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第4部 第5章・真相

第1回

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 世界構築シミュレーター。それが細田省吾たちのゼミが森秋教授から使用するように指示されたシステムの名称だった。

 システムの使用目的は様々であり、複数の大学を跨ぐ何らかのプロジェクトの一環だったのだが、残念なことに細田たちは森秋教授からそのあたりの詳しい話を聞いてなどいなかった。判っていることと言えば、複数の大学――例えば経済学、環境学、生態学、社会学、そして細田たちの宗教学や文学など――のゼミがこのプロジェクトに多数参加し、学生らの卒業論文を兼ねた何らかの実験を行っている、ということくらいだった。

 そんななかで、細田たちの使用しているシステムのデバッグやアップデートなどの保守を任されていたのが細田の恋人である田郎丸美咲だった。その理由は単純で、ゼミの中で唯一、田郎丸が高校在学中にプログラミング部に所属していた、というだけの話でしかなかった。

 細田たちの知らないどこかにメインサーバーがあり、そこから繋がるように各大学にキャッシュサーバーが置かれている。それぞれのキャッシュサーバーはメインサーバーを介して互いに繋がっており、影響を及ぼし合っている――らしい。そこまでしか細田たちも知らされてはいなかった。

 森秋教授らがこのシミュレーターを用いて何の研究を行っていたのか、そこにどんな意味があるのか、詳しいことを訊ねても、その老人は何も教えてはくれなかった。それを教えてしまっては研究に影響を及ぼす可能性がある、君たちはただ言われた通り、自由な世界を構築してくれればそれでいい、ただそう答えるのみだったのである。

 このシミュレーターは同じ時間軸を基に、様々な世界を構築することが可能だった。現実と写し鏡のような世界、そこに魔法的要素を加えた現代ファンタジーのような世界、或いは全く異なる生態系や経済体系、科学ではなく魔法の発達したような異世界ファンタジーの世界、人を配下に収めた神々の支配する世界など……その自由度は非常に高いものだった。

 細田たちもそのゲームのような仕様から最初こそ興味津々といった様子で色々な世界を構築していった。初期設定にこそ時間がかかるものの、あとはなるべくその世界に干渉しないように見守るだけ。その世界がどのように変化し、今後発展、或いは衰退していくかを予想しながらレポートや論文にまとめていく、それが細田たちに与えられた課題だった。

 恐らくこのシステムの目的は生態系の変化や経済、社会学的な事柄などのシミュレートをメインとしており、それが現実とは異なる条件下でどのような違いを生むのか、それを研究しているのだろうというのが細田たちの予想だった。

 細田たちの通う大学の近場には他に経済系の大学があり、そこには細田の高校時代の友人がいるのだが、その友人から聞いた話によると、そこにもやはり別のキャッシュサーバーを用いた同じ構築シミュレーターを使用して経済について観察しているゼミがあるという。そのため細田たちの予想はほぼ間違いないだろうという結論に至った。だがもちろん、それすらも確証はない。何故ならば森秋教授はその件すら肯定することはなかったからだ。

 しかしそんななか、細田の所属するゼミのある男――畦倉透の行動により、細田たちのキャッシュサーバーが異常をきたすようになっていった。

 恐らく外部から侵入してきたコンピュータウィルスか何か、或いは内部プログラムの何らかのバグ、またはその両方か何かと思われる事態が引き起こり、森秋ゼミのシステムで世界が続けざまに破綻するということが起こったのである。

 これに対し、田郎丸美咲はデータの修復や改善などに追われていった。そもそもプログラミングに明るくない細田たちではあまり力になれず、ただ田郎丸を見守ることしかできなかった。メインサーバーからの切り離しもできず、頼みの綱である森秋教授とも何故か連絡がつかなくなってしまい、このままシステムを放置してしまうか否か、細田たちはゼミ内で話し合いを余儀なくされた。大学側に問い合わせても、森秋教授の行方は不明。教授の関わっているプロジェクトのことすら大学側は詳しく把握していないことも判明し、関係者が次々に姿を消しているという事実を知っただけだった。

 このままでは卒業論文どころではない。細田たちは大学側に相談したが、しかし理不尽にも大学側の答えは信じられないものだった。

『それを決めるのは森秋教授であって我々ではない。森秋教授やプロジェクト本部と連絡が取れるまで待ってほしい。卒業に関わることの返答は控えさせてもらう』

 細田たちからすれば、それはただ不安を煽るものでしかなかった。ゼミの中にはすでに就職先の内定をもらっていた者もおり、もしこれが原因でこのまま卒業が延期になってしまえば、その話もどうなるかわからない。それゆえに、自分たちでできることはやっておこう、このウィルスともバグともわからない事柄に対処していこう、そういうことになったのだった。

 細田たちはわからないなりに田郎丸から指示を受けながら、自分たちのキャッシュサーバーにおける世界シミュレーターのプログラム修復を続けた。どこに原因があるのか、それに対してどう対処すればよいのか、田郎丸は寝る間も惜しむようにシステムについて調べてくれたのだった。

 田郎丸は事ある毎に音を上げる畦倉を罵倒した。

「そもそもアンタが怪しいサイトに接続したからでしょうが! ちゃんと責任取りなさいよ!」
「うるせぇ! 漢の浪漫を追い求めて何が悪いってんだよ! それにちゃんと手伝ってんだろうが! クソ女が!」
 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうなふたりを止めるのが細田であり、
「いい加減にしてくれ! 郷路、まだ森秋さんと連絡取れないのか?」
「全然だめ。電話もメールもLINEにすら既読つかない」
「事務の人らはなんて?」
「何か知ってるっぽい。けど、なーんも教えてくんなかった。クソだよ、クソ。クソミソだ」

 そんなやり取りがゼミ内で何度も何度も繰り返されるばかりだった。

 田郎丸の解析もあって、原因が日本神話を基にした世界で起こったなんらかのバグにあるらしいことが解ったのは割とすぐのことだった。そのバグがどうして起こったのかまではわからない。本来ならプログラム通りに動くはずだったその女神――いわばその世界に住まう人物、キャラクター――が暴走を始め、横に繋がる畦倉の性に倒錯した偏向世界に侵入し浸食、彼の創った世界を破壊し尽くしてしまったのである。

 その女神の言動ログから、何らかの感情増大によりプログラム外の行動をとり始めたらしい、というのが今のところの細田たちの結論だった。

 これもまた理由は解らない。或いはこのシミュレーターのプログラム自体が最初からそうなるように組まれていた可能性もあるらしいが、不可侵領域があるらしくそのあたりは田郎丸にもどうすることもできなかった。

 結局のところ、細田や田郎丸ができることと言えば、その感情増大により異常をきたしたプログラム体である女神を潰すより他に今は何もできなかったのであった。
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