血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第五章 影から這い出る者と落とす者

2盗人(仁夏視点)

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 六月二十八日、金曜日。

 外に出れば楽しいのに家に戻れば地獄。
 落差の激しい日々に慣れすぎたせいか、感覚が鈍っているようにも感じられた。
 なんの感覚が、と聞かれたら上手く答えらんねえけど。

「仁夏君ってヒーローみたいだよね、いつも大人っぽくて格好いい!」

 ふとした時に言われた言葉にすっげえびっくりした。

 俺が? ヒーロー? 大人っぽいって?
 おめえよく分かってんなほんと、褒め上手だな。

 何でもしょーじょ漫画とかいう本のヒーローに似てるんだとか何とか……やべえ女向けのとか触れる機会無かったから分かんねえ。
 どんなのか全く分からないというと「あ、これ!」とご丁寧に取り出して見せてきた。用意良いな。

 男向けのはクラスメイトがよく回してたから読んだことあっけどよ、女向けのってこんなキラキラして目でけえのか……なんだこのほわほわしたの。

 要るか?
 なんでこのトゥンク?

 とかしてるシーンだけで二ページ使ってんだよページの無駄遣いだろ。

「この須賀君に似てるなって!」

 ──いやどこが?

 指を差して見せてきたのはキラキラオーラを放つ女子に囲まれてるイケメン。
 ん、いやでも女子に囲まれてキャーキャー言われてるのは合ってる……な……、何か知らないが女子には好かれてるし。
 あ、でもその内女と試したいことあっから現状維持でいいか。
 中学にもなったらあの本みてえに大きい奴出てくるだろ。
 満場一致で大多数は大きい女子が好みだったんだが、狼はそういう話に乗らねえしこいつはこいつで顔真っ赤にして逃げるんだよなー分かってねえなぁ男のロマンって奴よを。

 ……大人っぽいってそこか──!

 意味が分かればなんだそんなことかって感じだけど、こいつはまだまだお子様だもんな。

「あー。つまりモテたいってことか?」
「えっ、いや、まあ、モテたいと言えばそうだけど……」
「ほーん、じゃああの本でも貸して貰えよ。おーい誰か持ってんだろ? シェアしようぜ」

 教室にまだ残ってる男子が家からこっそり持ってきたアレを取り出す。本の表紙を見てすぐに「ちょっと待っ」とか声を上げて真っ赤になりやがる。

「お前耐性無さ過ぎだろ……どうせ大人になったら知ることなんだし今の内に耐性つけとけって」
「い、いやー……でも……」

 という割にはちらちらと目がいってるんだが、気付いてないのか。興味はあるんだろうが、良い子って名目のせいで踏み切れないのか? 
 仕方ねえな、とぶっちゃけた話をする。

「……赤、おめえアレがたったことは?」
「⁉ い、いいいいいや無いよ……ッ! 無いったら!」

 あるな。この反応は確実にあるな。

「恥ずかしがんなよ、男なら普通。むしろ正常なことだ……で? つまり好きな奴とかいんだろ? 言ってみろよー」
「……いません! いない! いないったらいない! で、でも普通のこと……なのかな」

 段々と声が小さくなってるぞ。なるほど、普通のことだと思ってないから罪悪感を感じてるんだな。

「男ってのは野獣ってよく言うだろ? ま、生きててどうしても動くしな、アレ」

 うんうん、と同意を示す男子達。そりゃ男に生まれたらそーいう体の仕組みになるしな。

 ──今この場に狼がいたら確実に吹っ飛ばされるな、俺。

「ぶっ……いや、まあ。ソウデスネ……」
「つかひょっとしておめえの好きなのってこの前言ってた──」
「わああぁぁぁぁッ⁉」

 ブラビットって奴か──と言おうとしたら口を塞がれた。おーおー、耳まで真っ赤だぞ。図星だな。
 外国人に恋をしたのか……作り話かと思ってたが元ネタになった奴がいたのか、なるほど。
 あの設定にしたことを考えると、現実では結構いばらの道なのか?

「……っはー、そうかそうか。おめえの恋始まったのか……頑張れよ」
「も? ってことは仁夏君も好きな子出来たんだ! 僕も応援する、お互い頑張ろうね!」
「おう、いつか紹介しろよーお前の黒歴史たっぷり話してやっから」

「それは止めてぇー!」

 へへっと笑いながら、今度男女のそれこれでも教えてやろうとクラスメイトの奴にも話をした。
 楽しみにしてろよ。そそられる話題ばっか用意しとくから。
 顔を真っ赤にして好きを否定する赤をからかってやるのも面白そうだな。

 新しい楽しみを見つけた気がして口がにやけていくのが分かった。

 +

 六月三十、日曜日。

 二、三日様子を見ていたが、やはりこの陸堂仁夏という少年は家庭環境があまりよろしくないらしい。
 不憫なものだ、まさか子供という肩書きを利用して親が自分の売名行為に使うとは。
 ただ、彼に『盗み』という難癖があることも同時に分かってきた。

「懲りずにまたやっているんですね、当たり前のように」

 ここまで平然とやってのけると気付かない者がいても無理はない。
 警戒心、不安、恐怖心が仕草に出るから『怪しい』と感じるのであれば、その予備動作が無い彼は〝それら(感情)〟を感じさせる隙も無いのだ。

「(人に怪我させる訳でもねえんだから、大したことじゃねえし。良いだろ?)」

 ──人間にとってどうなのかは分からぬが、軽罪であることは確実だろう。

 人間界というのに作ったルールはそういったものではないので、多くは人間達が作ったのであろうことは明白であった。
 彼の盗みが犯罪になるのなら犯罪者ではあるのだが、我々の言う捨て魂と血魂は同族殺しに区分された時になる魂を指す。
 つまり、未来に殺しをするか──既に殺しをしたか。

 この二つ以外は狩らなくていいのである。

 しかし、私は自分のしたこと以外にはこれでもかという程疎い。
 赤と関わることによって唯一自覚出来たことはそれだったのだ。

「あまり詳しくないので教えて頂きたいのですが、それ。見つかったらどうなるのでしょう?」
「(ん? そりゃお前……)」

 息を吞む音が聞こえた後、押し黙ってしまった。後ろめたいことでもあるのだろうか。

「あらあら、教えて下さらないのですか? 生憎と私は、人間界の知識には疎いものでして。教えてくださるととってもとっても助かるのですが……」
「(……まあ、捕まるんじゃねえの? に)」

 つまり、こちらと同じ罰する対象であるということか。ならば確認すべきだろう、と魂を見ようとしたが、依然として色も形も浮かび上がらなかった。

「ケイサツ、ですか。初めて知りました、そのような言葉があるのですね。では、その警察というのが取り締まる役目を持つ組織なのですか」
「(お前ってほんっと何も知らねえんだなぁ。まー、そんなところだ。悪い奴がいたら逮捕するんだってよ)」

「なるほど。ありがとうございます」

 とすれば、警察というのは必然的に死神と似たような役割をしているのであろう。
 もしも、警察というのと死神を会わせてみたら、存外、残業の件や苦労話で意気投合したりして。
 会話の最中、ふと気になった方へと目を動かす。

 視界の端に映るは、商品が幾つか少々雑に置かれたかごだった。

 誰かが荷物を買い物かごと共に置き忘れたらしい、私の目線を追った少年も気付いたようで、目を光らせる。

「……まさかとは思いますが」

 私物を盗むつもりではなかろうな、小僧。

 疑い深く目を細めて見ていたら「興味無さすぎてボーっとしてただけだっつーの!」と怒られてしまった。
 何もしないのなら、良いのだ。何もしないのならな。

 +

(こんなとこに置いておくなんて、馬鹿だよなぁ……)

 さも何でもなさそうな顔をしながら盗っていた商品を鞄の中へ投げ込む。

 小さい品物は見落としやすい。その死角を狙ってのことだった。
 少年は見知らぬ誰かへの嫌がらせとして行ったのだ。理由としては、鞄がブランド物だということが分かったからである。
 決定打になったキーホルダーには仲の良い何不自由ない親子の写真。

 ──お前ものに。

 幸せそうに「親に愛されたい」と願っている幼子の表情が、過去の自分を見ているようで無性に腹が立ったのだ。
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