血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第二章 一生のキズを背負う子供たち

8コグモ君

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 丘志七年八月三日、水曜日。

 目まぐるしく日々を過ごして早一か月が経ち、夏休みに入った。
 運の良いことに、今年はあの二人の呼び出しや家に来ることは無いと判明した。

 そう、優秀な者ならではの……優秀でなければならない者ならではのスコア稼ぎの為!

 課外授業やイベントに積極的に参加して部活も積極的に出た方がスコアが稼げる。という訳で嫌味と罵倒しか流れてこないライソのグループでさえまだ何も来ていないのだ。これを幸運と言わずして何と言おう。
 いやーこれで今年は心置きなく宿題が出来るというもの──

「きゃぁぁあああっ‼」

 下から響いてくるこの声は母さんのものだ。
 何かあったのだろうか、心配になり廊下へ出て急ぎ足で階段を下りていく。

「どうしたの!? 母さん!」

「む、むむむ虫、虫が……! 虫が居たのよっ!」

 なんだ、虫さんか。

 危険なものではないと分かって気が抜ける。
 虫の種類によっては毒がある可能性は捨て置けないが、柳下周辺にいる虫は害虫よりも蝶が多い。
 観葉植物とか部屋に置いて窓を開けたなら余裕で侵入してくるので、天気のいい日に窓を開けて放置すれば昼には蝶だらけになること間違いなしだ。

 母さんは大の虫嫌いなので、そんなことをすれば死骸しか残らない。
 発見次第すぐ排除しにかかる。

 でないと母さんにとっての平穏が訪れないからね。

 余裕ぶった態度をとる僕を見て苛立ったように言い放つ。

「赤。貴方だって嫌でしょう? 寝ている時に顔に乗っかってくるかもしれないの、これは我が家の一大事。気を抜いていい問題ではないのよ……」

 いや、抜いていいんじゃない?

 悪意があってもブラビットが交渉してくれるだろうし……まあ彼女のことは家族にも隠しているから、同じく虫が苦手なはずの僕が余裕を持てる理由が見つけられないのも無理はない。
 見えない聞こえない相手を居るって言ったってまた幻覚とか言われかねないからな。

 ……ん?

 というかよくよく考えたら、これ僕が先に見つけないとその子死んで(厳密には排除されて)しまうのでは?
 彼女が背後から覗き込むように囁き入れてくる。

「母君はその者を見つけ次第どうするんです?」

 耳へ直に愛しい声が響いてくるもんだから、正直、顔には出さないが得をした気分を味わう。
 顔には出さないが。この位置加減、とても良い。

「(潰すだろうね……母さんの視界に入った虫は、皆死んでしまうから……)」
「ワオ。何か喋っている最中に殺めてしまうということですか、およよ。末恐ろしや」

 わざとらしい素振りで哀れだーと嘆き悲しみ暮れるエリート死神様。
 反応を見て楽しもうとしたんだろうけど無表情で見てたからか、つまらなそうに「冗談です」と肩を竦めた。

「実際には仕方のないことだと考えていますわ。小さなものは見落としやすいですし、彼等はそういう危機的状況が常にある環境下に生きていますので」

 世は弱肉強食だし、食物連鎖上まあ仕方ないことだろう。
 でもなるべく逃がしたいし、とまだ見ぬ虫さんを心配して急遽探すのを手伝うことにした。

 ものの数分で見つかるかと思いきや思った以上に見つからない。
 屈んで床もカーペット周辺もくまなく見てみたが、余程小さい虫だったのか視界に入ることは無かった。

「母さん、もう逃げちゃったんじゃない? それか外に居たのを見間違えたとか……どこにも居ないよ」
「そう……? 外なら良いのよ、外なら……見つけたらすぐに言って」

 殺る気だ──!

 あまりの気迫に押されて「う、うん」とたじろぐ。
 どんだけ嫌なんだろう。

 数日が経って、夏休みも終わりが近付いてきた二十五日、木曜日。
 僕はすっかりあの虫騒ぎを忘れて勉強に没頭していた。
 ブラビットと会話をしたいがあまり宿題を片付けずにゴロゴロ怠けて過ごしていたのだ。

 しくじった。

 気付いた時には後の祭りで、平均スコア(成績)を下回らないように勉強と睨めっこをしている現在に至る。
 残されている科目は多い。
 国語、数学、外国語、社会、理科、宗教……後ワンランク上の選択科目から合唱……と、まあ全部やっていなかったので全教科に取り掛かっている。演劇は取ろうか悩んで止めた。
 多く取る方が成績がマシになるからという理由でやるには興味や実力、技量など足りないものが多すぎるからだ。

 狼はなんとなぁーく、やっていそうではあるのだが。

 良かった、選ばなくて。

 自分の選択に安心感を覚えていると、問題文を理解出来ずに躓いた。

 宗教……おのれ宗教!
 歴史系の問題文は引っかけが多くて嫌いだ!

 部屋の床に座りながら、テーブルに向かって頭を抱えている僕の様はさぞ滑稽だったろう。
 頭を掻くのも癖になっている。答えの欄に理想の答えを学校の方針や先生の性格から読み取って書くのもそう。日常的に顔色を窺わなきゃ生きていけないのに学校でも家でもやらなきゃいけない、ストレスが溜まりやすい現代社会の問題点だ。

「あ~! もう、面倒臭い!」

 自棄になって日頃からぼさぼさの頭を更に掻いた。
 休憩しようと自分に言い聞かせ溜め息を吐いたところだった。
 顔に当たるか当たらないかくらいの目前に、恐らく一センチも無いと思われる小さな虫さんが居た。

「わっ」

 驚いた拍子に反射神経で糸を切ってしまったようだ。
 小さな蜘蛛はノートの上にぽとりと落ちていく。一瞬叩いてしまったような気がするのだが──

「危なかったですね。後数秒、私が遅れていれば助からなかったでしょう」

 なるほど。気のせいでは無かったのか。

 ……この子が母さんの探している子(駆除対象)だろうに、もう少しで僕が潰していたのか。
 遺伝なのか、遺伝なのか?
 この虫さんに働く反射神経。

 ありがとうブラビット、君のおかげで一つの命が救われたよ。

 間違えて殺してしまわないように腕を上げて降参のポーズ。
 勿論急なことだったもんで、ペンは握り込んだままだ。

「ハロー。新顔の冒険者サン」
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