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36「still singing this!」
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2016年、11月26日。
会議室にて。
完成したマユーズの新曲「Still singing this !」のMVを鑑賞しながら。
[ミュート状態の画面が映し出される]
一時停止。
池脇がリモコンのボタンを押したようだ。
早えよ!と笑い混じりの文句が飛ぶ。
テレビ画面にはいつもの練習スタジオのソファーに一人腰かけている繭子の姿。
七分袖の黒のVネックカットソー。両手に革のブレスレット。白かグレーに近い程色落ちした細身のブルージーンズ。足元は拍車のついた黒のレザーブーツ。
照れ笑いを両手で覆い隠す繭子ではなく、背後に立つ時枝の方へ質問が行く。
「これって隠し撮り?」と池脇。
-- なわけないじゃないですか(笑)。
テレビモニターを正面に、メンバーが横並びで座っている。
右から、池脇、関誠、伊澄、繭子、神波、伊藤の順だ。
初め伊藤はスタッフとして、壁際に並んで座っている上山達の側に腰かけたのだが、隣に座っていた渡辺に「織江はあっち」と促されて神波の横に座った。
再開。
[無音]
[一人ソファに座り、膝の上に両肘を乗せて、両手を合わせて指を組んでいる]
[繭子が入口の方を見る。誰かを待っているかのような視線と、表情]
[音が入る]
[雑音。ノイズ]
「綺麗だね」
関誠が小声で伊澄に言う。伊澄は無言で肯き返す。
背後に立っていた時枝にしか聞こえない程の小さな会話だった。
[カメラが繭子に寄る]
[前に向き直った繭子の口元が動く]
[音声は生きているが、何を喋っているかは聞こえない]
[目を閉じ、祈りをささげているかのような顔]
「これ凄いな。こういうのって撮ろうと思って撮れる絵じゃないと思うんだよ、日常感が強すぎてニュアンスを伝えるのが難しいと思うわ」
誰ともなしにそう言った池脇の言葉に、全員が頷いた。繭子は照れて小さくなる。
「こういうのってその場で時枝さんが指示出してんの?」
-- え? いえいえ、全部翔太郎さんの指示通りですよ。繭子の動きも全部です。
「へえ!」
池脇の好奇の視線を伊澄は仰け反って躱す。
-- なんで知らないんですか(笑)
「いやいやだって」
「ちょともう!喋るなら止めて(笑)」
伊藤の突っ込みに繭子が一時停止を押す。
(一同、笑)
-- でも繭子にどういう説明がされていたかは、撮ってた私も知りませんよ。
「絵コンテ出さないからこいつ。誰が何の指示で動いてるか全然分かんねえしさ」
と池脇が言うと、伊澄は腕組みしたまま笑い声を上げた。
「そもそも描けないからな、絵コンテとか」
-- 全部口頭だったんですよね?
「他にやりようないだろ」
答える伊澄に、池脇は改めて意外そうに驚きの表情を浮かべた。
-- だから私、繭子の前にしゃがみ込んで身振り手振りで話してる翔太郎さん何度も見て、うんうんと真剣な顔で頷いてる繭子の姿が印象的でした。
再開。
[目を開けて、何かを呟き続ける繭子]
[ぐっと、その目が真剣になる]
[天井を見ながら、言葉を発する]
[カメラが引く]
[そして立ち上がる繭子]
[画面一杯に『 still singing this ! 』というタイトルが映し出される]
「鳥肌出た」と繭子。
(一同、笑)
完成してから全員で揃って見るのは、今日が初めてである。
[繭子がマイクスタンドの前に移動する]
[マイクを握って発声練習をする繭子]
[イントロ、フェードイン]
[ギター、ベース、ドラムの混然となったミドルテンポの強靭なリフが段々と近づいてくる]
[繭子「アー、アー。…アアー。…アアアアアアアアアア!」]
[画面切り替わり、ボーカルの録音ブースで並ぶ池脇、伊澄、神波の姿]
[「comeon!!」]
一時停止。
(一同、笑)
「待って待って、ずっとこんな感じて刻みながら見るの?」と伊藤が笑う。
「今(リモコンのボタン)誰押した?」体を前に倒して顔ぶれを見やる池脇に、
「はい」と繭子が小さく手を挙げる。
「お前かよ!」
「私このシーンやばいんですよ。普段レコーディングん時もこの3人でコーラス録りってしないじゃないですか。竜二さんいなかったり、代わりに私だったり。だからこれレアですよね。熱いっす、めっちゃくちゃ熱いコレ。ちょ、ここだけもっかい良いですか」
(一同、笑)
巻き戻し。
-- 皆さんの表情が良いんですよね。3人のこんな真剣な顔、横並びで見る事ないですよね。
「そうなんだよ!そう!熱いよね!」
「うーるっさいなぁ」と吹き出して笑う伊澄。
[繭子、「アー。アー。…アアー。…アアアアアアアアアア!」]
[「comeon!!」]
[演奏が始まり、画面スタジオへ]
[ギター・神波、ベース・池脇、ドラム・伊澄、ボーカル・繭子]
[ノリの良いダイナミックなリズムと、メタリックな轟音]
[音の波に大きく体を揺らせる繭子]
[歌い始める繭子のアップ]
[Aメロ]
-- 竜二さんが、全部やってほしいって言った意味が凄いよくわかります。
「ん?」
-- 格好いいも可愛いもクールも全部詰め込みたいっていうアレです。
「ああ。まあまあ、やりきったんじゃねえかな」
-- 最高ですよ、本当に。
[Raise your face and look straight ahead rightnow
It is still too early to give in up.
It shaking my arms
Raise your legs
Let's run at full power.again again,and again]
「単純な歌詞だけど、化けたなあ」と呟いたのは伊澄だ。
「歌っててめっちゃ気持ち良いです。最高です」と答える繭子に伊澄が、
「曲がいいんだよ。俺、大成の書いた曲でこれが一番かもしれない」と小声ながら熱のこもった言葉を返す。神波は無言ながら目を見開き、「嬉しいね」と笑いかける伊藤をちらりと見てニコリと微笑んだ。
[サビ]
[I'm still alive.
Gonna all time, all ways
And I know i'm now love.
Still singing in my back.
I'll always throgh the end...
Forever alive!]
Aメロとサビが終わり、興奮状態で起こる一同のどよめきに室内の温度が上がる。
「歌ウマ!」
と上山氏が改めて心からの賛辞を贈る。
「イエーイ!フォーウ!」
言いながら繭子が両腕を頭の少し上まで持ち上げるが、その顔は照れて赤くなっている。
「どんぐらい(歌詞)変えた? 結構変えたんじゃない?」
と伊澄は池脇を見やる。
「本当言えばひとっつも変えたくなかったんだけどな。どうしても曲に合わせたかったのと、ザビの言葉選びはやっぱ大事だから」
「うん」
「いーやもう、そんなん全然平気です。最高です」
2人を見ながら目を輝かせる繭子に、
「お前最高しか言ってないぞ」
と神波が声に出して笑う。
[Bメロ]
[拘束衣を着た繭子]
[腕を前で交差して固定され、動きづらそうに体を振り回す]
[ちょこちょこと跳ねながら、画面を右から左へ]
[When you look back at the place,
Ttars will not spill.
and don't be sadly
They were laughing in eternity
[関誠の手によるゴシックなメイクの繭子、アップ]
[眼の縁が黒く、口紅は濃い紫]
[カメラに向かって、噛み付くような凶暴な顔で歌う]繭子]
[拘束衣のままソファに座って動かない繭子]
[背後では男達が激しく体を揺さぶりながら演奏している]
[don't forget.
You must not betray them
Lays your heart,
loudly, run and run with full power]
[Cメロ]
[最初の衣装に戻り、メンバーとともに笑顔で歌う繭子]
[男達の楽し気な演奏]
[両拳を顔の前で握って、微笑のまま熱唱する繭子のアップ]
[There's no suffering that will last forever.
They are still here.
When you look back at the place
To make you smile,
Do not forget gratitude]
[間奏]
[神波のギターソロ]
「ここきつかったなあ」
ぽつりと神波が呟く。
-- レコーディングのOKテイクでは歓声が上がりましたよね(笑)。
「考えたの翔太郎だからさ、どんだけ練習したか」
「そこまで派手さはないけど結構しんどいよな、ここな。俺やろうとして無理だったわ」
と池脇が頷く。
「見せ場貰ってるんだけど、正直ちょっと長いしね。間違えるわけにいかないしもう必死で」
黙っている伊澄に気付いて神波が、「なんか言えよ」と声を掛けるものの、伊澄は腕組みしたまま画面を見つめて頷いただけだった。
[ギター終わりでボリュームが意図的に下がる(* MVのみ)]
[画面中央に繭子の上半身が映し出される]
M「あー、やばい、ここ見たくないな」
SM「ここハイライトだよ。もの凄い可愛い、もの凄い可愛い」
M「2回も言わないで(笑)」
[画面に向かって語りかける繭子。声は出ていない]
[画面中央部に言葉だけがスクロールする。バックには演奏]
『顔を上げて。
諦めるのはまだ早いよ。
腕を振って、足を上げて、全力で走っていこう。
私は今も生きてるよ。
私は今もこの歌を歌っているよ。
永遠の中で彼らは笑っていたね。
私は今もそこにいるよ。
あなたがその場所を振り返る時、
涙が零れないように、
悲しくないように』
[音声が入る。繭子の声]
『私はずっと、そこにいるよ』
[繭子の笑顔が照れたように傾く。涙が頬に落ちる]
[サビ2]
[I'm still alive!]
[録音ブースで熱唱する3人の顔]
[瞳が震える。紅潮する顔]
[Gonna all time, all ways]
[繭子が高音を振り絞る]
[And I know i'm now love]
[上山、渡辺、真壁の3人が叫ぶ]
[Still singing in my word
I'll always throgh the end...]
[画面分割、メンバー4人全員]
[forever alive! ...live! ...live!]
[PA室にて。右拳を何度も繭子に向かって突き上げる女]
[カメラに向かって親指を立てる繭子の笑顔]
[PA室にて、伊藤の姿を真横から捉える。涙で喉を詰まらせながら歌っている様子]
[バックに演奏と歌声が鳴っている為伊藤の声は聞こえない]
[歌うのをやめて繭子の名を呼んでいる]
[ヘッドホンを嵌めながら、唇を真一文字に閉じる繭子]
[スタジオ。彼女の声に応えるように、カメラに向かって拳を突き出す繭子]
[短いブリッジ]
[コーラス録りの最中、笑い合い手を叩く男達の姿]
[スローモーションで流れる4人のプレイ]
[録音ブースから手を振る繭子の笑顔]
[それぞれほんの数秒ずつ]
[ソファーに座って何かを呟いている繭子]
[テロップのみ]
『私は今もこの歌を歌ってる。
永遠に続く苦しみなんてない。
彼らは今もここにいるよ。
あなたがその場所を振り返る時、
笑顔になれるように、
感謝を忘れないように、
私はあなたと一緒にいるよ』
[繭子の声]
『今までずっと、ありがとう。
本当にありがとう。
本当に。本当に。…ありがとう』
[サビ3]
[I'm still alive.
Gonna all time, all ways
And I know i'm now love.
Still singing in my back
I'll always throgh the end...
forever alive!]
[PA室にて、関誠が叫んでいる。腕を振り上げ、ガラスの向こうの繭子にエールを送る]
[バックに演奏と歌声が鳴っている為誠の声は聞こえない]
[体をくの字に折って叫ぶ]
[叫んだ瞬間、誠は両手で顔を覆う]
[スタジオ。涙を拭いて、ニッコリ笑う繭子]
[エンディング]
[スタジオ、演奏する男たちの姿]
[ソファから立ち上がる繭子]
[画面右側のスタジオ入口へ向かって歩き出す]
[最後にカメラに振り向き、右手を上げる]
[スローモーション]
[入口へ差し掛かる瞬間]
[暗転]
MVが終わっても誰も何も言えずにいた。
池脇、伊澄、神波の3人はテレビモニターを見たまま何も言わない。
繭子は天井を見ている。
関誠は俯いている。
壁際に並んで座る男達の鼻を啜りあげる音が聞こえる。
少し呼吸の荒くなった伊藤の肩に手を置いて、神波が顔を近づけて何事かを囁きかける。
「これ、ほんとにおまけでつけるの?」
俯いままの関誠の一言に、我に返ったような顔で池脇が笑い声を上げる。
「この作品単体だけでも成立するレベルだよね」
-- そうですよね。下手な映画よりも色んな感動が詰まっていると思います。
「時枝さんもPVデビュー出来たしな」と池脇。
-- もー、恥ずかしすぎて目を背けましたよ。
何を隠そう、PAブースで繭子に向かってめちゃくちゃに拳を突き上げている眼鏡の女が時枝である。
「めっちゃ良かったよ。なんか、うん、込み上げた。あー、私もダメだ」
誠の涙声に、伊澄が微笑む。
「俺もやばいわ、昇天しそう」
「へえ?」
「…ええ?」
「あはは! バカ!」
とん、と伊澄の肩を握った拳で叩きながら、誠はそっと涙を拭う。
-- 私とか、織江さんや誠さんのシーンって、それぞれどういう指示が出てたんですか? 皆同じですか?
「指示って言うか、そう、ブースで歌ってる繭子を応援してやってって、それだけ。マイク通さないと聞こえないけど、聞こえるんじゃねえかってレベルで呼びかけてみてって言いはしたけど、『何を』ってのは指示してないよ」と伊澄。
-- 短いシーンですけど、カメラ事態は1曲分回しましたね。全部ご覧になられた上で、どこを使うかお決めになられたんですか?
「それはそうだろ(笑)」
-- 誠さんが笑顔からの涙、織江さんの祈るような涙で、私だけちょっと狂ってるみたいな絵面でしたけど、大丈夫ですかね。
(一同、笑)
「うん。ぐっと来た」と伊澄。
-- えええ。
「狂ってるっていうかね。…ああ、狂ってるのはいいね。そうそう、そんな感じ。もう、我を忘れるくらい、目の前の繭子に思いのこもった拳叩きつけてる感じが良いな。応援の仕方は人それぞれだし、思い出したリ、考えたり、色々あって良いと思うんだけど、時枝さんはいっつも気持ちが前に出てるんだよな。今回はそのダイレクトな勢いが合うなと思って」
「うん、嬉しかった。あー、また泣いてるわこの人って思ったけどね」と繭子。
-- …泣いてないし。
「はああ?」
(一同、笑)
池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)。
伊藤(O)、関誠(SМ)。
上山、真壁、渡辺(バイラル4スタッフ)。
-- 今回は『バイラル4スタジオ』全員参加の一大プロジェクトになりましたね。ビデオはリプレイ再生されますので、そのままで大丈夫です。音量だけ少し下げましょうか。順を追って解説していただきたいのですが、今回プロデューサーを務めた翔太郎さん、まずは一言お願いします。
S「お疲れまでした」
お疲れまでしたー。
でしたー。
したーっす。
S「もともとマユーズ自体お遊びバンドなんで、何をやっても許されるというかね。制約がないからこそ真剣に遊べるっていうのが面白いんだけど、PVというかMVというべきか分からないけど、なんかそういうの作ろうっていう話になった時、やっぱファーマーズの事思い出して」
-- 当然そうなりますよね。
S「うん。比較するとかそんなんではないし、映像内容でいったら全然勝負にならないんだけど、また別の次元で熱い物を残したいって思ったんだよ。マユーズっていったらやっぱり繭子だし。こいつファーマーズでの撮影ん時かなりストレスで悩んでたから、何か思いっきり爆発するような作品にできないかなーって、ぼんやり考えてたんだけど」
-- だけど?
S「とんでもない歌詞書くからさ」
(一同、笑)
S「んー、まあそれはそれとして、今回はやっぱり大成の曲に救われたかなぁ。全部曲が持ってった」
T「いやいやいや、そんなわけないって。何から何まで繭子の力だと思うよ」
S「それは、うん、そうなんだけど」
M「ちょっと待ってくださいよ!」
(一同、笑)
-- 繭子は制作のどこまで関わってるの?つまり、歌詞を書いて自分で歌う以外に何か要望や提案などは出した?
M「全然。だから私の力とか言われても何の事だか本気で分からないよ。歌詞だって結局は竜二さんに書いてもらってるし」
R「いやいやいやいや。…俺は何も」
M「今回皆おかしいよ!なんでそんなに謙虚モードなの!?」
(一同、笑)
S「なんだろうなぁ」
T「なんだろうねえ」
R「結局だから、翔太郎の手腕とかさ、大成の作曲能力とか俺の歌詞とか、そこだけ見りゃあ普通に仕事はしてっけどね。それは多分慣れないPになって色々取りまとめて最初っから最後まで企画動かした翔太郎が最もしんどかったと思うしな。でも、蓋開けてみりゃあ、あれ、…こりゃ繭子だね?」
S「ふはは」
T「そうそう、そういう感じそういう感じ」
M「ええ?」
-- 美味しいところ全部持って行ってると。
R「持って行ってるし、それが正解だから大満足なんだけど」
T「そうね。俺らは自分の仕事して、繭子が美味しくなる為にバトンを繋いだだけだよな」
S「だから面白かったんだろうな」
-- なるほど(笑)。曲で言えば、そもそもイントロのフェードインが珍しいですよね。
S「そうだな。いくつかの点で映像仕様の箇所があって、イントロもどうしようか迷ったんだけど、相談して音源もフェードインにしてみた」
R「翔太郎の作る曲にはフェードイン・フェードアウトの曲ってないよな」
T「嫌いなんだよな?」
S「個人的にはな、嫌い。ガ!っと始まってガ!っと終わりたい」
R「そう、だからこいつの作る曲と大成の作る曲って色んな部分で聞き分けられるよな」
-- なるほど。私思ってた以上に激しい音になってるな、って初めて聞いた時に思ったのですが、音作りに関してはどのような?
S「最初に考えたのは、実は音じゃないんだよ。結果的にこういう音になった」
-- では、一番初めに決めた『核』みたいなものは、なんでしょうか。
S「決まったのはやっぱり、繭子の書いた歌詞を読んで、あああああーーって」
(一同、笑)
-- 衝撃でしたか。
S「そうなあ。なんていうか、…ここへ来て今この歌詞書くんだっていう意外さは感じたかな。ってか、繭子がこの歌を書いてる時俺隣にいたんだよ。俺がパソコンいじってる横で、宿題やらされてる小学生みたいに机に頬っぺた寄せて書いてんの見てて。こいつがトイレかなんか行った時にチラって見たら…うん」
M「どこまで書いてました?」
S「どこまでかは知らないけど、今も生きてるよ、は見えた」
M「ああ、…キャッ(おどけて脇を締める)」
S「最近はあんまり昔の事思い出さなかったから、え?って思って」
M「なんだそうかあー。あれですね、もっとハッピーな事書いてトイレ行ってれば、もっと違った曲になったかもしれないって事ですよね」
S「ハッピーな事って、例えば?」
M「え、いや分かんないですけど。…何かな、アイ、…アイー、i want to hand your hold、とか」
繭子の突然の英語に一同が固まる。
誰も何も答えない。
辛うじて伊澄が眉を下げて聞き返す。
S「な、何だって?」
M「私今なんて言いました?」
O「『私はあなたのホールドを手渡したい』。ホールドって何の事。『保留』?」
一同、爆笑。腕組みしていた伊澄が腕をほどいて手を叩く。聞いた瞬間意味を理解できた池脇はあえて黙っていたようで、伊藤が訳すと同時に机を叩いて大声で笑った。
M「やらかした(笑)」
SM「なんて言おうとしたの?」
M「えー、なんでも良いけど、抱きしめたい、とか?」
SM「そんな曲歌いたいの!?」
M「歌いたくない。気持ち悪いねー!あははは!」
R「アナグラムじゃねえけど、頑張って並べ替えて出てくるのだって、i want to hold your handで、『手を繋ぎたい』だからな。もうただただ、お子ちゃま」
O「i want to hold you ならハグしたいになったのにね」
S「いやいやいや、そんなもん俺がドキドキするわ、そんなん書いてトイレ行かれたら。いっぺんに煙草5本くらい銜えるかもしれん」
(一同、笑)
-- 繭子がどういう歌を歌いたがっているかは、すぐに理解できたということですか?
S「うん。そもそも歌の内容より先に、元気になるような曲を歌いたいって聞いてたからな。その後歌詞を読んで、大体の方向性は決まったかな」
-- 音作りはもっと後ですか。
S「大成の曲が出来た後かな」
-- なるほど。先程、単純な歌詞だけど化けたと仰っていたのが印象的でしたが。それはどういう意味ですか?
S「もちろん曲が良いからって話でもあるし、ここで言う化けたには竜二も一役買ってるね」
-- 竜二さんはその辺りどう思われますか。
R「俺はー、そうだなー、本当は歌詞を全くいじりたくねえなあって思ってたんだけど。歌うのは俺じゃねえしさ、この2人(伊澄、神波)と相談しながらちょこちょこ書き直ししたんだよな。曲を何回も聞いて、歌ってる繭子を想像しながら、一語一語当て嵌めてった感じかな」
S「このテンポだと却って難しいよな」
R「日本語で歌った方が歌いやすいメロディとテンポだしな」
-- そうなんですね。以前翔太郎さんが、竜二さんは展開の早い曲に歌詞を載せて歌メロを作るのが物凄く上手いと絶賛されてましたが、今回のように速さのない曲でも苦労があるんですか?
R「例えば俺なんかが歌う場合は、正直曲に合わせて書かなくても歌えるんだよ。俺が勝手に変えればいいんだし、端折っても通じるワードは抜けばいいんだし。たたコレみたいにテンポがハッキリしててゆったりと拍子を取ってる曲なんかは、ちゃんと、こと、ばを、いれ、ないと、うたえ、ない!みたいな事。これを英語でやるんだよ」
-- あははは。これ以上分かりやすい例えはないですね。
R「そう、まず先に綺麗なメロディがあって、そこをどうやって気持ちよく歌い上げるかを重要視したからな。そこはちょっと苦労したな」
S「おかげで俺がやりたかったコーラス部分がめちゃくちゃ格好いい、熱い仕上がりになった。それで化けた」
-- もうコーラスは最初からやるつもりで?
S「うん。元気になれるような曲で、繭子のあの歌詞を歌うなら、全員でコーラスやりたいってすぐ思った」
-- 全員というのは、真壁さん達も含めて全員ですか。
S「それがな、全員っていう言い方をすると、じゃあどこまでってなるのは分かってんだけど、あくまでも当時の繭子を知る全員っていう枠を作ってみたんだ」
-- なるほど。
S「だから俺としては、出てもらった以上時枝さんにもコーラスしてもらおうかなって一瞬思ったけど、やっぱりちょっとそれは違うかなって」
-- そうですね。そこは、物凄く大切な部分だと思います。大成さんは、作曲の際これだけは譲れない部分はありましたか?
T「譲れない部分?いや、ないねえ」
-- そうなんですか?
T「うん。俺らはずっと曲作りに関しては全員参加型で、あーだこーだ言いもって作ってきてるから、今更譲れない部分とか拘っちゃうと神経擦り減ってしょうがないよ」
-- 今回も同じような曲作りをされたんですか?
T「ううん、今回は分業制だったけど、結果そうなっただけであって、俺はいつでも変えてもらって良いと思ってたよ」
-- 難産でしたか?それとも。
T「どうだろうね。変な言い方だけど、俺は初めのうちは皆で作ると思ってたからさ、もともとそこまで煮詰めてなかったんだよ。Aメロとサビだけあって、構成は決まってなかったし。サビは割と気に入ってたから書けた瞬間すぐ翔太郎に聞かせて」
-- 翔太郎さんとしては初めて聞いた時、ビビッと来ました?
S「来た。なんか、これ本人前にしていうの気持ち悪いけど、嬉しかったね」
T「あははは、背中が痒いぞ!」
(一同、笑)
-- 嬉しかったとは?
S「今回なんで大成に書いてもらったかっていうと、繭子の好きな『アギオン』が頭にあったからなんだよ。アギオン書いたの大成だし、やっぱりあれを超える曲書けるのはこの男だけだろうなと思って。任せて間違いなかった」
-- 大絶賛ですね。
S「期待に応えてもらったっていう、そういう意味での嬉しさがあったな」
M「最高です」
T「何回言うんだお前」
(一同、笑)
-- 映像で言えば、普段ドーンハンマーが見せる硬派なイメージと違い、可愛らしい繭子の姿が堪能できるシーンも随所に見受けられます。構成から衣装から、全て翔太郎さんの案ですか?
S「アドリブも結構あるから全部ではないな。細かい動きの指示はしてなくて、こういう絵が欲しいっていうイメージだけ何度も話して。衣装とかメイクとかは繭子自身だったり、誠に助けてもらったり」
SM「私はメイク道具貸しただけだよ。あ、あのさ、繭子さ、コンシーラー持ってないの。なんか腹立つよね」
-- まじですか。ありないですね。
M「なんでよー、またそれ言うの?」
SM「コンシーラーってなんだっけ」
M「え、なんか、あの野菜剥く金属の奴でしょ」
SM「それピーラーだから!つって」
(一同、笑)
M「だからもう思い出したって言ったじゃん!忘れてたの!」
SM「そう、だからシミを隠したりしないんだもんね。腹立つよね。繭子じゃなかったらツイートしてるもん私」
-- コンシーラー知らない28歳はちょっと引きますよね。なんかキャラ背負ってますよね。
S「どんだけ言うんだお前らは!」
(一同、笑)
-- あははは。あの例の拘束衣も誠さんですか。
SM「事務所から借りたの。探せばなんでもあるもんだねえ」
-- 繭子の過去を想起させるメタファーとしてですか?
S「いや」
SM「待って、繭子、メタファーって何?」
M「ええ!? メタファー? トッキーなんで英語なんか使うの?え?英語なの今の」
S「お前、話終わらなくなるだろ」
伊澄はそう笑って言うと、繭子に耳打ちする。
M「嘘。メタルファッカー?」
-- 話終わりませんて!
(一同、笑)
-- 以前遊びだから歌の練習もしないし、だからこそ楽しいと仰ってましたが、今回目の周りを黒く塗ったりカメラの前で表情を作ってみたりというのは、普段とは違う表現方法として楽しめましたか?
M「そうだね。何が楽しいってやっぱり自分じゃなくて、周りがあーしろこーしろ言ってくれて、それをやる事で喜んでもらえる事の喜びがあったよね。表現をしているっていう感覚はなかったなあ。それこそ遊んでるに近い。遊んでもらってる、かな」
-- 拘束衣を着てぴょんぴょん跳ねてる姿は可愛かったです。あと普通の衣装でも、やはり普段カメラに目線を向けたり、笑いかけたりしながらプレイすることはないので、新鮮でしたね。
M「うん。実際トッキーがカメラ回してくれてるから分かると思うけど、シーンによっては歌ってない時もいっぱいあったでしょ。変な感じだったけど、面白かったね」
-- そうですね。やはりドラムセットに座ると、遊びという顔にはなりませんものね。
M「遊びじゃないからね」
-- 失礼しました。そして少し長めのギターソロが入ります。先程、翔太郎さんが作ったソロだとお聞きしましたが?
T「うん。ここだけそうなんだよ、俺曲は書けるけどギターソロは書けないしね」
-- そうなんですね。となるとやはり高難易度の。
T「俺にしてみればね。十分速いし、あと長い」
S「ふふふ」
T「笑ってるし」
-- 他の楽器パートはどうされたんですか?ベースは大成さんだったり、ドラムは繭子だったりが作った譜面を練習したんですか?
T「違うね。ギターソロだけだよな?」
S「うん」
-- そこは、拘りがあったんですね。
S「うん。なんか、さっきも改めて大成のギターソロ見ててさ。いいなあって思って。グッとくるというかね」
T「自分で作っといて(笑)?」
S「あー、そういうんじゃなくて。やっぱちゃんと弾いてるな、そうだよなあって。…俺はだから、今回の映像見てて、さっきの大成のギターソロのシーンとコーラス入れてる竜二の顔が、本気で良いなあって思うんだよ。それ言っちゃうと織江やマー達を見てるだけでも来るモンはあるんだけどね、なんていうか、イメージしてた通りの見たかったものが見れた感じがする」
-- 見たかったもの?
S「…そりゃあさあ、一応俺らプロだし、ギターの譜面とかベースの譜面とか、作って相手に渡せば楽だし、簡単だし、スムーズなのは間違いないよな。遊びだからうんぬんは抜きにしても、今回はそれをやめて、ちょっと頑張ってみようと思ったんだよ。よく言うだろ、儘ならないのが人生だって。思った通りに行かない。希望通りの道を歩けるわけじゃない。ずっと失敗の連続で、ずっと弾き返されてきたのが繭子だったし、俺達だったなって、繭子の歌詞を見た時に思い出して。きっとこいつは遊びとか言いながらどんな曲だって全力で歌うだろうから、なら俺達も全力でやんないとなって。…ギターソロはただテロテロ弾けばいいってもんじゃないし、後半のサビにつながる大事な部分だったり色々細かい事要求されるパートだから俺が作ったけどさ、でもその分難易度は上げた。大成なら絶対弾くだろうし、それは言わなくても分かるから。んでまた竜二がさ、こいつ阿保なんだよ。さっきのシーン見て分かるだろうけど、マジで本気の声出すからさ、俺と大成の声が全然入らないんだよ」
T「そうだったねえ。びっくりしたもんな」
S「だけど、うん。竜二の顔見ちまったらさ。もう、抑えろなんて言えるわけないんだよ」
(一同、沈黙)
誠が伊澄の背中に手を添える。
S「やっぱり、男だなあこいつらはって、思って。そうやってるうちに、音もさ、どんどん良くなってって。最終的にはああいうメタリックな硬い音が出来上がったってわけだ。…以上」
-- ありがとうございます。…繭子が自分で書いた詩を読み上げるシーンは、PVのみの演出ですね。
M「あはは、来たー。うん。せっかく大成さんのギターソロなのに、そこに被さるのは本当に嫌だったんだけどね。竜二さんがね、どうしても、私の書いたそのままの歌詞を残せないかって言ってくれて」
R「本当はだから、全部読めよって話だったんだよ」
M「それは無理ですって言って(笑)。んで、最後だけ声乗せて」
-- アルバムに収録する段階では竜二さんの書いた歌詞も含めて、タイトル以外何も収録されない予定だとお聞きました。
R「おまけだしね。作品としてこう、納める感じじゃなくて、ほんと、気持ちだけ受け取ってね、みたいな」
M「あははは」
-- びっくりしましたよ、最後の一言言った瞬間、笑顔なのに涙がポロっと一粒だけ落ちて。あれ演技じゃないですもんね。
M「違うよ、泣いてる感覚もないし、え?ってなったもん」
-- 女優だと思った。
M「自分の意志で出せてたらねえ」
-- あのシーンは、何を思っていましたか?
M「んー」
何かを思い出すような顔をする繭子。その瞳がブルルっと震えたように見えた。
M「伝わる自信ないんだけど。…刹那的なタイムマシンが開発されて、私の体は戻れないけど、例えば顔だけとか、声だけとか、なんでもいいからちょっとだけ昔に戻れて、『大丈夫だよ、諦めずに頑張れば、幸せになれるよ』って、過去の自分に言えたらいいのになって」
-- 自分を励ましてあげたかったんだね。
M「そうだね。今があるのはあの時の私が頑張ったおかげだって素直に思えたらいいけど、いつもいつも頑張れたわけじゃないからね。大丈夫って、言ってあげたいな。やっぱり自分の言葉なら信じられるでしょ。だから、皆への感謝だけは忘れちゃいけないよって、言ってあげたい。…ごめん(俯く)」
こちらこそ、ごめんと言いかけた私の言葉より早く、男達が身を乗り出す。
R「いいなあ、俺もそのタイムマシン欲しいな」
S「俺も欲しい」
T「俺も」
R「お前らなんて言う?」
S「え、コンシーラーで野菜は剥けないよって言う」
M「だははは!」
T「それだよな。竜二は?」
R「ずっと友達でいようねって言う」
S「汚ねえぞお前!」
T「うははは!」
M「…最高だー、もう。それしかないよね」
-- 最高に格好いい使い方だと思います。やはり今回の繭子の歌詞は、過去の自分へのエールだったり、今が最高だと胸を張って言える事の幸せと感謝が歌われていると思います。この歌を元気に歌いたいという繭子の気持ちが、皆さんを奮い立たせたのだと思います。今回、真壁さん、渡辺さん、上山さんも参加されていますね。初めてこの企画を聞いた時、どう思われましたか?
真壁才二「…」
渡辺京「…」
上山鉄臣「…」
R「喋れよ!」
渡辺「あ、いいの喋って(笑)。ええっと、僕は単純に、タイミング的に思い出作りなのかなって思いましたね、正直」
-- それはアメリカに拠点を移す前に、というタイミングだったからですか。
渡辺「そうですね。僕はこっちに残るって決めたし、全員参加って聞いた時はそういう事なのかなって。でも全然違ったね」
真壁「全然かどうかは分かんないじゃない。翔太郎ってそういう優しい所もあるし。ああ、面倒だしお前喋んなよ。今こっちの番だから」
(一同、笑)
上山「なんで今このタイミングで、全員でって言ったら、やっぱりそれもあると思いますよ。ただ繭子の歌詞を自分も読ませてもらいましたけど、ああ、これってここにいる全員が必要な世界観だなって、納得したというか」
-- 世界観と仰いますと。
上山「えー、言い方おかしいかもしんないですけど、繭子は今の自分の目線で、原点を歌うつもりだったと思うんですけどね。多分翔太郎さんの中には今の繭子と昔の繭子と両方いたんじゃないかと思って」
渡辺「したら必然的に、このメンツになるよね」
上山「そうなんですよね」
真壁「繭子の高校時代からを知ってるメンツ」
-- なるほど。その辺り、翔太郎さんどうですか?
S「え、喋っていいですかねえ」
真壁「いいよ、喋って。好きなだけ喋りな」
S「お前まじで後でぶっ飛ばすからな」
SM「もー。いつまでも子供みたいな話し方しないの」
S「え、俺が悪いの?」
SM「悪いのはマーさんだけどね」
真壁「おい!」
(一同、笑)
-- (笑)。コーラス参加されてみてどうでしたか? 真壁さんと渡辺さんは元プロですが。
渡辺「懐かしかったね、そこはやっぱり」
真壁「めっちゃ発声練習したもん」
M「私ね。ちょっとだけでいいんで、『アギオン』一緒に歌ってもらえないですか?ってお願いしたの」
-- へえー!どうだったの?
M「うん、合唱した。大合唱」
渡辺「僕ね、普通に泣きそうになっちゃった」
真壁「うん」
S「嘘つけ、男泣きしてたろ」
真壁「ふふふ、うん。俺は普段サウンドデザイナー的な立ち位置でさ、演者を除けば誰よりも近くで彼らのプレイを見て来て。そんで一緒に音を作って来たっていう自負があるんですよね。それはつまり音を作る側の偉そうな立場じゃなくてさ、人間的な、もっと言えば男として、一緒に育ってきたんだっていう思い出とか、経験の蓄積なわけですよ」
渡辺「うん、今があるのはね」
-- その通りですよね。
真壁「うん。いくら彼らが優秀だって言っても、とても一朝一夕で出来る物じゃないですしね。彼らはもちろん、俺ら2人とか、他の若いスタッフも含めて、今この時点での自信って、自分達がやって来た事の裏返しでしょ。それをちゃんと皆分かってるし。だから余計に、繭子の口から今『アギオン』って言葉を聞いた時の、…なんだろうなあ」
渡辺「…僕はね、間違ってなかった!って思った」
真壁「ああ!そうね、それあるね」
渡辺「うん。バンドはやめちゃったけどさ、竜二前にして言うの気が引けるけど、2人とも全然後悔してないもんね。もっと面白い事やってるし、もっと胸張って誰かの力になってるって言える自信あるし。でもここまで来れたその道すがらにさ、過去の栄光じゃないけど、クロウバーはあるんだよね」
真壁「そう。繭子がキラキラした笑顔でさ、『アギオン』めっちゃ好きなんですって言った瞬間の、ああ、良かった、間違ってなかった俺、っていう」
渡辺「うん。誰か他の人と話すような『あの曲好きなんですよねえー』って言う音楽トークじゃなくてさ、僕らを『アギオン』だと思ってくれてる顔がね、嬉しかったね」
真壁「今でもちゃんと光ってるんだなって、教えてもらった気がする」
渡辺「そういう繭子と今回こうやって、これまでとは違った形でね、新しい曲を一緒に作れたのは、本当に良かったよ」
M「(号泣)」
-- 貴重なお話を聞けて私も嬉しいです。私もクロウバーのファンですから。
真壁「ありがとう」
-- 上山さんは、どうでしたか?
黙って2人の話を聞いていた上山の目が、その時点で赤みを帯びていた。
上山「そうっすねえ。やっぱり、今お二人も言ってましたけど、昔があるから今があるじゃないですか。それって当たり前の話っすけど、考えてみればその当時は何一つ当たり前な事なんてなかったんですよ」
-- 当時と言いますと、まだ皆さんが音楽に携わる前ですか?
上山「そうです。いっつもなんか、この人達ボロボロだったんですよ。繭子もそうだし、竜二さんも翔太郎さんも、大成さんも、アキラさんも、皆気がついたらなんでかボロボロなんですよね」
R「お前それ今言う話かよー」
T「あははは!ボロボロだって」
S「確かになあ。そうだったなあ」
-- ボロボロの時代を経て、今があると。
上山「なんでこの人達、こんなに不器用にしか生きられねえかなーって俺なんかは見てたんですけど、けど、全然楽しかったんですよ。この人らに出会う前よりも。自分の話で恐縮ですけど。…なんか、そんな事考えながらコーラス録り参加したんですけどね。俺いいのかなーってばっかり考えちゃって」
M「え、なんでですか!?」
上山「え、いやーなんか自分は、ここで働かせてもらってるけど、そんな何か皆さんの為になるような事できてるとは思ってないから」
M「えー!」
O「そんな事ないよテツ。助かってるよ?」
突然上山の目から、涙が落ちた。ともすればヤンチャで屈強さが売りだと思っていた上山のそんな姿に、私は動揺していまい、言葉を返せないでいた。
上山「何か人に胸を張れるようなもんもないですし。ただね、一つだけ自信をもって宣言出来るとしたら。俺この人らの為なら命かけれるんです。歌も下手ですし、楽器出来ませんし、そこそこ喧嘩が出来るだけのバカですけど、ズタボロの竜二さん達を高校生の頃から知ってるし、繭子の事も、泥だらけなのに馬鹿みてえに笑ってた昔っから知ってるんで、俺この人らを守る事に命かけれるんです。本気ですよ。だから、…うまく言えないんですけど…勿体ない時間だったと思います、自分には、ホント」
O「テツ…」
上山「俺、織江さんに拾ってもらってなかったら、絶対終わってたんで」
O「そんな事ないって」
上山「昔を思い出しました」
もう彼は涙を拭おうともせず、彼の言葉を止めようとする者もいなかった。
上山「全然、うまくいかない事だらけでしたよね。なんであんなに辛かったんでしょうね。なんであんなに、悲しかったんだろうって。今、皆笑えるようになりましたけど、今、皆が笑える事の凄さを考えると俺たまらなくなるんです。あの頃は本当に…すんません、クソみたいな事ばっか言ってすんません、俺ちょっと頭冷やしてきます」
立ち上がる上山に、真壁がしがみついた。一人で行かせたくない気持ちがそうさせたのだろう。しかし上山の力が強すぎて、足の悪い真壁は両手が離れて床に倒れてしまった。慌ててしゃがみ込む上山に、真壁が言う。
「どこ行くんだよ。ここにいればいいだろうが」
真壁の弱々しい言葉に、上山は堪え切れずに顔をくしゃくしゃにして泣いた。
撮影は一時中断となった。
壁際に座る上山の前に、池脇達が立って話をしている。怒っている訳でも説教をしている訳でもなさそうだ。少し離れた机では、繭子を挟む形で関誠と伊藤が座っている。泣いている上山をカメラに写さないように、無言の配慮で立っている池脇らの立ち位置に気が付き、彼らからレンズを背けた私に向かって、伊藤が小さく右手を振った。
ごめんね。
そう言っている。
私は声を発する事が出来ずに、頭を横に振って答えた。
上山「取り乱しました!」
-- もう大丈夫ですか?
上山「ちょっと持病のナルシストが爆発したようです。もう平気です、お騒がせしました!」
-- (笑)。びっくりしましたよ。やはり、人に歴史ありですね。でも私思うんですけど、今回のこの曲ってこういう事なんだなって改めて思います。上山さんの涙をどう捉えるかは第三者には難しい所だと思いますし、あなた方を知らない人間からすればクエスチョンマークかもしれません。だけど、この歌には繭子だけじゃない皆さんの歴史が詰まっているのだと理解出来ました。真ん中に繭子がいて、彼女を見守り続けた皆さんがいて、今ここでこうしてまた一丸となって、歌っている。それら全部をひっくるめての、「まだ歌っているよ」なんですよね。素晴らしい曲だと心からそう思います。
S「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
M「やっぱりそういう所がトッキーだよね」
-- いえいえ(笑)。ここでお話をお伺いするのが順当かは分かりませんが、誠さんと織江さんからも感想をお聞かせいただけますか。
SM「織江さんからどうぞー」
O「誠からどうぞー」
SM「なははは。こういうの苦手だー」
-- 無理にとは言いません。
SM「んー、何も思わないわけじゃないんですよ、もちろん。さっき使われてた、あのレコーディングの部屋で繭子に手を振ってるやつ。あの日織江さんと繭子と事前に話をしてて」
-- 打ち合わせ的な相談ですね。
SM「いやいや、関係ない話。昔話を、スタジオのソファでね。それに繭子がね、やたら楽しそうに色々やってるのを見ててね、逆に胸が詰まる思がするんだよって言う話もして」
O「健気っていう言葉がここまで嵌る子もそういないって思っててさ。別に繭子だけじゃないんだけど、辛い時こそ頑張る、辛い時こそ笑ってみせる、みたいな事がよくあったからね」
SM「うん。状況的にみて、今普通に楽しいし。普通に幸せのはずなんだけど。歌詞もそうだし、コーラスで皆が参加する事とか、…ごめんね、ちょっと自分の事とか、色々考えちゃってさ。めちゃくちゃ楽しい事のはずなんだけど、胸が一杯になっちゃって」
-- そうですよね。そりゃ、…そうですよね。
SM「ガラスの向こうに立って笑ってる繭子を見てさ、何も思わないわけないんだよ」
-- はい。
SM「この子変なトコあってさ。昔から自分なりの距離感を絶対に守るんだよね。だからどんだけ仲良くなって、どんだけじゃれあってても、すっと、離れる瞬間があるの、心が。こっちが平然としてると甘えた声出して抱き着いてくるせにね、追いかけると離れちゃうんだよね」
M「(苦笑)」
-- へえ…。
SM「だから私、結構何度も、繭子の名前を呼んだ。もっと来い、もっとこっちへ来いっていっつも思ってたし。だけど言うと逃げるからさ、言えなかった。だから今回ブースで思いっきり叫んだんだよ」
-- そうだったんですね。
S「音声入ってないから分からなかったと思うけど、体をくの字に折りながら誠があん時叫んだ言葉は、俺一生忘れないと思うな」
M「私も一生忘れないです」
-- なんと、仰られたんですか?
S&M『どこにも行かないでくれ』
SM「ちょっとぉ(笑)」
せっかく泣き止んだ上山が、また後ろを向いてしまった。
O「私実はあの部屋に入ってコーラス録りするの2回目なの。ただ単に応援してるだけの様子を撮影されたのは初めてだけどね。レコーディングブースに入って、ヘッドセットつけて叫んだのは、このスタジオ建てた時に記念でやったのが最初で、今回が2回目」
-- そうなんですね。久しぶりに叫んでみてどうでしたか?
O「うん。…コーラスは単純にもう、楽しかったかな。色々思い出したけど、私と誠がコーラス入れた時って大成達も一緒にやってくれたから恥ずかしくもなかったし、良い思い出がまた一つ増えたねっていう感じ」
-- なるほど。いいですね。
O「まあ色々思い出して笑っちゃうくらいにボロボロ泣いてるからね、どの口が楽しいなんて言ってるのって話なんだけどさ」
-- そんなことありませんよ(笑)。
O「だけどね。今思うと、話の流れから察するに私と誠に本当にやらせたかったのは、コーラスじゃなくて応援の方だったんじゃないかなーって思うの。…ねえ、プロデューサーさん?」
S「ん? んん、いや、コーラスは大事だよー、君ー?」
O「あはは、そういうのもう良いですから」
S「お前が言うな(笑)。んー、…まあなあ。ナベとかマーならいざ知らず、お前らやテツがコーラス入れる意味なんてないもんな、音楽的な話で言うとな。だから、そこにお前らがいるっていう事が大事なんであって、そういう話で言うと確かにコーラス自体に意味はないのかもしれないな」
O「ね。今なんとなくそう思ったよ」
S「なんか、嫌なのはさ。俺ら一緒にバンド組んでるし、外に出る話はもちろんこの4人の話になっちゃうだろ。ただ、繭子の事に関して言えばよ、話の内容を表に出す出さないの前に、俺達なんかよりずっと、織江や誠の方が繭子の支えになってきたっていう事を全然理解されない事がまず、もうとにかく嫌なんだよ。繭子が言わないからとかそういう事じゃなしに。そもそもバンドマンとしてこれまで自分の過去をべらべらと喋ってきた訳でもねえからさ。いきなり誠や織江の名前を出すには立場と関係性が複雑すぎるし、仕方ない話なんだけど。…だから、形にしようかなと思って」
-- 昔から変わらず、繭子を支えて来た2人の姿を、あえて今残しておこうとお考えになったわけですね。
S「そう、かな。ずっと見て来たしな、今更だけど、そこは重要なんじゃないかな」
M「(両手で顔を覆っている)」
-- 涙なしには聞けないお話ばかりですね。どうしよう。
O「そこまで考えてるとは思ってなかったよ。今私が気付かずにこの話してなかったら、どうするつもりだったの」
S「どうもしないよ別に。俺が勝手に思ってやったことだから」
O「本当に優しい男になったね。カッコつけやがって」
神波が私を見ているのが目に入った。彼が声に出さずに私にこう言った。
な、優しいだろ?
そしてバレないように、伊澄を指さしている。私は下唇をギュっと噛んで、小さく一度頷いた。
[繭子の声]
『今までずっと、ありがとう。
本当にありがとう。
本当に、本当に、…ありがとう』
-- 最後のセリフは、歌詞にはないものですよね。やはり、どうしても伝えたかった思いという事でしょうか。
M「アドリブなんだけどね。気が付いたら、言ってたね。ありがとうなんて今まで何千回と言ってきたけどさ、伝わってないような気がして仕方ないんだよ。こんなもんじゃない、もっともっと強く思ってるのにって」
-- あはは。軽く受けながされちゃうわけですね。
M「そう。いつかちゃんと言いたいなとは思ってたし、タイミングが合っちゃったんだね」
-- 今回のPVでクローズアップされていますが、本番前とか直前に何かをつぶやいている姿は私も何度か見たことがあります。
M「うん。いつもだよ」
-- ステージ上がる時は毎回なんですね。それは知りませんでした。
M「いやいや、ううん。練習の時もそうだよ」
-- え?
M「え? ドラム叩く前はいつもそうだよ。スタジオ内でやってるかどうかの問題であって、直前じゃない時でも、毎日繰り返してるよ」
-- 知らなかった!なんて言ってるんですか?
M「だから、ありがとうだよ」
-- うわ!鳥肌がやばい!…え、でももっと長く喋ってない?
M「の時もあるね。ありがとうの前に、色々言う時もあるよ。なんか恥ずかしくなってきた」
(一同、笑)
-- 皆さんはご存知でしたか?
S「声には出してないんじゃない? 口が動いてるのは知ってるけど、なんて言ってるかは知らなかった」
M「そうですね。誰かに言ってるわけじゃないですから。えー、でも人が周りにいる時はそんなに長くやってないと思ってたけどなあ。バレてたんですね」
T「何年一緒にやってると思ってんだよ」
R「俺はお祈りかなんかしてると思ってたよ。目がいつも真剣だし、茶化せない雰囲気なんだよ」
S「そうそう、独特の雰囲気でな。俺結構それ見るの好きなんだよ。だから今回(映像に)入れてみたんだよ」
T「わかるわかる。綺麗だよね。清冽というか、神聖というか。近寄れない雰囲気」
-- 凄い見られてるよ繭子。
M「ねえ、びっくりだねえ。久しぶりに本気で照れた、今」
-- だけど、10年ですよね。10年ほぼ毎日、ドラムセットに座る時、必ず感謝の言葉を言ってから練習を始めて来たという事ですよね。それは主にどこへ向けられた思いなのでしょうか。
M「全部だよ。色んなもの全部。人も、環境も、これまでの事全部」
-- それらに対する感謝なくして、今のご自身は在りえないという思いがそうさせるわけですね。
M「そうだよ。ここにいる人達は皆、私がどういう十代を送ったか知ってるから言えるけど、私は生かされたんだって今でも思ってるからね」
-- それはつまり、死んでいてもおかしくなかったと?
S「重っ」
(一同、笑)
M「あはは、でも、うん。…みんなと出会った時は当然、アキラさんが死んじゃうなんて思いもしなかったし、私は私の理由でドラムを叩いてた。私を救い上げてくれた恩人がこの世を去って、座る人のいなくなったドラムセットと、打ちひしがれた彼らが残された。そしたら私のやるべきことは一つだよ。死ぬ気でドラム叩いて、この人達と一緒に生きよう。そして一緒に死のう。…だからテツさんの気持ちはよくわかるよ。私も同じだもん。…だけどね、テツさんも分かってると思うけど、それって単なる我儘なんだよね。受け入れてもらえた事が、もうすでに返せないぐらい大きな恩義だし、毎日が感謝の繰り返しなんだよ」
消音状態のままのPVが流れる会議室。
9人の大人がいて尚静まり返る室内で、繭子の声だけが聞こえる。
「今日も皆と生きています。ありがとう。今日も精一杯ドラムを叩きます。ありがとう。…そういう感じ」
それは池脇の言う通り、祈りにも似た響きだった。
感情のこもった喜びの言葉というよりも、自分自身に言い聞かせる大切な日々の信念であるかのようだった。
誰もがそれぞれ、自分と繭子の関係を見つめている。
あるいは辛かった日々。
あるいはともに笑いあった素敵な過去。
あるいはこれから訪れるであろう最高の夜。
昨日も繭子は感謝を胸に抱き、今日もありがとうと呟き、明日もそう言って微笑むのだろう。
池脇が不意に、しゃがれた声でこう言った。
「繭子のおかげで今日もうまい酒が飲めるよ。…ありがとう」
繭子はびっくりした顔で池脇を見つめると、頬を真っ赤に染めた笑顔で、ありがとうと答えた。
「忙しい毎日の中で、繭子の笑顔がお守りです。ありがとう」と伊藤が微笑む。
「ありがとう」繭子がそれに答える。
上山「繭子は俺の生き様のお手本だよ。ありがとう」
「ありがとう」
渡辺「こんなオッサンを忘れないでいてくれて、ありがとう」
「ありがとう」
真壁「繭子と一緒に音作り出来る事が俺の誇りだよ。ありがとう」
「ありがとう」
誠「こういう時、皆みたいに上手く簡潔に喋れる人間じゃないんだよなあ。もう胸の真ん中が痛すぎてダメだ、繭子。私、…繭子がどれだけ頑張ってきたか知ってるよ。でも悲しいだけじゃない。一杯遊んだし、一杯笑ったよね。皆が辛い時だって、繭子は笑顔で励ましてくれたし、弱音を吐かないでいっつも頑張ってたね。今までありがとう。これからも…、はー、駄目だ」
「…うん。ありがとう、誠さん大好き」
神波「この10年、俺達の背中を毎日押してくれたのは繭子のドラムの音だった。もっと胸張ってほしい。ありがとな」
「はい。…ありがとうございます」
伊澄「テツのせいで思い出したわ。…ほんっとにクソみたいな毎日だったんだよ俺ら。だから、お前に会えて良かった。心からそう思うよ。ありがとう」
「ありがとうござました。これからも、よろしくお願いします」
最後にぺこりと頭を下げた繭子の両目からみるみるうちに涙があふれ、彼女は震える唇を噛んだ。そして照れたように、
「なんか高校の卒業式を思い出すね」
そう言って笑った。
今日も明日も明後日も、スタジオには繭子の感謝の思いが漂よい続けることだろう。
会議室にて。
完成したマユーズの新曲「Still singing this !」のMVを鑑賞しながら。
[ミュート状態の画面が映し出される]
一時停止。
池脇がリモコンのボタンを押したようだ。
早えよ!と笑い混じりの文句が飛ぶ。
テレビ画面にはいつもの練習スタジオのソファーに一人腰かけている繭子の姿。
七分袖の黒のVネックカットソー。両手に革のブレスレット。白かグレーに近い程色落ちした細身のブルージーンズ。足元は拍車のついた黒のレザーブーツ。
照れ笑いを両手で覆い隠す繭子ではなく、背後に立つ時枝の方へ質問が行く。
「これって隠し撮り?」と池脇。
-- なわけないじゃないですか(笑)。
テレビモニターを正面に、メンバーが横並びで座っている。
右から、池脇、関誠、伊澄、繭子、神波、伊藤の順だ。
初め伊藤はスタッフとして、壁際に並んで座っている上山達の側に腰かけたのだが、隣に座っていた渡辺に「織江はあっち」と促されて神波の横に座った。
再開。
[無音]
[一人ソファに座り、膝の上に両肘を乗せて、両手を合わせて指を組んでいる]
[繭子が入口の方を見る。誰かを待っているかのような視線と、表情]
[音が入る]
[雑音。ノイズ]
「綺麗だね」
関誠が小声で伊澄に言う。伊澄は無言で肯き返す。
背後に立っていた時枝にしか聞こえない程の小さな会話だった。
[カメラが繭子に寄る]
[前に向き直った繭子の口元が動く]
[音声は生きているが、何を喋っているかは聞こえない]
[目を閉じ、祈りをささげているかのような顔]
「これ凄いな。こういうのって撮ろうと思って撮れる絵じゃないと思うんだよ、日常感が強すぎてニュアンスを伝えるのが難しいと思うわ」
誰ともなしにそう言った池脇の言葉に、全員が頷いた。繭子は照れて小さくなる。
「こういうのってその場で時枝さんが指示出してんの?」
-- え? いえいえ、全部翔太郎さんの指示通りですよ。繭子の動きも全部です。
「へえ!」
池脇の好奇の視線を伊澄は仰け反って躱す。
-- なんで知らないんですか(笑)
「いやいやだって」
「ちょともう!喋るなら止めて(笑)」
伊藤の突っ込みに繭子が一時停止を押す。
(一同、笑)
-- でも繭子にどういう説明がされていたかは、撮ってた私も知りませんよ。
「絵コンテ出さないからこいつ。誰が何の指示で動いてるか全然分かんねえしさ」
と池脇が言うと、伊澄は腕組みしたまま笑い声を上げた。
「そもそも描けないからな、絵コンテとか」
-- 全部口頭だったんですよね?
「他にやりようないだろ」
答える伊澄に、池脇は改めて意外そうに驚きの表情を浮かべた。
-- だから私、繭子の前にしゃがみ込んで身振り手振りで話してる翔太郎さん何度も見て、うんうんと真剣な顔で頷いてる繭子の姿が印象的でした。
再開。
[目を開けて、何かを呟き続ける繭子]
[ぐっと、その目が真剣になる]
[天井を見ながら、言葉を発する]
[カメラが引く]
[そして立ち上がる繭子]
[画面一杯に『 still singing this ! 』というタイトルが映し出される]
「鳥肌出た」と繭子。
(一同、笑)
完成してから全員で揃って見るのは、今日が初めてである。
[繭子がマイクスタンドの前に移動する]
[マイクを握って発声練習をする繭子]
[イントロ、フェードイン]
[ギター、ベース、ドラムの混然となったミドルテンポの強靭なリフが段々と近づいてくる]
[繭子「アー、アー。…アアー。…アアアアアアアアアア!」]
[画面切り替わり、ボーカルの録音ブースで並ぶ池脇、伊澄、神波の姿]
[「comeon!!」]
一時停止。
(一同、笑)
「待って待って、ずっとこんな感じて刻みながら見るの?」と伊藤が笑う。
「今(リモコンのボタン)誰押した?」体を前に倒して顔ぶれを見やる池脇に、
「はい」と繭子が小さく手を挙げる。
「お前かよ!」
「私このシーンやばいんですよ。普段レコーディングん時もこの3人でコーラス録りってしないじゃないですか。竜二さんいなかったり、代わりに私だったり。だからこれレアですよね。熱いっす、めっちゃくちゃ熱いコレ。ちょ、ここだけもっかい良いですか」
(一同、笑)
巻き戻し。
-- 皆さんの表情が良いんですよね。3人のこんな真剣な顔、横並びで見る事ないですよね。
「そうなんだよ!そう!熱いよね!」
「うーるっさいなぁ」と吹き出して笑う伊澄。
[繭子、「アー。アー。…アアー。…アアアアアアアアアア!」]
[「comeon!!」]
[演奏が始まり、画面スタジオへ]
[ギター・神波、ベース・池脇、ドラム・伊澄、ボーカル・繭子]
[ノリの良いダイナミックなリズムと、メタリックな轟音]
[音の波に大きく体を揺らせる繭子]
[歌い始める繭子のアップ]
[Aメロ]
-- 竜二さんが、全部やってほしいって言った意味が凄いよくわかります。
「ん?」
-- 格好いいも可愛いもクールも全部詰め込みたいっていうアレです。
「ああ。まあまあ、やりきったんじゃねえかな」
-- 最高ですよ、本当に。
[Raise your face and look straight ahead rightnow
It is still too early to give in up.
It shaking my arms
Raise your legs
Let's run at full power.again again,and again]
「単純な歌詞だけど、化けたなあ」と呟いたのは伊澄だ。
「歌っててめっちゃ気持ち良いです。最高です」と答える繭子に伊澄が、
「曲がいいんだよ。俺、大成の書いた曲でこれが一番かもしれない」と小声ながら熱のこもった言葉を返す。神波は無言ながら目を見開き、「嬉しいね」と笑いかける伊藤をちらりと見てニコリと微笑んだ。
[サビ]
[I'm still alive.
Gonna all time, all ways
And I know i'm now love.
Still singing in my back.
I'll always throgh the end...
Forever alive!]
Aメロとサビが終わり、興奮状態で起こる一同のどよめきに室内の温度が上がる。
「歌ウマ!」
と上山氏が改めて心からの賛辞を贈る。
「イエーイ!フォーウ!」
言いながら繭子が両腕を頭の少し上まで持ち上げるが、その顔は照れて赤くなっている。
「どんぐらい(歌詞)変えた? 結構変えたんじゃない?」
と伊澄は池脇を見やる。
「本当言えばひとっつも変えたくなかったんだけどな。どうしても曲に合わせたかったのと、ザビの言葉選びはやっぱ大事だから」
「うん」
「いーやもう、そんなん全然平気です。最高です」
2人を見ながら目を輝かせる繭子に、
「お前最高しか言ってないぞ」
と神波が声に出して笑う。
[Bメロ]
[拘束衣を着た繭子]
[腕を前で交差して固定され、動きづらそうに体を振り回す]
[ちょこちょこと跳ねながら、画面を右から左へ]
[When you look back at the place,
Ttars will not spill.
and don't be sadly
They were laughing in eternity
[関誠の手によるゴシックなメイクの繭子、アップ]
[眼の縁が黒く、口紅は濃い紫]
[カメラに向かって、噛み付くような凶暴な顔で歌う]繭子]
[拘束衣のままソファに座って動かない繭子]
[背後では男達が激しく体を揺さぶりながら演奏している]
[don't forget.
You must not betray them
Lays your heart,
loudly, run and run with full power]
[Cメロ]
[最初の衣装に戻り、メンバーとともに笑顔で歌う繭子]
[男達の楽し気な演奏]
[両拳を顔の前で握って、微笑のまま熱唱する繭子のアップ]
[There's no suffering that will last forever.
They are still here.
When you look back at the place
To make you smile,
Do not forget gratitude]
[間奏]
[神波のギターソロ]
「ここきつかったなあ」
ぽつりと神波が呟く。
-- レコーディングのOKテイクでは歓声が上がりましたよね(笑)。
「考えたの翔太郎だからさ、どんだけ練習したか」
「そこまで派手さはないけど結構しんどいよな、ここな。俺やろうとして無理だったわ」
と池脇が頷く。
「見せ場貰ってるんだけど、正直ちょっと長いしね。間違えるわけにいかないしもう必死で」
黙っている伊澄に気付いて神波が、「なんか言えよ」と声を掛けるものの、伊澄は腕組みしたまま画面を見つめて頷いただけだった。
[ギター終わりでボリュームが意図的に下がる(* MVのみ)]
[画面中央に繭子の上半身が映し出される]
M「あー、やばい、ここ見たくないな」
SM「ここハイライトだよ。もの凄い可愛い、もの凄い可愛い」
M「2回も言わないで(笑)」
[画面に向かって語りかける繭子。声は出ていない]
[画面中央部に言葉だけがスクロールする。バックには演奏]
『顔を上げて。
諦めるのはまだ早いよ。
腕を振って、足を上げて、全力で走っていこう。
私は今も生きてるよ。
私は今もこの歌を歌っているよ。
永遠の中で彼らは笑っていたね。
私は今もそこにいるよ。
あなたがその場所を振り返る時、
涙が零れないように、
悲しくないように』
[音声が入る。繭子の声]
『私はずっと、そこにいるよ』
[繭子の笑顔が照れたように傾く。涙が頬に落ちる]
[サビ2]
[I'm still alive!]
[録音ブースで熱唱する3人の顔]
[瞳が震える。紅潮する顔]
[Gonna all time, all ways]
[繭子が高音を振り絞る]
[And I know i'm now love]
[上山、渡辺、真壁の3人が叫ぶ]
[Still singing in my word
I'll always throgh the end...]
[画面分割、メンバー4人全員]
[forever alive! ...live! ...live!]
[PA室にて。右拳を何度も繭子に向かって突き上げる女]
[カメラに向かって親指を立てる繭子の笑顔]
[PA室にて、伊藤の姿を真横から捉える。涙で喉を詰まらせながら歌っている様子]
[バックに演奏と歌声が鳴っている為伊藤の声は聞こえない]
[歌うのをやめて繭子の名を呼んでいる]
[ヘッドホンを嵌めながら、唇を真一文字に閉じる繭子]
[スタジオ。彼女の声に応えるように、カメラに向かって拳を突き出す繭子]
[短いブリッジ]
[コーラス録りの最中、笑い合い手を叩く男達の姿]
[スローモーションで流れる4人のプレイ]
[録音ブースから手を振る繭子の笑顔]
[それぞれほんの数秒ずつ]
[ソファーに座って何かを呟いている繭子]
[テロップのみ]
『私は今もこの歌を歌ってる。
永遠に続く苦しみなんてない。
彼らは今もここにいるよ。
あなたがその場所を振り返る時、
笑顔になれるように、
感謝を忘れないように、
私はあなたと一緒にいるよ』
[繭子の声]
『今までずっと、ありがとう。
本当にありがとう。
本当に。本当に。…ありがとう』
[サビ3]
[I'm still alive.
Gonna all time, all ways
And I know i'm now love.
Still singing in my back
I'll always throgh the end...
forever alive!]
[PA室にて、関誠が叫んでいる。腕を振り上げ、ガラスの向こうの繭子にエールを送る]
[バックに演奏と歌声が鳴っている為誠の声は聞こえない]
[体をくの字に折って叫ぶ]
[叫んだ瞬間、誠は両手で顔を覆う]
[スタジオ。涙を拭いて、ニッコリ笑う繭子]
[エンディング]
[スタジオ、演奏する男たちの姿]
[ソファから立ち上がる繭子]
[画面右側のスタジオ入口へ向かって歩き出す]
[最後にカメラに振り向き、右手を上げる]
[スローモーション]
[入口へ差し掛かる瞬間]
[暗転]
MVが終わっても誰も何も言えずにいた。
池脇、伊澄、神波の3人はテレビモニターを見たまま何も言わない。
繭子は天井を見ている。
関誠は俯いている。
壁際に並んで座る男達の鼻を啜りあげる音が聞こえる。
少し呼吸の荒くなった伊藤の肩に手を置いて、神波が顔を近づけて何事かを囁きかける。
「これ、ほんとにおまけでつけるの?」
俯いままの関誠の一言に、我に返ったような顔で池脇が笑い声を上げる。
「この作品単体だけでも成立するレベルだよね」
-- そうですよね。下手な映画よりも色んな感動が詰まっていると思います。
「時枝さんもPVデビュー出来たしな」と池脇。
-- もー、恥ずかしすぎて目を背けましたよ。
何を隠そう、PAブースで繭子に向かってめちゃくちゃに拳を突き上げている眼鏡の女が時枝である。
「めっちゃ良かったよ。なんか、うん、込み上げた。あー、私もダメだ」
誠の涙声に、伊澄が微笑む。
「俺もやばいわ、昇天しそう」
「へえ?」
「…ええ?」
「あはは! バカ!」
とん、と伊澄の肩を握った拳で叩きながら、誠はそっと涙を拭う。
-- 私とか、織江さんや誠さんのシーンって、それぞれどういう指示が出てたんですか? 皆同じですか?
「指示って言うか、そう、ブースで歌ってる繭子を応援してやってって、それだけ。マイク通さないと聞こえないけど、聞こえるんじゃねえかってレベルで呼びかけてみてって言いはしたけど、『何を』ってのは指示してないよ」と伊澄。
-- 短いシーンですけど、カメラ事態は1曲分回しましたね。全部ご覧になられた上で、どこを使うかお決めになられたんですか?
「それはそうだろ(笑)」
-- 誠さんが笑顔からの涙、織江さんの祈るような涙で、私だけちょっと狂ってるみたいな絵面でしたけど、大丈夫ですかね。
(一同、笑)
「うん。ぐっと来た」と伊澄。
-- えええ。
「狂ってるっていうかね。…ああ、狂ってるのはいいね。そうそう、そんな感じ。もう、我を忘れるくらい、目の前の繭子に思いのこもった拳叩きつけてる感じが良いな。応援の仕方は人それぞれだし、思い出したリ、考えたり、色々あって良いと思うんだけど、時枝さんはいっつも気持ちが前に出てるんだよな。今回はそのダイレクトな勢いが合うなと思って」
「うん、嬉しかった。あー、また泣いてるわこの人って思ったけどね」と繭子。
-- …泣いてないし。
「はああ?」
(一同、笑)
池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)。
伊藤(O)、関誠(SМ)。
上山、真壁、渡辺(バイラル4スタッフ)。
-- 今回は『バイラル4スタジオ』全員参加の一大プロジェクトになりましたね。ビデオはリプレイ再生されますので、そのままで大丈夫です。音量だけ少し下げましょうか。順を追って解説していただきたいのですが、今回プロデューサーを務めた翔太郎さん、まずは一言お願いします。
S「お疲れまでした」
お疲れまでしたー。
でしたー。
したーっす。
S「もともとマユーズ自体お遊びバンドなんで、何をやっても許されるというかね。制約がないからこそ真剣に遊べるっていうのが面白いんだけど、PVというかMVというべきか分からないけど、なんかそういうの作ろうっていう話になった時、やっぱファーマーズの事思い出して」
-- 当然そうなりますよね。
S「うん。比較するとかそんなんではないし、映像内容でいったら全然勝負にならないんだけど、また別の次元で熱い物を残したいって思ったんだよ。マユーズっていったらやっぱり繭子だし。こいつファーマーズでの撮影ん時かなりストレスで悩んでたから、何か思いっきり爆発するような作品にできないかなーって、ぼんやり考えてたんだけど」
-- だけど?
S「とんでもない歌詞書くからさ」
(一同、笑)
S「んー、まあそれはそれとして、今回はやっぱり大成の曲に救われたかなぁ。全部曲が持ってった」
T「いやいやいや、そんなわけないって。何から何まで繭子の力だと思うよ」
S「それは、うん、そうなんだけど」
M「ちょっと待ってくださいよ!」
(一同、笑)
-- 繭子は制作のどこまで関わってるの?つまり、歌詞を書いて自分で歌う以外に何か要望や提案などは出した?
M「全然。だから私の力とか言われても何の事だか本気で分からないよ。歌詞だって結局は竜二さんに書いてもらってるし」
R「いやいやいやいや。…俺は何も」
M「今回皆おかしいよ!なんでそんなに謙虚モードなの!?」
(一同、笑)
S「なんだろうなぁ」
T「なんだろうねえ」
R「結局だから、翔太郎の手腕とかさ、大成の作曲能力とか俺の歌詞とか、そこだけ見りゃあ普通に仕事はしてっけどね。それは多分慣れないPになって色々取りまとめて最初っから最後まで企画動かした翔太郎が最もしんどかったと思うしな。でも、蓋開けてみりゃあ、あれ、…こりゃ繭子だね?」
S「ふはは」
T「そうそう、そういう感じそういう感じ」
M「ええ?」
-- 美味しいところ全部持って行ってると。
R「持って行ってるし、それが正解だから大満足なんだけど」
T「そうね。俺らは自分の仕事して、繭子が美味しくなる為にバトンを繋いだだけだよな」
S「だから面白かったんだろうな」
-- なるほど(笑)。曲で言えば、そもそもイントロのフェードインが珍しいですよね。
S「そうだな。いくつかの点で映像仕様の箇所があって、イントロもどうしようか迷ったんだけど、相談して音源もフェードインにしてみた」
R「翔太郎の作る曲にはフェードイン・フェードアウトの曲ってないよな」
T「嫌いなんだよな?」
S「個人的にはな、嫌い。ガ!っと始まってガ!っと終わりたい」
R「そう、だからこいつの作る曲と大成の作る曲って色んな部分で聞き分けられるよな」
-- なるほど。私思ってた以上に激しい音になってるな、って初めて聞いた時に思ったのですが、音作りに関してはどのような?
S「最初に考えたのは、実は音じゃないんだよ。結果的にこういう音になった」
-- では、一番初めに決めた『核』みたいなものは、なんでしょうか。
S「決まったのはやっぱり、繭子の書いた歌詞を読んで、あああああーーって」
(一同、笑)
-- 衝撃でしたか。
S「そうなあ。なんていうか、…ここへ来て今この歌詞書くんだっていう意外さは感じたかな。ってか、繭子がこの歌を書いてる時俺隣にいたんだよ。俺がパソコンいじってる横で、宿題やらされてる小学生みたいに机に頬っぺた寄せて書いてんの見てて。こいつがトイレかなんか行った時にチラって見たら…うん」
M「どこまで書いてました?」
S「どこまでかは知らないけど、今も生きてるよ、は見えた」
M「ああ、…キャッ(おどけて脇を締める)」
S「最近はあんまり昔の事思い出さなかったから、え?って思って」
M「なんだそうかあー。あれですね、もっとハッピーな事書いてトイレ行ってれば、もっと違った曲になったかもしれないって事ですよね」
S「ハッピーな事って、例えば?」
M「え、いや分かんないですけど。…何かな、アイ、…アイー、i want to hand your hold、とか」
繭子の突然の英語に一同が固まる。
誰も何も答えない。
辛うじて伊澄が眉を下げて聞き返す。
S「な、何だって?」
M「私今なんて言いました?」
O「『私はあなたのホールドを手渡したい』。ホールドって何の事。『保留』?」
一同、爆笑。腕組みしていた伊澄が腕をほどいて手を叩く。聞いた瞬間意味を理解できた池脇はあえて黙っていたようで、伊藤が訳すと同時に机を叩いて大声で笑った。
M「やらかした(笑)」
SM「なんて言おうとしたの?」
M「えー、なんでも良いけど、抱きしめたい、とか?」
SM「そんな曲歌いたいの!?」
M「歌いたくない。気持ち悪いねー!あははは!」
R「アナグラムじゃねえけど、頑張って並べ替えて出てくるのだって、i want to hold your handで、『手を繋ぎたい』だからな。もうただただ、お子ちゃま」
O「i want to hold you ならハグしたいになったのにね」
S「いやいやいや、そんなもん俺がドキドキするわ、そんなん書いてトイレ行かれたら。いっぺんに煙草5本くらい銜えるかもしれん」
(一同、笑)
-- 繭子がどういう歌を歌いたがっているかは、すぐに理解できたということですか?
S「うん。そもそも歌の内容より先に、元気になるような曲を歌いたいって聞いてたからな。その後歌詞を読んで、大体の方向性は決まったかな」
-- 音作りはもっと後ですか。
S「大成の曲が出来た後かな」
-- なるほど。先程、単純な歌詞だけど化けたと仰っていたのが印象的でしたが。それはどういう意味ですか?
S「もちろん曲が良いからって話でもあるし、ここで言う化けたには竜二も一役買ってるね」
-- 竜二さんはその辺りどう思われますか。
R「俺はー、そうだなー、本当は歌詞を全くいじりたくねえなあって思ってたんだけど。歌うのは俺じゃねえしさ、この2人(伊澄、神波)と相談しながらちょこちょこ書き直ししたんだよな。曲を何回も聞いて、歌ってる繭子を想像しながら、一語一語当て嵌めてった感じかな」
S「このテンポだと却って難しいよな」
R「日本語で歌った方が歌いやすいメロディとテンポだしな」
-- そうなんですね。以前翔太郎さんが、竜二さんは展開の早い曲に歌詞を載せて歌メロを作るのが物凄く上手いと絶賛されてましたが、今回のように速さのない曲でも苦労があるんですか?
R「例えば俺なんかが歌う場合は、正直曲に合わせて書かなくても歌えるんだよ。俺が勝手に変えればいいんだし、端折っても通じるワードは抜けばいいんだし。たたコレみたいにテンポがハッキリしててゆったりと拍子を取ってる曲なんかは、ちゃんと、こと、ばを、いれ、ないと、うたえ、ない!みたいな事。これを英語でやるんだよ」
-- あははは。これ以上分かりやすい例えはないですね。
R「そう、まず先に綺麗なメロディがあって、そこをどうやって気持ちよく歌い上げるかを重要視したからな。そこはちょっと苦労したな」
S「おかげで俺がやりたかったコーラス部分がめちゃくちゃ格好いい、熱い仕上がりになった。それで化けた」
-- もうコーラスは最初からやるつもりで?
S「うん。元気になれるような曲で、繭子のあの歌詞を歌うなら、全員でコーラスやりたいってすぐ思った」
-- 全員というのは、真壁さん達も含めて全員ですか。
S「それがな、全員っていう言い方をすると、じゃあどこまでってなるのは分かってんだけど、あくまでも当時の繭子を知る全員っていう枠を作ってみたんだ」
-- なるほど。
S「だから俺としては、出てもらった以上時枝さんにもコーラスしてもらおうかなって一瞬思ったけど、やっぱりちょっとそれは違うかなって」
-- そうですね。そこは、物凄く大切な部分だと思います。大成さんは、作曲の際これだけは譲れない部分はありましたか?
T「譲れない部分?いや、ないねえ」
-- そうなんですか?
T「うん。俺らはずっと曲作りに関しては全員参加型で、あーだこーだ言いもって作ってきてるから、今更譲れない部分とか拘っちゃうと神経擦り減ってしょうがないよ」
-- 今回も同じような曲作りをされたんですか?
T「ううん、今回は分業制だったけど、結果そうなっただけであって、俺はいつでも変えてもらって良いと思ってたよ」
-- 難産でしたか?それとも。
T「どうだろうね。変な言い方だけど、俺は初めのうちは皆で作ると思ってたからさ、もともとそこまで煮詰めてなかったんだよ。Aメロとサビだけあって、構成は決まってなかったし。サビは割と気に入ってたから書けた瞬間すぐ翔太郎に聞かせて」
-- 翔太郎さんとしては初めて聞いた時、ビビッと来ました?
S「来た。なんか、これ本人前にしていうの気持ち悪いけど、嬉しかったね」
T「あははは、背中が痒いぞ!」
(一同、笑)
-- 嬉しかったとは?
S「今回なんで大成に書いてもらったかっていうと、繭子の好きな『アギオン』が頭にあったからなんだよ。アギオン書いたの大成だし、やっぱりあれを超える曲書けるのはこの男だけだろうなと思って。任せて間違いなかった」
-- 大絶賛ですね。
S「期待に応えてもらったっていう、そういう意味での嬉しさがあったな」
M「最高です」
T「何回言うんだお前」
(一同、笑)
-- 映像で言えば、普段ドーンハンマーが見せる硬派なイメージと違い、可愛らしい繭子の姿が堪能できるシーンも随所に見受けられます。構成から衣装から、全て翔太郎さんの案ですか?
S「アドリブも結構あるから全部ではないな。細かい動きの指示はしてなくて、こういう絵が欲しいっていうイメージだけ何度も話して。衣装とかメイクとかは繭子自身だったり、誠に助けてもらったり」
SM「私はメイク道具貸しただけだよ。あ、あのさ、繭子さ、コンシーラー持ってないの。なんか腹立つよね」
-- まじですか。ありないですね。
M「なんでよー、またそれ言うの?」
SM「コンシーラーってなんだっけ」
M「え、なんか、あの野菜剥く金属の奴でしょ」
SM「それピーラーだから!つって」
(一同、笑)
M「だからもう思い出したって言ったじゃん!忘れてたの!」
SM「そう、だからシミを隠したりしないんだもんね。腹立つよね。繭子じゃなかったらツイートしてるもん私」
-- コンシーラー知らない28歳はちょっと引きますよね。なんかキャラ背負ってますよね。
S「どんだけ言うんだお前らは!」
(一同、笑)
-- あははは。あの例の拘束衣も誠さんですか。
SM「事務所から借りたの。探せばなんでもあるもんだねえ」
-- 繭子の過去を想起させるメタファーとしてですか?
S「いや」
SM「待って、繭子、メタファーって何?」
M「ええ!? メタファー? トッキーなんで英語なんか使うの?え?英語なの今の」
S「お前、話終わらなくなるだろ」
伊澄はそう笑って言うと、繭子に耳打ちする。
M「嘘。メタルファッカー?」
-- 話終わりませんて!
(一同、笑)
-- 以前遊びだから歌の練習もしないし、だからこそ楽しいと仰ってましたが、今回目の周りを黒く塗ったりカメラの前で表情を作ってみたりというのは、普段とは違う表現方法として楽しめましたか?
M「そうだね。何が楽しいってやっぱり自分じゃなくて、周りがあーしろこーしろ言ってくれて、それをやる事で喜んでもらえる事の喜びがあったよね。表現をしているっていう感覚はなかったなあ。それこそ遊んでるに近い。遊んでもらってる、かな」
-- 拘束衣を着てぴょんぴょん跳ねてる姿は可愛かったです。あと普通の衣装でも、やはり普段カメラに目線を向けたり、笑いかけたりしながらプレイすることはないので、新鮮でしたね。
M「うん。実際トッキーがカメラ回してくれてるから分かると思うけど、シーンによっては歌ってない時もいっぱいあったでしょ。変な感じだったけど、面白かったね」
-- そうですね。やはりドラムセットに座ると、遊びという顔にはなりませんものね。
M「遊びじゃないからね」
-- 失礼しました。そして少し長めのギターソロが入ります。先程、翔太郎さんが作ったソロだとお聞きしましたが?
T「うん。ここだけそうなんだよ、俺曲は書けるけどギターソロは書けないしね」
-- そうなんですね。となるとやはり高難易度の。
T「俺にしてみればね。十分速いし、あと長い」
S「ふふふ」
T「笑ってるし」
-- 他の楽器パートはどうされたんですか?ベースは大成さんだったり、ドラムは繭子だったりが作った譜面を練習したんですか?
T「違うね。ギターソロだけだよな?」
S「うん」
-- そこは、拘りがあったんですね。
S「うん。なんか、さっきも改めて大成のギターソロ見ててさ。いいなあって思って。グッとくるというかね」
T「自分で作っといて(笑)?」
S「あー、そういうんじゃなくて。やっぱちゃんと弾いてるな、そうだよなあって。…俺はだから、今回の映像見てて、さっきの大成のギターソロのシーンとコーラス入れてる竜二の顔が、本気で良いなあって思うんだよ。それ言っちゃうと織江やマー達を見てるだけでも来るモンはあるんだけどね、なんていうか、イメージしてた通りの見たかったものが見れた感じがする」
-- 見たかったもの?
S「…そりゃあさあ、一応俺らプロだし、ギターの譜面とかベースの譜面とか、作って相手に渡せば楽だし、簡単だし、スムーズなのは間違いないよな。遊びだからうんぬんは抜きにしても、今回はそれをやめて、ちょっと頑張ってみようと思ったんだよ。よく言うだろ、儘ならないのが人生だって。思った通りに行かない。希望通りの道を歩けるわけじゃない。ずっと失敗の連続で、ずっと弾き返されてきたのが繭子だったし、俺達だったなって、繭子の歌詞を見た時に思い出して。きっとこいつは遊びとか言いながらどんな曲だって全力で歌うだろうから、なら俺達も全力でやんないとなって。…ギターソロはただテロテロ弾けばいいってもんじゃないし、後半のサビにつながる大事な部分だったり色々細かい事要求されるパートだから俺が作ったけどさ、でもその分難易度は上げた。大成なら絶対弾くだろうし、それは言わなくても分かるから。んでまた竜二がさ、こいつ阿保なんだよ。さっきのシーン見て分かるだろうけど、マジで本気の声出すからさ、俺と大成の声が全然入らないんだよ」
T「そうだったねえ。びっくりしたもんな」
S「だけど、うん。竜二の顔見ちまったらさ。もう、抑えろなんて言えるわけないんだよ」
(一同、沈黙)
誠が伊澄の背中に手を添える。
S「やっぱり、男だなあこいつらはって、思って。そうやってるうちに、音もさ、どんどん良くなってって。最終的にはああいうメタリックな硬い音が出来上がったってわけだ。…以上」
-- ありがとうございます。…繭子が自分で書いた詩を読み上げるシーンは、PVのみの演出ですね。
M「あはは、来たー。うん。せっかく大成さんのギターソロなのに、そこに被さるのは本当に嫌だったんだけどね。竜二さんがね、どうしても、私の書いたそのままの歌詞を残せないかって言ってくれて」
R「本当はだから、全部読めよって話だったんだよ」
M「それは無理ですって言って(笑)。んで、最後だけ声乗せて」
-- アルバムに収録する段階では竜二さんの書いた歌詞も含めて、タイトル以外何も収録されない予定だとお聞きました。
R「おまけだしね。作品としてこう、納める感じじゃなくて、ほんと、気持ちだけ受け取ってね、みたいな」
M「あははは」
-- びっくりしましたよ、最後の一言言った瞬間、笑顔なのに涙がポロっと一粒だけ落ちて。あれ演技じゃないですもんね。
M「違うよ、泣いてる感覚もないし、え?ってなったもん」
-- 女優だと思った。
M「自分の意志で出せてたらねえ」
-- あのシーンは、何を思っていましたか?
M「んー」
何かを思い出すような顔をする繭子。その瞳がブルルっと震えたように見えた。
M「伝わる自信ないんだけど。…刹那的なタイムマシンが開発されて、私の体は戻れないけど、例えば顔だけとか、声だけとか、なんでもいいからちょっとだけ昔に戻れて、『大丈夫だよ、諦めずに頑張れば、幸せになれるよ』って、過去の自分に言えたらいいのになって」
-- 自分を励ましてあげたかったんだね。
M「そうだね。今があるのはあの時の私が頑張ったおかげだって素直に思えたらいいけど、いつもいつも頑張れたわけじゃないからね。大丈夫って、言ってあげたいな。やっぱり自分の言葉なら信じられるでしょ。だから、皆への感謝だけは忘れちゃいけないよって、言ってあげたい。…ごめん(俯く)」
こちらこそ、ごめんと言いかけた私の言葉より早く、男達が身を乗り出す。
R「いいなあ、俺もそのタイムマシン欲しいな」
S「俺も欲しい」
T「俺も」
R「お前らなんて言う?」
S「え、コンシーラーで野菜は剥けないよって言う」
M「だははは!」
T「それだよな。竜二は?」
R「ずっと友達でいようねって言う」
S「汚ねえぞお前!」
T「うははは!」
M「…最高だー、もう。それしかないよね」
-- 最高に格好いい使い方だと思います。やはり今回の繭子の歌詞は、過去の自分へのエールだったり、今が最高だと胸を張って言える事の幸せと感謝が歌われていると思います。この歌を元気に歌いたいという繭子の気持ちが、皆さんを奮い立たせたのだと思います。今回、真壁さん、渡辺さん、上山さんも参加されていますね。初めてこの企画を聞いた時、どう思われましたか?
真壁才二「…」
渡辺京「…」
上山鉄臣「…」
R「喋れよ!」
渡辺「あ、いいの喋って(笑)。ええっと、僕は単純に、タイミング的に思い出作りなのかなって思いましたね、正直」
-- それはアメリカに拠点を移す前に、というタイミングだったからですか。
渡辺「そうですね。僕はこっちに残るって決めたし、全員参加って聞いた時はそういう事なのかなって。でも全然違ったね」
真壁「全然かどうかは分かんないじゃない。翔太郎ってそういう優しい所もあるし。ああ、面倒だしお前喋んなよ。今こっちの番だから」
(一同、笑)
上山「なんで今このタイミングで、全員でって言ったら、やっぱりそれもあると思いますよ。ただ繭子の歌詞を自分も読ませてもらいましたけど、ああ、これってここにいる全員が必要な世界観だなって、納得したというか」
-- 世界観と仰いますと。
上山「えー、言い方おかしいかもしんないですけど、繭子は今の自分の目線で、原点を歌うつもりだったと思うんですけどね。多分翔太郎さんの中には今の繭子と昔の繭子と両方いたんじゃないかと思って」
渡辺「したら必然的に、このメンツになるよね」
上山「そうなんですよね」
真壁「繭子の高校時代からを知ってるメンツ」
-- なるほど。その辺り、翔太郎さんどうですか?
S「え、喋っていいですかねえ」
真壁「いいよ、喋って。好きなだけ喋りな」
S「お前まじで後でぶっ飛ばすからな」
SM「もー。いつまでも子供みたいな話し方しないの」
S「え、俺が悪いの?」
SM「悪いのはマーさんだけどね」
真壁「おい!」
(一同、笑)
-- (笑)。コーラス参加されてみてどうでしたか? 真壁さんと渡辺さんは元プロですが。
渡辺「懐かしかったね、そこはやっぱり」
真壁「めっちゃ発声練習したもん」
M「私ね。ちょっとだけでいいんで、『アギオン』一緒に歌ってもらえないですか?ってお願いしたの」
-- へえー!どうだったの?
M「うん、合唱した。大合唱」
渡辺「僕ね、普通に泣きそうになっちゃった」
真壁「うん」
S「嘘つけ、男泣きしてたろ」
真壁「ふふふ、うん。俺は普段サウンドデザイナー的な立ち位置でさ、演者を除けば誰よりも近くで彼らのプレイを見て来て。そんで一緒に音を作って来たっていう自負があるんですよね。それはつまり音を作る側の偉そうな立場じゃなくてさ、人間的な、もっと言えば男として、一緒に育ってきたんだっていう思い出とか、経験の蓄積なわけですよ」
渡辺「うん、今があるのはね」
-- その通りですよね。
真壁「うん。いくら彼らが優秀だって言っても、とても一朝一夕で出来る物じゃないですしね。彼らはもちろん、俺ら2人とか、他の若いスタッフも含めて、今この時点での自信って、自分達がやって来た事の裏返しでしょ。それをちゃんと皆分かってるし。だから余計に、繭子の口から今『アギオン』って言葉を聞いた時の、…なんだろうなあ」
渡辺「…僕はね、間違ってなかった!って思った」
真壁「ああ!そうね、それあるね」
渡辺「うん。バンドはやめちゃったけどさ、竜二前にして言うの気が引けるけど、2人とも全然後悔してないもんね。もっと面白い事やってるし、もっと胸張って誰かの力になってるって言える自信あるし。でもここまで来れたその道すがらにさ、過去の栄光じゃないけど、クロウバーはあるんだよね」
真壁「そう。繭子がキラキラした笑顔でさ、『アギオン』めっちゃ好きなんですって言った瞬間の、ああ、良かった、間違ってなかった俺、っていう」
渡辺「うん。誰か他の人と話すような『あの曲好きなんですよねえー』って言う音楽トークじゃなくてさ、僕らを『アギオン』だと思ってくれてる顔がね、嬉しかったね」
真壁「今でもちゃんと光ってるんだなって、教えてもらった気がする」
渡辺「そういう繭子と今回こうやって、これまでとは違った形でね、新しい曲を一緒に作れたのは、本当に良かったよ」
M「(号泣)」
-- 貴重なお話を聞けて私も嬉しいです。私もクロウバーのファンですから。
真壁「ありがとう」
-- 上山さんは、どうでしたか?
黙って2人の話を聞いていた上山の目が、その時点で赤みを帯びていた。
上山「そうっすねえ。やっぱり、今お二人も言ってましたけど、昔があるから今があるじゃないですか。それって当たり前の話っすけど、考えてみればその当時は何一つ当たり前な事なんてなかったんですよ」
-- 当時と言いますと、まだ皆さんが音楽に携わる前ですか?
上山「そうです。いっつもなんか、この人達ボロボロだったんですよ。繭子もそうだし、竜二さんも翔太郎さんも、大成さんも、アキラさんも、皆気がついたらなんでかボロボロなんですよね」
R「お前それ今言う話かよー」
T「あははは!ボロボロだって」
S「確かになあ。そうだったなあ」
-- ボロボロの時代を経て、今があると。
上山「なんでこの人達、こんなに不器用にしか生きられねえかなーって俺なんかは見てたんですけど、けど、全然楽しかったんですよ。この人らに出会う前よりも。自分の話で恐縮ですけど。…なんか、そんな事考えながらコーラス録り参加したんですけどね。俺いいのかなーってばっかり考えちゃって」
M「え、なんでですか!?」
上山「え、いやーなんか自分は、ここで働かせてもらってるけど、そんな何か皆さんの為になるような事できてるとは思ってないから」
M「えー!」
O「そんな事ないよテツ。助かってるよ?」
突然上山の目から、涙が落ちた。ともすればヤンチャで屈強さが売りだと思っていた上山のそんな姿に、私は動揺していまい、言葉を返せないでいた。
上山「何か人に胸を張れるようなもんもないですし。ただね、一つだけ自信をもって宣言出来るとしたら。俺この人らの為なら命かけれるんです。歌も下手ですし、楽器出来ませんし、そこそこ喧嘩が出来るだけのバカですけど、ズタボロの竜二さん達を高校生の頃から知ってるし、繭子の事も、泥だらけなのに馬鹿みてえに笑ってた昔っから知ってるんで、俺この人らを守る事に命かけれるんです。本気ですよ。だから、…うまく言えないんですけど…勿体ない時間だったと思います、自分には、ホント」
O「テツ…」
上山「俺、織江さんに拾ってもらってなかったら、絶対終わってたんで」
O「そんな事ないって」
上山「昔を思い出しました」
もう彼は涙を拭おうともせず、彼の言葉を止めようとする者もいなかった。
上山「全然、うまくいかない事だらけでしたよね。なんであんなに辛かったんでしょうね。なんであんなに、悲しかったんだろうって。今、皆笑えるようになりましたけど、今、皆が笑える事の凄さを考えると俺たまらなくなるんです。あの頃は本当に…すんません、クソみたいな事ばっか言ってすんません、俺ちょっと頭冷やしてきます」
立ち上がる上山に、真壁がしがみついた。一人で行かせたくない気持ちがそうさせたのだろう。しかし上山の力が強すぎて、足の悪い真壁は両手が離れて床に倒れてしまった。慌ててしゃがみ込む上山に、真壁が言う。
「どこ行くんだよ。ここにいればいいだろうが」
真壁の弱々しい言葉に、上山は堪え切れずに顔をくしゃくしゃにして泣いた。
撮影は一時中断となった。
壁際に座る上山の前に、池脇達が立って話をしている。怒っている訳でも説教をしている訳でもなさそうだ。少し離れた机では、繭子を挟む形で関誠と伊藤が座っている。泣いている上山をカメラに写さないように、無言の配慮で立っている池脇らの立ち位置に気が付き、彼らからレンズを背けた私に向かって、伊藤が小さく右手を振った。
ごめんね。
そう言っている。
私は声を発する事が出来ずに、頭を横に振って答えた。
上山「取り乱しました!」
-- もう大丈夫ですか?
上山「ちょっと持病のナルシストが爆発したようです。もう平気です、お騒がせしました!」
-- (笑)。びっくりしましたよ。やはり、人に歴史ありですね。でも私思うんですけど、今回のこの曲ってこういう事なんだなって改めて思います。上山さんの涙をどう捉えるかは第三者には難しい所だと思いますし、あなた方を知らない人間からすればクエスチョンマークかもしれません。だけど、この歌には繭子だけじゃない皆さんの歴史が詰まっているのだと理解出来ました。真ん中に繭子がいて、彼女を見守り続けた皆さんがいて、今ここでこうしてまた一丸となって、歌っている。それら全部をひっくるめての、「まだ歌っているよ」なんですよね。素晴らしい曲だと心からそう思います。
S「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
M「やっぱりそういう所がトッキーだよね」
-- いえいえ(笑)。ここでお話をお伺いするのが順当かは分かりませんが、誠さんと織江さんからも感想をお聞かせいただけますか。
SM「織江さんからどうぞー」
O「誠からどうぞー」
SM「なははは。こういうの苦手だー」
-- 無理にとは言いません。
SM「んー、何も思わないわけじゃないんですよ、もちろん。さっき使われてた、あのレコーディングの部屋で繭子に手を振ってるやつ。あの日織江さんと繭子と事前に話をしてて」
-- 打ち合わせ的な相談ですね。
SM「いやいや、関係ない話。昔話を、スタジオのソファでね。それに繭子がね、やたら楽しそうに色々やってるのを見ててね、逆に胸が詰まる思がするんだよって言う話もして」
O「健気っていう言葉がここまで嵌る子もそういないって思っててさ。別に繭子だけじゃないんだけど、辛い時こそ頑張る、辛い時こそ笑ってみせる、みたいな事がよくあったからね」
SM「うん。状況的にみて、今普通に楽しいし。普通に幸せのはずなんだけど。歌詞もそうだし、コーラスで皆が参加する事とか、…ごめんね、ちょっと自分の事とか、色々考えちゃってさ。めちゃくちゃ楽しい事のはずなんだけど、胸が一杯になっちゃって」
-- そうですよね。そりゃ、…そうですよね。
SM「ガラスの向こうに立って笑ってる繭子を見てさ、何も思わないわけないんだよ」
-- はい。
SM「この子変なトコあってさ。昔から自分なりの距離感を絶対に守るんだよね。だからどんだけ仲良くなって、どんだけじゃれあってても、すっと、離れる瞬間があるの、心が。こっちが平然としてると甘えた声出して抱き着いてくるせにね、追いかけると離れちゃうんだよね」
M「(苦笑)」
-- へえ…。
SM「だから私、結構何度も、繭子の名前を呼んだ。もっと来い、もっとこっちへ来いっていっつも思ってたし。だけど言うと逃げるからさ、言えなかった。だから今回ブースで思いっきり叫んだんだよ」
-- そうだったんですね。
S「音声入ってないから分からなかったと思うけど、体をくの字に折りながら誠があん時叫んだ言葉は、俺一生忘れないと思うな」
M「私も一生忘れないです」
-- なんと、仰られたんですか?
S&M『どこにも行かないでくれ』
SM「ちょっとぉ(笑)」
せっかく泣き止んだ上山が、また後ろを向いてしまった。
O「私実はあの部屋に入ってコーラス録りするの2回目なの。ただ単に応援してるだけの様子を撮影されたのは初めてだけどね。レコーディングブースに入って、ヘッドセットつけて叫んだのは、このスタジオ建てた時に記念でやったのが最初で、今回が2回目」
-- そうなんですね。久しぶりに叫んでみてどうでしたか?
O「うん。…コーラスは単純にもう、楽しかったかな。色々思い出したけど、私と誠がコーラス入れた時って大成達も一緒にやってくれたから恥ずかしくもなかったし、良い思い出がまた一つ増えたねっていう感じ」
-- なるほど。いいですね。
O「まあ色々思い出して笑っちゃうくらいにボロボロ泣いてるからね、どの口が楽しいなんて言ってるのって話なんだけどさ」
-- そんなことありませんよ(笑)。
O「だけどね。今思うと、話の流れから察するに私と誠に本当にやらせたかったのは、コーラスじゃなくて応援の方だったんじゃないかなーって思うの。…ねえ、プロデューサーさん?」
S「ん? んん、いや、コーラスは大事だよー、君ー?」
O「あはは、そういうのもう良いですから」
S「お前が言うな(笑)。んー、…まあなあ。ナベとかマーならいざ知らず、お前らやテツがコーラス入れる意味なんてないもんな、音楽的な話で言うとな。だから、そこにお前らがいるっていう事が大事なんであって、そういう話で言うと確かにコーラス自体に意味はないのかもしれないな」
O「ね。今なんとなくそう思ったよ」
S「なんか、嫌なのはさ。俺ら一緒にバンド組んでるし、外に出る話はもちろんこの4人の話になっちゃうだろ。ただ、繭子の事に関して言えばよ、話の内容を表に出す出さないの前に、俺達なんかよりずっと、織江や誠の方が繭子の支えになってきたっていう事を全然理解されない事がまず、もうとにかく嫌なんだよ。繭子が言わないからとかそういう事じゃなしに。そもそもバンドマンとしてこれまで自分の過去をべらべらと喋ってきた訳でもねえからさ。いきなり誠や織江の名前を出すには立場と関係性が複雑すぎるし、仕方ない話なんだけど。…だから、形にしようかなと思って」
-- 昔から変わらず、繭子を支えて来た2人の姿を、あえて今残しておこうとお考えになったわけですね。
S「そう、かな。ずっと見て来たしな、今更だけど、そこは重要なんじゃないかな」
M「(両手で顔を覆っている)」
-- 涙なしには聞けないお話ばかりですね。どうしよう。
O「そこまで考えてるとは思ってなかったよ。今私が気付かずにこの話してなかったら、どうするつもりだったの」
S「どうもしないよ別に。俺が勝手に思ってやったことだから」
O「本当に優しい男になったね。カッコつけやがって」
神波が私を見ているのが目に入った。彼が声に出さずに私にこう言った。
な、優しいだろ?
そしてバレないように、伊澄を指さしている。私は下唇をギュっと噛んで、小さく一度頷いた。
[繭子の声]
『今までずっと、ありがとう。
本当にありがとう。
本当に、本当に、…ありがとう』
-- 最後のセリフは、歌詞にはないものですよね。やはり、どうしても伝えたかった思いという事でしょうか。
M「アドリブなんだけどね。気が付いたら、言ってたね。ありがとうなんて今まで何千回と言ってきたけどさ、伝わってないような気がして仕方ないんだよ。こんなもんじゃない、もっともっと強く思ってるのにって」
-- あはは。軽く受けながされちゃうわけですね。
M「そう。いつかちゃんと言いたいなとは思ってたし、タイミングが合っちゃったんだね」
-- 今回のPVでクローズアップされていますが、本番前とか直前に何かをつぶやいている姿は私も何度か見たことがあります。
M「うん。いつもだよ」
-- ステージ上がる時は毎回なんですね。それは知りませんでした。
M「いやいや、ううん。練習の時もそうだよ」
-- え?
M「え? ドラム叩く前はいつもそうだよ。スタジオ内でやってるかどうかの問題であって、直前じゃない時でも、毎日繰り返してるよ」
-- 知らなかった!なんて言ってるんですか?
M「だから、ありがとうだよ」
-- うわ!鳥肌がやばい!…え、でももっと長く喋ってない?
M「の時もあるね。ありがとうの前に、色々言う時もあるよ。なんか恥ずかしくなってきた」
(一同、笑)
-- 皆さんはご存知でしたか?
S「声には出してないんじゃない? 口が動いてるのは知ってるけど、なんて言ってるかは知らなかった」
M「そうですね。誰かに言ってるわけじゃないですから。えー、でも人が周りにいる時はそんなに長くやってないと思ってたけどなあ。バレてたんですね」
T「何年一緒にやってると思ってんだよ」
R「俺はお祈りかなんかしてると思ってたよ。目がいつも真剣だし、茶化せない雰囲気なんだよ」
S「そうそう、独特の雰囲気でな。俺結構それ見るの好きなんだよ。だから今回(映像に)入れてみたんだよ」
T「わかるわかる。綺麗だよね。清冽というか、神聖というか。近寄れない雰囲気」
-- 凄い見られてるよ繭子。
M「ねえ、びっくりだねえ。久しぶりに本気で照れた、今」
-- だけど、10年ですよね。10年ほぼ毎日、ドラムセットに座る時、必ず感謝の言葉を言ってから練習を始めて来たという事ですよね。それは主にどこへ向けられた思いなのでしょうか。
M「全部だよ。色んなもの全部。人も、環境も、これまでの事全部」
-- それらに対する感謝なくして、今のご自身は在りえないという思いがそうさせるわけですね。
M「そうだよ。ここにいる人達は皆、私がどういう十代を送ったか知ってるから言えるけど、私は生かされたんだって今でも思ってるからね」
-- それはつまり、死んでいてもおかしくなかったと?
S「重っ」
(一同、笑)
M「あはは、でも、うん。…みんなと出会った時は当然、アキラさんが死んじゃうなんて思いもしなかったし、私は私の理由でドラムを叩いてた。私を救い上げてくれた恩人がこの世を去って、座る人のいなくなったドラムセットと、打ちひしがれた彼らが残された。そしたら私のやるべきことは一つだよ。死ぬ気でドラム叩いて、この人達と一緒に生きよう。そして一緒に死のう。…だからテツさんの気持ちはよくわかるよ。私も同じだもん。…だけどね、テツさんも分かってると思うけど、それって単なる我儘なんだよね。受け入れてもらえた事が、もうすでに返せないぐらい大きな恩義だし、毎日が感謝の繰り返しなんだよ」
消音状態のままのPVが流れる会議室。
9人の大人がいて尚静まり返る室内で、繭子の声だけが聞こえる。
「今日も皆と生きています。ありがとう。今日も精一杯ドラムを叩きます。ありがとう。…そういう感じ」
それは池脇の言う通り、祈りにも似た響きだった。
感情のこもった喜びの言葉というよりも、自分自身に言い聞かせる大切な日々の信念であるかのようだった。
誰もがそれぞれ、自分と繭子の関係を見つめている。
あるいは辛かった日々。
あるいはともに笑いあった素敵な過去。
あるいはこれから訪れるであろう最高の夜。
昨日も繭子は感謝を胸に抱き、今日もありがとうと呟き、明日もそう言って微笑むのだろう。
池脇が不意に、しゃがれた声でこう言った。
「繭子のおかげで今日もうまい酒が飲めるよ。…ありがとう」
繭子はびっくりした顔で池脇を見つめると、頬を真っ赤に染めた笑顔で、ありがとうと答えた。
「忙しい毎日の中で、繭子の笑顔がお守りです。ありがとう」と伊藤が微笑む。
「ありがとう」繭子がそれに答える。
上山「繭子は俺の生き様のお手本だよ。ありがとう」
「ありがとう」
渡辺「こんなオッサンを忘れないでいてくれて、ありがとう」
「ありがとう」
真壁「繭子と一緒に音作り出来る事が俺の誇りだよ。ありがとう」
「ありがとう」
誠「こういう時、皆みたいに上手く簡潔に喋れる人間じゃないんだよなあ。もう胸の真ん中が痛すぎてダメだ、繭子。私、…繭子がどれだけ頑張ってきたか知ってるよ。でも悲しいだけじゃない。一杯遊んだし、一杯笑ったよね。皆が辛い時だって、繭子は笑顔で励ましてくれたし、弱音を吐かないでいっつも頑張ってたね。今までありがとう。これからも…、はー、駄目だ」
「…うん。ありがとう、誠さん大好き」
神波「この10年、俺達の背中を毎日押してくれたのは繭子のドラムの音だった。もっと胸張ってほしい。ありがとな」
「はい。…ありがとうございます」
伊澄「テツのせいで思い出したわ。…ほんっとにクソみたいな毎日だったんだよ俺ら。だから、お前に会えて良かった。心からそう思うよ。ありがとう」
「ありがとうござました。これからも、よろしくお願いします」
最後にぺこりと頭を下げた繭子の両目からみるみるうちに涙があふれ、彼女は震える唇を噛んだ。そして照れたように、
「なんか高校の卒業式を思い出すね」
そう言って笑った。
今日も明日も明後日も、スタジオには繭子の感謝の思いが漂よい続けることだろう。
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