血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第二章 一生のキズを背負う子供たち

3主観で送り込んだ末路

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 小指が痛くてそれどころじゃない。
 なんだと言うんだ、マイナス五以上キーを下げやがって。くそう。

 オクターブ下のキーはどの曲もカオスになると分かってて下げたな畜生めが。

 小指の爪を労わりつつ平常心を取り戻していく。
 取り戻して顔を上げた頃には、ブラビットが教壇の下を覗き込んで誰かに問いかけるよう声を出していた。

「貴方が悪戯として付けたものですよね? 見知らぬ幽霊サン」

 ──幽霊、だと……?

 再びマナーモードにしたバイブレーションの如く揺れ始める僕の足。
 止めてくれ、恐怖心が薄れてきたところに恐怖心を煽るような一撃は。
 怖がる僕を余所に彼女の前へ姿を現したのは……思ったより可愛らしい幽霊。山羊のような角が生えていて悪魔の羽がある少女、ああ、なるほど。悪魔の幽霊か……って、

「え? 人外の幽霊?」

 びっくりした拍子に心の声が出てしまった。

「いますよ。人間もそうなのですから当然でしょう。人間界で死に、転生門を潜らぬまま彷徨っている者でしょうね……死神が迎えに行き忘れたのだと」

「死神ィーッ! 何年放置してるんだよ死神ィー……」
「まあ人間とは違って通常の魂の色ですし……後回しにして結局忘れたままになったとか、あり得そうな話です」うんうんとさも納得したような態度を示すものだから、いやいやいやと割り込む。
「あり得ちゃ駄目な話だよねそれ? 多忙すぎて忘れたってことだよね?」

 思いもよらぬ追及だったのか、苦い顔をする彼女。
 その隣で悪魔の幽霊が釣られて苦い顔をしているが、気にしないでおこう。
 無視を決め込んだはずがいつの間にか目の前に移動している。

 ヤバい、透けてる、(好きな子でもないし)コワイ。

「あのー……退いてもらって良いっすか……」

『人間と死神が連んでるの? 変なの。それにそこのオネエサン、

 し、と言ったところでブラビットが声を遮る。

「今すぐ地獄への手配を済ませますからどうぞ、ご安心くださいね」

 本を開いて手を乗せながら黒い笑みで脅しかけるブラビット、こういう彼女も良いね。
 ひいっと怯えてるその様子はまるで怖い上司に捕まった部下みたいだ……何だか予想外に小物臆病な子だったおかげで、震え上がっていた僕の心に平穏が訪れた。

『これあげるから許して! 見逃して! 転生は嫌!』

 ──転生嫌がる者っているんだ……でも確かに記憶は引き継がれないって言ってたしなあ。
 それだったら僕も嫌かも。

 呪われてそうなラジオを差し出してくる悪魔を見つつ、現世で何か消したくない思い出でもあるのかなーとぼんやりしていると、彼女がぱたんと片手で本を閉じて真剣な眼差しをする。

「転生をすればウハウハ逆ハーレムものになるかもしれませんよ」

 どこで覚えてきたそんな言葉。

『逆ハー……?』

 そこで反応すんな。

「ひょっとしたら貴方の周りに貴方好みの者が多く出来る可能性だってあるのです、来世は少女漫画みたいな人生かもしれませんよ? それを捨て置くなど勿体無いとは思いませんか」

 どんな説得方法だよ。てか逆ハー少女漫画読んだんか。

「いや、ブラビット? 流石にそれじゃ──」
『転生します、いや、させてください』

 いいんかーい。

 お前の人生それでいいんかーい。

 土下座する程好みなタイプに囲まれたいんかーい。

 突っ込みが追い付く前に事は進んでいく。

「では手配しておきますね。後程、貴方のところに雑魚死神がやってくるのでその者に着いて行くように」
『ありがとうございます! 来世楽しみます!』

 そうして解決してしまった二番目の七不思議。
 ええんかこんなオチで、駄々を捏ねていた悪魔が悪戯してたってオチでええんか。

「それと、ラジオは貰い受けます。この少年が」

 ──僕かーい……!

 指を差されたと思ったらこの突然の受け渡し。誠に遺憾である。
 不服そうに顔を歪めてしまいつつ、大人しくめちゃくちゃ呪われてそうな黒ずんだラジオを受け取った。
 好きな子から貰えと言われれば貰うしかあるまい。
 畜生、絶対血だよこれ。
 血で黒くなったラジオだよ、何があったんだマジで。

 っていうかこの学校、悪魔の生徒死んでたのか……?

 人外の生徒が死んでるって、ある意味ホラーだよ。どういうことなんだ。

「あー。後バイオリンも貴方の仕業でしょう。そちらもくださいな」

 マジかよ三つ目もこの子の仕業なのか。
 図星らしく、大人しくボロボロでカッターで何度も切られたようなバイオリンを差し出してきた。

 ……これがこの子の持ち物ということは……。
 思い当たる節があった。それは僕も経験している……

「あのさ。何があったのかだけ最後に教えてくれないとこっちとしてもモヤモヤしたまま終わっちゃうんだけど……?」

 疑団を有耶無耶にした状態で次に行くのはよろしくない。
 後に思い返した時に気になってしょうがなくなるのだ、今訊くべきだろう。

 その子は全部を話したいとは思えなかったのか、部分的に話してくれた。

 まず最初、転校生として話題になった時帽子を被っていたこと。
 同級生で友達ができて嬉しかった記憶や思い出はあること。

 でも、それ以上に酷いことをされた記憶の方が強かったこと。

『バイオリンは音楽の授業で使う予定だったの。でも、発表会がある当日に壊されちゃった。その日はお世話になった神父さんも来る日だったから聴かせたかったな……』

 ここまでの情報があれば十分だ。
 恐らく……人外だと言うことを隠しきれなかったんだろう。

 角があったから、いじめられた。

 いじめという言葉を使うのにはメリットもデメリットも含まれているが、虐待という言葉にも『虐め』が入っている。その時点で、『虐め』は物事の観点から察するに嫌がらせよりも犯罪行為に近いものに使われることが多いのだろう。僕自身が受けている被害も、今目の前に居るこの子の被害も、きっとただの嫌がらせでは無いのだ。

『いじめ』ではない『虐め』。

 本来ならば大人が介入して、叱らなければならない悪事。
 集団行動のデメリットはこの一強に尽きる。

「集団内に止める者がいなければ誰も止められなくなる、第三者の介入の余地なしに終わってしまう」

 この点が問題なのだ。
 自分自身の意思を最初から行動に移せるように教育していたならば、違う行動をする者は少数では無かったかもしれないけど。

「……君、大変な思いをしてたんだね」

 視線を外せば言葉の真意に気付いたのか同調するように頷くのが見えた。

『親が人間界は良いところだって信じて疑わなくて。自分たちがそうだったとしても他はそうじゃない可能性が分かんなかったみたい、最後までそんなはずないって言って信じてくれなかったよ……娘なのにね』

 悲し気に瞳を震わせる悪魔の子を見て、例え人外でも嫌な者は出てくるのだなと実感せざるを得なかった。
 人間よりもきっとマシなはずだと思い込んでいた節があったこともあり、現実を打ち付けられたような、また少し視野が広がったような感覚がした。

『楽器が好きだった。バイオリンが特に……直せばちゃんと使えると思うから、使って』

 そう言って姿を消し、先程までその子がいた場所に向かって

「俺も楽器が好きなんだ、だから……ありがとう」

 と呟く。
 仕事の早いブラビットのことだ、今頃他の死神たちが案内をしてくれているだろう。
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