血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第一章 僕たちの関係はまだ、お友達のまま

8黒兎赤はホラーが大の苦手

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「正座」

「あ、はい」
「何処で、何してた?」

 楽しそうな顔をして帰ってきた彼女を見た時は何事かと思った。
 折角今朝引き留めようとわざと転んだのに、ブラビットは出掛けてしまった。

 ああ、畜生。

 人間の馬鹿野郎ッ何故お前は飛べないんだ……!

 あ、でも僕のこと心配してくれた彼女、すっごく可愛かった。そこは嬉しい。
 有無を言わさず留守を任されてしまった僕は痒い所に手が届かない腹立たしい思いを抱え、その腹いせに正座をさせ「何処で何やってた」尋問──事情聴取をしているに至る。

「で? 何してたの? 死神協会じゃないことは分かってんだよォ!」

 バシッとテーブルを丸めた雑誌で勢いよく叩く。

「……懺悔の間みたい……」
「何か言った?」

 いいえ、と表情を崩さぬ言うと彼女はだんまりを決め込んだ。
 しかし黙っている割にはどことなく上機嫌だ。その証拠に口角が目下までバッチリ上がっている。

「……良い事でもあったの?」

 そう問いかけると「ありましたよ!」と手を添えて上品にいつもの笑いを浮かべる。

 ──あったんかーい。

 ここで一気に迫ってはまた黙秘権を行使されるかもしれない、穏便に対応しよう。
 にっこりと「お友達」として喜ぶ。

「へえ、そうなんだ。ブラビットが楽しそうで良かったよ。好きなものでも出来たの?」
「新しいお友達が出来たんです!」

(は?)

 あっれー、気のせいかな?
 友達が増えたとか聞こえた気がする。

 っはは、疲れてるんだねきっとそうだね……って、

「は?」

 もう一度言おう、

「は?」

「ふふん、これでボッチ脱却も夢じゃありませんわ。一足先にリア充なるものの階段を上ってしまったようです……勝ったな……」

 何に勝ったって!?

 僕か、僕に対して謎の対抗心燃やしてたのか上等だゴラ、新しい友達とかいう奴連れて来いよ対抗心しか向き出せないから。……落ち着こう。うん、落ち着け?
 口調が不良みたいになってるぞ、心の中だけど。

 更に追い打ちで「お友達って貴方と出会うまで知りませんでしたけど、ちょっと良いですね」とか言われて嬉しいやら悲しいやらで般若みたいになってるぞ、……心の中だけど。
 リア充になんかならなくて良いんだよ、他の誰かと仲良しになっちゃったら君はそいつと話すことに集中して僕に目もくれなくなるでしょ。そんなの嫌だ。

「どこの、誰。誰なの」

「内緒です」
「ついでに聞くけど、小学校の運動会の時に応援してやれって君に言ったのは誰?」
「人外でも人間でも無い者です」

「そっか──……え?」

 おっと予想斜め上の回答が来たぞ。まさか動物とかか……?
 まあ、それなら、まあ、百万歩譲って許せる。気がする。
 反応に困っている隙を見逃すまいとしてさりげなく

「明日も出掛けますが貴方が寝るちょっと前くらいまでには戻りますのでお許しください」

 というが、それで僕が受け流す訳無い。

「やだ」
「えっ」

「……やだ」

 分かっている。
 駄々を捏ねていることは。分かっているんだ……っ!

 でも、でもやっぱり他の奴と友達になったってことはそいつがブラビットにその内惚れる可能性だって出てくる訳だし、こう、友達は友達でも彼女に笑顔を向けて向けて、それでそれであ──

 何度考えても答えは「僕以外を見る必要なくない?」だった。

 君と仲が良い奴が他にもいるなんてムカつくし。嫌だし。

「なるべく早く帰りますから……」
「でも僕に自分のことバラすなっていう割には君自身がバラすのは良いんだ? 変な理屈」
「うっ……で、でも多分あの子は言わないタイプ……なのだとおも……」

 途切れ途切れに紡いでも苦しい言い訳にしか聞こえない。

 さては後のことを考えていなかったな?

 ブラビットがそんなミスをするなんて珍しい話だが、大方、困っている誰かを見かけて助けたいと思っただけだろう。彼女の性格上分からない話でも無いし。でもこれ以上愛想を振り撒かれては困るので釘を刺しておく。

「……分かった?」

「……はい、はい」
「ほんとに分かってるのかなぁーこのエリート死神様」
「だ、大丈夫でしょう、きっと……はい」

 心配し始める彼女を見て「もっと困ってしまえばいいのに」と思ってしまったのは、変だろうか?
 ほんの少しいじけた顔をしていると思っていたこの時の僕の顔は、阿修羅の如く険しい顔だったという。

 丘志七年七月八日、金曜日。
 ブラビットのいない今日はより一層の鬱を抱えた。
 死神協会へ行っている間もうれいを帯び、心に泥みたいなネガティブさだけ残されるのだ。
 こういったネガティブモードの時の僕はなんたって後ろ向きさが凄い。

「どうせ」とか「まあ人生良い事ある方が奇跡といっても過言ではないから」とか「来世に期待しよう」とかついつい言ってしまう。

「よぉ、今日も放課後な」
「待ってまーす」

 いつもの二人が教室で僕を見かけるなりすぐ言ってきて、改めて思い直す。

 ──来世に期待しよう。

 現世は碌な目に合わない。放課後に入るまでも酷いのだろうな。
 ふへ、ふへへへへへ。
 いいんだ、別に大した実力も無いし、好きなことに対する才能だって無いし。
 やりたいことをしようとしても邪魔が入る、そう世の中クソ。

 クソである。

 こんちくしょー。

『悲観』に暮れている僕を取り残して周りが強いる、お馴染みの「ゴミ箱」。
 はい、僕はゴミです。貴方達の仰せのままになるゴミ箱です。
 生きている価値も無い捨てられて初めて価値のある存在になれる正真正銘のゴミです。

 パン作りに勤しむ度にイースト菌を死なせてしまいます、もういい、イースト・キラーと呼べ。

 なんてやられる度に思ってるのだが、今日は違うらしい。
 授業で映画観賞会が主だったせいかもしれない。が、ここで問題が発生。

 ──ホラー映画やん、これ。

「う。ぁ、ああ、あ」

 序盤の下りで既にリタイア寸前になっていることに気付いた仁夏が腕でど突いてくる。

「何だぁおめえ、まさかこういうの苦手なのかぁ?」

 次いで調子に乗ったであろう狼までいびりを始める。

「え~? まっさかこんな子供騙しのホラーが苦手とか、ねえ? 無いよね赤君」
「な、なななな無いよ、無いに決まってる……」

 これ以上弱みを握られてたまるかと意地を張ったが既に目頭に涙が浮かんでいた。
 もう終わりだ、終わった。
 案の定ホラーが大の苦手だとバレ、びっくりさせるシーンで腕やら手から触られ悲鳴を上げまくった。

 じり、じり……と慎重に歩き辺りを見回す主人公。すると肩にぽん、と手を置かれ振り向く──……

 ぽん。

「ぎゃぁぁああああああッ⁉」

 終始笑いを堪えるクラスメイトたち。両隣で吹き出すあいつら。
 畜生、面白がりやがって。
 うわ呪われそう、見たくない見たくない呪われませんように……無理無理無理!

 大絶叫を繰り返し尽き果てた僕に止めの一撃。
 お腹が痛くなってきたので授業が終わっていち早く教室から出ようとするとあの二人が話題を出したのだ。
 それもホラー話の。

「そういえばこういうホラーと言えばこの学校にも何かあるんだよね?」

「ん? あー。あれか、学校七不思議って奴か」
「それそれ。全部知ってる人いるー?」

 狼が訊けば心当たりのあるクラスメイトが一斉に手を挙げ、我こそはと内容を話す。
 何気に狼にアピールしている女子もいたが、彼はいつも笑顔でかわすだけだった。

 怪談を話される度に震え上がっては青くなり、ぎゅるるるると鳴る腹痛を早く治す為終わってすぐ男子トイレへと駆け込んだ。

「んーーーー……」

 人って何とも言い難い苦痛に見舞われた際、小動物みたいな鳴き声を発することもあるのだなあ。
 か細く高い声を上げながら、膝に向かって頭を倒す。
 己の膝を抱き締め痛みに足掻く様はさぞ滑稽だろうが、当事者からすればそれどころではないのだ。

 んーーーーーーーーーーーーほんと、
 あーーーーーーーーーーーー何も考えられない、んだよなぁ腹痛い時って、あーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーーー早く収まれトイレタイムぅーーーーーー無理ーーマジ無理無理ーーあーーーーーーーーーーー助けてブラビットーーーーーートイレだけで時間が過ぎるーーーーーーーー

 あーーーーーーーーーーー──────……

 気付けば放課後だった。
 それは長い闘いの末、授業が犠牲になった瞬間でもあった。

(これが……勝利の余韻……長かった……)

 ──それもこれもあいつらがちょっかい出してきたり怪談話なんかするからだっ!

 怖いものが大の苦手な僕は、普段からホラー話を避けて現在まで過ごしてきた。
 だというのに今日の映画鑑賞会で遂にバレてしまったのだ……ホラーが駄目なのだと……。
 幽霊がいるなんて想像したくないしお経を唱えて現実逃避するくらい、苦手だ。

 しめたり、と言わんばかりに去り際に話された学校七不思議の噂。
 絶対あれのせいで呪われたんだ、幽霊は噂されるの嫌いかもしれないし。そうに違いない。
 まあいじめられっ子の逃げ場としてトイレは良いのかもしれないが、その内上から水をかけられてお腹が悪化しそうだし、逃げ場としては今のところ微妙かもしれない。僕はそう考えつつこのところストレスが増える一方だったことも含め、トイレにお世話になる回数は増えそうだな……と半ば諦め始めていた。

 もはやマイホーム=トイレ。これは確定事項だろう。

 やっと終わったさあ帰ろう──そうしてトイレから出ようとドアノブに手を掛けたら、さあどうしたことか開かない。

 開かないぞ?

 何度捻って押してもびくともしないドアを見て分かったことは一つ。

 ……閉じ込められたな、こりゃ。

 どうにかする手段も案も無いので暇潰しに知っている怪談話でも考えることにする。
 謎な部分多すぎて気になるのは幾つかあるんだよね。
 ちみほは今いるトイレの個室にある台の上のまま放置しておこう。取って連絡しても良いが仁夏達に助けを求めても加害者である可能性があるし万が一に備え、しない方が良いと判断してのことだった。
 有名なのだと国立公園での失踪事件、天使による(とされている)殺人事件、見ると自殺する実況動画……。
 この前なんとなく見た本に書かれていた怪談話はこんな感じだ。

『僕の両親は別居をしています。

 ママはパパと別々に暮らしていて、僕はママに着いて行ったので傍から見れば母子家庭だと思われていたと思います。
 パパはたまに、学校が終わってすぐ遊びに来てくれるので僕はパパが大好きでした。
 遊んでいたある日パパは言いました。

「お前のママは可愛くて美しい人だから、悪い奴に狙われやすい。ママに何かあった時はお前がしっかり守ってやるんだよ」

 その言いつけの通り、僕はママを守ろうと決意したのです。
 翌日僕とママは気を失って目が覚めると何処かの地下室にいました。
 幸い、子供だったからか拘束されていなかった僕はママを守らなきゃとママの前に立ちはだかりました。
 すると地下室のドアを開きました。

 パパがそこにいたんです。

 悪い奴というのは実はパパで、ママはその男の人のことなんかこれっぽっちも知りませんでした。
 その後は母の叔父が異変に気付き通報してくれていたようで、男は無事警察に逮捕されましたが……。

 今でもあんな奴を父として呼んでいたことを考えると、ゾッとします。』

 ──リアルヤンデレの話ですね、ええ。
 嫌いです大ッ嫌いです。

 子供を囲って外堀を埋めようとしたストーカーの話だ……嫌だー滅べー子供にトラウマ植え付けんなー。
 ホラーが苦手といっても幽霊ものが駄目なのであって事件系と天使悪魔系は大丈夫なのだ。

 人外居るのはもう知っちゃってるしね──……!

 だとしても天使が殺人なんてするのかなと疑問に思うところはあるが……
 ソノリカはじわじわからのびっくりホラーが多くて、灯本ではびっくり系サイコホラーが多いのは国民性によるものなのだろうか。悪魔祓いとかエクソシストがあるせいか。そうなのか。
 僕としては悪魔祓いって凄く差別的だなと思ってしまうけれど個人的な主観を添えるならば例の悪魔だけ祓って欲しい。滅せよ、スーパー雑魚。
 国立公園の怪談も人外絡みだったりするのかなと考えている訳だが、一体どうしてそんなことをする必要があるのか。ブラビットに訊けば何か分かるだろうか。

(ブラビットが居たらなぁ……)

 今頃新しいお友達とやらとでも一緒に居るんだろう。
 深く溜め息を吐いて蓋のされた便座に座ったまま下を向く。

 ──丁度、今週の清掃も点検も無いからもう誰もトイレには来ないかぁ。

 雑というか軽いノリで仕事をする人が多いことも踏まえると、警備員だってさっと巡回したら切り上げてすぐ帰ってしまうに違いない。

 どうせ来ない。

 いや彼女のことだから気付いたら慌てる!
 いやいや新しい友達の方が大事だって、どうせその内僕は彼女の二番手になる……いやいや一番のお友達はまだ僕だから、と繰り返し自問自答をし続けていく。

 そんな浮き沈みの激しい自分に内心疲れを感じながら、虚しく壁にもたれかかる。
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