血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第二章 初めての学校に、初めての人間のお友達!

9四月十日が僕の誕生日

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「……あ」

「大丈夫ですか、良い子ちゃん」

 空を切ったと思っていた手は、しっかりとブラビットの手が握られていた。
 そうか、あれは……夢、だったのか。
 夢にしては、痛覚も何もかもが現実に忠実で、もしかするとまだ夢なのではと疑ってすらいた。

 が、それは無いらしい。

 彼女が言うには寝てからというもの、僕は酷く魘されていたそうなのだ。
『悪夢』だろうと教えてくれる彼女に、悪夢とは何なのかを聞いた。
 人間は夢を見る、と言われているが実はそれは一般的ではなく……のだと、教えて貰って初めて知った。だからその夢の内容は決して誰にも話さないように、と語る彼女の姿は何時になく真剣に見えて、少し驚いた。

 かなり心配してくれていたのだろうか、そうだったら良いな。

「……つまり、貴方が未来的犯罪者の魂を持っている時点で夢というのは良いものではないはずなのです。むしろ今までが運が良かったというべきでしょう、珍しいんですよ? 血魂持ちで悪夢を見ないのは」

「そ、そうなんだ……え、でもじゃあ、どうやってねたらいいの……? ぼく、あんなのもうみれないよ……」

 思い出しただけで吐き気が込み上げてきそうだった。

 これが未来に犯罪者とやらになる者の宿命だと言うなら、なんて──なんて不健康なんだ……!
 碌に寝れやしないとか、拷問か。
 拷問なのか。
 人間は寝なきゃいけない生き物なんだぞ! それくらい僕にだって分かる!

 愚痴っ垂れている内に、ブラビットがベッドに潜り込んできてびっくりしてしまった。

「こうして添い寝してたら案外見なかったりして」とか冗談めかして彼女が言い、余程疲れてしまっていたのか、寝不足で身体が睡眠を取りたがっていたのか、僕は彼女の手をしっかりと握ったまま、再び眠りにつく。

 丘志一年五月十日、木曜日。
 すっかり熟睡することが出来た僕は、却って起きるのが遅くなり目が覚めるまで一喜一憂していた。
 布団を退けて起き上がり、歯を磨きながらカレンダーを見る。10という数字。
 一か月前の四月十日は、僕の誕生日だった。誕生日にはいつも通り両親がケーキやプレゼントを用意してくれて、ごめん人間のお友達自分から作れてなくって……! と申し訳ない思いを抱えたままプレゼントを受け取った。

 お父さんから貰ったプレゼントは、病院にあったベージュ色の兎のぬいぐるみで、なんとあれからわざわざ交渉して貰ってきたらしい。
 僕がお友達! とか言い訳に使ったことが影響だろう、それを抜きにしても兎は好きなので嬉しかったが。今は僕の部屋にある勉強机の上に飾っていて、置くだけで寂しそうだった机をなんと見事に明るく彩ってくれていた。

 とっても可愛くって、けどやっぱりどことなく苛立つ、
 いや、愛嬌のあるブラビットっぽいところがお気に入りの部分だ。

 お母さんがくれたのは『ゲーム』だった。

 テレビに繋いで出来るらしく、早速試しにやってみた時はそりゃもうびっくりしてしまった。
 テレビに映る画面へ『コントローラー』の操作が反映されている。

 それだけで僕は世紀の大発見をしたような気分になり、一人じゃ出来ない二人プレイは彼女に頼んでやったくらいだ。なんというか、好奇心が疼いてしまったのか、僕は次第に「どう作ってるんだろう」という方へ興味が行くようになり、この頃から創作への意欲が芽生えたように思う。
 料理やケーキを並べていくお母さんに「お友達が何人か出来たら、パーティーを開くから何時でも言ってね」と言われ、母の思いには答えてあげたいのは山々だったが、友達を何人か連れてパーティーなんて開くなんてのは、僕には一生無理だろうなと思っていた。

 そんな矢先、ろう君が誕生日とは知らずに遊びに来て「いいにおいがする、パーティーでもするの?」というとお母さんが「今日、この子の誕生日なのよ」と言って見事に個人情報をバラしてくれた。

 それを知った彼は何処かへ走っていき暫くした後「ごめん、しらなくって。はいこれ、たんじょーびおめでとう」と四つ葉のクローバーを渡してくれた。

 貧乏だからこんなのしか渡せなくてごめんね、なんて言う彼だったが、それでどれ程僕は救われたことか。

 その後はいつも忙しいお爺ちゃんが電話をかけてくれて「誕生日おめでとう」と祝ってくれた。
 友達は出来たか、という質問に「一人はいるけど、胸を張って言える立場にない」と言葉を濁した僕の意図を察して、お爺ちゃんは七月の半ばになったら始まる『夏休み』というのがあるので、そこで遊びに来るといいと言ってくれたのだ。
 人形作家のお爺ちゃんの家に行く頻度はそう高くない。

 けれど、いつもいつも僕を楽しませようと頑張ってくれる祖父の姿が、僕は大好きだったのだ。

 勿論、と答えてその日の夜を迎えた。

 夜になると「誕生日って祝うものなんですか?」とブラビットが聞いてきた。
てっきり祝わないつもりかなと思って少し拗ね始めていたのがバレたか、と思ったらそうでもなく、単純に分からないだけだったらしい。どういうものかを教えると「パーティーなんて開ける日、いつか分かりませんねそれ」とか返されてちっくしょー! 
 だとか膝から崩れ落ちながら言ってしまったが、何をあげればいいかと悩む彼女の姿は何処か愛おしく感じられた。

 悩みに悩んだ末、ブラビットがくれたのは絵……だった。

 絵……なんだろうか、これ。

 というか何を描いたのだろう。全く持って分からない程の画伯に啞然としていると、笑顔で「似顔絵」と言うものだから思わず二度見してしまった。

 ──あ、これ、ぼく……なんだ……? 

 ぎざぎざ髪(というかここ頭で合ってる?)な僕を見て何とも言えぬ表情を浮かべてしまう。
 でも、これでも頑張って考えてくれたのだから大事にしよう。とお礼を伝えると流石に引きつっていたのか「次からは別のにします」とそっぽを向かれてしまった。

 難しいな、エリート死神様のご機嫌取りは……!?

 なんて、分かりにくい彼女の後ろ姿を見ながらその日は眠りについたものだった。
 こうして改めて思い返してみると、良い誕生日だったように思える。
 けど、それがあったからこそ、ろう君が届かない人になるのが怖かった。
 誰もが一度は経験しているのかもしれない、身近な人が急に人気になって、遠いように感じてしまう……心の感覚。
 遠く感じて初めてそれは〝恐怖〟になるのだ。もしかしたら自分のことを忘れてしまうかもしれない、もしかしたらもう二度と会えないかもしれない──ブラビットだったら、きっとこう言うだろう「馬鹿馬鹿しい」と。
 考えすぎだって、思い過ごしだって。僕も、今はそう思う。

 でも、本当になるかもしれないと感じている間は怖いのだ。

 実際に自分の身に危険が迫っているあの時の恐怖とは、又違う別の、立派な恐怖。
 少しでも可能性があるなら、考え込んでしまう。

 これは、自分だけの考えではなく、なんとなく人間に多いことのように感じた。

「歯、磨きすぎじゃないですか? お馬鹿ちゃん」
「え」

 ハッと我に返り、鏡に映る自分を見つめる。

 ……あ、まだ歯磨いてたのか、自分。睨めっこするようにして、むっとした表情になる。
「それと。遅刻ですよ」ブラビットの言葉を理解して、すぐ時計を見る。
 午前九時……今から行って九時半……遅刻中の遅刻じゃんか! 
 ヤバい、今日はをまだやっていない。慌ただしく洗面所から出て急ぎ支度を終え玄関へと向かう。
 お母さんは僕がまだ行ってないことに気付いていなかったらしい、「行ってきます!」と切羽詰まった声で言う僕に大層驚いていた。

(あー、こんなときにかぎってくるまばっか!)

 家から出て車の走行が多い柳下通り周辺まで来た。
 が、今日という日に限って渋滞していて、歩行者ボタンを鳴らしてもなかなか渡れなかった。

「仕方ないですね。人目の付かない場所……ああ、あそことか丁度良いですね。ほら、そこの服屋の隣の……」

 と彼女が指差した先は路地裏だった。いや、何故今路地裏へ? なんて僕の疑問は知っているのか、僕を持ち上げるなりこう言った。

「学校まで飛んで行こうかと」

「……へっ──……ってうわぁぁ!?」

 叫ぶやいなや視界がぐらりと回転する。
 ぐるぐると回る視界に思考が追い付かず焦っていると「ほら、私飛べますから。早いでしょう?」としてやったり顔を浮かべるブラビットに、久しぶりにからかわれたのだと気付き顔が熱くなる。

「もー! っていうか、めだつんじゃないこれ!? だいじょーぶなの!?」
「予め魔法で遮断してあるので、学校へ着くまで貴方の姿も声も分かりませんよ。それよりほら、一班と仲良くなれるように頑張るんじゃなかったんですか? 今はそちらに集中していただかないと」

 ふふ、と彼女は品のある笑いを浮かべる。
 手で口を押さえてなくとも優雅に見えるのだから、どこかのお貴族様かなとさえ思ってしまう。
 分かってるよ、とぶっきらぼうに返すといつの間にか学校の校門に僕は立っていた。

「物は言いようと言いますでしょ? 一か月経ってしまった、ではなく一か月しか経ってないと考えれば良いのです。お辛いのでしたらね」

 耳へ囁くようにして言われ、正直くすぐったかった。
 けれど、彼女の言った考え方は的を得ていて、僕にはその考え方の方が性に合っているのかもしれないと。
 なんとなくそう感じていた。

「(……いつもありがとう……)」

 苦労を掛けてばかりでごめんねと言いながら、行こうと手を引っ張る。
 僕に手を引かれながら、彼女は「あ、それと。これからは添い寝してあげますね」なんて返してくるのでどう返せばいいか困ってしまった。
 反応に困ってまごついているとくっくっ、なんて悪役みたいに笑うものだから「また反応面白がる為に言ったな!?」と怖くもないであろう目で睨み付け、駆け足気味に教室へと向かった。
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