君の魂は砂糖のように甘すぎる ~"Your Soul,Too Sweet like Sugar"~

希依

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1.1万円の可能性①

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       1 1万円の可能性 

 永井かふかを近所のショッピングモールで見かけたのは5月1日の11時11分。ちょうど1が5つ並んだその時刻に僕は永井かふかのいじめの現場に遭遇したらしい。そして、僕の財布の中には母さんが置いていった1万円が入っていたのだから、後から考えると呪われた運命めいたものを感じるのも仕方がないことだろう。
 輝かしい黄金週間の始まりとなったその日。
 朝、目が覚めると母さんは数行のLINEと1万円を残して消えていた。
 マンションと新興住宅地の間を埋めるように建っている僕らのアパートは普段から息を潜むような静寂に満ちていたが、その日は殊更静かに感じたことを覚えている。
 LINEには急病になった昔の同級生をしばらく看病と世話をするので家を空けると書いてあったが、嘘だろう。本当に看病が必要なら然るべき病院に入院すべきだし、世話が必要なのはむしろ母さんのほうだ。
 マーガリンと砂糖を塗ったトーストを頬張りながらユーチューブとリビングに残していった一万円札を眺める。望外の収入に心が沸き立ち、動画の内容がさっぱり頭に入らない。察するによほど急いでいたうえに財布の中にたまたま一万円札が2枚しかなかったところか。
 もしも母さんがこのまま帰ってこなかったらこの1万円がライフラインそのものになるかもしれないが、そうなったらそうなったときに考えればいい。
 一応念のため、白瀬先生と妹に状況報告をしておく。白瀬先生の方は1分を経たずに返信がきた。

『お母さんがいなくなっちゃって大丈夫なの!?』
 
 絵文字がデコレーションされた文面に「大丈夫です」と返す。ちょっと素っ気ない気がしたので犬のスタンプを追加した。妹はまだ寝ているのか返信がなかった。来られても困るので1万円札の写真を送って「大丈夫だから来ないで」と釘を刺しておく。予防線としてはこれで十分。それから洗濯と掃除と宿題を済ましつつ、ときたまクラスメイトたちに返信をしていると時刻は10時を過ぎていた。
 引っ越してすぐに近所のリサイクルショップで購入した赤い24型のママチャリを跨ると近所にあるモール型ショッピングセンターに向かう。渋滞する車道を尻目に自転車はすいすい進んていく。街路樹の木漏れ日はきらきらと輝き、顔を撫でる風はほのかに新緑が匂いがした。いかにも休日めいた宝石のような時間。
 今思うと、このときの僕は明らかに心が浮ついていた。1万円が内包する希望に酔っていたのだろう。もし冷静であればモールなどに行かずに激安スーパーで一週間分の食材を買っていた。そして、あとは図書館で日がな一日読書と勉強に費やしていたら、永井かふかに会うことなく平穏に連休は過ぎていたはずなのだ。

 そのモールは巨大な物流センターが並ぶエリアに立っており、週末になると市内市外を問わず大量の家族連れで賑わう。平日はというと最寄り駅の周辺がシャッター通りと半ば化してしまっていることもあり、近隣の中高生のたまり場となっている。
 大学の学食より広そうなフードコートに家電量販店、スポーツ用品店、ファストファッションを中心としたファッションエリア、女子がいかにも好きそうな雑貨店、果ては眼科に接骨院、学習塾や英会話教室。モールの外に出れば映画館やスポーツクラブも併設されており、高齢化の波に呑まれかけたこの町において、砂漠のラスベガスめいた存在感を放っていた。
 自転車を駐輪場に停めるとガラスに貼られた張り紙が見えた。先週末にこのモールで行方不明になった女児の情報提供を呼び掛けるもので、ニュースでも大々的に報道されていた。平和そのものの風景に溶け込むように異常者がいる事実に愕然とするも、自動ドアを潜る頃には煌びやかな店舗の光に暗澹たる気分はあっという間に塗り潰されてしまう。
 紀伊国屋書店とゲーム用品店をぶらりと眺めた後、何の考えもなしにゲーセンとは名ばかりのクレーンゲームの横を通り過ぎる。GWとはいえ、初日の午前なので人はあまりいない。まあそんなものだろうと特に感慨を抱くことなく通り過ぎようとすると変声期特有の中途半端な声音が耳に飛び込んできた。
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