風の街エレジー

新開 水留

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22 「凛燃」

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 十年物の中古を職場の同僚から安く買ったという、水色に所々錆が浮いて味の出た春雄の愛車スバル360の側に、竜雄と和明が立っていた。
 アパートの二階から降りて来た友穂は彼ら二人の姿に驚いたが、すぐに車の後部席に乗っている響子を見つけて覗き込んだ。響子は心なしか青白い顔を窓ガラスに近づけ、友穂にすがるように手の平を窓に押しあてた。友穂は微笑みを浮かべて頷き返すと、背筋を伸ばして懐かしい面々を見つめ返した。
「お揃いで」
 友穂の短い挨拶に竜雄と和明は嬉しそうに笑い、
「久しぶりやんか友ちゃん、ちょっと見ん間にまた綺麗になったなあ」
「俺友ちゃんの声、ひっさびさに聞いた!泣きそう!」
 と大袈裟な声をあげ、
「けどやっぱり背は伸びんな。相変わらず銀一が並ぶとなんやぁ、大人と子供やのう」
「いやいや、ええわええわ、そんなん。こんだけええ女やったら、もうなんでもええ」
「ええ、ええ、ええ、ええ」
「うっさい!」
 と矢継ぎ早に捲し立てた。一同は声を上げて笑い、懐かしい再会に束の間の喜びを共有し合うように、お互いの顔を見つめた。
「どないしてん銀一、似合わんもん巻いて」
 言葉では悪態をつくように言いながら、竜雄は心配そうな顔で銀一の頭に巻かれた包帯を指さした。
「いや、別になんでもないわ。大袈裟に言うて、友穂に巻いてもろてん。格好ええやろ」
「何がやねん」
「意味分からん事言うな」
 竜雄と和明に言われて、銀一は豪快に笑った。
「とりあえず、移動しよか」
 という春雄の言提案に銀一は車を顎で指し示し、
「どやって」
 と片眉を下げた。小さいながらも四人乗りの車ではあるが、この場には六人いるのだ。
「俺と和明はええわ、別の方法で行くから」
 竜雄が隣に立つ和明に親指を向けてそう言った。和明も屈託のない笑みを浮かべ、同意するように頷いている。
 春雄の運転で助手席には銀一が乗り込み、狭い後部席には友穂と響子が座った。車の両側から笑顔で手を振る竜雄と和明にしばし別れを告げ、車は走り出した。
 この時点で友穂はまだ詳しい事情を何も知らないに等しい。銀一からは、この一年赤江で起きた、事のあらまし程度は順を追って聞いた。だがそれらの背景については説明を受けておらず、不意をつく形で銀一の口から響子の名前が出て、そして今である。来ないと思われた春雄が響子を伴って訪れた理由も、行方知れずだと思っていた竜雄と和明が揃って現れた理由も知らなかった。
 響子が隣に座っている事も友穂には空恐ろしく感じられ、落ち着かなさから無意識に響子の手を握りしめた。響子は窓ガラス越しに見た時よりは顔色も良く、友穂の体にもたれかかると笑顔で幼い声を出した。
「友穂姉さん、ええなあ、羨ましいわ」
 ぎゅっと手を握り返してくる響子に対し、友穂は言葉少なに、
「…何が」
 と尋ねた。
「女同士よ、言われんでも分かる。顔に書いてあるもの」
「ウソやろ」
「ほんまよ?」
 自分を見上げる響子から目を逸らし、友穂は顔を赤くして窓の外を睨んだ。
 この日の出来事を、生涯忘れる事はないだろうと思った。
 それは何年何月何曜日という日付の記憶などではなく、友穂の体を内側と外側から揺さぶった感動の事である。
 私は一生忘れないと強く胸に決めたわけではなく、この先もずっとこの日の出来事を思い返して生きて行くのだろうなと直感して、一人喜んだ。
 銀一はただの一度も、馬鹿な台詞を吐かなかった。痛いかとも、気持ち良いかとも聞かなかった。正直に言えば痛かったし、気持ち良かった。だがそんな肉体的な刺激よりも、銀一の体の重さや匂いを感じ取れた事の方が、友穂には何倍も嬉しかった。
 銀一が終始無言だった為、こういう時は喋ってはいけないのだろうな、と友穂は思った。感動と興奮の境目が曖昧になり恍惚とする中で、どこかで冷静に思考する意識の切れ端に、友穂は自分で自分が可笑しかった。
 友穂が銀一の両腕に手を添えた時、銀一の体は僅かに震えて熱く張りつめていた。銀一と目が合い、ゆっくりと肉を裂くように入って来た時、友穂は自分の頭がおかしくなったのかと思う程、湧き上がって来る笑いを堪えるのに苦労した。
 途中、友穂の鎖骨辺りに水滴がニ、三粒落ち、友穂は愛情に満ちた笑みを浮かべて銀一の額を撫でた。そして、自分の胸でポツリと音を立てた香り立つ銀一の体液が、汗ではなく涙だと知った。その瞬間、友穂の中で抑えていた感情が爆発した。
 愛おしい。
 絶叫したい程の思いが溢れた。今にも笑い声を上げそうだった根底には、快楽や痛みを凌駕する幸福があった。しかし友穂は声を上げず、涙を飲み下しながら銀一の体にしがみ付いたのだった。
 友穂が目線だけをちらりと動かしてみると、運転席の春雄が助手席の銀一の方へとやや体を寄せているのが見えた。男同志何やらこそこそ話込んでいるのを横目に、ふつふつと沸き上がり内臓を揺さ振る程の衝動を、響子の手前必死に押し殺した。
 幸せだった。
 好きな男に抱かれる事がこれほど嬉しい事だとは、昨日までの自分には考えられなかった。
 友穂は長い一日を振り返りながら、仕事終わりで病院を出た時間までは、きっと別人のような顔をしていたであろう自分を思い起こした。
 幸せなのだから、泣くまい。
 自分にそう言い聞かせ、甘えて来る響子の頭を撫でて、微笑みを作った。
「なんか、怒ってる?」
 と銀一の方へ体を傾けて春雄が聞いた。
「前向け、前。なんも怒っとらんけど?」
 銀一はハンドルを握る春雄を見ずに答え、腕を組んで窓の外を見るともなしに眺めた。
「…タイミング悪かったか?」
 極力声を押さえて春雄がそう言うと、銀一は吹き出して笑い、無言のまま首を振った。
「せやろ? そこは色々ほら、考えたよ俺も」
 春雄は自信たっぷりにそう言うと満足し、その後は何も聞いてこなかった。
 銀一はどこか拍子抜けしたような感覚になり、ちらちらと春雄の横顔を見た。もっと聞いて来いや、とまでは思わない。しかし全く興味を示さない様子で車を運転する春雄に感心しながらも、銀一はほんの少しだけ寂しい思いを感じた。考えてみればこの春雄という男は、男女の色恋という意味では何年も自分の先を行っている。自分と友穂の事など今更にして、だから何だ、程度にしか考えていないのかもしれない。
 だがな、と銀一は思う。自分達が辿ってきた道程を思い返せば…。



 同じ夜、同じ時間、同じ自動車の車内にて、銀一と友穂は全く同じ記憶を思い出していた。



 昭和四十年、冬。
 伊澄銀一と藤代友穂はともに十六歳だった。
 その日は雪が降っていないのが信じられない程の寒さで、学校終わりの友穂は早く帰って炬燵に飛び込みたいと家路を急いでいた。
 同じ頃銀一は、とうに進学を諦めてと場に出入りしており、体も大きくなり始めたこの時期、日に日に上達していく解体の腕前を周囲からも褒められ、仕事にやり甲斐を感じていた。片腕となった翔吉の仕事を側で手助け出来る事も自信に繋がっていたし、学校へ行かない事も勉強が出来ない事もなんとも思わなかった。だが金勘定が出来なければ足もとを見られて商売で損をする、とそれだけは翔吉からも母リキからも口酸っぱく説き伏せられ、仕事が終われば夕刻から親戚筋の大学生の家へ算数を習いに行くのが習慣となっていた。月謝は新鮮な牛肉だった。これは食肉業に従事したことのある人間にしか分かりえない事だが、新鮮な肉はどう調理しても他とは別次元の旨さだった。実際その味を知ってしまうと、大学生宅も現金より銀一の持って来る肉を優先して欲しがるようになった。
 その日も算数を習いに仕事終わりで大学生の家へ急いでいた銀一は、近所まで来て月謝代わりの肉を持って来るのを忘れた事に気付き、引き返そうとした。しかし今から自宅に戻っていては約束の時間を大幅に過ぎる為、近道を通って自宅ではなく職場からくすねて来ようと考えた。
 普段ほぼ通る事のない工場跡地を通った。
 西荻家の所有地に大小様々な工場が建ち並び、そして廃業しては解体されずに打ち捨てられている。風雨に晒され無惨に朽ち果てるのを待つ暗く湿っぽいその跡地には、車のタイヤや有刺鉄線、銅線などいずれも再利用可能な資材がそのまま放置されている為、素性の知れない男達が何処かの業者風を装い出入りしている姿を度々目撃されていた。
 一言でいえば治安の悪い区画の為、銀一であっても用事がなければ近付こうとは思わない場所だった。若者達にとっては煙草やシンナーなど隠れてする悪事の溜まり場としては都合が良いのだが、そう遠くない場所にも人目を避けられる廃倉庫がある為、いつも閑散とした空気が漂っていた。そしてこの場所で知らない人間の顔を見かけた時には、空間の共有を希望せず先客に譲るのが暗黙の了解となっていた。相手がどんな犯罪行為の真っ只中かも分からない以上、下手に同じ場所に留まり巻き込まれるのはリスクでしかないからだ。
 銀一は足を止めて、舌打ちした。
 向こうから一人、男が走って来るのが見えた。どこかで見た事がある気もするが、銀一にはその男が知り合いに思えず、物陰に隠れてやり過ごした。男が走り去った後も、このままこの道を突っ切るか、後戻りするかで悩んだ。男が一人でこの場にいたと考えるよりも、相手を伴って何かを行っていた末に、走り去ったと考える方が無難だ。すれ違う瞬間に見た男の横顔は若く、蒼白かった。
 ふう、と溜息を付きはしたものの、迷っている時間が銀一には惜しかった。「とりあえず全力で走り抜ければ、何も見んかった事に出来るじゃろう」そう思って銀一は走り出した。
 …声が聞こえた。それが悲鳴だと分かり、足を止めた。
 生い茂る背の高い雑草の向こうに、かつて廃品回収会社だった廃屋の瓦解した玄関口が見え、声はその奥の資材置き場から聞こえて来るようだった。そこは剥き出しの地面の上に雨露を防ぐ目的の為だけに建てたトタン製の小屋で、天井が抜け落ちた故に屋内は野晒しに近く、「いつ台風が綺麗さっぱり壊してくれるのか」と他力本願に嘱望されるボロ小屋として知られていた。
 決して人がいて良い場所ではないし、悲鳴が聞こえて良い場所ではない。
 銀一は唇を噛んで溜息を付くと、「牛肉倍で許してもらおうか」と指折り計算しながら工場へ足を向けた。
 そこにいるのが藤代友穂だとは、知る由もなかった。
 銀一が足を踏み入れた時には友穂の姿しかなく、既に犯人は逃げ去った後だった。
 凍えるような寒さの中、水たまりや雑草が点在するトタン小屋の中央で、友穂が仰向けに横たわっていた。
 顔は見えなかったが、銀一にはそれが友穂だとすぐに分かった。
 下校途中の友穂はまだ制服を着たままで、無惨に引き裂かれ、下半身は何も身に着けていなかった。
 ゴホゴホと咳込む音が聞こえ、銀一は我に返った。死んでいるかに思えた友穂はガラガラと喉を鳴らして寝がえりを打った。
 銀一が駆け寄り、友穂の側に跪いた。
 驚いた友穂が首だけを持ち上げた。銀一と目が合った瞬間友穂は、
「…ウソ」
 と言った。上半身を起こそうとした友穂は、痛みか痙攣か判別出来ない震えに襲われて仰け反り、後頭部をしたたか地面に打ち付けた。
「痛い!」
 と友穂が叫び、慌てて銀一が抱き起した。銀一は自分が着ていたジャンパーを脱いで友穂に被せると、起き上がろうとする友穂の背中に腕を回して、ゆっくりと立たせた。
 恐怖と激痛と寒さで、友穂の全身はブルブルと震えた。
「事故や」
 小さな声でそう言ったのは、友穂自身だった。
「こんなもの、事故やで」
 言い聞かせるようにそう言うと、苦痛に顔を歪ませて銀一の腕を掴んだ。
「ううー」
 と目を瞑って友穂は唸り声を上げた。友穂の股座から血と精液が流れ出た。
 銀一は発狂しそうになる自分を抑え込みながら、友穂の体を支えた。自分の腕を掴んだ彼女の手を握りしめ、銀一は友穂の横顔だけを見つめた。
「大丈夫や。こんなもん、事故みたいなもんやから」
 痛い程握って来る銀一の手を握り返し、何度も友穂はそう言った。銀一は何も言わずに、ただ頷いた。
 友穂の真っ白い顔の上で、傷口の赤色と汚泥の茶色が混ざり合っていた。
 髪は乱れ、唇には血がこびり付き、鼻水が垂れていた。
 一歩、一歩と前へ足を運ぶうち、友穂の息遣いがだんだんと早くなっていくのが分かった。銀一は、ぐううう、と唸りながら下を向いた。小さく震える声で友穂が言う。
「全然、平気やってん。こんなもん別に、よう聞く話よ。…切なかったのはな」
「…」
「銀一。まずい事に、途中であんたの事思い出してしもたの。もしかしたら、また、あんたが走って助けに来てくれんのと違うやろかって、そんな風に思ってしもたら、急に悲しくなって、つい、抵抗してしもうたん。それが、辛かったなぁ。期待してしもたから」
 友穂の目から涙が溢れた。
「すまん」
 銀一は言い、友穂はそれに答えなかった。
 発作のような震えが何度も友穂を襲い、歩く事もままならなかった。
 銀一は友穂の側にピタリと付いて、体を支え続けた。
「ごめんな。汚い格好で」
 消え入るような声で友穂がそう言った。
「阿保言うな」
 銀一は答えるも、口を開くのも辛そうな友穂がもう喋らくても良いように、それ以上は何も言わなかった。
「…っは、っは、ああ、ぐ、っは、っは、いいっ、ああ、っが…」
 静寂の中に友穂の息遣いだけが響いた。友穂は必死に前だけを見据えて歩こうとした。家に帰ろうとした。
 銀一は後に、この時の自分は確実に気が触れていた、と語った。
 友穂の口から発せられる荒々しく勢いのある息が見る間に白く渦巻き、彼女の全身は燃え滾るように熱かった。黒い髪、白い顔、汚れた頬、震える目、乾いた血、滴る涙、息の匂い、血の匂い、泥の匂い、嗅いだ事のない匂い、足を引きずる音、鼻をすする音、嗚咽、咳、痙攣、腕を掴む手の温度、全てが愛おしかった。
 こんな状態の友穂を見てそう思う自分は、気が狂っている。
 だがしかし銀一には、友穂の体から立ち上る内臓に似た匂いまでもが愛おしく思えたのだ。銀一の知っている匂いだった。それは命の匂いだった。
 


 この日の事は、友穂と銀一以外誰も知らない。現場に来る途中で銀一とすれ違った男が犯人かと思えば、物陰に隠れてやり過ごした自分を呪いたくなる。しかし銀一のそんな無念さを他所に、犯人と思しき男が数日後、橋の欄干から身を投げて自殺したというニュースが聞こえて来た。性犯罪の常習者で、精神分裂病(統合失調症)と診断されて専門病院に入院中だった男が脱走し、自殺体で発見されたらしかった。前科持ちであった事から新聞報道にもなった。近所の新聞配達所でそれを見た銀一は、あの時すれ違った男に間違いないと確信した。だからと言って銀一は友穂に伝えようとはしなかったし、それは無意味な事にしか思えなかった。
 あの日を境に、友穂は気分次第で伸ばす事もあった自慢の黒髪をバッサリと切り、それ以降肩より下まで伸ばす事をやめた。しばらくの間は、例え相手が響子であっても頭や髪の毛に触れられる事を拒んだ。だが、それ以外は普段と変わらない様子の友穂に、周りの友人達は彼女の身に起きた悲劇を知らぬまま過ごした。
 数年後、看護婦を志した友穂は赤江を出る。その間銀一とは友人としての付き合いは続けていたが、特に関係が進展する事はなく、友穂の夢を応援する形で銀一は彼女を黙って見送った。
 友穂は事件後、赤江にいた時から一人になる事を好む傾向にあった。自分を姉と慕う響子を無碍に扱う事はしたくなかったが、本音を言えば一人でいる方が気が楽だったのだ。東京で暮らすようになって心境の変化も手伝い、ようやく他人との距離感をコントロールできるようになった。近付き過ぎず、離れ過ぎず、嫌われないように、好かれ過ぎないように、上手く人の波を泳ぐ術を覚えた。
 赤江の街を離れ、やがて東京での暮らしに慣れ始めた頃、響子がこんな事を友穂に聞いて来た。
「春雄さんがね、銀一さんに、友穂姉さんの居所を教えて良いかって聞いてくるんやけど、どう思う?」
「銀一が、知りたがってるの?」
「そういうわけやないらしいけど、事あるごとに、元気にしよるか聞いて来るんやって。私らかてそうしょちゅう会いよるわけやないし、知らんって春雄さんも返すんやて。そんなら自分で電話するなり手紙書くなりして確認すればええんじゃって。春雄さんも面倒臭がりやから」
 意外だった。赤江にいる間、銀一は友穂に対してとても無口だった。もちろん例の事件が関係している事は分かっていたし、側にいて気を使ってくれながらも無言で通す銀一の男らしさがとても有難かった。心強くもあった。そしてそれが銀一らしさなのだと、友穂は思っていた。友穂の身をたまには案じる事があったとしても、それを人伝に知ろうとしている銀一の姿を、上手く想像出来なかったのだ。しかし友穂は、
「うーん。まあ、適当に、元気にしよるって答えてくれたら有難いんやけどね」
 とだけ答えて、自ら進んで所在を明らかにしようとはしなかった。もちろん銀一が嫌いなわけではない。ただ当時は、とにかく赤江という呪縛から解放され一人で生きて行く事の幸福を、脅かされたくなかったのだ。銀一に理由があるわけではない。友穂自身が、過去の全てから距離を置きたかっただけなのだ。
 友穂は後に、当時の自分をこう回想する。



「愛される事や、与えられる事を、望まない方が楽なんだって思って。…尽くす女なんて言うと聞こえはいいけどね、それだけじゃないよ。それが男女の関係うんぬんだけじゃなしに、人付き合い全般で言える話、してあげるとか、与え続けるとか、そっちの方が気が楽なんだよ。なんか、流行歌みたいな事言うようだけど、あはは、本当に。…人に優しくされたり、人の好意を感じ取る瞬間がそのまま恐怖に変って。…そういう感覚を何度も味わう事は、その頃の私には地獄でしかなかった。だけど、それは防衛本能でもあったんだけど、人と距離を置いたまま生きていくのはやっぱり寂しい、うん。…その寂しさが私にとっては安心感に繋がってたわけなんだけど、この人(銀一)とまた会って、笑ってる顔見た時にね。…私も笑っちゃったんだけどね。でも、やっぱり駄目なんだって思ったよ。駄目だったの。…この人に愛されたいんだ、私は!…って。分かってしまったから」





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