硝子の魚(glass catfish syndrome)

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続5. 診察(3)

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 ローションで光る小さな窪みに、濡らした指を宛がう。滑らかな膝が、不穏に揺れた。
「足は閉じないように」
 事務的な口調で命じて、中指を押し込んだ。しがみつくように締めつける肉を掻き分けて、ゆっくりと解していく。手袋越しでも、内部の熱の高さはすぐにわかった。シャツの裾を握った白い手が、視界の端で強張っている。わざと彼の苦手な部分を擦ると、中の肉がざわめいて、小さな子供がむずかってでもいるかのような声が返ってきた。
「痛いですか」
「んぅー……」
 否定とも肯定ともつかない反応だった。恐らく本人にも判断できないのだろう。普段なら抱き寄せてあやすなり言葉で辱めるなりするところだが、今は与えられた役割を演じなければならない。だからぬるついた蕾へ、もう一本指を差し入れた。
「……っ」
「動かないで」
 立てた太腿の裏を、汗が一筋ゆっくりと滑り落ちていく。その透明な雫を舐め取りたいという衝動を殺すのに、ひどく苦労した。ぐちぐちと卑猥な音を立てて指を動かすと、やがて固く閉じていた肉が徐々に蕩け始める。密やかな吐息には、甘い媚が混じりだしていた。ふと視線を上げると、先ほどまでシャツを握り締めていた安達の手は、露わな胸へと移動していた。赤くなった乳首を震える指で摘み上げ、不器用に捏ねている。もう片方の手が股間に向かうのも、時間の問題のようだった。咎めようかと一瞬考え、しかし放置することに決めた。設定にはあまり影響がないことと、何より自分が安達の自慰を見たかった。
 はしたない行為に気づかないふりをして肉を広げていると、思ったとおり彼の手は、性器を目指してそろそろと肌の上を這い始めた。小さなしこりの周辺を嬲って焦らしてから、やっと彼の感じる場所に爪を押し当てると、それを待ちかねていたのか、とうとう細い指が陰茎を掴む。
「ぁ……ん、ん、あ……ぅ」
 前立腺を内側から抉られながら、安達は自らの膨れた乳首と性器とを弄った。自分が普段彼にしてやるよりも、ずっと緩い愛撫だった。チャコールグレーの靴下の先が、時折シーツを擦って悩ましげに引き攣る。性器の先端からは再び液体が滲み出ていたが、絶頂にはまだ遠いらしかった。甘い声の中に微かな苛立ちを聞き取り、自然と口角が上がる。
 柔らかく溶けた肉が物欲しそうに吸いついてくるのを無視して、指を引き抜いた。安達が恨めしそうな視線をこちらに寄越してくるが、しかし甘やかしてやるつもりはない。
「器具を入れて、中の状態を見ます」
 淡々と告げて、キャビネットに手を伸ばす。周りを包んでいたガーゼを外すと、出現した奇妙な形の金属に、安達の瞳孔が広がった。
「……な、なに……?」
「膣鏡です。これを中に入れて、異常がないかどうか確認します」
 この説明に、安達は身体を竦めた。手を口に当て、小さく首を横に振る。涙の膜が張った青みの強い眼球は、まるで水盤のようだった。
「やだ……それ、やだ」
 自分も彼に倣うように首を振った。
「痛くありませんから、我慢してください」
 膣鏡を使わなければ、産婦人科医という設定が無駄になる。
「……そんなの、入らない」
「入ります。さっき中を柔らかくしておきましたので」
 断言して、クスコの先端を蕾に押しつけた。普段指か性器しか入れない場所に、体温のない無機質な異物が触れたせいか、驚いたように安達の腰が跳ねる。これでは怪我をさせかねない。それで気を逸らすため、自分は彼の陰茎を掴んだ。
「大丈夫です。落ち着いて」
「んっ……あ、あ……」
 恐怖で硬くなっていた表情が、炙った硝子のように溶けていく。もう一方の手の中で温めておいた金属を再び小さな綻びに密着させると、肌が震えるだけでもう暴れることはなかった。容易に懐柔されてしまう彼の肉体が哀れに思えたが、しかし同情したところで性欲が鎮まるわけもない。
「入れますよ」
 白い喉が、ひゅ、と微かな音を漏らした。
「危ないので、動かないでください」
 ローションが滴り落ちるほど濡れた柔らかな穴へと、傷つけないよう慎重に閉じた器具を差し込んでいく。
「うあ、ああ、あ」
 入口から内部までよく解したことと、比較的小ぶりな器具を選んだこともあって、挿入はかなりスムーズだった。それでも不安が残るので、クスコを入れ終えると屈んでいた腰を伸ばし、安達の様子を確認する。金属の冷たさと硬さが嫌なのか、彼は目を瞑り予防接種を受けている子供のような表情をしていたが、しかし言いつけどおり、足を広げたまま動かずにじっと耐えていた。先刻まで熱心に自らの乳首を弄っていた指は、今は口許で握り締められている。その卑猥で可憐な痴態に、いい子だ、といつもの言葉を口にしたい気分に駆られていると、突然安達が目を開いた。目尻に溜まっていた雫が、瞬きによって払い落とされ、こめかみから髪へと流れて消える。その光景が目に入ったとき、視界がぐらりと揺れたように感じた。
「……開きますね」
 自分自身に言い聞かせるように言葉を吐いて、クスコを握る手に力を込める。今は医者と患者という設定だ。それを忘れてはならない。皮膚の上を滑る涙が、そして皮膚そのものが、いずれも硝子のように美しく脆く危うく見えるからといって、指で触って温度と質感とを確かめてはならない。
「ひぁ、……ん、うぅ……」
 クスコを開いて内部を拡張すると、安達はすぐに甘えた鳴き声を上げた。抜いてほしそうな響きだった。けれど自分はそれを無視して、先端をロックした。ペンライトを取り出し、器具によって暴かれた秘所を照らす。
「ああ、綺麗ですね」
 ローションと愛撫で蕩けた肉壁は、傷もなく艶々としており、舌を伸ばしたくなるほど甘い色をしていた。この柔らかで繊細そうな色味の肉に、いつも自分の怒張した肉棒を食ませ生臭い精液を飲ませているのだと思うと、それだけで堪らない気分になった。
 今すぐにでも器具を抜いて自分の性器を押し込みたかったが、それはもう少し我慢しなければならない。暫く彼のもう一つの性器を観賞したのち、自分はライトを消してキャビネットに戻した。
「綺麗ですが、奥の方が少し炎症を起こしているようです。薬を塗っておきましょう」
「……えんしょう……くすり……」
 復唱してから、安達は首を竦める。本当に悪くなっているのかと思い、怖くなったのかもしれない。だがもちろん、炎症を起こしているというのは真っ赤な嘘だった。
「抜きますよ」
「……っ」
 クスコを引き抜くと、ジッパーを引き下げて自身のものを取り出した。視覚と聴覚への刺激だけで完全に上向き、既に先走りを零している性器を握り、十数秒前まで器具によって拡張されていた部分に亀頭を擦りつける。安達は炎症という言葉を引きずっているのか混乱した様子でこちらを見ていたが、蕾に宛がわれた好物の感触に気づくと、顔を赤らめておずおずと腰を差し出した。
「……先生……あの……おくすり、たくさんください……」
 頭の中で、何かが弾けた。
「――あまりたくさん塗ると、お腹が大きくなって生理が止まるかもしれませんよ」
「…………それでもいいから……ください」
 結局のところ彼はこの遊戯を、自分と同じくらい楽しんでいるらしい。
「赤ちゃんができても知りませんからね」
「……できてもいい……ひっ、ぃ、あ、あん、あ、いぁっ」
 亀頭で蕾を割ると、安達は早速鳴き始めた。その甘ったるい声を聴きながら、ぬるついた狭い肉の間に自分の陰茎を捻じ込んでいく。すると最後まで収めるのを待たずに襞が蠢き、肉棒への奉仕を始めた。今回は事前にたっぷりと広げたので、痛みはあまりないらしい。奥へ奥へと吸引するような内壁の動きに逆らい好き勝手に腰を動かすと、彼の声はますます甘さを増していった。性器を掴まれると同時に射精したあたり、もう完全に出来上がっている。
「ふぁ……あ、あぁ……」
「大量に出ましたね。まだ薬を塗っていないのに」
 白濁で汚れた鈴口の周りを指の腹で拭ってやると、安達は目を伏せて震えた。
「……ご、ごめんなさい……」
「構いませんよ。出したければいくらでも出してください」
 こちらも好きなだけ出すつもりなので、気前よく許可した。するとそれが嬉しかったのか、彼の肉がぎゅっと性器を締めつけてくる。熱い粘膜が絡みついてくる感触に、そろそろ我慢も限界だった。だから一度繋がりを解き、彼の腰の下の枕を外した手袋と共に床に放り捨てた。それから安達を抱き上げ、ベッドに対して正しい方向に寝かせる。
 覆い被さるようにして見下ろすと、熱く潤んだ視線が返された。無言の求めに、無言で応じる。濡れた性器を濡れた穴に再び挿入し、今度は彼の感じる箇所を抉り取るようにカリで嬲った。
「あ、あぁ、いい、そこ、……っく、あ、あぁん、うーっ」
 甘い肉に、ひたすら腰をぶつけた。卑猥な声と卑猥な音とが鼓膜を占領する。いつもよりやや早漏気味だと自覚しながら、しかし堪えることをせずに溜め込んでいた精を吐き出した。子種を内部に撒かれたことに気づいたのか、安達が小さく喘いでしがみついてくる。もう自制する必要はなかったので、いつものように抱き締めてやりながら腰を揺すった。そうして襞の隅々まで丹念に精液を塗り込んでいく。
「奥までたっぷり塗ったので、これでもう大丈夫ですよ」
 穏やかに告げてやると、安達は頬をこちらの首筋に擦りつけるようにして首を振った。
「もっと塗って……先生のおくすり……好き」
 彼は自分を煽るこつを、完璧に掴んでいるようだった。
 結合部分から漏れ出た精液を泡立たせながら、白く澄んだ肌ととろりと蕩けた粘膜とを、存分に汚した。亀頭が届きうる最も深い部分から、入り口のごく浅いところまで、性器全体を使ってくまなく犯し、歯と舌と唇とで至るところに赤い印を散らし、指で乳首と陰茎と陰嚢を虐める。何処をどのように扱っても、彼にとっては全てが快感に変換されるらしく、薄い身体は何度も絶頂に震えた。
「ひぁあっ、いやっ、い、いく、いく、っぁん、あっ、ああぁっ」
 断続的に痙攣する身体を押さえつけるように抱き込んで、もう一度彼の中で射精しようとしたときだった。彼の肌の上、汗とも涙ともつかない液体が、視界の中を流れていく。
 自分は動きを止めて、透明な液体が滑り落ちるのを見送った。
 先刻感じた揺らぎが、再び戻ってくるのを感じる。
 指を伸ばして雫の流れた痕を辿ると、それは温かく湿っていた。その当たり前な感触に、しかしひどく安堵している自分がいることに気づき、漸くこの奇妙な揺らぎの正体に触れた気がした。
 要するに、怖がっているのだ。
「……?」
 安達がいなくなってしまうことを。
「……あの……」
 何度抱いても、どれほど深くまで触れてみても、目を離すと彼が消えてしまうのではないかという不安が、いつまでも拭い去れない。もしかしたらこれが、硝子の魚を愛した人間の宿命なのだろうか。
「…………ど……か、した……?」
 気づくと硝子の瞳が、こちらを覗き込んでいた。
 急に動きを止めてしまった自分を、心配しているのかもしれない。
「何でもありませんよ」
 そう言いながら、白衣を握り締める細い指を外させて、代わりに自分の手を宛がう。触れた彼の掌は、幼児のように熱く、汗で湿っていた。
「薬は好きですか、安達さん」
「ん……好き、です」
 すぐにこちらの指に絡んでくる指先が、痛いほどに愛おしい。
「――それじゃあ、俺のことはどうだ、可澄」
「…………大好き」
 その返事に肯いて、自分は彼の最奥に吐精した。



「それで、どうだった」
 入浴と片づけを済ませると、時計の針は十一時を示していた。寝るにはまだ早いような気もしたが、安達がかなり疲弊しているようだったので、二人で早めにベッドに入った。冷えやすい彼の身体に毛布をかけてやりながら、今夜の感想を訊ねてみる。安達はひどく眠そうだったが、しかしいやに嬉しそうでもあった。
「……樋川さん、やっぱり白衣が似合いますね。思っていたとおりです。凄く興奮しました」
 賞賛の言葉に、ふと不安を覚える。思っていたとおりとは、どういうことなのだろうか。今まで気に留めていなかったが、そういえば最初に協力を申し出たとき、彼にしてはほぼ即答に近い勢いで、医者をやれと言われた。ということは、常日頃から彼はそうしたことを考えていたということになる。いったい安達は普段何を考えているのだろう。その澄んだ硝子のような瞳の奥には、自分には全くわからない欲望や願望が、大量に潜んでいるのかもしれない。
 彼と自分の行く末を案じながら小さな頭を撫でてやると、安達は気持ちよさそうに目を閉じた。
「……してるとき、敬語で話しかけられるのも、新鮮でした」
 やや不明瞭な声は、寝言の三歩手前といった調子だった。この機会に、なるべく多くの欲望を引き出して心の準備をしておくことに決め、自分は静かに問いを重ねた。
「敬語がいいのか」
「…………たまには、うん、いいですね」
「どうして。どういうところが」
「……どういうところ……ちょっと他人行儀で冷たい感じが、逆に昂るというか」
 筋金入りの被虐趣味だ。いつか蝋燭と鞭を使ってほしいと言い出しても不思議ではない。
「じゃあ、次は何がしたい?」
 この問いに対し、彼は額をこちらの胸に擦りつけた。どうやら本格的に眠くなってきたようだ。
「次……次は、樋川さんがリクエストする番、です」
 自分は数秒黙考した。しかし答えは一つしか浮かばなかった。
「俺は可澄のしたいことがしたい」
 すると安達の額が、とん、と軽く胸にぶつけられた。抗議もしくは遺憾の意の表明らしい。
「……リクエスト……樋川さん、リクエスト……」
 もごもごと呟く彼の頭を抱え、自分は再び考えた。そして口を開いた。
「目隠しとか緊縛とか、そのあたりだな」
 言ってしまってから自省の念に駆られる。自分も彼のことは言えない。
「……あ……いいですね……楽しそう……」
 予想を裏切らない返事をして、安達は小さく笑った。顔は見えなかったが、幸せそうな笑い声だった。
「もう眠いんだろう。話しかけて悪かった。おやすみ」
 囁いて、唇を髪に押し当てる。安達は何事かを呟いて溜め息をついた。おやすみなさい、と言ったらしかった。暫くすると彼の身体から完全に力が抜ける。眠りに落ちたらしい。それでもう一度髪に唇を寄せた。
「――今度は縄を買ってこないといけないな」
 ふと零れた小さな呟きは、もちろん彼には聞こえていなかった。
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