芥川繭子という理由

新開 水留

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65「繭子、最後のインタビュー 3」

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2017年、3月某日。



「答えはごめん、いじわるするつもりはないし私自身も聞きたくないから言わないで。私が自分で感じ取るべきだし、人の言葉に優しくされたって、それが答えだとは、本当の意味では思えないもんね」
-- そうだね。私はだから、自分が書いてるノートに自分なりの答えを書くよ。
「なるほど(笑)、いいね。それでこそだ」
-- っはは!翔太郎さんみたい。
「うん、また誠さんの話になっちゃうけどさ」
-- 大歓迎。
「(笑)。前に、誠さんはどういう時が幸せなのって聞いて返って来た答えが、多分私それまで見たり聞いたりしてきた話の、どれにも当てはまらないぞって衝撃受けて」
-- もうその時点であの人らしいなってちょっと思う(笑)。
「そー。なんかね、映画館の一番前の席に座って翔太郎を見てる時って言うの」
-- …映画、出てたっけ?
「出てないよ。そういう表現をするの、誠さんって」
-- びっくりした、また知らない話が出たって思った。
「うん(笑)。でね、例えば、…これアウトかな、今まで一度も一緒にお風呂に入った事がないんだって」
-- 何の話してんのよ(笑)。
「あはは!いやー、まー、そういうもんでしょ。暇な時にする会話なんて」
-- そうかもね。
「理由は単純に恥ずかしいからっていうのもあるけど、それ以上に大きいのは、誠さんて翔太郎さんと何かを一緒にするよりも、何かをしてる翔太郎さんをいっちばん近い距離で見るのが好きなんだって」
-- あはは!ええ? 何それ!
「お風呂もそうだけどさ、一緒に入りたいってそもそも思わないんだって。誠さんが言うには、きっと自分が一緒に入っちゃうと純粋に翔太郎さんだけを見る事が出来ないと思うんだって。そこにいる自分の存在が影響して邪魔に感じるって。それよりも、翔太郎さんがお風呂入ってる時に、新しいシャンプーの場所教えるために声掛けたり、替えの下着や服を選んで用意したり、出しといたからねーって言ったりする瞬間が好きなんだって。それとか、ご飯もね、一緒に向かい合って食べるよりも、翔太郎さんが食べてる側で次の一品を作って、頃合いを見てスッと横から差し出したり、食べてる時の反応を見てる方が好きなんだって言うの」
-- ほえー。
「ほえーでしょ、これはほえーだよね。しかもさ、例えば翔太郎さんが浮気して、誰かと一緒にお風呂入ってもあんまりだけど、その女が替えの服用意して『置いておきます』って言ってる姿想像すると殺意湧くって」
-- (爆笑)!
「衝撃だったー、この話聞いた時」
-- 確かに、私もそんな話聞いたことないな。
「ねえ。でもそういう事なんだよね。翔太郎劇場を誰よりも一番近い所で見てるのが幸せって。こりゃあ誰も勝てんわって、私、すとーんって理解した。そうする事で翔太郎さんが喜ぶのを見て幸せって言ってるんじゃないんだよね。それをやってる時が幸せなんだもん、そりゃ誰も勝てないわけだよ」
-- もー、なんだろね。誠さんの底知れない愛を感じた、今。でもさ。あのー、これは私の失敗談的な話になると思うんだけど。
「うん。うん?」
-- 前に誠さんと二人で話をした時に、それに近い内容の話を聞いた事があってね。私どこかでそういう誠さんを見てて、やっぱり独特だなって思っちゃう部分もあって。
「独特って?」
-- 職業病っていう言い方だと格好付けすぎだけど、私の癖というか、物事の良い面だけを見ずにその裏側にある悪い面も探しちゃうんだよね。まあ、一方向からだけで物事を見ない性格って言えば格好つくけど、実際はネガティブなだけなんだけど。
「悪い面があるはずだっていう前提で探しちゃうの?」
-- あると決めてかかりはしないけど、あるんじゃないのかなっていう不安は常に消えないかな。
「ああ、分かる気はする。私もそういう部分あるよ」
-- うん。誠さんは誠さんなりに自分が感じる幸せの話をしてくれたけどさ、普通の、もっと普遍的な愛情って相互的なものじゃないかなって、頭でっかちに思ってる人間だからさ。
「うん。愛し愛されるのが対等で普通だって言いたいんでしょ。分かるよ」
-- 今繭子が教えてくれたみたいな具体的な話は聞いてないけど、相手に対して自分から色々してあげる事が幸せってさ、その事自体は私も凄く分かる。でも、それってどこまでなの?って思っちゃうんだ。例えば翔太郎さんが誠さんに何も愛情を注がなくても、いつまでそのままで居続けられるの?とか。
「あははは。ああ、うんうん」
-- そういう部分において私は子供のままだから、そんな見当違いかもしれない事が言えるんだろうけどね。
「子供がどうかは関係ない気もするけど」
-- じゃあ、保守的?
「誠さんは確かに革命的な人ではある(笑)」
-- あはは。仮に相手から何も愛情らしき行為を受けられなくても、ずっと変わらないまま好きでい続けられるとしたらとても素晴らしいと思う。でもそれって辛くならないかなって思うし、そういう辛さを全く感じずに『幸せ』って言える人はやっぱり独特だなって。独特って言い方しちゃうとちょっと馬鹿にしてる風に聞こえるけど、…うん、凄いなって。
「トッキーの中では誠さんが、自分に対してごまかしてる部分があるんじゃないかって、感じてしまうって事?」
-- 実際に目を見て話をしてるからさ。ごまかしてるとか、嘘言ってるとか、そうやって疑ってるわけじゃなくてさ、なんて言ったらいいかなあ。でも誠さんを見ててそれは感じない。感じないから、…独特。駄目だ、言いようがない(笑)。
「それ、本人に言った事あるの?」
-- 実は、ある。だから私の失敗談。
「そっかあ。誠さんはなんて言ってた?」
-- ちょっと悲しい顔で、苦笑いしてたな。言葉では『考えたくないな』って。
「うーん」
-- ただ、私の言いたいことは分かるって。でも私以外の人間にそれを言ってはいけないよって。
「あはは、あー、うん。うー。うん」
-- 繭子は、どう思う?
「どうって言われてもなあ(笑)。確実に言えるのは、自分以外の人間に言うなっていうのはきっと、それを言う事で傷ついちゃう人がいるっていう事だよね。私からすれば誠さんは絶対に違うけど」
-- え、誰?
「分かんない?」
-- …ごめん。
「ええ?ウソだよ。いつまでも直向きな愛情を見失わない人だよ?」
-- …あ、竜二さん!? URGAさんもか!ああ、…うわあ、もう最悪。
「あはは!うん、でも竜二さんも違うけどね。あの人も皆も、きっと相手が自分に対して何をしてくれなくたって態度を変えたりしないし、それこそ二度と会えない人に対して愛情が薄まる事ないもんね。でもそれって、やっぱりトッキーが言うように特別な事だと私も思うよ。誰にでも真似出来る事じゃないと思う。独特とは思わないけど(笑)、辛くないのかなって感じてしまうのは理解出来るよ」
-- うん。…ああ、本当最悪だな、私。
「私もだって、誠さんの話聞いて衝撃を受けたクチだからね。でも私ずっと思ってるのはさ、きっとそういうピンポイントを見る事で受け取る印象とか想像力では絶対に見えてこない物が皆にはあると思うんだよ。例えば、どうして誠さんがそこまで翔太郎さんを大切に思うかっていう部分だけ見たって、絶対他人には理解できないし、見えない物はあるはずなんだ」
-- うん。
「これは誠さんだけじゃないかもしれないけどさ。…皆自分の事よりも周りの誰かを優先しようとするでしょ」
-- ああ!うん、それは本当にそうだね。
「その優先って言うのがさ、お先にどうぞレベルじゃなくてさ、俺の事は良いから、お前が全部持って行けレベルの、そういう凄味を感じるの。例えば…テーブルの上に天津甘栗があったとして…」
-- あはは!何よその例え!
「いや具体的な話しないと伝わらないかなと」
-- 分かるよ(笑)。
「そっかそっか。でもきっとその根本にある理由とか、彼らの思いの深さなんかはさ、誠さん達二人の関係だけに限って言えば、この先トッキーがあと10年取材を続けても見えて来ない部分はきっと残ると思うんだよ」
-- うん、そうもしれない。そうだと思う。
「他人には分かり得ないっていう意味では私もそうだし、いまだにビックリする事も多いんだけど、でも私なりにだけどね、答えのようなものは持ってるんだ」
-- 教えてくれる?
「特別な事件とか特別な思い出にはない、毎日の中にある何気ない信頼の足し算だと思うんだ」
-- …凄い。
「でもこれ単純に『時間』っていう話でもないんだよ」
-- うん、うん。
「なんかね、皆、私も含めて出会いがスペシャルだったり、共通の思い出が強烈過ぎたりするんだけど、それって結局切っ掛けでしかないんだよなって改めて思うんだよ。もし、そういう特別な思い出だけ大切に抱えて生きてるならさ、私の練習前の感謝だって、ずーっと同じ内容を呟き続ける事になるでしょ。でも実際は毎日違うもん」
-- ああ、うん。そうだね。ねえ、それってさ、これまでも皆と今みたいな話をしたことがあるって事?
「…なんだって?(笑)」
-- ええっと、お互いの中にある信頼は、特別な思い出から来るものじゃないって。
「…織江さんとはもしかしたらあるかもしれない。でも意識して話をした記憶はないかな。恥ずかしくて面と向かって言えないよ。なんで?」
-- なんか、…もう溜息しか出ないな。本当に凄い。先月、他のメンバーから最後に時間を掛けてインタビューを取った時も、皆同じ事言ってた。
「そうなんだ(笑)」
-- もうあと20年ぐらい密着したい。
「あはは、どうぞ。でもー、思うんだけどさ。こうやって聞いてくれる人がいて、敢えて言葉にして話す機会がないだけで皆同じように考えてるんじゃないかな。言い回しとかは人それぞれ違うだろうけど、割と共感を得られやすい話だと思うけどな」
-- そうかなあ?いやー、それこそ敢えて誰かに言ってもらわないと、きっと自分でそこに気が付く人は少ないんじゃないかな。
「庄内さんとはどうなの? 何年交際してるか知らないけどさ、プロポーズされる程だもん、信頼されてるわけでしょ? じゃあその信頼は、あなたの中のどこにあるの?」
-- …。
「何がそうさせるの?トッキーの何を、彼は信頼してるの? 可愛いから?仕事が出来るから?おっぱい大きいから?」
-- 分からないよそれは。
「じゃあトッキーは庄内さんのどこが好きなの?」
-- …仕事人間で、頼り甲斐があって、熱血漢で、面白い所?
「明日彼が病に倒れて意識がいつ戻るか分からなくなったら、今トッキーが言った条件は全部当てはまらなくなるけど、好きじゃなくなる?」
-- それはない。
「じゃあ違うじゃん」
-- …毎日の中にある何気ない信頼の足し算、か。
「難しい事だよなあって自分も思うけどね。その『信頼』っていう部分を別な何かに言い換えたくなる時もあるけど、でも事あるごとに『やっぱりな』って思ってる自分がいるの」
-- やっぱりな?
「うん。もう付き合いとしてはとっくに10年超えてるから、私の中で確立した、例えば伊藤織江像みたいなのがドーンと立ってるわけね。付き合いが長ければさ、意外な部分で、あ、この人実はこういう面もあるんだなーなんて思ったりして、たまにマイナーチェンジする事もあると思うんだよ」
-- …何が?
「だから、像が」
-- あはは、その像はイメージじゃなくて建築物の像なのか!
「それもイメージだけどね(笑)」
-- 面白い(笑)。
「うん。でも、変な風に伝わると嫌だけど、全然マイナーチェンジしないの。やっぱりそうだ、やっぱり格好良い、やっぱり凄いなの連続で今日まで来てる」
-- えええー!
「いや、本当にびっくりだよね。だから結局、一番しっくり来るのは人柄に対する信頼なんだよね」
-- なるほどー。
「だけど特にうちのメンバーや織江さんや誠さんは、文字通り体を張って人の為に動くことが出来る人間だから、そういう返しきれない優しさを受けてしまうと、そこばかりに目が行きがちになるというかさ。エピソードとしても大きいし、話もしやすいから、そういう所に色んな理由を当て嵌めたくなるんだけど、さっきトッキーに意地悪したみたいな感じでさ、じゃあ私が受けてきた思いやりという特別な行為がなかったものとして考えた時、彼らの事をそんなに好きじゃないのかって自分に聞いてみれば、全く変わらないって自信を持って思っちゃうんだ。不思議でしょ」
-- 不思議、ではないかな、もう(笑)。
「うん。だから、何かをされたから好きなんじゃないんだよね。私なりに彼らを見て、一緒に生きて来た時間の中で、私が彼らを心から好きになったの。でもそれが、長年掛けて積み上げた思い出によるものかって言うと、なんとなくそれも違う気がして、もやもやするの」
-- 時間じゃないんだと。
「うん。だって、昔から彼らは今と変わらないんだもん。私、もう最初から皆の事好きだし」
-- うん。
「もちろん、出会った頃に私の身の廻りを取り囲んでた厄介な環境や問題だけを見ると、そこから私を救い上げてくれた彼らに対する感謝や恩が、あの人達に対する思いに影響してるんじゃないのかって言われちゃうと、否定は出来ないよ」
-- うん。
「でも、私トッキーにも言ったけどさ、初めから彼らに対して『助けて欲しい』って思ってたわけじゃないから」
-- そうだよね。普通に接してほしかったんだもんね。
「そう。実際、相当私が追い込まれるまではそうしてくれてたんだし。もちろん、そこには大人だった彼らなりの礼儀とか優しさがあった事は間違いないけど、絶対そこには彼ら本来が持ってる人間的な魅力がまずあって、私を惹き付けたんだって思ってるから」
-- それはもう、間違いないと私なんかでも思う。
「そうだよね(笑)。うん、だから、この10年で受けて来た優しさの時間を経て彼らを信頼してるわけじゃないんだよね。例えば、それこそ私の事を見ていない時の、笑ってる横顔とか、音楽をこよなく愛して、爆音を鳴らして震えてる汗だくの姿とか、好きなものを好きだと語る時の目付きだとか、普段外ではとても穏やかで物静かなのに、スタジオでは鼓膜が破れそうな程の大きな笑い声を上げる所とか、そういう細かいけど確かな彼らの生き様が、私にとっては一番大切な事かな」
-- 物凄くよく分かる。分かるなんて言葉は本来使いたくないけど、なんの違和感もなくすーっと入って来た。
「良かった。とは言え抽象的過ぎて彼らを知らない人間には上手く伝わらないんだろうね(笑)」
-- まあまあ、そこはどんな取材にもついて回るジレンマだよね。抽象的というより、実際自分の目で見てない人には想像してもらうほかないもんね。
「じゃあさー」
-- うん。
「(斜め上を向いて何かを思い出している様子。美しい横顔)」
-- 『綺麗な横顔のラインだ』って書いていい?
「っは!いいよ、もう何でもいいよ(笑)」
-- もうー。
「…ファーストアルバムのさあ」
-- うん。
「ブックレットって言うの? 歌詞カード」
-- はいはい。メンバー写真とか、歌詞とか、ライナーノーツとか。
「うんうん。『FIRST』に関しては一番力が入ってるというか、会社的にも一番お金使ってるんだって」
-- そうだってね。確かに紙質も、内容も、これまでもっと売れたアルバムが他にあるにも関わらず、『FIRST』が今までで一番豪華だよね。
「もう何度も見てると思うけど、メンバーと歌詞が交互に出て来るページとか、後半の集合写真とかもそうだけど、皆で『溶接』作業してるじゃない?」
-- うん。今と違ってコンセプトがしっかりとした写真だよね。皆当然今よりも若くて、目付きが鋭くて、ニコリともせず本職の仕事人みたいな顔でバーナー握ってるんだよね。男4人の逞しさとか働く男の汗とか汚れとか、カメラに目線くれない自然な表情とか。私最初見た時格好良いなって思うのと同時にさ、彼らはこれまでこういう仕事をしてきましたっていうメッセージなのかと思った。
「この話知ってる?」
-- え、このって、どの話?
「撮影用のセットじゃないっていう」
-- …どういう意味?
「カオリさんの実家が自動車整備をやっててね。板金なんかもやってる会社だったから、当たり前のように溶接作業が日常業務としてあって。そのご実家で、撮影させてもらったんだって」
-- へえ!いや、ごめん、初耳だけどそれぐらい知ってなきゃ記者失格だね(笑)。
「うーん、どうだろうね。一応スペシャルサンクスには社名も入ってるんだけど。でも2nd以降の話はよくしてたけど、そこはやっぱりトッキーの優しさなのかなあって思ってた」
-- あえて触れないようにしてるって?そんな深く考えてないよ(笑)。ふっつーに、ほえー、格好良い写真だなあーって思ってスルーしてた。ダメダメだね。
「いやいや。まあ、うん、それでね。専門の会社に依頼してセット組んだりロケしたりっていうのを一切せずに、カオリさんに頼んで作業着や道具も本物揃えて貰ってさ。アキラさんはその時既に実際そこでアルバイト経験もあったし仕事任せられるくらいの技術は持ってたんだって。だけど他のメンバーは触った事もなかったから、ジャケット写真の撮影に入る前に全員で溶接の免許(資格)獲ったんだって」
-- …ん、え? 撮影するだけなら免許要らないよね? あ、実際火を使う場合は持つだけでも免許がいるの?
「要らない。でも実際に講習受けて免許獲って。凄いのがさ、溶接の免許って有効期限あるんだけど、今でも全員持ってるの」
-- 更新し続けてるって事!?
「そう! だからそういう、そこの真意みたいなのって皆口では言わないから分からないけどさ。そこもなんか真似しようったって思いつかないよなって思うの、私だと(笑)」
-- うん(笑)。私も思いつかない。
「ねえ。男と女の差なのかなって思った事もあるんだけど、それも何かね、ずるい考え方な気もしちゃって。誰も何も強制なんかしないし、実際に溶接作業をする事なんて一年に一度だってないと思うんだよ。毎日見張ってるわけじゃないから知らないけどさ。でも、そこにどんな拘りがあって、どんな思いが作用してるのか、ホントきちんと理解出来るわけじゃないんだけど、その話を知った時物凄く、…ああ、なんていうんだろう」
-- うん、うん。
「…格好良いなあって思っちゃって。ごめんね(涙を拭う)」
-- ううん。
「わざわざ撮影の為に免許獲った事だけ見たって、本当はそこに、もっと分かりやすい理由みたいなのがあったりとか」
-- うん。本職の人に馬鹿にされないようにとか、そう思われないようにとかね。
「そうそうそうそう。でも、感覚的なものだけど、それは絶対違うんだろなって思うんだ。きっと、他人の評価を全く意に介さない人達だから、第三者を気にしてっていう事はなくて自発的な何かがあると思うんだ。その上で平然と、当たり前のように10年以上も更新し続けてるのって、よく分からないけど、…憧れるなぁ」
-- あはは、うん、何となく私も分かるな。
「でしょ。や、きっと理由自体には興味なんかなくてさ。そういう人達だっていう人間的な魅力にさ、やられるというかね」
-- うん、うん。へえー、凄い話だね、それは興味深いよ。
「ね。なんか、そういう事を今思い出した」
-- 普段、これは別にドーンハンマーとか関係なくさ。取材相手と接してて、何気ない会話の向こうに人間性が見える事ってあるんだよね。
「うん?」
-- 一見優しい人に見えて優しい口調で話をしてても、ちょっと伝言しに来たスタッフさんを見る目が怖かったり、口調が偉そうだったり。
「あはは、うん」
-- それを見るとさ、今こうして話してる口調とか語尾の優しさなんかが途端にウソ臭く聞こえてゾっとしたり。繭子達はそういうのが一度もなかった。まあ、一年という限られた時間ではあるけど、自分なりに目を皿にして見て来た感想を言えば、本当に裏切られなかった。
「それは、どうも(笑)」
-- うん。何気にこういう事は初めてだった。バンドが持ってる音楽的な格好良さよりも、衝撃を受けたかもしれない。竜二さんなんて特に口調は荒いし、翔太郎さんもそうだけど。大成さんなんてずっとサングラス掛けてるから最初は怖かったけど。だけど皆、ふっと笑ったその顔の向こうにさ、私なんかでは経験したことがないような苦労を乗り越えた人の穏やかさだったり、どっしりと構えた強さがあって、そういう彼らから滲み出る温もりみたいな物が、私とっても好きだったんだ。
「うん。…うん、ありがとう」
-- 私には実態の見えない人間的な奥行きの部分に、今繭子が教えてくれた溶接の話や、アキラさんとの思い出や、カオリさんとの青春がぎゅっと詰まってて、そういう深くて遠い、一粒一粒の思い出の房から溢れて来る彼らの音楽だからこそ、体験した事のない感動を味わうんだろうなって。
「うん」
-- 爆音なんだけど、怖いくらい猛烈な音の連撃なんだけど、『音楽は人だ』って私も思ってるから、その音を辿った先で見上げた場所に立ってるあなた達を見ると、心から震えが込み上げて来るんだよ。だけどきっとそれは、ただCDを聞いてるだけでは分からない事だと思うから、私がそこをうまく広めて行ける手助け役を担えたら良いなと思う。
「うん。ありがとう」
-- ごめん、しんみりしちゃった(笑)。
「泣いちゃったよ馬鹿!」
-- あははは! でもこないだもさ、織江さんと誠さん交えて話をしてくれたでしょ。その時繭子がメンバー側に立たずにこっち側目線で皆を見ているっていう話題になったけど、取材を終えて一年経った今だから言える話、なんとなくその気持ちは分かる気がするんだ。
「あー、うん。別に意識してるわけじゃないんだけどね。昔からの距離感が変ってないっていうだけであって」
-- うん、うん。そういう意味で言うとさ、繭子が変らない距離で見て来た彼ら3人の、これまでの10年の変遷というか、彼ら自身が変った事とかこれだけは変わらない事ってある?
「さあ、どうでしょうか(笑)」
-- ええ?
「難しいよ、話が!」
-- あはは。
「でも、んー、つまらない言い方かもしれないけど、やっぱり変わらないかな。変化がないっていう意味じゃなくて、成長は皆してると思うけど、出会った頃から皆しっかりとした大人だったし」
-- ああ、うん。全然つまらなくはないよ。
「同じ事ばかり繰り返して馬鹿みたいだけど、本当にいつもどこかで必ず、何かしらで彼らは大声で笑ってるんだよね。そういう彼らの人柄は毎日毎日、私の中で積み重なってく信頼の強さに裏打ちされてる。だからもう、年を経て人間的な変化があるかないかを、ひょっとしたら私自身が考えてないかもしれない」
-- どうでも良いと言うか。
「そうだね、ズバリ言えばそうかも。他人があの人達見てどう思うかも、もう私には気にならないしねえ」
-- うん。
「自分の事は超気にするくせにねえ」
-- (苦笑)
「昔さ。色んなライブハウスで暴れてる姿を見てた時代にね、ちょっと嫌味なぐらい『なんであんなに活き活きしてるんですか』って聞いた事あってさ。したら『腹立つ奴見つけると嬉しくならない?』って聞き返されて。何て事言うんだって思った」
-- 誰に?
「言ったのは竜二さんだけど、ここで話してたから皆いたよ。『ならないですよ、腹立つ人見かけたら腹が立ちます』って答えて」
-- それはそうだね(笑)。
「当時は今程ネットニュースとかが過熱してないギリギリの時代でさ、レコード会社の耳に入ってたら一発で首が飛ぶような事でも、全然躊躇わずに突っ込んでいく人達だったから、よっぽど腹の立つ事や何かがあるのかなって思ってたんだけど」
-- 最初はね(笑)。
「そう!知ってる!?」
-- ある程度は聞いてると思うよ(笑)。
「やっぱやばいじゃん、出版社の耳に入ってるって事だよね」
-- いや、庄内からだから。
「あ、そっか」
-- 彼らぐらいのバンドがイベントで対バンって事は相手も結構な名前だったりするしね。それこそ海外のバンドも多いから、毎回イベントはヒヤヒヤしながら見てたって(笑)。
「本当そうだよ!もう箱のスタッフとか対バンの人らが総出で止めに入ってもやり切るまで止まらない彼らがさ、最後に笑って戻って来る姿を遠くから見てて、私ずっと疑問だったんだよ」
-- あはは、怖いけど笑っちゃうな。負けなしだったんだろうね。
「…」
-- あはは!思い出してる!
「んー、殴り返されたリは普通にあったけど、確かに負けて終わった事はないかな。ああいう時の彼らは私が見て来たどのバンドマンより怖かったもん。私身内だけどさ、だからって平然とニヤニヤ見てられるかって言ったら、全然そんな事なかったし。あれってなんなんだろうなー。ああいう怖さってもう最近は感じないけど、でも今思い返してもちょっと嫌な気持ちになるもん(笑)。海外でもさ、スキンヘッドで入れ墨だらけのいかつい太っちょさん達が『なんだあのヤバイのは』っていう目で見てたからね」
-- …あー。
「引くな(笑)」
-- ごめんごめん。
「でも子供の頃と比べるのはおかしいけどさ、あの織江さんが皆の荒くれ期に何度も離れた方が良いと思った理由は分かるもん。だってさ、一回壮絶だったのがね、その時の相手が〇〇〇人のメタルバンドなの。3体7ぐらいの喧嘩になって、こっちが3人なんだけど向こうのスタッフ含めて圧倒したわけ。ガタイとか全然違うのに喧嘩ってなったらこっちの3人圧力が半端ないから、すぐ終わって。私としては『良かった、小競り合い程度だった』って思ってほっとしてたんだけどさ、でもなんか向こうの誰かが英語で文句言ったみたいなの。人前だから手加減してやってんだ、お前らみたいなのはこっち(本国)へくれば一発だ、みたいな事らしいんだけど。それ聞いて竜二さんがグアア!ってなっちゃって(笑)」
-- 怖い(笑)。
「翔太郎さんと大成さんに、こんな事言ってるぞって言った瞬間翔太郎さんドーン!って飛び出してった」
-- あははは!
「笑ってんじゃんか。凄かったよ、もう本当普段表に出て来ないスタッフさん全員と対バンの人達総出で止めるんだけどまず言葉では止められないし、誰もあの3人の前に立って静止出来ないんだよね。始まってるし、殴り合ってるし。皆私の方チラチラ見て来るんだけど、一回一回首横に振って」
-- そらそうだ。テツさんは?
「私の後ろに立ってウズウズしてた」
-- 駄目だ(笑)。
「ああ、これは大問題になるなー。ドーンハンマー終わったかなーって」
-- うん(笑)。
「でもなんでかお咎めなしだった。その箱(ライブハウス)出禁にはなったけどね」
-- なんで!?
「何が?」
-- なんで問題にならなかったの?
「織江さんのおかげじゃない? 当時はまだそこらへん突っ込んで聞けなかったし、その後も皆普通にしてるから、そんなもんなのかなーって(笑)」
-- うへー。
「庄内さんからは聞いてない?」
-- 事の顛末までは聞いてないかなあ。○○ッツ〇〇〇ー〇でしょ?相手。
「ダメ!(笑)」
-- 分かってるよ。うん、面白いから聞いておくね。でもそういう時ってメンバーはどういう雰囲気なの。すっごい興奮してたりとか、不機嫌だったりとか。
「だから、楽しそうなんだよ」
-- あー、だからなんでそんなに楽しそうなんだと。
「そうだよー。でもそれ聞いた時に言ってのがさ、なんかね、良い人とか優しい人とか、愛すべき人、そんな言い方してないけど、そういう人を見ると逆にちょっと腰が引けちゃうんだって。ちゃんとしなきゃ、傷つけないようにしなきゃいけないって身構えちゃうんだって。でも腹の立つ人間を前にするとテンション上がるの。よっしゃー!殴れるー!って」
-- ウソでしょ!?
「そう言ってたもん(笑)。だから喧嘩した後あんな笑顔なのかー!って。でもさ、それって単に面白いだけの話じゃなくて、彼らの人間性がよく出てるなあって思うんだ。彼らが乗り越えて来た境遇を知ってるトッキーだから話せるけどさ、あの人達は自分が傷ついてきた分、たくさん大切な人を失ってきた分、大事な人を傷つけるのがもう、どうしようもなく怖いんだと思う」
-- うん、なるほどね。
「でもそんな怖さを感じなくて済むじゃん。嫌な奴見ると嫌いになれるから。なんかそれってさ。…全然、人としては正しくないかもしれないけど、あの人達らしいなって思うの。なんかそこで笑ってる彼らを見てると切なくなってさ、抱きしめたくなると言うか」
-- そうだね。
「それに、ちょっと自分と似てるなって思った。私は別に嫌いな奴見てもテンション上がらないけど(笑)、でも、言ってる事はすんなりと理解出来た」
-- そっかあ。
「私が、彼らと出会ってまず最初に抱いた思いは、そこなの。お互いをとても大切にしているなあって。お互いを見てる眼差しが、とても優しくてさ。きちんと相手の目を見て話をする。言葉はぶっきらぼうでも、相手が傷つくことは言わない。誰かが楽しい話題を振れば、大袈裟なぐらい声を上げて笑う。でもそこに、不自然さなんて微塵にもない、それが当たり前の事。長く一緒に生きて、付き合いも長ければ喧嘩だってするだろうし顔も見たくない日だってあるだろうにさ、私が出会ってからの10年以上は一度もないんだよ。…外での喧嘩は置いといても、お互い殴ったり殴られたリする場面は何度も見たけど、そこに愛情を感じなかったことは一回もない」
-- うん。
「トッキーはきっとびっくりしただろうけど、ラジオ収録の時だってそうだし、横(会議室)で翔太郎さんが竜二さんを殴った時だってそうだよ。翔太郎さんの顔を見た時に、これは喧嘩なんかじゃないなって漠然とだけど確信に近いものを感じた」
-- それをピーンと感じ取れるのは繭子だけだよね、あの場では(笑)。実際何も言わず、ただURGAさんにとばっちりが行かないようにガードしてる姿は、格好良かったな。
「あは、格好良かったのか。それはまあ、まあまあまあ」
-- うん(笑)。
「人をさ。竜二さんをだよ、力一杯殴りつけておいてだよ、あんな悲しい顔するんだもん。なんか私も泣きそうになったよね」
-- 悲しそうに見えたんだね。
「見えなかった?」
-- 怖かった。
「そうか。…そうだね」
-- 深い意味はないよ、単純に怖かったの。
「うん、うん」
-- あの場で一番冷静だった繭子だからちゃんと皆の事が見れてたんだろうね。
「あの場もそうだけど、やっぱり世代の違いや男女差の違いというか、さっきも言ったけど、同じ釜の飯を食べてるんだけだど全く同じ思考をする人間にはなれないというかさ。それは常にあるのね」
-- うん。
「だからこそ見えるものってあるじゃない? 意識しなくたって、普通にしてるだけで分かっちゃう事とか。もちろん逆もあるし」
-- なるほどね。別にネガティヴな捉え方ではなくてね?
「もちろんもちろん。あって当然の差だし、そこを不満に思う程馬鹿じゃないよ。でもそこを踏まえて確実に言えるのはね、私が物凄く年下で、女で、いじめられてた人間だったから優しくされて来たのかっていうと、それは絶対違うんだっていう自信はある」
-- うん。
「きっと私が現れる前から彼らは同じように、お互いを大切に見つめながら生きて来た人達だからね」
-- うん。
「そういう人は相手によって態度を変えたりしない。自分という生き様をしっかりと持ってる人達だから、自分に厳しくて他人には優しい。もちろん嫌いは奴にはすぐに手が出るけど?」
-- ふふ、うん。
「薄汚れた丸窓を背伸びして覗き込んだら、大成さんと目があって、手を振ってくれた。竜二さんがドアを開けてくれて『ウィー』ってニヤニヤしながら入れって仕草をしてくれた。アキラさんは黙って自分の座っていた椅子を差し出してくれた。翔太郎さんは煙草を消して、『ここ禁煙だって』って言って笑ったの」
-- …ふん(うん)。
「いやいや吸いませんよって私が首を横に振ると、自分の鼻を指でちょんちょんってやって、『別にいいぞ。バレたら俺だってチクればいいから』って。私恥ずかしくてその日に煙草やめたもん、本当は嬉しかったんだけどね」
-- あはは。
「少しだけ練習見せてもらってもいいですかって聞くと、4人ともぼーっとしたような顔でそれぞれ頷いて、すぐに楽器を手にしたの」
-- (一瞬考えてしまって、言葉を見失う)
「あの頃からそう。なんの合図もカウントもないまま翔太郎さんが突然弾き始めて、一斉に爆音が私の体を突き抜けた。私は拳を握って興奮状態。もう体全体で飛び跳ねる寸前で、一緒に歌って、笑って手を叩いて、大喜びして、必死に無邪気さを装った」
-- …ふん(うん)。
「きっと、初めてまともに向かい合った瞬間から、私の様子がおかしいという事には、皆気付いていたんだと思う。というより、それまでもスタジオの廊下や外で何度も顔を合わせてたし、会釈程度の挨拶は交わしてすれ違ってもいたから、初めてスタジオを覗き込んだ私の姿を見て、驚かれるかもしれいないという不安はあった。…思い切って勇気を出した。『少しだけ、練習、見せてもらっていいですか』。たったそれだけの短い言葉だったけど、肉体的にも、精神的にも、その時の私は上手く人と話せない状態だったから、声を出す事すら困難だった、途切れ途切れの私の言葉は、本当に、震えて聞き取り辛かったと思う」



池脇竜二の言葉
『うん』(沈黙)『何を思ったかな。…それまでにも顔を見た事はあったし、多分喋った事あったと思うんだよ、内容は覚えてねえけど、その時の声にすげえ違和感を持ったのははっきり覚えてるから。それが怪我なのか生まれもってのもんなのか一瞬分かんなくなって、でも前は違ったよなって思い返したら、…昔の自分がフラッシュバックしたような気がして、色々蘇って怖くなった。だけど、よく来たよく来たって、うん、なんか言葉じゃねえけどそういう気持ちにも、ああ、なったのは覚えてんなあ」


伊澄翔太郎の言葉
『その時はまだ繭子がどういう子なのかも俺は知らないしな。…無口な子だなーとか、よっぽどドラム好きなんだなーとか、その程度の認識しかなかったけど、俺達の前に立って初めてまともに声を聴いた時に、ああ、って。うん、すぐ分かった。外見もちょっと、それまでに見かけてた様子と違ってたし、意識して見れば至る所に傷跡があったしね。それは前も言ったけど、俺達は見れば分かるから。雰囲気から何から今とはやっぱり違うし、きっと残ってやしないと思うけど、あの日の繭子の写真があったとしても、俺はあんたには見せない方が良いと思う。…うん、そういう感じ」


神波大成の言葉
『少しだけ練習見せてくださいって。…確かにそう言ってるんだけどさ、俺にはなんか、ここにいてもいいですか、とか。何かそういう風に聞こえちゃってさ。何の曲演奏したかは忘れちゃったけど、全力でやったなーってのはよく覚えてるよ。気持ちがすぐには曲に追いつかなくて、必死に食らいつくようにベース弾いたのは、ああ、俺あん時が初めてかもしれないな。だけど顔真っ赤にしてタテノリで喜んでくれてるあの子の姿を見た時にさ。どういう状況かは別にしても、そう、そういう事だよって。それで良い、これで良いんだよって、上手く言えないけど、俺も楽しかったしね。凄いね、俺今そいつと一緒にバンド組んでんだもんな!」



「信頼ってさ、確かに言葉とか行動で得られる事もあるとは思うけどね。でも、例えば今言った思い出の瞬間は、私皆の事何も知らないし理解なんて何一つしてないけど、本能みたいな物が『彼らの出す音』を必要としたんじゃないかって思う時があるの。人に興味がないとどんな音楽も耳に入ってこないっていう私のスタンスは、もうその時決まったような物だと思う。メタルとか、爆音とかそういう事じゃなくて、『彼らの出す音が聞きたい』って。…皆戸惑いながらも楽器を手にして、眉間に皺の寄った真面目な顔で一瞬だけお互いを確認して、合図もなしにドカーンって演奏を始めた。そしたらすぐに彼らは笑顔になって、アキラさんの叩くドラムに合わせて翔太郎さんも大成さんも、今よりも少しだけ若い動きで、全身を縦横に揺さぶって、超格好良かったよー。…翔太郎さんね、今でもステージでよく目を、カッ!って見開いて笑うでしょ? 私、一メートル無いぐらいの距離でそれやられて、もう泣きそうなぐらい好きになった。グイグイ前に出る翔太郎さんの肩越しに、口を開けて笑ってる大成さんが見えて、うわ、神波大成がベース弾いてる!って、こんなに贅沢な時間はないなって思ったら涙が止まらなくて。機関銃みたいな音出しながらさ、一緒に歌おうよーって言う目で、目を細くしてアキラさんが笑いかけてくれた。何泣いてんだよー、笑えよーって、楽しいだろーって。そんな思い思いの皆の真ん中で、竜二さんはどっしりと腰を低く構えて立ってた。物凄く真剣な目だった。その日はギターを担いでなくてさ。右手にマイクを握って、左手を何度も私に向けて、その場から動かないんだけど、あの人の歌声全部が私の体にぶつかって来た。…うん。…体の底から震えた。変な話だけど、私が音圧ジャンキーになって恍惚とするようになったのもさ、きっとこの日があるからだろうねえ。…タイトルは『CAN YOU HEAR MY VOICE』。2nd アルバムに収録する時には改題されて、『ALL HUMANS WILL DIE』になった。アキラさん時代にあの曲を生で聞けた事は、私の人生の大きな財産。勇気を出して彼らに歩み寄った結果、一曲5分にも満たないその日の演奏を、全身で感じる事が出来たんだ。私に必要なものはこれだったんだなって思った。…後の、ドーンハンマー2代目ドラム、芥川繭子の誕生である(笑)」






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