい……。
胸元には宝石がキラキラと輝いている。お母さんが持っているネックレスよりも、ずっと豪華だった。
「え、ええと、なんていうか……」
感想を言いたくても、コトバがなかなか出てこなかった。しどろもどろになっていると、女のひとたちが下がり、マエダさんがうやうやしく進みでてきた。
「あの、マエダさん、本当にいいんですか? このドレスといい、部屋といい、こんなに親切にしてもらっちゃって……」
「もちろんでございます。王さまの思し召しですから」
マエダさんは、キッパリと断言した。
「王さまの?」
なんかちょっとこわいなあ。この世界は何もかも、王さまの思いのままになっちゃうんだ。
それにしても、なんでこんなに親切にしてくれるんだろう。
汗が肌をチクチク刺すのを感じた。
「それでは、おじょうさま。しばらくおくつろぎくださいませ。また、あとでまいります」
「はあ」
わたしが間の抜けた返事をすると、マエダさんはいそいそと部屋を出ていく。
とびらが閉まり、その姿が見えなくなってから、
「あっ、わたしのワンピース!」
自分が着ていた服を持っていかれたことに気づいた。
お気に入りなんだから、返してもらわないと。
家に帰るとき、こんな高価そうなドレスを着ていけないし。
わたしはマエダさんを追いかけていこうとした。けれども、ドレスのすそを踏んづけてしまい、前につんのめってしまう。
「ととっ!」
踏んばろうとしたけれど、そのまま見事にビターン! と転んじゃった……!
布がたっぷりのドレスのおかげでケガをしなかったのがさいわいだった。
「やだあ、動きにくい! なんなの、このドレス。ちっとも実用的じゃない」
お姫さまって、いつもこんなのを着ているんだ。大変だなあ。
しみじみ、そう思ったときだ。ポロッと涙がでてきた。
わたし、家に帰れるのかな?
「おばあちゃん……」
ドレスのなかに忍ばせていた書斎のカギを取りだし、ギュッとにぎりしめる。
すると。
どこからか、クスクスという笑い声が聞こえてきて。
わたしはハッと顔をあげた。
おばあちゃんの書斎で聞いた声と同じだ。もしかすると、こんなとんでもない状況になっているのは、この声の主のせい?
わたしのこと、おもしろがって見ているんじゃ……?
そうだとしたら、サイアクだ!
ピンきたわたしは、ドレスのすそを両手で持ちあげながら、えいやっと立ちあがった。
「だれ? だれかいるんでしょ?」
大きな声でさけぶと、笑い声がピタッと止んだ。
あっ、逃げられちゃう?
そうはさせないんだから!
「隠れて見ているなんてずるいよっ。こうなったのは、あなたのしわざなの? 怒らないから姿を見せて!」
仁王立ちになり、ぐるりと部屋を見まわす。
「だれなの? でてきて!」
わたしの声だけがひびく。
「あなた、チカゲにそっくりな顔をしているのに性格はぜんぜんちがうのね」
とつぜん、耳もとで声がした。
「わっ!」
おどろいたひょうしに、また、ドレスのすそに足をとられて、ずべっと転んでしまう。
「ななな、何!? いま、声がした!」
よつんばいになって見あげて、コトバを失った。
「あらあら、たいへん」
虫のように薄い羽が背中についた、小さな人間――どう見ても女の子――が、宙に浮かんでいた。わたしに向かって、肩をすくめて笑っている。
これは、まさか。
「妖精? えっ、妖精なの?」
頭のなかに浮かんだコトバをそのままつぶやく。
「フフッ、あたり! わたしは妖精よ」
そう言うと妖精は、わたしの顔のまわりをすいーっと飛んだ。
「フフッ、フフフフッ」
羽が動くのにあわせて、金色のキラキラ光る粉のようなものが舞い、筋となって円を形づくる。それはらせんになって、風のようにくるくると渦巻いた。
「わあ、キレイ……!」
ウットリするほど、ステキな光景だった。まるで雪みたい。金色の雪。
息が止まりそう……。
手のひらで光る粉を受けとめたら、やっぱり雪のように、はかなく消えてなくなった。
怒っていたことも忘れて、とても感動しちゃった。
「妖精なんて、本のなかでしか見たことがなかった。本当にいたんだね……って、あっ!」
見とれている場合じゃなかった!
「ねえ、教えて!」
わたしは部屋のどこかにいる妖精に向かって、声を張りあげた。
「あなたなの? おばあちゃんの書斎で笑っていたのは。それに千景って、おばあちゃんの名前だよ? どうして知っているの?」
一筋の光がスーッとおりてきて、わたしの正面でそれは止まった。
「あらあら、あなた。相当のあわてんぼさんね。もしくは、せっかちさん? いちどにたくさん聞かれても答えられないわ」
妖精は、もったいぶったような言い方をした。
「あ、ごめんなさい……」
「フフッ。まあ、いいわ。こっちに来るのは、はじめてなんだもの。知らないことだらけよね。ちゃんと教えてあげるから心配しないで。では、まず自己紹介から」
妖精は茶目っ気たっぷりに片目を閉じて、ウフッと肩をすくめた。
「わたしはティファニー。チカゲはわたしの友だちなのよ。だから、あなたとも友だちになってあげる。よろしくね、チトセ」
「え、ええっ?」
わたしは目を見ひらくばかりで、しばらく口がきけなかった。
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