上 下
4 / 30

chapter 1 「もしもワタシが冴えない男子の姿で目が覚めたら...」 part 3

しおりを挟む

 ようやく怒りの熱が引くと今度は冷静にその理由を考え始めていた。六条夕璃という少女はどこまでも真っ直ぐな心を持つ少女である。顎に手を当ててしきりに考え込む夕璃を若紫はしばらく眺めていたが、やがてフッと小さく笑った。

「―――それはアイツらが大馬鹿野郎だからだよ!」
「えっ!? 若紫、急にどうしたんですか!? ちょっ―――、くすぐったいです!」

 若紫は戸惑う夕璃の背中に両腕を絡ませるとぎゅっと抱きしめた。それから猫がじゃれつくように夕璃の肩や首筋やうなじにすりすりと顔をこすりつけるのだった。

「…………なんか夕璃が愛おしくなっちゃって、さ」 
「暑苦しいです。早く離れてください」
「イヤです。生徒会長にスキンシップするのは副会長の特権なのです。あー、柔らかくて気持ちええー。夕璃はまだまだ成長期だねー」

 副会長のセクハラ行為に今すぐ大声を出そうかと思ったが、夕璃は夕璃で若紫の絹のような黒髪や硝子細工の如き華奢な肉体を肌で堪能しているのでおあいこである。

「…………ごめん。変なこと言っちゃったね。やっぱり夕璃は夕璃のままでいい」
「…………私は今のままでいいとは思いませんけど」
「相変わらず真面目だねー。ま、そゆうとこが私は好きなんだけど。あーあ、ほんとアイツらみんな馬鹿だよ、私が男だったら絶対に夕璃と付き合うんだけどなー」
「若紫…………」
「それにチョロそうだし、お金持ってそうだし」
「ごめんなさい、殴っていいですか?」
「あはは」

 いつまでも笑い続ける若紫を押し出すようにして生徒会室を出る。時計の針は□□時を既にまわっていた。さっさと施錠して急いで鍵を返しに行かなくては。


「―――若紫。お手数ですが、鍵を返しに行ってもらえませんか?」

 カードキーを受け取ると若紫は怪訝な顔をした。

「あれ? 夕璃は帰らないの?」
「ちょっと用事というか、気になることがありまして…………」

 夕璃が二の句を継ぐ前に若紫はピンときたようだった。この辺はさすがに付き合いがそれなりに長いだけのことはある。

「もしか□て『ノーネーム』に関係した□する?」

 首肯する。
 「ノーネーム」というのは近頃学校を騒がしているメール事件のことだ。
 白蘭学院では生徒全員に大型のタブレット端末が支給されている。通常のネット接続の他に学内専用の内部ネットワークが常時接続されており、これによって生徒や教師の間で簡単かつ安全に情報の共有が可能になっている。
 しかし、半年ほど前からその内部ネットワークを通じて大量のスパムメールが学院内の全生徒に届くようになった。メールには生徒のゴシップ情報がほんの些細なもの(掃除をサボった、ゴミをゴミ箱に捨てなかったなど)から非常に反響の強いもの(複数の異性と交際している、親の会社の不祥事とか)までありとあらゆる裏情報が記載されていた。
 無論、学校がそれを黙認するはずはなく、著名なセキュリティ企業に調査を依頼しているが、現在のところ主だった成果は出ていない。

「あんなの、ほっとけば□□のに。真面目に学生やっていれば実害なんてないじゃない?」
「そんなわけにはいきません! たとえ学院が平和になっ□としても告げ口や密告で実現したものに意味はありま□ん! それに…………ノーネームの犯人が生徒会…………私だという噂だってあります」
「…………まあ、そうな□よね」

 実際のところノーネームの情報は意図はどうあれ生徒会の活動に資すること大であった。ノーネームが提供した情報には部活の不正会計や校内のいじめ情報などもあり、それらをもとに生徒会が介入した事案はいくつもある。もちろん介入の際は正規の方法で裏はとるが。

「だからか。今日はいつも以上に陰気臭い顔でPCを睨んで□るなーとは思ってはいたんだわ」
「その言い方は引っかか□ますが、その通りです。おかけで□までノーネームの正体に近づくヒントのようなものに気がつけました。おそらくノーネームの□□□□は□□の□にあります」

 ―――っ!?

「マジか。ということは□□は□□□という□□だね」

 ―――頭が…………痛い…………。

「□い。□□ら、行っ□確□□□□ようと思□□□す」
「□□、危□□っ□! ノ□□□ムの□□□いる□□は□□□□も犯罪□□! 下手に首□□□ま□□□う□□□っ□! 大人□□□任□□□!」
「大□夫□□よ。本□□□ょ□と気に□□□□□□確かめ□□□□□□ら」

 輪郭が急速にぼやけていく記憶の中で夕璃と若紫がなおも押し問答を続けている。ついには一緒についていこうとする若紫から逃げるように夕璃は廊下を駆け出していた。
 いつもならむしろ若紫に協力を仰ぐべきところをそのときはなぜ頑なに拒んだのだろう?
 はっきりとした理由があったはずなのに今はまるでわからない。
 ただ―――明らかに心配でたまらなそうな若紫の顔だけが焼き付いて離れない。
 ―――若紫、ごめんなさい。

 それからの記憶は断片的なものだった。

 血潮のような真っ赤な夕暮れ

 静まり切った廊下   重い足取り   失望

 凶器が描く銀色の残像   人間の持つ底知れぬ悪意 

    
 あかくて あたたかい わたしの血
 

 だれか、だれか…………たすけて…………
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【R18】愛欲の施設-Love Shelter-

皐月うしこ
恋愛
(完結)世界トップの玩具メーカーを経営する魅壷家。噂の絶えない美麗な人々に隠された切ない思いと真実は、狂愛となって、ひとりの少女を包んでいく。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

放課後の生徒会室

志月さら
恋愛
春日知佳はある日の放課後、生徒会室で必死におしっこを我慢していた。幼馴染の三好司が書類の存在を忘れていて、生徒会長の楠木旭は殺気立っている。そんな状況でトイレに行きたいと言い出すことができない知佳は、ついに彼らの前でおもらしをしてしまい――。 ※この作品はpixiv、カクヨムにも掲載しています。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...