血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第二章 一生のキズを背負う子供たち

7彼らにも味方がいれば良かった ※残酷描写あり

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 怖がらせないようにゆっくりとなるべく優しく声を掛ける。
 手の持ち主は一度手を引っ込め、頭を出そうとしてきた──

「ひっ」

 柄にもなく後退る。
 言い訳をさせて欲しい、予想していなかったのだ。

 彼の頭は無情にも頭蓋骨は割れ、中身がそりゃもうきっちりかっちりと見えていた。

 そのことを予想していなかったんだ。

 気を引き締める為に彼女の手を握ろうと隣に目を移す。

 握ったところで気付いたが、少し震えているような気がする……そうであって欲しいと僕が願って錯覚している可能性も否めないけど、ショックを受けたのは間違いないようだった。
 赤みを帯びた口元が少し歪んでいる。

「き、君は……ここでその、こ、殺されたの?」

 なかなかに直球だなと我ながら思う。他に何も思いつかなかったのはグロ耐性の無い僕が仕損じたことによる恐怖心からだとは気付いていた。
 少しずつ登場するのは恐らく怖がった僕への配慮なのだろうがその方が恐怖心を煽るということを彼は自覚した方が良い。出るなら出るで潔くスパッと来てくれ、頼むから。

 ああぁぁ……血塗れの顔全体とご対面時間が長い……耐えられるだろうか……。

 謎の要らぬ配慮()により多大なるダメージを負った心は何時まで持つのか。
 暫くしてようやっとお出迎えした全身のグロさに卒倒。
 ブラビットに支えられる形で何とか平常心を取り戻し、視線を少し横に外すことでギリギリ

「大丈夫かな」

 というレベルであった。

 髪色の判別も目の色の判別も、赤黒く彩られた腐食した血で何色かも分からない。
 どうやらこの少年、顔の後ろが見事に割れて大きな穴が開いてしまっているようなのだ。
 上半身も傷だらけで、膨れ上がった腕や腫れた足、折れ曲がったもう片方の足、と見ただけでとんでもない状態で死んだことが窺える。
 手とかもう、もう、悲惨すぎて見てらんない。
 泣いちゃう。

 想像しただけで涙が零れそうで堪えるべく握った手に力を込めた。
 僕がぐっと口を引き結んだ中、彼は砕けた口を開閉していく。
 歯が様々な角度に折れているのは気のせいではないだろう。

『見、て分から、ない?』

「……そのまんまの意味って捉えて良いんだね?」

 こくりと頷く。
 グロ耐性もさして無い、ホラー耐性も無い自分には、敵意が無いだけでも有難いというものだ。
 事情を語って貰うのは酷か。
 開けた場所の壁に寄り掛かって推測を立てようと試みれば

「待って」

 と制止され言葉を待つ。
 身に覚えがあるかどうかを問われ、ああ当事者(いじめられっ子)かどうかという意味かと頷く。
 確信を得たのだろう、彼はゆっくりと教えてくれた。

 日常的に暴力を振るわれていたこと、
 その内容がほぼほぼ僕と似ていて、最終的にはトイレの便器に頭を押し付けられたまま殴られ続け殺されたこと。
 窒息死だとは思うが出血もかなりのものだった為、正確な死因は分からない……聴いていて身震いした。

 するしかなかった。

 今まで出会ってきた中で一番同じような被害を受けた者だからかもしれない。
 いずれ自分にも訪れる不幸に身を蝕まれるしかなかった。

「…………」
『こん、な時間、来るのなんて加害者ばかりだったから、脅かしちゃって……その、ごめん』

 ひょっとして最初の幻覚見せたの君かーい……って思ったけどどういうことだ?
 彼はクォーターとか?
 疑問に思っているとブラビットも分からなかったらしく問いただしていた。

「貴方……人間ですよね? 何故幻覚が使えたのですか」

 彼女の質問に彼ははっきりと人間だ、と答え

「綺麗な目をした誰かからこれを貰った」

 のだと一つのピンバッジを見せてくれる。

 まさか、使

 口を押さえて彼女の反応をちらりと窺う。回収しているところを見るに、人間が持っていて良い物ではなかったことが分かる。……何も教えてくれないということは僕が知らなくて良いことである証拠だ。
 こういうふとした時に壁を感じてしまうんだよな、悲しい。

「そうですか。では速やかに転生門への案内を手配しておきます。この度は、我々による不注意でご迷惑をおかけして申し訳ありません」
『もう、いいよ』

 誠実な態度をとった彼女に対し彼は酷く疲れ切ったように受け答えた。

『──もう……いい』

 あれは不幸な事故だったんだ。小さくニュースとして書かれた見出しには【故障による事故】と分かり切ったでっち上げが並べられていたそうだ。
 なんて都合の良い常套句。
 彼の死亡時期を聞き出して蓋を開けてみればまだ加害者側の生徒が生きていることが分かった。

 この学校で教師をしている、僕も職員室で見たことのある年配の先生だった。

 何か君の代わりにしたり、伝えたりしようか、と申し出ても

「何もするな」

 の一点張りで、被害者側の

「面倒事にしたくない」
「放っておいて欲しい」

 気持ちも分かってしまうからそれ以上は何も言えなかった。
 もういいのだと言った時の諦めきった表情が心に残って、僕は一つだけ答えて欲しいと縋った。

「ねえ」

 月明りに照らされた廊下で影が揺れ動く。
 死神達が彼を案内しようとしているのだろう、僕が呼び止めたことで動きを止めた。

「俺も君と似たようなことを受けたことがあるんだ。今も……そうだけど、どうすれば加害者側に分かって貰える、かな」

 こちらを振り返って口をゆっくり開閉する。

「え?」

 ──あ、き、ら、め、ろ?

 諦めるしか無いんだよ。
 加害者は分かっててやってるか、「被害」って発想すらできない奴なんだから。
 辛うじて聞き取れた声はまだ震えていた。

「君は……君はそれで良いの? 悪いのは、君じゃないのに」

 一回頷く。
 もう関わりたくないと全身で訴えて、少年は去ってしまう。
 やり切れない気持ちはあれど嫌という程伝わってきた。いじめで死んだあの子たちにはそれぞれ、癒えることのない一生の傷が刻まれていること。傷によってその後にも弊害という名の影響が出ていたこと。

 彼らが幾ら隠そうと、
 消そうと、
 忘れようとしても

 抗い癒そうとしても決して治ることの無い傷はもう誰かが手を伸ばしても無意味になるところまで達してしまっていたのだろう。
 せめて、来世は良いものでありますように。
 手を合わせて願う。それから数秒経った頃に「ところで」と彼女が話を切り替える。

「私……貴方が一番の犯罪者になるというの、教えてましたっけ?」

「前、説明ついでにぺらーっと言ってたよ。多分うっかり」
「あー……」
「一番のっていうのは初めて会った時の『子供の血魂持ちに初めて会った』反応からの予想。エリート死神様がわざわざ初めて早めに来たんだ、何かあるのは勘付くよ」

 恐らく僕は教えられなくとも断片的に揃った情報から薄々勘付いてしまうだろうが、無意識のうちに情報をくれるのは素直に嬉しい。油断してたってことはそれなりに信頼関係を築けている何よりの証。
 それだけでも上機嫌になってしまうのだから、ほんと僕って彼女にはとことん甘いよな。

 零れる笑みを隠すように少しそっぽを向く。

「ま、君がまだ言いたくなかったなら何も聞かなかったことにしとくよ。その方が追々詳しく教えてくれそうだし」
「……アリガトウゴザイマス」

 何はともあれこれで全部回収かー、と振り返ってみれば七つの内

 三つはいじめられっ子悪魔の仕業で、
 一つはいじめられっ子ハーフの仕業で、
 二つもいじめられっ子の仕業で、
 後の二つは神様っぽくやった奴だけど死人が出てそうだったし……

 ほんとどうなってんだ。この学校。
 そう言えばあの神様の奴は創造力で作られたものだとしたら、例のにはってことになるよな……。

 ぼやけた思考を緩やかに巡らせながら、僕は七不思議探検を終えたのだった。
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