ただ愛してほしい

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日が昇り病室内が明るくなった頃、朝食が配膳されたが、食欲が湧かず全く手をつけることが出来なかった。

涙はとっくに止まっていたし、興奮していた気持ちもおさまっていた。
しかし、心の奥底に根付いた恐怖感は拭いきれずにいた。

─コンコン─
ドアがノックされ、高岡が入ってきた。
「おはようございます。気分はどうですか?」
ベッドに歩み寄りながら声をかけるが、返答はなく、かえは俯いていた。
「どうしました?気分が悪いんですか?」
優しく声をかけると、フルフルと首を横に振った。
「食事、手をつけてないですね。食欲がありませんか?」
今度はコクンと頷く。
高岡はベッドの横にある椅子に腰掛けた。

「まず、顔を上げてください。」
かえが顔を上げると優しく微笑まれた。
「どうしました?」
かえの手が強く握りしめられた。
それに気づいた高岡は、かえの手を包み込むようにとる。
「そんなに握りしめたらあなたの手がかわいそうですよ。何があったかゆっくりでいいので話してくれませんか。」
ぎゅっと握りしめていた指を1本ずつ開いていき、お互いの掌が合わさるように握った。

「先生・・私・・、こ、怖い。」
震える声で言葉を発すると止まっていた涙まで溢れてきた。
「何が一番怖いと思いますか?」
「わ、私、きっと、逃げれない。お、おかあさんがこわい。」
次々と流れ出る涙を高岡は近くにあったタオルで拭ってやる。
「ほ、ほんとは、にげたい。で、でも、きっとおいかけてくる。だ、だから、わたし、にげれない。」
しゃくりあげ、嗚咽を漏らしながら必死で言葉を繋いだ。
「うぅ・・・っ・・・」
日が昇るまでの間、かえは自分なりにどうしたいか考えていた。
母親と一緒にいるという選択をすれば、また同じことが繰り返される。
あんな風に飢え、暴力に耐えるのは嫌だった。
それなら、母親といない選択をすればいいのだが、かえがどう考えても母親から逃れられる気にはならなかった。
1人で暮らしてもきっと連れ戻されるだろう。
施設に入ってもそれは同じで、きっと周りの職員や他の子どもに迷惑をかけることになる。
そう考え、自分の身の振り方をどうすればいいのか分からなくなってしまっていた。

「かえさん、あなたが逃げたいと思うなら、逃がしてあげますよ。」
真剣な表情で語りかけると、かえが顔を上げ高岡と視線を合わせた。
「僕が君の母親から全力で守ります。君がこうやって恐怖で泣くことが無いようにします。」
「で・・でも、ど、どうやって・・・」
「そこは僕に任せておいてください。悪いようにはしませんから。そのかわり、僕の所に来てくださいね。」
「め、めいわくじゃ「ないですよ。君が僕の所に来るというのは、僕の望みですから。」
「で、でも・・・」
「かえさん、僕の所に来なさい。いいですね?」
優しい声音であるが、有無を言わせぬ言い方にかえは反射的に頷いてしまった。
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