芥川繭子という理由

新開 水留

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17「翔太郎×繭子」

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2016年、7月某日。
夏の本番を前にしてうだるような暑さが連日続いている。しかし見ているだけでこちらが脱水症状を起こすんじゃないかと錯覚するくらい、ドーンハンマーの練習は相も変わらず自分達に容赦がない。午前の練習が終わって、昼食後の休憩時間。会議室で一人煙草を吸っていた伊澄のもとへ、繭子と共にお邪魔してお話を聞いた。



伊澄翔太郎(S)×芥川繭子(M)。


M「未来を担うこれからの若いバンドについて、だそうです。…どうぞ」
S「頑張って下さい。以上です」
M「ふははは!終わった。終わっちゃった」
-- もう少し、そこをなんとか(笑)。
S「繭子」
M「こないだ街で若い男の子がね、ギターケースとキャリーバッグを持ってバス停でバス待ってるのを見かけたんですよ。バンドマンだよねえって思って。何と言うか、ああ、こういう子って今でもモテたりするのかなあって」
S「格好良かったのか?」
M「顔は見てないですけど、雰囲気はそこそこ」
S「何才くらい?」
M「多分10代です」
S「へー」
M「個人的な興味はないけど、バンドマンってやっぱりモテるっていうイメージあるじゃないですか。今の若いバンドの子って、動機なんなのかなって気になりません?」
S「…それは下手過ぎる奴が多いって話を遠回しに伝えようとしてる?」
M「うふはは、トッキーどうしよう、超怖い。超機嫌悪いかもしれない」
-- ええっ(怯える)。
S「あははは! 悪い悪い、ちゃんとしなきゃな。でも動機がなんなのかって、そんなのは100人いたら100人違うんじゃないか」
M「昔からよくモテたくて始めた話聞くじゃないですか。…翔太郎さんが違うってのは知ってますけどね!」
S「(笑)、でも効率悪いよな、そしたら。だって高い金払って楽器買ってさ、練習して、メンバーと揉めて、ステージ抑えて、緊張しながらライブやって、その後ようやく女の子ってえらく遠回りに感じるな。初めから好きな子にアピールしまくった方が早くないか? タダだし」
M「一回メンバーと揉めたのは何故なの(笑)。まあ冷静に考えてみると翔太郎さんの言う通りなんですけどね。じゃあ例えば翔太郎さんが打ち上げの席で、対バンしたバンドのメンバーが『俺実は女にモテたくてバンド始めたんすよー』って言ったらどうします?」
S「そのバンドはどうなの。格好良いの?」
M「うちと対バン出来るくらいなんで、そこそこは」
S「じゃあいいんじゃないの?」
M「ん? そのじゃあは、なんのじゃあですか」
S「動機が女でも、上手くなれたんならいいじゃないの」
M「ああ、なるほど。動機はそんなに重要じゃないと」
S「繭子にとっては重要なのか?」
M「そうですね。少なくともモテたい衝動で始めた人とは一緒にやりたくないですね」
S「あはは!お前の方が怖えよ」
-- 確かに。言いきっちゃいましたね。
М「私にしてみれば怖いのはあっち」
-- 何故?
М「異性を意識してバンド始めるような人間は絶対私の事鼻で笑うだろうなって思う。汗だくんなってドラム叩いてるトコ見て、何あいつーみたいな冷めた笑いで見られるなんて、怖すぎる」
-- そんな人いないでしょ(笑)。少なくとも音楽をやってる人間でそういう態度の人見た事ないけど。
М「えー、いると思うなあ」
-- 翔太郎さんはどう思いますか。
S「考えた事ないけど、前から俺が思ってんのは、最近の若い子ってバンドに限らず小綺麗で何やっても器用な気がすんだよ。偏見なのかもしれないけど、俺が20代前半とか、それこそ10代後半なんてもっと不器用だしだらしなかったけどなーって」
M「ああ、なんか分かる気がします。もうすでにモテてる子がバンドやってるのか、バンドやってるからモテてるのか分からないですけど、ちゃんとした身なりの子も要領良い子も多い気がしますね。でも10代ならいざしらず、20代なら翔太郎さんもう出来上がってるじゃないですか」
S「そんなことないよ。ドーンハンマー入る前なんか、ただの社会不適合者だし」
M「あはは」
S「割と礼儀正しい子も多いよな。俺真似出来ないから、人として良い事だと思うし偉いなと思うんだけど、ただなんて言うか、今の子は確かに吸収も早いし一見何でもそつなくこなしてスマートなんだけどさ、だからこそ絶対に負ける気がしない。全く怖さを感じない」
M「はい、同じく。そういう意味では確かにそうですね」
S「タイプが違うから向こうもきっとそう思ってんだろうけど」
M「あはは、それはどうかな」
-- 翔太郎さん達の言う、勝ち負けってなんですか?
S「ん、クソ格好いいなって震えるかどうか」
-- なるほど(笑)。そこはもうドーンハンマーは日本に敵無しですからね。
M「気持ち良い事言うなあ。おかわり!」
S「キャリアとか練習量ももちろんあるから威張って言う程の事じゃないけどな。多分こういう事言うと鼻つまみ者扱いされるだけだろうけど、やっぱり上手くなりたくてがむしゃらにやって来た奴の方が、特に音楽に関しては記憶に残るいい演奏残せると思うんだよ」
M「そうですね」
S「それがハングリーさなのかシンプルに音楽が好きなのかは置いといて。でも凄いのさは、今の子達はそれすらも分かってて選んでるんだよな、きっと。熱い方向へ行きたい奴は勝手に来るし、スマートに行きたい奴はそれこそモテまくる人生を選んでると思う。繭子はそういう男が嫌いなんだろ?」
M「ふは!うわー、誰の事言ってます?」
S「ロキノン系の」
M「怖い怖い!もう! 具体的な事言うのやめましょうよ」
S「お前が聞くからだろ(笑)」
-- 背筋がぞっとしました。大手事務所系列が多いから怖いですよ、あっち。
M「そういう事言うとこの人目が光るからやめて!」
-- (笑)、でもなんで繭子は嫌いなの?
M「嫌いというか、人が何をしようがどういう動機であろうが、私に被害がなければなんでもいいけど。別にそれは若い子に限らずどんな人でもそうですけどね。お洒落とかファッションの感覚で音楽をやってる人もいるだろうし、それでもお金稼いで生きてる人は需要のある仕事をしてるっていう意味では全然『アリ』なんでしょうし」
S「そらそうだ。俺達のやってる音楽だって、必要ないと感じる人にしてみりゃ一種のファッションだしな。でも俺らなんて単純だからいつも思うのがさ。いわゆるロックバンドというカテゴリーのバンドがライブやってんのを、メンバーと見てて」
-- それはフェスみたいなイベントとかの、舞台袖ですか?
S「そんな齧り付きで見た事はない。テレビとか、CMとかついてるのをたまにここで」
-- そうですよね(笑)。
S「汗かいてさ、髪の毛振り乱してさ、やってるだろ」
-- はい。
S「ああいうの見てて疑問に思わない?」
-- え?
M「う、あー、ちょ、っとなぁ…(苦笑)」
S「これがこいつらの全力か?って」
M「うわわ、翔太郎さんそれダメですって(笑)」
S「でもどういう事なの?って思うだろ」
M「思わないですよ!」
S「いやいや、ウソウソ。お前だって絶対思ってるよ。ロキノン系嫌いなくせに」
M「そういう理由じゃないです(笑)。あっ…、もー」
-- さっきからずっと繭子が困っててなんだか(笑)。でも、そういう理由とは?
M「んー、おそらくだけどね。…要するに熱いプレイをしている俺達格好いいだろ?っていうスタンスのエモ系ボーカルとか、ロックバンドが全部中途半端に見えるって事ですよね?」
S「ほらー」
M「違いますから、私は。そもそも、全力とか熱とかいう事を突き詰めて考えた時にロックバンドでは限界あるだろ、なんでメタルをやらないんだ?っていう意見は前にもチラッと、皆さんで話されてたのは聞いてましたから」
-- ああああ、それ私も同意見です。
M「ええ!?」
S「だよな!?」
-- はい。実際言えないですけどね、さすがに紙面では。
М「だって話が違うと思わない?」
-- んー、偏見かもしれないとは自覚してるよ。翔太郎さん的にどうでしょうか。
S「何が違うと思ってんだ?」
M「…例えばですよ。料理で言うと肉料理は美味しいし、エネルギーも溜まるし王道な感じがするじゃないですか。ステーキとか焼肉とか。バンドを料理で例えた時に、翔太郎さん達が言うのは『美味い飯食いたきゃ肉食え』って言ってるのと同じだって思うんです。だけどめちゃくちゃ美味しいスープだってあるし、究極を極めたスープだって人を感動させることは出来るじゃない?」
-- うん(笑)。
M「別にロキノン系がスープだって言ってるわけじゃないですよ。デスメタルを肉だと思ってるわけでもないし。何が最高かっていうのは人それぞれ違うし、ロックを至高の音楽だと信じて全力でプレイしてる人はきっと格好良いと思うしね」
-- そうだね、そう思うよ。
M「スープ料理に全力を費やしてる人に、全力出したいなら肉料理作れよって言ってるようなものですよって、私は思います」
-- なるほど。翔太郎さんは先ほど、ファッション感覚で音楽をやっていようが、それが仕事として成立しているのであれば『アリだ』と仰いましたが、今の繭子の話を聞いてどう思われますか? スープ料理を極めたいと思ってる人に『アリ』だと思えない、という事でしょうか。
S「アリかナシかで言えばアリだろ。そういう話してないだろ、今」
M「あれ(笑)」
S「繭子の言うスープを俺が不味いって言ってると思われてるんなら全然違う。ロックンロールもパンクロックも、そういう音楽のカテゴリーの中で本物っていうのは絶対いるし、格好良い人はいるさ。俺が言ってるのはそういう好みの問題じゃなくてもっと物理的な話」
M「物理?」
S「ああ。繭子の言うスープを仮にじゃあ、フェラーリだとしようか」
M「車ですね(笑)」
-- はい、はい。
S「対する俺達は何だって言やあ、そりゃコンコンルドだろうと」
M「飛行機!」
-- ジェット機(笑)。
S「繭子は比べる所を間違ってんだよ。俺の言ってるのは、激しい音や、自分の中にある鬱積した感情を音に出して大暴れしたいんならメタル以上の音楽はないのになって話」
M「あー、はいはいはい。そうか、そうですね」
S「いくらフェラーリが最高速度で地上を走ってカーマニアを魅了しようが、高度何万メートルを超音速で飛ぶ飛行機には『速さ』で勝てないだろ。パンクロックVSデスメタルはどっちが最高の音楽かって勝負をしてるわけじゃなくて、ステージで自分の持ってる音楽的ポテンシャルを最大限引き出して『ウワー!』ってなれんのはロックでは無理だと思うから。そもそもそこを狙ってやる音楽でもねえし」
M「あー、うん、そこは分かる気がします」
S「だろ? ロックやパンクって割と自分の内面や生き様を重要視した世界観だと思うし」
M「うん。はい」
-- 単純に音比べをした時に、構築への拘りや音圧が段違いですよね。確かにそこには物理的な差がありますね。
S「そうそう。いくら人気のあるロックバンドでも、『世界一うるさいバンド』に選ばれたリしないだろ。世界一重たくて速くて怖いバンドにもなれねえだろ。でもまともな音も出せないような勢いだけのバンドのくせして『熱いぜ、俺達』みたいな顔するからさ。『は?お前らが?』ってやっぱ思うだろ」
M「うふふふ、もう、私黙りますね」
-- 私は個人的にめちゃくちゃ興奮するお話ですけど、バンドが方々で揉め事起こしてきた理由が分かる気がします。ここまで思い切り良くぶった切る方なんですね!
M「そうだよ、超怖いよ」
S「そうは言うけど実際な、それこそ舞台袖で今人気に勢いのあるロックバンドのライブを見てるとしようか、俺らが。お前も。それが誰でも構わないけど、客がもう汗だくなって拳を上げてます、泣いてますと。会場が一塊になって大盛り上がりですと。次、俺達です。想像してみ。前のバンドがはけて、アウェイ感残ったままのステージに俺達が上がります。俺、大成、繭子がせーので音を出します。竜二が腹の底から『ウラア!』って叫んだ瞬間俺達がそこいらのロックバンドに音負けしてると思うか?」
M「音負け? いや、それはありえないですけど」
S「だろうが。一発で会場ひっくり返す自信あるだろ?」
M「あります」
S「蹂躙。俺達のやってる音楽はそこを狙ってくんだろ」
M「はい(笑)」
-- 蹂躙、良いですね、よく分かりました。どのジャンルの音楽であれ、こと音と爆発力に関してはデスメタル以上はありませんよね。
S「俺はそう思う。話戻るけど、見て、聞いて、格好良ければ何でもいいと思ってるのは嘘じゃないよ。格好良いと思えればね。スープでもフェラーリでもなんでもいいけどさ、それでも俺達は肉とコンコルドだよ」
-- なるほど。素敵な表現ですね、『肉とコンコルド』。格好良ければなんでも良いというのはつまり、最初の話に戻りますが『動機』はなんだってかまわないと?
S「俺はね、あえて気にはしない」
-- 繭子にとっては…。
M「私にとっては、重要かな。良いか悪いかは関係ないんだけどね。だけど人に興味が湧きませんもん、モテたいから音楽やってるとか、お金の為にやってる人なんて。そういう人達の人気がどれほど凄くて、ヒットナンバーが色んな所から聞こえてきても、その人に興味が湧かない、イコール、その人の音楽は私の中に入って来ないです」
S「一番初めのきっかけは女であっても、やってるうちに音楽が好きになって、のめりこんで、今は女なんてどうでもいいっす、みたいなゴリゴリのゲイは?」
M「話変わってるじゃないですか(笑)!ああー、まあ、そういう事もあるのかな。したら、…んー、アリですかね」
S「結構ガチガチで厳しいんだな、お前」
M「翔太郎さんが言う? いやいや、厳しいとかじゃないですよ。好き嫌いの話ですもん。音楽をこよなく愛してなきゃ駄目だとか、そういう風には思ってないですよ。私はやっぱり、竜二さんの歌をずっと聞いてましたし、一度掴んだものを手放そうとしない頑なな男気とか、そういうのがやっぱ好きなんで」
S「男気と来たか(笑)」
M「翔太郎さんもそうですよ。気付いてませんか?」
S「気づくも何も。こないだも休憩中にさ、思いついたキレッキレのリフを竜二と二人で延々と弾いて、叫んで頭振って。ひたすら汗だくんなってやって、ふらっふらで倒れそうになりながら、食った飯吐きそうになって。『なあ、俺ら何やってんだよ』って」
(一同、笑)
繭子、腹を抱え足をジタバタさせて笑う。
-- 最高ですね(笑)。
M「好き!私そういう子供みたいな大人が大好きです」
S「そんな奴らに男気も何もないって話(笑)」



-- ジャンル問わず最近活躍しているバンドで、あ、ちょっと良いかもなって思うバンドはいませんか? 真壁さん達がお仕事されてる部屋に、おそらく送られてきたであろうCDが山積みになってましたが。
S「好きだなー、その手の話題」
-- 各方面で、翔太郎さんの名前やバンドの名前を聞くことが多いのですが、実際皆さんの口から他のグループの名前ってほとんど聞かないんですよね。タイラー(TINY RULERs)とURGAさんぐらいですよね。お嫌いなのかなと思って。
S「しつっこ(笑)」
-- いやでも、普段部屋で聞いたりしなくとも、同業者として気になったり才能を認めていたりするミュージシャンはいらっしゃらないのかな、と。
S「そもそも同業者なんていないと思ってるよ」
-- URGAさんがいらっしゃるじゃないですか(笑)。
S「ああ、そこの名前出すならもっと前の段階で繋がってる気がするな。クリエイターとか、似た者同士とか。そもそも俺らデスメタルだぞ。同じ土俵のバンドいるなら連れて来いよ」
-- いるんです、実際にいるから怖いんです、そういう事仰ると火の手が上がるんです!
S「あははは!じゃあもう、知らねえとしか答えらんねえよ。俺の耳に入ってこない時点でいないんだよだから」
-- 繭子ー(笑)。
M「昔からこういう人達です。以上」
-- (笑)。
M「たまたま昨日の帰り、翔太郎さんに車で送ってもらったの。久々にご飯でも一緒にどうですかってなって、ちょっと足伸ばしてもらったんだけどさ。今翔太郎さんて何聞いてんのかなって思ってカーステ弄ったら何流れたと思う? S.Y.Lだよ?『オーストラリア』」
-- ははは、凄い。
(S.Y.L=STRAPPING YOUNG LAD 『LIVE IN AUSTRALIA』)
M「うわーって思って。懐かしい。でもやっぱり超格好良いんだよ」
-- 名盤だね。
M「気になって調べたらさ、98年発売なの。18年前だよ。私10歳とかだよ。今翔太郎さんの車乗ったらデヴィン・タウンゼントが叫んでるんだよ。そんなのさ、若いバンド聞いてる暇ないって」
S「ほっとけよ。ちょっと恥ずかしいわ」
-- そうかあ。でも、そうだよねえ。ご自身が常に前のめりで爆音を鳴らし続けてるんですものね。若いバンドを聞いて今更何を思うって話ですよね。
S「別に若いバンドがどうとかじゃねえよ」
-- フォローしたんです今(笑)。
S「そっか。ただ昔も今もそうだけど、格好良いバンドなんて、そんなに血眼になって探さなくたって耳に飛び込んできたと思うんだよ、勝手に。気が付いたら夢中になって聞いてるもんだし。それを待ってるだけだよ」
-- それは確かに仰るとおりですね。ちなみに昨日は何をお召し上がりになったんですか?
M「天ざる」
-- 渋い!
M「天ざると日本酒」
S「こいつ容赦ないよ。俺車で飲めないの知ってて酔うまで飲むからな」
-- 結構酷いんだね(笑)。
M「なんかね、テンション高かった」
S「お前の話してんだぞ、他人事みたいに言うな」
M「ふふふ。その後またこっち戻って来て、近くのコンビニにも寄ってもらったのね。コンビニにはちょくちょくメンバーと行くんだけど、多分意外に思うんじゃないかなーと思うのがさ。店員さんに優しいの、皆」
-- 別に意外って程じゃないよ。
M「そお? 最近煙草って銘柄じゃなくて番号で言うでしょ? 私翔太郎さんの煙草の番号覚えてるからさ、自分の物をレジに置く時一緒にそれも言うのね。昨日のレジが新顔でね、よく分かってないか緊張してたかで、全然かみ合わないの。全然見つけられないし。なんなら私が体伸ばしてそれって指さしてあげたり。しかもソフトですか、ハードですかって言われて。いや、番号言ってんじゃんって」
S「あはは。昨日はこいつ、酔ってたからね」
M「…フォローされた(笑)」
-- なんか可愛いね、繭子。
M「何でやねん(笑)。それでね、なんだかんだあって最後翔太郎さんがお金出してくれて、帰り際にお釣りもらうでしょ。私文句の一つでも言おうかしらってくらいイライラしてたけど、翔太郎さんがそもそも全く怒ってないし、『ありがと』って言ってお釣り貰ってるの見てすっごい凹んだ、っていう話」
-- その店員さんて女の人?
M「うん。…あ」
S「何だよ(笑)」
-- あー。
M「あはは。んー、なんか、やっぱり皆大人だなあって思う」
-- 繭子は子供だね。早く大人になりな(笑)。
M「ふふ」
S「だからお前の話だぞって」



M「好きな異性のタイプ? なんでそんな話するのよ。言わないよ(笑)」
S「…繭子さんから、どうぞ」
M「言わない言わない」
S「ろ」
M「言わない(笑)…また蒸し返す!」



M「バンドの方向性…、ふーん」
S「方向性って?」
M「舵取りしてるのは曲作ってるお二人だけど、きっと好きな楽曲が似てるから極端にズレたりしないですよね」
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S「あったよ。あそこはアルバムによってカラーが違ったけど」
-- 最初から今ぐらいの爆走感を出していこうという具体的な話合いはされたんですか?
S「竜二と大成がクロウバー時代に悶々とし始めるわけ。もっとあーいう事やりたい、こういう曲やりたい。全力で大暴れしたいって。そこがスタートだから話し合いも何も、こういうバンドだぞって決まってる所へ俺とアキラは入ったからね」
-- そうだったんですか。繭子は、バンド加入を決めた時に、ちょっとついていけるか不安だ、みたいには思わなかった?
M「技術的な面での不安はあったよ。でもバンドの方向性の事を言ってるならゼロだよ。ゼロ(指で輪っかを作り微笑む)」
-- 確信をもって言えるってすごいですね。笑顔が本気だもん。逆に翔太郎さん達としては、18歳の子が俺達のやろうとしてる事本気で理解してんのかなって、思いはしませんでしたか?
S「それはだって、こいつの前にアキラがいたからな。アキラの叩く姿を繭子は生で見てるから。それ見て入りたいって言えるんなら、それが全てだろ」
-- ああ!そうか!アキラさんの存在は大きいですよね。
S「大きいだろうね、目の上のタンコブというかね」
M「いやいや、でっかい師匠ですよ」
S「タンコブ師匠」
M「タンコ、もう(笑)」
-- アキラさんがご存命の頃にバンドは『FIRST』をリリースされています。繭子が加入して2ndアルバム『HOWLING LEO』が出るまでに4年もの歳月が経過しています。様々な理由が考えられますし、身の回りの環境面含め、皆さんにとって一番辛い時期だったと思われますが、実際に2ndをリリースする段階へ来てからも、相当な苦労があったんじゃないですか?
S「…どう?」
M「私ですか。私はー、…泣きながら叩いたのは覚えてますよ。覚えてますか?」
S「覚えてるよ」
-- ああ、そうですよね。
M「そんな急にしんみり(笑)。それは別にだって、泣きながらレコーディングした音を採用したわけじゃないからね。練習とかリハで何度も色んな感情に襲われて。2ndに関して言うと、今みたいな生みの苦しみってほとんどないんだよね。まあ、今でも苦しむ程私が生み出してるわけじゃないけど」
S「ドラムに関しては全部お前だろう」
M「でも今はまだ、そこだけですから」
S「十分」
M「やです。もっと上を目指します」
-- もっと上って、曲作りって事?
M「うん。素敵なフレーズをどんどん出して、採用されたい」
-- 繭子がそんな笑顔で『素敵なフレーズ』って言うと、なんだかURGAさんみたいな曲思い浮かべちゃうけど、デスメタルナンバーなんだよね。
M「もちろん(笑)」
-- 不思議な感じがするね。となると、2ndに対して生みの苦しみがなかったというのはつまり…。
S「出すまでに時間かかったのはさっきもあんたが言った通り、色々とバンドに集中出来ない理由があっただけで、2ndの曲はもっと前に出来てたんだよ」
M「(頷く)」
-- ファンサイドとしても、強烈なファーストアルバムに歓喜した後だったので、渇望というか、待ちわびる間も噂や口コミの広がりでセールスが伸びましたね。
S「考えてやった事じゃないから喜べはしないけどな。ただ現実問題、忘れられなかっただけありがたいよな」
-- 繭子の言う、色んな感情というのは?
M「私はアキラさんが残してくれた譜面を叩いだだけだからね、余計に、なんというか」
-- ああー、それは。クるねえ。色々溢れちゃうよね。
M「そう。自分で望んで入ったバンドで、望んで座ったドラムセット。だけど本当にここにいていいんだろうか。私にとって商業ベースに乗る初めての音源。ちゃんとやらなきゃ、足を引っ張れない。目の前にアキラさんの譜面。うわーーーーー!って(笑)」
S「あははは!」
-- いやあ、そりゃそうなるよねえ。そういう時他の皆さんはどういう立場で彼女を見ていらしたんですか?
S「んー、どうだったろうな。泣きながら叩いてたのはもちろん見てたよ。見てたけど、ここを超えないとその次がないのは皆分かってる事だから…」
M「うん」
S「あえて何かをした覚えはないな。いい子いい子は絶対にしないって決めてたし」
M「あはは」
-- 次がないというのは、実績を上げないとって意味ですか。
S「いやいや、ビジネスの話じゃなくてな。あの時繭子はスタートを切ったばかりだったけど、そのスタートはアキラが用意したポジションからのスタートなんだよ。本当の意味で繭子がバンドの一員になるには、そこをちゃんと自分の力で超えてかないといけないし、その次のステージまで泣きながらでも良いから辿り着いてさえくれたら、なんとかなるって思ってた気がする」
M「…」
-- 繭子、大丈夫?
M「大丈夫じゃない。色々思い出すとやばい」
(右手を鼻の下に添えて口元を隠してはいるが、彼女の唇が震えているのが分かった)
M「なんとかなるなんて私には到底思えなかったし。それはやっぱり、翔太郎さん達がきっと、なんとかしてやるって思ってくれてたからなんだろうけど、その時の私はただただ必死。もうずーっと、毎日必死」
S「普通はそうだよ。でもそういう若さだけじゃない不器用な直向きさとか、足掻く姿を見てるからなんだろうな。大成の言う天才って表現も分かるけど、実際こいつ本当にありえないぐらい叩くんだけど、ここだけの話度肝抜かれたけど、やっぱりそれをこいつの評価として言いたくないな、俺はね」
-- 繭子嬉しいね。
М「嬉しい。嬉しいし、もっと上の感情」
S「上(笑)」
-- 上?
M「泣きながら叩いてたって言ったけど、その涙は悲しいから出る涙とは違うんだよ。分かる?」
-- うーん、多分、…どうかな。
M「何よりも凄かったのは、翔太郎さんや皆の立ち上がる姿。絶望を味わって一度は完全に膝が折れた所からの立ち上がり方というかさ、悲しみをぐっと奥歯で噛締めて、堪えて前を向く姿勢が私を引っ張り上げてくれてたの。私はそれをこの目で見てるから。私は自分で頭下げたからいつまでも悲しい寂しいなんて言っていられない。でも分かってるけど辛いもんは辛じゃない。けど、バンドがまた動き始めてからのこの人達の…引力というか、私を引っ張る力っていうのは、今でも言葉に出来ないんだ」
-- うん。
М「アキラさんの事や、私自身の事や、これからの事や、あれやこえやを考えると一杯一杯になってよくパンクしてたけどね。ふと顔を上げるとすぐ目の前に三人が立ってるでしょ。別にこっちを見てニッコリ笑ったりなんてしないんだけどね。前だけ見てる背中がね、ひたすら、ついていけば間違いないんだって信じられた。誰よりも辛いはずの三人が俯かずに一心不乱に演奏してる姿を見てるから。…分かるかな」
-- うん。分からない、繭子程はね。でも、うん。
腕組みをしたまま宙を見つめ、何も発さない伊澄に聞いてみる。
-- その辺り、翔太郎さんにとってはどのような時間だったのでしょうか。
S「うーん。…俺がというよりかはさ…、あいつらもそうなんだけど」
そこで伊澄は言葉を切り、考えこむような眼差しで黙った。
私も繭子も、彼を見つめたまま何も言えずにいた。
やがて伊澄はこう答えた。

毎日、嬉しかった、と。

その瞬間繭子は堪えきれないない様子で立ち上がり、右手で口元を覆ったまま会議室を出た。
新しい煙草に火をつけると、伊澄は私に向かって「追わなくていいからな。好きにさせてやって」と言うと、自らも会議室を後にした。





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