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悲しい人
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通されたのは応接間だろう。ユーリは目で向かいに座れと促す。見た目からしてふわふわそうなソファに腰掛けると、本当にふわふわの座り心地で感動してしまった。少し荒っぽくソファに座ったユーリはわざとらしく咳払いをした。
「それで、一体何の用なんだ。城からここまで近い訳でもないだろうに」
「え、何の用って?」
「⋯⋯本当に何もないのか?」
「ないよ。強いて言うならユーリとお話する為にきた。みたいな?私はユーリと仲良くなりたいんだよ」
ユーリは目を丸くした。それから苛立ちを隠す事もせずに私を睨みつける。眉間には皺が寄り、その瞳は深く濁っているかのように暗い。ザインさんのようなあたたかさやアイルさんのような優しさを感じられないくらいに冷たく、青い瞳にぞくりとする。
「どんな冗談だそれは。まったく笑えないぞ」
「だって冗談じゃないもの」
「⋯⋯そうか。わかったぞ。お前は俺を懐柔しようとしているんだな?そして自分の国が支配されるのを止めようとしている。残念だが、そんな事をしても無駄だぞ。俺には父を止める力などないのだから」
ユーリは悲しげに目を細めて笑う。力などないと言ったユーリは何もかもを諦めているようだった。
「違うよ。そんな事考えていない。私の国は守りたいけれど、だけどその為にユーリを利用したりなんかしない。私は私の力で国を守りたい」
これは私の本当の気持ちだ。リオに代わって国を守りたい。それは成り代わった私の意志でもある。この世界に来てザインさんやアイルさんの優しさに触れた私は、リオだけの為じゃなく自分の為に国を、みんなを守りたいと思った。綺麗事かもしれないけど、それが今自分にできる精一杯だから。
「ならばなぜ、俺のところへ来た」
心底理解できないような顔をしたユーリは深いため息をついて私に視線を寄越した。真っ直ぐに見据える深いブルーの瞳に思わずたじろいでしまう。
「⋯⋯ザインさんに聞いたんだ。ユーリのこと」
その瞬間、さっきまでとは比べ物にならないくらいの冷ややかな瞳で射抜かれた。恐怖で喉がひゅっと鳴る。ひんやりとした空気が辺りを包み込み始めたような錯覚さえ覚えてしまう。私でもわかる。ユーリは怒っている。それも今までとは比べものにならないくらいに。
「なんだ、ならば憐れみか。国を守る為に俺のところへ来たと言った方がまだ良かったな。俺は憐れまれるのが一番嫌いなんだ」
「違う!」
「違わないだろう。大方、俺の話を聞いて可哀想になったんだろうな。優しい婚約者様だ」
嘲るように笑ったユーリは私を睨む。私は何も言えなかった。憐れみなんかじゃない。だけど、そう思われても仕方がないんだ。だって同じだなんて言えないのだから。私にはザインさんや城のみんながいる。だから同じだなんて、そんな事を言ってもユーリには響かないだろう。それに一時的に独りぼっちになった私とずっと孤独だったユーリは初めから違うのだ。
「今日は帰れ。従者が外で待っているのだろう?」
「でも⋯⋯」
「帰れと言っているんだ」
「⋯⋯いやだ」
いつまでも立ち上がらない私に痺れを切らしたのか、ユーリはおもむろに立ち上がって私の前に立った。ユーリの腕がこちらに伸びてきて思わず身構えると、そのまま強く腕を握られてしまう。
「痛い!」
「痛いだろう。痛い思いをしたくなかったら帰れ」
ユーリによって強引に立たされた私は、そのまま部屋の扉まで引きずられるようにして連れ出された。
「出て行くから!だから離して!」
そう言った直後、すぐにぱっと腕を離された。痛む腕を見てみると、ほんのりと赤くなっている。あとには残らないだろうけど、痣くらいにはなるかもしれない。白い腕だから余計目立ってしまうのが嫌だな、なんて思いながら腕を見ていると視線を感じた。2人きりなのだ。見ているのはユーリしかいないだろう。ちらりとユーリの方へ目をやると何やら私のことを見つめている。⋯⋯いや、私のことよりも、私の腕を見ているのだろうか。もしかしたら、強く握ってしまったことを気にしているのかもしれない。
「⋯⋯帰れ」
「今日のところは帰ります。不快な思いをさせてごめんなさい。だけど、友達になりたいのは本当だから」
ユーリは何も言わなかった。ただ眉間にシワを深く寄せて、私のことを見つめるだけだ。
「帰れ。もう来るな」
「また来るから」
「お前は俺の話を聞いていないのか?」
「それじゃあまたね」
ユーリは何か言おうとして開いた口をすぐに噤んだ。これ以上私になにを言っても無駄だと悟ったのだろう。諦めたくない。憐れみなんかじゃなくてちゃんと仲良くなりたいんだ。少しずつでいいから、きちんと話してみたい。ユーリのことを知りたい。
ガチャリと重い扉を開いて外へ出る。帰り際、振り返るとユーリはどこか複雑そうな顔をして私を見ていた。
「お話はできましたか?」
「ううん⋯⋯でもまた遊びに来るって言っちゃった」
「それはそれは⋯⋯あまり無理はしないでくださいね」
ザインさんは困ったように笑う。ユーリと仲良くなりたいけれど、あまりザインさんに心配をかけすぎないようにしなくちゃな。
さて、今後どうするか、帰りの馬車でゆっくり作戦を立てよう。そんなことを考えながら馬車に乗りこんだ。
「それで、一体何の用なんだ。城からここまで近い訳でもないだろうに」
「え、何の用って?」
「⋯⋯本当に何もないのか?」
「ないよ。強いて言うならユーリとお話する為にきた。みたいな?私はユーリと仲良くなりたいんだよ」
ユーリは目を丸くした。それから苛立ちを隠す事もせずに私を睨みつける。眉間には皺が寄り、その瞳は深く濁っているかのように暗い。ザインさんのようなあたたかさやアイルさんのような優しさを感じられないくらいに冷たく、青い瞳にぞくりとする。
「どんな冗談だそれは。まったく笑えないぞ」
「だって冗談じゃないもの」
「⋯⋯そうか。わかったぞ。お前は俺を懐柔しようとしているんだな?そして自分の国が支配されるのを止めようとしている。残念だが、そんな事をしても無駄だぞ。俺には父を止める力などないのだから」
ユーリは悲しげに目を細めて笑う。力などないと言ったユーリは何もかもを諦めているようだった。
「違うよ。そんな事考えていない。私の国は守りたいけれど、だけどその為にユーリを利用したりなんかしない。私は私の力で国を守りたい」
これは私の本当の気持ちだ。リオに代わって国を守りたい。それは成り代わった私の意志でもある。この世界に来てザインさんやアイルさんの優しさに触れた私は、リオだけの為じゃなく自分の為に国を、みんなを守りたいと思った。綺麗事かもしれないけど、それが今自分にできる精一杯だから。
「ならばなぜ、俺のところへ来た」
心底理解できないような顔をしたユーリは深いため息をついて私に視線を寄越した。真っ直ぐに見据える深いブルーの瞳に思わずたじろいでしまう。
「⋯⋯ザインさんに聞いたんだ。ユーリのこと」
その瞬間、さっきまでとは比べ物にならないくらいの冷ややかな瞳で射抜かれた。恐怖で喉がひゅっと鳴る。ひんやりとした空気が辺りを包み込み始めたような錯覚さえ覚えてしまう。私でもわかる。ユーリは怒っている。それも今までとは比べものにならないくらいに。
「なんだ、ならば憐れみか。国を守る為に俺のところへ来たと言った方がまだ良かったな。俺は憐れまれるのが一番嫌いなんだ」
「違う!」
「違わないだろう。大方、俺の話を聞いて可哀想になったんだろうな。優しい婚約者様だ」
嘲るように笑ったユーリは私を睨む。私は何も言えなかった。憐れみなんかじゃない。だけど、そう思われても仕方がないんだ。だって同じだなんて言えないのだから。私にはザインさんや城のみんながいる。だから同じだなんて、そんな事を言ってもユーリには響かないだろう。それに一時的に独りぼっちになった私とずっと孤独だったユーリは初めから違うのだ。
「今日は帰れ。従者が外で待っているのだろう?」
「でも⋯⋯」
「帰れと言っているんだ」
「⋯⋯いやだ」
いつまでも立ち上がらない私に痺れを切らしたのか、ユーリはおもむろに立ち上がって私の前に立った。ユーリの腕がこちらに伸びてきて思わず身構えると、そのまま強く腕を握られてしまう。
「痛い!」
「痛いだろう。痛い思いをしたくなかったら帰れ」
ユーリによって強引に立たされた私は、そのまま部屋の扉まで引きずられるようにして連れ出された。
「出て行くから!だから離して!」
そう言った直後、すぐにぱっと腕を離された。痛む腕を見てみると、ほんのりと赤くなっている。あとには残らないだろうけど、痣くらいにはなるかもしれない。白い腕だから余計目立ってしまうのが嫌だな、なんて思いながら腕を見ていると視線を感じた。2人きりなのだ。見ているのはユーリしかいないだろう。ちらりとユーリの方へ目をやると何やら私のことを見つめている。⋯⋯いや、私のことよりも、私の腕を見ているのだろうか。もしかしたら、強く握ってしまったことを気にしているのかもしれない。
「⋯⋯帰れ」
「今日のところは帰ります。不快な思いをさせてごめんなさい。だけど、友達になりたいのは本当だから」
ユーリは何も言わなかった。ただ眉間にシワを深く寄せて、私のことを見つめるだけだ。
「帰れ。もう来るな」
「また来るから」
「お前は俺の話を聞いていないのか?」
「それじゃあまたね」
ユーリは何か言おうとして開いた口をすぐに噤んだ。これ以上私になにを言っても無駄だと悟ったのだろう。諦めたくない。憐れみなんかじゃなくてちゃんと仲良くなりたいんだ。少しずつでいいから、きちんと話してみたい。ユーリのことを知りたい。
ガチャリと重い扉を開いて外へ出る。帰り際、振り返るとユーリはどこか複雑そうな顔をして私を見ていた。
「お話はできましたか?」
「ううん⋯⋯でもまた遊びに来るって言っちゃった」
「それはそれは⋯⋯あまり無理はしないでくださいね」
ザインさんは困ったように笑う。ユーリと仲良くなりたいけれど、あまりザインさんに心配をかけすぎないようにしなくちゃな。
さて、今後どうするか、帰りの馬車でゆっくり作戦を立てよう。そんなことを考えながら馬車に乗りこんだ。
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