血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第四章 見ようとしなければ見えない、何事も

4恋に落ちてはいけなかったんだろうね

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 心理や脳、心には興味がある。
 ブラビットの言葉や人外達を理解するに必要な学問だと感じたからだ。

 単純に興味があるというのも含め、必要であれば算数への苦手意識を克服しなければならない。
 しかし残念なことに人間、そう簡単に不得意分野を得意には変えられない。
 やるにしてもやり方を工夫する必要がありそうだった。

「本で済ませる手もございますから、自信が無いのならそちらを。まあ、私的には良い子ちゃんが今から死ぬほど頑張ればいけそうだと思いますけどね」

「(脳は!? 脳は何のお勉強!?)」
「脳科学。科学なのでどの道算数……と 理科が得意じゃないと厳しいですよ」

 ……どこも算数ばっかかっ!

 何なのその算数贔屓!
 他は!? 国語は!?
 国語はどこいったらいいの!? 役立つの!?

 理系ではない己に悔恨を感じながらも心休む暇も無く追い打ちをかけられる。

「役立つのは……今貴方がやっている勉強ですと算数、理科、図工、パソコンが役立つもので国語は理解をする為に必要っていったところですかね」
「(国語とパソコンしか得意じゃないよ! なんなのそのレパートリー(?)! 僕を、僕を殺しに来てるの現実はぁっ!?)」
「私が殺しに来ましたよね最初にね」

 いや違うこの殺しに来てるではないのだ。数秒の隙も許さず上ずった吐息を投げかける。

「(そういう話じゃないんだよぉっ!)」

 最近ツッコミスキルが上がってきてヤバい。要らないそういう無駄な技能。
 それもこれもブラビットが……いや、ブラビットがいないと楽しくないもんね!
 駄目! お友達貶しちゃ! うん。

 項垂れるように仰向けに転がって息を吸う。……最初何に悩んでたんだっけ? 僕。

「あ、元気になってきたねえ。やっぱり楽しいのが一番だよね」
「……へっ」

 わざと? え、わざとボケたのブラビット?

「(……~っ⁉)」
ね、そういうの拗ねるとか、よく分かんないんだけど良い子君が楽しく過ごせてたらなんとなーく良いなあって思うよ。思ってるのかな? 多分、そう」

 ブラビットがふわりと僕を包み込むように抱き締めると、自分の心臓の音がよく聞こえてきた。
 あ、心臓の音は聞こえないんだなってちょっと寂しいような……ちょっとホッとしたような変な気分になる。
 彼女から飛び出てくる言葉が思った以上に嬉しくて、なんか、恥ずかしかった。

「僕はね、君が君らしく行動してくれるのが嬉しいよ。周りの言葉を鵜呑みに行動するのもまた一つの道なんだろう。けど命ある限り動きたいように動いて、考えたいように考えればいいって……少なくとも、僕の考えはそう」

 そう語り出す彼女は今までの取り繕った『外向きの顔』でも何でもない自然体であると分かった。
 心地良い中性的な声へしっかりと耳を傾ける。

「この世界には悪魔や天使も、死神もいて、その間に挟まれるように人間達がいる。各々好きに生きて、好きに悪事を働いて、善行を積み重ねる者もいる。だから良い意味でも悪い意味でも本当に“多種多様”なんだよ。僕が使う意味では多くの種族がいて、多くの生き方が存在するって意味」

「それでも皆ちゃんと自分の信念や考えの基に行動してる。それって凄いことなんだよ。だから、僕もそうでありたいと願ってる。僕の──私のモットーはですね、ズルはしないこと。言ったことに責任を持つことなんです。……変でしょう?」

「……ううん、変じゃないよ」

 ゆっくりと確かに答えるよう、力を抜いて抱き締め返していく。

(とっても、かっこよくて、綺麗で素敵だよ)

 全部は理解出来なくとも、言いたいことは分かった。
 その時僕は……あまりにも純粋すぎる彼女が眩しくて、もっとよく知りたいというと共に、綺麗すぎて逆に心配になる。なんて思ったりもした。
 元気付けてくれるようとしてくれるのも嬉しくて、くすぐったい気持ちと「どうして?」って考えが頭を巡る。

「(……ブラビットって、誰かの意見を否定したりしないよね。僕は否定したいこともいっぱいいっぱいあるのに)」

 不満だって持ちやすいし、何に対してだって議を唱える。本当は中立的な立場でありたいとは考えている。
 が、知らないことが多すぎるからか、なかなかどうして上手くはいかない。

「(ブラビットに否定されたら、僕の意見はすぐ消えちゃいそう)」

「誰かの考えを完全に否定する、というのは本当は誰にも出来ないものですよ。この世の何処かに必ず一人は同じ意見を持つ者がいて、一度否定したってそれが費えることはないんです。ですから貴方の考えが消えることはありませんよ、絶対に。私に何言われたとしてもね。それにほら、だったら自分が言ってもいいやって思えません?」

「自分の意見、思考をまず大事にしましょう。言葉で口封じされても思うだけ。思うだけならって。……そう考えた場合、貴方の気は少しでも楽になりますか?」

 なんて発言が出たもんで、思わず口を開けた状態で疑問符が頭の上で並べられていった。
 なんだこの優しさの化身は。
 しかもこれに至っては僕の為に発言してくれてる、

 何処かで何かが疼いていたが、今の僕には知る由も無い。

「(前にも聞いたけど……どうして、ブラビットはそんなに優しいの? まるで太陽みたい。お日様みたいに眩しい)」
「? ……友達って、支え合うものなんでしょ? 図書館で見た本に書いてあった。違った?」

 何その少女声からの少年声。
 確かにさっきからいつもより声も高いし、子供っぽかったけど。ブラビットはそうやってすぐ僕を混乱させる。

 混乱させる為にやってるの? そうなの?

「(お友達じゃなかったら……元気付けてくれない?)」

 この関係が終わったら君は僕から離れていくんだろうか。
 終わってしまったら、この唯一無二の君との繋がりは全て絶たれてしまうのか。
 急に恐怖がこみ上げてくる。

「えっと。悲しんでる者を元気付けるのって当たり前じゃないの? 僕は……人間でいうところの善行っていうの全部当たり前のことに思ってる」

 つまり優しさと思いやりを具現化したのが君ってことだね?
 そうか、本当に純粋なんだなこの死神様……やっぱり自分でエリートっていうからには誰にでも親しまれているんだろうか、人外の方では仲の良い相手もいるのかもしれないな──なんだかむかむかしてきた。止めよう。

 彼女が悪い訳ではないのに、僕の脳裏には「僕より例の悪魔との方が仲良かったりしないか?」という疑惑が渦巻いて止まらず、腹立たしい気分が続いている状態でぶっきらぼうに返した。

「(……そーれーが、普通だと思えるブラビットが眩しいのー)」

「ああ。なんだそんなこと。普通だと思えるようになればいい」
「(そんな簡単に言わないでよ、僕よりブラビットの方が良い子だもん)」

 ちょっと自分で言ってて傷付いてしまった。

 いや、だってブラビットの方が僕よりずっと優しい。

 眩しい。もう光だよ、光そのものだよこの死神様。絶対後光差してるって。

「だって一度も関わったことなかったからそれが普通のルールなのかなって思ったんだよ。必要最低限の礼儀? みたいな。だったら君もやるだろ? 礼儀って言われたら」

「(む……まあ、確かにルールだと思ってたなら……するかも……?)」
「けど普通じゃないならやめましょうかね」
「(わーっ! 待って落ち着いて⁉ ごめん僕が悪かったからそのままでいて~!)」
「っふふ。君は面白いなぁ」

(……からかわれた……けど、やっぱり素の笑顔がとっても……可愛い)

 いつか立場が逆転すればいいのに。
 そしたら、ブラビットのこといっぱい甘やかしてずっとずっとぎゅーってしてあげれるのに。
 君の笑顔がもっと見たい。

 君のことをもっと知りたい。

 
 何でかは分からないけど……とってもくすぐったいんだ。

 ──ねえ、これ何だと思う? ブラビットなら知ってる?

 聞きたいのに、なんとなく恥ずかしくて聞けなかった。
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