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①第四章 見ようとしなければ見えない、何事も
1運動会
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──味噌おにぎりはやっぱり美味しいなぁ。
『運動会』でのお昼休憩、走った疲れもまだ取れていない中で食べる、お弁当。
運動をした後の食事は格別だと言うが、確かに……これは身体を動かすことによって食事を求めている状態で食べているのだから、
エネルギーを補給してくれー!
と叫んでいる身体に放り込んでいるのだ、そりゃ美味しく感じるわ。
飢餓状態とはまた違うものだろうけど……午前のプログラムにあった『踊り』と『組体操』は終わったのだが、はあ、組体操男子はもう思い出したくもない。
身長が低いからって僕は上の方だったのだ! 身長が欲しいのは山々にも関わらず、冴えないのが個性とでも言いたいのか、僕の身長の伸びは男子にしてはあんまりだった。
……ブラビットと同じ目線かそれより上が良いのに、その願いが叶う日は遠そうだ。
よもや一生追い越せないなんてことはあるまい。
育ち盛りだからな! まだ、まだ伸びるさ……!
なんて考えるだけ虚しいのに、性懲りもなく僕は考えてしまう。
因みに狼君は意外と伸びていて、仁夏君は一番身長が高いので当然一番下の段を担当していた。それはそれで、辛そうで仁夏君はぜー、はー、と息を切らし汗だらけで、
つい心配になって「水、飲む?」と言って水筒を貸した為、今僕の手元に水筒は無い。タオルで彼の汗を拭き取っている狼君の姿が見え、幼馴染みっていう関係って良いなあ、なんて憧れに思いを寄せていた。
僕にとってはブラビットが幼馴染みに当たるのかもしれないが彼女はどう見たって同年代ではないので、ノーカウントだろう。悲しい。
「あ、わりぃ。全部飲んじまった……」
すっからかんになった水筒を見て罪悪感を感じている様子の仁夏君。
それ程喉が渇いていたのだろうから、別に構わないのだが。
「いーよいーよ。仁夏君すっごく大変な位置にいたし……一番下のど真ん中だもんねえ……やっぱり辛かったでしょ?」
「おめー相変わらずお人好しだな。全員の体重のしかかってくんだぜ? やべえよ……力には自信あっても、人数分じゃな……」
気が抜けたのだろう。力無くがっくりと項垂れる彼は、今の内に体力を回復しようと静かに目を閉じた。
残念ながらあまり休む暇は無く、次は『綱引き』に『玉入れ』、『大玉転がし』が待っている。
最後には『リレー』があるのだが、手羽先うめえ言ってる先生が「黒兎君足早いんですよー」とか言い触らしてくれたおかげで僕が選ばれてしまった。畜生めが。
「あ、やば。僕実行委員だからもう行かないと……仁夏、あんまりあれだったら『保健室』連れて行くけど、どうする?」
「いんやいい。まだ俺はいける……体力の無さだったら赤の方が上だろ」
突然の発言にうぐっと胸を押さえる。
そう、僕は走ることと投げは得意なのだが、圧倒的体力の無さを誇っているのだ──……!
思わぬ伏兵によって槍を放たれた僕は、気まずそうに顔を逸らす。
「そういえば赤君って確か短距離以上の距離だと息切れしてたっけ……リレー出るんだよね、大丈夫? 棄権するなら今の内だよ?」
「えっ。運動会なら応援してやれよって言われたので応援する気満々だったのですが!」
心配する狼君の横でアイドルオタクっぽいペンライトを持っているブラビットが見え、「いやそれ、応援の意味違うんじゃない?」と心の中で突っ込みをする。
誰だ彼女に変な知識教えたの、死神か。
死神なのか、アイドルオタクがいるのか死神に。
保護者っぽい彼女の格好に気を取られながら、ブラビットが応援してくれるなら出るしかないな……と狼君の申し出を断る。しかし、「え、でも」と続けて彼から発される言葉に思わず耳を疑った。
「これ長距離リレーだよ? 休憩なしで立て続けに来る鬼仕様だし」
長距離……だとう……?
それじゃあな、と返事を返そうと思うやいなや、視界に映る「え、参加、してくれるよね……?」なんて期待に満ち溢れた彼女の表情。
今度は別の意味で胸を押さえてしまう。何あの小動物みたいなキラキラとした目。
無理だ、あの目を裏切れない!
そう決めたならもう迷いは晴らされたも同然、謎のきりっとした顔で「自分の限界を知りたいんだ……未来の僕の為にもね」なんて変なことを言ってしまう。
「あ、ああ……そう……」
という狼君の表情はガチでドン引きした表情で、仁夏君は「頑張れよ、相棒」なんて親指を立て、ノリノリで返してくれた為、嬉しくなりながらも力強く頷いて返した。
休憩終わりまで後十分はあるものの、今から移動して準備しなければ間に合わないことを知っている生徒達は、一斉に十分前行動をして綱引きを熟していく。
紅組とか白組とかで分かれての勝負はぶっちゃけ僕にとってはどっちだって良いので、リレーだけ頑張ろうと他の種目では体力を温存した。
問題の長距離リレーが始まり、いよいよ自分の番が来る頃で、後ろの子が僕にバトンを渡す。
受け取った際に聞こえた両親の応援は勿論のこと、ブラビットののんびりとした声援もしっかりと拾い上げ、片足を前に出して走り出す。すぐに体力が切れてしまうことを考慮して、腕はあまり動かさずに真ん中で維持しつつ、曲がる時にはやや速度を落とし、真っ直ぐに走れる時に速度を上げていった。
──と、とりあえずゴール前までは体力が続いたぞ……!
ゴールが目前に迫り、一着二着が決まろうとしていた。
決め手はここだ、ここが肝心。
どのタイミングで体力を惜しみなく使うかが、問題なのだ。
いっそスライディングするか? いや、走る奴なんだしそれは止そう。
なら、隣にライバルが居る今しか無いだろ……!
片足を思い切り強く踏み込んで一気に加速する。
無理か、ぎりぎりで二着じゃないかという時に、目の前にブラビットが見えたせいかは分からないが、まだ走っていられる気がした。
飛び込むかの如く彼女の方へと駆け寄ると、案の定二着の旗を持たせられた。
……ああ、やっぱりちょっと体力付けないとなぁ……丁度体力が尽きた僕は、座り込むようにしてへとへとになった。
「二位でも十分凄いですし、精一杯努力した結果何ですから何位でも私は気にしませんよ?」
(天使かな……)
ブラビットへ一位になったところを見せたかったような気はするが、まあ、二位なら上々か。
最後のプログラムがリレーだったので、お弁当を食べている時にはすぐ別れた両親の元へ向かう。
お母さんはちょっと一位を期待していたようだが、二人共喜んでくれたようなので安心した。休んでいると、仁夏君が母親と一緒に挨拶をしてきた。
「よっ。お疲れ、よくあそこまで頑張ったなー。いつもならすぐ『ご、ごめんちょっと……無理』とか言うのに。あ、こっち俺のお袋な」
貴方が仁夏のお友達? と上品に笑いかけてくる、如何にもお金持ちな材質の良いワンピースにカーディガンを羽織った大人の女性。
この人が彼の母親のようだ。
見るからにお嬢様っぽいその立ち振る舞いは、何処からどう見ても上流階級であった。
「あ、は、はい! いつもお世話になってます!」
「仁夏君のご両親ですか、いつもお世話になっております」
軽く礼を済ませる僕と両親。
目前のこの人は、それに合わせて片手を口に添え、くすりと笑った。
「赤君、といったかしら。残念だったわねえ、後もう少しで一位だったでしょうに、あんな息切れしちゃって。まあ、いい思い出にはなりましたわね」
いやー、本当にね。残念だったけどまあブラビットが喜んでくれたから良いのだ、と満面の笑みを浮かびあげる。
「はい! お友達に喜んでもらえたので良い思い出になりそうです!」
「ご心配ありがとうございます、ですが息子は私達の思っている以上にタフな子なので大丈夫ですよ」
「あらそうですか、それは誇らしい限りですね。では、私達はこれで失礼しますね」
ああ、平和だ。まさか仁夏君の母親にまで心配して貰えるなんて……と思いながら陸堂親子を見送ると、お母さんがどうも闘争心に火が付いたような顔つきでこちらを見る。
「……仁夏君を溺愛しているモンペの匂いがするから、あの人には負けちゃ駄目よ。いい?」
モンペ……? っていうとあの子供を可愛がりすぎてモンスターみたいになっちゃうとかいう、厄介な大人の総称、で良いのだろうか。
確かに仁夏君を自慢に思っている節はあったような気はしたが、気にしすぎでは……?
なんて家に帰ってゴロゴロと寝返りを打ちながらブラビットへ言うと、どうも大人の嫌味合戦があの間に勃発していたらしい。
「訳すと、恐らくですが『そんな体力の無さでリレー選手に選ばれるなんて、随分と運だけは良いのね。ま、貴方みたいな運だけの子じゃ上よりも下の方がお似合いですわ』ですかね」
「……へっ!? あれそういう意味だったの!?」
全く気付かなかった。つまり完全に馬鹿にされていたのか、僕。
嫌味っていうのは基本的にそうやって遠回しに言うことが多いのだと彼女は言う。
その点を踏まえて、うちの子の方が凄い、という意味が含まれていた可能性もあり……モンペかもしれないとお母さんが言った言葉に繋がるようだ。
「お貴族様……ねえ……」
「そこで私を見るの、止めて貰えません? 私は嫌味など言っていません」
いやいつも言ってるよね?
なんて思ったけど、彼女はからかう為に言っているみたいだし、嫌味とは違うのか。
しかしこういった場で親と親が口喧嘩する、なんてことが現実に起こり得るとは……また一つ、現実というものを学べた気がする。
運動会が終わり、六月九日、日曜日。
外で遊んで「あの階段で跳び箱ごっこしようぜー」とか言ってる男子に付き合ったら、段差のあるところで足を擦り剥いてしまい、それを知ったお母さんから自宅待機を命じられてしまった。
好奇心旺盛なお年頃なんです、見逃して頂きたかった。しかも今日は彼女が死神協会へ行く日。なんてこった。
「では留守を頼みましたよ、お馬鹿ちゃん」
──お馬鹿ちゃんって言うなぁーっ!
抗議の声を呈すも、彼女は僕の額に手を当ててくるだけだった。
当てられた瞬間、程良い心地がして、身体の巡りが良くなった感覚がする。
何故か、怪我は治っていないのにも関わらず痛みが消え、心底驚く。
魔法でも使ったんだろうか……わざわざ痛みだけを消す為に?
部屋の窓から身を乗り出して去っていくブラビットを見ながら、相変わらず何を考えているのかよく分からないな、と笑った。
『運動会』でのお昼休憩、走った疲れもまだ取れていない中で食べる、お弁当。
運動をした後の食事は格別だと言うが、確かに……これは身体を動かすことによって食事を求めている状態で食べているのだから、
エネルギーを補給してくれー!
と叫んでいる身体に放り込んでいるのだ、そりゃ美味しく感じるわ。
飢餓状態とはまた違うものだろうけど……午前のプログラムにあった『踊り』と『組体操』は終わったのだが、はあ、組体操男子はもう思い出したくもない。
身長が低いからって僕は上の方だったのだ! 身長が欲しいのは山々にも関わらず、冴えないのが個性とでも言いたいのか、僕の身長の伸びは男子にしてはあんまりだった。
……ブラビットと同じ目線かそれより上が良いのに、その願いが叶う日は遠そうだ。
よもや一生追い越せないなんてことはあるまい。
育ち盛りだからな! まだ、まだ伸びるさ……!
なんて考えるだけ虚しいのに、性懲りもなく僕は考えてしまう。
因みに狼君は意外と伸びていて、仁夏君は一番身長が高いので当然一番下の段を担当していた。それはそれで、辛そうで仁夏君はぜー、はー、と息を切らし汗だらけで、
つい心配になって「水、飲む?」と言って水筒を貸した為、今僕の手元に水筒は無い。タオルで彼の汗を拭き取っている狼君の姿が見え、幼馴染みっていう関係って良いなあ、なんて憧れに思いを寄せていた。
僕にとってはブラビットが幼馴染みに当たるのかもしれないが彼女はどう見たって同年代ではないので、ノーカウントだろう。悲しい。
「あ、わりぃ。全部飲んじまった……」
すっからかんになった水筒を見て罪悪感を感じている様子の仁夏君。
それ程喉が渇いていたのだろうから、別に構わないのだが。
「いーよいーよ。仁夏君すっごく大変な位置にいたし……一番下のど真ん中だもんねえ……やっぱり辛かったでしょ?」
「おめー相変わらずお人好しだな。全員の体重のしかかってくんだぜ? やべえよ……力には自信あっても、人数分じゃな……」
気が抜けたのだろう。力無くがっくりと項垂れる彼は、今の内に体力を回復しようと静かに目を閉じた。
残念ながらあまり休む暇は無く、次は『綱引き』に『玉入れ』、『大玉転がし』が待っている。
最後には『リレー』があるのだが、手羽先うめえ言ってる先生が「黒兎君足早いんですよー」とか言い触らしてくれたおかげで僕が選ばれてしまった。畜生めが。
「あ、やば。僕実行委員だからもう行かないと……仁夏、あんまりあれだったら『保健室』連れて行くけど、どうする?」
「いんやいい。まだ俺はいける……体力の無さだったら赤の方が上だろ」
突然の発言にうぐっと胸を押さえる。
そう、僕は走ることと投げは得意なのだが、圧倒的体力の無さを誇っているのだ──……!
思わぬ伏兵によって槍を放たれた僕は、気まずそうに顔を逸らす。
「そういえば赤君って確か短距離以上の距離だと息切れしてたっけ……リレー出るんだよね、大丈夫? 棄権するなら今の内だよ?」
「えっ。運動会なら応援してやれよって言われたので応援する気満々だったのですが!」
心配する狼君の横でアイドルオタクっぽいペンライトを持っているブラビットが見え、「いやそれ、応援の意味違うんじゃない?」と心の中で突っ込みをする。
誰だ彼女に変な知識教えたの、死神か。
死神なのか、アイドルオタクがいるのか死神に。
保護者っぽい彼女の格好に気を取られながら、ブラビットが応援してくれるなら出るしかないな……と狼君の申し出を断る。しかし、「え、でも」と続けて彼から発される言葉に思わず耳を疑った。
「これ長距離リレーだよ? 休憩なしで立て続けに来る鬼仕様だし」
長距離……だとう……?
それじゃあな、と返事を返そうと思うやいなや、視界に映る「え、参加、してくれるよね……?」なんて期待に満ち溢れた彼女の表情。
今度は別の意味で胸を押さえてしまう。何あの小動物みたいなキラキラとした目。
無理だ、あの目を裏切れない!
そう決めたならもう迷いは晴らされたも同然、謎のきりっとした顔で「自分の限界を知りたいんだ……未来の僕の為にもね」なんて変なことを言ってしまう。
「あ、ああ……そう……」
という狼君の表情はガチでドン引きした表情で、仁夏君は「頑張れよ、相棒」なんて親指を立て、ノリノリで返してくれた為、嬉しくなりながらも力強く頷いて返した。
休憩終わりまで後十分はあるものの、今から移動して準備しなければ間に合わないことを知っている生徒達は、一斉に十分前行動をして綱引きを熟していく。
紅組とか白組とかで分かれての勝負はぶっちゃけ僕にとってはどっちだって良いので、リレーだけ頑張ろうと他の種目では体力を温存した。
問題の長距離リレーが始まり、いよいよ自分の番が来る頃で、後ろの子が僕にバトンを渡す。
受け取った際に聞こえた両親の応援は勿論のこと、ブラビットののんびりとした声援もしっかりと拾い上げ、片足を前に出して走り出す。すぐに体力が切れてしまうことを考慮して、腕はあまり動かさずに真ん中で維持しつつ、曲がる時にはやや速度を落とし、真っ直ぐに走れる時に速度を上げていった。
──と、とりあえずゴール前までは体力が続いたぞ……!
ゴールが目前に迫り、一着二着が決まろうとしていた。
決め手はここだ、ここが肝心。
どのタイミングで体力を惜しみなく使うかが、問題なのだ。
いっそスライディングするか? いや、走る奴なんだしそれは止そう。
なら、隣にライバルが居る今しか無いだろ……!
片足を思い切り強く踏み込んで一気に加速する。
無理か、ぎりぎりで二着じゃないかという時に、目の前にブラビットが見えたせいかは分からないが、まだ走っていられる気がした。
飛び込むかの如く彼女の方へと駆け寄ると、案の定二着の旗を持たせられた。
……ああ、やっぱりちょっと体力付けないとなぁ……丁度体力が尽きた僕は、座り込むようにしてへとへとになった。
「二位でも十分凄いですし、精一杯努力した結果何ですから何位でも私は気にしませんよ?」
(天使かな……)
ブラビットへ一位になったところを見せたかったような気はするが、まあ、二位なら上々か。
最後のプログラムがリレーだったので、お弁当を食べている時にはすぐ別れた両親の元へ向かう。
お母さんはちょっと一位を期待していたようだが、二人共喜んでくれたようなので安心した。休んでいると、仁夏君が母親と一緒に挨拶をしてきた。
「よっ。お疲れ、よくあそこまで頑張ったなー。いつもならすぐ『ご、ごめんちょっと……無理』とか言うのに。あ、こっち俺のお袋な」
貴方が仁夏のお友達? と上品に笑いかけてくる、如何にもお金持ちな材質の良いワンピースにカーディガンを羽織った大人の女性。
この人が彼の母親のようだ。
見るからにお嬢様っぽいその立ち振る舞いは、何処からどう見ても上流階級であった。
「あ、は、はい! いつもお世話になってます!」
「仁夏君のご両親ですか、いつもお世話になっております」
軽く礼を済ませる僕と両親。
目前のこの人は、それに合わせて片手を口に添え、くすりと笑った。
「赤君、といったかしら。残念だったわねえ、後もう少しで一位だったでしょうに、あんな息切れしちゃって。まあ、いい思い出にはなりましたわね」
いやー、本当にね。残念だったけどまあブラビットが喜んでくれたから良いのだ、と満面の笑みを浮かびあげる。
「はい! お友達に喜んでもらえたので良い思い出になりそうです!」
「ご心配ありがとうございます、ですが息子は私達の思っている以上にタフな子なので大丈夫ですよ」
「あらそうですか、それは誇らしい限りですね。では、私達はこれで失礼しますね」
ああ、平和だ。まさか仁夏君の母親にまで心配して貰えるなんて……と思いながら陸堂親子を見送ると、お母さんがどうも闘争心に火が付いたような顔つきでこちらを見る。
「……仁夏君を溺愛しているモンペの匂いがするから、あの人には負けちゃ駄目よ。いい?」
モンペ……? っていうとあの子供を可愛がりすぎてモンスターみたいになっちゃうとかいう、厄介な大人の総称、で良いのだろうか。
確かに仁夏君を自慢に思っている節はあったような気はしたが、気にしすぎでは……?
なんて家に帰ってゴロゴロと寝返りを打ちながらブラビットへ言うと、どうも大人の嫌味合戦があの間に勃発していたらしい。
「訳すと、恐らくですが『そんな体力の無さでリレー選手に選ばれるなんて、随分と運だけは良いのね。ま、貴方みたいな運だけの子じゃ上よりも下の方がお似合いですわ』ですかね」
「……へっ!? あれそういう意味だったの!?」
全く気付かなかった。つまり完全に馬鹿にされていたのか、僕。
嫌味っていうのは基本的にそうやって遠回しに言うことが多いのだと彼女は言う。
その点を踏まえて、うちの子の方が凄い、という意味が含まれていた可能性もあり……モンペかもしれないとお母さんが言った言葉に繋がるようだ。
「お貴族様……ねえ……」
「そこで私を見るの、止めて貰えません? 私は嫌味など言っていません」
いやいつも言ってるよね?
なんて思ったけど、彼女はからかう為に言っているみたいだし、嫌味とは違うのか。
しかしこういった場で親と親が口喧嘩する、なんてことが現実に起こり得るとは……また一つ、現実というものを学べた気がする。
運動会が終わり、六月九日、日曜日。
外で遊んで「あの階段で跳び箱ごっこしようぜー」とか言ってる男子に付き合ったら、段差のあるところで足を擦り剥いてしまい、それを知ったお母さんから自宅待機を命じられてしまった。
好奇心旺盛なお年頃なんです、見逃して頂きたかった。しかも今日は彼女が死神協会へ行く日。なんてこった。
「では留守を頼みましたよ、お馬鹿ちゃん」
──お馬鹿ちゃんって言うなぁーっ!
抗議の声を呈すも、彼女は僕の額に手を当ててくるだけだった。
当てられた瞬間、程良い心地がして、身体の巡りが良くなった感覚がする。
何故か、怪我は治っていないのにも関わらず痛みが消え、心底驚く。
魔法でも使ったんだろうか……わざわざ痛みだけを消す為に?
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