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続14. 給仕(1)
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安達は寝相のよい男である。同じベッドで眠るときは、こちらの身体にぴたりと身を寄せて、時折寝返りを打つ以外は特に暴れることも寝言を言うこともなく、非常に大人しく上品に眠る。おまけに眠りが深いため、自分が夜中にふっと目を覚ましたとき、隣で眠る彼の髪に鼻先を突っ込んだり背中を撫でてみたりしても、起きることはない。同衾するには理想的な相手だ。
したがって、ある休日の朝、浅い眠りに浸っていた自分は、ベッドの揺れにすぐに気づいた。
「可澄?」
目を開けると、綺麗な顔が自分の顔の上にあった。ほとんど条件反射で首を抱き、唇の端に唇を押しつける。それからおはようと言うと、安達は瞬きで受け止め、二、三秒してからおはようございますと返した。肌には化粧水の匂いがうっすらと残っていた。
「どうかしたのか」
「……朝食の準備を」
安達はそう言って上体を起こし、騎乗位よろしくこちらの下腹部を跨いで座った。そこで初めて、自分は相手が今までどういう体勢を取っていたのかに気づいた。
「どうした、何をしていたんだ」
「……朝食の準備です」
安達は繰り返した。
「ベッドでか?」
彼は部屋着ではなく、柔らかなコットンの白いガウンを羽織っていた。下には何も着ていないのか、開き気味の胸許から赤い痕が幾つも覗いている。起き抜けに見る光景としては悪くない。
眠っている恋人の上に覆い被さる理由など、一つしか思い浮かばない。朝食代わりに食われに来たのか。そう問おうとして、やめた。真顔で首を傾げられてしまう気がした。むしろ安達が食う側であるような気もした。それで黙って手を伸ばし、半ば露わになっている白い太腿を撫でた。いずれにせよ抱かれるのはこの男で、抱くのは自分だ。朝の生理現象で硬くなっているものも、挿入するに吝かでないと無言のうちに訴えている。
「……今日は俺が準備しました。今から、いいですか」
自分は少しの間、相手の言葉を吟味した。それから、したのか、と短く訊ねた。すると安達は、しました、と短く答えた。
「……汚したものは、あとで全部俺の部屋で洗濯しますし、なるべく汚さないように気をつけます」
「そうか」
妙に生真面目な調子で説明され、自分は肯いた。肯いたあとで、何か妙だと思った。しかし安達がガウンのポケットから取り出したものを見ると、疑問に感じたことも言おうと思っていたことも、全てカーテンの隙間から差し込む朝の陽射しに溶けてしまった。
「どうしてそれが出てくるんだ?」
「……必要だからです」
「必要なのか」
「……ええ」
安達が取り出したのは、爽やかな朝にはおよそ相応しくない代物だった。手錠である。
「始めてもいいでしょうか」
それは以前セックスの最中に使ったものだった。どうやらまた拘束してほしいらしい。随分唐突だが、彼が唐突なのは今に始まったことではない。それに彼のそういう部分、すなわち自らの欲望に異様なほど忠実でひたむきなところは、休日の朝のベッドにおいてはと限定するまでもなく、美徳だといえる。
「そうか。わかった。ちょうど俺もしたいと思っていたところだ。始めよう」
「……ありがとうございます」
相手の期待に応えるべく、自分は彼の手から不穏な玩具を受け取ろうとした。だが、聞こえてきたのはかちりという金属的な音だった。自分は何度か瞬きした。手錠の輪は、ほっそりとした白い手首にではなく、厳つく浅黒い手首にかかっていた。
「おい、これはどういう……」
まさか我が身が拘束される側になるとは思わず、自分は動揺した。説明を求めようと声を上げると、口を口で塞がれる。歯の間から侵入してきた舌に口の中を舐められて、状況を理解したいという人間として至極真っ当な欲求は、動物的な欲望に掻き消されてしまう。結局言葉を発するのをやめて、ぬるりと動く薄い舌に優しく歯を立てた。それはミントの味がした。馴染み深い歯磨き粉のものだ。けれどそこに、微かな甘味が紛れている。彼自身の甘みではなく、糖の甘味だ。いったい何の味だろう。考えながら、拘束された手で見えそうで見えない乳首を探ろうとすると、何故か彼は急に身を離した。
「可澄?」
「……食事を運んできます」
「これが朝飯じゃないのか」
安達は首を横に振った。首の動きに合わせてさらさらと揺れる髪が、淡い朝日を受けて飴色に光る。思わず指を絡めて匂いを嗅ぎたくなったが、向こうにはそれを許す気がないらしい。
「ご飯はきちんと食べないと」
「それはそうだが」
「……手錠、暴れて壊さないでくださいね」
妙に掠れた声で囁かれ、股間に熱が溜まる。と、同時に、ここにきて漸く自分は、何が『始め』られたのかを理解した。
――ご奉仕ってこれか。
一度部屋を出た安達は、すぐに大きなトレーを抱えて戻ってきた。上には皿や魔法瓶が満載されている。やはり朝食というのは比喩ではなかったらしい。彼はトレーをベッドの上に置き、先刻同様こちらの膝の上に座った。
自分はといえば、彼が押し込んでいった大量のクッションのお陰で、上半身はなかなか快適な角度に持ち上げられていた。手錠のことは思考の外に置くことにした。人生には考えても仕方のないことが山のようにある。これがその一つだ。
「クラッカーとクリームチーズとジャムと蜂蜜とヨーグルトとフルーツとコーヒーがあります。どれがいいですか」
「豪華だな」
どうやら手料理というわけではないようだ。しかし、安達が早朝の台所で一人クラッカーの箱を開けコーヒー豆を挽きトレーに瓶を並べているところを想像すると、顔の筋肉が緩みそうになった。「ちょろい」という言葉は、自分のためにあるのかもしれない。
「それじゃまずはコーヒーをいただこうか」
安達はこくりと肯いた。魔法瓶の中身を一口含むと、猫科の動物を思わせる動きでこちらへ擦り寄ってくる。自分は大人しく目を閉じた。コーヒー特有の甘い匂いがふわりと香り、次いで唇に柔らかなものが触れた。
「ん……」
容器が優れているせいか、コーヒーはいつも以上に美味かった。口の中のものを飲み干したあとも相手の舌を吸っていると、彼は笑いを含んだ吐息を漏らした。
「もっと?」
「ああ」
安達は目を細めた。それからこちらの口許にほんの少し零れたコーヒーを、舌で舐め取った。
「いいですよ、好きなだけ飲んでください」
下半身はそのまま押し倒してしまえと訴えていた。彼が密着するたび下着が窮屈になって、狭く柔らかな部分に硬くなったものを押し込みたくなる。が、好奇心がそれを思い止まらせた。この先のサービスが気にならないと言ったら嘘になる。結局自分は彼の給仕を受け入れることを選んだ。恐らく安達もそれを望んでいるはずだ。
こうして彼の誘いに乗り、自分は一口ずつ時間をかけてコーヒーを楽しんだ。コーヒーを終えると、安達は何がいいかと再び訊ねた。そこでクラッカーがいいと答えた。安達はプレーンクラッカーの小袋を破り、その中の一枚を取り出した。それからバターナイフでクリームチーズをすくい、クラッカーが割れぬよう慎重な手つきで塗った。繊細に動く白い指を見ていると、まるで何か神聖な儀式に参加しているような気分になった。
「蜂蜜とジャム、どっちがいいですか」
不意に訊ねられ、彼の指先に見惚れていた自分は我に返った。
「蜂蜜がいい」
安達はこくんと肯いて、クラッカーを皿の上に置くと小瓶の蓋を開けた。それからスプーンを使い、蜜をクリームチーズの上にたっぷりとかける。豊穣の象徴でもある金色の液体は、チーズとクラッカーの上をとろとろと流れ、皿の上にも零れた。安達は指が汚れるのも厭わず蜂蜜の海からクラッカーを摘み上げると、それをこちらの口許に近づけた。
「できました。どうぞ」
大きな瞳でじっと見つめられながら、自分はその祝福された食物を口にした。あまり上等ではなくまして甘党でもない舌にも、クリームチーズの滑らかな酸味と蜂蜜の上品な甘味の相性がよいことはすぐにわかった。それから、先ほど感じた彼の舌の甘さの正体に気づいた。どうやらあれは蜂蜜だったようだ。恐らく支度をしているときに味見したのだろう。
「美味いな。次はジャムがいい」
「……わかりました」
彼はにっこりした。やけに嬉しそうな笑顔だった。それを見て、そういえば自分は彼に対し何かするばかりで、彼から何かをしてもらうということがあまりなかったと気づいた。もちろん自分は彼から多くを与えられていたが、それはどちらかというと精神的なものが多かった。彼は綺麗好きなので掃除はよくしてくれたが、料理はほとんど作れなかった。セックスに関しても、被虐的な嗜好のせいで、積極的に何らかの行為を「する」よりも、「される」こと、あるいは「させられる」ことを好む傾向にあった。自分は安達に食事を与え彼が好むやり方でセックスをすることに喜びを見出しているが――もちろんこれらは安達のためと見せかけて、実際は全て完全なる自分の趣味なのだが――つまり我々は破れ鍋に綴じ蓋としか言いようのない二人なのだが――、もしかしたら、彼としては色々と思うところがあったのかもしれない。
安達は次のクラッカーを取り出そうとして、指が蜂蜜まみれであることに気づいたのか、手を止めた。何か考えるように数回瞬きをしたのち、こちらに視線をやる。自分で舐め取るのか、あるいはこちらに舐め取らせるのか。どちらだろうと見守っていると、彼は何故か蜜のついていないほうの手で、ガウンの胸許を広げた。白い胸が大きく晒され、点々と散らばる鬱血の痕と共に、吸われすぎたせいでぽってりと腫れた乳首が露わになる。安達はそこへ蜜で濡れた指を運んだ。
「……ん、ん……」
親指と人差し指が、いやらしい形に膨らんだ乳頭を挟んだ。指についた蜂蜜を擦りつけるようにして、右の乳首を捏ねる。指の間で肉の粒が逃げるようにぷるぷると震えるたび、彼は小さく息を漏らした。思わず胸に拘束された両手を伸ばしたが、安達は手錠の鎖を掴んでそれを阻止し、硝子玉の目でじっとこちらの目を覗き込んだ。
「だめ」
蜜のようにねっとりとした囁きだった。その甘さに、頭と性器が一気に破裂しそうになる。
「いいだろう」
「……だめ。じっとしてて」
片手で鎖を握ったまま、彼は乳首を弄り続けた。時折、あ、あ、と声を上げ、小さく身をよじる。
自分は視線を下げた。スウェット越しからもはっきりとそれとわかる、自らの隆起した股間と、それから膝に跨る白い腿が見えた。ガウンの前が割れてめくれて、際どいところまで露わになっている。恐らく彼のものも膨れているはずなのだが、よくわからない。せめてそこだけでも見えないかと膝を揺すってみると、邪魔をするなとばかりに蜜がついていた方の手を口許に押しつけられた。べとつく甘い指が、唇に触れる。反射的に口を開いて、その人差し指を吸った。
「だめ……だめ、わるいこ……!」
悪い子、と詰る声に、欲望が加速する。セックスの最中はいつも自分が咎める側だが、咎められるのもこれはこれで興奮する。安達の方も、口では制止しているものの、指を抜こうとはしない。それをよいことに、気が済むまで彼の指を味わった。
「……そんなに吸うのが好きなんですか」
自身のふやけた指を眺め、彼は呆れた様子で言った。自分は躊躇いなく肯定した。
「もちろんだ」
「…………赤ちゃんみたい」
「何と言われようが構わない。俺はお前の身体を吸うのが好きだ」
開き直るつもりはなかったが、実際言葉を発してみると、それは開き直り以外の何ものでもなかったし、おまけに恐ろしく頭が悪そうだった。安達はますます呆れたようだったが、やがて探るような目をした。何か企んでいるときの目だ。案の定、彼は声を潜めて言った。
「――それじゃあ、おっぱいも吸いたいですか」
ああ、と答えようとした。しかし声が喉に引っかかり、それは奇妙な呻き声として口から零れた。安達は笑わなかった。白い指が、皿に残った蜂蜜に伸びていく。
「おっぱい、好きですよね……?」
左の乳首にも蜜を塗りながら、彼は膝立ちでこちらににじり寄って来る。イエスもノーもなかった。問答無用で頭を抱かれ、べとついた右の乳首を押しつけられる。ここまで来て遠慮する必要はないだろう。そう考え、自分は勃起した乳頭と赤らんだ乳輪をまとめて吸い上げた。
「あっ……ん、ぅ、……きつ……」
周囲が鬱血するほど強く吸引すると、痛がるような声が降る。しかしこちらの頭を撫でる手は優しい。
「……おいしい、ですか」
「ん」
「……そう。たくさん、たくさん飲んで……」
蜂蜜を全て舐め取ったあとも、しつこく乳首を吸った。以前よりも遥かに噛みやすくなったそれにぎりぎりと歯を立てると、悪い子、とまた叱られる。逆に舌先でくすぐるようにすると、いい子、と褒められた。手錠のかかった手は、彼の内腿を撫でるのに使った。本当は性器か後ろの口を愛撫したかったが、相手のキャパシティーに不安があった。最後まで奉仕を楽しむためには、我慢が必要だ。安達がわざわざ手錠を使ったのも、彼自身がそのことに自覚的だったためなのだろう。
右を吸い終わると、次は左だった。肥大した乳首は舌触りも歯触りもよく、吸っている間ずっと頭を撫でられるのは気持ちがよかった。濡れた声で甘やかされるたび、既に充分すぎるほど怒張した性器に欲望が蓄積されていく。安達がこれらの言葉を投げられて悦ぶのも、わかるような気がした。とはいえ、彼と自分とでは、欲望のベクトルが正反対である。小さな蕾を無慈悲に食い破って、狭くて熱い器官で自身の肉棒を扱くことを夢想しながら、彼が限界を訴えるまで勃起乳首をしゃぶった。
したがって、ある休日の朝、浅い眠りに浸っていた自分は、ベッドの揺れにすぐに気づいた。
「可澄?」
目を開けると、綺麗な顔が自分の顔の上にあった。ほとんど条件反射で首を抱き、唇の端に唇を押しつける。それからおはようと言うと、安達は瞬きで受け止め、二、三秒してからおはようございますと返した。肌には化粧水の匂いがうっすらと残っていた。
「どうかしたのか」
「……朝食の準備を」
安達はそう言って上体を起こし、騎乗位よろしくこちらの下腹部を跨いで座った。そこで初めて、自分は相手が今までどういう体勢を取っていたのかに気づいた。
「どうした、何をしていたんだ」
「……朝食の準備です」
安達は繰り返した。
「ベッドでか?」
彼は部屋着ではなく、柔らかなコットンの白いガウンを羽織っていた。下には何も着ていないのか、開き気味の胸許から赤い痕が幾つも覗いている。起き抜けに見る光景としては悪くない。
眠っている恋人の上に覆い被さる理由など、一つしか思い浮かばない。朝食代わりに食われに来たのか。そう問おうとして、やめた。真顔で首を傾げられてしまう気がした。むしろ安達が食う側であるような気もした。それで黙って手を伸ばし、半ば露わになっている白い太腿を撫でた。いずれにせよ抱かれるのはこの男で、抱くのは自分だ。朝の生理現象で硬くなっているものも、挿入するに吝かでないと無言のうちに訴えている。
「……今日は俺が準備しました。今から、いいですか」
自分は少しの間、相手の言葉を吟味した。それから、したのか、と短く訊ねた。すると安達は、しました、と短く答えた。
「……汚したものは、あとで全部俺の部屋で洗濯しますし、なるべく汚さないように気をつけます」
「そうか」
妙に生真面目な調子で説明され、自分は肯いた。肯いたあとで、何か妙だと思った。しかし安達がガウンのポケットから取り出したものを見ると、疑問に感じたことも言おうと思っていたことも、全てカーテンの隙間から差し込む朝の陽射しに溶けてしまった。
「どうしてそれが出てくるんだ?」
「……必要だからです」
「必要なのか」
「……ええ」
安達が取り出したのは、爽やかな朝にはおよそ相応しくない代物だった。手錠である。
「始めてもいいでしょうか」
それは以前セックスの最中に使ったものだった。どうやらまた拘束してほしいらしい。随分唐突だが、彼が唐突なのは今に始まったことではない。それに彼のそういう部分、すなわち自らの欲望に異様なほど忠実でひたむきなところは、休日の朝のベッドにおいてはと限定するまでもなく、美徳だといえる。
「そうか。わかった。ちょうど俺もしたいと思っていたところだ。始めよう」
「……ありがとうございます」
相手の期待に応えるべく、自分は彼の手から不穏な玩具を受け取ろうとした。だが、聞こえてきたのはかちりという金属的な音だった。自分は何度か瞬きした。手錠の輪は、ほっそりとした白い手首にではなく、厳つく浅黒い手首にかかっていた。
「おい、これはどういう……」
まさか我が身が拘束される側になるとは思わず、自分は動揺した。説明を求めようと声を上げると、口を口で塞がれる。歯の間から侵入してきた舌に口の中を舐められて、状況を理解したいという人間として至極真っ当な欲求は、動物的な欲望に掻き消されてしまう。結局言葉を発するのをやめて、ぬるりと動く薄い舌に優しく歯を立てた。それはミントの味がした。馴染み深い歯磨き粉のものだ。けれどそこに、微かな甘味が紛れている。彼自身の甘みではなく、糖の甘味だ。いったい何の味だろう。考えながら、拘束された手で見えそうで見えない乳首を探ろうとすると、何故か彼は急に身を離した。
「可澄?」
「……食事を運んできます」
「これが朝飯じゃないのか」
安達は首を横に振った。首の動きに合わせてさらさらと揺れる髪が、淡い朝日を受けて飴色に光る。思わず指を絡めて匂いを嗅ぎたくなったが、向こうにはそれを許す気がないらしい。
「ご飯はきちんと食べないと」
「それはそうだが」
「……手錠、暴れて壊さないでくださいね」
妙に掠れた声で囁かれ、股間に熱が溜まる。と、同時に、ここにきて漸く自分は、何が『始め』られたのかを理解した。
――ご奉仕ってこれか。
一度部屋を出た安達は、すぐに大きなトレーを抱えて戻ってきた。上には皿や魔法瓶が満載されている。やはり朝食というのは比喩ではなかったらしい。彼はトレーをベッドの上に置き、先刻同様こちらの膝の上に座った。
自分はといえば、彼が押し込んでいった大量のクッションのお陰で、上半身はなかなか快適な角度に持ち上げられていた。手錠のことは思考の外に置くことにした。人生には考えても仕方のないことが山のようにある。これがその一つだ。
「クラッカーとクリームチーズとジャムと蜂蜜とヨーグルトとフルーツとコーヒーがあります。どれがいいですか」
「豪華だな」
どうやら手料理というわけではないようだ。しかし、安達が早朝の台所で一人クラッカーの箱を開けコーヒー豆を挽きトレーに瓶を並べているところを想像すると、顔の筋肉が緩みそうになった。「ちょろい」という言葉は、自分のためにあるのかもしれない。
「それじゃまずはコーヒーをいただこうか」
安達はこくりと肯いた。魔法瓶の中身を一口含むと、猫科の動物を思わせる動きでこちらへ擦り寄ってくる。自分は大人しく目を閉じた。コーヒー特有の甘い匂いがふわりと香り、次いで唇に柔らかなものが触れた。
「ん……」
容器が優れているせいか、コーヒーはいつも以上に美味かった。口の中のものを飲み干したあとも相手の舌を吸っていると、彼は笑いを含んだ吐息を漏らした。
「もっと?」
「ああ」
安達は目を細めた。それからこちらの口許にほんの少し零れたコーヒーを、舌で舐め取った。
「いいですよ、好きなだけ飲んでください」
下半身はそのまま押し倒してしまえと訴えていた。彼が密着するたび下着が窮屈になって、狭く柔らかな部分に硬くなったものを押し込みたくなる。が、好奇心がそれを思い止まらせた。この先のサービスが気にならないと言ったら嘘になる。結局自分は彼の給仕を受け入れることを選んだ。恐らく安達もそれを望んでいるはずだ。
こうして彼の誘いに乗り、自分は一口ずつ時間をかけてコーヒーを楽しんだ。コーヒーを終えると、安達は何がいいかと再び訊ねた。そこでクラッカーがいいと答えた。安達はプレーンクラッカーの小袋を破り、その中の一枚を取り出した。それからバターナイフでクリームチーズをすくい、クラッカーが割れぬよう慎重な手つきで塗った。繊細に動く白い指を見ていると、まるで何か神聖な儀式に参加しているような気分になった。
「蜂蜜とジャム、どっちがいいですか」
不意に訊ねられ、彼の指先に見惚れていた自分は我に返った。
「蜂蜜がいい」
安達はこくんと肯いて、クラッカーを皿の上に置くと小瓶の蓋を開けた。それからスプーンを使い、蜜をクリームチーズの上にたっぷりとかける。豊穣の象徴でもある金色の液体は、チーズとクラッカーの上をとろとろと流れ、皿の上にも零れた。安達は指が汚れるのも厭わず蜂蜜の海からクラッカーを摘み上げると、それをこちらの口許に近づけた。
「できました。どうぞ」
大きな瞳でじっと見つめられながら、自分はその祝福された食物を口にした。あまり上等ではなくまして甘党でもない舌にも、クリームチーズの滑らかな酸味と蜂蜜の上品な甘味の相性がよいことはすぐにわかった。それから、先ほど感じた彼の舌の甘さの正体に気づいた。どうやらあれは蜂蜜だったようだ。恐らく支度をしているときに味見したのだろう。
「美味いな。次はジャムがいい」
「……わかりました」
彼はにっこりした。やけに嬉しそうな笑顔だった。それを見て、そういえば自分は彼に対し何かするばかりで、彼から何かをしてもらうということがあまりなかったと気づいた。もちろん自分は彼から多くを与えられていたが、それはどちらかというと精神的なものが多かった。彼は綺麗好きなので掃除はよくしてくれたが、料理はほとんど作れなかった。セックスに関しても、被虐的な嗜好のせいで、積極的に何らかの行為を「する」よりも、「される」こと、あるいは「させられる」ことを好む傾向にあった。自分は安達に食事を与え彼が好むやり方でセックスをすることに喜びを見出しているが――もちろんこれらは安達のためと見せかけて、実際は全て完全なる自分の趣味なのだが――つまり我々は破れ鍋に綴じ蓋としか言いようのない二人なのだが――、もしかしたら、彼としては色々と思うところがあったのかもしれない。
安達は次のクラッカーを取り出そうとして、指が蜂蜜まみれであることに気づいたのか、手を止めた。何か考えるように数回瞬きをしたのち、こちらに視線をやる。自分で舐め取るのか、あるいはこちらに舐め取らせるのか。どちらだろうと見守っていると、彼は何故か蜜のついていないほうの手で、ガウンの胸許を広げた。白い胸が大きく晒され、点々と散らばる鬱血の痕と共に、吸われすぎたせいでぽってりと腫れた乳首が露わになる。安達はそこへ蜜で濡れた指を運んだ。
「……ん、ん……」
親指と人差し指が、いやらしい形に膨らんだ乳頭を挟んだ。指についた蜂蜜を擦りつけるようにして、右の乳首を捏ねる。指の間で肉の粒が逃げるようにぷるぷると震えるたび、彼は小さく息を漏らした。思わず胸に拘束された両手を伸ばしたが、安達は手錠の鎖を掴んでそれを阻止し、硝子玉の目でじっとこちらの目を覗き込んだ。
「だめ」
蜜のようにねっとりとした囁きだった。その甘さに、頭と性器が一気に破裂しそうになる。
「いいだろう」
「……だめ。じっとしてて」
片手で鎖を握ったまま、彼は乳首を弄り続けた。時折、あ、あ、と声を上げ、小さく身をよじる。
自分は視線を下げた。スウェット越しからもはっきりとそれとわかる、自らの隆起した股間と、それから膝に跨る白い腿が見えた。ガウンの前が割れてめくれて、際どいところまで露わになっている。恐らく彼のものも膨れているはずなのだが、よくわからない。せめてそこだけでも見えないかと膝を揺すってみると、邪魔をするなとばかりに蜜がついていた方の手を口許に押しつけられた。べとつく甘い指が、唇に触れる。反射的に口を開いて、その人差し指を吸った。
「だめ……だめ、わるいこ……!」
悪い子、と詰る声に、欲望が加速する。セックスの最中はいつも自分が咎める側だが、咎められるのもこれはこれで興奮する。安達の方も、口では制止しているものの、指を抜こうとはしない。それをよいことに、気が済むまで彼の指を味わった。
「……そんなに吸うのが好きなんですか」
自身のふやけた指を眺め、彼は呆れた様子で言った。自分は躊躇いなく肯定した。
「もちろんだ」
「…………赤ちゃんみたい」
「何と言われようが構わない。俺はお前の身体を吸うのが好きだ」
開き直るつもりはなかったが、実際言葉を発してみると、それは開き直り以外の何ものでもなかったし、おまけに恐ろしく頭が悪そうだった。安達はますます呆れたようだったが、やがて探るような目をした。何か企んでいるときの目だ。案の定、彼は声を潜めて言った。
「――それじゃあ、おっぱいも吸いたいですか」
ああ、と答えようとした。しかし声が喉に引っかかり、それは奇妙な呻き声として口から零れた。安達は笑わなかった。白い指が、皿に残った蜂蜜に伸びていく。
「おっぱい、好きですよね……?」
左の乳首にも蜜を塗りながら、彼は膝立ちでこちらににじり寄って来る。イエスもノーもなかった。問答無用で頭を抱かれ、べとついた右の乳首を押しつけられる。ここまで来て遠慮する必要はないだろう。そう考え、自分は勃起した乳頭と赤らんだ乳輪をまとめて吸い上げた。
「あっ……ん、ぅ、……きつ……」
周囲が鬱血するほど強く吸引すると、痛がるような声が降る。しかしこちらの頭を撫でる手は優しい。
「……おいしい、ですか」
「ん」
「……そう。たくさん、たくさん飲んで……」
蜂蜜を全て舐め取ったあとも、しつこく乳首を吸った。以前よりも遥かに噛みやすくなったそれにぎりぎりと歯を立てると、悪い子、とまた叱られる。逆に舌先でくすぐるようにすると、いい子、と褒められた。手錠のかかった手は、彼の内腿を撫でるのに使った。本当は性器か後ろの口を愛撫したかったが、相手のキャパシティーに不安があった。最後まで奉仕を楽しむためには、我慢が必要だ。安達がわざわざ手錠を使ったのも、彼自身がそのことに自覚的だったためなのだろう。
右を吸い終わると、次は左だった。肥大した乳首は舌触りも歯触りもよく、吸っている間ずっと頭を撫でられるのは気持ちがよかった。濡れた声で甘やかされるたび、既に充分すぎるほど怒張した性器に欲望が蓄積されていく。安達がこれらの言葉を投げられて悦ぶのも、わかるような気がした。とはいえ、彼と自分とでは、欲望のベクトルが正反対である。小さな蕾を無慈悲に食い破って、狭くて熱い器官で自身の肉棒を扱くことを夢想しながら、彼が限界を訴えるまで勃起乳首をしゃぶった。
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