血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第二章 一生のキズを背負う子供たち

10事実として作り上げられた嘘 ※残酷描写あり

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 丘志八年十二月三日、月曜日。

 僕は二年生に上がり、嫌な現実からは目を背けてちみほのゲームに耽っていた。
 死に始めた表情筋のせいか、前より感情が乗せ辛い。

 いや、伝えにくくなったという表現の方が妥当か。

 画面上に出る情報によると、今日は大手金融機関フリノア・フォークーバの株価が上昇中だそうだ。
 ライバル金融機関の株価は変動も無く上がり続けていることも踏まえれば、好調だと言えるだろう。

「そういえば貴方ってこのウソーン工場の金髪碧眼ショタとか、ランダムダムの主人公みたいな声してますよね」

 何をう。確かに魔法得意なショタっぽい気はするけど、けど。
 突然の指摘にしわが寄る。
 彼女の好きな声でなければ意味が無いと無関心になっていた部位を、今更改めて言われる日が来ようとは。
 視線の先を変えることなく図書室で無音にしたままゲームを続けた。

 昼休みが始まってすぐ「無音であるべし」がルールなここへ逃げ込んだのだが、そろそろ戻らなければ教室移動に間に合わないことは間違いない。悲しいかな、移動前に行かないと座る場所すら確保がしにくいのだ。

 ──でも、またあの空間に居なきゃいけないんだろ?

 クラスメイト全員からの視線含め、何よりもあの二人に対してこびりついている恐怖。
 未だ続いている虐めの中で嫌なものと言えばゴミ扱いや、性的な暴力だとか、暴力だとか、精神的なものも含め全てだと言いたいが……強いて言うなら人権を全く感じられないゴミ扱いだろうか。

 モップから進化()してしまった今の現状ではこれが一番キツい。

 卒業まで耐えるとは言った。しかし、これじゃあ耐えきれる自信が無いというもの。
 仁夏たちが居るところでちみほをするのは悪手なのは分かり切っている為、鞄へ仕舞い、重い腰を持ち上げて図書室の扉を閉める。閉め終わった手にそっと優しく添えられたのは彼女の手だ。

「(……ブラビット)」

 彼女の方へ振り返れば精一杯取り繕った笑みをにこりと僕へ向けてくれていた。
 学校で良い成績を取れやしない、友人だって居ない僕が今でもまだ両手いっぱいの生きる気力を搔き集められるのは、彼女のおかげだろう。
 今しがたまで重ねられていた右手の甲を愛おしそうに口元へ寄せる。
 ブラビットは、なんてことの無いことをしたつもりなんだろうけど……それで益々僕が君への想いを深めているってこと、一滴たりとも気付いてないんだろうな。
 なけなしの平常心を保ち、教室へと向かった。

 結果としては最悪。その一言に尽きる。

 教室に入るなり女子の表情に含まれているものが気になった。
 嫌悪、軽蔑……正直、ブラビットにしか興味が無かったので女子にそのような顔をさせる心当たりはまるで無く、僕は疑問に思った。そして、隙を見て学校側に強制され参加した「クラスメイト全員が入っているグループトーク」を見たのだ。
 グループトークに出回っている画像には見覚えがあるもので、僕は大層びっくりしてしまった。
 仁夏に強要された小学校での「ブラビットが好きじゃないなら出ないだろ」と言われた時の、
 あの写真が、
 そこに貼られていて。

「クラスの女子に興奮した黒兎赤」

 とされていて。

(なんだよ、これ)

 彼女への恋心を利用されたような、無理矢理真っ黒に塗り潰されたような感覚。
 嫌なことにクラスメイトは小学校の頃から居る知り合いが多い。
 多いってことは小学校のこの画像は十分に通用するということ。

 ふざけやがって。

「気持ち悪い」と罵倒で埋まっている画面を見て、画面を開くのも嫌になりそうだった。
 これを黙ってみているだけで終わらせる訳にはいかず、授業が終わった頃、トイレに呼び出されたついでに訊いたのだ。

「あの写真、どういうこと」
「どうって?」

 悪びれる様子もなくにやついた顔で言ってのける。
 その表情から読み取れるのは、わざとやったってことだけだ。
 新たに探ろうと声を出した時には殴られ、僕は床へ倒れ込んだ。

 後ろで愉快そうに笑っている狼が悪い笑みを浮かべる。

「そうだ、赤君。グループで『僕はこのクラスの女子が大好きな変態です』って言いなよ。そしたら仁夏もきっと今日は見逃してくれるよ?」
「ああ、そりゃいいな! ほら。やれよ」

 げらげらと下品に笑う。
 そんなことを言う訳が無い──僕が好きなのはブラビットだけなんだから。
 苦痛に意識を持っていかれないように身を縮こまらせ、声を振り絞った。

「……断る」

 舌打ちが聞こえた後、襟首を掴まれ僕の身体は宙に浮いた。
 地についたのは便器の前。
 頭が真っ白になりそうになったのは、七つ目の彼が死んだ状況と酷似していたからだろうか。

「や、やめっ」

 必死の抵抗も虚しく、便器へ顔を押し付けられ息が出来なくなった。

 ──ああ、あの子もこんな風に死んだのかな。

 だとしたら、なんて苦しい、嫌な死に方をしたのだろう。

 零れる水沫は僕の息が限界に近づくまで続いた。
 明確に殺す気は無いのか、息が切れそうになったら顔を上へ引っ張られ、再び押し付けられての繰り返しだった。
 意識が消えそうになった時、辛うじて聞こえたのは

「早くしないと死んじまうぞ」

 という彼女へ向けた脅し文句。

 ブラビットは僕が声を掛けない限りは来ないだろう。そう約束したんだから。
 目を開けるのもやっとで……ずぶ濡れになった顔はすっかり冷え切っていた。
 痺れを切らした仁夏たちに放り投げられた後、ブラビットを呼んで……あの時の彼女の表情は綺麗だったな。まあ、凍え死にそうで彼女の温もりに身を任せていたからよく覚えていないんだけど「もっと早くに呼んで良かったのに」と言っていたような覚えはある。

 馬鹿だなあ。
 君をあいつに会わせるようなこと、僕がするはずもない。

 これで殺す気があるならば迷うことなく彼女を呼んだだろう。
 でも、殺す気が無いと分かっているのに易々と彼女を渡すような真似はしたくなかったのだ。
 思い出すと同時に、彼女に心配された喜びが勝ったのか幾ばくかの冷静さを取り戻す。

 内容はとても大丈夫じゃないけど僕にとっては問題無いらしい。ブラビット愛、万歳。

 今日はそれから一週間が経った十二月十日、月曜日。

 妙なことにこの日は学校中が盛り上がっていた。
 その理由が判明したのは高身長のスーツを着た男性から招待状を渡されたことにある。

 ──現大統領から僕たち生徒に宛てられたパーティーの招待状。

 これだけで心躍る思いをした学生は数多かった。人生で会える可能性すら低い、有名人中の有名人。
 国のトップが部下を使って直々に僕たちを招待してくれたのだ、驚かないはずがない。
 色めき立つ生徒たちの中には大統領と話が出来ると喜ぶ者も、詐欺じゃないのかと疑う者も勿論居た。

 疑う者たちは先生が

「なるべく参加するように」

 と言った後、ようやく

「これは本物の招待状なのだ」

 と事態を飲み込む。
 重くのしかかるプレッシャーが体重を掛けるように背中へ纏わりつく。
「大統領のご厚意による早めのクリスマスプレゼントだ」と付け加えられては欠席はほぼ不可能だと悟るしか無く、僕たちは半強制的にパーティー会場へ向かわせられていった。
 ご丁寧に、迎えの車まで用意されて辿り着いた会場。
 真っ先に視界に映る入口の豪勢な灯りはイルミネーションの如く輝き放ち、さもクリスマスを迎えたかのように錯覚させる。
 招待された側であることもすっかり忘れて思い思いのままに燥ぐ生徒。

 夜に開かれたそのパーティーは、大義名分を天秤に掛けた上での可能性は否めない。
 うら若き学生たちへ夢と希望を与えたのだと、世論は現大統領を持ち上げることだろう。
 これも支持率を確保する為であると考えれば納得のいく節は多い。

 現大統領の古門こもんさんは今年に入って任期二年目と、比較的新しいこの国のトップ。

 しかし半分の任期を終えたにも関わらず、不明な点がまだ多い。
 政治にメディアが絡めば情報戦が始まるのは今に始まったことでもないが、彼はやたらと真偽不明の情報ばかりが飛び交っている。つまり、人柄も分からないってことだ。
 今回のパーティーに本人が居れば人柄が分かるかもしれない。

 話し相手も居ないので憂鬱な気分になるかと思っていたが、国の現状を知るいい機会だと考えれば悪くはない。
 無数にあるテーブルの上から一つグラスを持ち上げる。
 人を避けて奥へと目指すとこのフロアで一番大きいシャンデリアの下に大柄な男性が居るのが見えた。
 あれが大統領だろう。

 グラスを口に近付けて、それとなく壁に寄り掛かる。

「どうだい、楽しんでるかい若人わこうどたちよ」
「はい。とっても楽しいです! 素敵なパーティーに招待してくれてありがとうございます!」

 群がる生徒たちはここぞとばかりに顔を覚えて貰おうと必死に寄って集っている。
 それを嫌がることもなく笑って返すのは流石トップといったところか。
 国の主導者ともあれば並大抵のことで驚いてはいけないのだろうし。

 大勢に囲まれた中、彼の演説が始まった。
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