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②第二章 一生のキズを背負う子供たち
11種族の頂点
しおりを挟む「さて、ここに居る諸君。君たちは思い思いの勉学に励んでいることだろう」
彼等を順々に見据え、澄んだ声が語りかけるように響く。
「ある者はスポーツの為に走り……またある者は生真面目に、或いは遊び呆けているかもしれない。十人十色、多種多様性を秘めた我々ならではなことだ。平穏に……笑い合って、時には悲しんで暮らしている」
「遊んでる人がここに居まーす」
一人の男子生徒の言葉にどっと笑いが巻き起こる。釣られて大統領もにこやかに笑い、言葉を続けた。
「君達が笑い合って暮らせるようにすることこそが我々大人の使命だ。そして先程の勇気ある少年のように、場を和やかにする者も、今この場で耳を傾け聞いている君たちも。同じ国を守る英雄と言っても過言ではない。我が国が今日も平穏無事に、輝かしい日を送れているのは紛れもなく君たちのおかげでもあるんだよ」
「私たちのおかげ?」
「そうだ。我が灯本という国をここまで立派にしたのは先人たちあってこそのものというが、君たちが居なければ一体誰が国の未来を守ってくれるんだ?」
ごくりと息を吞む。
それは未成年の者たちの心を奪うに十分すぎる言葉だった。
家族から「人生の先輩」を大切にしろと言われ続けてきた者たちには特に響いたようだ、しっかりと頷いて同意を示している。
「未来を守る、今を守ることが出来る──それが君たち『未来の英雄』なんだ。間違っても卑下しないように。今日この場を借りて私が何をしに来たかと言うと、お願いがあって来たのだ。これからもこの健やかなる平穏を存続させる為、人間として全ての者を正しく導いて欲しいとな」
言い方に何か引っかかりを覚えたものの、何に憤りを感じたのか瞬時に思いつかなかった。
視線から読み取れるのは精々、僕たちに訴えかけることで得られるものを望んでいることくらいだ。
「我々は神に与えられた種族の頂点に立つ者、人間だ。頂点たる者全てを統制することこそが人間の役割だ。この世界には人間以上の素晴らしい存在は居ない、居るならばそれは怪物か悪魔か何かの可能性もある。分からない者が居たら教えてやりなさい、人間が如何に素晴らしいかを。分からせてやるだけでいい、そうすれば君たちはまた一つこの国に貢献したと言えるだろう」
そろそろ飲もうかと思った手を止める。
人間が、種族の頂点だって?
彼女の顔は見えないが、深く傷付いているように感じるのは気のせいであればいい。
少し俯き気味だった顔を上げて目を凝らす。
今ので演説が終わったのか、周囲からは拍手が巻き起こった。
「ありがとう、未来の英雄たちよ。そうだ、この中から一つずつ君たちにプレゼントをあげよう。好きな物を取っていきなさい」
彼が手に取ったのは大きな袋。
その後ろから、護衛の人たちも袋を取り出している──あれはなんだ?
疑問に思ったのも束の間、袋の中からはそれぞれ生徒の好みを良く調べていないと当たるはずの無いものばかり。
「これ、俺が欲しかったゲームソフトだ! え、本当に良いんですか⁉」
「ああ。勿論。好きに持っていくといい、一人一つずつな」
……嘘だろ?
初対面の大統領が、今日会ったばかりの生徒の好みを把握するなんて馬鹿げた話……ある訳無い。
あったとしたら事前に調べていたとか──
「そこの君も持っていきなさい。ん? どうした、まだ何も飲んでないのか」
「え──ああ。ちょっと寝不足で……ボーっとしてました」
危ない。
話しかけられると思ってなかったから転びそうになってしまった。
いや、でもその方が体調が悪いことの信憑性は高く
「そりゃ大変だ。早く医者を呼んだ方が良いな」
「どちらかと言うと自分の部屋で寝たいですね、その。ここは煌びやかで眩しいので……俺には辛いです」
半目にして俯く。如何にも根暗っぽい見た目のおかげか、根暗には厳しいと判断したようだ。
先程とは打って変わって興味を失ったような声のトーンになる。
「そうか。確かにここは寝不足にはキツかろう、なら早く帰りなさい。そのカラーコンタクトも外してな」
「はい」
軽くお辞儀をしてゆっくりとその場を後にする。
なんとも言い難い、得体の知れない違和感が身を蝕んでいる。
これは一体何への違和感だ?
お菓子だけ貰おうかなと入口付近のテーブルに手を伸ばすと、背後から彼女が声を掛けてきた。
「……差し出がましいようですが、食事をした者達の様子が些か妙ではありません?」
ぴたっと手を止めた。さり気なく何も無かったことにして周囲を見回す。
目を動かせば映るやたらと上機嫌な生徒やどうにも不自然な動きをする生徒の姿。
そこで気付いた、この会場全体からほんのりと妙な匂いがすることに。
先程から持っていた飲み物からもする匂いだ。
(これは、ヤバいんじゃないか?)
本能が警告を告げ、動揺を隠して寝不足のフリをして帰っていった。
表情筋が死にかけているのが幸いするとは誰が思おうか!
家に帰るまで安心出来なかった僕は彼女に尾行している者が居ないかを逐一訊いて、玄関へ行ってようやっと一息つけた。
「──……っは、」
良かった。
何も受け取らなくて。
良かった、何も飲み食いしなくて。
玄関のドアで腰が抜けたように力を抜く。
あの会場で起こったことが全てなら、現大統領はとんでもない人ってことだ。
何よりも、あの会場の空気が、
大人たちの視線が、怖かった。
あの人はきっと、南有利中に人外の生徒が居たことを知っている。
だからさして都会でもないここをわざわざ選んだんだ。
もし、カラーコンタクトだと思われていなかったら。
考えただけでぞっとする。
彼は紛れもなく人間以外の種族が居るということを確信して、この世(人間界)に他の種族は要らないのだと高らかに宣言していた。あの学校に人外の血を引く者が在校している可能性が高いからだろう。
だから見つけ次第追い出すように競争心を煽って、差別主義者として振る舞い演説をした。
食事などに入れられていたものは恐らく「人外が居た時の保険」だ。
未知の力を持つ者に対抗する、保険。
全ての生き物の中で最も優れているのを人間だと唱えている者が居る。
人間以上の存在が居れば悪魔や魔女と仕立て上げて排除しようとする者も居る。
彼は、このどちらかの可能性が高い……待てよ。
事前に調べていたなら僕の目がコンタクトではないと思っている説、濃厚では……よそう。
ひょっとしたら、赤い目という今まで無かった色=中二病を拗らせた結果だと考えているかもしれないし……あの口ぶりから察するに……この可能性が一番高いな。
がちゃりと扉を開かれ、背中が押される。
「おっと」
「あら、赤? 貴方も帰ってきたの?」
「も、って……」
まさかあの会場に保護者も呼ばれていたのか?
血の気が引いて
「何も食べなかったか、飲まなかったか」
を確認したところ、母さんも異変に気付いて家事を理由に帰宅したらしい。
「周りのご両親はみーんな浮かれちゃって匂いに気付いてなかったけどね。早く帰って正解よ」
「母さんが冷静で良かった……!」
人外を炙り出す為のパーティーに巻き込まれて中毒になるなんて洒落にならない。
後から続いて父さんが来ないってことは、父さんは同伴していなかったということだ。
安心した勢いで前のように抱き着く。
中学になってからはなんとなく恥ずかしくなって出来なくなっていたけれど、やっぱりこの温もりは落ち着いて良いな。
「ふふ、怖くなっちゃったの? 大人びてばかりで心配だったけど、まだまだ子供ね」
言われた言葉に照れ臭くなった。
中学二年生にもなって怖くなって親に抱き着いてしまうなんて、言葉足らずに告げれば
「良いのよ、自分に素直になった方が気が楽でしょう」
と母さんが僕の頭を優しく撫でる。
暫くして両手に肩を置き、しっかりと目を合わせて互いに笑い合う。
「今日の夕飯は貴方の好物にしましょうか」
「やった。手伝うよ」
その日はそれ以上、今日起こったことを言わなかった。
母さんも、僕も。
あの場にハーフやクォーターの者、人外が居たならば……気付いていて欲しい。
呼び出された意図に。
薄く感じる罪悪感へ言いつけるように首を振る。
仮に僕が残っていたとしても一般人と大統領の言うこと、見ず知らずの者はどちらを信じるだろうか。
この国は愛国心の強い者が多いし、聞く耳を持ってくれなかったはずだ。
できることは何も無かっただろう。
ふと、宿題を書き記していた手の動きを止める。
──彼等はこの先ずっと彼が押し付ける風潮と価値観を引きずらなければいけないのだろうか。
そのことが、甚く気掛かりだった。
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