血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第二章 初めての学校に、初めての人間のお友達!

4お試し授業

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「はーい、では早速授業を始めたいと思います……今日はお試しの授業みたいなもんなんで、教科書は必要ありません。今から皆にはこれを配ります、これ」

 と言って先生が取り出したのは画用紙だった。
『教科書』というのは明日から持ってくる必要のある、授業を受ける為の『教材』らしいが、今一つ理解出来なかったように感じる。
 今日はその教材を使わず先生が用意した何色かある画用紙五枚を使っての『工作』をするのだという。

「へえ、楽しそうですね!」

 なんで君がそんなに張り切っているんだ。機嫌が良さそうなブラビットを横目に、画用紙を受け取る。

「お題は何でも良いんですが、折角の学校なので日常をテーマにした自分だけの作品を作ってみてください。一応先生がお手本を見せるなら……」

 鋏を使って画用紙を器用に切り取り、入り組んだ切り口から組み立てて出来たのは──一種の建築模型だった。

「ね、簡単でしょう?」

 いや、ね? と言われても。ちょっとそれ説明無しで作るの無謀じゃないですか先生、生徒に分かりやすく教えるのが『教師』だって貴方さっき言ってましたよね?
 呆然とし、口をぱくぱくさせていると、まさかの隣にいた鈴崎ちゃんが挑戦をし始めた。

 ……嘘だろ……今ので分かったっていうのか……? まさかろう君も? 

 と思って後ろを振り返ると「無理」と無言で首を横に振った。だよね、安心した。

「……り、りんざきちゃん……わかったの……?」

 わなわなと震えた手で聞くと、

「いや、まったく?」

 と返された。り、鈴崎ちゃん──! それで失敗したら画用紙の無駄遣いだよぉ! 遠回しに言うと

「しっぱいをおそれてたらだめかなって」

 などと妙に格好いいことを言うので「何なんだこの子は……」とびっくりしたまま凝視すると、ちょきん。
 予想通り失敗していた。そのまま微動だにせず息を潜める様を見て、相当深く傷ついたのだろう……こんな様子じゃとても慰めるなんて僕には出来っこないよ──……!
 なんて下らぬ一人芝居は意外にも的を外れ、鈴崎ちゃん、先生から追加の画用紙を貰って気にせずチャレンジ2、開始。
 いや、もう、止めたげて……画用紙の犠牲を増やす前に……先生に抗議しに行こう……!
 と止めたい思いが込められた僕の手は今だ宙に浮いている。
 背後から失笑したろう君とブラビットの声が一度に聞こえてきた気がしたが、気のせいだろう。

「せんせい! むりです、そんなりっぱなの! もっとかんたんなのがいいです~!」とか、言えたら良かったんだけどちょっと手を挙げて言うの、恥ずかしくて出来ない。
 でもでも、と迷っている内に、ろう君が手を挙げた。

「せんせい、ぼくたちまだこーさく? っていうの、やったことないんです。なので、もっとつくりやすいかたちのにしてください。きょくたんにいってしまえば……まるとか、おはなとか」

 流石僕達のろう君(勝手に言うな)……皆の言いたいことを(恐らく)言い切ってくれた……。
 流石だ……と打ち震えている間に彼女が「だらしのない子ですこと」と冷笑していて、僕は雷が落ちたような衝撃が走った。
 ヤバい、このままでは彼女の中で僕はただの他力本願なクソガキに成り下がってしまう。
 でも、誰か言ってくれるのを待つって凄く楽──ってあー、あー、ごめんなさい今の伝わったよね、怒ってるね凄く怒ってるね。折角先生が作りやすいように画用紙を組み立てるのではなく、『のり』を使って貼り付けるだけの工作に変えてくれたのだが、どうしよう。

 絵でよくある感じの犬を作りたいのだが、画用紙が足りない。

 後は誰かに分けて貰ってねと言っていたのから察するに、鈴崎ちゃんチャレンジで相当数が減ったのだろうことは察することができた。
 その鈴崎ちゃんに分けて貰えれば早かったのだろうが、彼女はもう友達が出来たようで仲良さそうに女子と話をしていた。
 無理だ、あの空気に割り込む勇気が無い。それに隣の女子、さっき「カラスみたい」とかカラスさんへの風評被害が凄かった子だ。
 ならばろう君──と思って後ろを見てもあのコミュニケーション能力の高さを考えれば必然的にそう、
 予想通り男子や女子に囲まれている。話しかけても大丈夫だよと言っている表情な気はしたが、無理。無理無理、
 その輪に入り込む勇気がないよー! 涙目に慌てふためいているところに突き刺される、ブラビットのにこにことした笑顔。

 怒っているのか、楽しんでいるのか、どっちだ──!

 気が付けば、半ば自暴自棄になっていた僕は今ある色の画用紙を使い、借りた鋏を思うままに走らせていたのだが……
 
 どうしよう。出来ちゃった。出来ちゃった建築模型……人間、やれば出来るもんなんだね……。

 死んだ魚のような顔で笑ってしまう。なんだこれ、笑え、笑いたきゃ笑え。
 どうやら無意識で先生の動きを覚えてしまっていたようなのだ……もう、捨て置けこんな衝動的なクソガキ……。
 反応を見るのが怖くて恐る恐る模型から視線を外し見上げると、大多数が持っていた物を落としていた。
 そっくりそのまま同じ格好で。

「……は、罪人、流石罪人……? 凄いって良いのかマジで分かんなくて今困ってるんだけど、え、何。君って元々そういう記憶力のヤバさを持ち合わせている……?」

 どうしたのブラビット!? 声が女性だったり男性だったり男の子だったりしてるよ!? と突っ込みどころが満載だったのだが、まーた何かやらかしてしまったらしい、ということだけは理解出来た。
 周りも絶句している様子でこちらを見ていて、なんとなく気まずい思いを覚える。
 ああ、失敗したなぁ、駄目だったんだな、こういうことしちゃいけなかったんだ──と少し悲しい思いをしていたら、この空気を遮るように頭に柔らかい感触がした。

 ブラビットの手だった。

「凄いですね」

 一言。たった一言だけなのに、凄く嬉しかった。
 しかも、どことなく本当に凄いって思ってくれてるっていうか、そんな感じの。

 ……本心からの言葉、とでも言うのが適切かもしれない。

 変じゃないだろうか、僕は、周りから浮いてないだろうか。その不安を拭い取るように彼女は頭を撫でてくれる。
 撫で慣れてないのか、少し髪がくしゃっとなりそうだったけど。
 それでもやっぱり彼女の優しさが伝わってきて、その、なんというか──嬉しかったんだ。

「黒兎君、だったっけ? いやあまさか真似されるなんて、予想外だったけどクールだね!」
「え。それ、つくれたの!? えー……すっごいね……」

 硬直したように動かなかった先生とろう君も、動き出して褒めてくれた。ああ、そっか。
 皆驚いて言葉を失ってしまったのか、と理解した時に浮き出た疑問は「何に驚いたのか」ということだった。
 一体、何にそんな驚いたのだろう? 少なくとも僕は模倣をしてしまったのだから、これは先生の作品であって自分の作品ではない為、怒られる可能性が高いと思ったのだ。

 だってさっき先生は「自分だけの作品」って言った。だから褒められるべきは先生の作品の凄さであって──あれえ……? 

 僕は何だか、いたたまれない気持ちになる。なんていうか、他人の作品で称賛を得てるような。
 でも、ブラビットの〝凄い〟はそれとは違う気がした。違う部分を褒めてくれているような……ああ、『記憶力』って言ってたな。それかも。後でちゃんと聞いてみよう。

「やっぱり、しっぱいをおそれずにやるのはあり……」

「り、りんざきちゃん……」

 ぽそっと呟かれた発言を聞いて、君は恐れた方が良いんじゃないかなぁ。
 画用紙を切らすまで犠牲にしたのだし……なんて少しだけ心の中で呟く。
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