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①第三章 大事なものを一つだけ選ぶなら?
3僕のお友達は誰なんだろうか?
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それから夏休みもあっという間に過ぎ去り、月日が経ち、僕は小学三年生の秋を迎えた。
喋ることも尽きずに毎日をそこそこ楽しく過ごしていたのだが、お爺ちゃんの家に遊びに行っていた時のあのことが、未だに僕の胸につっかえていてなんとなく気まずい思いをしていた。
気まずい思いをしていたからか、僕から彼女に話しかける回数が次第に減っていっていた。
分かってはいたのだ、僕が意地になっているだけだって。
話すことも無いのだと途中で気付いたブラビットは「じゃあ死神協会へ行って来ますね」と一か月に一回は必ず、『死神協会』という死神の拠点みたいな場所へ出掛けるようになってしまった。
一か月に一回来る、ブラビットがいない日。
毎日一緒にいた彼女がいない事が、こんなに寂しいものだとは僕自身、予想外だった。
代わりにどんどん仲良くなっていったのは狼君だった。
というのも、僕が話したいと真っ先に思う相手が彼だったから。彼女がいる前ではなんとなく、話しにくいのだ。
前に良く思っていないというのは聞いていたし、多分先入観による苦手意識だとは思うのだけど、苦手な相手をわざわざブラビットの前に呼ぶなんて意地悪はしない方が良いと感じたのもある。
そうすることで自然と、僕の相談相手はブラビットではなく、狼君になっていた。
だから、彼女の目には僕が彼に心酔し切っているようにも映っていたことだろう。
更に一週間。彼女は話しかけてくれず、僕は他の子と話している。
二週間目が経ち、彼女が目すら見てくれなくなった気がする。でもそれでも、「添い寝してあげますね」と言ってから続けてくれていた添い寝は未だ継続されている。
三週間目になって冬になり、毎年云っているイルミネーションの季節が近付いてきた。今年もブラビットを連れて家族で見に行こうと思っていた僕は流石に焦りに焦り始める。
ヤバい、ひょっとしてこれ、このまま話せず終わるのでは……?
初めての僕のお友達。その縁が切れたら──ああ、何だろう。凄く、苦しい。考えたくないと脳が言っている気がする。
目の前が真っ暗になりそうな感覚を覚え、休校である土日を狙って話しかけることを決意した。
上半身を起こし、眠いながらも部屋にある卓上カレンダーを見て、土曜日であることを確認し、隣で呑気に本を読んでいる彼女の服の裾を掴む。
掴むと、それはそれはにこやかな笑顔を向けられた。確実に仮面の方の。
ええい、これくらいで怯みそうになるな僕、話すんだ、今日こそは話すんだ──……!
「あ、あのねブラビット」
「何ですか?」
あの……と続けようと思った矢先、言葉に詰まった。
なんて言えば良いのだろう?
死神と人間の違いに勝手に失望したと答える? でも、それで嫌われたら。
僕はどうすればいいのだろうか。
堂々巡りに思考が渦巻く。あーともうーとも言えないでいると、痺れを切らしたらしい彼女は溜め息をつきながら「出掛けてきますね」と窓から出て行ってしまった。
(呆れられた……あれは、絶対に、呆れられた!)
うわーん! どうしよう!?
ひょっとしたら今頃「あーやだやだ。これだからお馬鹿ちゃんの相手は疲れるんですよ」とか他の死神に愚痴ってるかもしれない! それか「クソガキのお守りから早く解放されたいんですよねえ」とか、とか……っ!
くそう、考えだしたらキリが無いことは分かっていてもあり得る……あり得るぞ……。
ブラビットなら言いかねない……あの見下し目線のエリート死神様ブラビットなら……。
いや、僕はどんだけエリート死神様ブラビットに毒されているんだ、どちらかというと大天使ブラビット様って感じなのに。でも、でもな……嫌われてる可能性も考慮すると、うー!
考えすぎて訳が分からなくなりそうで、頭をガシガシと乱雑に掻く。不格好になった少し伸びてきた髪のまま、階段を降りると両親が驚いていた。
「おはよ……」
「お、おはよう……どうしたの? 元気ないじゃない」
何かあったのか? とこれから仕事へ行く父親にも心配されてしまって、いつもなら隠すように笑って見送るのだが、そんな気力も湧かず、ただただ気怠げに壁に寄り掛かる。
「……どうやったら話せるかな……暫く話してないお友達と……。ああ、いや、分かってるんだよ、うん。話さなかった僕が悪い。うん、そんなの知ってる……っけ」
見事なやさぐれようを披露したもんで、両親は新聞を落としたりフライ返しを落としたりした。
綺麗に、ぽとっと漫画の効果音でも鳴るように。
「どうした赤!? 学校で何かあったのか!?」
「貴方がそんなにやさぐれるなんて、今まで見たことも無いけど!? 本当にどうしたの!?」
肩をガッツリと掴まれたまま揺さぶられ、視界が上下に動く。
「……いやー、何か自分自身にぜつぼうしてると言いますか……そんな感じです……はは」
大丈夫か!? と多大なる心配をおかけし、気晴らしに遊びに行く? と言われてしまったのでその日は両親にドライブという名の元気付け大会が執り行われた。
そして夜を迎え、ブラビットが誕生日に描いてくれた絵が無性に恋しくなって絵を描いてみたが、絶望的にホラー絵しか気分的に描けず、母親に見つかり更に心配を深めた。
そのことが決め手になったのか「今日はもう寝なさい」と言われ、寝ることになってしまった。ブラビットと話したい(泣)。
数日経っても「あ」や「う」しか言えなかった僕は、ブラビットが死神協会とかいう場所へ行く日を狙って、彼に相談することにした。その日は公園で遊ぶことになっていて、狼君に相談したいことがあると持ちかけると、じゃあ座って話そうか、とブランコに座り、話すことになった。
「それで赤君、相だんっていうのは? 学校のこと?」
「あのね……」
僕は狼君に前から仲の良かったお友達と話せておらず、話そうとしても上手く話せないこと、嫌われてしまっているか不安になっていることを告げる。
不思議と悩みというのは、一人で抱え込むより誰かに吐いてしまった方が楽になるもので、話す前よりかは少し落ち着くことが出来た。
「うーん、赤君は今じゃクラスの人気者だしなぁ。話しかける回数がへるのは当たり前っていうか、何というか。その友達ってクラスにいる子? だったら僕から伝えておこうか?」
「え、えっと……」
狼君になら、話してもいいだろうか。優しい彼ならきっと、秘密にしておいてくれるだろうし、信じてくれるかもしれない。意を決して、震える手を押さえながら懇願するかのように言う。
「……信じてくれる? あ、あと内緒にして……」
「うん、構わないよ。友達の言うことは信じるって!」
明るく大丈夫、と言ってくれる彼の優しさが有難く、僕はすっかり愁眉を開き、「ありがとう!」とお礼を述べた。
ブラビットが僕を殺しに来た死神であること、この赤目は彼女に「お友達になる対価」として交換されたものだということなど、彼女に関することだけ洗いざらい話し終わる。
話す度に彼にしては珍しくしかめっ面で、気分を害してしまったかとほとほと心配になった。
が、次の一言でその心配は吹き飛んだ。
「何それ? ほんとに友達なの? それに死神が友達って……友達をころそうとする死神なんて、聞いたことないよ」
ああ、彼は怒っているのだ。彼女に対して腹を立てていたからこんなにも顔を歪ませていたのか──と気付いた時、少し嬉しくなった。
程なくしてもう一つ気付いた事がある。僕がブラビットに対して求めている『お友達』は、きっと互いに心配したり、誰かに怒ったりすることなのかもしれない……と。
お友達の理解を深めて、彼女に教える。
もしくは参考になりそうなものを探して、彼女に渡す。
じゃないと何時まで経っても人間と関わってこなかったはずのブラビットがどういうものか分かるはずも無いのに、それを怠ってきた僕が悪いのは明白だった。
「ああ……けどその目ってそういうことだったんだね。もう痛みはない? 大丈夫?」
気が付くと心配そうに僕の顔を覗き込んで、頭に軽く触れて撫でようとする狼君が目の前にいた。
彼の姿とブラビットの姿が重なって、咄嗟に僕は勢いよくその手を振り払う。
ぱしっと叩くような音が小さな反響音と共に空気に浮いて消えていく。
何でだろう、理由は分からなかった。
でも、嫌だと感じたのは確かなのだ。彼女以外に撫でられるなんて嫌だ、とでも考えていた?
でも、大人に撫でられるのは別に嫌では無いし……なんて自分自身でびっくりして自分の手を見ると、また冷や汗を掻いていた。
……どうして、僕は汗が出ているんだろう?
疑問を抱く。
が、気まずい空気になっては彼女の二の舞だ、慌てて僕は笑顔を取り繕い平静を装う。
「大丈夫、もう痛みはないし……それに。ブラビットはやっぱり……お友達だから」
奥で呻くようにして鳴き声を上げる、これは──何という感情なのだろう。
現段階では憶測にしか過ぎないが、ひょっとして、僕は何かに苛立ちを覚えている? でも一体何に、と考えている中、狼君は初めて僕の前で苛立ちながら吐き捨てるように言った。
「へえ。そのブラビットっていう赤君をころそうとしてる奴を、僕より大切な友達だって思ってるってこと? 言っておくけどね、そんなの友達じゃないから。早く縁を切った方が良いよ、赤君の為にもね」
「僕の為にも……?」
そう、と続けて言う彼の言葉は何処か刺々しくて、今の僕には深く刺さってしまう程、何かが込められたものだった。
「赤君はだまされてるんだよ、そいつに。何の見返りもなしに死神が友達に? あり得なくない? だって、君のことをころそうとしてきたんでしょ、メリットがないじゃん」
確かに、そう。それは僕も思っていた。メリットが無い。僕にばっかりメリットがあって、彼女へのメリットがほぼほぼと言っていい程、無いのだ。
目の交換だって、交換してしまってはメリットはプラマイゼロ。ブラビットがいくらエリート死神様だからって、こんな餌が目の前にいるのに友達だからってそれだけを受け入れるのは不自然な話。
思い当たる節がある僕に畳み掛けるかの如く、彼は続けていった。
「何か裏があるのかもよ、気を付けて……赤君。ころされない為にもね」
殺されない為に、重い言葉だった。ずしりと重みがのしかかるように、僕の背中に錘が付け加えられる。
死ぬっていうのを初めて会った時は理解していなかった。
あの時は、まだそんな難しい言葉、理解も出来なかったから。
今は……今は、理解が出来てしまうからこそ、黒い影が出来てきてしまうんだ。
ああ、もう。
どっちを信じればいい?
彼の言葉に揺らいだ僕は、肯定も否定も出来ず「そう、かな」という曖昧な返ししか出来なかった。
(狼君だってもう、何年の付き合いで……ブラビットだってそう。どっちかだけを信じるなんて……)
喋ることも尽きずに毎日をそこそこ楽しく過ごしていたのだが、お爺ちゃんの家に遊びに行っていた時のあのことが、未だに僕の胸につっかえていてなんとなく気まずい思いをしていた。
気まずい思いをしていたからか、僕から彼女に話しかける回数が次第に減っていっていた。
分かってはいたのだ、僕が意地になっているだけだって。
話すことも無いのだと途中で気付いたブラビットは「じゃあ死神協会へ行って来ますね」と一か月に一回は必ず、『死神協会』という死神の拠点みたいな場所へ出掛けるようになってしまった。
一か月に一回来る、ブラビットがいない日。
毎日一緒にいた彼女がいない事が、こんなに寂しいものだとは僕自身、予想外だった。
代わりにどんどん仲良くなっていったのは狼君だった。
というのも、僕が話したいと真っ先に思う相手が彼だったから。彼女がいる前ではなんとなく、話しにくいのだ。
前に良く思っていないというのは聞いていたし、多分先入観による苦手意識だとは思うのだけど、苦手な相手をわざわざブラビットの前に呼ぶなんて意地悪はしない方が良いと感じたのもある。
そうすることで自然と、僕の相談相手はブラビットではなく、狼君になっていた。
だから、彼女の目には僕が彼に心酔し切っているようにも映っていたことだろう。
更に一週間。彼女は話しかけてくれず、僕は他の子と話している。
二週間目が経ち、彼女が目すら見てくれなくなった気がする。でもそれでも、「添い寝してあげますね」と言ってから続けてくれていた添い寝は未だ継続されている。
三週間目になって冬になり、毎年云っているイルミネーションの季節が近付いてきた。今年もブラビットを連れて家族で見に行こうと思っていた僕は流石に焦りに焦り始める。
ヤバい、ひょっとしてこれ、このまま話せず終わるのでは……?
初めての僕のお友達。その縁が切れたら──ああ、何だろう。凄く、苦しい。考えたくないと脳が言っている気がする。
目の前が真っ暗になりそうな感覚を覚え、休校である土日を狙って話しかけることを決意した。
上半身を起こし、眠いながらも部屋にある卓上カレンダーを見て、土曜日であることを確認し、隣で呑気に本を読んでいる彼女の服の裾を掴む。
掴むと、それはそれはにこやかな笑顔を向けられた。確実に仮面の方の。
ええい、これくらいで怯みそうになるな僕、話すんだ、今日こそは話すんだ──……!
「あ、あのねブラビット」
「何ですか?」
あの……と続けようと思った矢先、言葉に詰まった。
なんて言えば良いのだろう?
死神と人間の違いに勝手に失望したと答える? でも、それで嫌われたら。
僕はどうすればいいのだろうか。
堂々巡りに思考が渦巻く。あーともうーとも言えないでいると、痺れを切らしたらしい彼女は溜め息をつきながら「出掛けてきますね」と窓から出て行ってしまった。
(呆れられた……あれは、絶対に、呆れられた!)
うわーん! どうしよう!?
ひょっとしたら今頃「あーやだやだ。これだからお馬鹿ちゃんの相手は疲れるんですよ」とか他の死神に愚痴ってるかもしれない! それか「クソガキのお守りから早く解放されたいんですよねえ」とか、とか……っ!
くそう、考えだしたらキリが無いことは分かっていてもあり得る……あり得るぞ……。
ブラビットなら言いかねない……あの見下し目線のエリート死神様ブラビットなら……。
いや、僕はどんだけエリート死神様ブラビットに毒されているんだ、どちらかというと大天使ブラビット様って感じなのに。でも、でもな……嫌われてる可能性も考慮すると、うー!
考えすぎて訳が分からなくなりそうで、頭をガシガシと乱雑に掻く。不格好になった少し伸びてきた髪のまま、階段を降りると両親が驚いていた。
「おはよ……」
「お、おはよう……どうしたの? 元気ないじゃない」
何かあったのか? とこれから仕事へ行く父親にも心配されてしまって、いつもなら隠すように笑って見送るのだが、そんな気力も湧かず、ただただ気怠げに壁に寄り掛かる。
「……どうやったら話せるかな……暫く話してないお友達と……。ああ、いや、分かってるんだよ、うん。話さなかった僕が悪い。うん、そんなの知ってる……っけ」
見事なやさぐれようを披露したもんで、両親は新聞を落としたりフライ返しを落としたりした。
綺麗に、ぽとっと漫画の効果音でも鳴るように。
「どうした赤!? 学校で何かあったのか!?」
「貴方がそんなにやさぐれるなんて、今まで見たことも無いけど!? 本当にどうしたの!?」
肩をガッツリと掴まれたまま揺さぶられ、視界が上下に動く。
「……いやー、何か自分自身にぜつぼうしてると言いますか……そんな感じです……はは」
大丈夫か!? と多大なる心配をおかけし、気晴らしに遊びに行く? と言われてしまったのでその日は両親にドライブという名の元気付け大会が執り行われた。
そして夜を迎え、ブラビットが誕生日に描いてくれた絵が無性に恋しくなって絵を描いてみたが、絶望的にホラー絵しか気分的に描けず、母親に見つかり更に心配を深めた。
そのことが決め手になったのか「今日はもう寝なさい」と言われ、寝ることになってしまった。ブラビットと話したい(泣)。
数日経っても「あ」や「う」しか言えなかった僕は、ブラビットが死神協会とかいう場所へ行く日を狙って、彼に相談することにした。その日は公園で遊ぶことになっていて、狼君に相談したいことがあると持ちかけると、じゃあ座って話そうか、とブランコに座り、話すことになった。
「それで赤君、相だんっていうのは? 学校のこと?」
「あのね……」
僕は狼君に前から仲の良かったお友達と話せておらず、話そうとしても上手く話せないこと、嫌われてしまっているか不安になっていることを告げる。
不思議と悩みというのは、一人で抱え込むより誰かに吐いてしまった方が楽になるもので、話す前よりかは少し落ち着くことが出来た。
「うーん、赤君は今じゃクラスの人気者だしなぁ。話しかける回数がへるのは当たり前っていうか、何というか。その友達ってクラスにいる子? だったら僕から伝えておこうか?」
「え、えっと……」
狼君になら、話してもいいだろうか。優しい彼ならきっと、秘密にしておいてくれるだろうし、信じてくれるかもしれない。意を決して、震える手を押さえながら懇願するかのように言う。
「……信じてくれる? あ、あと内緒にして……」
「うん、構わないよ。友達の言うことは信じるって!」
明るく大丈夫、と言ってくれる彼の優しさが有難く、僕はすっかり愁眉を開き、「ありがとう!」とお礼を述べた。
ブラビットが僕を殺しに来た死神であること、この赤目は彼女に「お友達になる対価」として交換されたものだということなど、彼女に関することだけ洗いざらい話し終わる。
話す度に彼にしては珍しくしかめっ面で、気分を害してしまったかとほとほと心配になった。
が、次の一言でその心配は吹き飛んだ。
「何それ? ほんとに友達なの? それに死神が友達って……友達をころそうとする死神なんて、聞いたことないよ」
ああ、彼は怒っているのだ。彼女に対して腹を立てていたからこんなにも顔を歪ませていたのか──と気付いた時、少し嬉しくなった。
程なくしてもう一つ気付いた事がある。僕がブラビットに対して求めている『お友達』は、きっと互いに心配したり、誰かに怒ったりすることなのかもしれない……と。
お友達の理解を深めて、彼女に教える。
もしくは参考になりそうなものを探して、彼女に渡す。
じゃないと何時まで経っても人間と関わってこなかったはずのブラビットがどういうものか分かるはずも無いのに、それを怠ってきた僕が悪いのは明白だった。
「ああ……けどその目ってそういうことだったんだね。もう痛みはない? 大丈夫?」
気が付くと心配そうに僕の顔を覗き込んで、頭に軽く触れて撫でようとする狼君が目の前にいた。
彼の姿とブラビットの姿が重なって、咄嗟に僕は勢いよくその手を振り払う。
ぱしっと叩くような音が小さな反響音と共に空気に浮いて消えていく。
何でだろう、理由は分からなかった。
でも、嫌だと感じたのは確かなのだ。彼女以外に撫でられるなんて嫌だ、とでも考えていた?
でも、大人に撫でられるのは別に嫌では無いし……なんて自分自身でびっくりして自分の手を見ると、また冷や汗を掻いていた。
……どうして、僕は汗が出ているんだろう?
疑問を抱く。
が、気まずい空気になっては彼女の二の舞だ、慌てて僕は笑顔を取り繕い平静を装う。
「大丈夫、もう痛みはないし……それに。ブラビットはやっぱり……お友達だから」
奥で呻くようにして鳴き声を上げる、これは──何という感情なのだろう。
現段階では憶測にしか過ぎないが、ひょっとして、僕は何かに苛立ちを覚えている? でも一体何に、と考えている中、狼君は初めて僕の前で苛立ちながら吐き捨てるように言った。
「へえ。そのブラビットっていう赤君をころそうとしてる奴を、僕より大切な友達だって思ってるってこと? 言っておくけどね、そんなの友達じゃないから。早く縁を切った方が良いよ、赤君の為にもね」
「僕の為にも……?」
そう、と続けて言う彼の言葉は何処か刺々しくて、今の僕には深く刺さってしまう程、何かが込められたものだった。
「赤君はだまされてるんだよ、そいつに。何の見返りもなしに死神が友達に? あり得なくない? だって、君のことをころそうとしてきたんでしょ、メリットがないじゃん」
確かに、そう。それは僕も思っていた。メリットが無い。僕にばっかりメリットがあって、彼女へのメリットがほぼほぼと言っていい程、無いのだ。
目の交換だって、交換してしまってはメリットはプラマイゼロ。ブラビットがいくらエリート死神様だからって、こんな餌が目の前にいるのに友達だからってそれだけを受け入れるのは不自然な話。
思い当たる節がある僕に畳み掛けるかの如く、彼は続けていった。
「何か裏があるのかもよ、気を付けて……赤君。ころされない為にもね」
殺されない為に、重い言葉だった。ずしりと重みがのしかかるように、僕の背中に錘が付け加えられる。
死ぬっていうのを初めて会った時は理解していなかった。
あの時は、まだそんな難しい言葉、理解も出来なかったから。
今は……今は、理解が出来てしまうからこそ、黒い影が出来てきてしまうんだ。
ああ、もう。
どっちを信じればいい?
彼の言葉に揺らいだ僕は、肯定も否定も出来ず「そう、かな」という曖昧な返ししか出来なかった。
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