ヴァルネラブル

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第十一章 屍の視線(2)

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 扉が閉まる音。
 それを合図に、便器の蓋を持ち上げて屈み込む。歯ブラシを掴み、柄を慎重に喉の奥へ挿入する。本当は指の方が楽にできる。だが、吐きだこは作りたくない。
 涙が滲み、胃が痙攣する。身体が深く折れ、その瞬間が訪れる。
 息を整えながら便器の中を見れば、未消化の食物が白い液体に塗れて半分沈んでいる。
 胃酸の味がする唾液を全て吐き捨ててから、レバーを押した。
 吐きだこがなくても、酸で歯が劣化していたら意味がない。閉じた便器の蓋に腰かけて、ぼんやりと歯を磨く。視界の端で機械的に動く腕は、自分のもののようには見えない。眩暈を起こさないようにゆっくりと立ち上がって、けれども視界は奇妙に色を失いつつあり、口をすすいで顔を上げれば白い顔をした男に見つめ返される。
 男? どうだろう。あまりに痩せて表情が乏しいため、性別はおろか生物か否かも定かではない。
 モノクロームの景観が、徐々に黒くぼやけていく。床にうずくまり、壁に背を預け、そっと目を閉じる。今は眠りたい。何も考えず、何ものにも脅かされずに。
 眠りの中でだけ、自分は死ぬことができる。
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