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64「繭子、最後のインタビュー 2」
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2017年 3月某日。
-- 一番酷かったのが、その頃ですか?
「んー、肉体的な事を言えばそうかな。でも見た目には酷かったけど、そんな、要は怪我が治りきらないうちから新しい傷を作るのが三重、四重になってって事だし」
-- こういった学校内でのいじめという問題が話題にのぼると、よく耳にするのが集団での無視とか物を隠されると言った精神的な追い詰め方ですが、あなたの場合は容赦ない肉体への攻撃が主だったわけですね。
「やっぱり他のバンドマン取材してて、聞いたりとかもする?」
-- はい。しかしあなた程のは、ないです。
「そうなんだ」
-- 過去の逆境を乗り越えて今がありますというアーティストの話題は編集部でもたまに聞きますが、私が直接お会いして話を聞いた中では、もっとも酷いです。
「やっぱり皆色々あるんだよね、うん」
-- それはそうかもしれませんが…。
「私一人が特別なんじゃないって思えるのは、正直ホッとするな。皆嫌な目にあってるんだから喜んじゃいけないけど、自分だけいかにも不幸だったって、そういう過去の部分に焦点を当てられすぎるの、なんか照れるしね」
-- もちろん、あなた達の魅力を語る時に殊更今回のようなテーマを持ち出して、美化したいとは思いません。
「うん、お願いね」
-- 実際どこまで使えるか私も試行錯誤していますが、ちゃんとしたお互いの理解の上で判断したいと思っています。あとは、そうですね、友人として、繭子の話は良い事も悪い事も聞きたい。もちろん嫌でなければ。
「うん。そう、だから、前にも言った気がするけど、エスカレートした一つの理由として私が大人しくなかったのもあるんだ」
-- ええ、仰ってましたね。だけどそんなのは本末転倒だし、受け入れて良い理由じゃないですけどね。
「受け入れてない受け入れてない(笑)」
-- 話を聞いてて浮かんでくるのは、相手は一人や二人じゃないんだろうなって。
「そうだね。それがクラスだけとは限んない所が厄介だった。あいつにはそれをやっていいんだっていう空気? そういうのが学年全体に広まってるように感じてた。だから直接私を攻撃し始めたグループ以外の、喋った事もないような男の子とかがいきなり背中蹴って来たりするの」
-- 何それ。
「何それって思うよね。私もだから、お前誰だよと思ってやり返すでしょ。でも向こうは周りの目を気にしながら遊び感覚でやってるから、やり返されて終われないわけ。そしたらもうどんどんエスカレートしていって」
-- 周りも、やれやれって囃し立てる感じだったの?
「そうだったと思う」
-- よくそんな学校に行く気になれたね。
「毎日じゃないしね。何もない日だってたまにはあったよ」
-- それにしたってさ。
「その、蹴ったり殴ったりっていう事自体も嫌だけどさ、それももちろんあるけど、それよりも私には何をしても良いっていう、格付けの一番下に置かれたような状況がね、本当に面倒だった。突然攻撃が始まるから、もう、心臓に悪い」
-- 怖すぎる。
「とか、視線の痛さね。『あー、ほら、あいつだよあいつー』みたいな目がね。とにかく嫌だった」
-- それでも不登校にならないって、ちょっと考えられないぐらい気丈という事でいいのかな。
「どうだろうね。別に平気だったわけじゃないし、…うん」
-- 身体の怪我などは、何度も通院していると病院側も察知しないんでしょうか。言っても十年前とかそこらの話だし、今の時代気づいて通報してくれても良さそうなものだけど。
「うん、きっとそうだと思う。そうだと思って、色んな病院をハシゴしてた」
-- 繭子が?なんで?
「んー。バカだったから?」
-- え?
「だから、通報されて問題になって、騒ぎが大きくなってこれ以上おかしな目で見られたり、余計に注目されたりすると面倒だなとか。本人なのにどっかでそういう、臭い物に蓋っていう考え方をしちゃって」
-- ああ、そういう心境になるものなんですね。
「人にもよると思うけど、私の場合は自分がいじめられているという事を恥ずかしいと感じてる部分があったし、負けたくないって思いも強かった。だからこそ力任せに抵抗してたんだろうね」
-- もともとの原因は人の彼氏を取った取らないっていう誤解にあったと聞いたけど、そこを解消しようとはもちろんしたんですよね?
「最初はね。一応話を聞いてもらおうという姿勢ではいたんだけど、気が付いたら向こうがそういう目線にはなくて。こちらが何を言う言わないに関係なく、いじめを楽しんでる顔だった。なんでこいつら相手に私が情けない顔して説明しなきゃいけないんだって思って、馬鹿らしくなったんだ」
-- なるほど。親御さんにも隠してたの?
「隠せるうちはね。でもすぐにバレた。制服破れたりとか教科書なくなったりとか、見逃せない事態にもなってたしね」
-- どういう反応だった?
「お母さんは泣いてた。お父さんは、…よく分かんないな。怒るでもなく、すごく悲しそうな顔で、嫌なら学校行かなくていいぞって」
-- それは繭子としては、有難い反応ではなかったんだね?
「今にして思えば色々と、こうだったんだろうなって想像する事は出来るけどね。その時は、なんか、反応薄いなって。あはは、それも今にして思えば、私が色々遮断してたから鈍感になってたのかもしれないけどね」
-- 求めていたような親の愛情という、目に見えるリアクションではなかったと。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。何とも言えない、だから分かんない。言っても、お父さんとはよく話したしね。学校休んで、よく散歩した。そういう中でね、ドラムを頑張るならスタジオ会員になってもいいぞって言ってくれて。うちは子供がお前だけだから、それぐらいの余裕はあるから、どうだって」
-- 優しいお父さんだと思うよ。とても。
「あはは、うん、今喋ってて初めてそう思った」
-- あはは、そっか。
「うん。…ごめんごめん(涙を拭う)」
-- ううん。これ使って
「ありがとう」
-- ずっと怖くて聞けなかったけど、今、どうかな。
「…言葉に出そうか迷ってるって前に言ってた事?今、言った方がいい?」
-- そうだね。ここまで話すと今後噂だけ付いて回るし、タイミングとしては今だと思います。もちろんこの話は丸ごと使わない選択肢もあるけどね。
「うん。じゃあ、聞いて」
-- 聞きますね。当時、性的な被害はありましたか?
「ないよ。ありません。…あー、最後まではされてない、の方が正確かな。一度だけ、これはそういう意味でやばいなって事があって、その時は全力で抵抗した。これ言っていいか分からないから後で考えてね。私ずっとナイフを携帯してたから、それでなんとか切り抜けたのがあって」
-- 良かった、うん。良くはないけど、良かった。
「この話になったからついでに言ってしまうけど、私その時相手を何人か刺してるの」
-- え。
「刺すって言っても、こう、やって、切り裂くみたいな振り回し方で、腕とか太ももをザッて。何人かに体捕まれて、そのまま体育館のトイレに連れ込まれたの。これはやばい奴だって思って。よし、殺そうって覚悟決めて振り回した。学校内だからさ、向こうがどこまで本気だったかって言われると分からないけどね。結果的には目撃してた子が人を呼んでくれて助かったのもあるから、遊びだったっていう言い訳を用意してたのかもしれない。ただ下着を取られはしたから、もういいや、殺そうと思ったよ。だから多分これは殺人未遂とか傷害罪なんだけど、向こうは向こうで絶対被害届なんて出せないのは分かってたし、学校側も騒ぎを大きくしたくないからうやむやになったけどね。でも今思えばさ、証明できる映像なんかもないわけだし、どっちかって言うと私の方がやばい立場だったよね」
-- 正当防衛だから、刺せば良かったね。
「っはは!ダメダメ、多分それを言うのはアウトだよ」
-- いいよ別に、構わないよ。
「トッキーが言うのは正しくないよ。正義じゃない。肩入れ(笑)」
-- そっか。ならやめておきましょうか。
「だから私そのまま帰ったもん。そいつら逃げたし、追いかけてパンツ返してって言うのも嫌だし、そのまま帰った」
-- 駄目だよそんなの!
「逃げたって言っても特定は出来たから後で処分はあったよ、もちろん。パンツも返って来たけど『気持ち悪い!』って(笑)。そう、でもその日それで織江さんが大泣きしてさ。そのまま制服着替えないでスタジオ行ったからすぐバレて。まあ(制服の)上もところどころ血が付いたりしてたしね」
-- 家には戻らなかったの?
「うん。やっぱり、うん、誰かに会いたかったのかなあって、思う」
-- 怖かったね。
「うん。でも織江さん泣かしちゃったからな、不味かった」
-- 会えたのは織江さんだけ?
「ううん、皆に会えた。したら、やっぱり、涙出ちゃって」
-- よくそれで学校辞めるってならなかったね。
「私が?…あー、やれる事は他にも色々あっただろって今にすれば思うけど、当時は何で私が逃げなきゃいけないのよって強がってたから。その事があって何人かは停学になったりして、少しは事態がマシになるかもとか変な期待したり(笑)。その時はさ、そういう向き合い方しか本気で考えられなかったんだよ」
-- 織江さん、よく学校乗り込まなかったね。
「だから実を言うとそれもちゃんと言ってないんだ。帰りがけに変な奴に襲われて、パンツだけ投げつけて走って逃げたってウソついて」
-- はあー!? 繭子って、なんだろう、あなたって!
「バカでしょ?」
-- うん。バカだね。バカです、あなた。
「あはは」
-- え、でもそれ、皆信じた?
「ううーん、どうだろう。私が本当の事言わないから皆動かなかっただけで、多分バレてたよ。バレてたと思う」
-- うん、そうだろうね。
「そうやって、色々あって私もここにいるからさ、だから今はもう大体何があっても平気かな。たっくさん殴られたし、たくさん蹴られたし、骨折もしたし、階段から蹴り落とされたし、えんぴつで刺されたし、コンパスでも刺されたし、パンツ取られたし、ベタにバケツで水掛けられたリもあるし、何度もお弁当ひっくり返されたり、カバン捨てられたり、自転車壊されたり、火のついた煙草を頭の上に投げられた事もあった。焼却炉で教科書燃やされたり、体育倉庫に閉じ込められたりもした。体育で使う重たいマット被されて、上からどんどん乗りかかられて、ああー、泣かないでー(笑)」
-- うん、そうだね、ごめん。
「でも私もたくさん殴ったし、たくさん蹴ったよ。色々あったな。だからもう大体何があっても動じないけどね。でも本当言うと、人に関して言えば、今でもよく知らない人は怖いし近づきたくない。昼間以外一人で出歩く事もほとんどしないし、出来れば喋りたくもない。関わり合いになりたくないんだ。…トッキーを除いてはね。庄内さんだって、付き合いはそれなりに長いけど、実は今まで二人きりになった事はないんだ」
-- そうか、そうだったんですね。
「なんか、ごめんね。良い人だって分かってるよ、好きだよ、庄内さん」
-- そんな事気にしないで。全然、気にしないで良い。
「うん。だけどそれでも全然私幸せだなって思えるのは、やっぱり皆との出会いが大きいね。二人きりになっても全く怖さを感じないし、例え何されたってこの人達なら平気だって思える大人の人に出会えた事は、私の人生に一杯あるマイナス部分を全部ひっくり返して大幅なプラスに変えてくれたもんね」
-- うん、うん。
「人を信用しなくなって」
-- …はい。
「同世代の人間は皆馬鹿だと思ってたし。ガキで、未成熟で、残酷で、…臭い」
-- 臭い?
「うん。…なんだろうな。私、人との距離感て大事だなと思ってて。…そういう相手の心理とか気持ちを全く推し量れずにずけずけと近寄って来る奴らって、大体臭いの」
-- 統計的な話? それともイメージ?
「体験談だけど(笑)」
-- そっか、ごめん。
「そういう、獣みたいな臭くて遠慮のない奴らのせいで傷つかなくていいように、これ以上侵入して来られないように、他人を弾くガードで体も心もグッと構えて生きて、そのままガンガンに殻だけ強くしていったから防御力は上がったけど、最終的には自分でも内側からその殻を破れないまま大人になると思ってた」
-- 自分で?そんな冷静に見れてたんですか?
「友達いなかったからね。ただただ冷静に、自分の置かれた状況だけを見てた」
-- そうなんですね。…辛いなぁ。
「だけどそのままでも、割と人と接するだけなら何とかなるんだよ。信用はしてないから本音は見せないし話続かないけど、挨拶されて返事したりとか、そういうのはね、何とか。あとドラム。一心不乱にドラムを叩き続ける事で周りの視線を気にせずに済んだのも…ね」
-- そっかぁ。…以前メンバーに話を聞いた時に、繭子との出会いを教えてもらった事がありまして。
「うんうん、前のスタジオでしょ?」
-- はい。でもこうして話を聞いてて思うのですが、そんな状態だったあなたがよく彼らに話しかけられましたね。
「あー」
-- だって、それこそ知らない男の人達だったわけですよね。あるいは顔を少し見た程度で元クロウバーだと分かったのだとしても、当時の繭子には高いハードルだったろうなと思います。
「うん。…ふふ」
-- え、何の笑い?
「思い出し笑い。あのね、もちろん、いきなりスタジオ覗き込んで話しかけたわけじゃないよ。何度か練習前の皆を外で見かけた事があって。そのスタジオの向い側の歩道に自販機コーナーがあってさ、そこでよく飲み物買ってる姿を見かけてたの。通りがかった時に丁度竜二さんがボタン押し間違えて『あー!』ってでっかい声で叫んでさ(笑)」
-- 竜二さんらしい(笑)。
「びっくりして立ち止まっちゃって。私に気付いて、これいる?って貰ったのが『午後ティー』で」
-- 可愛い!
「ね。私もうドキドキしちゃって。あ、丁度飲みたかったですって平気な顔作って言って、貰って。したら竜二さん『午後だけにね!』って言ってくれてさ、私が一瞬遅れて腹筋切れるぐらい大笑いするっていう」
-- あははは!
「それとかね、大成さんが女の子達に囲まれて困ってる所を助けてあげたりもした」
-- 何それ、どういう事?
「絶対バンドに興味ないんだろうなっていう女子高生達がね、キャーキャー言って大成さんを囲んでるわけ。サインねだってるようにも見えなかったし、連絡先教えてくれとかそんなんだと思うけどね。なんか、ガーっと追い返せない感じで困ってるように見えて。一旦通り過ぎてスタジオの中入って、また出てきて『メンバーさん呼んでます』って強めに声かけて。『お、そっかそっか』って言って輪から抜け出して」
-- えー、すごーい。繭子やるねえ。
「あとアキラさん」
-- うん。
「昔のスタジオの廊下でね、壁際でなんかコソコソと、周りをキョロキョロと伺ってるの。え、何、怖いこの人って思って。私には気づいてなかったから、ちょっと離れて。そしたらいきなり壁をバンバン!って叩いて、周りを気にしながら奥に消えてって」
-- 何、その話。
「怖っわーと思って。でもそこ通らないと中入れないからさ、ビビりながら近づいてってその場所よーく見たらさ、『クロウバー』のステッカーの上にビックリマンシール貼ってた」
-- (爆笑)!
「なんだこれと思って。いや、あのさー、良いけどさー、せっかくなら『ドーンハンマー』のステッカー貼ろうよって(笑)」
-- はー!あはは!最高だな、あの人。
「ねえ、大好きだよもう、ずっと」
-- でもさ、どの段階で竜二さん達が元クロウバーだって気づいてたの?
「え、気づいたのはもっと前から気付いてたよ。あのスタジオ通って初めて見た瞬間度肝抜かれたもん。私が毎日歌ってた『アギオン』の人がいるわけだからね(笑)。ドーンハンマーももちろん聞いてたし」
-- そうかー!
「っはは。私が一方的に知ってるだけだったけど、芸能人を見るような目でもあったから、全然知らない人よりは大分とハードル下がってたのはあるかな。でも切っ掛けらしい切っ掛けは、やっぱり誠さんかな。誠さんと、翔太郎さんかな」
-- そうなんだ!?
「うん。私が外の自販機で飲み物買ってたらね、中から二人が出て来たの。その時はまだ翔太郎さんの事名前以外よく分かってないけど、目ん玉飛び出るくらい可愛い女子高生と一緒に出てくるから、何だこの人って思って(笑)」
-- あはは!そりゃそうだよねえ。誠さん制服だったんだ?
「うん。バカな私には到底通えない超進学校(笑)。しかもなんかちょっと揉めてて。誠さんが一方的に怒ってて。何で駄目なの、たまにはいいでしょーみたいな、なんかそんなで。それに対して翔太郎さんは駄目の一点張りで」
-- 何が駄目なの?
「ちゃんと学校行けって」
-- あはは、あー、あはは。めっちゃ貴重なシーンだな、何それ。
「でしょ(笑)。でもさ、その日初めて見た瞬間から翔太郎さんって煙草吸ってた気がするの。そういうのって忘れないんだね」
-- へえ、なんか良い話だねえ。銜え煙草で、今まさに火をつける瞬間だったり?
「そうそう!なんで分かるの(笑)」
-- そういう姿を何度も見てきたもんね。格好いいよね、なんだかね。
「そっかあ」
-- それで二人は?
「ふくれっ面の誠さんがプンスカ言いながら学校戻る直前に私に気付いて、『この子はいいんですか』って私を指さして。翔太郎さんが私をじーっと見て。『こいつも今から行くんだよ。人の事はいいからさっさと行け』って。『ホントかなあ!』って言いながら誠さん歩いてって。そんなの見たら私そのまま入れないじゃんか。えーって思ってたら翔太郎さんが私の横へ来て自販機にお金入れながら、『人の事はほっとけっつんだよなあ』って。そのままスタジオ戻って行った」
-- へえ、そうなんだ。…なんか震えた、今。
「私その時、名前も知らない誠さんがめちゃくちゃ羨ましく思えてさ。人の事はほっとけって言う人に、放って置かれてない人なんだよなって思って。構われたい、じゃないけど、自分を心配して見ててくれる人がいるってやっぱり羨ましいなあって」
-- うん。
「そんな事があって、なんとなく面白いけど実はちゃんとした人達なんだろうなって、そう思ってたのはあるよ」
-- なるほど。興味持っちゃうのも分かりますね。今と全然変わっていない皆さんの姿が想像出来ました。
「変わってないと思うよ、何も」
-- 出会ってからの皆さんとは、すぐに打ち解けて仲良くなれたんですか? 話を聞いてるだけのイメージだと、逆に繭子の方が今と違って、そこまで社交的ではないというか。
「今でも全然社交的ではないけどね(笑)。でも、なんていうか、皆ね、初めのうちはそういう私をどうにかしようとしなかったの。そこが一番良かったんだろうね、私にとって。ただ大人としての節度ある距離でそこにいて、いつでも笑って話をしていて。それが凄く楽しそうで。『なあ、繭子どう思うー?』って話掛けてくれるんだけど、私が上手く答えられなくたっていいの。変な顔しないし、変な空気にすらならなかった」
-- 繭子の言う所の、嫌な臭さはなかった?
「全くだね。全くない。上手く通じないかもしれないけど現実的な話なんだよ、それって。翔太郎さんなんて気が付けば煙草吸ってるし、アキラさんだってそうだし。竜二さんはもう吸ってなかったと思うけど、私が出会った当時はまだ大成さんだって吸ってた。皆お酒飲むし、学校なんかとは比べ物にらないぐらい、息苦しいレベルの煙とアルコールの匂いだったけど、そういう場所の匂いと彼ら自身の匂いは別な気がしたんだ」
-- へえ。ちょっと興味深い話ですね。
「そお?何だろ」
-- お酒と煙草なんて、それこそ人との距離感なんて関係ない程の強烈な匂いだと思うけど、それでも学校にいる同世代の方が臭かったの?
「うん。お酒はまあ別に人から匂う事はあんまりないけどさ(笑)」
-- 何が違うんでしょう。
「人としての、やっぱり距離なんじゃないかな。必要以上に側に寄って来ない人達だし、煙草銜えながら手を叩いて笑ってる姿を見てると、その場に漂ってる煙の臭いは感じても、翔太郎さんやアキラさんから嫌な臭いなんて一度も感じた事がなかったよ」
-- ああ、環境の匂いになってたわけですね。そうか、場所の匂いってそういう事か。
「そうなのかなあ。今となっては、煙草自体吸ってるのは翔太郎さんだけだし、どこかであの匂いを嗅ぐと落ちつくのもある(笑)」
-- 分かる。人って不思議だね。
「そうだねえ。煙草の匂い嫌いな人多いもんね。というか皆嫌いだよね、普通は」
-- そこを帳消しにしてさらにプラスに変えてしまう程の、人間的な魅力が皆さんにはあったわけですね。それこそ、学校の人間とは比べ物にならない程の。
「そこはもう、ね。…いっつも下品なぐらいゲーラゲラ笑っててさ、本当は私場違いなんだけど、ずっと前からここにいたような錯覚起こすぐらい、皆自然にしてくれてた。ちゃんと、自分達を見て判断して良い時間と距離を与えてくれていたというか。小さいながらそこにちゃんと私の椅子があってさ、疎外感を感じた事は一度もなくて、うん、分かり辛い言い方になってるけど、そういう風に思ってたな。こんな人達いるんだなあって。嬉しいとかっていう喜びより、発見だった。いるんだなあ、こんな凄い人達がって」
-- それは、全くその通りですね。これまで伺って来た皆さんの人間性を思えば、あなたの側に彼らがいてくれた事が心から嬉しいし、運命ってあるなあって私は思ってしまいますね。
「運命かあ。…運命なあ」
-- あまりお好きな表現ではないですよね。そこはすごく竜二さんと似ていらっしゃる。
「そうかもしれない。考え方とか似てると自分でも思うよ。なんかね、それを言い始めるとどこからどこまでなのよって思っちゃうし、皆と出会えた事は、そりゃいい運命だって言えるよ。でもそこに至るまでの苦い思い出とか辛かった毎日なんかも運命なの?って考えると、そういう抗えない力みたいな物は、途端に憎たらしく見えてくる」
-- 確かに。
「よく言うじゃん、占いとかでさ、良い事だけ信じて悪い事は忘れるんだーなんて。そんな器用な生き方出来ないからさ、そもそも、そこを重要視しない方が楽だよって、私は思うかな」
-- うん。
「別に人が何を信じようが否定する気は全くないけどね。それを軸にして考えると折り合いがつかないんだよ、自分の中で。私の過去を振り返った時にそれが運命だったんだから仕方ないって納得出来るかっていうと、絶対に出来ないし。納得しようがしまいがそれが運命というものだって言うなら、自分の過去や済んだ話にただ名前を付けてるだけでしょ。何それ?って(思う)」
-- うん。
「…言い過ぎた?」
-- ううん(笑)、全然。
「一方で。織江さんと話してるとびっくりするぐらい自分が前向きな事言ってたり、考えてたりする事に気付くの。別に今更イイコちゃんぶろうなんて気もないし、素直に話してるだけなんだけど、繭子は凄いねって1ミリも嫌味のない笑顔で褒めてくれたりするの。そういう時、私織江さんに会えて本当に良かったなって思うし、人にとって大事なのは出会いだなって心から思う。毎日のように一緒にいるからさ、うざいぐらい皆の昔話をせがむの、私が。でもね、本当はそうじゃなくて、そうやって話をしてくれている時の織江さんを見てるのが好きなの。トッキーはこないだ織江さんの実家に一緒に行って何日か過ごしたから分かると思うけどさ。織江さんて、ホントに、特別だと思わない?」
-- 思います。心の底からそう思う。あんな人いないなって。
「そうでしょー。変な言い方に聞こえると嫌だけどさ、なんか、見てて欲しいって思うの」
-- ん?
「あは、なんて言ったら良いんだろう。…私を見て!注目して!っていう野心とかではなくて。見守ってて欲しい人というか、そこまで大きい話じゃなくたって、普段でも織江さんが私を見ててくれるとホッとするし、安心する」
-- 分かる気がします。前に織江さんがカオリさんの事を、いつも笑ってて欲しい人っていう表現をされていて。私にとっても繭子にとっても、織江さんこそがそういう存在なんじゃないかなと思って。
「そう!その通り!」
-- 良かった(笑)。
「もう私今年30だけどさ、いまだに織江さんに凄いねって言われたい願望あるもんね。あ、これは野心だった」
-- あははは!
「でもそのぐらいの存在なんだ、私にとっては。まあ、あの人の事は皆大好きだから私だけが特別視してるって事でもないけどね。それに織江さんだけが特別、という事でもないし。だからこれまで、何か理由があって最低な時間を通過したんだとしても、思えばそこを生きて通過出来たのも、皆がいてこそだったってはっきりと言える。自分でそれを運命とは言いたくないけど、それは運命だよって織江さんに笑顔で言われたら、うんって頷いちゃうと思う(笑)」
-- お二人の素敵な関係性が見えますね。物凄い事をサラッと言いました。
「何?」
-- ご自分では思っていないのに、織江さんが言えば納得してしまうって。
「あはは、うん、何だろうね」
-- それが織江さんの人柄ですよね。
「そっか。そうだよね」
-- ドラムと出会っていた事も大きいですね。
「…うーん。うん」
-- あれ?
「あはは。うん、ここまで話が出来たなら今更格好付けても仕方ないから白状するけど、心からドラムは好きだよ。生きる支えだったし、このまま一生ドラム叩いて暮らしたいし、そうやって死にたい。でも、私の中で何よりドラムが一番大事かって言われると、全然そうじゃない。あ、…これやばいね。Billionで言っていい話じゃないね」
-- ううん。聞かせて下さい。
「じゃあ、もういい加減敬語はやめてよ」
-- あー…。うん。なんか懐かしいな、繭子にそう言われるの。
「また泣いた(笑)」
ビデオカメラの映像に、関誠の首から上が映っている。
『…っくーぅまあだーまっしーいのーう!』
-- 違う違う!一発芸披露のコーナーじゃないんです(笑)。
(後ろを通りがかった伊澄と神波の爆笑する声)
『ティーリッティ、ティッティッティティッティ、アーン! これ本当に回ってるの? あ、あ、ううん、えー、関誠です。引っ越し作業が終わりません。現在深夜、えー、2時12分です。こんなテンションですが、何故なら明日も仕事がないからです。というか春までずっとプー太郎です。どうぞよろしくお願いします』
(そこへPA室から伊澄が戻って来て誠の横に立った。何も言わない彼を気にしながら、誠の顔がだんだん照れて赤みを帯び、最終的に満面の笑顔になってカメラの画角から外れる。一人残った伊澄がそれを目で追い、カメラに向かって言う)
「さっき隅っこで凄い練習してました。笑ってあげてくださ」
『ちょっとー!ウソー(笑)!』
『あのー。格好いい事言うようですけど、美味しい食べ物って意外と安く手に入ったりするじゃないですか。…今から、今から超格好良い事言いますから。ね。…自分が美味しいと思うものをお腹一杯食べるのと、例えば高級なリストランテで聞いた事無い名前の料理食べて、目が飛び出るぐらい高いお金払うのと、何が違うと思います?…あのー、初めからやり直して良いかな?』
『まあ、そりゃあ泣いてはいたよね。繭子だけじゃなくてね、織江さんも、大成さんもうっすら。カオリさんだけは物凄いテンションで「よくやった!それでこそ誠だよな!オマワリの言う事なんて気にしなくていいんだよ!」って手叩いてたけど、織江さんに怒られてたよ。竜二さんは、色々考えて何か言いたそうだど、言わなかった。アキラさんも珍しく険しい顔して。でも翔太郎はいつもと変わらない顔で、お前は何も間違ってないから心配すんなって言ってくれた。だから私の中ではそれで全部終わり。あとは、うん、繭子に悪い事したなっていう、そういう後悔はあったよ、手紙にも書いたけど。自己満足でしかないのは分かってたからね。正しい正しくないなんてそもそも考えてなかった。繭子が大事だったし、繭子を傷付けられた事が許せなかった。その怒りを抑えきれなかった。そしてそれを発散して、自己満足しただけ。翔太郎はそんな私を正しいって言うけど、それは私の行いを言ってるんじゃないって事は、バカなりに分かったよ』
-- 当時、まだ彼女と出会って半年も経っていませんよね。繭子を大事に思われていた気持ちを疑うわけではありませんが、ご自分の将来を一瞬は忘れてしまえる程の力強い怒りは、何故なんでしょう。
『…私の将来って?』
-- 最高ランクの大学へ推薦入学が決まっていたと聞きました。
『あー!…え、そんなの何が将来なの?』
-- …。
『大学でしょ。そんなのいつだって入れるじゃん。入らなきゃいけないもんでもないしさ。そもそも私試験受けてないし。「入れるってさ」「じゃあ、行こうかな?」程度の事がなんで私の将来なのよ、やめてよ(笑)。将来を考えるって言うならさ、私ちゃんと考えたよ。物凄い努力と前向きな力で這ってでも前に進もうとするノイちゃんを見て、生きる事を諦めない事が何よりも大事だって教えられたんだ。出会って間もない年下の可愛い妹がそれを実践してるんだよ。この子をこんな目に合わせて平気な顔してる奴らにこそ、考えてもらおうじゃないかって。…まあ、やり方は間違えたし、つまりはそれすら私にとっては自己満足だけどね』
-- 最高に格好いいお言葉です、前置きに偽りなしです。
『はは、言おうとしてた事と全然違うけどね』
-- そうなんですか?
『繭子がずっと気にしてたのは知ってるし、時間が経ったら忘れるような子じゃないからさ。ちゃんと言っておくべきなんだよなってずっと思ってた。ただ突然、なんの脈絡もないまま気持ちを伝えた所で苦い思い出を蒸し返すだけだし、それこそ言いたい事言って私がスッキリするだけなら自己満足以外何ものでもないでしょ。はっきり言うと、私はあの子を助けたくて学校に乗り込んだわけじゃないし、自業自得で捕まって、その結果停学になって、大学進学の話も消えた。その停学の件だって、本来なら一発退場(退学)になる筈だったのを織江さんに助けてもらって首の皮一枚だし、色々迷惑ばっかりかけてるって自覚はあっても、繭子が気に病む要素は一個もないんだよ、本当はね』
-- その件について、今改めて繭子に伝えておきたい事はありますか?
『声に出して、言葉で言わなくちゃいけない事はさんざん言った気がする。ごめんなさいとか、私の事は気にしないで欲しいとか。それでも言えなかったのはきっと、言葉にするべきじゃないと思って言わなかった事だから、今でもそこはちょっと迷うんだけどね』
-- なるほど。
『でも、私がいくら謝って、気にするなと言った所で、繭子はそうならないもんね』
-- そうだと思います。
『だから、思い切って言うけど。…本当は繭子の学校やクラスメートに言いたいわけじゃなかったんだよね。お前ら全員の命より繭子一人の方が大切だって。言ってはいけない暴言なんだけど、それを繭子に言いたかった、本当は。世界中が敵だとしても私は繭子の側にいるし、諦めないでほしい、忘れないでほしいって。そういう事をね、いつも笑顔で頑張ってる繭子を見て思ってたから。遠慮の塊で、近寄ればちょっと離れて、ちょっと離れたら近づいて来て。そういう繭子が可愛くて、私を慕ってると言う割には必要以上にベタベタしない距離感に、もっとこっち来なよってやきもきしたり。…大袈裟に聞こえるんだろうけど、そういう平凡な毎日が心から楽しかった。悪い遊びしかしてこなくて、結果寂しい人間になっちゃった私にとっては、凄く大事だったんだよ。だから出会ってからの時間はそんなに関係ないかな』
-- よく、分かりました。ありがとうございます。
『ありがとうございます? っはは、なんで(笑)。…それに、自分が馬鹿やった思い出があるからっていうわけじゃなくてさ、いまだに繭子を見てて思い出すんだ、私。あの日の夜、前のスタジオで見た繭子がなんだか、とても疲れ果てた人間に見えて、怖かった。何か、言い方間違ってるかもしれないけど、その日に見た繭子がさ、どこかへ行ってしまいそうな気がしたんだよ。そんなあの子見て、どうしてくれんだ、繭子、こんなんなっちゃったじゃないか、どうしてくれるんだ!って、バーン!って弾けた怒りが間違って矛先を学校へ向けさせたけど、うん、私が思ってたのはそういう事で、うん、だから間違えたんだよ私は。ねえ…。おーい、聞いてる?』
-- …翔太郎さんに、誠さんが間違っていない事は自分が証明するって言われたそうですね。
『あはは!そんな事まで覚えてるんだね。…うん、繭子はそういう子だ』
-- どう思われましたか?
『え? その話今いる?』
-- んー。…いえ?
『あはは!そんなの嬉しかったに決まってるじゃないか!言わせるなよ、人が悪いぞ!』
-- そうですよね、すみません。誠さんの照れた笑顔がどうしても必要でした。
『うるせーやい、そういう言い回しだけ上手いよなー、本当にもう(笑)』
-- 言い回しと言えば、一度お聴きしたかったんです。泣いてる事を別の言葉で、何か上手に表現出来ませんかね。
『え、何で?』
-- 今はもう解禁されましたけど、先日まで自分の中で涙禁止令を出していたので。別の言い回しをして、泣いてませんって言おうとしたんですけどね、全然良い表現が出て来なくて。
『あはは、面白い女っ』
-- 今の情けない私を表現できるような、何か。大成さんが、そういうのは誠に聞いてみなって、仰っていたものですから。
『あー、はいはい』
-- 何かいいのありますか?
『だから、「NOCTURNAL DROP」(夜行性の滴)でしょ?』
(ドーンハンマー、6thアルバムのタイトルである。発案者は、関誠だ)
-- あ!!…うわ!天才だ、この人。
『私の話はもういーよ!(笑)』
「感謝を形に出来るもの。とかそういう言い方をすると自分でもお尻の座りが悪いというか、むず痒いというか。何か大きな旗を掲げて振ってるような、そういう志みたいな事では、残念ながらなくて(笑)。今期待したでしょ、あはは。でも近い事は思ってるよ。はっきり言うとさ、ドラムじゃなくていいとさえ思うよ。重要なのは方法じゃなくて目的だから」
-- 恩返しみたいな事を言いたいの?
「あー…。全然違うけど、そんな話し方だったね、今ね」
-- うん。ドキドキしちゃった。
「『スティル』を作った時にさ、完成したPVを皆で見たでしょ。その時誠さんが叫んだ言葉を一生忘れないって言ってたの、覚えてる?」
-- もちろん、『どこにも行かないでくれ』。
「うん。その言葉自体何か強い感情や愛情を感じる言葉ではあるけど、でもネガティブさもちょっとあるじゃんか」
-- まるでどこかへ行きそうだと思われている、と。
「うん。…なんかね、それが、ああ、そっかって」
-- そっかって?
「話飛び飛びでごめんね。あの日私ずっと気付いてて、でも誰にも言えなくて」
-- うん。
「翔太郎さんがPでありDだから中心になってトッキーの質問に答えてくれてたでしょ。私隣に座ってたからちょっと見えちゃって」
-- うん。
「翔太郎さん、その間ずっと感極まったような雰囲気だったのは、なんとなく見てて分かったと思うんだけど、あの時間ずっと誠さんが翔太郎さんの震える足に手を乗せて、さすってたんだ」
-- …うん、知ってる。
「それ見た時の、何でもない事のように普通にしてる誠さんの横顔とかさ。それとか、さっきの『どこにも行かないでくれ』って叫んだ話の時も、『ガラスの向こうに立って笑ってる繭子を見て何も思わないわけないんだ』って言った時も同じで、ああ、そっかあって思って。今でも、そうやって当たり前のように昔の私を覚えていてくれてたりするんだって。そういう事を考える度に、奮い立つんだよね」
-- 奮い立つ。いい言葉だねえ…。
「誠さんだけじゃない。皆直接言葉にしないけど、いつもそうやって私を奮い立たせてくれるんだ。だから私にとって一番大切なのはドラムを叩く事じゃなくて、皆に対して、私今凄い幸せですって言える事だろうなって思う、んだ、大丈夫!?」
-- ごめんごめん、ごめん! ほんと今日どうかしてる。ごめん駄目だ!
「いいよいいよ別に、別に泣いたって私は全然何とも思わないし、どんな状態でも良いからさ、ここにいてよ。ね、話だけ聞いてて」
-- うん、うん。バカみたいで本当ごめんね。
「ううん、バカみたいなんて一つも思ってないよ。…あはは、もー、凄いねえ、心配になるレベルで泣くんだもんなあ(笑)」
-- 自分でも良く分からない。丸っきり知らない誰かの話を又聞きしてるだけならともかく、今目の前で笑っている繭子に対して抱いていた一年前までのイメージとか、ドラムを叩く姿とか、音とか、取材で読んで来た発言とか思い出しながら聞いていると、自分でも良く分からない所がブルブルと震えて止まらなくなるんだ。
「そっかあ」
-- ごめん、大事な話の腰を折るつもりはなかった。
「分かってるよ。あのね、恩返ししたいとか、一時期は確かに考えた。でも、うん、トッキーが前に言ってくれたように、やっぱりそれは傲慢で。本音言えば私のやりたい事ではないなって、思う。感謝は当然だし、愛情ももう体中を駆け巡ってるけど(笑)、今はあの三人と全力で音を出して最高のライブをやれてる事が最大の幸せだし、それを伝えたい。でもね、もっと言えば私がドラムを叩いていなくなって、彼らがドーンハンマーじゃなくなって、きっと私が求めるのは同じなんだなって思うんだよ。分かるでしょ?」
-- うん、分かるよ。
「出会った時彼らはデスラッシュメタルのヒーローで。私は拙いドラムを叩き始めたばかりのひよっこで。音楽があったから私達の世界は同じ糸で紡がれた。でも、きっと…」
-- 出会ってさえいれば、どんな形であれ。
「…うん、そう思うな。前にトッキーも言ってたでしょ。バンドマンとしてよりももっと前に人間的な魅力が出てて来る人達だって。あれはホント私が昔から思ってる事だよ。だから凄いなって思った」
-- うん。
「一発逆転だもん私」
-- あはは。
「今は大声で叫べるよ。私はあの時最低最悪の時間を過ごしたけど、同じ時間を生きたどの同級生よりも私が一番幸せだって。今があるから言える。恥ずかしい事なんて一つもないって」
-- そうだよ!一番人気者だし、一番知名度あるし、一番格好いいよね!
「一番稼いでるとは言えないかもしれないけどね」
-- あはは!
「ウソウソ。だからバンドマンとしての私を他所に置いても、竜二さん達と出会えて一緒に生きてる事が、何よりも凄い事だと思うからね。それはきっと彼らがクロウバーだった事は関係ない。人として。彼らより優しい人間に出会う事はこの先きっとないと思うから」
-- うん。
「私の目指すところはね。恩返しなんて生ぬるいもんじゃないよ」
-- 生ぬるい(笑)
「自分達が傷ついてきた分人にはとことん優しい。そういう彼らに『条件反射』で救われた私は、今度は彼らが最高の幸せを掴む為の『条件』でありたい。彼らが今も抱いている喪失感や怒り、渇望とか、寂しさとか、不安とか、そういった彼らにしか分かりえないマイナスを全部ひっくり返す為に。私がいないと駄目なんだって思わせたい。あん時こいつをバンドに入れといてよかった、あん時助けておいてよかった、出会ってラッキーだったって、そう思って欲しいの」
-- 繭子…。
「私は、私を理由にして生きて欲しいとは思わない。誰にも」
-- …。
「私は、自分を必要としてくれる人に全てを捧げたい」
-- うん。その通りだね。…私もそれに賛成する。そうじゃないといけないよね。
「うん。そうだよね?」
-- うん。
「皆が世界で戦うために、私を必要としてもらう為にこの10年を費やして来た」
-- うん。
「どうだろう。…トッキーの目から見て、私は彼らに必要とされてるかな。それとも私はまだ、彼らの優しさの理由でしかないかな?」
-- 一番酷かったのが、その頃ですか?
「んー、肉体的な事を言えばそうかな。でも見た目には酷かったけど、そんな、要は怪我が治りきらないうちから新しい傷を作るのが三重、四重になってって事だし」
-- こういった学校内でのいじめという問題が話題にのぼると、よく耳にするのが集団での無視とか物を隠されると言った精神的な追い詰め方ですが、あなたの場合は容赦ない肉体への攻撃が主だったわけですね。
「やっぱり他のバンドマン取材してて、聞いたりとかもする?」
-- はい。しかしあなた程のは、ないです。
「そうなんだ」
-- 過去の逆境を乗り越えて今がありますというアーティストの話題は編集部でもたまに聞きますが、私が直接お会いして話を聞いた中では、もっとも酷いです。
「やっぱり皆色々あるんだよね、うん」
-- それはそうかもしれませんが…。
「私一人が特別なんじゃないって思えるのは、正直ホッとするな。皆嫌な目にあってるんだから喜んじゃいけないけど、自分だけいかにも不幸だったって、そういう過去の部分に焦点を当てられすぎるの、なんか照れるしね」
-- もちろん、あなた達の魅力を語る時に殊更今回のようなテーマを持ち出して、美化したいとは思いません。
「うん、お願いね」
-- 実際どこまで使えるか私も試行錯誤していますが、ちゃんとしたお互いの理解の上で判断したいと思っています。あとは、そうですね、友人として、繭子の話は良い事も悪い事も聞きたい。もちろん嫌でなければ。
「うん。そう、だから、前にも言った気がするけど、エスカレートした一つの理由として私が大人しくなかったのもあるんだ」
-- ええ、仰ってましたね。だけどそんなのは本末転倒だし、受け入れて良い理由じゃないですけどね。
「受け入れてない受け入れてない(笑)」
-- 話を聞いてて浮かんでくるのは、相手は一人や二人じゃないんだろうなって。
「そうだね。それがクラスだけとは限んない所が厄介だった。あいつにはそれをやっていいんだっていう空気? そういうのが学年全体に広まってるように感じてた。だから直接私を攻撃し始めたグループ以外の、喋った事もないような男の子とかがいきなり背中蹴って来たりするの」
-- 何それ。
「何それって思うよね。私もだから、お前誰だよと思ってやり返すでしょ。でも向こうは周りの目を気にしながら遊び感覚でやってるから、やり返されて終われないわけ。そしたらもうどんどんエスカレートしていって」
-- 周りも、やれやれって囃し立てる感じだったの?
「そうだったと思う」
-- よくそんな学校に行く気になれたね。
「毎日じゃないしね。何もない日だってたまにはあったよ」
-- それにしたってさ。
「その、蹴ったり殴ったりっていう事自体も嫌だけどさ、それももちろんあるけど、それよりも私には何をしても良いっていう、格付けの一番下に置かれたような状況がね、本当に面倒だった。突然攻撃が始まるから、もう、心臓に悪い」
-- 怖すぎる。
「とか、視線の痛さね。『あー、ほら、あいつだよあいつー』みたいな目がね。とにかく嫌だった」
-- それでも不登校にならないって、ちょっと考えられないぐらい気丈という事でいいのかな。
「どうだろうね。別に平気だったわけじゃないし、…うん」
-- 身体の怪我などは、何度も通院していると病院側も察知しないんでしょうか。言っても十年前とかそこらの話だし、今の時代気づいて通報してくれても良さそうなものだけど。
「うん、きっとそうだと思う。そうだと思って、色んな病院をハシゴしてた」
-- 繭子が?なんで?
「んー。バカだったから?」
-- え?
「だから、通報されて問題になって、騒ぎが大きくなってこれ以上おかしな目で見られたり、余計に注目されたりすると面倒だなとか。本人なのにどっかでそういう、臭い物に蓋っていう考え方をしちゃって」
-- ああ、そういう心境になるものなんですね。
「人にもよると思うけど、私の場合は自分がいじめられているという事を恥ずかしいと感じてる部分があったし、負けたくないって思いも強かった。だからこそ力任せに抵抗してたんだろうね」
-- もともとの原因は人の彼氏を取った取らないっていう誤解にあったと聞いたけど、そこを解消しようとはもちろんしたんですよね?
「最初はね。一応話を聞いてもらおうという姿勢ではいたんだけど、気が付いたら向こうがそういう目線にはなくて。こちらが何を言う言わないに関係なく、いじめを楽しんでる顔だった。なんでこいつら相手に私が情けない顔して説明しなきゃいけないんだって思って、馬鹿らしくなったんだ」
-- なるほど。親御さんにも隠してたの?
「隠せるうちはね。でもすぐにバレた。制服破れたりとか教科書なくなったりとか、見逃せない事態にもなってたしね」
-- どういう反応だった?
「お母さんは泣いてた。お父さんは、…よく分かんないな。怒るでもなく、すごく悲しそうな顔で、嫌なら学校行かなくていいぞって」
-- それは繭子としては、有難い反応ではなかったんだね?
「今にして思えば色々と、こうだったんだろうなって想像する事は出来るけどね。その時は、なんか、反応薄いなって。あはは、それも今にして思えば、私が色々遮断してたから鈍感になってたのかもしれないけどね」
-- 求めていたような親の愛情という、目に見えるリアクションではなかったと。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。何とも言えない、だから分かんない。言っても、お父さんとはよく話したしね。学校休んで、よく散歩した。そういう中でね、ドラムを頑張るならスタジオ会員になってもいいぞって言ってくれて。うちは子供がお前だけだから、それぐらいの余裕はあるから、どうだって」
-- 優しいお父さんだと思うよ。とても。
「あはは、うん、今喋ってて初めてそう思った」
-- あはは、そっか。
「うん。…ごめんごめん(涙を拭う)」
-- ううん。これ使って
「ありがとう」
-- ずっと怖くて聞けなかったけど、今、どうかな。
「…言葉に出そうか迷ってるって前に言ってた事?今、言った方がいい?」
-- そうだね。ここまで話すと今後噂だけ付いて回るし、タイミングとしては今だと思います。もちろんこの話は丸ごと使わない選択肢もあるけどね。
「うん。じゃあ、聞いて」
-- 聞きますね。当時、性的な被害はありましたか?
「ないよ。ありません。…あー、最後まではされてない、の方が正確かな。一度だけ、これはそういう意味でやばいなって事があって、その時は全力で抵抗した。これ言っていいか分からないから後で考えてね。私ずっとナイフを携帯してたから、それでなんとか切り抜けたのがあって」
-- 良かった、うん。良くはないけど、良かった。
「この話になったからついでに言ってしまうけど、私その時相手を何人か刺してるの」
-- え。
「刺すって言っても、こう、やって、切り裂くみたいな振り回し方で、腕とか太ももをザッて。何人かに体捕まれて、そのまま体育館のトイレに連れ込まれたの。これはやばい奴だって思って。よし、殺そうって覚悟決めて振り回した。学校内だからさ、向こうがどこまで本気だったかって言われると分からないけどね。結果的には目撃してた子が人を呼んでくれて助かったのもあるから、遊びだったっていう言い訳を用意してたのかもしれない。ただ下着を取られはしたから、もういいや、殺そうと思ったよ。だから多分これは殺人未遂とか傷害罪なんだけど、向こうは向こうで絶対被害届なんて出せないのは分かってたし、学校側も騒ぎを大きくしたくないからうやむやになったけどね。でも今思えばさ、証明できる映像なんかもないわけだし、どっちかって言うと私の方がやばい立場だったよね」
-- 正当防衛だから、刺せば良かったね。
「っはは!ダメダメ、多分それを言うのはアウトだよ」
-- いいよ別に、構わないよ。
「トッキーが言うのは正しくないよ。正義じゃない。肩入れ(笑)」
-- そっか。ならやめておきましょうか。
「だから私そのまま帰ったもん。そいつら逃げたし、追いかけてパンツ返してって言うのも嫌だし、そのまま帰った」
-- 駄目だよそんなの!
「逃げたって言っても特定は出来たから後で処分はあったよ、もちろん。パンツも返って来たけど『気持ち悪い!』って(笑)。そう、でもその日それで織江さんが大泣きしてさ。そのまま制服着替えないでスタジオ行ったからすぐバレて。まあ(制服の)上もところどころ血が付いたりしてたしね」
-- 家には戻らなかったの?
「うん。やっぱり、うん、誰かに会いたかったのかなあって、思う」
-- 怖かったね。
「うん。でも織江さん泣かしちゃったからな、不味かった」
-- 会えたのは織江さんだけ?
「ううん、皆に会えた。したら、やっぱり、涙出ちゃって」
-- よくそれで学校辞めるってならなかったね。
「私が?…あー、やれる事は他にも色々あっただろって今にすれば思うけど、当時は何で私が逃げなきゃいけないのよって強がってたから。その事があって何人かは停学になったりして、少しは事態がマシになるかもとか変な期待したり(笑)。その時はさ、そういう向き合い方しか本気で考えられなかったんだよ」
-- 織江さん、よく学校乗り込まなかったね。
「だから実を言うとそれもちゃんと言ってないんだ。帰りがけに変な奴に襲われて、パンツだけ投げつけて走って逃げたってウソついて」
-- はあー!? 繭子って、なんだろう、あなたって!
「バカでしょ?」
-- うん。バカだね。バカです、あなた。
「あはは」
-- え、でもそれ、皆信じた?
「ううーん、どうだろう。私が本当の事言わないから皆動かなかっただけで、多分バレてたよ。バレてたと思う」
-- うん、そうだろうね。
「そうやって、色々あって私もここにいるからさ、だから今はもう大体何があっても平気かな。たっくさん殴られたし、たくさん蹴られたし、骨折もしたし、階段から蹴り落とされたし、えんぴつで刺されたし、コンパスでも刺されたし、パンツ取られたし、ベタにバケツで水掛けられたリもあるし、何度もお弁当ひっくり返されたり、カバン捨てられたり、自転車壊されたり、火のついた煙草を頭の上に投げられた事もあった。焼却炉で教科書燃やされたり、体育倉庫に閉じ込められたりもした。体育で使う重たいマット被されて、上からどんどん乗りかかられて、ああー、泣かないでー(笑)」
-- うん、そうだね、ごめん。
「でも私もたくさん殴ったし、たくさん蹴ったよ。色々あったな。だからもう大体何があっても動じないけどね。でも本当言うと、人に関して言えば、今でもよく知らない人は怖いし近づきたくない。昼間以外一人で出歩く事もほとんどしないし、出来れば喋りたくもない。関わり合いになりたくないんだ。…トッキーを除いてはね。庄内さんだって、付き合いはそれなりに長いけど、実は今まで二人きりになった事はないんだ」
-- そうか、そうだったんですね。
「なんか、ごめんね。良い人だって分かってるよ、好きだよ、庄内さん」
-- そんな事気にしないで。全然、気にしないで良い。
「うん。だけどそれでも全然私幸せだなって思えるのは、やっぱり皆との出会いが大きいね。二人きりになっても全く怖さを感じないし、例え何されたってこの人達なら平気だって思える大人の人に出会えた事は、私の人生に一杯あるマイナス部分を全部ひっくり返して大幅なプラスに変えてくれたもんね」
-- うん、うん。
「人を信用しなくなって」
-- …はい。
「同世代の人間は皆馬鹿だと思ってたし。ガキで、未成熟で、残酷で、…臭い」
-- 臭い?
「うん。…なんだろうな。私、人との距離感て大事だなと思ってて。…そういう相手の心理とか気持ちを全く推し量れずにずけずけと近寄って来る奴らって、大体臭いの」
-- 統計的な話? それともイメージ?
「体験談だけど(笑)」
-- そっか、ごめん。
「そういう、獣みたいな臭くて遠慮のない奴らのせいで傷つかなくていいように、これ以上侵入して来られないように、他人を弾くガードで体も心もグッと構えて生きて、そのままガンガンに殻だけ強くしていったから防御力は上がったけど、最終的には自分でも内側からその殻を破れないまま大人になると思ってた」
-- 自分で?そんな冷静に見れてたんですか?
「友達いなかったからね。ただただ冷静に、自分の置かれた状況だけを見てた」
-- そうなんですね。…辛いなぁ。
「だけどそのままでも、割と人と接するだけなら何とかなるんだよ。信用はしてないから本音は見せないし話続かないけど、挨拶されて返事したりとか、そういうのはね、何とか。あとドラム。一心不乱にドラムを叩き続ける事で周りの視線を気にせずに済んだのも…ね」
-- そっかぁ。…以前メンバーに話を聞いた時に、繭子との出会いを教えてもらった事がありまして。
「うんうん、前のスタジオでしょ?」
-- はい。でもこうして話を聞いてて思うのですが、そんな状態だったあなたがよく彼らに話しかけられましたね。
「あー」
-- だって、それこそ知らない男の人達だったわけですよね。あるいは顔を少し見た程度で元クロウバーだと分かったのだとしても、当時の繭子には高いハードルだったろうなと思います。
「うん。…ふふ」
-- え、何の笑い?
「思い出し笑い。あのね、もちろん、いきなりスタジオ覗き込んで話しかけたわけじゃないよ。何度か練習前の皆を外で見かけた事があって。そのスタジオの向い側の歩道に自販機コーナーがあってさ、そこでよく飲み物買ってる姿を見かけてたの。通りがかった時に丁度竜二さんがボタン押し間違えて『あー!』ってでっかい声で叫んでさ(笑)」
-- 竜二さんらしい(笑)。
「びっくりして立ち止まっちゃって。私に気付いて、これいる?って貰ったのが『午後ティー』で」
-- 可愛い!
「ね。私もうドキドキしちゃって。あ、丁度飲みたかったですって平気な顔作って言って、貰って。したら竜二さん『午後だけにね!』って言ってくれてさ、私が一瞬遅れて腹筋切れるぐらい大笑いするっていう」
-- あははは!
「それとかね、大成さんが女の子達に囲まれて困ってる所を助けてあげたりもした」
-- 何それ、どういう事?
「絶対バンドに興味ないんだろうなっていう女子高生達がね、キャーキャー言って大成さんを囲んでるわけ。サインねだってるようにも見えなかったし、連絡先教えてくれとかそんなんだと思うけどね。なんか、ガーっと追い返せない感じで困ってるように見えて。一旦通り過ぎてスタジオの中入って、また出てきて『メンバーさん呼んでます』って強めに声かけて。『お、そっかそっか』って言って輪から抜け出して」
-- えー、すごーい。繭子やるねえ。
「あとアキラさん」
-- うん。
「昔のスタジオの廊下でね、壁際でなんかコソコソと、周りをキョロキョロと伺ってるの。え、何、怖いこの人って思って。私には気づいてなかったから、ちょっと離れて。そしたらいきなり壁をバンバン!って叩いて、周りを気にしながら奥に消えてって」
-- 何、その話。
「怖っわーと思って。でもそこ通らないと中入れないからさ、ビビりながら近づいてってその場所よーく見たらさ、『クロウバー』のステッカーの上にビックリマンシール貼ってた」
-- (爆笑)!
「なんだこれと思って。いや、あのさー、良いけどさー、せっかくなら『ドーンハンマー』のステッカー貼ろうよって(笑)」
-- はー!あはは!最高だな、あの人。
「ねえ、大好きだよもう、ずっと」
-- でもさ、どの段階で竜二さん達が元クロウバーだって気づいてたの?
「え、気づいたのはもっと前から気付いてたよ。あのスタジオ通って初めて見た瞬間度肝抜かれたもん。私が毎日歌ってた『アギオン』の人がいるわけだからね(笑)。ドーンハンマーももちろん聞いてたし」
-- そうかー!
「っはは。私が一方的に知ってるだけだったけど、芸能人を見るような目でもあったから、全然知らない人よりは大分とハードル下がってたのはあるかな。でも切っ掛けらしい切っ掛けは、やっぱり誠さんかな。誠さんと、翔太郎さんかな」
-- そうなんだ!?
「うん。私が外の自販機で飲み物買ってたらね、中から二人が出て来たの。その時はまだ翔太郎さんの事名前以外よく分かってないけど、目ん玉飛び出るくらい可愛い女子高生と一緒に出てくるから、何だこの人って思って(笑)」
-- あはは!そりゃそうだよねえ。誠さん制服だったんだ?
「うん。バカな私には到底通えない超進学校(笑)。しかもなんかちょっと揉めてて。誠さんが一方的に怒ってて。何で駄目なの、たまにはいいでしょーみたいな、なんかそんなで。それに対して翔太郎さんは駄目の一点張りで」
-- 何が駄目なの?
「ちゃんと学校行けって」
-- あはは、あー、あはは。めっちゃ貴重なシーンだな、何それ。
「でしょ(笑)。でもさ、その日初めて見た瞬間から翔太郎さんって煙草吸ってた気がするの。そういうのって忘れないんだね」
-- へえ、なんか良い話だねえ。銜え煙草で、今まさに火をつける瞬間だったり?
「そうそう!なんで分かるの(笑)」
-- そういう姿を何度も見てきたもんね。格好いいよね、なんだかね。
「そっかあ」
-- それで二人は?
「ふくれっ面の誠さんがプンスカ言いながら学校戻る直前に私に気付いて、『この子はいいんですか』って私を指さして。翔太郎さんが私をじーっと見て。『こいつも今から行くんだよ。人の事はいいからさっさと行け』って。『ホントかなあ!』って言いながら誠さん歩いてって。そんなの見たら私そのまま入れないじゃんか。えーって思ってたら翔太郎さんが私の横へ来て自販機にお金入れながら、『人の事はほっとけっつんだよなあ』って。そのままスタジオ戻って行った」
-- へえ、そうなんだ。…なんか震えた、今。
「私その時、名前も知らない誠さんがめちゃくちゃ羨ましく思えてさ。人の事はほっとけって言う人に、放って置かれてない人なんだよなって思って。構われたい、じゃないけど、自分を心配して見ててくれる人がいるってやっぱり羨ましいなあって」
-- うん。
「そんな事があって、なんとなく面白いけど実はちゃんとした人達なんだろうなって、そう思ってたのはあるよ」
-- なるほど。興味持っちゃうのも分かりますね。今と全然変わっていない皆さんの姿が想像出来ました。
「変わってないと思うよ、何も」
-- 出会ってからの皆さんとは、すぐに打ち解けて仲良くなれたんですか? 話を聞いてるだけのイメージだと、逆に繭子の方が今と違って、そこまで社交的ではないというか。
「今でも全然社交的ではないけどね(笑)。でも、なんていうか、皆ね、初めのうちはそういう私をどうにかしようとしなかったの。そこが一番良かったんだろうね、私にとって。ただ大人としての節度ある距離でそこにいて、いつでも笑って話をしていて。それが凄く楽しそうで。『なあ、繭子どう思うー?』って話掛けてくれるんだけど、私が上手く答えられなくたっていいの。変な顔しないし、変な空気にすらならなかった」
-- 繭子の言う所の、嫌な臭さはなかった?
「全くだね。全くない。上手く通じないかもしれないけど現実的な話なんだよ、それって。翔太郎さんなんて気が付けば煙草吸ってるし、アキラさんだってそうだし。竜二さんはもう吸ってなかったと思うけど、私が出会った当時はまだ大成さんだって吸ってた。皆お酒飲むし、学校なんかとは比べ物にらないぐらい、息苦しいレベルの煙とアルコールの匂いだったけど、そういう場所の匂いと彼ら自身の匂いは別な気がしたんだ」
-- へえ。ちょっと興味深い話ですね。
「そお?何だろ」
-- お酒と煙草なんて、それこそ人との距離感なんて関係ない程の強烈な匂いだと思うけど、それでも学校にいる同世代の方が臭かったの?
「うん。お酒はまあ別に人から匂う事はあんまりないけどさ(笑)」
-- 何が違うんでしょう。
「人としての、やっぱり距離なんじゃないかな。必要以上に側に寄って来ない人達だし、煙草銜えながら手を叩いて笑ってる姿を見てると、その場に漂ってる煙の臭いは感じても、翔太郎さんやアキラさんから嫌な臭いなんて一度も感じた事がなかったよ」
-- ああ、環境の匂いになってたわけですね。そうか、場所の匂いってそういう事か。
「そうなのかなあ。今となっては、煙草自体吸ってるのは翔太郎さんだけだし、どこかであの匂いを嗅ぐと落ちつくのもある(笑)」
-- 分かる。人って不思議だね。
「そうだねえ。煙草の匂い嫌いな人多いもんね。というか皆嫌いだよね、普通は」
-- そこを帳消しにしてさらにプラスに変えてしまう程の、人間的な魅力が皆さんにはあったわけですね。それこそ、学校の人間とは比べ物にならない程の。
「そこはもう、ね。…いっつも下品なぐらいゲーラゲラ笑っててさ、本当は私場違いなんだけど、ずっと前からここにいたような錯覚起こすぐらい、皆自然にしてくれてた。ちゃんと、自分達を見て判断して良い時間と距離を与えてくれていたというか。小さいながらそこにちゃんと私の椅子があってさ、疎外感を感じた事は一度もなくて、うん、分かり辛い言い方になってるけど、そういう風に思ってたな。こんな人達いるんだなあって。嬉しいとかっていう喜びより、発見だった。いるんだなあ、こんな凄い人達がって」
-- それは、全くその通りですね。これまで伺って来た皆さんの人間性を思えば、あなたの側に彼らがいてくれた事が心から嬉しいし、運命ってあるなあって私は思ってしまいますね。
「運命かあ。…運命なあ」
-- あまりお好きな表現ではないですよね。そこはすごく竜二さんと似ていらっしゃる。
「そうかもしれない。考え方とか似てると自分でも思うよ。なんかね、それを言い始めるとどこからどこまでなのよって思っちゃうし、皆と出会えた事は、そりゃいい運命だって言えるよ。でもそこに至るまでの苦い思い出とか辛かった毎日なんかも運命なの?って考えると、そういう抗えない力みたいな物は、途端に憎たらしく見えてくる」
-- 確かに。
「よく言うじゃん、占いとかでさ、良い事だけ信じて悪い事は忘れるんだーなんて。そんな器用な生き方出来ないからさ、そもそも、そこを重要視しない方が楽だよって、私は思うかな」
-- うん。
「別に人が何を信じようが否定する気は全くないけどね。それを軸にして考えると折り合いがつかないんだよ、自分の中で。私の過去を振り返った時にそれが運命だったんだから仕方ないって納得出来るかっていうと、絶対に出来ないし。納得しようがしまいがそれが運命というものだって言うなら、自分の過去や済んだ話にただ名前を付けてるだけでしょ。何それ?って(思う)」
-- うん。
「…言い過ぎた?」
-- ううん(笑)、全然。
「一方で。織江さんと話してるとびっくりするぐらい自分が前向きな事言ってたり、考えてたりする事に気付くの。別に今更イイコちゃんぶろうなんて気もないし、素直に話してるだけなんだけど、繭子は凄いねって1ミリも嫌味のない笑顔で褒めてくれたりするの。そういう時、私織江さんに会えて本当に良かったなって思うし、人にとって大事なのは出会いだなって心から思う。毎日のように一緒にいるからさ、うざいぐらい皆の昔話をせがむの、私が。でもね、本当はそうじゃなくて、そうやって話をしてくれている時の織江さんを見てるのが好きなの。トッキーはこないだ織江さんの実家に一緒に行って何日か過ごしたから分かると思うけどさ。織江さんて、ホントに、特別だと思わない?」
-- 思います。心の底からそう思う。あんな人いないなって。
「そうでしょー。変な言い方に聞こえると嫌だけどさ、なんか、見てて欲しいって思うの」
-- ん?
「あは、なんて言ったら良いんだろう。…私を見て!注目して!っていう野心とかではなくて。見守ってて欲しい人というか、そこまで大きい話じゃなくたって、普段でも織江さんが私を見ててくれるとホッとするし、安心する」
-- 分かる気がします。前に織江さんがカオリさんの事を、いつも笑ってて欲しい人っていう表現をされていて。私にとっても繭子にとっても、織江さんこそがそういう存在なんじゃないかなと思って。
「そう!その通り!」
-- 良かった(笑)。
「もう私今年30だけどさ、いまだに織江さんに凄いねって言われたい願望あるもんね。あ、これは野心だった」
-- あははは!
「でもそのぐらいの存在なんだ、私にとっては。まあ、あの人の事は皆大好きだから私だけが特別視してるって事でもないけどね。それに織江さんだけが特別、という事でもないし。だからこれまで、何か理由があって最低な時間を通過したんだとしても、思えばそこを生きて通過出来たのも、皆がいてこそだったってはっきりと言える。自分でそれを運命とは言いたくないけど、それは運命だよって織江さんに笑顔で言われたら、うんって頷いちゃうと思う(笑)」
-- お二人の素敵な関係性が見えますね。物凄い事をサラッと言いました。
「何?」
-- ご自分では思っていないのに、織江さんが言えば納得してしまうって。
「あはは、うん、何だろうね」
-- それが織江さんの人柄ですよね。
「そっか。そうだよね」
-- ドラムと出会っていた事も大きいですね。
「…うーん。うん」
-- あれ?
「あはは。うん、ここまで話が出来たなら今更格好付けても仕方ないから白状するけど、心からドラムは好きだよ。生きる支えだったし、このまま一生ドラム叩いて暮らしたいし、そうやって死にたい。でも、私の中で何よりドラムが一番大事かって言われると、全然そうじゃない。あ、…これやばいね。Billionで言っていい話じゃないね」
-- ううん。聞かせて下さい。
「じゃあ、もういい加減敬語はやめてよ」
-- あー…。うん。なんか懐かしいな、繭子にそう言われるの。
「また泣いた(笑)」
ビデオカメラの映像に、関誠の首から上が映っている。
『…っくーぅまあだーまっしーいのーう!』
-- 違う違う!一発芸披露のコーナーじゃないんです(笑)。
(後ろを通りがかった伊澄と神波の爆笑する声)
『ティーリッティ、ティッティッティティッティ、アーン! これ本当に回ってるの? あ、あ、ううん、えー、関誠です。引っ越し作業が終わりません。現在深夜、えー、2時12分です。こんなテンションですが、何故なら明日も仕事がないからです。というか春までずっとプー太郎です。どうぞよろしくお願いします』
(そこへPA室から伊澄が戻って来て誠の横に立った。何も言わない彼を気にしながら、誠の顔がだんだん照れて赤みを帯び、最終的に満面の笑顔になってカメラの画角から外れる。一人残った伊澄がそれを目で追い、カメラに向かって言う)
「さっき隅っこで凄い練習してました。笑ってあげてくださ」
『ちょっとー!ウソー(笑)!』
『あのー。格好いい事言うようですけど、美味しい食べ物って意外と安く手に入ったりするじゃないですか。…今から、今から超格好良い事言いますから。ね。…自分が美味しいと思うものをお腹一杯食べるのと、例えば高級なリストランテで聞いた事無い名前の料理食べて、目が飛び出るぐらい高いお金払うのと、何が違うと思います?…あのー、初めからやり直して良いかな?』
『まあ、そりゃあ泣いてはいたよね。繭子だけじゃなくてね、織江さんも、大成さんもうっすら。カオリさんだけは物凄いテンションで「よくやった!それでこそ誠だよな!オマワリの言う事なんて気にしなくていいんだよ!」って手叩いてたけど、織江さんに怒られてたよ。竜二さんは、色々考えて何か言いたそうだど、言わなかった。アキラさんも珍しく険しい顔して。でも翔太郎はいつもと変わらない顔で、お前は何も間違ってないから心配すんなって言ってくれた。だから私の中ではそれで全部終わり。あとは、うん、繭子に悪い事したなっていう、そういう後悔はあったよ、手紙にも書いたけど。自己満足でしかないのは分かってたからね。正しい正しくないなんてそもそも考えてなかった。繭子が大事だったし、繭子を傷付けられた事が許せなかった。その怒りを抑えきれなかった。そしてそれを発散して、自己満足しただけ。翔太郎はそんな私を正しいって言うけど、それは私の行いを言ってるんじゃないって事は、バカなりに分かったよ』
-- 当時、まだ彼女と出会って半年も経っていませんよね。繭子を大事に思われていた気持ちを疑うわけではありませんが、ご自分の将来を一瞬は忘れてしまえる程の力強い怒りは、何故なんでしょう。
『…私の将来って?』
-- 最高ランクの大学へ推薦入学が決まっていたと聞きました。
『あー!…え、そんなの何が将来なの?』
-- …。
『大学でしょ。そんなのいつだって入れるじゃん。入らなきゃいけないもんでもないしさ。そもそも私試験受けてないし。「入れるってさ」「じゃあ、行こうかな?」程度の事がなんで私の将来なのよ、やめてよ(笑)。将来を考えるって言うならさ、私ちゃんと考えたよ。物凄い努力と前向きな力で這ってでも前に進もうとするノイちゃんを見て、生きる事を諦めない事が何よりも大事だって教えられたんだ。出会って間もない年下の可愛い妹がそれを実践してるんだよ。この子をこんな目に合わせて平気な顔してる奴らにこそ、考えてもらおうじゃないかって。…まあ、やり方は間違えたし、つまりはそれすら私にとっては自己満足だけどね』
-- 最高に格好いいお言葉です、前置きに偽りなしです。
『はは、言おうとしてた事と全然違うけどね』
-- そうなんですか?
『繭子がずっと気にしてたのは知ってるし、時間が経ったら忘れるような子じゃないからさ。ちゃんと言っておくべきなんだよなってずっと思ってた。ただ突然、なんの脈絡もないまま気持ちを伝えた所で苦い思い出を蒸し返すだけだし、それこそ言いたい事言って私がスッキリするだけなら自己満足以外何ものでもないでしょ。はっきり言うと、私はあの子を助けたくて学校に乗り込んだわけじゃないし、自業自得で捕まって、その結果停学になって、大学進学の話も消えた。その停学の件だって、本来なら一発退場(退学)になる筈だったのを織江さんに助けてもらって首の皮一枚だし、色々迷惑ばっかりかけてるって自覚はあっても、繭子が気に病む要素は一個もないんだよ、本当はね』
-- その件について、今改めて繭子に伝えておきたい事はありますか?
『声に出して、言葉で言わなくちゃいけない事はさんざん言った気がする。ごめんなさいとか、私の事は気にしないで欲しいとか。それでも言えなかったのはきっと、言葉にするべきじゃないと思って言わなかった事だから、今でもそこはちょっと迷うんだけどね』
-- なるほど。
『でも、私がいくら謝って、気にするなと言った所で、繭子はそうならないもんね』
-- そうだと思います。
『だから、思い切って言うけど。…本当は繭子の学校やクラスメートに言いたいわけじゃなかったんだよね。お前ら全員の命より繭子一人の方が大切だって。言ってはいけない暴言なんだけど、それを繭子に言いたかった、本当は。世界中が敵だとしても私は繭子の側にいるし、諦めないでほしい、忘れないでほしいって。そういう事をね、いつも笑顔で頑張ってる繭子を見て思ってたから。遠慮の塊で、近寄ればちょっと離れて、ちょっと離れたら近づいて来て。そういう繭子が可愛くて、私を慕ってると言う割には必要以上にベタベタしない距離感に、もっとこっち来なよってやきもきしたり。…大袈裟に聞こえるんだろうけど、そういう平凡な毎日が心から楽しかった。悪い遊びしかしてこなくて、結果寂しい人間になっちゃった私にとっては、凄く大事だったんだよ。だから出会ってからの時間はそんなに関係ないかな』
-- よく、分かりました。ありがとうございます。
『ありがとうございます? っはは、なんで(笑)。…それに、自分が馬鹿やった思い出があるからっていうわけじゃなくてさ、いまだに繭子を見てて思い出すんだ、私。あの日の夜、前のスタジオで見た繭子がなんだか、とても疲れ果てた人間に見えて、怖かった。何か、言い方間違ってるかもしれないけど、その日に見た繭子がさ、どこかへ行ってしまいそうな気がしたんだよ。そんなあの子見て、どうしてくれんだ、繭子、こんなんなっちゃったじゃないか、どうしてくれるんだ!って、バーン!って弾けた怒りが間違って矛先を学校へ向けさせたけど、うん、私が思ってたのはそういう事で、うん、だから間違えたんだよ私は。ねえ…。おーい、聞いてる?』
-- …翔太郎さんに、誠さんが間違っていない事は自分が証明するって言われたそうですね。
『あはは!そんな事まで覚えてるんだね。…うん、繭子はそういう子だ』
-- どう思われましたか?
『え? その話今いる?』
-- んー。…いえ?
『あはは!そんなの嬉しかったに決まってるじゃないか!言わせるなよ、人が悪いぞ!』
-- そうですよね、すみません。誠さんの照れた笑顔がどうしても必要でした。
『うるせーやい、そういう言い回しだけ上手いよなー、本当にもう(笑)』
-- 言い回しと言えば、一度お聴きしたかったんです。泣いてる事を別の言葉で、何か上手に表現出来ませんかね。
『え、何で?』
-- 今はもう解禁されましたけど、先日まで自分の中で涙禁止令を出していたので。別の言い回しをして、泣いてませんって言おうとしたんですけどね、全然良い表現が出て来なくて。
『あはは、面白い女っ』
-- 今の情けない私を表現できるような、何か。大成さんが、そういうのは誠に聞いてみなって、仰っていたものですから。
『あー、はいはい』
-- 何かいいのありますか?
『だから、「NOCTURNAL DROP」(夜行性の滴)でしょ?』
(ドーンハンマー、6thアルバムのタイトルである。発案者は、関誠だ)
-- あ!!…うわ!天才だ、この人。
『私の話はもういーよ!(笑)』
「感謝を形に出来るもの。とかそういう言い方をすると自分でもお尻の座りが悪いというか、むず痒いというか。何か大きな旗を掲げて振ってるような、そういう志みたいな事では、残念ながらなくて(笑)。今期待したでしょ、あはは。でも近い事は思ってるよ。はっきり言うとさ、ドラムじゃなくていいとさえ思うよ。重要なのは方法じゃなくて目的だから」
-- 恩返しみたいな事を言いたいの?
「あー…。全然違うけど、そんな話し方だったね、今ね」
-- うん。ドキドキしちゃった。
「『スティル』を作った時にさ、完成したPVを皆で見たでしょ。その時誠さんが叫んだ言葉を一生忘れないって言ってたの、覚えてる?」
-- もちろん、『どこにも行かないでくれ』。
「うん。その言葉自体何か強い感情や愛情を感じる言葉ではあるけど、でもネガティブさもちょっとあるじゃんか」
-- まるでどこかへ行きそうだと思われている、と。
「うん。…なんかね、それが、ああ、そっかって」
-- そっかって?
「話飛び飛びでごめんね。あの日私ずっと気付いてて、でも誰にも言えなくて」
-- うん。
「翔太郎さんがPでありDだから中心になってトッキーの質問に答えてくれてたでしょ。私隣に座ってたからちょっと見えちゃって」
-- うん。
「翔太郎さん、その間ずっと感極まったような雰囲気だったのは、なんとなく見てて分かったと思うんだけど、あの時間ずっと誠さんが翔太郎さんの震える足に手を乗せて、さすってたんだ」
-- …うん、知ってる。
「それ見た時の、何でもない事のように普通にしてる誠さんの横顔とかさ。それとか、さっきの『どこにも行かないでくれ』って叫んだ話の時も、『ガラスの向こうに立って笑ってる繭子を見て何も思わないわけないんだ』って言った時も同じで、ああ、そっかあって思って。今でも、そうやって当たり前のように昔の私を覚えていてくれてたりするんだって。そういう事を考える度に、奮い立つんだよね」
-- 奮い立つ。いい言葉だねえ…。
「誠さんだけじゃない。皆直接言葉にしないけど、いつもそうやって私を奮い立たせてくれるんだ。だから私にとって一番大切なのはドラムを叩く事じゃなくて、皆に対して、私今凄い幸せですって言える事だろうなって思う、んだ、大丈夫!?」
-- ごめんごめん、ごめん! ほんと今日どうかしてる。ごめん駄目だ!
「いいよいいよ別に、別に泣いたって私は全然何とも思わないし、どんな状態でも良いからさ、ここにいてよ。ね、話だけ聞いてて」
-- うん、うん。バカみたいで本当ごめんね。
「ううん、バカみたいなんて一つも思ってないよ。…あはは、もー、凄いねえ、心配になるレベルで泣くんだもんなあ(笑)」
-- 自分でも良く分からない。丸っきり知らない誰かの話を又聞きしてるだけならともかく、今目の前で笑っている繭子に対して抱いていた一年前までのイメージとか、ドラムを叩く姿とか、音とか、取材で読んで来た発言とか思い出しながら聞いていると、自分でも良く分からない所がブルブルと震えて止まらなくなるんだ。
「そっかあ」
-- ごめん、大事な話の腰を折るつもりはなかった。
「分かってるよ。あのね、恩返ししたいとか、一時期は確かに考えた。でも、うん、トッキーが前に言ってくれたように、やっぱりそれは傲慢で。本音言えば私のやりたい事ではないなって、思う。感謝は当然だし、愛情ももう体中を駆け巡ってるけど(笑)、今はあの三人と全力で音を出して最高のライブをやれてる事が最大の幸せだし、それを伝えたい。でもね、もっと言えば私がドラムを叩いていなくなって、彼らがドーンハンマーじゃなくなって、きっと私が求めるのは同じなんだなって思うんだよ。分かるでしょ?」
-- うん、分かるよ。
「出会った時彼らはデスラッシュメタルのヒーローで。私は拙いドラムを叩き始めたばかりのひよっこで。音楽があったから私達の世界は同じ糸で紡がれた。でも、きっと…」
-- 出会ってさえいれば、どんな形であれ。
「…うん、そう思うな。前にトッキーも言ってたでしょ。バンドマンとしてよりももっと前に人間的な魅力が出てて来る人達だって。あれはホント私が昔から思ってる事だよ。だから凄いなって思った」
-- うん。
「一発逆転だもん私」
-- あはは。
「今は大声で叫べるよ。私はあの時最低最悪の時間を過ごしたけど、同じ時間を生きたどの同級生よりも私が一番幸せだって。今があるから言える。恥ずかしい事なんて一つもないって」
-- そうだよ!一番人気者だし、一番知名度あるし、一番格好いいよね!
「一番稼いでるとは言えないかもしれないけどね」
-- あはは!
「ウソウソ。だからバンドマンとしての私を他所に置いても、竜二さん達と出会えて一緒に生きてる事が、何よりも凄い事だと思うからね。それはきっと彼らがクロウバーだった事は関係ない。人として。彼らより優しい人間に出会う事はこの先きっとないと思うから」
-- うん。
「私の目指すところはね。恩返しなんて生ぬるいもんじゃないよ」
-- 生ぬるい(笑)
「自分達が傷ついてきた分人にはとことん優しい。そういう彼らに『条件反射』で救われた私は、今度は彼らが最高の幸せを掴む為の『条件』でありたい。彼らが今も抱いている喪失感や怒り、渇望とか、寂しさとか、不安とか、そういった彼らにしか分かりえないマイナスを全部ひっくり返す為に。私がいないと駄目なんだって思わせたい。あん時こいつをバンドに入れといてよかった、あん時助けておいてよかった、出会ってラッキーだったって、そう思って欲しいの」
-- 繭子…。
「私は、私を理由にして生きて欲しいとは思わない。誰にも」
-- …。
「私は、自分を必要としてくれる人に全てを捧げたい」
-- うん。その通りだね。…私もそれに賛成する。そうじゃないといけないよね。
「うん。そうだよね?」
-- うん。
「皆が世界で戦うために、私を必要としてもらう為にこの10年を費やして来た」
-- うん。
「どうだろう。…トッキーの目から見て、私は彼らに必要とされてるかな。それとも私はまだ、彼らの優しさの理由でしかないかな?」
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