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2016年、10月16日。
まだ夕方前の早い時間だ。
4人が揃って練習スタジオのソファーに並んで座る姿を、久しく見ていなかった気がした。それは本来、とても素晴らしい事を意味している。しかしどこかで勝手に、大切な時間を失っているような気にもなって、寂しいなどと子供じみた言葉を口にしそうな、自分の浅はかさに慌てる。
これまでも私は色んなバンドを見て来た。その誰もが成功を夢見ていた。しかし当然、人によって成功の形は違う。ドーンハンマーにとってそれはどんな形をしているのだろうか。
改めて言葉にしてもらった。
池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)。
-- お疲れ様です。貴重なお時間を割いていただいて感謝しています。バンドのこれからのお話をお伺いする前に、もう一度だけファーマーズでの夜を振り返らせてください。生涯忘れる事のない素晴らしい思い出になったと思います。まずは竜二さん。最高のスピーチでしたね。
R「おう!ありがとう!」
-- ほんの数時間前まで白紙だった原稿を見ているので、本当に心から衝撃を受けました。アドリブだそうですね。
R「ああ。ある程度用意してた言葉はあるけど、ほとんどその場で考えながら喋ってるよ」
-- 信じられません。何度聞いても、練りに練った内容だと感心するのですが。
R「そうかい?まあ、俺の前に話をしたニッキーやリディアの言葉を受ける形でワードを振っていったから、そんなに難しくはなかったよ。それよりも、もう単純に、楽しかったよ!」
-- あの状況でですか。本当に凄いお人ですね!ご存知だとは思いますが、アメリカの芸能ジャーナルでは翌日のトップワードがあなたの言葉になったんですよ。『Absolutely, never forget us』。写真付きでドーンと紹介されました。
R「よくあるセリフじゃねえか。あんましそこ突っ込まれると照れるよ。まあ向こうでは割と好意的に受け取ってもらえたのは嬉しいけどな。アメリカ人はメタルに寛容だから助かるよ。メタリカ様様だな」
-- あなた達の実力です。そしてスルー出来ないのが、舞台上で繭子を持ち上げた大成さんと翔太郎さんの優しさ。分かる人にしか分からない事なのですが、本当に胸が熱くなりました。繭子は一瞬の出来事でしたが、どう思いましたか?
M「えー。…あー、その時はね、また揶揄われたって思って恥ずかしかったし、やめてよて思ったよ。後になってね、凄い経験したんだなあって、今は感謝してる」
-- 完全に空中に浮いてましたね。いくら両腕を掴まれていたとは言え、怖くなかったですか。
M「はは。ねえ。いや、変な話だけどああやって持ち上げられること自体は別に初めてじゃないよ。びっくりはしたけど怖くはないかな。ここでやるの!?って」
-- お二人的にはその場のノリですか? それとも。
S「竜二がおいしいトコ全部持ってくのは予想してたからね。その前にちょっと、こっち見ろよと」
T「そうそう。誰がRYUJI with DAWNHAMMERだと」
R「誰も言ってねえだろうが(笑)」
S「そうそう、ね。なんなら、MAYUKO with DAWNHAMMERだと」
M「あははは! もー、何を考えてるのか未だに分からない時あるよ。面白いでしょ?」
-- 面白いというか、最高に素敵な人たちだなって、ただただ感動しかないです。バンドの音や世界観よりも、人としてのエネルギーが前に出てくる人達を初めてみたかもしれない。暴言かもしれないけど、バンドなんかやってなくたって、どんなジャンルでだって、世界の表舞台に立てる人間力を持ってる人達なんだろうなと思います。
S「言い過ぎ(笑)」
R「あんまり肩入れしすぎるとまた庄内に怒られんぞ」
-- それが最近そうでもないんですよ。なんか、面白くなってきたからもう思うがままどんどんやれっていう方向へ変わってきました。
M「へえ」
R「あいつ適当だなあ」
M「お墨付きだね。良かったねえ」
-- 良かったのがどうかは、まだ何とも言えないですね。そうなって来ると、やはり自制しないとただのファン目線の記事しか書けなくなる怖さがあるので。
T「意外とちゃんと考えてる人だもんね、時枝さんは」
-- ありがとうございます。そしてPVがようやく日の目をみました。世界同時配信です。日本でも生放送されていたのはご存知ですか?
R「帰って来てから知ったよ。周りから、見ましたーって言ってもらう事があって、何を?って。そん時知った」
-- 日本だけでなくアメリカ全土、衛星放送やインターネットを含めれば全世界です。やりましたね。
R「やったねえ。これはやったと言っていいよなあ」
-- やりました!ドーンハンマーやりました!
(一同、笑)
R「あははは!ありがとう。色々助けてもらったな。スタッフみたいな扱いでごめんな、仕事で来てんのに」
-- なんのなんの!ビデオ見てもらったなら分かると思いますが、めちゃめちゃ楽しんでましたからね。あの後ニッキーやジャックにもインタビューする事ができましたし、感謝しかありません。冷静に見返してもPVの出来栄えは彼らの作品の中でも、本当に上位だと思います。
M「そこは一番じゃないんだ(笑)」
-- 個人的には一番ですが、そもそもニッキーの専門はCMなんですよ。彼の凄さは映像技術以上にその発想力なので、テーマをどこまで飛躍させて映像に落し込むかに命を懸けてる部分があります。その点で言うと、今回のPVもそうですが、やはり彼を一躍有名にした生命保険のCMがダントツに凄いですよ。音楽業界で名を馳せたのは、どちらかと言えばジャックの方が先です。
M「そういう話させるとほんとイキイキするねえ」
T「勉強になるよ、出来ればもっと前に知りたかったけどね」
-- 面目ないです。
S「まあ、俺らが興味示さないのが悪いよな。特にこいつ」
そう言って伊澄が繭子の頭に手を置く。
-- あはは、失敗しましたねえ。
M「今色々聞いたけど多分、(今後も)見ないからね」
-- だんだん翔太郎イズムが強くなっていく気がするのはなんで!?
S「だから俺じゃないって、繭子イズムな」
-- うふふふ。更に話題になったのが、竜二さんのスピーチが終わり、合図とともに演奏が始まった瞬間から、上のオーロラビジョンで流れていたPVの音と生演奏が、ピッタリ揃っていた事が本当に観覧席に衝撃を与えたようです。私は舞台袖にいたのでその様子を見ていないのですが、ああ、ドーンハンマーらしいエピソードだなあと。実際オーロラビジョンの音は大分絞られていたそうです。
R「そりゃ生演奏やってんだし(笑)。だた前も言ったと思うけど、音に関しては新録じゃなくて音源から引っ張ってるからさ。ライブだって特に変わった事しなけりゃ、普通そうなるよ」
-- え、ならないですよ。
R「もちろん意識してないわけじゃねえよ。上で今まさに映像流れてんのは知ってるから、そもそも合わないと変な空気になるだろ。ただニッキーにもジャックにも悪いけど、こっちはやっぱり、俺達を見ろ、くらいの気持ちでやってたよ」
-- それはそうだと思いますが、凄まじい技術力だと念押ししておきます。残念だったのが私の位置からだと大成さんが一番遠くて。やっぱりライブは正面で見るものですよね。良かったのはPVと同じタイミングで翔太郎さんの足の踏み込みが見れたのは嬉しいですね。
S「あれ、どうなんだろうな。あれ別に『SPELL』以外でも普通にやるんだけど、ああいう加工されちゃうと恥ずかしくてもう出来ないよな」
(PV作品中何度も出て来るシーン。彼が勢いをつけて左足を地面に踏み込むと、大地が陥没し、ひび割れるのだ!)
-- そんな事ないですよ。まあ、映像の中では後半ただ2、3歩後ずさりしただけでも地面割ってましたからね。そこらへんは過剰な表現ですけど、逆にファンは歓びますよ。
S「ならいいんだけど」
R「大成もそうだけど、基本的にあんまし動く方ではないもんな、俺らって」
-- そうですね。基本的にライブの開始時点はほぼ不動ですよね。でもそこは自然なのでおかしくはないですよ。堂々としていてクールです。却って、ライブ中盤から後半にかけて、客のテンションとステージ側のテンションがぶつかり合い出してからの動きが格好良いわけですから。
S「そうだよなあ。俺テンション上げる為に動くのは好きじゃないんだよ」
-- そこらへんも一般的なバンドとは逆ですよね。だからこそ、翔太郎さんや大成さんが大きな動きで客を煽る姿を見れた時の興奮は、何倍にも高まるのだと思います。竜二さんご自身も、ギターを担ぐのが基本スタイルなので、よくあるようなモニターに足を掛けるロックンロールスタイルを見た事ないですね。
R「アクセル・ローズとか?」
-- 怖いので名前は出さないでください。でも、そうです。
R「〇〇〇〇!〇〇!〇〇〇って!」
-- だから!もうー…。
R「あははは、ごめんごめん、でも、そうだろ?」
-- はい。
R「はいだって!」
4人の笑い声が爆発する。
あまり褒められた笑いでないのだが、それでも私はつられて一緒になって笑ってしまう。
-- あの後、ニッキーやジャックとは話をされたんですか?
R「終わった後? 直後に袖で言葉を交わしたのはあるけど挨拶程度かな。向こうも興奮してたし長話は無理だよな。でも俺達としては終わったらすぐに帰れると思ってたんだけど、そうはいかなかったな」
-- 帰るというのは?
R「宿舎にな」
-- ああ、びっくりしました。終わったんなら速攻日本へ帰る!って言い出しかねないなと思って(笑)。
M「今私もそう思った。(日本に)帰る気だったんだ、と思って」
R「帰れるもんなら帰りてえよそりゃ。そっちはいつインタビュー撮ったんだ?会場で?」
-- 翌日です。ほとんど帰国する直前です。織江さんには本当にお世話になりました。
T「ああ、それでやたらとバタバタしてたんだ」
-- 申し訳ございませんでした。今、英語の猛勉強中です。ジャックやリディアとも会えたんですか?
R「会場ではな。めちゃくちゃ写真撮られたよ、知ってると思うけど」
M「翔太郎さんがすぐ飽きてイチ抜けしちゃうから、そりゃおかしいだろって私と大成さんも抜けたんですよ。後は竜二さんとリディアのツーショットが、長かったですね!」
S「付き合いきれないよあんなの」
T「はは」
-- 海外メディアはそれでも喜んで撮ってましたよ。最後の最後に会場の熱気を総ざらいしてったバンドのボーカルと、今一番ホットなハリウッドセレブの2ショットですから。
R「まあ、楽しい経験だったよ。それは間違いない」
-- 写真を撮られている間中、2人で何かお話されてませんでした? ずっと口と表情が動きっぱなしでしたが。
R「そうそう。作法なのかなんなのか知らねえけどさ、腰に手を回して来いって言うわけ。なんでだよって思ってたら恥をかかせるんじゃないとか言い出して。知らねえよとか思いながら一応それらしいポーズとって、笑って。それでもなんか、ケツを触るんじゃないとか言われて面倒くせえなあとか、なんかずっとそんな」
-- (笑)、ああいう場面ってよく見ますけど、実はそんな普通の会話だったりするもんなんですね。
R「フラッシュとかシャッターとかあれだけ近いと音がすげえから、多分何言ってるか周りには聞こえないだろうな。リディアはずっと笑ってんだけど、耳元でずっとぶつぶつ小言言ってた気がする。でも最後の方で、なんだっけな、…ああ、そうだ。あなたはやっぱりヒーローだって、そう言ってくれたんだよ」
-- そうなんですか!それは嬉しいですね。私も見ていて何度も胸が熱くなりました。王手を掛けましたね。
R「いやいや、世界で勝負するためのスタートラインだろ、まだ」
S「気が早い(笑)」
-- となると、やはりお伺いしないわけにはいきませんね。バンドは次のステップへ行くと捉えて問題ありませんか?
R「ああ。…行くよ、アメリカ」
-- 正直にお答えいただきありがとうございます。興奮が抑えきれない。潔いですね、やはり。
R「なんで?」
-- 明言したくないバンドも多いですよ。行って、箸にも棒にもかからず逃げ帰って来るパターンも普通にありますからね。公言してないだけで、実は一時期活動の拠点を海外に移していたバンドはたくさんいます。
R「別にそれでもかまわねえからな。行ってだめならそれまでの話だ」
M「どこでだって歌えますもんね。私も、どこでだって叩けるし」
-- そうですね。
M「この3人が私の前に立ってくれるならね。そうだ、この際だから私前もって言っておきますけど、この先色んなステージ立って、セッションとかシャッフルとか色々経験すると思いますけど、私絶対3人以外の人とはプレイしませんよ」
R「気持ちは分かるけど、どこまでそれが通用するかな。やっぱいつかはそういう事も」
M「しませんよ」
R「有名なバンドとコラボしたりするとハクがつくぞ?」
M「しません」
S「トム・アラヤ(スレイヤー)がマーユー!ヘーイ!って来たらどうする」
M「あの人もシャッフル嫌いじゃないですか」
S「ええ。ああ、じゃあ、ジェイムズ(ヘットフィールド、メタリカ)がマーユー!バッテリー!って来たらどうする」
M「なははは!ちょっと馬鹿にしてません?」
S「してないしてない」
M「ジェイムズかー。でも断りますよ」
T「ジョーイ(ベラドナ、アンスラックス)は?」
M「ジョン・ブッシュ(ex アンスラックス、アーマードセイント)でも駄目です」
-- アンダース・フリーデン(インフレイムス)も、マルコ・アロ(ザ・ホーンテッド)も、ヨハン・リンドストランド(ザ・クラウン)も駄目?
M「ダメ」
R「昔好きだったじゃねえか、チルボドの」
M「アレキシ・ライホ? ダメです」
伊澄と神波が顔を見合わせる。
他、誰がいる?と小声で囁きあっている。
もちろん繭子には2人の会話が聞こえており、彼女は苦笑を浮かべて首を横に振っている。
何かを思い出したような顔で、池脇が人差し指を立てた。
R「あ!」
M「ダーメ!」
R「…まだ言ってねえし。…URGAさんは?」
M「あははは。あー、まあそれはぁ、…卑怯だぞ!」
R「イエーイ」
M「私気づいたんですよ。ってか思い出したんです。私はもちろんドラムが好きで一生ドラム叩いて生きてくって決めたんですけど、でもそれは結局『このメンバーで』っていうカギカッコ付きなんですよ。だからこの3人がいない音楽人生は考えられないし、もし誰か一人でもバンド辞めちゃったら、私も辞めますよ、忘れないで下さいね。もしそうなった場合、おそらくですけどその人はきっと辞めたくて辞めるわけではないと思うし、その時はきっと助けが必要になっていると思うので、私が支えます」
思い詰めたような繭子の言葉とあまりの真剣さに、男達は一瞬声を失った。
R「お前、何の話してんの?」
M「分かりません。でも言っておこうと思って」
S「え、誰の話?」
M「分かりません」
T「なんかそれっぽい話を誰かとしたのか?」
M「してません。仮の話です。誰がとかじゃなくて誰でもそうです。私がそうしたいんです。と当時に、同じ事ですけど、3人とプレイする音楽以外に興味がないので、マイケル・ジャクソンが実は生きてて私の為に新曲書いたよって言ってもお断りします」
S「そこは俺達の為にやってくれよ! マイケルだぞ!?」
M「あははは!ダメです。そういう意味では私は世界一高い女です」
R「高過ぎだろ…」
M「あはは」
-- 私は分かりますよ。全部仮定の話だと思いますけど、繭子のバンド人生、音楽人生の根源の話ですよね。すっとぼけている3人だってちゃんと分かっているはずです。だからもうこんな悲しい話はやめにしましょう。
M「そーお?皆理解してるかな?」
-- うん。大丈夫。だからアメリカの話しましょうか。
伊澄と神波が、顔を見合わす事なく同時に微笑んだ。
池脇はまだ納得していない表情なのだが、怒っている様子ではもちろんない。彼らはいつでも自分で決めた道を突き進んで来た。今更誰が何を言おうが、一度決めた事は曲げないという信念を持ってお互いを見ている。例えばそれが繭子であったり、池脇であったり、相手が誰であろうと同じ事だ。本人が決めた事は、本人にしか変えられない。周囲が納得しようがしまいが関係ないのだ。その事が既に分かっている私は、何も言わずに話を進める事にした。
-- すばり、あなた方にとっての『成功』とは何ですか?
R「長く続けられることかな?」
-- へえ!?
R「(自分たちの間で、という手振り)これまでもそういう話したことあるからな、変わってねえよ、そこはずっと」
S「コンスタントにアルバムを出せて、イベントでもワンマンでもライブがやれて、客が喜んで叫んでる時間が長く続けばいいな」
T「そうだね。それが一番かな。それしかやりたいことないしね」
-- 繭子は?
M「同じだよ」
-- 素晴らしいお答えですね。私の感想などどうでもいいのを承知で言わせていただくと、個人的な理想がすべて詰まってます。
R「どういうこと?」
-- 先程のような漠然とした質問を投げかけた時、日本のバンドやミュージシャンの多くが、同じように漠然とした返事をすることが多いです。『世界中に俺達の音楽を届けたいんだ』とか。『ワールドワイドな活躍が出来たらいいな』とか。
(4人共が肩を揺すって笑う)
-- 具体的なビジョンが見えていなんだろうな、空想で話をしてるんだろうな、と。私はそれをバカにはしませんが、それでいいのかなと思ってしまう事も正直あります。ですが一言目に出て来た「長く続けたい」という返事は、あなた方個人のパブリックイメージやバンドのカラーとは少し違っているように感じてとても意外であると同時に、人生イコール音楽なんだなという思想が強く感じられました。
R「そうかもしれねえな」
-- 具体的に自分達のこれからがはっきりと見えている事が、とても素晴らしいと思います。ですが、初めからそうだったのですか。あるいはどこかの段階で、今みたいな現実的な発想に近づいたのでしょうか。夢を夢で終わらせない気持ちやそのための努力の仕方を、どこで学んだんでしょう。
T「え?」
R「そんな難しい話か!?」
S「夢とか成功とか、そういう捉え方をしたことは一度もないよ」
-- …そうなんですか?
S「前にもチラっと言った気がするけど、やりたいと思った事をただやるだけだよ。それは夢とか成功とかそういうんじゃない。ただの明日だし、ただ来週の話をするのと同じ」
M「あはは、格好いいでしょ?何が格好いいって、本気でそう思ってる所だよね」
S「馬鹿にしてる?」
M「私が!? 翔太郎さんを!? 私はもっと、夢見る夢子の時代もちゃんとありましたからね。さっきトッキーが言ったような、漠然とした夢を空想してた事もあります。でもいつの間にか、そういう事を考える意味の無さを理解したというか」
S「意味の無さ?」
-- 結構辛辣だね。
M「そうかな? 別に誰かをディスってるわけじゃないよ。んー、例えばね、…目の前に曲があります。そこがスタートね?それをこの4人で笑いながら、骨組みに肉を付けていきます。とても、楽しい時間です。レコーディングして、形にします。それを4人でひたすら延々とプレイします。そのうちもっともっと格好いいフレーズやテンポなんかが聞こえてきて、何度も何度も少しずつ進化していきます。そんな曲達が増えて行くと、アルバムになります。じゃあこれでライブ出来るね、って言って発売します。ライブやります。喜んでくれる人達がいます。…お金が入ってきますー、あはは。そうやってね、毎日毎日、この4人で曲を作ってプレイし続ける事がさ、もう既に私の夢であり成功なんだって気づいたんだよね」
-- 欲がないと言えば欲がない。だけど繭子にとっての成功が今の日常を長く続けることなのであれば、それはそれで大変だし、努力だって必要にはなるよね。
M「それはそう思うよ。ただ何もせず毎日が惰性で続いていくとは思ってない」
-- 海外でプレイ出来るようになったり、PVを世界的アーティストに撮影してもらえたり、それこそ活動の拠点を海外に移せたり。そういうバンドとしてのステップアップはどのように考えていらっしゃいますか?
R「出来過ぎだよなあ、正直。ストーリーとしては、十分シンデレラだよな。だけどそこを目標にしてきたかって言うとまた話変わっちゃうけどよ、こいつらとバンド組むって決めた時点で、世界に行く事はもう決めてたから」
T「クロウバーやめて、やっぱりこういう音楽やりたいって思ってバンド組んだ時、翔太郎とアキラの目の前で、宣言したもんな」
R「そう。だから今ここにいる事自体は別に意外でもないし、さっき翔太郎が言ったみたいに夢とか成功とかじゃない」
-- 当たり前の話だと。
R「いやいや、そういうんじゃなくって」
S「俺達は極端な事言えば、音楽をプレイする以外の事は何一つしてないだろ? だから、まあ、ファンがいて、そのファンがアメリカにもいて、どっかよその国にもいて、アルバムを買ってくれて、ライブにも来てくれてると。そこらへんまでは多分俺達の力だと思う。だけど作ったアルバムを流通に乗せたり、宣伝したり、テレビやラジオに出る仕事をしたり、PV撮影の段取り組んだり、飛行機の手配したり、取引相手の誰かさんときちんと話をしたり、計画立てたりっていういわゆる『その他』は何一つ俺達はやってないから」
R「そうそうそうそう。そこはやっぱり、感謝はあるよな」
-- 織江さん喜ぶでしょうね。
R「っはは。織江だけじゃねえけどな。そういう意味での、俺達にとっては出来過ぎだと思うよ、やっぱ」
S「連れてきてもらったとはまでは思わねえけど、背中押されてるとは思ってるよ」
T「うん。…なんか感慨深いもんはあるね、確かにね」
-- 感謝を忘れないって大事ですよね。ちなみに、いつ行かれるんですか?
R「来年春以降かな。アルバム出した後」
-- え!急ですね。
R「早い方がいいかなって。タイミング的にも、アルバムリリースっていう話のネタも持って行けるし」
-- 拠点はどちらに?
R「そこまではまだ決めてねえよ」
-- ふわー。え、じゃあ、この密着取材が終わってすぐくらいには、日本を発つわけですね。ドラマティック過ぎませんか。
R「上手く事が運べば、だけどな」
-- 焦るなー。なんだかんだで、密着取材が終わっても聞き忘れた話を思い出したらここに来ればなんとかなると思ってましたけど、春以降このスタジオには誰もいないんですね。
R「引き払いはしないぞ?借りてるわけじゃねえし」
-- それでも、あなた方はいないわけですから。
R「まあ。そうだけど」
S「悔いのない仕事をしてってくれよ。協力は惜しまないつもりだから」
-- ありがとうございます!あー、やばい。急な話にちょっと気持ちが追い付かないです。喜ばしい話をお聞きするはずが、なんでこんなに悲しいんだろう。泣きそうです。
T「まあ、別に、引っ越すだけだしね。そんなに深刻に捉えることないよ」
-- そうですね。ありがとうざございます。少し、救われました。もちろんバイラル4として全員で渡米されるわけですよね。
R「あー、どうだろ。マーとテツは確定だけど、ナベは結婚して子供もいるからな。難しいんじゃないかな。もちろんスタッフではあり続けるし、放り出すような事はしないけど、一緒に来るか来ないかは任せてある」
-- なるほど。それぞれの『POINT OF NO RETURN』ですね。
R「上手い!それ使おう!」
-- (笑)。織江さんはもちろん?
T「もちろん。なんで俺単身赴任なんだよ」
S「あっはは」
-- 奥様ですもんね、社長やマネージャーである前に。先ほどアルバムの話が出ましたが、今の時点で何割程の進捗状況ですか。
R「それが、ちょっとレコーディングやり直そうかなと思って」
-- 今からですか!?
R「そういう反応になるよなあ。なんだろ、やっぱりさっきも言ったけど、名刺代わりのアルバムにしたいからさ、もう一回収録する曲から何から、考え直そうかって」
S「別に曲をイチから作り始めるわけじゃないから」
-- そうですけど、白紙に戻すんですよね。
R「そこまで真っ新ではねえかな。絶対入れるって決まってる曲もあるし、『BATLLES』とかね。その上でバランス調整をもっとこう、俺達らしいっつーか、そういう物に変えていくかな」
-- テクニカル系と爆走系のバランスの話をされていましたが、やはりドーンハンマーらしさを追求すると。
R「そう考えた時に、簡単に爆走系だよなって答えを出せないから、考え直しなんだけどな」
-- 正直大変ですよね、この忙しい時期に。
R「しかも日本で出す最後のアルバムだし、こっちでは初回盤でボーナストラックとおまけをつけるとか織江が言い出して」
-- もしかしてファーマーズでちらっと織江さんが仰ってらした、『マユーズ』のPVですか?
R「そうだと思う。けどこれまだ出さないでくれ。今何かと面倒だし、外に出ちゃうとやらなきゃいけない空気になるし」
-- 分かりました。私は楽しみ!って言ってれば良いですけど、実際スケジュール大丈夫なんですか。
R「まあまあ、やってやれない話じゃねえよ、別に。ただそろそろ取材とか持ち込みの企画が限界に来てて、ああ、Billionは別として、ほぼほぼ断ってんだよ、拘束時間が勿体ないから。だから今までどうしてたか知らないけど、あんまり他所で取材続行中ですとか、そういうの言わないでくれるとありがたい」
-- 分かりました。これまでも他所で言ってはいないですけどね。薄々感付かれてるようなので、気を付けます。
М「それは、他所の雑誌にってこと?」
-- そう。先日の発売分と合わせて、タイラーとの対談とPV特集で2か月連続掲載したじゃないですか。あれって完全に、情報に関してはスッパ抜きなんですよ。
M「どういう事? 売れたってのは聞いたけど」
-- 情報が公に出てからうちで発刊するまでの期間が短すぎるんです。タイミングがドンピシャだったと言いますか。私が最初にファーマーズの話を聞いて、皆さんが実際に撮影を行って、その内容を私が記事にして、雑誌が出て、その翌月には試写会へっていうタイトなスケジュールだから、ある程度事前に内部事情を掴んでおかないと、ここまで綺麗な流れは普通作れません。なんなら、まだ(PVの)完成日程が決まってない状態で私、記事だけは書き終えてますからね。
M「そりゃあ、あらかじめ内容知ってるんだもんね(笑)。しかも試写会に至っては同行してるもんね」
-- はい。これも本来は掲載したかったんですけど、止めた方がいいでしょうかか。
R「そこらへんの話は織江じゃないと分かんねえけど、俺らがどうこうじゃなくて、詩音社がライバル誌から睨まれたりすんじゃねえの」
-- ああ、ああ、そこらへんはどうでもいいです。え、そんなのは屁でもないです!
S「よく言った!」
-- はい。そんなのは、皆さんに心配していただく話ではありません。共有しないといけない話でもありませんし。ただウチから情報が出て、取材可能なんだと早合点して寄って来る版元もあるでしょうから、そこは気を付けたいと思います。レコーディングの話もう少しお伺いしても良いですか? 本来であれば、もうある程度構想は固まってましたよね?
R「構想というか、収録する曲自体は決まってたよな」
T「決め終えたあたりだったね、丁度」
-- ずばり、タイトルは何だったんですか?
R「結局変えちまうから言うけど、前のままで行くなら『NO OATH』か『NONE SO PRETENDER OATH』。後の方はちょっとくどいから、『NO OATH』が候補だったな」
-- ううーわあ、格好良い。オースって誓いとか宣誓のOATHですか。変えちゃうんですか?
S「どうだろうね。今意外に評判良かったから惜しくなってきた」
-- めっちゃ格好良いですよ! PRETENDERの方も好きです私。
S「そう?『NO OATH』っていう曲はもうあるんだよ。だからキラータイトルにするつもりだったんだけど、もう一個新曲作って入れたいなって」
-- アメリカ進出にあたってという意味ですか?
S「うん。そっちの曲が出来たら、そのタイトルにするかもしれない。そっちはきっと大成に頼むかな。『NO OATH』は俺の曲だから、もう一曲作るならメロディ際立つ方がいいし。でもタイトルは迷うな。PRETENDERも、思い入れあるからな」
-- そんな曲ないですよね?
T「早いなあ、相変わらず(笑)。俺達の曲全部頭に入ってるの?」
-- 入ってます。
T「即答だ(笑)」
R「まあ、アルバムタイトルだからアリっちゃアリだけど、完全に造語だからね」
-- 気になりますか。
R「ちょっとな。織江もそこらへん厳しいし。make a vow と何が違うの、なんでそんな言い回しするの、とか」
-- ううん、難しいですね。でも、よく分かりませんが、もともとある言葉よりもない言葉の方が私は好きですね。絶対アメリカ人は付けないだろうなっていうタイトルなんですよね?
R「うん」
S「良い事言うなあ」
-- (笑)。差し出がましい事言いましたね。すみません。
S「いや、本心だよ」
-- 照れますよ。思い入れってなんですか?
S「PRETNDER?」
伊澄は聞き返したものの、答えを言おうとしなかった。口元には微笑みが浮かび、それは全員が同じだった。そしてその微笑の種類が、決して明るい物ではない所まで、同じに思えた。
-- え?
M「これどうなんでしょうね」と、男達の顔を見ながら繭子が言う。「重たい話になっていいなら、言えるけど」
-- 繭子の話?なら、あなた自身が決めて。何度も言うようだけど、私は何も強制はしないから。
M「知りたい?知りたくない?」
-- あなた方の事は全部知りたい。
M「なら言おうか。私ね、昔、背な…」
暗転。
彼女の口から、壮絶な過去が語られる。
しかしあまりに生々しく辛い経験であるが故に、彼女の将来やバンドの未来を考慮し、彼女の声をそのまま収録する事はやめにした。代わりに、私が文章でお伝えする事にする。
彼女は学生時代、鉛筆で背中を刺されたことがあるそうだ。コンパスや針ならまだ良かったのだが(良くはないが)鉛筆の芯がしばらく皮膚下に残り、傷が癒えた後も黒い点が背中から消えなかった。何かの拍子にそのことを知ったメンバーが、繭子の背中の傷と同じ場所に、入れ墨を彫ろうと言い出した。その時繭子に言葉を選ばせて、彼女が発案したのが「PRETENDER」であったという。主な意味は「ふりをする人、詐称者、王位をねらう者、(不当な)要求者」だそうだが、このうち繭子が込めた思いは、『(不当な)要求者』だった。
話を戻そう。
M「っていう事なんだけど、これ続きがあってさ。私が選んだ言葉を皆が同じ場所に彫るって言い出したから、いやいやちょっと待ってくださいと。困りますってなって。そんな事されても私責任取れないし、どうせ彫るならもっと目立つ場所に格好良い言葉彫ってくださいって」
-- うんうん。気持ちは嬉しいけど、困っちゃうよね。
M「だからね、私の背中と腰の間らへんにタトゥーがあるのは本当。あとで見せたげるけど。でも皆にはないの。あるんだけど、ないの。あはは」
-- あはは、じゃないよ。え、繭子も彫ったの?
M「結果的にね。え、タトゥーは別に、『これ』以外にも幾つかあるよ?」
-- そうなんだ!?
M「見せる為に彫ってないから言ってこなかったけど、あるよ」
-- っへえ、皆さんそれはご存知なんですか?
R「彫ってるのは知ってるよ、何をどこにどのくらいとか、正確に把握してるわけじゃねえけど」
S「俺より多いかもしれない。俺が一番少ないと思う」
M「それはない(笑)」
-- 翔太郎さんもあまり見える場所には彫ってないですよね。手の甲に少しと、右肩だけですか?
S「だけではないけど、そんなもんかな、大体」
-- 繭子はもっとあるの?
M「大きいのはないけど、数で言えば、そうかな(笑)」
-- 知らなかったー!親御さんに反対されなかった?
M「言ってない(笑)」
(一同、笑)
M「そんな大した事でもないよ。織江さんだって、誠さんだってあるし」
S「ほいほい人の名前を出すな」
M「すみません」
(参加はしていないが同席している伊藤が、構わないよ、と笑って擁護する)
M「(伊藤に向かって頭を下げる)」
-- ちなみに皆さんは、繭子の傷を知ってどこにどんなタトゥーを彫ったんですか?
S「俺は…言いたくないな」
R「お前の場合言えないよな。若気の至りだもんな」
T「まじでキレそうになってたからな、あいつ」
-- あいつ、というのは。
T「俺の昔の後輩が彫り師なんだよ。そいつがまだプロの彫り師を目指してる頃に、俺達4人とも彫ってもらったんだけど」
-- なんでキレられたんですか?あ、すっごい難易度の高いデザインを無料で彫らせた、とかですか。
S「全然違う。言いたくないの意味が違う」
M「あのね。これは私が織江さんから聞いた話だから皆違うって言うかもしれないんだけど」
(男性3人が揃って笑い声を上げる)
M「何ですか?」
(それぞれ笑顔で首を横に振る)
-- 織江さんから何を聞いたの?
M「私の傷がある場所にタトゥーを入れようって言ってはみたものの、それって変だなって思い治したんだって。だって、私の傷は、そこに欲しくてついた傷じゃないのに、自ら進んで入れ墨彫ったってそれがなんの意味があるんだろうって、思ったんだって。だから、全然欲しくない入れ墨を、欲しくない場所に彫ろうって事になって、私に内緒でそれぞれ別の場所に別の言葉を彫ったの。私は当時それを知らずに、じゃあ、PRETENDERがいいですって、傷の上に彫ったんだけど」
-- なんというか、実に彼ららしい男前な話だね。欲しくない場所に欲しくない言葉、か。
M「密着取材が終わるまでに聞き出せるといいね。ヒントはPです」
S「お前(笑)」
M「それぐらい良いじゃないですかぁ」
-- あはは。どういう意味のPですか?それはワードの方?
M「そう。言葉は全員Pから始まるよ。場所は言えないけどね」
-- Pかあ。でもそんなに多くないですよねえ。ちなみに繭子は誰がどこに何を彫ってるか知ってるんだよね?
M「うん」
-- 私ね、性格上多分無理に聞き出したりはしないと思うんだよね。だからこれだけ聞いておきたい。それを見た時、あるいは聞いた時、繭子はどう思ったの?
M「あー。あはは、そう来るのか」
-- 答え辛い?
M「うん。ちょっとここでは言いづらいかな。また機会があれば、それはちゃんと答えるよ。でもこれみよがしに皆の前で口に出来る事ではないかな」
S「じゃあ何でヒント出すんだよお前」
M「あはは、あー、本当だ(笑)」
-- なるほど。分かりました。…POISON?
M「ハズレー。言うと思ったー」
-- ふふふ。浅はかでした。さて、インタビューはこの辺にして、少しお話を続けてもかまいませんか?
S「あ、じゃあ動いていい?ケツ痛い」
-- どうぞどうぞ、もうお好きな感じで。話だけ聞いてもらえれば。
思い思いに皆が立ち上がって、煙草に火をつけたりストレッチを始めたり。
忙しすぎて他所のスケジュールを蹴ったという話を聞いた直後で申し訳ない気持ちもあったのだが、残された時間はそう多くないという思いが、私を大胆にさせた。
私も立ち上がって、応接セットと楽器セットの間を行ったり来たりしながらメンバーを顔を覗き込んでいく。
-- 以前会議室で、翔太郎さんとURGAさんのお話をお伺いした時に思ったというか、改めて意欲が沸いたんですけど、やはりもう少し皆さんのバンド活動以外の顔を知りたいんです。大成さんがそういったプライベートな話を苦手とされているご様子だったので避けていたのですが、やっぱり私にしか出来ない事だなと思い直しました。ご協力いただけますでしょうか。
M「例えばどういう話?」
-- 繭子の過去の事もそういう部類に入ると思うんだけど、そこまで突っ込んだ事じゃないくてもいいから、それこそ休みの日は何をしているかとか、バンド以外の趣味があるのかとか、交友関係とか?
M「知りたい!?そんな話」
T「だよなあ。俺もそう思うんだよ。苦手ってのもあるし、そこ話する意味あんの?って」
-- 例えば履歴書の空欄を埋めていくような、単なる穴埋めをしたいわけではなくて、堅苦しい言い方をすれば、『何故彼らはここまで自分の命を燃やし尽くすような勢いで、バンド活動に臨んでいるのか』という理由を考えた時、スタジオでの姿だけではどうしても見えてこないファクターがある気がしてならないんです。私は音楽性と同時にメンバーの人間性を重要視しています。それは皆さんにお会いする以前からそうです。大阪のラジオで繭子が語った話は、だから私とても同意できるんです。そもそも人に興味がないと、音楽性への共感も半減します。メタルは確かに音や歌だけで愛することの出来る世界ではありますが、その上でプレイする人間の人格や思想、経験を知る事で、彼らが掲げている音楽の真実味や根拠、説得力をファンに示す事が出来ると信じています。それが私の仕事だと思っています。
パチパチパチ。
池脇が拍手をする。その顔は馬鹿にしている表情ではなかった。
私は頭の後ろをかきながら、ヘコヘコと会釈する。
本当は分かっている。音楽に、音楽以外の要因は必要ない。
だが彼らに関して言えば、CDアルバムや一夜限りのライブでは伝えきれない、人としての魅力がある事もまた事実としてあり、活字という形でそれを伝えて行けるこの仕事が、私は好きだった。
繭子はストレッチをやめて微笑むと、池脇のスタンドマイクの位置に立って、「リクエス?」とURGAの声真似をして見せた。お前俺らがチクらないと思ってるだろ、と伊澄が苦笑して言い、繭子は頬を明るく染めて笑い声を上げた。
掘っても掘っても掘り切れない、ダイヤモンド鉱山を相手にしていると思った。
音楽的な才能、人間的な魅力、それを裏打ちする経験と努力。
運命を手繰り寄せる力、出会いの魔力、全てを糧に変えていく剛腕。
笑顔、涙、絆、全ての根底にある大切な人への惜しみない思いやり。
成功も、幸福も、夢で終わらせずに今目の前にある現実を突き進む。
私は毎日、彼らに教えられてばかりだ。
だからたった一つでもいい。
いつか、何かの形で彼らをあっと言わせてみたい。
もっともっと喜ぶ顔が見たい。
だから私は今日もペンを取る。
「ドーンハンマーの全てがここにある」
彼ら自身に、そう言ってもらえるように。
そう、無邪気に思っていた。
まだ夕方前の早い時間だ。
4人が揃って練習スタジオのソファーに並んで座る姿を、久しく見ていなかった気がした。それは本来、とても素晴らしい事を意味している。しかしどこかで勝手に、大切な時間を失っているような気にもなって、寂しいなどと子供じみた言葉を口にしそうな、自分の浅はかさに慌てる。
これまでも私は色んなバンドを見て来た。その誰もが成功を夢見ていた。しかし当然、人によって成功の形は違う。ドーンハンマーにとってそれはどんな形をしているのだろうか。
改めて言葉にしてもらった。
池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)。
-- お疲れ様です。貴重なお時間を割いていただいて感謝しています。バンドのこれからのお話をお伺いする前に、もう一度だけファーマーズでの夜を振り返らせてください。生涯忘れる事のない素晴らしい思い出になったと思います。まずは竜二さん。最高のスピーチでしたね。
R「おう!ありがとう!」
-- ほんの数時間前まで白紙だった原稿を見ているので、本当に心から衝撃を受けました。アドリブだそうですね。
R「ああ。ある程度用意してた言葉はあるけど、ほとんどその場で考えながら喋ってるよ」
-- 信じられません。何度聞いても、練りに練った内容だと感心するのですが。
R「そうかい?まあ、俺の前に話をしたニッキーやリディアの言葉を受ける形でワードを振っていったから、そんなに難しくはなかったよ。それよりも、もう単純に、楽しかったよ!」
-- あの状況でですか。本当に凄いお人ですね!ご存知だとは思いますが、アメリカの芸能ジャーナルでは翌日のトップワードがあなたの言葉になったんですよ。『Absolutely, never forget us』。写真付きでドーンと紹介されました。
R「よくあるセリフじゃねえか。あんましそこ突っ込まれると照れるよ。まあ向こうでは割と好意的に受け取ってもらえたのは嬉しいけどな。アメリカ人はメタルに寛容だから助かるよ。メタリカ様様だな」
-- あなた達の実力です。そしてスルー出来ないのが、舞台上で繭子を持ち上げた大成さんと翔太郎さんの優しさ。分かる人にしか分からない事なのですが、本当に胸が熱くなりました。繭子は一瞬の出来事でしたが、どう思いましたか?
M「えー。…あー、その時はね、また揶揄われたって思って恥ずかしかったし、やめてよて思ったよ。後になってね、凄い経験したんだなあって、今は感謝してる」
-- 完全に空中に浮いてましたね。いくら両腕を掴まれていたとは言え、怖くなかったですか。
M「はは。ねえ。いや、変な話だけどああやって持ち上げられること自体は別に初めてじゃないよ。びっくりはしたけど怖くはないかな。ここでやるの!?って」
-- お二人的にはその場のノリですか? それとも。
S「竜二がおいしいトコ全部持ってくのは予想してたからね。その前にちょっと、こっち見ろよと」
T「そうそう。誰がRYUJI with DAWNHAMMERだと」
R「誰も言ってねえだろうが(笑)」
S「そうそう、ね。なんなら、MAYUKO with DAWNHAMMERだと」
M「あははは! もー、何を考えてるのか未だに分からない時あるよ。面白いでしょ?」
-- 面白いというか、最高に素敵な人たちだなって、ただただ感動しかないです。バンドの音や世界観よりも、人としてのエネルギーが前に出てくる人達を初めてみたかもしれない。暴言かもしれないけど、バンドなんかやってなくたって、どんなジャンルでだって、世界の表舞台に立てる人間力を持ってる人達なんだろうなと思います。
S「言い過ぎ(笑)」
R「あんまり肩入れしすぎるとまた庄内に怒られんぞ」
-- それが最近そうでもないんですよ。なんか、面白くなってきたからもう思うがままどんどんやれっていう方向へ変わってきました。
M「へえ」
R「あいつ適当だなあ」
M「お墨付きだね。良かったねえ」
-- 良かったのがどうかは、まだ何とも言えないですね。そうなって来ると、やはり自制しないとただのファン目線の記事しか書けなくなる怖さがあるので。
T「意外とちゃんと考えてる人だもんね、時枝さんは」
-- ありがとうございます。そしてPVがようやく日の目をみました。世界同時配信です。日本でも生放送されていたのはご存知ですか?
R「帰って来てから知ったよ。周りから、見ましたーって言ってもらう事があって、何を?って。そん時知った」
-- 日本だけでなくアメリカ全土、衛星放送やインターネットを含めれば全世界です。やりましたね。
R「やったねえ。これはやったと言っていいよなあ」
-- やりました!ドーンハンマーやりました!
(一同、笑)
R「あははは!ありがとう。色々助けてもらったな。スタッフみたいな扱いでごめんな、仕事で来てんのに」
-- なんのなんの!ビデオ見てもらったなら分かると思いますが、めちゃめちゃ楽しんでましたからね。あの後ニッキーやジャックにもインタビューする事ができましたし、感謝しかありません。冷静に見返してもPVの出来栄えは彼らの作品の中でも、本当に上位だと思います。
M「そこは一番じゃないんだ(笑)」
-- 個人的には一番ですが、そもそもニッキーの専門はCMなんですよ。彼の凄さは映像技術以上にその発想力なので、テーマをどこまで飛躍させて映像に落し込むかに命を懸けてる部分があります。その点で言うと、今回のPVもそうですが、やはり彼を一躍有名にした生命保険のCMがダントツに凄いですよ。音楽業界で名を馳せたのは、どちらかと言えばジャックの方が先です。
M「そういう話させるとほんとイキイキするねえ」
T「勉強になるよ、出来ればもっと前に知りたかったけどね」
-- 面目ないです。
S「まあ、俺らが興味示さないのが悪いよな。特にこいつ」
そう言って伊澄が繭子の頭に手を置く。
-- あはは、失敗しましたねえ。
M「今色々聞いたけど多分、(今後も)見ないからね」
-- だんだん翔太郎イズムが強くなっていく気がするのはなんで!?
S「だから俺じゃないって、繭子イズムな」
-- うふふふ。更に話題になったのが、竜二さんのスピーチが終わり、合図とともに演奏が始まった瞬間から、上のオーロラビジョンで流れていたPVの音と生演奏が、ピッタリ揃っていた事が本当に観覧席に衝撃を与えたようです。私は舞台袖にいたのでその様子を見ていないのですが、ああ、ドーンハンマーらしいエピソードだなあと。実際オーロラビジョンの音は大分絞られていたそうです。
R「そりゃ生演奏やってんだし(笑)。だた前も言ったと思うけど、音に関しては新録じゃなくて音源から引っ張ってるからさ。ライブだって特に変わった事しなけりゃ、普通そうなるよ」
-- え、ならないですよ。
R「もちろん意識してないわけじゃねえよ。上で今まさに映像流れてんのは知ってるから、そもそも合わないと変な空気になるだろ。ただニッキーにもジャックにも悪いけど、こっちはやっぱり、俺達を見ろ、くらいの気持ちでやってたよ」
-- それはそうだと思いますが、凄まじい技術力だと念押ししておきます。残念だったのが私の位置からだと大成さんが一番遠くて。やっぱりライブは正面で見るものですよね。良かったのはPVと同じタイミングで翔太郎さんの足の踏み込みが見れたのは嬉しいですね。
S「あれ、どうなんだろうな。あれ別に『SPELL』以外でも普通にやるんだけど、ああいう加工されちゃうと恥ずかしくてもう出来ないよな」
(PV作品中何度も出て来るシーン。彼が勢いをつけて左足を地面に踏み込むと、大地が陥没し、ひび割れるのだ!)
-- そんな事ないですよ。まあ、映像の中では後半ただ2、3歩後ずさりしただけでも地面割ってましたからね。そこらへんは過剰な表現ですけど、逆にファンは歓びますよ。
S「ならいいんだけど」
R「大成もそうだけど、基本的にあんまし動く方ではないもんな、俺らって」
-- そうですね。基本的にライブの開始時点はほぼ不動ですよね。でもそこは自然なのでおかしくはないですよ。堂々としていてクールです。却って、ライブ中盤から後半にかけて、客のテンションとステージ側のテンションがぶつかり合い出してからの動きが格好良いわけですから。
S「そうだよなあ。俺テンション上げる為に動くのは好きじゃないんだよ」
-- そこらへんも一般的なバンドとは逆ですよね。だからこそ、翔太郎さんや大成さんが大きな動きで客を煽る姿を見れた時の興奮は、何倍にも高まるのだと思います。竜二さんご自身も、ギターを担ぐのが基本スタイルなので、よくあるようなモニターに足を掛けるロックンロールスタイルを見た事ないですね。
R「アクセル・ローズとか?」
-- 怖いので名前は出さないでください。でも、そうです。
R「〇〇〇〇!〇〇!〇〇〇って!」
-- だから!もうー…。
R「あははは、ごめんごめん、でも、そうだろ?」
-- はい。
R「はいだって!」
4人の笑い声が爆発する。
あまり褒められた笑いでないのだが、それでも私はつられて一緒になって笑ってしまう。
-- あの後、ニッキーやジャックとは話をされたんですか?
R「終わった後? 直後に袖で言葉を交わしたのはあるけど挨拶程度かな。向こうも興奮してたし長話は無理だよな。でも俺達としては終わったらすぐに帰れると思ってたんだけど、そうはいかなかったな」
-- 帰るというのは?
R「宿舎にな」
-- ああ、びっくりしました。終わったんなら速攻日本へ帰る!って言い出しかねないなと思って(笑)。
M「今私もそう思った。(日本に)帰る気だったんだ、と思って」
R「帰れるもんなら帰りてえよそりゃ。そっちはいつインタビュー撮ったんだ?会場で?」
-- 翌日です。ほとんど帰国する直前です。織江さんには本当にお世話になりました。
T「ああ、それでやたらとバタバタしてたんだ」
-- 申し訳ございませんでした。今、英語の猛勉強中です。ジャックやリディアとも会えたんですか?
R「会場ではな。めちゃくちゃ写真撮られたよ、知ってると思うけど」
M「翔太郎さんがすぐ飽きてイチ抜けしちゃうから、そりゃおかしいだろって私と大成さんも抜けたんですよ。後は竜二さんとリディアのツーショットが、長かったですね!」
S「付き合いきれないよあんなの」
T「はは」
-- 海外メディアはそれでも喜んで撮ってましたよ。最後の最後に会場の熱気を総ざらいしてったバンドのボーカルと、今一番ホットなハリウッドセレブの2ショットですから。
R「まあ、楽しい経験だったよ。それは間違いない」
-- 写真を撮られている間中、2人で何かお話されてませんでした? ずっと口と表情が動きっぱなしでしたが。
R「そうそう。作法なのかなんなのか知らねえけどさ、腰に手を回して来いって言うわけ。なんでだよって思ってたら恥をかかせるんじゃないとか言い出して。知らねえよとか思いながら一応それらしいポーズとって、笑って。それでもなんか、ケツを触るんじゃないとか言われて面倒くせえなあとか、なんかずっとそんな」
-- (笑)、ああいう場面ってよく見ますけど、実はそんな普通の会話だったりするもんなんですね。
R「フラッシュとかシャッターとかあれだけ近いと音がすげえから、多分何言ってるか周りには聞こえないだろうな。リディアはずっと笑ってんだけど、耳元でずっとぶつぶつ小言言ってた気がする。でも最後の方で、なんだっけな、…ああ、そうだ。あなたはやっぱりヒーローだって、そう言ってくれたんだよ」
-- そうなんですか!それは嬉しいですね。私も見ていて何度も胸が熱くなりました。王手を掛けましたね。
R「いやいや、世界で勝負するためのスタートラインだろ、まだ」
S「気が早い(笑)」
-- となると、やはりお伺いしないわけにはいきませんね。バンドは次のステップへ行くと捉えて問題ありませんか?
R「ああ。…行くよ、アメリカ」
-- 正直にお答えいただきありがとうございます。興奮が抑えきれない。潔いですね、やはり。
R「なんで?」
-- 明言したくないバンドも多いですよ。行って、箸にも棒にもかからず逃げ帰って来るパターンも普通にありますからね。公言してないだけで、実は一時期活動の拠点を海外に移していたバンドはたくさんいます。
R「別にそれでもかまわねえからな。行ってだめならそれまでの話だ」
M「どこでだって歌えますもんね。私も、どこでだって叩けるし」
-- そうですね。
M「この3人が私の前に立ってくれるならね。そうだ、この際だから私前もって言っておきますけど、この先色んなステージ立って、セッションとかシャッフルとか色々経験すると思いますけど、私絶対3人以外の人とはプレイしませんよ」
R「気持ちは分かるけど、どこまでそれが通用するかな。やっぱいつかはそういう事も」
M「しませんよ」
R「有名なバンドとコラボしたりするとハクがつくぞ?」
M「しません」
S「トム・アラヤ(スレイヤー)がマーユー!ヘーイ!って来たらどうする」
M「あの人もシャッフル嫌いじゃないですか」
S「ええ。ああ、じゃあ、ジェイムズ(ヘットフィールド、メタリカ)がマーユー!バッテリー!って来たらどうする」
M「なははは!ちょっと馬鹿にしてません?」
S「してないしてない」
M「ジェイムズかー。でも断りますよ」
T「ジョーイ(ベラドナ、アンスラックス)は?」
M「ジョン・ブッシュ(ex アンスラックス、アーマードセイント)でも駄目です」
-- アンダース・フリーデン(インフレイムス)も、マルコ・アロ(ザ・ホーンテッド)も、ヨハン・リンドストランド(ザ・クラウン)も駄目?
M「ダメ」
R「昔好きだったじゃねえか、チルボドの」
M「アレキシ・ライホ? ダメです」
伊澄と神波が顔を見合わせる。
他、誰がいる?と小声で囁きあっている。
もちろん繭子には2人の会話が聞こえており、彼女は苦笑を浮かべて首を横に振っている。
何かを思い出したような顔で、池脇が人差し指を立てた。
R「あ!」
M「ダーメ!」
R「…まだ言ってねえし。…URGAさんは?」
M「あははは。あー、まあそれはぁ、…卑怯だぞ!」
R「イエーイ」
M「私気づいたんですよ。ってか思い出したんです。私はもちろんドラムが好きで一生ドラム叩いて生きてくって決めたんですけど、でもそれは結局『このメンバーで』っていうカギカッコ付きなんですよ。だからこの3人がいない音楽人生は考えられないし、もし誰か一人でもバンド辞めちゃったら、私も辞めますよ、忘れないで下さいね。もしそうなった場合、おそらくですけどその人はきっと辞めたくて辞めるわけではないと思うし、その時はきっと助けが必要になっていると思うので、私が支えます」
思い詰めたような繭子の言葉とあまりの真剣さに、男達は一瞬声を失った。
R「お前、何の話してんの?」
M「分かりません。でも言っておこうと思って」
S「え、誰の話?」
M「分かりません」
T「なんかそれっぽい話を誰かとしたのか?」
M「してません。仮の話です。誰がとかじゃなくて誰でもそうです。私がそうしたいんです。と当時に、同じ事ですけど、3人とプレイする音楽以外に興味がないので、マイケル・ジャクソンが実は生きてて私の為に新曲書いたよって言ってもお断りします」
S「そこは俺達の為にやってくれよ! マイケルだぞ!?」
M「あははは!ダメです。そういう意味では私は世界一高い女です」
R「高過ぎだろ…」
M「あはは」
-- 私は分かりますよ。全部仮定の話だと思いますけど、繭子のバンド人生、音楽人生の根源の話ですよね。すっとぼけている3人だってちゃんと分かっているはずです。だからもうこんな悲しい話はやめにしましょう。
M「そーお?皆理解してるかな?」
-- うん。大丈夫。だからアメリカの話しましょうか。
伊澄と神波が、顔を見合わす事なく同時に微笑んだ。
池脇はまだ納得していない表情なのだが、怒っている様子ではもちろんない。彼らはいつでも自分で決めた道を突き進んで来た。今更誰が何を言おうが、一度決めた事は曲げないという信念を持ってお互いを見ている。例えばそれが繭子であったり、池脇であったり、相手が誰であろうと同じ事だ。本人が決めた事は、本人にしか変えられない。周囲が納得しようがしまいが関係ないのだ。その事が既に分かっている私は、何も言わずに話を進める事にした。
-- すばり、あなた方にとっての『成功』とは何ですか?
R「長く続けられることかな?」
-- へえ!?
R「(自分たちの間で、という手振り)これまでもそういう話したことあるからな、変わってねえよ、そこはずっと」
S「コンスタントにアルバムを出せて、イベントでもワンマンでもライブがやれて、客が喜んで叫んでる時間が長く続けばいいな」
T「そうだね。それが一番かな。それしかやりたいことないしね」
-- 繭子は?
M「同じだよ」
-- 素晴らしいお答えですね。私の感想などどうでもいいのを承知で言わせていただくと、個人的な理想がすべて詰まってます。
R「どういうこと?」
-- 先程のような漠然とした質問を投げかけた時、日本のバンドやミュージシャンの多くが、同じように漠然とした返事をすることが多いです。『世界中に俺達の音楽を届けたいんだ』とか。『ワールドワイドな活躍が出来たらいいな』とか。
(4人共が肩を揺すって笑う)
-- 具体的なビジョンが見えていなんだろうな、空想で話をしてるんだろうな、と。私はそれをバカにはしませんが、それでいいのかなと思ってしまう事も正直あります。ですが一言目に出て来た「長く続けたい」という返事は、あなた方個人のパブリックイメージやバンドのカラーとは少し違っているように感じてとても意外であると同時に、人生イコール音楽なんだなという思想が強く感じられました。
R「そうかもしれねえな」
-- 具体的に自分達のこれからがはっきりと見えている事が、とても素晴らしいと思います。ですが、初めからそうだったのですか。あるいはどこかの段階で、今みたいな現実的な発想に近づいたのでしょうか。夢を夢で終わらせない気持ちやそのための努力の仕方を、どこで学んだんでしょう。
T「え?」
R「そんな難しい話か!?」
S「夢とか成功とか、そういう捉え方をしたことは一度もないよ」
-- …そうなんですか?
S「前にもチラっと言った気がするけど、やりたいと思った事をただやるだけだよ。それは夢とか成功とかそういうんじゃない。ただの明日だし、ただ来週の話をするのと同じ」
M「あはは、格好いいでしょ?何が格好いいって、本気でそう思ってる所だよね」
S「馬鹿にしてる?」
M「私が!? 翔太郎さんを!? 私はもっと、夢見る夢子の時代もちゃんとありましたからね。さっきトッキーが言ったような、漠然とした夢を空想してた事もあります。でもいつの間にか、そういう事を考える意味の無さを理解したというか」
S「意味の無さ?」
-- 結構辛辣だね。
M「そうかな? 別に誰かをディスってるわけじゃないよ。んー、例えばね、…目の前に曲があります。そこがスタートね?それをこの4人で笑いながら、骨組みに肉を付けていきます。とても、楽しい時間です。レコーディングして、形にします。それを4人でひたすら延々とプレイします。そのうちもっともっと格好いいフレーズやテンポなんかが聞こえてきて、何度も何度も少しずつ進化していきます。そんな曲達が増えて行くと、アルバムになります。じゃあこれでライブ出来るね、って言って発売します。ライブやります。喜んでくれる人達がいます。…お金が入ってきますー、あはは。そうやってね、毎日毎日、この4人で曲を作ってプレイし続ける事がさ、もう既に私の夢であり成功なんだって気づいたんだよね」
-- 欲がないと言えば欲がない。だけど繭子にとっての成功が今の日常を長く続けることなのであれば、それはそれで大変だし、努力だって必要にはなるよね。
M「それはそう思うよ。ただ何もせず毎日が惰性で続いていくとは思ってない」
-- 海外でプレイ出来るようになったり、PVを世界的アーティストに撮影してもらえたり、それこそ活動の拠点を海外に移せたり。そういうバンドとしてのステップアップはどのように考えていらっしゃいますか?
R「出来過ぎだよなあ、正直。ストーリーとしては、十分シンデレラだよな。だけどそこを目標にしてきたかって言うとまた話変わっちゃうけどよ、こいつらとバンド組むって決めた時点で、世界に行く事はもう決めてたから」
T「クロウバーやめて、やっぱりこういう音楽やりたいって思ってバンド組んだ時、翔太郎とアキラの目の前で、宣言したもんな」
R「そう。だから今ここにいる事自体は別に意外でもないし、さっき翔太郎が言ったみたいに夢とか成功とかじゃない」
-- 当たり前の話だと。
R「いやいや、そういうんじゃなくって」
S「俺達は極端な事言えば、音楽をプレイする以外の事は何一つしてないだろ? だから、まあ、ファンがいて、そのファンがアメリカにもいて、どっかよその国にもいて、アルバムを買ってくれて、ライブにも来てくれてると。そこらへんまでは多分俺達の力だと思う。だけど作ったアルバムを流通に乗せたり、宣伝したり、テレビやラジオに出る仕事をしたり、PV撮影の段取り組んだり、飛行機の手配したり、取引相手の誰かさんときちんと話をしたり、計画立てたりっていういわゆる『その他』は何一つ俺達はやってないから」
R「そうそうそうそう。そこはやっぱり、感謝はあるよな」
-- 織江さん喜ぶでしょうね。
R「っはは。織江だけじゃねえけどな。そういう意味での、俺達にとっては出来過ぎだと思うよ、やっぱ」
S「連れてきてもらったとはまでは思わねえけど、背中押されてるとは思ってるよ」
T「うん。…なんか感慨深いもんはあるね、確かにね」
-- 感謝を忘れないって大事ですよね。ちなみに、いつ行かれるんですか?
R「来年春以降かな。アルバム出した後」
-- え!急ですね。
R「早い方がいいかなって。タイミング的にも、アルバムリリースっていう話のネタも持って行けるし」
-- 拠点はどちらに?
R「そこまではまだ決めてねえよ」
-- ふわー。え、じゃあ、この密着取材が終わってすぐくらいには、日本を発つわけですね。ドラマティック過ぎませんか。
R「上手く事が運べば、だけどな」
-- 焦るなー。なんだかんだで、密着取材が終わっても聞き忘れた話を思い出したらここに来ればなんとかなると思ってましたけど、春以降このスタジオには誰もいないんですね。
R「引き払いはしないぞ?借りてるわけじゃねえし」
-- それでも、あなた方はいないわけですから。
R「まあ。そうだけど」
S「悔いのない仕事をしてってくれよ。協力は惜しまないつもりだから」
-- ありがとうございます!あー、やばい。急な話にちょっと気持ちが追い付かないです。喜ばしい話をお聞きするはずが、なんでこんなに悲しいんだろう。泣きそうです。
T「まあ、別に、引っ越すだけだしね。そんなに深刻に捉えることないよ」
-- そうですね。ありがとうざございます。少し、救われました。もちろんバイラル4として全員で渡米されるわけですよね。
R「あー、どうだろ。マーとテツは確定だけど、ナベは結婚して子供もいるからな。難しいんじゃないかな。もちろんスタッフではあり続けるし、放り出すような事はしないけど、一緒に来るか来ないかは任せてある」
-- なるほど。それぞれの『POINT OF NO RETURN』ですね。
R「上手い!それ使おう!」
-- (笑)。織江さんはもちろん?
T「もちろん。なんで俺単身赴任なんだよ」
S「あっはは」
-- 奥様ですもんね、社長やマネージャーである前に。先ほどアルバムの話が出ましたが、今の時点で何割程の進捗状況ですか。
R「それが、ちょっとレコーディングやり直そうかなと思って」
-- 今からですか!?
R「そういう反応になるよなあ。なんだろ、やっぱりさっきも言ったけど、名刺代わりのアルバムにしたいからさ、もう一回収録する曲から何から、考え直そうかって」
S「別に曲をイチから作り始めるわけじゃないから」
-- そうですけど、白紙に戻すんですよね。
R「そこまで真っ新ではねえかな。絶対入れるって決まってる曲もあるし、『BATLLES』とかね。その上でバランス調整をもっとこう、俺達らしいっつーか、そういう物に変えていくかな」
-- テクニカル系と爆走系のバランスの話をされていましたが、やはりドーンハンマーらしさを追求すると。
R「そう考えた時に、簡単に爆走系だよなって答えを出せないから、考え直しなんだけどな」
-- 正直大変ですよね、この忙しい時期に。
R「しかも日本で出す最後のアルバムだし、こっちでは初回盤でボーナストラックとおまけをつけるとか織江が言い出して」
-- もしかしてファーマーズでちらっと織江さんが仰ってらした、『マユーズ』のPVですか?
R「そうだと思う。けどこれまだ出さないでくれ。今何かと面倒だし、外に出ちゃうとやらなきゃいけない空気になるし」
-- 分かりました。私は楽しみ!って言ってれば良いですけど、実際スケジュール大丈夫なんですか。
R「まあまあ、やってやれない話じゃねえよ、別に。ただそろそろ取材とか持ち込みの企画が限界に来てて、ああ、Billionは別として、ほぼほぼ断ってんだよ、拘束時間が勿体ないから。だから今までどうしてたか知らないけど、あんまり他所で取材続行中ですとか、そういうの言わないでくれるとありがたい」
-- 分かりました。これまでも他所で言ってはいないですけどね。薄々感付かれてるようなので、気を付けます。
М「それは、他所の雑誌にってこと?」
-- そう。先日の発売分と合わせて、タイラーとの対談とPV特集で2か月連続掲載したじゃないですか。あれって完全に、情報に関してはスッパ抜きなんですよ。
M「どういう事? 売れたってのは聞いたけど」
-- 情報が公に出てからうちで発刊するまでの期間が短すぎるんです。タイミングがドンピシャだったと言いますか。私が最初にファーマーズの話を聞いて、皆さんが実際に撮影を行って、その内容を私が記事にして、雑誌が出て、その翌月には試写会へっていうタイトなスケジュールだから、ある程度事前に内部事情を掴んでおかないと、ここまで綺麗な流れは普通作れません。なんなら、まだ(PVの)完成日程が決まってない状態で私、記事だけは書き終えてますからね。
M「そりゃあ、あらかじめ内容知ってるんだもんね(笑)。しかも試写会に至っては同行してるもんね」
-- はい。これも本来は掲載したかったんですけど、止めた方がいいでしょうかか。
R「そこらへんの話は織江じゃないと分かんねえけど、俺らがどうこうじゃなくて、詩音社がライバル誌から睨まれたりすんじゃねえの」
-- ああ、ああ、そこらへんはどうでもいいです。え、そんなのは屁でもないです!
S「よく言った!」
-- はい。そんなのは、皆さんに心配していただく話ではありません。共有しないといけない話でもありませんし。ただウチから情報が出て、取材可能なんだと早合点して寄って来る版元もあるでしょうから、そこは気を付けたいと思います。レコーディングの話もう少しお伺いしても良いですか? 本来であれば、もうある程度構想は固まってましたよね?
R「構想というか、収録する曲自体は決まってたよな」
T「決め終えたあたりだったね、丁度」
-- ずばり、タイトルは何だったんですか?
R「結局変えちまうから言うけど、前のままで行くなら『NO OATH』か『NONE SO PRETENDER OATH』。後の方はちょっとくどいから、『NO OATH』が候補だったな」
-- ううーわあ、格好良い。オースって誓いとか宣誓のOATHですか。変えちゃうんですか?
S「どうだろうね。今意外に評判良かったから惜しくなってきた」
-- めっちゃ格好良いですよ! PRETENDERの方も好きです私。
S「そう?『NO OATH』っていう曲はもうあるんだよ。だからキラータイトルにするつもりだったんだけど、もう一個新曲作って入れたいなって」
-- アメリカ進出にあたってという意味ですか?
S「うん。そっちの曲が出来たら、そのタイトルにするかもしれない。そっちはきっと大成に頼むかな。『NO OATH』は俺の曲だから、もう一曲作るならメロディ際立つ方がいいし。でもタイトルは迷うな。PRETENDERも、思い入れあるからな」
-- そんな曲ないですよね?
T「早いなあ、相変わらず(笑)。俺達の曲全部頭に入ってるの?」
-- 入ってます。
T「即答だ(笑)」
R「まあ、アルバムタイトルだからアリっちゃアリだけど、完全に造語だからね」
-- 気になりますか。
R「ちょっとな。織江もそこらへん厳しいし。make a vow と何が違うの、なんでそんな言い回しするの、とか」
-- ううん、難しいですね。でも、よく分かりませんが、もともとある言葉よりもない言葉の方が私は好きですね。絶対アメリカ人は付けないだろうなっていうタイトルなんですよね?
R「うん」
S「良い事言うなあ」
-- (笑)。差し出がましい事言いましたね。すみません。
S「いや、本心だよ」
-- 照れますよ。思い入れってなんですか?
S「PRETNDER?」
伊澄は聞き返したものの、答えを言おうとしなかった。口元には微笑みが浮かび、それは全員が同じだった。そしてその微笑の種類が、決して明るい物ではない所まで、同じに思えた。
-- え?
M「これどうなんでしょうね」と、男達の顔を見ながら繭子が言う。「重たい話になっていいなら、言えるけど」
-- 繭子の話?なら、あなた自身が決めて。何度も言うようだけど、私は何も強制はしないから。
M「知りたい?知りたくない?」
-- あなた方の事は全部知りたい。
M「なら言おうか。私ね、昔、背な…」
暗転。
彼女の口から、壮絶な過去が語られる。
しかしあまりに生々しく辛い経験であるが故に、彼女の将来やバンドの未来を考慮し、彼女の声をそのまま収録する事はやめにした。代わりに、私が文章でお伝えする事にする。
彼女は学生時代、鉛筆で背中を刺されたことがあるそうだ。コンパスや針ならまだ良かったのだが(良くはないが)鉛筆の芯がしばらく皮膚下に残り、傷が癒えた後も黒い点が背中から消えなかった。何かの拍子にそのことを知ったメンバーが、繭子の背中の傷と同じ場所に、入れ墨を彫ろうと言い出した。その時繭子に言葉を選ばせて、彼女が発案したのが「PRETENDER」であったという。主な意味は「ふりをする人、詐称者、王位をねらう者、(不当な)要求者」だそうだが、このうち繭子が込めた思いは、『(不当な)要求者』だった。
話を戻そう。
M「っていう事なんだけど、これ続きがあってさ。私が選んだ言葉を皆が同じ場所に彫るって言い出したから、いやいやちょっと待ってくださいと。困りますってなって。そんな事されても私責任取れないし、どうせ彫るならもっと目立つ場所に格好良い言葉彫ってくださいって」
-- うんうん。気持ちは嬉しいけど、困っちゃうよね。
M「だからね、私の背中と腰の間らへんにタトゥーがあるのは本当。あとで見せたげるけど。でも皆にはないの。あるんだけど、ないの。あはは」
-- あはは、じゃないよ。え、繭子も彫ったの?
M「結果的にね。え、タトゥーは別に、『これ』以外にも幾つかあるよ?」
-- そうなんだ!?
M「見せる為に彫ってないから言ってこなかったけど、あるよ」
-- っへえ、皆さんそれはご存知なんですか?
R「彫ってるのは知ってるよ、何をどこにどのくらいとか、正確に把握してるわけじゃねえけど」
S「俺より多いかもしれない。俺が一番少ないと思う」
M「それはない(笑)」
-- 翔太郎さんもあまり見える場所には彫ってないですよね。手の甲に少しと、右肩だけですか?
S「だけではないけど、そんなもんかな、大体」
-- 繭子はもっとあるの?
M「大きいのはないけど、数で言えば、そうかな(笑)」
-- 知らなかったー!親御さんに反対されなかった?
M「言ってない(笑)」
(一同、笑)
M「そんな大した事でもないよ。織江さんだって、誠さんだってあるし」
S「ほいほい人の名前を出すな」
M「すみません」
(参加はしていないが同席している伊藤が、構わないよ、と笑って擁護する)
M「(伊藤に向かって頭を下げる)」
-- ちなみに皆さんは、繭子の傷を知ってどこにどんなタトゥーを彫ったんですか?
S「俺は…言いたくないな」
R「お前の場合言えないよな。若気の至りだもんな」
T「まじでキレそうになってたからな、あいつ」
-- あいつ、というのは。
T「俺の昔の後輩が彫り師なんだよ。そいつがまだプロの彫り師を目指してる頃に、俺達4人とも彫ってもらったんだけど」
-- なんでキレられたんですか?あ、すっごい難易度の高いデザインを無料で彫らせた、とかですか。
S「全然違う。言いたくないの意味が違う」
M「あのね。これは私が織江さんから聞いた話だから皆違うって言うかもしれないんだけど」
(男性3人が揃って笑い声を上げる)
M「何ですか?」
(それぞれ笑顔で首を横に振る)
-- 織江さんから何を聞いたの?
M「私の傷がある場所にタトゥーを入れようって言ってはみたものの、それって変だなって思い治したんだって。だって、私の傷は、そこに欲しくてついた傷じゃないのに、自ら進んで入れ墨彫ったってそれがなんの意味があるんだろうって、思ったんだって。だから、全然欲しくない入れ墨を、欲しくない場所に彫ろうって事になって、私に内緒でそれぞれ別の場所に別の言葉を彫ったの。私は当時それを知らずに、じゃあ、PRETENDERがいいですって、傷の上に彫ったんだけど」
-- なんというか、実に彼ららしい男前な話だね。欲しくない場所に欲しくない言葉、か。
M「密着取材が終わるまでに聞き出せるといいね。ヒントはPです」
S「お前(笑)」
M「それぐらい良いじゃないですかぁ」
-- あはは。どういう意味のPですか?それはワードの方?
M「そう。言葉は全員Pから始まるよ。場所は言えないけどね」
-- Pかあ。でもそんなに多くないですよねえ。ちなみに繭子は誰がどこに何を彫ってるか知ってるんだよね?
M「うん」
-- 私ね、性格上多分無理に聞き出したりはしないと思うんだよね。だからこれだけ聞いておきたい。それを見た時、あるいは聞いた時、繭子はどう思ったの?
M「あー。あはは、そう来るのか」
-- 答え辛い?
M「うん。ちょっとここでは言いづらいかな。また機会があれば、それはちゃんと答えるよ。でもこれみよがしに皆の前で口に出来る事ではないかな」
S「じゃあ何でヒント出すんだよお前」
M「あはは、あー、本当だ(笑)」
-- なるほど。分かりました。…POISON?
M「ハズレー。言うと思ったー」
-- ふふふ。浅はかでした。さて、インタビューはこの辺にして、少しお話を続けてもかまいませんか?
S「あ、じゃあ動いていい?ケツ痛い」
-- どうぞどうぞ、もうお好きな感じで。話だけ聞いてもらえれば。
思い思いに皆が立ち上がって、煙草に火をつけたりストレッチを始めたり。
忙しすぎて他所のスケジュールを蹴ったという話を聞いた直後で申し訳ない気持ちもあったのだが、残された時間はそう多くないという思いが、私を大胆にさせた。
私も立ち上がって、応接セットと楽器セットの間を行ったり来たりしながらメンバーを顔を覗き込んでいく。
-- 以前会議室で、翔太郎さんとURGAさんのお話をお伺いした時に思ったというか、改めて意欲が沸いたんですけど、やはりもう少し皆さんのバンド活動以外の顔を知りたいんです。大成さんがそういったプライベートな話を苦手とされているご様子だったので避けていたのですが、やっぱり私にしか出来ない事だなと思い直しました。ご協力いただけますでしょうか。
M「例えばどういう話?」
-- 繭子の過去の事もそういう部類に入ると思うんだけど、そこまで突っ込んだ事じゃないくてもいいから、それこそ休みの日は何をしているかとか、バンド以外の趣味があるのかとか、交友関係とか?
M「知りたい!?そんな話」
T「だよなあ。俺もそう思うんだよ。苦手ってのもあるし、そこ話する意味あんの?って」
-- 例えば履歴書の空欄を埋めていくような、単なる穴埋めをしたいわけではなくて、堅苦しい言い方をすれば、『何故彼らはここまで自分の命を燃やし尽くすような勢いで、バンド活動に臨んでいるのか』という理由を考えた時、スタジオでの姿だけではどうしても見えてこないファクターがある気がしてならないんです。私は音楽性と同時にメンバーの人間性を重要視しています。それは皆さんにお会いする以前からそうです。大阪のラジオで繭子が語った話は、だから私とても同意できるんです。そもそも人に興味がないと、音楽性への共感も半減します。メタルは確かに音や歌だけで愛することの出来る世界ではありますが、その上でプレイする人間の人格や思想、経験を知る事で、彼らが掲げている音楽の真実味や根拠、説得力をファンに示す事が出来ると信じています。それが私の仕事だと思っています。
パチパチパチ。
池脇が拍手をする。その顔は馬鹿にしている表情ではなかった。
私は頭の後ろをかきながら、ヘコヘコと会釈する。
本当は分かっている。音楽に、音楽以外の要因は必要ない。
だが彼らに関して言えば、CDアルバムや一夜限りのライブでは伝えきれない、人としての魅力がある事もまた事実としてあり、活字という形でそれを伝えて行けるこの仕事が、私は好きだった。
繭子はストレッチをやめて微笑むと、池脇のスタンドマイクの位置に立って、「リクエス?」とURGAの声真似をして見せた。お前俺らがチクらないと思ってるだろ、と伊澄が苦笑して言い、繭子は頬を明るく染めて笑い声を上げた。
掘っても掘っても掘り切れない、ダイヤモンド鉱山を相手にしていると思った。
音楽的な才能、人間的な魅力、それを裏打ちする経験と努力。
運命を手繰り寄せる力、出会いの魔力、全てを糧に変えていく剛腕。
笑顔、涙、絆、全ての根底にある大切な人への惜しみない思いやり。
成功も、幸福も、夢で終わらせずに今目の前にある現実を突き進む。
私は毎日、彼らに教えられてばかりだ。
だからたった一つでもいい。
いつか、何かの形で彼らをあっと言わせてみたい。
もっともっと喜ぶ顔が見たい。
だから私は今日もペンを取る。
「ドーンハンマーの全てがここにある」
彼ら自身に、そう言ってもらえるように。
そう、無邪気に思っていた。
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