11 / 34
第十一章 屍の視線(2)
しおりを挟む
扉が閉まる音。
それを合図に、便器の蓋を持ち上げて屈み込む。歯ブラシを掴み、柄を慎重に喉の奥へ挿入する。本当は指の方が楽にできる。だが、吐きだこは作りたくない。
涙が滲み、胃が痙攣する。身体が深く折れ、その瞬間が訪れる。
息を整えながら便器の中を見れば、未消化の食物が白い液体に塗れて半分沈んでいる。
胃酸の味がする唾液を全て吐き捨ててから、レバーを押した。
吐きだこがなくても、酸で歯が劣化していたら意味がない。閉じた便器の蓋に腰かけて、ぼんやりと歯を磨く。視界の端で機械的に動く腕は、自分のもののようには見えない。眩暈を起こさないようにゆっくりと立ち上がって、けれども視界は奇妙に色を失いつつあり、口をすすいで顔を上げれば白い顔をした男に見つめ返される。
男? どうだろう。あまりに痩せて表情が乏しいため、性別はおろか生物か否かも定かではない。
モノクロームの景観が、徐々に黒くぼやけていく。床にうずくまり、壁に背を預け、そっと目を閉じる。今は眠りたい。何も考えず、何ものにも脅かされずに。
眠りの中でだけ、自分は死ぬことができる。
それを合図に、便器の蓋を持ち上げて屈み込む。歯ブラシを掴み、柄を慎重に喉の奥へ挿入する。本当は指の方が楽にできる。だが、吐きだこは作りたくない。
涙が滲み、胃が痙攣する。身体が深く折れ、その瞬間が訪れる。
息を整えながら便器の中を見れば、未消化の食物が白い液体に塗れて半分沈んでいる。
胃酸の味がする唾液を全て吐き捨ててから、レバーを押した。
吐きだこがなくても、酸で歯が劣化していたら意味がない。閉じた便器の蓋に腰かけて、ぼんやりと歯を磨く。視界の端で機械的に動く腕は、自分のもののようには見えない。眩暈を起こさないようにゆっくりと立ち上がって、けれども視界は奇妙に色を失いつつあり、口をすすいで顔を上げれば白い顔をした男に見つめ返される。
男? どうだろう。あまりに痩せて表情が乏しいため、性別はおろか生物か否かも定かではない。
モノクロームの景観が、徐々に黒くぼやけていく。床にうずくまり、壁に背を預け、そっと目を閉じる。今は眠りたい。何も考えず、何ものにも脅かされずに。
眠りの中でだけ、自分は死ぬことができる。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
芙蓉の宴
蒲公英
現代文学
たくさんの事情を抱えて、人は生きていく。芙蓉の花が咲くのは一度ではなく、猛暑の夏も冷夏も、花の様子は違ってもやはり花開くのだ。
正しいとは言えない状況で出逢った男と女の、足掻きながら寄り添おうとするお話。
表紙絵はどらりぬ様からいただきました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる