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6.クラヤミたちの饗宴②

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「□◇□◇□◇□◇□◇っ!」
「□◇□◇□◇□◇□◇っ!」

 奇声と笑い声がまた上がる。声量に対して彼らのコピペめいた笑顔がそれほど楽しそうに見えないのは僕の穿った見方のせいだろうか。
 それとも

「……縺セ縺壹>……縺セ縺壹>……縺セ縺壹>」

 ヘンなメッシュの入ったヤンキースの帽子の中にタガメみたいな晦虫が無数にいた。緩慢な動きでイカの塩辛みたいなものを食べている。その動きはいかにも不味そうで仕方なく食べているよう見えた。

「絶対に見つからないでね。本当に死ぬわよ」

 永井が囁く。僕らの吐く息はすっかり白くなっている。
 晦虫は人の悪意を食べ、もっと食べたいから悪意を刺激する。僕らのような子供がふらふらと目の前に現れればバケモノたちの侘しい食餌も途端にパーティーに変わるだろう。
 迂回路もないわけではないが、県道をぐるりと回らないといけない。県道の歩道は見通しがよく、車道から丸見えだ。パトカーが通ればひとたまりもない。それに反対側の入り口にもこういう連中が屯している可能性は十分ある。

「おまえの臭いを嗅ぎつけられないか? 好物なんだろう?」
「失礼ねっ。そんなに臭くないわよっ」

 いや、臭いよ。喉元まで出かかった言葉を呑み込んで夜冷の中に足を踏み出す。永井がそう言うのならそうなのだろう。僕はこいつの言うことを信じるだけだ。
 晦虫たちに見つからないように四つん這いになって車道を進んでいく。手を繋いだままの三本足なので進みにくいことこの上ない。ただでさえアスファルトは冷えきっているうえに地上近くに奇妙な冷気が滞留している。体の芯まで凍り付きそうな寒さに数歩進むたびに声にならない悲鳴が僕らの口や鼻から漏れた。
 いよいよ最接近したときはローラーの音が耳元近くを掠めていくのを聞いた。連中がもし既に気づいていたとしたら。脳が描き出す危険予測は夜の冷気よりも更に冷たく身体を凍らせる。顔面や指を踏み砕かれる恐怖に震えが止まらない。
 永遠に思える5メートルを進みきり、晦虫たちの声が明らかに遠くなったことに永井がホッと息を吐いたのを聞いたときだった。

「おまえ、ふざけんなよ!」

 突然、雷のような大声が敷地内に響き渡った。ハッとして振り返るが、連中が僕たちに気づいてる様子はない。ベンチ近くに10人以上が一つに密集している。どうやらトラブルが起きているらしい。

「いいから、ケータイはよ見せろや!」

 男の怒声に混じって小さな声で「いやだ」と言うことが聞こえる。ヤンキージャージたちでよく見えないが、茶髪の小柄な女がその声の主らしい。
 何が起こっているのかわからないが、チャンスでもあるしピンチでもある。警備員や警察官が駆け付ける前に急がないといけない。興味津々で首を突っ込む勢いで覗き込んでいる永井を無理矢理引っ張りかけたときだった。

 ボコン

「えっ?」

 間抜けな声が漏れた。自分の声だった。
 目の前で茶髪の女がスローモーションで倒れていく。
 信じられないものを見た。
 暴力というものを初めて見たわけではない。自分を見失った母さんが父さんを殴り、蹴るところは数え切れないほどある。もちろん決して良くないことだ。しかし、父さんは我慢していた。骨みたいな腕の母さんなんてやろうと思えばいつだってねじ伏せられるのにだ。
 しかし、これは違う。
 明らかに体格が3倍ほども違う男が小さな女性を本気で殴った。暴力衝動の赴くままに。スマホを顔面に投げつける。強化ガラスが砕け散る鈍い音とともに嗚咽めいた悲鳴が短く鳴った。

「調子こいてんなよ!」

 男は鼻血を流す女の顔をサンダルで思いきり蹴り上げるとそれから何度も何度も腹を蹴り続けた。周囲の仲間たちは止めなかったし、彼ら彼女がそのときどんな顔をしていたかも闇に隠れてよく見えない。しかし、頭の中に巣食う晦虫どもがニヤニヤと嗤っているのはわかった。びちゃびちゃと何かを夢中に食べる咀嚼音とともに。
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