血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第二章 初めての学校に、初めての人間のお友達!

8勇気が出ないんだ。 ※残酷描写あり

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 何とか給食の時間と不味い味に耐え、『時間割』の五時間目まで時間が過ぎ、放課後。
 手羽先せんせ……じゃかなった、手羽先生は二班を『掃除当番』として指名し、号令が終わるなりすぐ帰ってしまった。
 花瓶の水を入れ替えるようにとも言われていた二班の子達は「えー」と不満を各々口にして誰かが代わりにやってくれると考えたのかそのまま何もせずにいなくなってしまい、教室の床には給食の時の汚れが今も残ったままなのである。

「けづねくんたちってじぶんかってだよね! このぎゅーにゅーこぼしたのだってにはんのさいごうくんなのに」
「ほんとほんと。やじりぎさんもだれかやっといてーごめーんって、ぜったいわざとだよあれ」

 取り残された僕達三組の生徒は、二班の子達を自分勝手だと罵倒し始めた。
 ブラビットが「罵倒する元気はあっても掃除は嫌なんですね、誰もモップを持とうとしてませんし」とか言うものだから、つい吹き出しそうになり後ろを向く。
 あいだ君はめんどくさがり屋なタイプなのか、関わりたくなさそうに帰る構えを取っている。
 一方で、らいまちゃんは掃除に興味があるのか、先程から掃除用具入れから視線を一時も外していない。
 なら……りんざきちゃんが大丈夫そうであれば、名乗り出ても良いか……?
 いや、でも一班の皆を巻き込むと後で怒られるかも……とうじうじして「あ、あの」と手を挙げようとした瞬間、ろう君が又しても良いタイミングで皆の一歩前へ出て名乗り出る。

「あ、じゃあぼくやっておこうか? みんながみんなやりたくないわけじゃないだろうし、やりたいこたちであつまってそーじしようよ」

 ああ──神──! とか感激している目線を向けていたらまた「お前……」とでも言いたげにこちらを見てくる彼女が見えたので頑張ります。頑張ろう。
 くそう。この勇気の出なささをどうにかしないと、ろう君が目立っていくまんまだ。
 このままでは僕に貼られたレッテルである「赤い目をした何か怖い子」を挽回する機会は無い。

 それから日が経ち、何事もなくただ日々が過ぎていった。

 気が付けばもう一か月は疾うに経っていて、結局のところ彼女に「お友達作る! 頑張る!」と言うだけ言って逃げた形になっていた。
 なんてこった。心のどこかで誰かが何とかしてくれるというのに甘えてしまっているんだろう、現状が続けばろう君以外お友達が出来ずに二年生になる可能性が高かった。
 これでは期待して、応援してくれているブラビットに申し訳が立たないではないか。近日中にやると言ってやらない、サボり癖の強い人、もしくは定期的に都合の悪いことだけ忘れる記憶喪失(笑)な人に成り下がる。
 それは駄目だ。でも、一生、こうなんだろうか? ふと悔しい思いが沸々と溜まり濁っていく。

 今日こそは、明日こそはきっとできるなんて言って、どれくらい時間を無駄にするつもりだ? 
 僕は自分自身の手で、自分を腐り果てさせていくのか。俯きながら、服の裾を掴んだ手にぎゅっと力が籠る。

 ──……くやしい。くやしいっ、くやしい、くやしい、くやしい。

 こんなんじゃブラビットの仮面を破るなんて夢のまた夢だ。
 今の僕がどんなに頑張ったって彼女を心の底から笑わすなど、無理に等しい。
 彼女を喜ばせる術も、今より仲良くなる術も、頼って貰う術も、教える術も、無いんだから。
 誰かに負けた、みたいな、何かに負けた気分だった。何に負けた? 勝負か? だったら何の、とそこまで頭をぶたれたような感覚になる。

 ああ……僕は──〝僕自身〟に負けたんだ。

 気付いた時にはもう、皆帰った頃だった。
 どうやらブラビットはずっと知らせてくれていたらしい、顔を上げるとどことなく心配そうな目とばっちり目が合う。

「帰りましょう、今日はもう誰もいませんし」

 一人で家に帰り、部屋の床に仰向けに寝転がって天井を見上げる。ろう君はと言うと、あの時掃除を名乗り出たことをきっかけに急激に友達が増え、今では話しかけることさえ恐れ多い存在になっていた。

 彼は……本当にやり方が上手い。僕とは大違いだ。

 ひょっとしたら、僕のことなんかもう忘れちゃってるかもしれない。
 まさか、二週間だけ話してないのがこんなにも不安になるなんて! 学校に通う前は思いもしなかった。

 懲りずにここ最近、毎日のように後悔してばかりいる自分に、正直嫌気が差しているのも事実であった。
 ああ、学校で友達がいなくなっちゃったら、また一人で浮いてしまう。
 また学校で一人ぼっちになっちゃう。

 ──もし、もしあの時言えていたら、何か違ったんだろうか。変わっていたのだろうか?

 言えていたなら、ろう君みたいに人気者になれていたのか?
 彼とも話せたままだったのか……考えれば考える程、塞ぎ込んでしまいそうで僕は「そんなに気にしなくても」という彼女の声が聞こえていたにも関わらず、そのまま寝ることにした。

 +

 暗い。暗い、ああ、まただ。またこの暗闇だ。
 朦朧とした意識がはっきりする。辺り一面は真っ暗闇で覆われていて、周りには何もない。
 ただ壁もなく、誰かいませんか。という僕の声だけが虚しく響き渡るだけだった。

 お母さんは? お父さんは? ろう君は?

 何処を見ても、名前を呼んでも、答えは返ってこなかった。

 そうだ、ブラビットは?

 ブラビットはいないんだろうか。あの時と同じならいるはず、いるはず、いるはず……でも、何処にもいない。いなかった。ここにはいないってことだろうか。
 どうしよう、本当に一人ぼっちだ。

 嫌だ──嫌だ、一人は、嫌だ!

 胸が急激に苦しくなり、脈は速く音を立て、僕を苦しめていく。次第に、息をするだけで精一杯になる。
 息をすることも忘れ、ただただ呼吸困難になった自分のか細い掠れた吐息だけが鳴って、もうこのまま終わっちゃうんじゃないだろうかとさえ思えた。
 天井が赤く、細胞が突き出るかのように悲鳴を上げ、赤く染まっていく。まるでこの黒い空間が僕そのものを表しているかの如く、肩へ巨大な肉叩きで無理矢理繰り返し叩かれたようなちりちりとした痛みが沸き起こる。

「ッ゛ぁ゛っ……!」

 言葉にならない叫びが渇いた喉の奥から、何かが漏れ出す。
 これは──血、だろうか。
 それが〝血〟だと理解するやいなや滞りなく棒状のゼリーでも吐き出すような感覚で、どんどん溢れて視界が定まらなくなっていった。

 誰か、誰か助けて、痛い、痛いとどんなに苦痛を訴えようにも、ここには誰もいないのだ。

 ご自慢の両親も、優しい優しいお友達も。視界が真っ暗になりそうだった。
 激痛に身を任せ、居て欲しかった彼女の名前を絞り出す。

(ブ、ラビ、ット──)

 力なく上に手を伸ばして、上がらない腕を意地で持ち上げた。
 
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