魔女の理想郷で〜それは誰かを待ち続ける少女の話〜

無月

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1章 出会いと記憶

4.令嬢との戯れ

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「エーデル、そこの柘榴を絞った汁を鍋に入れてちょうだい」
「はい!」

穏やか日差しが入る調合室で魔女とエーデルは大きな鍋を掻き混ぜていた

「うーんやはりこの柘榴の赤さは慣れません…」
「あぁ、そうね…
まぁ、血のような色だけれど甘酸っぱくて美味しいわよ」
「…え?」
「え?」

まだ液体にしていない柘榴を片手にエーデルはピシリと固まりもう一度小さな声でえ?っと呟いた

「あら、食べたことなかった?
ゼリーとかにすると爽やかで私結構好きなのよ」
「え、でも柘榴って血の味が…」
「血の味?それは迷信よ?
というか、そちらの世界でもそういう扱いなのね」

美味しいのに、と魔女は宝石のように赤くキラキラと光る柘榴を一粒摘んだ
ハッと息を飲んで見つめていたエーデルにも「あーん」と声をかけ口を開かせた

「…!!っ!!…!!!」
「どうかしら?あぁ、種は硬いから出しちゃいなさいな」
「す、すっぱい…」
「苦手だったかしら?」
「いえ、クセになる…甘酸っぱさ…?
んん、でもいっぱいは食べれませんわ…」
「なら後でじいやに柘榴ジュースにミルクを入れてもらいましょう
まろやかで飲みやすくなるの」
「なるほど…!ミルクなら合いそうですね
…昔、ばあやが柘榴食べてしまうと吸血鬼になってしまうと話していたのです。」
「そうなの?
私のいた世界でも、柘榴を食べてしまうと帰れなくなってしまうとか、鬼…オーガの娘が人肉の代わりに柘榴を食べていたなんて話があったわね」
「帰れなくなってしまう…?!」
「それも迷信よ迷信。
安心なさい、そんな事無いから」

サッと顔色が青ざめたエーデルを嗜めながら魔女は鍋を掻き混ぜているとふと、何時だったか似たような会話を誰かとしたのを思い出す

「そういえば昔…ずっと昔にもこんな会話をしたわ」
「昔…ですか?」
「えぇ、誰だったか忘れたのだけど、今見たく薬を作っている時に柘榴の汁があるのを見てね、「まさか自分の血を抜いて入れているんじゃ…?!」って勘違いされてしまったのよ」
「確かに…よく見ないと血に見間違えてしまいますもの」

柘榴の入ったビーカーを光に照らしエーデルはゆらゆらと揺らした

「そうね、それで皆に自分を大事にしろと怒られ…」
「…?魔女さま?どうかされました?」
「…んーん、何でもないわ
怒られてしまってね、説明がとっても大変だったわ」
「ふふ、でも真っ先に魔女さまの心配をなさるなんて、とってもいい方たちなんでしょうね」
「えぇ…もう、私には誰だったか分からないけれど…」

暖かで、楽しくてそれでいてどこか寂しい…
ずっと何かを忘れている、それはきっとこの記憶。
魔女は目を伏せ呟いた

「大事な記憶な筈なのに、忘れている…
私って冷たい人間なのかもしれないわ」
「いいえ、魔女さま
人は何時しか記憶を失っていく生き物なんだそうです。
だから何かを忘れてしまうのは仕方ない事ですわ
もしかしたらまたいつか思い出せるかも知れませんし…
それに、そんなに楽しそうに大事に語るような魔女さまが冷たい人間な訳ありませんわ」

ギュッと手を握られた魔女はその笑みに一瞬誰かを重ね、ハッと息を飲む
それに首を傾げたエーデルに誤魔化すように「楽しそうにしていたかしら」と聞いてみる


「えぇ!とっても楽しそうに笑っておりましたわ!」先輩は皆が集まると楽しそうに笑うよね!

「…そう、そうね。
ねぇ、エーデル。また何か思い出したら、私の大事な思い出話、聞いてくれる?」
「もちろんですわ!」
「あと、エーデルの事も私、知りたいわ
特に、リオンとの事、とか」
「え!?あ、あの、それは…その…」
「早めに終わらせて恋バナしましょう」
「うっ…お、御手柔らかに…」

魔女は満面の笑みを浮かべ鍋を掻き混ぜた
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