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1章 出会いと記憶

8.約束のパンケーキ

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三時のおやつに、ふわふわのパンケーキ、おひとついかが?

昔の遠い遠い、忘れてしまった記憶の奥底で女の子が優しい声でそう聴いてくるのを思い出す。
たしかあの時パンケーキにはたっぷりの蜂蜜ととろけたバターひんやり冷たいバニラが程よくきいたアイスがトッピングされていたんだったかしら?
それを思い出した魔女はどうしてもあのふわふわのパンケーキが食べたくなって読み途中だった本を本棚へと差し込んだ

キッチンに向かうと甘くて、とても美味しそうな匂いが漂っている
じいやかエーデルが何かお菓子でも作っているのだろうか?

「あ!魔女さま!珍しいですね、この時間帯にこちらに参られるなんて」
「やっぱり、エーデルだったのね
廊下にまでずぅっといい匂いが漂っていたわ
確かにそうね。でも私、パンケーキが食べたくなってしまって…」
「あら、ちょうどいいですわ!私もいまパンケーキを作っていたところなんです。
魔女さまもどうですか?」
「なら、お言葉に甘えていただこうかしら」
「ふふ、かしこまりました!もう少しで焼き上がるのでお待ちくださいな」
「えぇ、お願いね。」

軽い足取りでキッチンに消えていくエーデルを見送り、魔女は少し目を閉じる
ずっとずっと、何か約束を忘れている気がする
考えても、なにも思い出せない。でも、少しだけ覚えているあのパンケーキを食べればなにか思い出す手掛かりになるかもしれない
カチャカチャと食器が重なる音が心地いい
耳を傾け待っていると食堂の扉がガチャリと開いた

「あら、リオン」
「え、あぁ!魔女さまこんにちは
珍しいですね」
「その話、さっきエーデルともしたわ
やはり夫婦ね」
「あの…揶揄うのは…」
「ごめんなさいね、だって面白いんですもの」

そうクスクスと笑うとリオンはハァと深くため息をついていた
よく見るとその腰には木刀が下げられており、どうやら鍛錬を終えて戻ってきたようだった

「今日も素振りをしてきたの?」
「えぇ、日々の鍛錬が実践で実を結ぶのです
まぁ、ここにいる限り、実践はなさそうですが…」
「いいじゃない、それは平和ということよ
それに、何かあっても妻を守る強さは必要だもの。何事にも無駄なんてものはないわ」

そんな風に話しているとキッチンに消えたエーデルがお皿をもって現れる
お皿の上にはふわふわと柔らかそうな、絵本に出てくるような分厚いパンケーキが乗っていてとても美味しそうな匂いが部屋中に広がっている

「リオン、お帰りなさい
魔女さま、お待たせしました!付け合わせの蜂蜜をとってきますね」
「あぁ、エーデルただいま。
今日のおやつはパンケーキか、美味しそうだ」
「ありがとう。ホント、美味しそう
すごいわね、絵本に出てくるみたいなパンケーキ。私も前にチャレンジしてみたのだけれど、こんなに分厚くはならなかったわ」
「エーデルはお菓子作りが昔からとても得意で…
魔女さまもコツとかを聞いてみては?」
「そうね、あとで聞いてみようかしら」

ふわふわでいい匂い、記憶の中のパンケーキとはまたちょっと違うけどもこれはこれでとても美味しそう
戻ってきたエーデルに蜂蜜とバターを渡され、パンケーキにかけて切り込みを入れてパクリ

「あぁ、とっても美味しい
ふわふわ、ふかふかでそれでいてバターが甘さを引き立ててくれて…幸せだわ」
「そこまで喜んでくださるなんて、作って良かったですわ」
「えぇ、ありがとう
エーデル、どうやってこんなに分厚く焼けるのかしら?」
「ふふ、それにはちょっとしたコツがありますのよ」

忘れてしまった記憶は完全には思い出せないけれど、それが幸せで大切な宝物だったと確信する
いつか完全に思い出せる日が来るのだろうかなんて、夫婦との談笑を楽しみながら魔女は小さく微笑んだ








『約束しましょ、この戦いが終わったらまたあのパンケーキが食べたいな』

──それは誰との約束だったか
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