16 / 53
第十六回 陀円《だえん》
しおりを挟む
夜になり、暗がりに紛れて翔地《しゅうち》を使って、
至落宮《しらくきゅう》に近づく。
灯りを持ちながら二人の衛兵が壁の周囲を回っている。
「この暗さならいける......」
裏手に回り、衛兵が角を曲がっていくのを見計らって、
翔地《しゅうち》で壁を駆け上がる。
壁にのり、そこから届く建物の三階の廊下に降りる。
「かなり広いな......
教祖はやはり中央か、もしくは高いところだろうな。
調べると相手が気を使うならばれるが......仕方ない」
気を探ると、中央の塔に二人の人がいた。
とりあえず四階に向かい、
一番高い塔のようになっている部屋の壁に、
水如杖《すいにょじょう》を鉤のようにして使い取りつく。
(......中から声がする)
窓からそっとのぞくと、
豪華な金の刺繍の入る黒いローブのような服を着た男と、
女性の信徒が話していた。
「陀円《だえん》さま。何か用があればお呼び下さい」
「わかりました。下がって下さい」
信徒は礼をして下がる。
「仙人さま何用ですか?」
そうこちらを振り返らず聞いてきた。僕は窓から部屋に入る。
「気づいていたんですね」
「少しだけ、気のことを教わっていましたのでね。
あなたがこちらを探ったとき気づきましたよ」
顔の整った黒い長髪の若い男は、
こちらを振り向きながらそういった。
「あなたの目的はなんなのですか?」
「ここにこられるくらいだ。私の意図などご存じでしょう?」
「お金と人ですか」
「ええ、それもありますね」
陀円《だえん》は事も無げにさらっとそう言い、さらに続ける。
「大勢の人を騙して信徒にして、金を得るなんて......
そう言いたいのですか?
ですが、私は何も法に触れることはしておりません。
騙してさえいませんよ。薬はきちんと効くでしょう。
彼らはあなたに、騙されたから救ってくれとでもいいましたか?」
「......確かにそんなことは言っていません。
しかし、破産するほどのお金と労働を強いている」
「ええ、彼らが自らしたいと言うのです。
自らの罪の懺悔と救いを求めてね......」
悪びれもせずそういった。
「......彼らの境遇をしり、そう言う風に仕向けたのではないですか」
ふふっと陀円《だえん》は笑う。
「人は希望がなければ生きられないのですよ。
私はそれを提示しただけ、選ぶのは本人の意思、
それをおかしいというのは仙人だからですか?
偉い仙人だから正しいのだと?それは傲慢というものです」
「そんなつもりは......」
(いや、確かに仙人だからと考えがなかったわけじゃない......)
そして陀円《だえん》は話を続ける。
「何が救いになるかはその人次第でしょう。
彼らは神を信じることで希望を持ち救われる。
代わりに私は金と権力を得る......何がおかしいのですか?」
両手を広げ、まるで演説をするかのように、
陀円《だえん》は大げさに話した。
「わかりました......
法を破っていない限りは、勝手に捕らえることもできない。
ただ、曇斑疫《どんはんえき》はあなたが作り出したものですか。
もし、そうなら......」
僕は水如杖《すいにょじょう》を握る。
「どうやら私を疑っているようですが、私ではありませんよ」
「......内丹術《ないたんじゅつ》で作った薬に効果があったのを、
知っていましたよね。それは、たまたまだと言うのですか」
そういうと、目をつぶり語り始めた。
「教えてもらったのですよ。
私が曇斑疫《どんはんえき》にかかり、命を失う前にね。
曇斑疫《どんはんえき》は、
内丹術《ないたんじゅつ》で治せると......
そして作り方も教わりました」
「一体誰なんですか」
「......灰混仙《かいこんせん》その男はそう名乗っていましたね」
「灰混仙《かいこんせん》......それは仙人ですか?
なぜあなたにその事を......」
「......さあ、気の術を使うから仙人か道士なのでしょうね。
てすが、どちらでもいい、私はその男を信じていませんから」
陀円《だえん》は冷めた目をしてそういった。
「......あなたの恩人なのでしょう」
「恩人......確かに命は救ってもらいましたよ。
ですが、私は死にたかったのに全く余計なお世話でした」
そう吐き捨てるようにいった。
「......私は蒼穹《そうきゅう》の生まれで、
ひどい貧しさの中でも必死に生きてきました。
それは妹が......弥英《みえい》がいたからです。
あの子は私の希望でした。
ですが、五年前、曇斑疫《どんはんえき》が妹を奪った......」
「それで死のうと」
「......ええ、ですが灰混仙《かいこんせん》は私を助けた。
妹は助けられずにね......いやあいつだけじゃない。
国の奴らも誰も助けてくれなかった。誰一人も......」
そういう陀円《だえん》の目は憎悪に満ちていた。
(この人は......)
「もういいでしょう......お帰りください。
それとも私を殺しますか?それでも構いませんがね」
そういって陀円《だえん》は哀しそうに笑った。
(僕にはこれ以上なにもできない......)
僕が至落宮《しらくきゅう》より、安楽堂に戻った二日後、
陀円《だえん》は元信徒によって殺されたとの報がきた。
至落宮《しらくきゅう》に近づく。
灯りを持ちながら二人の衛兵が壁の周囲を回っている。
「この暗さならいける......」
裏手に回り、衛兵が角を曲がっていくのを見計らって、
翔地《しゅうち》で壁を駆け上がる。
壁にのり、そこから届く建物の三階の廊下に降りる。
「かなり広いな......
教祖はやはり中央か、もしくは高いところだろうな。
調べると相手が気を使うならばれるが......仕方ない」
気を探ると、中央の塔に二人の人がいた。
とりあえず四階に向かい、
一番高い塔のようになっている部屋の壁に、
水如杖《すいにょじょう》を鉤のようにして使い取りつく。
(......中から声がする)
窓からそっとのぞくと、
豪華な金の刺繍の入る黒いローブのような服を着た男と、
女性の信徒が話していた。
「陀円《だえん》さま。何か用があればお呼び下さい」
「わかりました。下がって下さい」
信徒は礼をして下がる。
「仙人さま何用ですか?」
そうこちらを振り返らず聞いてきた。僕は窓から部屋に入る。
「気づいていたんですね」
「少しだけ、気のことを教わっていましたのでね。
あなたがこちらを探ったとき気づきましたよ」
顔の整った黒い長髪の若い男は、
こちらを振り向きながらそういった。
「あなたの目的はなんなのですか?」
「ここにこられるくらいだ。私の意図などご存じでしょう?」
「お金と人ですか」
「ええ、それもありますね」
陀円《だえん》は事も無げにさらっとそう言い、さらに続ける。
「大勢の人を騙して信徒にして、金を得るなんて......
そう言いたいのですか?
ですが、私は何も法に触れることはしておりません。
騙してさえいませんよ。薬はきちんと効くでしょう。
彼らはあなたに、騙されたから救ってくれとでもいいましたか?」
「......確かにそんなことは言っていません。
しかし、破産するほどのお金と労働を強いている」
「ええ、彼らが自らしたいと言うのです。
自らの罪の懺悔と救いを求めてね......」
悪びれもせずそういった。
「......彼らの境遇をしり、そう言う風に仕向けたのではないですか」
ふふっと陀円《だえん》は笑う。
「人は希望がなければ生きられないのですよ。
私はそれを提示しただけ、選ぶのは本人の意思、
それをおかしいというのは仙人だからですか?
偉い仙人だから正しいのだと?それは傲慢というものです」
「そんなつもりは......」
(いや、確かに仙人だからと考えがなかったわけじゃない......)
そして陀円《だえん》は話を続ける。
「何が救いになるかはその人次第でしょう。
彼らは神を信じることで希望を持ち救われる。
代わりに私は金と権力を得る......何がおかしいのですか?」
両手を広げ、まるで演説をするかのように、
陀円《だえん》は大げさに話した。
「わかりました......
法を破っていない限りは、勝手に捕らえることもできない。
ただ、曇斑疫《どんはんえき》はあなたが作り出したものですか。
もし、そうなら......」
僕は水如杖《すいにょじょう》を握る。
「どうやら私を疑っているようですが、私ではありませんよ」
「......内丹術《ないたんじゅつ》で作った薬に効果があったのを、
知っていましたよね。それは、たまたまだと言うのですか」
そういうと、目をつぶり語り始めた。
「教えてもらったのですよ。
私が曇斑疫《どんはんえき》にかかり、命を失う前にね。
曇斑疫《どんはんえき》は、
内丹術《ないたんじゅつ》で治せると......
そして作り方も教わりました」
「一体誰なんですか」
「......灰混仙《かいこんせん》その男はそう名乗っていましたね」
「灰混仙《かいこんせん》......それは仙人ですか?
なぜあなたにその事を......」
「......さあ、気の術を使うから仙人か道士なのでしょうね。
てすが、どちらでもいい、私はその男を信じていませんから」
陀円《だえん》は冷めた目をしてそういった。
「......あなたの恩人なのでしょう」
「恩人......確かに命は救ってもらいましたよ。
ですが、私は死にたかったのに全く余計なお世話でした」
そう吐き捨てるようにいった。
「......私は蒼穹《そうきゅう》の生まれで、
ひどい貧しさの中でも必死に生きてきました。
それは妹が......弥英《みえい》がいたからです。
あの子は私の希望でした。
ですが、五年前、曇斑疫《どんはんえき》が妹を奪った......」
「それで死のうと」
「......ええ、ですが灰混仙《かいこんせん》は私を助けた。
妹は助けられずにね......いやあいつだけじゃない。
国の奴らも誰も助けてくれなかった。誰一人も......」
そういう陀円《だえん》の目は憎悪に満ちていた。
(この人は......)
「もういいでしょう......お帰りください。
それとも私を殺しますか?それでも構いませんがね」
そういって陀円《だえん》は哀しそうに笑った。
(僕にはこれ以上なにもできない......)
僕が至落宮《しらくきゅう》より、安楽堂に戻った二日後、
陀円《だえん》は元信徒によって殺されたとの報がきた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説

サバイバル能力に全振りした男の半端仙人道
コアラ太
ファンタジー
年齢(3000歳)特技(逃げ足)趣味(採取)。半仙人やってます。
主人公は都会の生活に疲れて脱サラし、山暮らしを始めた。
こじんまりとした生活の中で、自然に触れていくと、瞑想にハマり始める。
そんなある日、森の中で見知らぬ老人から声をかけられたことがきっかけとなり、その老人に弟子入りすることになった。
修行する中で、仙人の道へ足を踏み入れるが、師匠から仙人にはなれないと言われてしまった。それでも良いやと気楽に修行を続け、正式な仙人にはなれずとも。足掛け程度は認められることになる。
それから何年も何年も何年も過ぎ、いつものように没頭していた瞑想を終えて目開けると、視界に映るのは密林。仕方なく周辺を探索していると、二足歩行の獣に捕まってしまう。言葉の通じないモフモフ達の言語から覚えなければ……。
不死になれなかった半端な仙人が起こす珍道中。
記憶力の無い男が、日記を探して旅をする。
メサメサメサ
メサ メサ
メサ メサ
メサ メサ
メサメサメサメサメサ
メ サ メ サ サ
メ サ メ サ サ サ
メ サ メ サ ササ
他サイトにも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。


無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる