血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第五章 影から這い出る者と落とす者

7無知を悔やむ ※残酷描写あり

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 胸倉を掴まれたまま足が宙に浮く。
 抵抗しようにも、右肩が痛くて思うように動かせない。

 事前に場所を調べていたらしい、どんなに物音がしても人が来なければ意味が無い。
 この場所は、柳下の中でも人が寄り付かないのだろう。
 この場に居る者以外、誰の気配もしなかった。

 彼女に助けを求めたら、助けてくれるだろうか。

 でも、そんなことをしたら相手の思う壺だろう。その時点で彼女の場所が分かる。
 見えなくとも死神だって生きているから、触れられるのだ。

 分かっていれば。

 人が来ない、助けを求められない。行き詰った状況を把握して、思考諸共窮地に立たされてしまった。
 そんなことはお構いなしに乱雑に投げ飛ばされてまた金属製のバットからの殴りが再開される。

「あーぁ、いったそぉー。あ、ランドセル持っておくね。思う存分やりなよ、正直『自分は偉いんですー』って良い子ぶってるその顔。大っ嫌いなんだよね」
「あー分かる分かる。さも自分だけが良い子ですーってこの、顔……な!」

 痛みが走り続け増える中向けられた悪意の言葉が、深く食い込んだ。
 ああ、お友達だと思ってたのは自分だけだったんだな、とかそういう風に思ってたんだな、とか。
 皆に裏切られたんだなってこととか。
 記憶が過っていく中、僕の中は虚しかった。

 虚しさでいっぱいだった。

 皆思ってることだけを口にしているのだと、哀れにもさっきまでの僕は思っていたのだ。
 けど違うんだね、人間には『表面上』と『裏の顔』がある。ブラビットみたいな心の壁を作る為の仮面だけかと思っていたけど、大半はこういった『誰かを騙す』為の仮面なんだ。

 考えが甘かった。子供だからかな?
 子供だから──……いや違う。そうさせてるのはこの現実だ。
 今やニュースでは何人、人が死んだと流れてる? 自殺? 他殺? それとも間接的なもの?

 僕たちはそれを考えてはいないだろうか。どこか別世界の、認識していないだろうか。僕だって、そうだ。その一人だった。

 いじめなんて縁が無いと考えていた……ついこの間までは。
 でもそうじゃなくって。真偽関係無く流されていることは物事は、決して0%の確率ではないのだ。
 1%でも起こり得ることであるにも関わらず、僕たちはその時その場になるまでは0だと思っている。そうは考えられないだろうか。

 だとしたら彼等だって被害者かもしれなくて。他の誰のせいでもない、悪い奴らや無関心な者達が蔓延った世の中が『今』を作り上げた。その結果がこれであり……

 相手がどうとか、そういうのより視野が狭かった僕の責任でもあるんだ。

 早くから違う考えが持てていれば、相手の立場とか環境とか、可能性でもいいから考えられていれば。
 もっと違う結果があったかもしれない。

『後悔』が頻りと僕を襲い、涙が出てくる。

「さっきから黙ってねえで何か言えよ? つっまんねえだろ。それか、直接お前が出て来てくれても良いんだぜ? ブラビット」
「私、出た方がよろしいですか。出た方がよろしければ……」

 ブラビットが、心なしか申し訳なさそうに眉をひそめている。
 違うんだ。これは僕の無知が引き起こしたことなんだから、主観で誰が悪いのかを決めるのであれば僕か、目の前にいるこいつらのどっちかしかいないんだよ。
 打撲傷の痛みに顔を歪ませる。
 まだ殴るつもりなのか問いたかったが、苦痛に身を委ねるよりも彼女を制止する方が先決だ。

「(駄目! 元はと言えば、僕が狼君を疑わなかったのが、僕の行動が、悪かったんだし……お願いだから、隠れてて)」

 複数回に渡って殴られては思うことがあるだろう。
「殺す気か?」って。
 でもそうじゃなくって、彼等にとってはきっとこれは遊びなのだ。殺意とは……また、別の感覚のはずだ。

「(ごめんね、ブラ、ビット。もっと、もっと早くに君の、言葉を……信じていれば──)」

 ああ。けどまだ、仁夏たちが僕のことを嫌っていないと
 信じたい自分が居る。

 +

「もう終わりかよ。ったく、白けるなぁ」

「今日はもう無理そうだねー。帰ろ帰ろ。夏休みに入ったことだしー? これからは毎日出来るじゃん!」
「ふっ、確かに」
「また明日な」

 少年たちの後ろ姿が消えて暫くし、ゆっくりと赤を見下ろす。
 意識を失った彼の顔は酷く泣き腫らしたままで。
 服の上からでは見えぬ怪我の状態を確認すれば目も当てられぬ程赤く腫れていた。
 あの殴り方では、打ち所が悪ければ骨折も免れないだろう。

「……馬鹿ですね。最初の忠告に耳を傾けることが出来れば、また違った結果になったでしょうに」

 お馬鹿ちゃん。
 か細い声で呟くが、少年に届いたかどうかは定かでなかった。
 将来、凶悪犯罪者になるはずの赤が悪人になるのかどうか、暫く様子を見れば答えが出るだろうと高を括っていたブラビットは、今も尚決めかねている。

 決定打に欠けるといった方が正しいのかもしれない。
 それ程、少年は努力家で、人間にしてはすぐ己を省み、反省も出来る人格者として相応しかったからだ。
 本来の人生でも、こういったことがきっかけで犯罪に走ってしまうのなら〝加護〟を与えてみてはどうか。

 この時代で、のだから。
 であれば、出来る範囲の助力は惜しまずにやっても損は無いはずだ、とブラビットは結論付ける。

(──……ま、この場合は使っても良いか)

 暴力を振われていた側だからこそ見えない部分を殴ればバレないと学んだのだろう仁夏という少年に対し、「ひょっとすると、は彼かもしれない」と可能性が浮かんだ。
 早く目が治れば確かめられるのに……と視線を落とす。
 自らの行動が裏目に出た結果なので、今考えても仕方ない。

 少女はその考えを一旦仕舞って、赤の自宅まで場所を変えていった。
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