芥川繭子という理由

新開 水留

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22「暴動ラジオ」

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2016年、8月23日。
その日の夜、応接セットにて休憩中の池脇に声を掛けた。



-- 来月、ラジオ出演の依頼もあるとお伺いしました。
R「おお? さすが、どっからそんな早く情報仕入れてくんの」
-- 何を仰いますやら(笑)。織江さんに決まってるじゃないですか。
R「そか、そらそうだよな!」
-- ゲスト出演だそうですね。
R「決定かどうかは聞いてねえな。そういう話が来てるのは知ってるけど、どうなんだろう。来月は来月で色々立て込んでるからな」
-- 断る可能性もあると。一応うちもスケジュール押さえて、同行させてもらえると助かります。決定すればなんですが。
R「関西だけど行けんのか?」
-- どこでも行きますよ。
R「はは、来年ヴァッケン(ドイツ)来るって息巻いてるくらいだもんな。大阪くらい来るか」
-- ワケないですね。そう言えば、PV完成したらMTVでガンガン流すってファーマーズ側が宣言してるそうですね。忙しくなりますよ。年に一度の大々的な披露試写会も来月開催されますし、合間を縫ってラジオもですか。大変ですね。
R「実際はそんなでもねえよ。去年も色々と重なった時期あったけど、そいでも暇よりは全然いいからな」
-- ふんぞり返って大御所感を出すよりも、色々と精力的にこなす姿がバンドにはお似合いだと私も思います。あちらでの完成試写会も当然出席ですか?
R「行くだろうなあ、そこは。イベントの内容的にはうちのっていうよりあっちの(ファーマーズの)作品の完成お披露目って感じらしいけど、でもまあ、立場的に無視はできねえな」
-- こちらとしては去年出したアルバムの、しかもシングルカットもされてない曲ですからね。確かにファーマーズ作品としての意味合いの方が強いのでしょうね。年に一度行われる大規模なショーですから、既にあちらのノリはお祭り状態です。
R「っへー」
-- 竜二さんお一人で行かれる予定なんですか?
R「それもまだ分かんねえ。パーティーみたいなのに出て適当な事喋るだけなら俺だけでいいし、PVの曲をライブで演れって言うなら全員行かなきゃなんねえしな」
-- ニッキーなら絶対言いますよ。
R「やっぱそうかな。あー、○○○○え」
-- 絶対NGですよ今の。
R「あははは!あ、一緒に来る?」
-- いいですか!? 会社に確認取ります!
そこへ楽屋へ戻っていた神波と繭子が帰って来た。
池脇の豪快な笑い声に釣られてか、自然と応接セットへ参加してくれた。
T「とても良からぬことを考えてる時の笑い声が聞こえた」
-- 来月ファーマーズで行われる映像作品の完成披露試写会に、皆さんで参加するかどうか、というお話です。
T「そんなもの強制だろ。断れないだろうな」
M「そうですよね。きっとそうなるだろうって話は、もう向こうで撮ってる段階から言ってましたよね。楽しいよ~ってジャックも言ってたし(笑)」
-- 羨ましい(笑)。そこはやっぱり全員で?
T「そらそうだよ。来月はそこ中心にスケジュール組まないと」
-- ラジオ出演もありますね。
T「それは別に一日で終わるからいいけど、あっちは移動とか前乗りとかパーティーとかインタビューとか、やたら時間食うからね」
M「でもいちいち大袈裟ですよね。PV撮るってそんな凄いことなの?って感じ」
-- 大袈裟じゃないよ(笑)。繭子はまだファーマーズがどれだけの組織なのか分かってないんだなあ。向こうはそれがメインビジネスなんだよ。自分達の作品を多くの業界人に見せてブランドの力を誇示する事も大事だし、試写会を大掛かりな恒例行事にして公共の電波に乗せる事で、それらを取り巻く環境に影響を及ぼす所まで、全部計算に入れてるんだからね。PV一本撮るだけでも、色々な業界が連動して動く世界なんだから。
M「へー。もうあれだね、完全に私達の曲じゃなくても良いみたいな話になってるね」
-- 極論そうだよ。だけど普通は、お願いしますハイ分かりました、っていう相手じゃないからね。目を付けられる・選ばれる事がもう凄まじい幸運だもの。自社ブランドの映像作品をどのグループを使って撮るかって、結構重要なファクターだよ。これ本当に皆さんピンと来てない印象だけど、並み居る強豪を薙ぎ倒したっていう自覚を持った方が良いですよ。
M「なんで?」
-- なんでって。今はまだお披露目前だからなんとなく周囲がザワつく程度で済んでるけど、世界的に発信された後はファーマーズはもちろん『このバンドはなんだ、どこの誰なんだ』ってなるから。世界中の目が海を越えてぶっ刺さって来るし、そんな時にポカーンとした顔してたらニッキーの顔に泥を塗りかねないよ。堂々と、俺達がドーンハンマーだって、余裕の笑顔で踏ん反り返ってないと。
M「あははは。え、いつもの3人じゃん」
-- あ、ほんとだ。ってか、繭子も!
T「ありがとね。勉強になるよ」
-- いえいえ、偉そうに講釈垂れました。ただでも、前回(ファーマーズで)の映像を拝見した限りだと、竜二さんさえいればなんとかなるなっていう安心感はあるんですけどね。
R「俺!? 急に俺?」
M「なははは、いや、そうだよね。ホントそう思う」
-- ことプレイに関して言えば全員が全員天下取れる猛者だと思いますけど、やっぱりフロントマンの凄さってちょっと、言葉が見つからない魅力があるなあって思って何度も見返しました。
R「何の話してんだよ」
-- やっぱり感激したのが、スタジオ内でギャラリーに笑顔で声を掛けるアピールシーンと、イレギュラーなお葬式でのスピーチ。あの2つの場面は永久保存でずーっと見返して生きていくと思います。
R「ははは。あれなあ」
T「ああいう瞬発力というか本番で動じない神経の太さって、昔からだけど確かに誰も真似出来ない事だと思うね」
R「おお、そうなんだよな。…え、もう一回言ってくれる?」
T「な?こいつこういう事平気で言うキャラだけど、実際キャラじゃないんだよ。まじでああいう事をやれる、ちょっとそこらへんにはいない奴だから。普通事前に考えてたってあんな風に出来ないよ。それをその場で言えるっていう…ちょっと言ってて恥ずかしくなるからやめようか」
(一同、笑)
-- いつでも自信に満ち溢れている竜二さんですが、凹んだり、苦手意識があったり、そういうネガティブな一面はないんですか?
R「うーん、ネガティブ…」
腕組みをして真剣に考えている様子ではあるが、きっと面白い返事を捻り出そうとしているのだろう。そういう空気も、なんとなく分かるようになってきた。
M「だからある意味、その、こないだのビデオにも撮られてたけど、私みたいなネガティブ全開な奴が相談しても刺さらない時があるのは感じる」
-- 刺さらないとは?
M「理解されてないとは思わないけど、もう目線の高さが違い過ぎてアドバイスすら受け取れないというか」
R「それはでも、…ええ、そうか?」
M「三者三様にきちんと言葉をくれるのは間違いないんですけど、うーん、なんて言おうか」
-- じゃあ誰が一番刺さる?
M「それはその時によると思うけど、基本ネガティブな相談は誰にも刺さらない」
R「あははは!」
T「うわー、ダメなオッサン達だなー」
-- 名言出ましたね。『誰にも刺さらない』。
M「うん。ああ、うん、そもそも3人ともネガティブな事言わないもんなあ。私だけかもしれない、愚痴とか文句言ってるの」
-- この4人の中でネガティブな意見が出る時って例えば何? 曲作りとか練習とか?
T「文句言ってるイメージ全然ないけど」
R「うん。こないだのって飛行機の中での事か?あんなんでネガティブなんて思わねえよ。逆にやっぱスゲー真面目に取り組んでんだなーってポジティブに捉えたぐらいだよ。少なくとも4人の中で一番真面目で努力家なのが繭子だと思うけど」
M「えええ。全然知らないだけですよ、めっちゃ言ってますもん!」
-- だから例えば何を?
M「ええ?ええーっと、あ、最近だとあれ、ドラムマガジンのコーナー連載断ったね」
-- ああ、そうだね。どうしてだっけ。
M「上手くなりたいなら練習しろとしか言えない」
-- ネガティブでは、ない!
(一同、爆笑)
笑われた繭子は揶揄われたような感覚なのか、眉をハの字にして身悶えする。
M「なんでなんで、笑う所かなー」
R「いや、うん。本当に凄いと思う。正しいよ。だって俺達がそういう連載とか特集ページで手の内明かさないのも同じ理由だもん。誰だって上手くなりたいし、それを優しく言葉で説明してやる奴がいてもいいと思うけど、俺達は誰にも教わってないし、ただ純粋に自分達の考える格好良さを追求して来たから今があるわけだよ。それをおいそれと他人に伝える気はねえもん。死ぬ気で弾け、死ぬ気で叩け、話はそれからだ」
M「でしょ!?」
T「織江はでもびっくりしてたよ。俺ら3人に思考が寄り過ぎで怖いって」
M「あははは。いやいや、光栄です」
-- 例えば他のプレイヤーとドラムについて意見交換したり、何人かで集まってドラム談義したり、みたいな企画も嫌かな?
M「Billionで?」
-- 例えばね。
М「…ごめん、嫌かな」
R「それも嫌なのか」
М「はい」
T「なんで?」
M「話す事ないですもん、私から。人がどう思ってるかも知りたくないですし。だったらその人がプレイしてる映像かなんか見て盗める所は盗んで、興味ない部分は無視して、とかそんなんで十分です」
R「…お前友達いないだろ」
M「何ですかそれー!」
R「他人に興味なさすぎだよ、ちょっと引くわー」
M「嘘!? やだー!」
(一同、笑)
T「アキラのせいってのもあるんじゃないかな。お前より先にあの場所に座ってたせいで、基準があいつになってんだよ。今更お世辞でもなんでもないけど、大抵の、お前くらいの世代って今でも大体アキラ以下だろ。そのアキラを超えちゃった繭子が今更誰に興味あるんだって言えばもう、世界に数人って所なんじゃないの。ジーン・ホグランとかフロ・モーニエとか、手数と正確さで言うとその辺だけが上にいて、更に言えば誰かを意識して叩いてるわけじゃないっていうスタイルを見れば、誰一人繭子の前には立ってないんじゃないかな」
真剣に耳を傾ていた繭子は、神波の言葉に少し遠い目をした。
M「(善明アキラを)全然超えてはないですけど、でも大成さんがそう仰るなら、そうなんだと思います」
-- (言葉が出てこない)
M「え、引いてる? 自信家とかそういう話じゃないんだけどね。他人に興味がないっていうのも、確かにそうだし、ドラマーとして結局は誰かに似てたり、実力で誰と誰の間くらいみたいな言われ方はあっても、私自身がそこをなんとも思ってないっていう感じなのかな」
-- 引いてません。あり得ないけど、繭子があと3人いたら、4人で話してみたい?
M「んー、ふふふ、面白い事言うねえいつも。ううーんと、でもやっぱり興味ないかな、ごめんね」
R「時枝さんは、繭子と誰かを対談させたいのか?」
-- 正直興味はありますよ。というのも、これだけ凄いプレイを見せる繭子でも、ドーンハンマーの中ではきっちり4分の1なんですよね。存在意義というか。バランスが。
M「うんうん」
-- そこを飛び出て、例えば日本で上手いとされている、まあ仮にタイラー、Dバンドの青山君なんかと一対一になった時って、初めて彼女の凄さがドーンと前に出る気がするんです。青山君が噛ませ犬になると言う意味ではなくて、4分の1じゃない等身大の繭子が見れるというか。
M「ああ、なるほど、そういう意味か」
-- うん。単純にギターヒーロー対決、みたいな企画ってみんな好きだし。知ってる誰かと誰かを合わせて化学変化を見てみたいっていう願望もあるし。
R「繭子が外の人間と面白可笑しく話をしてる場面を見た事ないから、見てみたい気もするな、確かに」
T「確かにそれはあるな(笑)。10年一緒にいて思うもん。こいつほんと出不精だし、練習の虫だよな。あの翔太郎ですらちょくちょく人と飲みに行ってるってのに」
M「うふふふ。今翔太郎さんいないから言えますけど、そういうのは誠さんがいたから全然間に合ってたんです。そもそも同業者と話したくないし、練習終わった後は寝たいし、大成さん家に転がりこんで織江さんと飲むか、誠さんと飲むか」
R「飲んでばっかりだなお前!」
M「人の事言えないでしょ!?」
R「違えねえ!」
-- (笑)、お酒好きなんだっけ?
M「弱いけどね。好きは好き」
T「弱くはないよ」
R「そう言えば俺繭子とサシで飲んだことないなあ。翔太郎とどっちが強いの?」
T「お前誰と比べてんだよ(笑)。そらそんなもの圧倒的に翔太郎だろ。上から翔太郎、竜二、繭子、織江、俺、誠だと思うよ」
M「私竜二さんとサシ飲みしたことありますけどね!」
R「…ごめん」
M「ってかやっぱり翔太郎さんと竜二さんて改めて異常ですよね」
T「うん。特に翔太郎はちょっと心配になるね」
R「あいつはちょっと色々おかしい」
-- そのうちお腹出てきませんかね。
M「え?」
-- え?
T「あ、知らないっけ。あー、え?」
-- え? なんですか?
M「トッキー私達の事詳しいから知ってると思ってた。まあ、あんまし脱がないから見逃してるかもしれないけど、翔太郎さんて身体バッキバキだよ、筋肉」
-- ええええ、全然イメージない。
T「うん、顔とイメージ違うから脱ぐなって言うもん俺」
R「うははは、無茶苦茶言うな。上げて落として!」
-- そうだったんですね。やはり意識して鍛えていらっしゃるんですね。体が資本ですもんね。竜二さんが凄いのは存じ上げてますが、翔太郎さんもですか。大成さんも?
R「こいつガリガリ」
T「あははは」
M「そんな事ないよ、ウソだからね(笑)」
-- 細いですものね。だけど大成さんも腕の筋肉物凄いですよね。
M「私も凄いよ、腕とふくらはぎ」
-- でも細いよねえ。
R「割と身長あるからそう見えるんかな」
M「え? 酷い、今日なんか色々酷い」
(一同、笑)
-- 話変わりますけど、ラジオ出演の依頼って局からですか? 出演者の紹介とかですか?
R「あー、えー、『ゼットン』っていうバンド知ってる?パンクバンド」
-- 名前だけですけど。結構昔のバンドですよね。80年代とかの。
R「そうそう。そこのボーカルが今ソロでやってんだけど、昔から関西行ったら可愛がってくれる先輩でね。最近行ってないから番組に呼んでくれてるんだけど、まさか来月とはなーっていう話」
-- なるほど。
T「殿岡洋平って人知らない?」
-- んんんー。ごめんなさい!
T「いやいや全然。時枝さん物知りだからもしかして、と思っただけ」
M「私も実は喋った事ないんだよ。もちろん関西でライブやった事もあるしゼットンも知ってるし殿岡さんも知ってるけど、実際にちゃんと喋った事ないの」
-- タイミング?
M「それもそうだし、なんかちょっと怖い人っぽいんだよね。織江さんが気を使ってくれてるみたい」
-- そうなんだ。私同行しようと思ってたんだけど、全然彼を知らない私が行くと余計揉めるかな。
R「いやいや揉めない揉めない。あっちもいい年したオッサンだし、丸くなったもんだよ。ただいつも酔っ払ってるイメージあるし、そこらへんのメリハリの無さが織江とはソリが合わねえんだろうな」
T「基本おしゃべり好きの面白い人だけどね。まあ万が一揉めた所で、結局俺らと喧嘩する度胸はないだろう、今更」
R「若いころは勢い余ってってのもあったけどなあ」
-- なんで、男の人って喧嘩の話大好きなんですか。いつまでも子供みたいに笑って話しますよね。誰が強いとか、誰がヤバイとか。私の友達で主にパンクバンドの記事を書いてたライターも、それが嫌で辞めたんですよ。メタル畑はまだマシですけど、インディーズパンクとかちょっとした無法地帯ですよね。
T「急に怒られた」
-- 怒ってません。ドーンハンマーは違うと思ってましたが、やっぱり男の子でしたね。
R「多かれ少なかれ男は皆そういう闘争本能を持ってるんじゃねえかな。俺達の場合はそれがないと生きていけない場所で育ったのもあるし」
-- ああ、この話になると記事に出来ないから極力広げないようにしてたんだった。繭子はそういう男の喧嘩話とか、どういうスタンスで聞いてるの?
M「あー、あはは。私の立場は偏ってるから参考にならないよ」
-- そうなの?
M「私もだって、誠さんや織江さんから色々聞いて来たからねえ。だけど、本人達から武勇伝みたいな感じで聞いた事は一度もないよ。なんというか、この人達が振るわれた暴力と、彼ら自身が振るった暴力の話はそれこそ大袈裟じゃなくて、私にとっては単なる思い出話に聞こえないんだよね。聞いてて楽しくなる話ばかりじゃなかったし、力を合わせて困難を乗り越えてきた体験談とか、そんな印象を受けるからね。そこには若い時代の竜二さんや大成さんがいるわけだし、それを想像しながら聞くのは好きなんだけど。それでも当たり前のようにさ、楽しかった昔の思い出話のような顔をして、暴力的な事とかが出て来るからさ。興味を持って色々聞いて来た分、きっと人よりは麻痺してると思うよ」
-- なるほど。そういう感じなんだ。暴力が日常って聞くとやっぱり怖いんだけど、武勇伝とか自慢話をする人達ではないんだろうなとは、私も思ってるしね。
M「うん、本人達は全然そういうのはない。でも、本当言うと最初はうんざりした部分もあったけどね」
(一同、笑)
M「だってねえ、喧嘩が好きなわけじゃないし。なんでそんなに皆、暴力的な話ばっかりするんだ?って思ったよ。ただナベさんとかマーさんとかと話しててさ、あいつってこういう所あるだろ?実は昔もこんな事があってね、っていう感じで話始まるじゃない。2人とも話面白いからさ、笑い話なのかなーって聞いてたらめちゃくちゃクレイジーな内容だったりするの。結果今があって、今が楽しいから笑えるんだけどさ、聞いた時はやっぱり怖いなって思う事も一杯あったよ」
-- そうなんだ。怖い物見たさでちょっと聞いてみたい気持ちもあるな。
M「聞いて見ればいいじゃん」
-- えー、どうなんだろう。…やっぱり怖いな。
R「(笑)」
T「黙って聞いてればこれだよ」
R「この何か月で喧嘩がどうとか話したのってこないだが初めてだってのによ、もうこの言われようだぜ」
T「カタギじゃないみたいに言われてるよな」
M「これでも全然オブラートに包んでますよ!だけど、誠さんから聞く話が一番生々しいんですけど、もっと付き合いの長い織江さんやナベさん達の方が内容柔らかいのは、やっぱ優しさですかね」
T「そうなんだ? それは面白いね」
M「他人事(笑)」
R「多分物事の背景とかを知らずに見た事起こった事だけを話すと、生々しい嫌ーな内容になるだろうな」
-- 3人が殴り合いの喧嘩した事あるんですか? ドーンハンマーになってから。
R「ないよな?」
T「あるよ!」
R「え、ねえよ!」
T「お前翔太郎に殴られてるだろ!」
R「あ、…そっちかぁ」
T「全然人の事言えないけど(笑)」
-- へえー(引いている)。
M「あー、それ見た。見てましたー、超怖かったです。その後竜二さん殴り返すかなと思ったら殴り返さないし、余計なんだろ、辛い気持ちにもなったし」
-- へ、へー。そういう事もあったんですね。でもそこは敢えて今は聞かないですけどね。
(一同、爆笑)
R「面白い、今のいいな、いつか使おう」
-- 翔太郎さんって、そういう直接的な事はしなさそうなんですけどね。
T「そりゃ買い被りすぎだよ。すぐ殴るよあいつ」
R「めっちゃ殴るよ。順番で言うと翔太郎、大成、アキラ、俺、だよ」
T「違う違う、翔太郎、竜二、アキラ、俺だよ」
R「違う違う、はああ? 違う違う」
T「あははは!」
R「いやいや、繭子ー、翔太郎ー」
M「あははは!」


その夜は久しぶりに、子供のような顔で思い出話に花を咲かせるメンバーを見る事が出来た。私はバンドマンが夢や音楽についての思いを語る場面ももちろん好きだが、こういう人となりが見える何気ない笑い話を聞くのも大好きだ。
特にここ最近バンドにとってもメンバーにとっても、精神的な消耗が激しい日々が続いていたこともあり、内容がどうであれ少年少女のように大口を開けて笑っている姿を見ることが出来たのは、実に喜ばしい事だと思えた。
ただこの日の話の内容と、ラジオ収録当日に起こった出来事を合わせて考慮すれば、彼らの日常には暴力が付きまとっていたという過去の思い出語りが一気に現実味を帯びて聞こえるようになるのは、皮肉な運命だと言えた。



結論から言えば、ドーンハンマーが収録に臨んだラジオ番組は放送されない。
理由はいくつかある。
以前からその様な事が何度かあったらしいのだが、今回ドーンハンマーをゲストに迎えるに当たってより顕著となったのが、メインパーソナリティーであるexゼットンのボーカル殿岡洋平氏を中心に、収録現場の空気が著しく剣呑であった事がまずあげられる。
簡単に言えば険悪を通り越して、現場が凍り付く程、揉めたのだ。
同席した私の客観的な感想で表現するならば、「何故誰も警察を呼ばないんだ?」である。
そして何より最大の理由は、殿岡氏が収録日の翌日未明、交通事故によって急逝した事だ。
関係者の証言により、数時間前に氏と騒動を起こしたドーンハンマーのメンバーが事情を聴取された事もまた、公平を期すためには付け加えておかねばなるまい。
そしてもちろん警察の判断として、その晩彼らの間にあった諍いと殿岡氏の死因にはなんの因果関係も認められなかった事も、はっきりとここに記しておく。
それらを踏まえた上で、許される範囲のあらましをここに残そうと思う。
2016年、9月4日。この日の出来事は今も遺恨として残っているかもしれない、殿岡氏のファン、ゼットンファンのためにも、その晩ドーンハンマーとの間に何があったのか、私には伝える義務があると思っているからだ。
収録に臨んだのはメンバー4人と、マネージャーである伊藤織江氏。そして今回現場が県外であった為にドライバーとして、バイラル4スタッフ上山鉄臣氏も参加した。
そして撮影班という立場で、詩音社の時枝。
殿岡氏がメンパーソナリティを務めるFMラジオ「Garage Life」からは、殿岡洋平氏本人。
女性アシスタントでラジオDJの浮田ナミダ氏。そして、殿岡氏の付き人してと紹介された30代後半から40代と思しき男性、前田氏。この前田氏の事は今もよく存じ上げないままだ。
こちらとしては後日改めて話をお伺いしたかったのだが、現在も消息が分からないままであり、実を言えば前田氏というのも仮名である。
当日、本番が始まるまでの間に殿岡氏と前田氏にお会いする機会はなかった。
というのもスケジュールの都合上、バイラル4側が大阪に滞在できる時間があらかじめ決まっていたにも関わらず、殿岡氏が遅刻。打ち合わせは局のスタッフとアシスタントを交えて行ったが、収録が始まるギリギリまで本人とは挨拶もできなかった。
生放送ではなく収録の為あちらもそこまで焦ってはいない様子だったのだが、こちらの都合で時間に余裕がないと分かった時、氏は笑顔ながらも「へえ、忙しいのはええことやな」という言葉どおりの感情では無かったように、私には感じられた。
まず、これは後にあちらのスタッフも浮田ナミダ氏も言っていた事だが、これまで殿岡氏がラジオ収録に付き人を連れて来たことは一度もない。つまり私たちの前に現れた前田氏という男性に対しては、誰もが初対面であった。
そしてまさか収録本番にまで同席するとは誰も予想しておらず、殿岡氏の口から「いやいや、おったらええがな」という言葉が出た時、ドーンハンマー4人の顔つきが少し変わったように、映像を確認した私には見えた。
内心バイラル4の上山氏は面白くなかったようで、「じゃあ俺も参加させてもらおうかな」と言ったそうである。その時私は別室で準備中であり直接見てはいないのだが、前田氏と上山氏は本番前からバチバチだったそうだ。
部外者からしてみれば、付き人も事務所スタッフも同じような立場に見える。だが殿岡氏にしてみれば、ドーンハンマーは年下でありキャリア的にも後輩である。いくらこの10年で人気に差がついてしまったとは言え、そこを無視できるほどドーンハンマー側も子供ではない。そのことを知ってか知らずか、上山氏が申し出た時、殿岡氏はあからさまに嫌そうな顔をしたそうだ。年下の、後輩の、しかもバンドマンですらない事務所スタッフが「しゃしゃり出てきた」と。
そこでグイっと前に出て来たのが前田氏だ。もちろんある程度ドーンハンマーの4人(あるいは初めから3人だったかもしれない)に対しては一定の遠慮はあったようだが、演者でもローディーでもない生意気なスタッフになど容赦はしないぞ、という態度で上山氏に近づいたそうだ。
そしてスタッフの全員が驚いた事に、当の上山氏が顔色一つ変えずに全く引く気配を見せなかった。伊藤織江氏が声を掛けて外に連れ出さねば収まりがつかなかったかもしれない空気が、スタジオ内に充満していたという。
さすがに事務所スタッフである上山氏の態度をどうこう言う意見もあったが、ディレクターやゲストの了承を得る事なく収録現場に堂々と居座るばかりか、相手側のスタッフに睨みをきかせたのだ。初対面の人間に対し前田氏がどのくらい好戦的な態度だったかは、この場面だけで分かりそうなものである。
ともかく収録はスタートした。
時枝もここからスタジオ内で撮影を開始している。
初めのうちは浮田ナミダ氏の手慣れた進行のおかげもあって、自己紹介、殿岡氏との関係、曲紹介、と滞りなく収録は進んだ。
その間特に前田氏に動きはなく、殿岡氏の後ろに立ってドーンハンマーを見下ろしているだけだった。実際彼がなんの為にそこにいたのかは今もって理由が分からない。分からないが、私にはボディーガードかSPか、そういった役回りの人間に見えた。
何故ならドーンハンマーは昔からとにかく揉め事を起こしてきたせいで、歓迎されない地方やライブハウスが今でも多く存在する。殿岡氏はその時代をよく知っているので、4対1の構図で気遅れしないように強面の付き人を連れて来たのではないか、と考えている。
しかし今回初めて殿岡氏と対面したという繭子の存在もあってか、次第に殿岡氏に明るい笑顔が戻ってきたように見えた。
実際に挨拶以外の言葉を交わすのは初めてだが、昔からステージは見ているし、腕前の確かさもルックスも、お酒が好きな所も最高だ、と繭子に対しては大絶賛だった。
繭子は繭子で、ようやくちゃんと話が出来て光栄だという事、ゼットンのCDを持っている事など、関西弁を相手に苦戦しながらも慣れないラジオでよく会話に参加しているな、という好印象を持って私などは見ていた。
ところがだ。
繭子の、誰を相手にしても絶対に自分を曲げない実直さが、この晩起きた事件の引金となった事は疑いようのない事実だった。
会話が食い違ったのは、殿岡氏が口にした「それがパンクっちゅうことやね」という決め台詞のような言葉だった。
氏は、やはりこの日も本番前からお酒を飲んでおり、気分が乗ってきた所で何かにつけて「パンクやね」と言い始めた。面白いものもパンク。格好いいこともパンク。格好悪いこともパンク。遊びもパンク。仕事もパンク。男もパンク。女もパンク。アイスクリームもパンク。たこ焼きもパンク。全てがパンク。パンク、パンク、パンク。
浮田ナミダ氏によればそれはいつもの事らしかった。そもそもゼットンはパンクバンドだ。会話の端々に自分の好きなもの、自分の人生のキーワードを放り込んで面白おかしく話を回す事になんら不自然さはないし、むしろ関西人のノリとバンドマンのプライドが合わさり、ラジオパーソナリティーとしてもノッテ話が出来ているこの場面は、キナ臭い始まり方をした今日の収録で1番和やかなムードが出来上がった瞬間でもあった。
そんな時、繭子が言った。
「でも私、パンクっぽい事とかそういう人って、実は苦手だったりしますねー」
もちろん悪気などない。空気が読めないようなバカな女でもない。ただ、我慢が出来なかったらしいのだ。
繭子の言葉に、一瞬場が白けた。
しかし浮田ナミダ氏が大袈裟な笑い声をあげて、「あああ、分かるわぁ、それもー」とフォローを入れたおかげで、その場は収まるかに見えた。だが殿岡氏は笑顔を浮かべながら、こう聞き返す。
「どういう意味?」
池脇が助け舟を出す。
「まあまあ、トノやんみたいな男とそこらへん歩いてるファッションパンクスはやっぱ全然意味合いがちが…」
「ちゃう、お前に聞いてないねん。どういう意味?」
椅子の背もたれにふん折り返っていた殿岡氏が、前のめりになって繭子に顔を近づける。
無視された池脇の顔色が変わる。そんな池脇と、殿岡氏を冷ややかな目で見つめる伊澄の二人を、上から前田氏が睨みつけている。その前田氏を、サングラス越しではあるが神波が見上げている。
以下、繭子の語った思いである。
「私昔っからパンクロックって音楽ジャンルとして聞いた事なくて、どっかでその人達の人生を読んでるような、聞いてるような感じだったんですよ。だから人に興味がないとそのバンドにも興味が持てないっていうか。そういうのって音楽ジャンルとしては珍しいと思うんですよ。ロックとか私らがやってるメタルって、格好良ければ相手の姿がわからなくても聞いただけでゾクっとくる瞬間、あるじゃないですか。でもパンクロックってやっぱり『人』だなって思うんです。だから逆に、パンクっぽい物とか人とかファッションとか、そういう表面を形作る何か、言葉で表現出来る何かが、すごく嫌なんですよね。昔からルーザーズパンクとか言うじゃないですか。そういう、負けたやつの音楽とか弱者の為の音楽とか、あるいはそういう立場の代弁者みたいな、ノリというかカテゴライズされた枠も苦手です。出来なくてもいいとか、下手でもいいとか、初期衝動さえあれば格好いいとか。それってパンクなの?言い訳じゃない?ってずっと思ってましたし」
そこまで言い終えた繭子に、
「今日お前辛いなー(辛口だな)」
と笑って伊澄が突っ込みを入れた。
彼なりのブレーキだったと思うのだが、繭子は何故か立ち止まろうとしなかった。
その理由は以下の通りだ。
「そうですか?こないだ、タイラーと対談したじゃないですか。私ちょっと、うるっと来ちゃったんですよね。彼女達の直向きな真面目さとか苦悩とか、それでも笑顔を絶やさない強さとか。今、彼女達が全力で取り組んでいる音楽っていわゆる先駆者がいないと思うんです。だから前が見えないと思うんですよ。メタルか、アイドルか、色物か、本物か。自分達は間違っていないか、誰かをバカにしてないか、好きなことを本当にやれてるか。彼女達の笑顔にそういう思いが全部見えた気がして、たまらなくなりました。やっぱり、音楽って人だなって思うんです。だから余計と…」
「さっきから何ベラベラ喋っとんねん、長いわ」
いきなりそう口を開いたのは、前田氏であった。
さすがに殿岡氏も「やめとけお前、あほか」とやんわり諫めはしたものの、顔には笑みが浮かんだままだった。繭子は特に怒りもせず、鼻からため息を逃がして口を閉じた。
浮田ナミダ氏がここでも助け舟を出している。
「へー!タイラーってあのアイドルの子らやんねえ、今めっちゃ人気ある。ちっちゃいのに頑張ってると思うわぁ。言うてみたらあの子らもパンクなんちゃいますー?」
殿岡氏は浮田を一瞥し、
「いや、知らんけども」
とにべもない。
「え、なんなん、繭子はパンクの何を知ってんの?逆に今自分が言うた、全否定的な考えがパンクバンド以外には当てはまらへんって本気で思ってんの?パンクロックにどんだけの人間が励まされてきたと思う?」
「いやいや、だから私が言ってるのは」
「ちゃうやんちゃうやん、お前自分のジャンル棚に上げんなや。下手なメタルバンドかておるやろが。こっちも死ぬ気でやってるパンクマンなんぼでもおるわ。目の前に連れて来たろか?」
「えーっと、そういう事ではなくて」
そこでもまた前田氏が口を挟んでくる。
「いやお前聞けって、今洋平さんが喋ってるやろが。何お前言い訳しようとしてんねん」
沈黙。
繭子が下唇を噛んで下を向く。誰も言葉を発することなく、殿岡氏だけが微笑っている。
私にはその状況が、不気味に思えて仕方がなかった。
腕組みしたまま動かない池脇、伊澄、神波の3人が、このまま黙って終わるとはどうしても思えなかったからだ。スイッチはきっともう既に入っている。あとは切っ掛け待ちに見えた。
「だからな、繭子がどんだけ偏った意見を持っとって、俺らをどう思おうが別にかまへんけどや、そもそもお前にパンクを語る資格なんかないんちゃうんか。タイニーなんたらなんかどうでもええねん。お前なんか全然パンクちゃうわ。お前らもそう思わんけ?」
そこでようやく殿岡氏が繭子から視線を外して男達に話を振った瞬間、
「思わねえよ」
と池脇が即答した。
「はあ?」
と殿岡氏。
「下らねえ、泡吹いて何をグダグダ。あのよう、テメエの言いたい事を言いたいように言う、それがパンクじゃねえのかよ。資格がなんだ言う前によ、女相手に粋がってるお前のどこがパンクなのか教えてくれよ」
「何じゃあお前コラ!」
前田氏が身を乗り出して叫ぶ。
「いやいやお前さ」
伊澄が前田氏をはっきりと指さして言う。
「お前さっきから何なんだ。と言うかまず誰だよ」
浮田氏が半泣きの顔で「ちょっともう、やめてよ~」と止めに入る。
「あんたはここから出てくれる?」
と神波が浮田氏を見ながら言う。サングラス越しなので表情が読めず余計に怖い。浮田氏は何も言わず席を立つ。
「おいおいおいおい、仕事仕事、どうすんねんこれ」
殿岡氏が少しだけ焦った様子を見せて、場を見渡す。
下を向いたままの繭子が小さな声で言った。
「ごめんなさい」
その瞬間だった。それが、伊澄にとってのスイッチだったようだ。
ドーン!と音がして、伊澄が左腕で机をぶっ叩いた。
衝撃で机の上にあった書類が何枚か下に落ち、飲み物の入ったカップが一つ倒れた。
繭子の体がビクっと震えた。
「そんな簡単に謝るくれえなら喧嘩なんか売ってんじゃねえよ!」
こんなボリュームで声が出せたのかと思うくらい、伊澄の口からは聞いた事のない怒声だった。少なくとも私には、彼が本気で怒っているように見えた。繭子は何も答える事が出来ず、目を閉じた。
「はあ?何?お前ら喧嘩売ってんの?」
前田氏がそう凄む。見下ろされている事に我慢の限界が来たようだ。池脇と神波が立ち上がる。
「よし、売ってやるよ。絶対買えよお前ら、特にお前」
神波が前田氏に顔を近づけて言う。早く殴って来いと言わんばかりの距離だ。
「お前もゼットン今すぐ連れて来い!今日またここで潰してやるからご自慢のパンクスありったけ連れて来い!」
池脇が殿岡氏に向かって吠え立てる。殿岡氏は酔いがさめた顔で腕組みし、大きなため息をついた。
「あのなー、お前ら誰に言うてるか分かってんのか?いつまでもええ年こいてキッタハッタやってんちゃうぞ」
「おいおい、今更芋引いてんじゃねえよ。いいから呼んで来い、能書きはいいからよ」
「やるぞ喧嘩。俺らは引かねえからな。少なくともお前らは2人とも今潰す」
「こいつがしょうもないイッチョカミ垂れてくるから悪いんちゃうんか、お前黙ってんちゃうぞコラ!」
前田氏が繭子に向かって叫ぶ。繭子は俯いてこそいるものの、泣いてはいなかった。前田氏の言葉に顔を上げた繭子は、彼ではなく殿岡氏に向かってこう言った。
「やっぱり、私間違ってないです。謝ったの、撤回させて下さい」
すると腕組みを解いて伊澄が立ち上がり、殿岡氏の頭を掴んで引き寄せる。
「そういう事だよ。これっきりだなトノやん。俺達が誰だか忘れたか。相手見て喧嘩しろって前にも言ったろ。なあ、…おい、…俺を見ろ!」
伊澄の言葉に、殿岡氏の顔が初めて青ざめた。



上山氏がスタジオに飛び込んで来る。
伊藤織江氏と局の従業員が止めに入る。
泣き出す若い女性スタッフ。
見ないふりを決め込む浮田ナミダ氏。
飛び交う怒声。
物がぶつかり合う音。
上山氏が繭子を外へ連れ出した。
繭子は悔しそうな顔で一度だけメンバーを振り返り、退出した。



確かに、これだけのことがあったのだ。
まさかその翌日に殿岡氏を悲劇が襲うとは誰も予想駄にしなかったが、警察がドーンハンマーに話を聞かざるを得ない事情も理解できる。だが忘れてならない事実を書いておくと、その後繭子を除いたドーンハンマー3人と殿岡氏は、夜の繁華街へ飲みに出かけている。
後にメンバーから聞いた話だが、ドーンハンマーと殿岡氏は過去にも何度か衝突している。
その時もゼットンのメンバー含め、喧嘩の後には関係を修復すべく必ず飲みに出かけるのが習慣となっていた。つまりは彼らにとってこの程度の喧嘩は大した問題ではないし、それは殿岡氏にとっても同じの筈だというのがメンバーの見解だ。
「これっきりだな」と言った伊澄の言葉が記録されているが、こちらに繭子がいる以上またどこかで一緒に仕事をする事はありえない、という意味で言ったのであって、もう二度と会わないつもりで放った言葉ではなかった。実際その直後に飲みに出かけているのだから、嘘ではない。ただそこに前田氏の姿はなく、その後も彼がどういう素性の人間なのかは分からいままだ。
結局ドーンハンマーはスケジュールを変更してまで殿岡氏と飲み明かし、別れたのは始発が走り始める時間になってからだった。
上山氏の運転する車に乗って東京へ戻ってくるや否や、伊藤織江の携帯に連絡が入る。
横断歩道を歌いながら渡っていた殿岡氏を、左折してきた黒のワンボックスが跳ねたらしく、ほとんど即死だったそうだ。
たまたまその日、上山氏が用意していた移動車が黒のワンボックスであった事もまた、彼らが呼び戻される原因の一つであった。



『ジャンルは違えど間違いなく、我々と同じ時代を生きた戦友であり、
飲み仲間であり、喧嘩仲間であり、音楽馬鹿であり、愛すべきたこ焼きマンであり、
そして、バンドを可愛がってくれた数少ない先輩でもありました。
関西を代表するパンクマン、「ゼットン」の殿岡洋平氏に、
心よりご冥福をお祈りいたします。R.I.P』

━ ドーンハンマー、バイラル4スタッフ、詩音社編集部一同。






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